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149. 毛玉の強化に入ります(本編)


部屋に入って来たアイザックと、尻尾のあるローンという男性はネアの向かい側に座った。

すぐさま先程の老紳士が飲み物を運んできてくれて、ネアの前には素敵なアイスティー的なものが置かれる。

すぐさま飲み干したかったが、状況を確定させるまで摂取を控えようと視線を向けないようにした。


(…………そして、尻尾はどかしてから座るんだ)


そんな新しい知見を得て、ネアは交渉に挑むことになった。


「ネア様のご依頼は、注文を済ませるまで追っ手から身を守ることもでしたね。そちらのご依頼はお受けしましょう」

「そちらの、という言い方をされたのは、受けられない依頼もあるからですか?」

「そうですね。有り体に言えば、アルテア様もまた良いお得意ですので、あの方の不利益になることも致しかねますと」


そう言われて驚いた。

謎の商売人としてそのことを知っているのか、或いは今回のことにアイザックも噛んでいるのかどちらかだということではないか。

漆黒の長い髪に縁どられ、アイザックの漆黒の瞳は相変わらず静謐だ。


「それは、アルテアさんにであれば、私の居場所はバラされてしまうのでしょうか?」

「そのご依頼に、我々が取引するに値するだけの理由があれば、というご返答になりますが」

「…………では、これと引き換えにして、一日の時間を稼げますでしょうか?」


ネアがテーブルの上に出したのは、いつぞやのぺらぺらリボン生物だ。

色々あって、まだ換金していなかったのである。


「これは、」


尻尾がある男性、ローンが絶句し、アイザックも少し考え込む様子を見せる。

見事な紫檀のテーブルの上にぺらりと置かれた、リボンのような生き物はやはり稀少であるらしい。


「ふむ。これだけ無傷のカワセミは珍しいですね。………では、半日であれば、交渉に応じさせていただきます。何しろ情報が一番高価なものですからね」

「わかりました。では、それで」


さして時間も稼がずにネアが頷けば、アイザックは小さく微笑んだ。


「あなたは、商売のありようを分かっておられる」

「ごねている時間も惜しいのかも知れませんし、今後のお付き合いを見据えてなのかもしれません」


(元々半日が限度だと思って、一日と言ったのだ!)


どこかの何かの本の受け売りが上手くいき、そう玄人っぽく微笑み返してから、ふうっと息を吐いた。

ひとまず、言葉遊びの裏側でひっくり返されなければ、半日の猶予は確保出来た訳だ。

この隙にアルテアがどれだけ深刻に敵対しているのかを考えて、尚且つ現状に対応可能なだけの誰かと合流したい。


(でも、ノアにはエーダリア様達と一緒にいて欲しいかな。ヴェンツェル様は大丈夫だろうか。……そうなると、ウィリアムさんが捕まればいいのだけど……)


まだばらばらのままの思考を固めながら、買うべきものを考えなければならない。

アクス商会では、時間を稼ぎ思考をまとめ、道具を揃えて帰ったら、安全な拠点を作ることから始めよう。


(ダリルさんのところには、エメルさんもいる。火の対策には良さそうだわ)


あの火竜がどれだけの存在か知らないが、エメルもそれなりの水竜だと聞いている。

ある意味、ウィームに水を司る竜がいて良かった。

しかし、ネアの場合はどうだろう。


(うーん、でも、火の対策は後でいいかな)


