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黒い鳥玉と火竜の愛し子



「…………ヴェンツェルは、イブリースを部屋に連れ帰っているのか?」



その夜、ドリーがそう問い返すと、エドラはどこか後ろめたそうな顔で頷いた。


「ええ、まぁ」

「…………部屋に」

「鳥の雛のような姿ですし害はないかと。ある意味、ヴェンツェル様の部屋でしたら、守護も万全ですからね」

「………ヴェンツェルは、ある時期から部屋に入れてくれなくなったんだ」

「ドリー様、…………それはええと、……ヴェンツェル様もご成長されましたので、本気でそちらの方面の誤解をされるのは御免だと仰って…」

「まだ子供なのに、一人で寝るのが好きだからと言い張っていたのに……」

「ドリー様、相手は鳥ですから」

「しかし、イブリースだ」


少しだけ頑固にそう言い張ると、同僚である代理妖精は困ったような顔をした。

困らせるつもりはなかったので、ドリーは少し反省する。


しかし、契約の子供の部屋に他の高位の人外者が泊まり込むのは、やはり良い気分ではなかった。

ましてや、ヴェンツェルは就寝時間は貴重な一人の時間だと言って、今まで決して誰かを部屋に泊まらせたりはしなかったのだ。



(子供の頃は、よく一緒に眠ったものだ………)



