丁寧な一日
さあさあと音を立てて雨が降る。
嵐が近付いているそうで、今日は朝から雨が降っており、夏の草木は雫に葉先を下げて鮮やかな色合いを強めた。
昨日の疫病祭りが疫病の魔物の事情で延期になったことも踏まえ、本当ならシュタルトでの湖上演奏会のこの日、ネアはあえてリーエンベルクでのんびり過ごすことにした。
シュタルトの行事に参加するのであれば、エーダリア達に許可を取り、転移とは言えどきちんとしたお出かけになる。
(最近はあれこれと忙しかったから)
王都でのあれこれもあり、ネアは少しだけ生活のリズムを整え直すことにした。
ただでさえ、一緒に生活しているのは人間とは違う生き物なのである。
元々違う価値観に深刻な齟齬が生じないように、この辺りで丁寧にメンテナンスをしてやろう。
「と言うことですので、ディノ、髪の毛でも洗ってあげましょうか?」
「ご主人様!」
思わぬ展開に喜んだ魔物は、楽しくお喋りしながら髪の毛を洗って貰ったり乾かして貰ったりしつつ、ご機嫌で浴室を出た。
そこで、思わぬ異変に気付き愕然とする。
「…………巣がない」
「雨の日は洗われないと思ったのが間違いです。洗濯妖精さん達は、雨の日でも素敵に魔術で洗濯物を乾かせるのですよ」
魔物の巣があった場所は、綺麗に片付けられていた。
洗わなくていいと伝えてあった買ったばかりの夏用ブランケットは、畳まれて寝室にある椅子の上に置いてある。
その様子を見てしまい、へなへなと座り込んだ魔物を長椅子に引っ張り上げ、ネアは綺麗な真珠色の髪を整えてやった。
(新しく買ったものはいいけれど、土台部分の毛布は冬物だから……)
巣の基盤は、しっかりとした厚手の毛布である。
またすぐに使うとしても、この辺りでもう一度洗濯に出しておきたかった。
「巣がなくなった…………」
「綺麗になった毛布でまた組み直して下さいね。さ、髪の毛もこれで綺麗になりましたね」
めそめそしている魔物を撫でてやり、一仕事終えてくたくたのご主人様は、魔物の膝にばすんと頭を乗せてふうっと息を吐く。
魔物が何も言わないのでおやっと思って見上げれば、なぜか両手で顔を覆われていた。
「………ディノ、少しだけこうしていてもいいですか?」
「…………可愛い。ご主人様が甘えてる。可愛い……」
「ふむ。肯定の返事と捉えましょう」
ぱたぱたと響く音は、雨樋や庭木の枝から垂れる雨垂れの音だ。
さあっと音を立てて流れてゆく雨のカーテンに、少しだけピチチと鳴いている鳥の声。
窓から澄んだ緑色の影を落とす庭の木々に、ふくよかで芳しい魔物の香り。
心を空っぽにして、ただ、そういうもので心を洗い流してゆく。
疲れた時にきりりと冷たく清廉な水を飲んだように、胸の奥が澄み渡るのが分かった。
(なんて優しい時間なのかしら)
ただ穏やかな時間が続き、そっと頭を撫でるディノの手の動きに、胸の底から自分でも気付いていなかったような凝りが剥がれ落ちてゆく。
必要なのだ。
こういう時間があって緩み剥がれるものがあると知ったのは、ネアがこちらの世界に来てからの事だ。
それは多分、この位置が逆転しても同じで、ディノを膝枕していても同じように感じるだろう。
おざなりに一緒に居るのではなく、一緒に居ることを丁寧に楽しめる日を作ろうとして良かった。
半刻程、ほわほわうつらとしたところで、ネアは目を開いた。
今日のお昼は、素敵な摘みたてのブルスカンドリがメニューに上がる。
ベーコンで包んで唐揚げ粉のような粉をまぶしてから揚げ焼きにし、卵黄を絡めて食べるのだ。
それを食べ逃すわけにはいかない。
「ブルスカンドリ…………」
うわ言のように呟いて起き上がれば、ディノは少しだけ残念そうな顔をする。
寝かしつけようと丹念に頭を撫でられるが、ご主人様はムグリスではないのだ。
こんなことで眠ってなるものか。