隠れ家は、転移が自由な身であれば自分でどうにか出来る公算が立つ。

ディノから貰った厨房に寝泊まりしてもいいし、泊まるだけなら、他国の宿泊施設も知っている。

となると、拠点を動かせないエーダリア達よりも、火竜の脅威は低いと考えてもいい。


短い時間に思考のカードを何枚もめくっていると、からりとグラスの氷が鳴った。


「さて、ではその他のご注文は如何いたしましょう?」

「買うべき商品がわからない部分もありますので、ご相談しながらでも構いませんか?」

「ええ、勿論ですよ」


微笑んだアイザックに、ネアは手持ちの武器や道具について考える。

足りないものを補填するが、幾つかは、あるものでも充分に使えるだろう。


「見た映像を、絵のようなものとして抽出出来るような道具はありますでしょうか?」

「……これはこれは、やはりあなた様のご依頼は愉快ですね」


ネアはごく普通に考えたことであったが、アイザックは微かに目を瞠ってからいっそうに微笑みを深めた。

記憶抽出や念写のようなもので良いのだが、こちらの世界ではどうやら一般的な切り口ではないようだ。


「しかし、中々に難しい。似たような技術であれば、双方の同意の上で、記憶を共有する道具はございます」

「では、それを」


ネアは即決し、アイザックが頷く。

引き摺り落とされたあの場で、ネアは、しっかりとそこに居た者達の顔を見ておいた。

とは言え、口頭で説明するには限界があるので、誰のことも知らなかったネアの説明だけでは足りない部分を、誰か面通しに向いた人に見せるべきだ。

身を守ることもそうだが、敵方がこの一週間あまりで片を付けようとしているのであれば、拾ってきた情報を共有することも仲間達を守る術になると信じている。


「それと、薔薇とヤドリギを。黒髪の鬘に、身代わり人形を一つ」

「おや、身代わり人形ですと、さすがにアルテア様の目は誤魔化せませんが?」

「念の為に備えておきます」


身代わり人形とは、設定した者の姿を映し取り、ほんの少しだけ本人かのように動く人形のことだ。

影武者として使ったりする高価なものと、庶民的なところでは浮気工作で使われたりもする安価なものがある。

ネアが選んだのは、時間が経つとふわりと消えてしまう安価なものだ。


「高価なものであれば、殺された後も少しばかり死体が残りますが?」

「いえ。節約しなければなので、こちらで構いません」


ここで当たり障りのない注文は一区切りし、本命の依頼であり、対アルテアへの煙幕でもあるオーダーに入った。


「それから、二つの側面からご相談させて下さい。まずは、獣にする呪いをかけられた者を元の姿に戻せるかどうか。それが難しいことであれば、そんな獣を安全面を考慮して強化出来るかどうかです」

「呪いの解除については、私より詳しいものがウィームにおられるのでは?」


そう微笑んだアイザックの眼差しは底知れない。

実際に何が起こったのかを知っているとも言えるし、知らずに当然のことを指摘しているとも言える。


「私はこれでも罠に落ちた身なので、副作用が及ばぬよう、あえてそちらと距離を置いています。ですので、取り急ぎ助けを借りられるところから尋ねてゆく方針にしました」


足跡をつけたくないのは、そこが標的の一つだからだ。

しかしネアは、その情報をアクスに落とさないように慎重になった。

どこまでが薬になり、どこから毒になるのか、まだ確信が持てない。


(獣化の呪いについては、敵方も承知しているから秘密ではないとする。誰が獣になったのかを悟らせなければいいのだわ)


ディノが呪いにかけられたと知られて隙を突かれると困るし、イブリースが無事であることで稼げる時間もあるだろう。


「呪いを解けるかとなりますと、敷かれた術式と呪いを受けた者を見ませんことには」

「………確かにそうですよね。であれば、幼気でか弱い獣を完全防備に出来る守護のようなものはありますか?」

「それならば、一定回数の攻撃を無効化する祝福のもの、そして、強固な結界籠などがございます」

「………籠は大きいのですか?」

「使い魔や愛玩犬用のものもございますので、大きさは四種類ありますね」



ネアは籠を見せて貰い、一番小さな使い魔の小鳥用のものを購入して、リーエンベルクに配送して貰う手続きをする。

値段で少し迷ってから、攻撃無効化の祝福も買い、こちらは持って帰ることにした。

この祝福は、高い割に攻撃を五回しか無効化しないのがネックだ。



そこで取引を済ませると、ネアはなぜかローンという尻尾の幹部の名刺を渡された。

立ち上がられた際に、ふわっと揺れた見事な尻尾を見てしまい、向かいの二人が面白がるような目をしたので、ネアは少しだけ気まずい思いをする。


「いやこれは、同僚のものを預かっているので俺自身のものではないんですよ」

「………尻尾を預かる……」

「彼は今、系譜を擬態する必要のある仕事に出ていまして。その間、呪いを利用して系譜の加護が強い尻尾は預かっているので」

「尻尾を………」

「系譜の特徴を全てですね。俺は本来こういう容姿でもありません」

「………脳内が大混乱です」

「このローンは、もう一人の幹部と二人で、このヴェルリアの支局長を務めておりますが、アルテア様とは過去に因縁がございまして」


そう真意の見えない微笑みを浮かべたアイザックの代わりに、銀髪の男性は鼻の頭に皺を寄せて頷くことでそれを肯定した。


「まあ、そう言うことですんで、アイザックがあちらについた場合は、俺を指名して下さい。代表の判断が、常にアクスの総意じゃない」


唇の片端を歪めて微笑む仕草は、どこかアルテアにも似ている。

渡された艶のない漆黒の名刺に印字された、灰白の文字を眺めながら、ネアはこの幹部を紹介された意味を考えた。


(多分、………アルテアさんからの、私を害する為の注文が入った場合に備えて…)