まだ他の王子達との力関係が安定しておらず暗殺などの危険もあった為、幼いヴェンツェルはよくドリーと一緒に寝ていた。

誰もが怖がる自分の隣で、小さな子供が安心しきって無防備に眠っているのを見ると、何とも言えない幸福さを噛み締めていた頃を思い出す。

体は大きくなってもまだ子供なのだから、ヴェンツェルが一人で寝るようになるのはもっと先だとばかり思っていた。



『ドリー、私はもう一人で眠れる。お前はもう部屋に来るな』



呆れたようにそう言われ、一人で眠ることも心を休める為だとヒルドにも窘められて諦めたのは、何年も前のことだ。

あれ以来確かに、ヴェンツェルはいつも一人で眠っていた。

だからドリーも、心配しながらも好きなようにさせていたのだが。



そんな事を考えながら歩いていたので、すれ違った女官達が顔を真っ青にして逃げて行ってしまった。

普段であれば怖がられてしまうのは悲しいのでどうにかしてやりたいと思うのだが、さすがに今夜は無理そうだ。



「…………何の用だ」


部屋の扉をノックすると、ヴェンツェルは酷く不機嫌そうな顔で出てきた。

扉の横の衛兵達が顔を強張らせている。


「今夜は一人では危ない。こちらで寝ることにした」

「大袈裟にする必要はない。お前は部屋に帰れ」

「ヴェンツェル」

「大方、あの鳥がいるから自分もと思ったのだろうが、あれは鳥だ。何の不安要素もない」

「それでもいつもと違う要素だ。今夜は我儘を聞かないぞ」


これでも保護者を自負しているので、叱るべきときは叱るようにしている。

しかし、そう言った途端、ぴしゃりと扉を閉められてしまった。

ドリーは暫く無言で立ち尽くし、その精神圧の強さに両隣の兵士たちが震え出してしまう。

兵士の一人が過呼吸を起こして倒れそうになるくらいまではそこに居たが、再び扉が開く気配がなかったので、渋々扉の前を離れた。



近くの部屋の窓を開けて、庭の警備をしている騎士達がぎょっとするのにも構わず、そのまま窓からヴェンツェルの部屋のバルコニーに入り込む。

窓周りには最高峰の排他結界が張られているのだが、有事に備えてヴェンツェルに守護を与えた契約の竜だけはどこからでも入れるようにしてあった。


王子が幼かった頃のように問答無用で窓を開けて部屋に入ると、寝台の横で腕を組んでこちらを見ているヴェンツェルと目が合う。

かなり怒っているのはわかったが、ドリーにだって譲れない一線はあるのだ。



「………ドリー」

「明日も早いのだろう。先に寝ていて構わない。室内に結界の綻びがないかどうか調べてから寝る」

「私はもう小さな子供ではないし、寝台は一つしかない。床で寝るつもりか」

「そうだな。俺は丈夫だし、どこでも構わない」

「…………庭の兵士達の目も気にせず、その目立つ図体で窓から入ってきたのだな」

「扉を閉められてしまったからな」

「ピィ」


そこで鳥の鳴き声が割って入り、ドリーはその声の元を目で追った。

よりにもよって、ヴェンツェルの寝台のすぐ横にある机の上に小さな籠があり、その中に丸々とした黒い鳥が入っている。

小鳥と言うよりは太った丸い雛なのだが、万象の魔物もムグリスだったというので、敵方の嗜好は丸い形の動物なのだろうか。

或いは、小動物でもあまり素早く動けないような姿を指定したのかも知れない。


「イブリースをそんなに近くに置いているのか」

「ドリー、今夜のこの生き物はただの鳥だ。魔物としての脅威も、何の価値もない」

「ピィ?!」


その言葉を聞いたイブリースが籠の中で暴れ出したが、体が丸すぎて浮き上がらず、止まり木から落ちて転がっている。

それを愉快そうに見たヴェンツェルが、こちらを見るとまた不愉快そうな目をするのが、どうにも胸を苦しくした。



「ピィ!ピィ、ピ!!」

「煩いぞ。籠に布をかけられるのは嫌なのだろう?」

「ピィ!」

「だが、その姿では抵抗も出来ないではないか。布をかけられたくなければ、大人しくしていろ」

「ピィ…………」



イブリースが騒ぎ出したので、そう叱りつけてからヴェンツェルは片手で額を押さえた。

深々と溜息をつき、珍しく疲れた表情をする。



「ドリー、………お前がこの部屋に入り浸ると、私は不愉快な噂を立てられることがある」

「そのようなことはないのだから、堂々としていればいい。竜からすればまだ幼子なのだ。あらためて俺から周囲にそう説明しようか?」

「…………やめてくれ。そもそも、お前が薔薇の祝祭に求婚用の薔薇など持ってきたせいで、今年は輪をかけてその噂が多いのだぞ?」

「あれはロクサーヌの悪戯だ。それがわかって、広間の客達も苦笑していただろう」

「あれは苦笑などという害のない笑いではなくてだな……」

「相変わらず心配性だな。ほら、早く寝た方がいい」

「ドリー………」


出て行くつもりがないことを示す為に、部屋の結界を調べ始めた。

背後でぶつぶつ言う声が聞こえたが、聞こえないフリをして仕事を続けた。

確かに王宮内の女性達の間で、自分とヴェンツェルの間に恋愛感情があるような噂を楽しむ風潮があるのは知っている。

とは言えそれは、ヴェルリアと言えどもある程度は閉鎖的な雰囲気の王宮内で、男性よりも娯楽の少ない女性達にとっての息抜きのようなものなのは明らかであるし、そんな罪のない想像のお喋りで女性達が仲良くしているのであれば気にならない範疇だ。


その噂については一度ヒルドに相談をしたことがあるが、本気で信じ込まれて嫌厭されているというよりも、ほとんどの女達にとっては手に入らない相手である第一王子を、そのように物語付けて親しむような娯楽に近い感情であるらしい。

確かに、普段は傷付け合うこともある王宮の女性達が、その噂をする時だけは少女のように楽しそうに輪になっている。

誹謗中傷ではない好意的な噂であれば、ある程度噂の種になって民を楽しませるのも王族の務めだとヒルドは話していた。



「お前は本当にわからない奴だな」


こちらがすっかり出て行く様子がないので、そう呟いている声が聞こえる。


(わかっていないのは、この子供の方だ)


ドリーがそう苦い思いで考えるのは、数年前の暗殺未遂のことだ。

あの時ドリーは、自分は問題ないからとヴェンツェルに言いつけられ、別件の仕事でアルビクロムに出ていた。

今では考えられないことだが、中々尻尾を見せない裏切り者に焦れたまだ無謀だった頃のヴェンツェルが、自らを囮にしようとしているなどとは思ってもいなかったのだ。



そして、事件は起きた。



わざとエルゼとエドラを外させたその時、暗殺者がヴェンツェルに襲いかかったのだ。

しかも運悪く、慌てた衛兵がその暗殺者と揉み合いになってしまい、ヴェンツェルは用意していた捕縛術式を上手く使えなかった。


代理妖精達が言いつけられた用事で二人とも外していると気付いたヒルドが駆けつけてくれたから良かったものの、あと一歩遅ければ片目の視力を損なう以上のことになったかもしれない。