「むがふ!ブルスカンドリを食べるのだ!」
「ご主人様…………」
伸ばした手をすり抜けて逃げていったネアに、魔物はしょんぼりして着いて来た。
もそもそと歩いてきた魔物の三つ編みを引っ張ってやり、お昼ご飯へ急ぐ。
ブルスカンドリは、野生のホップの新芽で、本来は春の味覚である。
しかしこの世界のウィームでは、ブルスカンドリを食い荒らす冬籠りの魔物から逃れるべく、他の草花に紛れられる夏に芽を出すようになった。
微かなほろ苦さがあり、細いアスパラに似ている。
ネアが知っていた料理は、スープやリゾットだったが、リーエンベルクで新しい調理法に目覚めすっかり嵌ってしまった。
一緒に食べるシンプルなチーズのリゾットも好物なので、今日のお昼は至福の時間になりそうだ。
「む。………遭難者でしょうか」
道中、廊下にある飾り棚の横にすやすやと眠る銀狐がいた。
ボールを抱えたまま眠っているので、遊び疲れて眠ったところを放置されたのだろう。
朝食を食べない派なノアがお昼を食べ損ねると可哀想なので、ひょいっと抱き上げて連れてゆくことにした。
「あと少しで部屋なのにね………」
「この前は、ヒルドさんの部屋に行こうとして力尽きたのか、道中の廊下の真ん中で寝ていたそうですよ」
「踏まれないのかな」
「そろそろ、家事妖精さん達も慣れてきましたよね」
中庭に面した回廊を抜ければ、窓から庭に咲き誇る花々が見えた。
色とりどりの夏の庭園には木々の枝葉を透かして柔らかくなった陽光が落ち、複雑なレース模様を地面に描く。
さっと飛び抜けてゆくのは、コグリスだろうか。
追いかけているのは、小さな葉っぱ型の妖精のようだ。
小さな水溜りは毛玉のような生き物達が集まり、木の上の果実をみんなで見上げている。
「………こういう何でもない日って、いいですね」
「でも、君がいるからね」
「あら、何でもない日にはなりませんか?」
「髪の毛を洗ってくれたし、甘えてくれたから。いい一日、かな」
「ふふ、またこうしてのんびりしましょうね」
会食堂に入ると、ヒルドに叱られているエーダリアがいた。
何かしでかしたのだろうかと見ていると、こちらを見てほっとしたように笑顔になる。
「良かった。ネイは無事だったか」
「あら、狐さんを探していたのですか?」
「エーダリア様が、動くボールを与えてしまいまして、狂乱して飛び出して行ったまま行方不明だったので心配しておりました」
「この前、ボールを追いかけてカーテンに飛び込んで、カーテンレールを壊したばかりですものね」
「ええ。もう少し冷静に遊べるといいのですが……。エーダリア様も、安易に興奮させませんよう」
「し、しかし、魔術仕掛けにしておかないと、延々とボールを投げ続ける羽目になるのだぞ?」
「あら、エーダリア様。そういう時は、途中でどれだけ涙目でつま先を踏まれても、断固として終了する心の強さを持って下さい」
「………そこまではやったのだが、仰向けになって暴れ出すからな」
「ノアベルト…………」
「ディノの方がしょんぼりとしてしまいましたね………」
料理が来ると銀狐は容赦なくヒルドに叩き起こされ、尻尾をけばけばにして周囲を見回していた。
何が起きたのかわからないようで、第一に確認したのがボールの有無なのがまた悲しい。
これでも一応は塩の魔物なのだ。
「狐さん、お昼にしませんか?」
ネアに声をかけられ、銀狐はけばけばのまま頷いた。
しゅたっと椅子の上に上がり尻尾を振り回したが、ヒルドからリゾットなので元の姿に戻るようにと叱られている。
ぼふんと元の姿に戻れば、人外者らしい美貌の魔物なのがことさらに悲しく見えるのか、ヒルドは遠い目をして溜め息を吐いていた。
いつもの白いシャツに黒いパンツ姿なのだが、今日のリボンは白のようだ。
「あ、ブルスカンドリだね」