ネアは捻くれたアクス商会の商法に驚きつつ、神妙に頷いた。

担当を分けることで、敵対するお客も逃さない方式だ。


(でも、こう手を打つということは、アイザックさんは本気で、アルテアさんが、私やリーエンベルクに危害を加えると考えているのかしら)


ちょっと首を傾げて、まぁあるだろうなと考えたネアは、遠い目をして溜め息を吐く。

困ったことに別に初めてでもないのだ。

とはいえまだアルテアからの依頼はないのか、アイザックは入り口まで見送ってくれた。



「宿などの手配は結構ですか?連泊となりますと、この時期のヴェルリアは祭りが近くて厄介ですが」

「そう言えば、牛追い祭りが……」

「ええ。牛追い祭の日は、赤い色彩を纏わぬよう。どうぞご注意下さい」

「…………ふむ。わかりました」



ぺこりと頭を下げ、ネアは黒髪の鬘をえいやっと被ってアクス商会を出て行く。

おまけで王都の地図を貰ったので、外に出る前に少しだけ見ておいた為、目的地までは迷わず歩ける。

王都の道路は砂色の石畳で、日差しが強く色鮮やかな明るい街並みの色彩に良く映える。


(ウィームより、高くそびえる建物が多いような)


平地を森に囲まれ、中央からだいぶ離れてから山々となるウィームとは違い、王都のヴェルリアは海辺が一番低くなっており、そこからなだらかな勾配にみっしりと建物が並び、一番高い位置に王宮がある。

火竜などの発着を考えた都市でもあるらしく、山の頂上がお城で、山の側面に街並みがあるような外観だ。

勿論王都中央から、領土境近くの平原や山間の郊外までヴェルリアの領土は広いが、所謂王都とされるのは、この何とも目に賑やかな海沿いの部分なのだ。


「……キュ」

「偽装工作をするので、少しだけ待っていて下さいね」


顔を出したいと鳴く毛玉にそう言い聞かせ、ネアはまず王都のリノアールのような総合商店にそそくさと入る。

リノアールと違うのは、わかりやすく高級百貨店のような内観ではなく、扉がない仕様の集合住宅のような感じで、各店舗がしっかりと壁で仕切られていることだ。

見通しがよくないのでフロア全体の把握は難しいが、まるで商店街を歩くような賑やかさである。


質のいい黒髪の鬘はさらりと揺れ、擬態の赤毛を上手に隠してくれているし、思った通り王都の店は客足が多く、ネアだけが店員の目を惹くこともなかった。

目的地がある風にゆったりと歩けば、悪目立ちすることもなく人々をすり抜けてゆける。


そして、女性用の化粧室に入るふりをすると、ネアは周囲に人がいないのを確かめてから、従業員用の扉から厨房行きの鍵を使った。



「さて、もう大丈夫ですよ」

「キュ!」


すぽんと、自らの力で顔を出したムグリスディノが、勇ましく鳴き声を上げる。

ネアが一人であれこれするので、またしてもぷりぷりしているのが可愛い。


やっと安心出来る見知った空間に入り、ネアはへなへなと椅子に座りつつも、引き続き気を抜かずに作戦を立案する。


「まずは、幾つかの偽装工作からです」

「キュ」

「………でも、その前にジュースを飲みます」

「キュ!」


エーダリア達からのカードを取り出し、返信を眺めながら魔術仕掛けの保冷庫から、よろよろと林檎ジュースを取り出す。

ついでに蒸しパンも取り出して齧りながら、ディノには小さな小皿に入れて与えてみたら、慌てて駆け寄ってちびちびと飲んでいた。



「………リーエンベルクには、暫く帰れなさそうですね」


ネアがそう眉を下げたのは、まだリーエンベルク内の他の仕掛けの捜索が済んでいないというヒルドからの返信だった。


ネアからのメッセージを読んで慌てて調べているそうだが、まだ成果が出ていないらしい。

先に発動した術式と連携するといけないので、ひとまずはリーエンベルクを避けることを推奨される。

アルテアが工作した場合を見込んで、捜査は慎重に行うようだ。

標的が逃げおおせた後の手を、アルテアなら用意しかねないと彼等も考えたのだ。



“まだアクスの支店にいるのか?”