今でもドリーは、あの時のことを思い出すと息が止まりそうになる。



竜が、自分の宝を選ぶのは生涯でただ一度きりだ。



とは言え中にはその宝を失った後も不本意ながら生き延びて、新たなものを見付ける竜もいる。

自分の宝を失った竜は衰弱死してしまうのが一般的なので、ドリーがそうなった時にどうなるかはわからない。


けれど、この子供のように、自分を恐れずに手を差し伸べるものなど滅多にいないだろうと言うことはわかるのだ。


こうして大切な者が側にいることがどれだけの恩寵なのか、それは今迄の生涯を考えれば否が応にも思い知らされる幸福だった。

大切な者どころか、自分以外の誰かが側にいたことすらなかった長い時間の中で、ドリーにとって初めて得る竜の宝である。



あの暗い封印の塔の中で、ずっと微睡んでいた。


封印の術式を破ることは簡単だったが、それを破ってどうしろと言うのか。

弱き者達を守ると誓ったのは自分であるし、それが人間達への償いである以上、ここから逃げ出すつもりはないのだから。

であれば、畏れられてしまう自分がこうなるのは仕方ないなと考えながら、暗い塔の中から外を歩く人々の気配を感じていた。


笑う声や、罵り合う声。

柔らかな音楽に、美味しそうな匂い。

そこは決して穏やかな場所ではないのだろうが、誰かと生きてゆける幸せはどのようなものだろう。

大切なものが自分にもあればと、目を覚まして召喚に応じる度に少しだけ胸が痛んだ。



あれは、統一戦争の時だったろうか。



ウィーム陥落の夜、そこかしこで慟哭が聞こえた。

先に降伏した他の二国と違い、ウィームには人外者が多い。

だからこそ竜のドリーにも聞こえる声が多く、殺した者も殺された者も、愛する者達を喪った誰かが心を壊しながら泣いていて、その中をドリーは心を空っぽにして飛んでいた。


愛する者の為に戦うこともなく、愛する者達の為に泣くこともない。

自分を頼る人間達は守ってやろうと思うが、けれどもその誰かをよく知っている訳ではない。

そんな自分が、崩れた城壁の横に蹲って泣いている敗戦者達すら羨ましく思うのは、何と滑稽なことだろう。



誰か。


誰かを。



声にならない叫びが胸の中に湧き上がり、誰も亡くしていない筈のドリーまで泣き叫びたくなる。

愛する者を失う苦痛が悲劇ならば、愛する者を探す自由すらない自分はどんな言葉で表現すればいいのだろう。




「ドリー、聞いているのか?」

「…………すまない。考え事をしていた」

「……寝るならその長椅子にしろ。この前のように私の寝台の下で寝るなよ?」

「離れ過ぎてないか?」

「………部屋の中に居るだけいいだろう」

「わかった。何かあればすぐに呼んでくれ。それと、この季節でも夜は冷えることがある。しっかりと上をかけて…」


子供の頃のようにそう注意してやれば、かなり嫌そうにこちらを見ている。

しかし、この繊細な生き物が体調を崩したら可哀想なので、当然の心配ではないか。



「お前の過保護さはどうにかならないのか。………そもそも、お前が危険視するこれは、満足に飛ぶことすら出来ない鳥だぞ」

「イブリースは飛べないのか?」

「羽の大きさに対して、体が重すぎるそうだ」

「………不健康なのだろうか。餌を減らしてみるか?鳥が飛べないのは可哀想だろう」

「そう言えば、鳥は何を食べるのだろうな。鳥の餌か?」



ヴェンツェルがそう言った瞬間のことだった。

籠に入れられたイブリースが、鋭く鳴くとその中で大暴れし始め、籠が机から転がり落ちて物凄い音を立てても暴れ続けた。

籠を拾おうとして手を伸ばすといっそうに暴れ狂うので、ドリーとヴェンツェルは途方に暮れて見守るしかなくなる。