「ええ。今朝摘んだばかりだそうですよ」
「ここにいると、季節のものが食べれていいなぁ」
「ですよね、いつも楽しみなのです!」
「そう言えば今朝の雨が降り出す前に、歌劇場の通りに卵の精がいたよ」
「卵の精?!……と言うか、ノアはその時間に何をしていたのでしょう?」
「……………えっと、……うん」
「ふむ。デートの帰りですね」
見抜かれてわざとらしく目を逸らした塩の魔物は放っておき、ネアは卵の精とは何者なのかをヒルドに教えて貰った。
「ウィームの、夏季休業の目安となる生き物なんですよ。卵の精が現れ始めると、店などでも夏季休暇に入るところが増え始めますから」
「季節を告げる不思議な生き物でした」
「ただし、卵の精の正体は判明しておりません。時折、触れた者をどこかへ連れ去ってしまうと言われております」
「ほわ…………」
なかなかにホラーな奴だと判明したので、ネアは遭遇しないことを祈った。
連れ去られる系の事態はそろそろ勘弁していただきたい。
先日の海遊びでは、幸いにもアルテアとウィリアムが犠牲になってくれたが、ネアはそのような事件に巻き込まれやすい方だ。
「ディノは見たことありますか?」
「馬車に轢かれているものなら、見たことがあるよ」
「馬車に………」
ますます卵の精の生態がわからなくなり、ネアはお皿に視線を落とした。
既にお皿の模様以外は残っておらず、素敵な昼食はお腹の中に入ってしまったようだ。
しゅんとしたネアだが、給仕妖精に運ばれてすぐに新しいお皿がやってきた。
「蜂蜜ヨーグルト………!」
出てきたのは、新鮮なヨーグルトに蜂蜜と甘く煮た林檎の入ったデザートだ。
ナッツ好きのエーダリアのものには、アーモンドスライスがかけてあり、それ以外の者達にはカリカリのフルーツクランチがかかっている。
手の込んだデザートも素敵だが、このくらい素朴なものもほっとして嬉しい。
のんびりお喋りしながらいただき、それぞれに紅茶やハーブティーを飲んでから解散した。
「さて、午後からはお仕事です」
「うん。今日はどんな薬を作るんだい?」
「近々、ガレンで大きな討伐があるそうですので、傷薬を作ります。後は、………カサカサ薬?」
「おや、水状化を防ぐ薬だね」
「それはもしや、包帯屋さんで処置する症状のことですか?」
「うん、包帯でも押さえられるよ。ただ、今日のように雨が降る日だと、濡れたところから溶け出してしまったりもするからね」
「それは怖いですね………」
ぱたぱたと雨樋が鳴る。
梅雨の雨と夏の雨は空気の色が違う。
水溜りには景色が映り込み夏色が滲むように煌めき、雲間から青空が見えた。
さくさくと微かな音を立てる廊下の絨毯は、豊かさと清廉さが鮮やかな青色だ。
時折影のようなものが揺れているのは家事妖精が通った跡で、すぐに空気にふわりと消える。
「ディノ、夏休みの最後はみんなで特別な高原に行きますが、その前に行きたいところはありますか?」
「君が行きたいところはないのかい?」
「私の行きたいところにも行く予定ですが、それと合わせてディノの行きたいところにも行ってみたいです」
微笑んでそう言えば、ディノは歩きながら少しだけ考えたようだ。
「…………サムフェルかな」
「サムフェル?」
「夏市場だよ。食べ物だけでなく、様々な夏の祝福や、夏だけに手に入られる品物が揃う夜市だ。前に行った事があったけれど、…」
ここでディノは一度言葉を切って、小さく微笑んだ。
「………あまり、愉快ではなかった。みんなが楽しそうで賑やかで、どうしたらいいのかわからなかったんだ」
「まぁ、それなら、その夏市場に一緒に行って、今度こそは楽しみ尽くしましょう!」
「…………うん」
ほろりと微笑んで、そっと三つ編みを差し出された。
そこは婚約者らしく手を差し出して欲しかったなと思いながら、ネアは三つ編みを引っ張ってやる。
