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懸念と対策



「何の用だ?」


そう尋ねれば、暗闇の中で微笑んだのは万象の魔物だった。

いい気分でグラスを傾けていたアルテアは、その姿に胸の底がひやりとする。


微かな指先の震えを感じつつも何気ない顔でグラスを机の上に戻しながら、振り返って片眉を上げてみせた。



「苦言か?………それとも、余分を排除しに来たか?」

「排除出来ればいいのだけどね。けれど、どうやらそれは難しいようだから、苦言なのだろう」

「………だったら、気配を消して背後から近付くのをやめろ」


安堵したとは言いたくなかった。

とは言えやはり相手は万象の魔物で、小手先の細工には向かずとも、こちらを消そうと思えばそれは容易いことだろう。


そんな魔物は自身を傷付けられても笑って受け流せるが、伴侶候補を危険に晒したともなれば話は変わってくる。

今回の件は、確かにその一線を超えかけたものに近いのだろう。

雪喰い鳥の巣に放り込んだこともあるが、あの時はアルテア自身が万が一がないように見ていてのことだ。

その上でウィリアムに制裁されたことも踏まえ、シルハーンは特別な報復措置は取らなかった。


(だが、自身の意思でその調整も出来ないとなれば、それは別だ。完全にこちらの不手際と言わざるを得ない)


小さく息を吐いて、机の上の煙草の火を揉み消した。


「………今回の件は、完全に俺の失態だ」

「おや、君がそう言うのは珍しいね」

「俺だけの問題ならそうも言わないさ。だが、今回はあいつが首を突っ込むのを防げなかったからな」

「それを言われてしまうと、私も反省しなければだね」


またしても想像外のことを口にすると、一度伏せた瞳をまたひたりとこちらに向けて、万象の魔物はその微笑みを深くする。

二日酔いというものは大変に恐ろしく、ムグリスになると少しでも暖かくなると眠くなるらしい。



「じゃあ何なんだ。言っておくが、あいつの突拍子も無い行動を予測するのは、いくら俺でも無理だぞ?」

「あの子が何を考えて、何をするのかは私にもわからないよ。ただ、だからこそ私とて随分と譲歩せざるを得ない」


その言葉でシルハーンが言いたいことが分かり、アルテアは小さく息を吐く。


「連携を取れと言いたいんだな?」

「今回のことで、君はウィームが標的だと理解していたし、あの光竜がネアを認識していることも知っていたのだろう?」

「…………まぁな」

「君がそのことをこちらに言わなかったのは、ネアに腹を立てていたからだとノアベルトは考えているようだ」

「……っ、…………あいつらしいな」


一瞬体を揺らしてしまい、がしがしと頭を掻いて椅子に座り直した。

顕著な反応を示してしまったので、口では何と言おうとシルハーンには確信を持たれたに違いない。

こちらを見たシルハーンの眼差しも表情もさして変わらないが、元々彼が表情をきちんと作る手間をかけるのはネアが一緒の時くらいだ。


「あの子が知らない内に、自分の術式を破った獲物と親しくしていると思ったから、今回のことを誰にも言わなかったのか」

「………おい、それをわざわざ言い直す必要があるのか?」

「確かにネアは、すぐに他の生き物を狩ってきてしまうから、………」

「言いたかないが、そろそろやめさせろよ。もう上限いっぱいだ」

「おや、上限を埋めている余分である君に、そんなことを言われたくないとは思わないのかい?」

「だからあえて言わなかったんだ。だが、放っておくとあいつは増やしまくるぞ」

「かもしれないね。………でもね、私はあの子にある程度の贅沢はさせてやりたいんだよ。勿論、護りとして必要なものがあることも否定はしないが」


そう呟いた万象は、少しだけ悲しそうに見えた。

馬鹿げた話だが、アルテアの目から見ても、どこか悲しげに見えたのだ。


「万象を得ただけでも、充分だとは思わないのか?」

「そう思わせてはくれないからね。あの子が本来欲しかったものではないし、出会った頃にどれだけ嫌がられたかは、忘れられるものではない。………だからこそね、あの子にはせめて、出会う者の全てを排除しないくらいの贅沢はさせてやりたいと思っている」

「贅沢ね。………それでお前の持ち分が減らされてもいいのか?前にそれで家出したんだろうが」


そう言ってやれば、護りにもならない本にすら負けたのはさすがに堪えたのだとぼそりと告白する。

ココグリスよりも優先された時には、少しだけ将来のことを考えたのだそうだ。

でもやはりと、シルハーンは困ったように続ける。


「あの子はね、大事にしていたものを失ったことがある子だ。だから、今回のように友人を思ってする無理であれば、私はそれを許してやるしかない。魔物としては愚かなばかりだろうが……」