がしゃんがしゃんと、もの凄い音が部屋に響き渡っていた。



「………何だこれは、癇癪か?」

「鳥の餌は嫌なのではないか?」

「首を振ってるぞ………」

「もしかして、鳥の餌ではなくて食べたいものがあるのだろうか」

「…………そのようだな」


癇癪を起こし続けたイブリースが、ようやく寝たのは夜明け前のことだ。

煩くて眠れないと言うヴェンツェルと、仕方なくあれこれ話している内に空が白んでくる。

さすがに疲れたのか椅子に座ったまま眠ってしまった契約の子供を寝台に入れ、羽を散らして眠っている黒い小鳥も篭を真っ直ぐにして机の上に戻してやる。

暴れすぎて羽がだいぶ抜けてしまったが、元に戻った時に大丈夫だろうか。


夜明けの光が差し込んできたその部屋を見回して、ドリーは少しだけいい気分で微笑んだ。

この小さな部屋の中に自分の守るべき子供がいると思うと、えもいわれぬ浮き立つような気分になる。


先程まで二人で話し合って、ヴェンツェルが母親のところに行っている間にネア達の様子を見に行くと約束したので、ドリーも少しは寝た方が良さそうだ。


(…………ネアか。今回は囮になるみたいだが、危ないことをしていないといいのだが)


ネアはとても優れた狩人で、契約の子供も気に入っている。

自分のことも恐れないし、よくヴェンツェルを喜ばせるようなものや情報を拾ってきているので、魔物の伴侶がいなければヴェンツェルの妃に向いていると思うのだが、友人であるヒルドにとっても大事な女性のようだ。



「そう言えば、ドリー様はネア様のことをどう思われているのですか?」


一度、ヒルドにそう尋ねられたことがあった。

少し考えてから、思いついたままの事を答える。


「面白い子供だと思う。小さくて、怖いもの知らずだ」

「………それだけでしょうか。例えば、女性としてはどう思われますか?」

「…………ヒルド、ネアはまだ子供だろう?」


そう答えたらヒルドは黙ったので、戻ってからヴェンツェルに相談したのだ。


「牽制だろう。ヒルドはネアに耳飾りを贈ったらしいからな」

「それは、………妖精は、やはり自分達と同じように狩りに長けた者がいいのだろうか」

「お前にも、他の良さが見出せなかったか。まぁ、愉快な娘ではあるがな」

「ヴェンツェルは気に入っていたのではないか?弟の元婚約者だから、遠慮をしているのだと思っていた」

「私の趣味ではないな」

「珍しく、楽しそうに話していた」

「面白い娘なのは確かだ。以前のアリスとかいう娘より余程いい。エーダリアがあの娘を選ぶなら、良い義理の妹になっただろうにとは思うが……。そもそも、顔があまり思い出せん」

「………顔」


ヴェンツェルにそう言われて二人で首を傾げた。

会えば遠くからでもネアだと分かるくらいに存在感はあるのだが、特別な主張を持たない面立ちは、ある程度端正でも記憶にあまり残らないのだ。

それについては何か特殊な魔術をかけているのだろうかとヒルドに聞いてみると、こちらにはかけていないと、とてもいい笑顔で教えてくれた。


(ネアは不思議な人間で、特定の魔物や妖精を強く惹きつけるものの、まったく興味を惹かない相手も多いらしい)


火の系譜や春と夏の系譜など、彼女にまったく魅力を感じない属性も多いのだそうだ。

試しに初夏の系譜に近しいエドラにネアの印象について尋ねてみると、容姿は地味だが恐ろしい狩りの腕を持つお嬢さんという答えが返ってきた。


(しかし、ヒルドにとってはとても魅力的なようだ。不思議なことだが、もしヴェンツェルがネアを気に入っていたら、それはそれで困ったことだったな………)