しかしここで落ち込んでしまうと、会話の流れ的に勘違いさせそうなので、あえて楽しげに微笑みかけてみよう。
「ディノは色々なところを知っていますね!色々なところに、一緒に行きましょうね」
「うん」
嬉しそうにまた微笑みを深め、ディノは澄明な水紺の瞳を煌めかせた。
「それと、窓の外に奇妙なやつが飛んでます」
ネアが指し示したのは、ぺらりとした薄紅の布っきれのようなものだ。
あまりにも布っきれなので風で飛ばされたハンカチかと思ったが、動き方が生き物なのだ。
ぴらりと飛び、木の枝にぶつかって枝葉が溜め込んでいた水がばさっと落ちてきたのか慌てて逃げ出していった。
「………何だろうね」
「生き物………ですよね?」
「多分…………」
「もしかして、二階から誰かが糸で操ってます?」
「糸で…………」
「あれが獲物で、釣り的な?」
とても気になったが、何だか関わらない方がいい気がしたので、そそくさとその場から立ち去った。
部屋に逃げ込み、ぱたりと扉を閉じてから二人は顔を見合わせた。
布っきれ生物を見てしまったことで、胸がどきどきしている。
「…………この世界には、おかしな生き物がたくさんいますね」
「あの生き物は、私も初めて見たよ………」
「ディノでも、見てて不安になる生き物だったのですか?」
「うん………」
二人は暫くどきどきする胸を押さえてから、そろりとお仕事を始めることにした。
お仕事用の書き物机には、今も状態保存をかけたノアの薔薇が飾られている。
夏らしいグリーンブーケも添えてあり、この一画だけでも目に楽しい仕事場だ。
「さて、まずは傷薬からですね」
「胃薬も作っておこうか」
「む?胃薬ですか………?」
「君がまた、不思議なものを食べてしまわないようにね」
「むぐ」
「何をしてしまうか分からないから、予防薬にしようね」
「不本意ですが、有り難く貰っておきます」
そこからはディノがあれこれ薬を作り、ネアは撫でてやったり、爪先を踏んでやったりしてモチベーション上げをする。
ネアのお仕事は、シュタルトのトロッコで妖精達が貰うビスケットのような役割だ。
ぽひゅんと瓶入り薬が出来上がってゆくのを見ているのは、何だか不思議で楽しい。
この瓶のデザインはどうしているのかなと思っていたが、ディノ曰く適当にイメージするだけなのだとか。
繊細で美しい薬瓶に、ネアはいつもこの魔物の心の豊かさを見る。
「わ、その薄緑の瓶は綺麗ですね」
「ネアはいつも褒めてくれるよね……」
「ディノの頭の中には、こんな風に綺麗な形が眠っているのだと思うと、それだけで感動してしまいます。この前の騎士さん達にあげたちび金庫の中の薬も、みなさんお互いの薬瓶を比べて大はしゃぎだったとか」
「人間は、不思議なもので喜ぶんだね…………」
「と言うより、美しいものだからですね。…………それと、先程の布っきれめが、こちら側に飛んできました」
「え…………」
二人は、怖々と窓の外を見た。
薄紅の布っきれが、ぺらりと飛んでいる。
相変わらず風に飛ばされた布のようだが、ある程度は意思を感じる動きだ。
「………わかりました。あやつは、前を飛んでいるぽわぽわ毛玉を追いかけています!」
「…………捕食かな」
「どこに口が………」
布っきれはそのまま窓から見える範囲からフェードアウトしてゆき、ネア達は顔を見合わせて手を握り合った。
魔物はすっかり怯えてしまっているので、ここはご主人様が強くならねばなるまい。
「…………と、取り敢えず、悪いものだといけないので、エーダリア様には報告しておきますね」
「ネア、また来たよ………」
「ほわふ。………風に押し戻されて飛ばされています」
ネアは祈るような気持ちで部屋の前に落ちないでくれと思い、布っきれ生物が無事に飛び去るとほっとした。