その言葉に目を瞬いた。


「…………友人?」

「君にとっては違うのかい?私にはよく分らない感覚だが、以前、ノアベルトに言われたんだ。恐らくそう思っているからこそ、ネアは君を当たり前のように受け入れるのだろうと」


その言葉を理解するまでに少し時間がかかった。

よく考えれば、使い魔として契約をしていたこともあるのに、ネアのことをシルハーンの歌乞い以上の言葉で考えたこともなかったのだ。


それもまた妙なことだった。


シルハーンの歌乞いで、自分にとってもある程度お気に入りの人間。

それ以外の言葉で、この関係性に名前が付いたのは初めてだ。

しかし確かに他の区分に当て嵌まる表現もなく、言われてしまえばそれしかないのだろうという言葉でもある。


「お前はそれでいいのか?」

「おや、それが許せないようならば、私は元々、君達があの子と過ごすのを許しはしないだろう。言っただろう、………あの子にはたくさんのものを見せてあげたいんだよ」


そこには困り果てたような諦観があり、万象がかつて、幾つかの選択肢を天秤にかけたのだと分かる静謐さだった。

いつもなら聞き流せるそれが、今夜ばかりは妙に納得し難いのはなぜだろう。


「こうなった上でもよく言えたもんだな」

「かもしれないね。でも、不自由さを我慢した上で得られる恩恵もあるものだ」

「だが、指輪持ちだぞ?俺なら御免だ」


どうして頑なにそう言ってしまうのか、自分でもよく分からない。

言葉を重ねれば不利であるし、それに多分、もうこの居場所を手離すつもりもないのに。

そして、言いながら一つの可能性に慄いた。

良く考えれば、シルハーンには、ネアをも悩ませている少しおかしな嗜好がある。

その範疇で許容出来ているのであれば、一般的な感覚では理解の及ばないところではないか。


「さて、それでもと答えるしかないかな。君は、今回の件で自分があの子を傷付けたかもしれないのだからと敏感になっているのだろうが、もし君が私の立場でも恐らくそうすると思うよ。閉ざすのは簡単だが、それで損なってしまったものは二度と取り戻せないかも知れないから」

「………まっとうな返答で一安心だ」

「まっとう?」



当たり前のように伴侶ならば誰にも触れさせまいと考えるその前に、全てを手に入れることなど出来ないのだという当然の事実がある。

そんなことは分かっている筈なのに、けれども魔物というものの気質は、それが我慢ならないのだ。


(………俺ですら、その他の魔物と同じように、当たり前に閉ざすべきだと一度は考えるのか)


たった一人の誰かをなど考えたこともなかったので、それは新鮮な驚きだった。

そんなことで驚いている自分に、ふと、とんでもないことをしでかしては、呆然とするこちらを呆れたように見ているネアの顔を思い出す。


なぜだか分からないが、少し落ち着かない気持ちになった。



「それに、この世界には私の手が届かないこともあるし、あの戻り時のことのように、私自身が脅威になった時に、それなりの対応を取れるのも君達くらいだろう?」

「ほお、俺はお前の為の保険って訳か」

「おや、私自身の理由として、他のどんな理由で自分以外の誰かと伴侶を親しくさせなければいけないんだい?」

「まぁ、他にないだろうな。それと、もう伴侶気取りなのはどうなんだ?」

「逃がすつもりもないからね」

「だとしても、控えないと本気で嫌がるぞ」

「………かも知れない」


薄く微笑んで、シルハーンはもう一度同じ言葉を繰り返した。


「かも知れないね。……私は冬の王にはなりたくないが、本当に誓約を交わすその最後の時まで、ネアが誰かを選ぶ可能性はあるし、そうなったからと言って彼女の心を調整することもしたくない。だから、今回のことのように新しい不安要素を増やされるのは困ったことだ」


冬の王と言うのが誰のことだかは分からなかったが、ネアにはどこかそう思わせる部分があると言うことは痛い程にわかる。

どれだけ馴染んでも、どれだけ見慣れた言動となっても、その気配すら示さなかったくせにある日突然、微笑んで別れを告げて消えてしまいそうなところがある。


あれ程に分かりやすく扱い易い人間もいないという部分もあるが、他者に対する執着や好意だけは本心が読めない奇妙な人間なのだ。


(或る日突然、ネアから金輪際目の前に現れないでくれと言われても、さもあらんと思うだけだろう)