“僕がそっちに行くよ?”


そんな言葉が揺れているので、ネアは小さく微笑んだ。

ムグリスディノは、短くなった手足が上手く使えないのか、こてんと転がってもがいている。


“いえ、ひとまずディノのくれた厨房に少しだけ落ち着いたので、ノアはリーエンベルクにいて下さい。こちらより警戒するべき人数が多いですし、アルテアさんの想定内の動きになりかねませんから”


幾つかの潜伏先が提案され、ネアはその内の一つを受け入れる。

念の為に二重に手配をと、ダリル経由でウィリアムへの伝言も頼み、その間に身代わり人形を擬態中の赤毛の自分にそっくりに設定すると、一度厨房から外に繋がる扉を開けて、さっと外に出した。


「キュ……」

「身代わり人形には、ジュリアン王子を訪ねさせました。こうして、戦況を混乱させます」


きりりとそう宣言したネアに、人間の容赦のなさに震え上がったムグリスディノはこくりと頷く。


あの赤毛の女中に似た風態の女がジュリアン王子を訪ねたという情報だけが残ればいいので、時間が経てば消えてしまう方が都合がいいのだ。

運悪く今回の件に関わる誰の目にも触れないことも考えられるが、それならそれで構わなかった。

あくまでも囮の一つでしかない。


「上手くあの方が絡むと、この計画が頓挫するような気もしますしね」

「キュ……」

「そして、今夜は、王都の宰相さんのご子息の隠れ家に避難します」

「キュ!」

「荒ぶっても可愛いだけですよ?私があちらで見た方達の姿を見せて、あちらの参加者を特定して貰いましょう。でもまずは、安全対策をしましょうね」

「キュ?」



そこでネアが取り出したのは、攻撃五回無効化の祝福だ。

きらきらした青っぽい液体が入っており、これを飲むと祝福を得ることが出来る。

こちらを見たムグリスディノがふるふるとしているのは、同時にネアが取り出した加算の銀器である。


「スプーンさん、千倍で」


そしてネアは、そう命じたスプーンに祝福の液体をたらすと、震えているムグリスディノにさっと飲ませた。


「ムギュ?!」


小さな体で劇薬を飲まされたディノは、こてんと倒れるとぴくぴくしている。

相変わらず、ちびこい三つ編みがあるのが堪らないあざとさだ。


「ディノ、死なないで下さい。林檎ジュースで口直ししますか?」

「…………キュ」


よろよろと林檎ジュースを求めるムグリスディノを見ながら、ネアは首飾りの金庫から、幾つか常備している薬品を取り出した。

その際に、春告げの舞踏会で貰ったチケットにも触れ、少しだけ使いどきについて考える。


「春告げの舞踏会のチケットを使ってもいいのですが、もっと取り返しのつかないことをやり直す為に取っておきたいのです。ひとまず保留にして、この呪いが解けるかどうか考えましょうね」

「………キュ」

「あらあら、さてはお腹がぷくぷくで眠たくなりましたね」

「キュウ……」


もそりと小さな手を上げたムグリスディノは、わかりやすく、うつらうつらとしている。

祝福の副作用だろうかと不安になって観察したが、満腹毛玉はただ眠いだけのようだ。


(ムグリスそっくりだけど羽はないし、鳴き方も少し違うみたい)


その場合これは鼠なのか、兎なのか、その判断が難しいところだ。

悩みながら小さな手を取って抱き上げてやり、膝の上に乗せるとすうすうと眠り出した。

銀狐が獣の本能に勝てないように、このムグリスディノも眠気には勝てないとみえる。


「そろそろ、もういいかな」


小さく呟いたネアは、かなりの在庫がある失せ物探しの結晶を使い、配達途中の使い魔用の結界籠を手元に取り戻すと、ぱかりと開けてムグリスディノとのサイズを合わせてみる。