「エーダリア様に説明しきれる自信がないので、まずはヒルドさんでしょうか」
「では、ヒルドに連絡しよう」
事情を説明したヒルドから連絡を受けて庭を調べてくれた騎士は、すぐさまネア達の見た生き物を発見してくれた。
慌てて退避し、リーエンベルクに警報が出される。
なぜに警報なのかと驚いたネア達に、駆け付けたヒルドがあの生き物の正体を教えてくれた。
「見付けていただいて助かりました。あれは、夏毛の雷鳥ですね」
「…………ふわくしゃ」
「求婚をしている魔物が逃げてしまい、追いかけてきたようです」
「………ぽわぽわ毛玉ですね」
「ええ。あれでも、薬葉の魔物だそうですよ」
「だそうですよ、ディノ」
「魔物だったんだね」
「たくさんいるんだよ。魔術可動域は五十くらいだし、ディノは知らないかも」
「ごじゅう………」
「薬葉の魔物は魔物だからそのくらいあるんだよ。ネアは人間だからいいと思う」
「ゼノの優しさが身に沁みます……」
「両方とも魔物だったんだね…………」
ディノはすっかりしゅんとしてしまったが、ヒルドと一緒に来てくれたゼノーシュ曰く、薬葉の魔物はその薬葉の種類だけ何千種類もおり、ディノでも把握しきれないだろうとのことだ。
階位的にもやはり、ディノが知らないであろう低階位の魔物なのだそうだ。
「………夏毛のふわくしゃは、あんなに薄っぺらくなるのですね」
「ええ。暑さ対策のようですよ。しかし、そうなりますとこの辺りは気温も高いですし、餌になりそうなものも少ないですからね。気が立って領民に被害を出す前に、捕まえて山に返すしかありませんね」
「と言うか、恋のお相手は逃げているのですよね………」
「薬葉だから、雷鳥と一緒になったら焦げちゃうんじゃないかな」
「悲しい巡り合わせですね………」
ネアは少しだけ考えた。
雷鳥ならはたき落とせば倒せるが、恋に苦しむふわくしゃを殺すのはあまりにも鬼の所業だ。
出来れば優しく捕まえて、そっと山に返してやりたい。
「あの色も、恋の季節だからのようです」
「ふわくしゃは、色変わりするのですね!でも確かに、あの色だと山で目立ちそうです」
言ってから、冬毛でも目立ちそうな個体もいたような気がしたが、そもそもこの世界の正しい色彩はまだ未知数だ。
冬山にオレンジ色もあるのかも知れない。
「…………ネア、雷鳥が見付かったみたいだよ」
そこでネアは、ゼノーシュに袖を引かれた。
おやっとそちらを見れば、隣のヒルドが額に手を当てるのがわかった。
「…………狐さん」
そこに居たのは、ぺらりとした薄紅の布っきれを咥えた銀狐だ。
雷鳥はなぜ反撃しないのだろうと思えば、薬葉の魔物も諸共捕まえてしまったらしい。
それで雷鳥は、大切な片思いの相手を守るべく、大人しくしているようだ。
「ディノ、狐さんごとアルバンのお山に転移して、ふわくしゃと薬葉さんをお山に返してあげてくれますか?」
「そうだね。それが良さそうだ」
「ネイ、くれぐれも雷鳥を噛み殺してはなりませんよ?内臓は帯電している筈ですからね」
ヒルドにそう言われた銀狐は首を傾げていたが、尻尾をふりふりしているので了解はしてくれたようだ。
きっとひらひらしているので、野生の本能で捕まえてしまったのだろう。
しかし、ネアが気になったのは違う部分だった。
「………この布っきれに内臓が」
「あるのかな………」
ディノも困ったように見ている夏毛の雷鳥は、やはりどう見てもハンカチにしか見えない。
厚みは皆無なのがとても謎めいている。
その後、銀狐に咥えられてしまった雷鳥と薬葉の魔物は、無事にアルバンの山に届けられた。
遊び道具を取られた銀狐はすっかり不貞腐れてしまったので、その晩リーエンベルク各地で、ハンカチで銀狐を遊んでやりつつ鎮める儀式が行われることになる。
あの雷鳥の恋が実ったのかどうかは、定かではない。