懐いているように見えても、得るものがないのならばとさっさと姿を消しそうな酷薄さと、そもそも執着というものに溺れることがあるのだろうかと考えさせる淡白さと。



それなのに、そう考えてある程度納得したところで、今夜のような思ってもみなかったことをしでかすのだ。



(いらないと言ったくせに、あんな無茶はするのか)



それは多分、アルテアが初めて見た、ネアが自分に向けて伸ばした手であった。

そのことを考えて、今夜は酷くいい気分だったのだ。



「まぁ、俺も今回のことで懲りたからな。次回なんてものがあれば、お前の言うように連携してやる。あいつが何をするか分かったもんじゃないからな」


続きの酒を飲むのに、婚約者であるシルハーンは邪魔だなと思って適当に締め括れば、なぜか帰る気配もなく呆れたような目をされる。


「なんだ、もういいだろうが」

「もしかして君は、私が、君のことを危ぶんで話に来たと思っているのかい?」

「…………は?」

「君も知っての通り、あの子は少し無茶をするところがある」

「かなり、だろ」

「そして、注意していないとすぐに余分なものを拾ってきてしまうんだ」

「…………まさか」

「ウィリアムとの判断で、君との使い魔契約を破棄させただろう?」


それについては不愉快でもあったが、当然の対処と言える。

魔術の契約には経路の逆流が起こることがあり、契約して傘下に置いているものを奪われた魔術師は、奪った者との間に魔術経路を作られてしまったようなものだ。

アルテア自身も最悪の場合は破棄するつもりでいたが、相手が光竜と知った時点で、ウィリアムが慌てて破棄させたのは致し方ない措置であった。


「咎竜のこともあったから、誓約に長けた竜を回避するのは私も当然だと思ったのだけどね、………契約を破棄した後、困ったことにあの子は、次は竜が欲しいというようなことを口にしていたんだ」

「……………都合よく、経歴は派手な竜が二人もいるな」


ここでやっと、自分の言葉に付き合いよくシルハーンが応じていた訳も、こちらが意見した耳の痛い話を真摯に聞いていた理由も腑に落ちた。


シルハーンは、つまらぬ意地で口を閉ざしたことに対して釘を刺し、その上で竜をどうにかしなければという話をしようとしていたのだ。

自分やウィリアムなどの余分の話ではなく、彼女が新しく心を傾け、新しい要素だからこそこれまでの誰よりも気持ちを添わせてしまうかもしれない、新参者のことを心配していたらしい。

それなのにこちらは自分の話をしてしまい、中々本題を切り出せずにいたようだ。


「………お前な、紛らわしいんだよ」

「君やウィリアムのことは、今更だろう。ネアが随分と懐いてしまっていることは不愉快だけれど、もう心配はしていないよ。もしあの子が今傍にいる誰かに必要以上に歩み寄るとしたら、ヒルドが一番危ういだろうしね」


そもそも今夜のこと自体が不愉快であるならば、その直後にこうも簡単にリーエンベルクに入れなかったに違いない。

それなりに愉快ではないだろうが、ある程度の許容の内側ではあったのだ。

早合点して忠告までしてやった手前、大きく溜め息を吐いて椅子の上で頭を抱えれば、不思議そうにこちらを見る気配があった。


「…………おまけに、随分とあっさり排除しやがったな」

「あの子が本能的に寄り添おうとする者は、有り体に言えば寄る辺ないものだ。君達にはない弱さだね。理想の上での嗜好からするとドリーのような男を好むようだけれど、幸いにもあの竜には既に宝があるから」

「補足してやると、あいつが好む気質の男は、あいつを選ばないだろうな」

「だといいけれどね」

「つまり、………ヒルドはさて置き、お前はあの竜共が危ういと考えている訳か」

「ヒルドも、エーダリアが壮健な限りは大丈夫だろう。ただ、光竜は、あの子を知っても恐れもしないようだから心配なんだ」


その言葉自体、本来はおかしな表現なのだが、それが一番の問題なのだ。

ネアにあれだけの目に遭わされても、バーレンは彼女を恐れたり、倦厭する素振りを見せない。

それどころか、まるで以前からよく知っているとでも言いたげに受け入れていた。


「私はまだ君と話していないから、聞いてみようと思ったんだ。あの竜は何を目的として、人間達に力を貸しているのだろう?」

「人間共は、バーレンが光竜の系譜だと知っていた。それと、あの人間共は恐らく先代の歌乞いの支持者達だ。第三王子が絡む可能性が高いから、エーダリア達も滅多なことをネアに言えないんだろう」

