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21. 持ち帰ったら怒られました(本編)

新しい魔物を持ち帰ったら、元婚約者に怒られた。



「怒られた……」


「いや、あれ泣いてるだろ……」



どっちにしろ困ったことなので、アルテアとひそひそ話していたら、尻尾を踏まれた子犬のような顔になってしまう。



因みにグラストは、アルテアを連れ帰った途端、ゴールキーパーのような姿勢のゼノーシュが全力で隠してしまった。

アルテアは呆れていたが、あまりにも警戒してしまって可哀想なので、今回は別室に待機して貰っている。



「……で、どうすればいいでしょうか?私はディノで手一杯なので、二人も面倒見られません」


「……犬じゃないからな」


ぼそりとアルテアが呟くが、この場合当事者の意見を拾うのは逆効果だ。

もし、このまま契約となるのなら、主人としての力関係を固定させるには、まず、決定権が誰にあるのかを理解させる必要がある。



「ネア、これ早く捨てておいで」


「ディノ待ってて下さいね。適切な野生への返し方がある筈です。そして、どうか安静に……ん?」



わしっと掴んだディノの手を、ネアはまじまじと検分する。



(……左手首、綺麗になってる?!)



じっとりとした目線を上げれば、ディノはわかりやすく目を逸らした。



「…………ディノ?」


「治ったみたい」


「まさか、仮病じゃないですよね?」


「違…」


「仮病だろ。どうせ、煩わしさに我慢できなくなって治癒したんだろう」


「アルテア、そろそろトカレに帰ったらどうだ?」


「……何で俺が、鳥しかいない無人島に住んでることになってるんだよ」


「おや、違ったのかい?」



放任するとすぐに険悪になるので、ネアは今の内にエーダリアに復活して貰うべく、彼の顔の前で手を振ってみた。



「意識はある」


「良かったです。ディノの時の二の舞かと思いました。移り気でないのはいいことですね」


「……お前は、白持ちばかり拾ってくるんだな」


「今回は黒煙の魔物さんを斃そうとした際の、困った副産物ですよ」


「だから一体どうして、いつの間に黒煙の魔物を討伐することになってるんだ」


「それは、私の魔物の仇討ちでしたので」


「死んでないし、あの傷自体、いつでも治せるものをあえて放置しただけだ。治癒に手を貸そうとしたら、危うく手首から先を落とされるところだった」


「……仮病だとは思いませんでした」



魔物の我儘も見抜けなかった自分が情けない。

ネアは悲しげな顔になり、エーダリアに小さく頭を下げる。

判断を誤り、任務に支障をきたしたのはネアの責任なのだから。



「いや、それは構わない。魔物の質だからな。寧ろ、ある程度は魔物の欲求を満たしてやらなくては困る」



確かにそれが正しいやり方なのだろう。

美しい魔物に鎖をかける代償に命を削り、歌を捧げ、そして全ての面倒を見てやるのが、歌乞い本来の姿だ。



(でもそれって、とても余所余所しいわ)



魔物達は皆自我が強く、感情豊かで面白い。

魔物が人間に許す契約はとても自分本位だが、それが一概に残酷さでもないのだと、最近のネアは感じ始めていた。


だからネアは、きっと甘いのだろう。




「さて、それでどうするんだ?契約の魔物は削らなくても、新しい魔物はそうもいかないだろう。だが、繋いだ鎖を人間から外すのは、無作法とされている」


「そういうものなのですか?」


「ああ。歌に乞われた魔物が現れたら、契約と成るかどうかの選択肢はこちらにはない。……お前は、あの魔物の意志を確認したのか?」


「いいえ、まだです。……でも、アルテアさんは、面白がっているだけでしょう。きっと、本気で契約を交わすつもりはないと思いますよ」


「……そうなのか?」


「ええ。ああして気安く笑ってますけど、実際は、かなり嫌がってると思います」



それは、ネアの確信だった。


(ものすごく不愉快だから、引っ掻き回して嫌がらせをしてから帰りたいのよね?)



元より、妙に色めかしい人間臭い魔物だ。

そんなアルテアが人間らしい言動を好むのは、人間が好きだからではない。


彼にとって、人間が愉快な玩具だからだろう。



そんな彼にうっかり鎖をかけてしまった。



もしディノがいなければ、とっくに振り回されてズタズタにされていたところだ。





「アルテアさん」



呼びかけると、赤紫の瞳に愉快そうな問いかけが揺れる。

犬のフリをした狼が、何をして遊ぶの?とこちらを見ているようだ。



「どうした?契約のあらましは固まったか?ガレンの魔術師の知恵を借りていたんだろう?」


「その前にまず、確認事項がありまして」


「確認事項?」


「踏んだり蹴ったり、椅子にする作業はお得意ですか?」



「………は?」



「ディノはとても優秀な、良い魔物です。万能なので取りこぼしがありません。よって、現在、歌乞いの契約の魔物のお仕事としては、事足りております」


「何が言いたい?」


「つきましては、私が持て余している作業の代行をお願いすることにしまして、現在必要なのは、趣味の範囲の加虐行為専任と、エーダリア様の攻略専任という二択になりました」