むくむくの毛皮動物だが、どうにか人道的な余裕を持って入りそうだ。

丈夫なベルトがついていて、虫かごのように斜め掛けにして装着出来る。

一度リーエンベルク宛にしたのは、些細な嫌がらせだ。


(子供っぽい攪乱だけど、これで獣にされた相手がどこにいるのか、少しでも混乱してくれるといいな)


情報に価値があり、その情報を敵方に卸す可能性が高いのであれば、少しでも邪魔な情報を積み上げてみようという素人的嫌がらせ第二弾である。


一つ頷いてから、大判のハンカチを取り出して適当に折ったりし、胸元に押し込むと、両端を下着のストラップに結んで簡易ハンモックにした。

今日何度か、ムグリスディノがドレスの内側からすとんと足元まで落ちたりしないかひやりとしたからで、連れ歩く時はこのハンカチハンモックでお尻を固定して貰おう。


(でも、生地にニットのような伸縮性があって、今日みたいに襟元がオフタートルでくしゃりと生地にゆとりを持たせたデザインじゃないと、やっぱり目立つだろうな)


加えてストールで更に襟元をふわりとさせたので、ムグリスディノを隠し持っていることが露見しなかったのだ。



“ダナエを護衛にするのはどう?”


カードからは、ノアがそう提案してくれる。


“考えたのですが、迷っています。ダナエさんはアルテアさんのお料理に夢中で、アルテアさんともカードを交換している仲ですから”

“そうだった!それと、ウィリアムは、丸一日待って欲しいって。今朝からなくなるかもしれない国に鳥籠を作ってるみたいだよ。エーダリア曰く、その国の内戦も今回のことに踏み切る切っ掛けかもしれないらしいよ”

“ヴェルクレアと、縁のある国なのですか?”


その言葉に答えてくれたのは、エーダリアだ。


“交易のある大国との航路の間にある島国だから、ある程度反応が出てくる。会議や報告会などで、今日一日は王都も煩雑になるからな”

“賢いタイミングですね。忙しいと、点検や警戒も疎かになりますし……”

“兄上とはひとまず会話をした。イブリースは王都に戻ったが、擬態して姿を見せないようにしている。ドリーが兄上から離れないそうだから、安心していい”

“エーダリア様も、ヒルドさんとノアから離れないで下さいね。寝る時もです!”

“リーエンベルクは堅牢だ。その上私には、ウィーム王家の血を引く者としての護りも多いからな。………お前も、出来ればウィリアムと合流するまで、そこに隠れていて欲しいのだが”

“しかし、出来る限り早く、悪人どもの情報を精査して貰わないとです。一網打尽にしなければいけません”

“ウォルターは、信頼に足る男だ。それはひとまず安心していい”


ネアがウォルターという宰相の息子のところに行くこととなったのは、国内の要人や、その他の特別目立ちはしないが必要な者達の顔までを、誰よりも知っているのがこの人物だと紹介されたからである。

同じようにリーベルも面通しに向いてはいるそうだが、ネアがその場にガーウィンの司祭がいたと報告したので、リーベルは避けることとなった。


“火竜の方は特定が出来そうだ。水や氷の系譜になる深い青の瞳の火竜は珍しい。長いこと一族から離れて封印されてきたドリーは知らなかったが、最近一番下の弟に火竜の友人が出来てな。ロクサーヌ経由で確認したところ、百五十年程前に海竜と交わった祖先を持つ竜が、先祖返りで青い瞳を持って生まれたらしい。存外、まだ若い竜のようだ”


ただ、黄金の椅子に座った銀髪の男性は、まだ誰なのか特定が出来ないそうだ。

案外アルテアが擬態して同席していたように、あの男性も人間ではないのかも知れない。


“それと、使われた呪いは特定出来たよ。僕の方が、術式を組んだかもしれないアルテアより、魔術に関しては目がいいからね”


いい報告もあった。

そう教えてくれたのはノアで、四種類の呪いと祝福を撚り合せた罠だったらしく、獣化の核となる魔術は、幾つかの秘宝とされる宝石を煎じて飲むことで解呪出来るそうだ。


“ある意味、理系統の祝福で効果を強めてあるから厄介なんだけどね。だから、秘宝に近いだけの特別な宝石が必要になるんだよ。でも、砂漠の月はリーエンベルクにあるんだってね”

“砂漠の月!”