「それに、第三王子派が絡むと、不都合な真実を伝えられてしまうからかな。あの子は気にしないと思うけれどね」


「僕もそう思うよ。先代の歌乞いがこの国に殺されたとしても、ネアにとっては見知らぬ誰かさんのことだからね」

「ノアベルト…………」


我が物顔で部屋に入ってきたノアベルトに振り返って顔を顰めれば、塩の魔物はそそくさとシルハーンの隣に立った。


「シル、立ち話にしては長いから、僕はいつ喧嘩の仲裁に入るべきかハラハラしたんだけど」

「私達を仲裁するつもりだったのかい?」

「そりゃ、君がアルテアを殺したら僕は競合が減って嬉しいけれど、ネアは怒るでしょ?」

「あの子は友達だと思っているからね………」

「それに、自分との関係以前として、ネアはアルテアのことを、シルの友達だと思ってるからね」

「…………友達?」


その発言にはシルハーンも眉を顰めたが、こちらも半眼になってしまった。

付き合いは長いし飲むこともあるが、どう考えても友達という関係性ではない。


「ネアはそう思ってるし、あの子的にはシルに友達が多いのは良いことだと思ってるみたいだよ。だから、叱られるだろうね」

「やめろ。それとお前は、いつまでここに居座っている気なんだ。さっさと自分の城に帰れ」

「言っておくけど、僕の方がアルテアよりネアと仲良しだからね?」

「言ってろ」

「ありゃ、張り合うのは勝手だけど、アルテアはネアと一緒に寝たことないでしょ?一緒にお風呂に入ったこともないよね?」

「…………おい、どういう事だ?」

「ノアベルト?」

「ごめんなさい………」


ノアベルトは微笑んで名前を呼んだシルハーンにすぐさま謝ったが、口にしたことが誇張や嘘だという気配はなかった。


「シルハーン。幾らなんでも自由にさせ過ぎだぞ?!」

「こちらにも色々と事情があるんだよ。それに、ノアベルトには、ヒルドとエーダリアがいるから構わないんだよ」

「わーお、色々と誤解を生みそうな説明だなぁ。でもアルテアが面倒だから、それでいいや」


それよりもね、とノアベルトが仕切り出したので蹴飛ばしてやると、妙に自信たっぷりの微笑みでネアに言いつけてやると宣言された。


「いいのか、そのお前のお気に入りのヒルドが、ネアのお気に入りなのだそうだぞ」

「そりゃそうかもね。僕もヒルドのこと好きだし」

「…………お前、まさか本気でか」

「いや、そういう意味じゃなくて、僕とあの子って似てる部分があるから、心に近付けやすい相手がわかるよってこと。……で、えーと、前の歌乞いを殺したのが、第一王子だって話?」

「まずそれで間違いない話だが、お前は随分と確信有り気に話すな」

「そりゃ、僕はその時王都にいたし、割とすぐ近くでその決定がされるのを見てた事件だからね。正確には第一王子派が決定して仕掛けて、ガレンも黙認したことって感じかな。それこそ、ヒルドあたりは実際に関わってるかもだけど」


よく考えれば、この魔物はヴェルリアを憎んでいることで有名だったのだ。

その反面ウィーム贔屓も有名だったので、ガレンが絡んだ段階で、エーダリアのことを考えて口を噤んだ事件だったのだろう。


「それはついでに出てきた話だ。それよりも、あいつが竜を飼いたいと言い出さないかどうかだな」

「それは確かに由々しき事態だね。多分、エルウィンの方は興味湧かないと思うけど、光竜は危ないかも」

「おや、火竜は排除してもいいのかい?」

「ほら、僕は王都であれこれ悪さをしてたから、あの火竜の噂は知ってるんだ。契約の竜の候補だったのは知らなかったけど、火竜の中では癇癪を起こして父親を殺した鼻つまみ者だよ」

「………成る程。そういう気質なら、あの子は嫌うだろうね」

「………となると、バーレンか」

「って言うか、その竜の目的ってアルテアへの復讐以外にあるのかな?」

「悪いが、俺が手を出してお互いのことを認識する前から、あいつは第一王子の足を掬うことにご執心だったぞ?」

「わーお、相手が誰だか気付かないで、自分から近付いて捕まったんだね」

「念の為に言うが、俺が知ってた頃のあいつはまだ拳大の子供だ。その父親を崩す為にやったことだったからな」

「………それ、ネアに言うと嫌われるよ。それに、あの竜に同情しそうだから秘密にしようか」


嫌なことを言われたのでぐっと黙った。

とは言え、他の二人も嫌そうにしているので、本人が言い出さない限り、この事実が明るみに出ることはないだろう。



その晩は幾つか竜への対策を話し、お開きとなった。

ノアベルトが当たり前のようにシルハーンと一緒に帰ろうとしているので、そちらの棟はネアとシルハーンしか住んでないだろうと言って襟首を掴めば、やけに反抗的な顔をしていたくらいだ。