アルテアの弄うような表情に、僅かだが警戒の色が混ざる。



「ディノのお世話係と、エーダリア様を籠絡するのと、どちらがいいですか?」


「……待て。どっちも却下だが、後半の選択肢の様子がおかしい」



ネアは、真っ白な顔色でこちらを見ている元婚約者をちらりと盗み見る。

無言で首を振っているが、照れているのだろう。



「この通り、エーダリア様はディノに思いを寄せていらっしゃいますが」

「やめて」


悲しげに訴え、ディノがネアの腕を掴む。

交渉途中なので待機を命じれば、真珠色の魔物はわかりやすくしょぼくれた。



「しかしながら、私は最近、うちの大事な魔物をこの方に譲るのは、どうも不本意であるという結論に達しました」


「それでいい!もうそれ以上何も言うな!」


「エーダリア様、口を挟まないで下さい。こだわりのない大人な姿をディノに見せようとしても、そうはいきませんよ!」



エーダリアが壁に寄りかかって黙ったので、一息つき、ネアはアルテアを真摯に見上げる。



「なので、エーダリア様を、アルテアさんの艶やかな魅力で、引き剥がしていただこうかと。この世には沢山の魅力があると知れば、ディノを諦めてくれるかもしれません。エーダリア様の視野も広がります」


「何でそっち推しなんだよ。おまけに、ドヤ顔する意味がわからないからな?!」


「大丈夫。アルテアさんは、大変に魅力的な方です。エーダリア様だって、多少尖った性格が難点ですが、根はとても純粋で優しい方ですよ?女性目線では面倒臭くても、男性目線だと可愛らしい方です」


「いや、上手くやった!みたいな顔になる意味がわからないぞ。おい、やめろ!」



雰囲気不足かと思ったネアに、冷やかすようなしたり顔でつつかれて、アルテアは戯れにしては強すぎる声音で否定する。




本気で嫌だったのか、選択肢を引き下げないでいると、頭を抱えてしまった。

目が合う度に、史跡紹介のように手でエーダリアを指し示せば、とうとうこちらを向かなくなってしまう。



「シルハーン、お前の歌乞いを黙らせてくれ……」


「いいよ。私の歌乞いだから、私が回収しよう。この子は獰猛だからね、軽い気持ちで手を出さない方がいい。……それにしても、君がそちらの趣味だったとは、意外だったな」


「お前もかよ?!」






結局、ネアより遥かに舌鋒鋭いディノに翻弄され、アルテアはひとまず撤退していった。



二択で雇用可能であれば、それもかなり本気だったネアは、口惜しい気持ちで彼が消えた方向を眺める。


(当たり前の異常なことを、異常だと感じてくれる、貴重な逸材ではあったんだよなぁ)



もうここは手に負えない感を強く出しての撤退なので、二度と遊びに来てもくれないかも知れない。


彼が、関わりを維持するには危うい魔物であるのも確かだが、二月に一度くらいであれば、良い世間話相手になったかもしれなかったと、ネアは僅かばかり後悔する。

逃した魚の大きさは、逃げ切られた瞬間に実感するものだ。




アルテアが消えると、ディノは、慰労するかのようにネアの頭を撫でる。


「ネア、鎖は後で、私が外しておいてあげるよ」



「はい、お願いします」



「あれは高位の魔物だ。未練はないかい?ご主人様。君の好む美しいものだし、力にもなるだろう」



美しいけれど、この男色家の華やかな色遣いは目に馴染まない。

慣れない部屋の中でそう問いかけた魔物に、ネアはつい笑ってしまった。



「私は、目の前の困った魔物だけで、大忙しですよ?」



「ほんとうに、いいご主人様だね」




嬉しそうに、そしてどこかしたたかに微笑むディノの長い髪を、ネアはおもむろに掴んだ。

本日はラベンダー色のリボンで緩やかな一本の三つ編みにしており、右肩に流している。



「ネア………?」


「では、仮病の件について、じっくり事情聴取しましょうね。それから、今週いっぱい椅子はなしです!」


「ご主人様、ひどい!!」


「エーダリア様?……エーダリア様、私達は、少し罪と罰について討論してきますので、いただいたお部屋に下がっていますね」



苦しげな声を上げ取り縋るディノを連れてネアが退出すると、壁と向かい合ったままのエーダリアが残された。













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