それは以前、ネアが雪喰い鳥の試練で記憶を失った時、グラストとゼノーシュが見つけてきてくれたものだ。

その時のことを思い出して、ネアは頼もしい仲間に口元を綻ばせる。


“あと必要なのは、海の涙。海の精霊の神殿にあるみたいだね。それから、夏星の雫”


夏星の雫は、ある島にある小さな井戸に、夏至から一月の間だけ、真夜中になると落ちてくるそうだ。

船に乗って訪れた者、そして星が落とす雫を受け取れる者だけが手に入れられると言われているらしい。

呪いの強化に使われている祝福が魔術の理に絡むもので、今回は果ての薔薇では難しいだろうということも伝えられ、少しだけ期待していたネアはがっかりした。


“それと、ネア。念の為にだけど、アルテアを使い魔の契約から制御しないようにしなね?”

“むぅ。折角なのに、使えませんか?”


ここでも一つがっかりしたが、アルテアが本気で裏切っている場合は、その契約の履行に罠をしかけている可能性が高く、もし何か事情があるのであれば邪魔をしない方がいいということだった。


“では、陰謀の根絶作業は手練れの皆さんに任せまして、私は動けるようになり次第、呪いを解除出来るものを集めることにします”

“そうだな。お前にはそちらの方が向いているだろう。だが、標的とされているのも確かなのだから、あまり欲張って動かないようにするのだぞ”

“はい。また後でご連絡しますね。それと、エーダリア様、残りの仕掛けを探すなら、最強の祝福を増やしたグラストさんが適任かと”

“それがあったか!”


因果の成就というとんでもない祝福を得たばかりのグラストを推薦すれば、すっかりそのことを忘れていたのかエーダリアは喜んでいたようだった。


みんなが合流出来るように、ダリルが追尾や察知不能な迷路を繋げるからとまたもう一ついい知らせを貰い、ネアは落ち着いた気持ちでカードを閉じた。

念の為にドリーから預かっているカードを開けば、こちらは大丈夫だと短い言葉を送ってくれていた。



「さて。………念の為に」


ダナエとのカードは、先日、お魚が美味しいと書いてくれたメッセージに返信したままになっていたし、アルテアのカードはむしゃくしゃしたので開かなかった。



ことりと、とある薬品の瓶を開ける。

この瓶を開けようと思ったのは、先程アクス商会で名刺をくれたローンという幹部の名刺の裏に、とあるメッセージが書かれていたからだ。


そしてネアは、銀色のスプーンですくった薬の一つを、幸せそうに眠っているムグリスディノの口にたらりと流し込んだ。


「………ムギュ?!」


びゃっと飛び上がったムグリスディノは、かなり不味かったのかじたばたした後、ぱたりとネアの膝の上で伸びてしまった。

ぴくぴくしているので、さっと蒸しパンのかけらを差し出すと、小さな手で奪い取ってむしゃむしゃ食べている。



「キュキュキュッ!」

「怒らないで下さい、ディノ。この後で、ここを出て移動しますので、安全の為にはあれこれ手を打っておかなければなりません。それとこれもですね。えいっ!」

「キュ?!」


ネアが次に行ったのは、分かりやすい真珠色の毛玉を、素敵な濃紺の毛玉に擬態させる色変えの市販魔術だ。

髪色の変化を楽しむ為のもので、どうやら毛皮にも有効であることがわかった。

緊急時に擬態する必要があるかもしれないと買おうとしたのだが、あまりにも色が沢山あるので幾つも衝動買いしてしまった、魔術仕掛けの変装道具である。


自分用の黒髪の鬘もそれで淡い桜色の鬘に仕様変更すると、ネアは満足げに頷いた。

あえてゼノーシュが守りとして手をかけてくれた擬態をそのままにしたのは、この擬態も役に立つかもしれないからの勿体無い精神である。

その残りの魔術をムグリスディノのお尻の方に移植して、こちらは濃紺と桜色の二色展開にする。


「キュ」

「あえて、ダナエさん風の色にして、もしバレた場合には混乱を狙う一工夫です」

「キュ!」

「さぁ、そろそろ、ウォルターさんの隠れ家に行きましょうか」

「……ムギュ」



不本意そうにじっとりした目でこちらを見たムグリスディノを見ながら、あまりの丸さに、ネアはかつてのほこりにそっくりだと思わざるを得なかった。





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