後日この事件が解決した後、光竜対策で不満があったのか、リーエンベルクで顔を合わせたノアベルトが、ネアにろくでもない質問を始めた。


「ねぇ、もしかしてネアって、アルテアのことを男として見てない?」


何の脈絡もないふざけた質問をしたノアベルトに、ネアは首を傾げて苦笑してみせた。

ちょうど、ネアから次に食べたい物の依頼をされた直後のことだ。


「あらあら、まさかそんな。悪さばかりしますが、とても魅力的な男性だと思いますよ」

「え…………。そう思ってるのに、この扱い?意識度皆無だよね?」


それ見ろと思いつつ口を挟もうとしたら、ネアはとんでもないことを言い出した。


「しかし個人的に異性として意識するような関係性ではありませんし、そうなるといかに魅力的な男性とは言え、森のココグリスと同じ。噛まれたら叱りますが、懐いてきたら可愛い、ただの魔物さんです」

「………え、待って、ネアにとってアルテアって、ココグリスと同じ扱いなの?!」

「そう言われてしまうと確かに、ココグリス的なか弱さはありません。寧ろ、少し獰猛なところのあるコグリスでしょうか?」

「でも、そんな区分なんだ」

「ふむ。一昔前は少し男性としてどきりとすることもありましたが、これだけ懐いてしまうと心と心のお付き合いですので、見た目に惑わされなくなりました。立派に大人ですので普段は自立していて欲しいですが、お料理上手で家具選びも素敵なので、完全に野生に帰られたら寂しいのです」

「わーお、…………アルテア息してる?」

「やめろ、こっちを見るな」

「あら、最近懐き気味の魔物さんは、寂しくなってしまいましたか?寂しん坊なら撫でてあげましょう。とりゃ!」

「おい、届いてないどころか、攻撃になってるぞ?」

「むぅ。飛び跳ねて撫でるつもりが、届かずにおでこを叩いただけになってしまいました。ココグリスか、ふくふく毛皮の可愛い生き物に擬態して出直して下さい」

「…………さてはお前、シルハーンで味を占めたな」

「またムグリスディノを撫で撫でしたいのですが、何度かお願いして愛でていたら、最近は恥じらって逃げてしまうので次の参加者を募集中です!」

「………そりゃ逃げるよね」


ぽつりとノアベルトが呟き、思わず頷いてしまった。

そうすると雪豹に擬態してくれても良かったのにと悲しそうに項垂れるので、一瞬やってやってもいいような気がした自分にぞっとした。


そんなこちらの動揺を知ってか知らずか、ネアの隣に座っていたシルハーンが悲しげに目を瞠って、ネアの膝の上に三つ編みを乗せている。

いつも思うが、この癖はもう定着したようなのが恐ろしい。


「ネアが浮気する」

「あら、それならばディノが、時々ご主人様へのご褒美でムグリスになってくれてもいいのですよ?」

「…………でも、そうすると君はあちこち撫でるだろう?」

「一番むくむくとした毛皮の、お腹撫でを禁止されたのが悲しいのです」

「ネア!お腹とかやめてあげて!」

「む。………やっぱり、撫で回されるとお腹を壊したりしますか?」

「シルの名誉の為に、取り敢えずそういうことにしておこう」

「いや、ムグリスに擬態してる段階で、名誉も何もないだろうが」


呆れてそう言えば、ノアベルトが笑いの滲んだ目でこちらを見る。


「でもほら、アルテアはそもそもの評価がコグリスだよね?」

「やめろ…………」

「これはもう、狐さんの夏毛の時期が終わるまでは、アルテアさんにコグリス化して貰うしか…」

「絶対にやらないぞ」

「え、そんなに夏毛は嫌い?!」



とりあえず、またろくでもないものを捕まえないように、取り急ぎ高級毛皮の縫いぐるみを与えたところ大喜びしていたので、毛皮なら見境がないらしいのが幸いだ。


しかし数日後、与えた縫いぐるみにアルテアと名付けたと聞いて愕然とした。

いつか隙を見て、あの縫いぐるみは燃やそうと思う。










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