契約の子供の伴侶候補が見付からないのは可哀想だが、自分にとって大切な者達が争わずに済んだことにはほっとしている。

ドリーとしては、こちらを恐れない人間は嬉しくて可愛いものだし、ヴェンツェルが唯一可愛がっている弟の友人でもあるので、今回もきちんと守ってやらねばと思う。

解毒方法を見つけ出してきたりと、相変わらず運が強いところも彼女らしいが、とは言えまだ小さな子供なのだ。



(同じように標的にされているのであれば、エーダリアも怪我をしないといいのだが)


ウィームは明日には音楽祭を控えており、そちらの警備などの問題もある中、今回の事が起こってしまったのは頭の痛い問題だろう。


ヴェンツェルははっきりと口にしたことはないが、第三王子とは性格が合わないようで滅多に個人的な会話をすることもないし、元は他国の姫である側室が生んだ第四王子とも相性が悪い。

そもそも、第三王子派と第四王子派は何度か暗殺者騒ぎがあり仲良くするのは難しいのだろうが、実は、陣営的には関係良好なあの小さな第五王子のこともあまり得意ではないようだ。

一見、誰とでも遜色なく交流出来ているように見えるヴェンツェルだが、実際にはかなり好き嫌いがある。

休みが出来ると時々遊びに来る兄をエーダリアは監視か嫌がらせか何かだと思っているようだが、あれは単純に弟に会いに行っているだけなのだ。

実の母親や父親よりもエーダリアと話している方が寛げるようで、公務などでもウィームには優先的に時間を割いているのだが、周囲はやはりウィームを警戒しているのだろうと噂するばかり。

そんな分り難い愛情を示しているところもまた、この契約の子供は可愛い。


「ピギ………」


鳥の寝言が聞こえたので振り返れば、丸い黒い鳥は涙を滲ませて眠りこけていた。

何が不満で癇癪を起こしたのかわからないが、そう言えばこの魔物はまだ若いのだと思い出し、ドリーは少し反省する。

この魔物は結構ヴェンツェルのことを好いているし、その上でヴェンツェルが部屋に入れたので不愉快に思ってしまったが、きっとこんな姿にされたのが悔しくて悲しいのだろう。


「早く元に戻れるといいな」


不憫になってそう声をかけてやり、長椅子に戻るとごろりと横になった。

ドリーの身長では窮屈な寝台だが、大事なものが傍にあると思えば、短くともぐっすりと眠ることが出来た。




翌朝、元の姿に戻ったイブリースは、最近毎日食べているという焼肉弁当を一日食べ逃したことで怒り狂っていたのだと判明した。

あの時のヴェンツェルの一言で、その日の分を買いに行けなかったことを思い出してしまったらしい。

元の姿に戻るなりいい香りのする焼肉弁当を五個買って帰ってきていたが、こんな大変な時によくもそんなものを買いに行けたなとエドラに叱られつつも、涙目で黙々とお弁当を食べていた。


あの夜の大暴れの物音は外まで聞こえていたらしく、衛兵達や代理妖精達は、ヴェンツェルとドリーが大喧嘩をしたと考えているらしい。

それとなく仲直りを勧められるのだが、別に喧嘩はしていないと返せば呆れたような目をされてしまう。



後日、今回の黒幕はネアにとても懲らしめられたようだ。

だが、大切なものを得られなかった寂しい竜だったのだと聞かされ、ドリーは少しだけ哀れにも思う。

宝を持たない竜は不幸せだ。

あの竜もきっと、胸が潰れるような羨望の思いで他の誰かの幸福を見てきたのだろう。

過去の自分のように。



「あの竜も、一人で寂しかったのかもしれないな。俺が幸福であるのは確かだから、今回のように憎まれるのも受け止めるしかないのだろう」

「そう言いながらも、今回の件といい、お前はこちらに害をなした者は許さないではないか」

「当たり前だ。竜の宝に手を出した者は、決して許さない」

「矛盾してないか」

「矛盾しているだろうか」



朝食後にそんなことを話しながら一緒に歩いていたら、お二人はいつも仲良しですねと通りすがりの代理妖精に笑われてしまった。

大真面目に頷くと、後で背中をばしばし叩かれたのでヴェンツェルも照れているらしい。



後日、自分が二人の関係を認めたことにされていたが、まぁ女性達が楽しそうなので仕方ないと思う。






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