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147. 人形劇で波乱が起きます(本編)



ヴァロッシュの祝祭のその日、騎士達は朝から準備に余念がない。

騎馬戦や剣試合という、騎士としての本分に見合った晴れ舞台もそうだが、声色を変えて人形劇を演じるという無駄に心を試される演目まで混ぜ込まれてしまっているからだ。


そういうものに長けている騎士はいいのだが、声色を変えて子供達向けに人形を動かすことなど無理があるという騎士も、勿論いる。

寧ろ騎士という職業柄、そのような気質の者こそ多い。

しかしやらねばならないのだ。

きっと最初にこの人形劇の台本を作った誰かは、一部の騎士だけの苦行になることを良しとしなかったのだろう。

この人形劇、恐るべきことに登場人物が異様に多い。



剣試合の待ち時間にすら、虚ろな顔でぶつぶつと台詞を繰り返している者達が多く、ウィームの騎士達にとっては随分な試練の日でもあった。


「ディノ、もうすぐ剣試合ですよ。騎馬戦の会場は満席でしたが、こちらは何とかグラストさんの一回戦のチケットを手に入れたのです!」

「おや、好きなだけ見られる訳じゃないんだね?」

「ええ。ウィームの騎士さんはたいそう人気ですので、毎年この祝祭のチケットは発売開始二分で完売、関係者席もあまりに広いと暴動が起きるのです。よって、ご家族以外はご辞退下さいという関係者席には入れませんので、こちらはとてつもないレアチケットなのです!」

「れあちけっと………」


ウィームの騎士が人気なのには、三つの理由がある。

一つは、何よりも層の厚い、高収入で生活水準も高いウィームの騎士に見初めて貰おうと、各地から集まって来る妙齢のご令嬢の層。

もう一つは、そんなみんなの憧れの騎士になるべく頑張る層で、騎士見習いや、子供達やその親が、目標にする騎士達の剣技を見にやって来る。

最後の一つは、言わばスカウト層で、個人の護衛などに引き抜こうと企む貴族も多い。

よって、このような催しではかなりの激戦が繰り広げられるのだ。



「本当は決勝が見たかったのですが、少し乱れた風になり息も上がると評判の後半戦は、荒ぶるご婦人方に買い尽くされてしまいました」

「乱れるのがいいのかい?」

「色っぽいのだそうですよ。ゼノが心配ですね……」


うっかり求婚されかねなかった夏至祭は、自らの失態と位置付けているお弁当屋さん捜索活動のお蔭で、只事ではない気配を醸し出し無事に乗り切ったゼノーシュだが、今回はすり鉢状になった野外劇場を使って剣技が行われるので、グラストのいいところをご婦人方に見られたい放題なのだ。

まさに、一難去ってまた一難という感じである。


逆に言えば、未婚の騎士達は一年に一度の分かりやすい晴れ舞台、意中の女性や、不特定多数の将来のお嫁さん候補に自分の良さをアピールするチャンスだ。

最後の人形劇で父性までアピール出来るので、家族が欲しい騎士は必死だった。


「リーエンベルクの騎士達だけではないのだね」

「ええ。各地の騎士さん達も、この日の為に選抜された方々がいらっしゃっています。ウィームの騎士さんは皆さん、水色を基調とした制服なのですね」


ウィーム領のイメージカラーは青なのだそうだ。

その中でもウィーム領の正規騎士団に属する騎士達は水色を纏い、マントの裏の模様や、縁取りに装飾、ブーツなどの色でそれぞれの所属を分ける。

控え目だが唯一白いラインを持ち、水色の量が一番多いのがリーエンベルクの騎士だ。

その中でも艶消しの金色の装飾がグラスト、第二席のゼベルは銀色の装飾、それ以外の騎士達は皆青銅色の装飾となる。

しかしリーエンベルクは、エーダリアもグラストも大らかな為、自分の制服を好みにカスタムしている騎士も多い。


その他には、塩の魔物の加護を誇るシュタルトの騎士の制服には青紫のラインがあり、ヴェルリア近くの土地の騎士達は隣接する王都に敬意を払って深紅の飾り帯をしている。

同じように、ガーウィン近くの領土からは緑のブーツの騎士達が来ているし、アルビクロム近くの騎士達は檸檬色の手袋をしている。

かつては全て別々の国であったという事情もあり、そのあたりの騎士服には領土線の向こうにいる相手を意識した、大人の社交技術が垣間見えた。


そんな、各地を守るウィームの騎士達とはまた違い、ウィーム領民そのものを守る街付きの騎士達がいる。

水色の制服の騎士達が軍隊なら、濃青の制服を着るこの街付きの騎士達はどちらかと言えば警察寄りだ。

町の自警団などが、管理上の問題からウィーム国の騎士として登録された経緯で派生したまた別の成り立ちの騎士団であり、より領民の近くの守りを固める。

更にその中で、各種専門分野に特化した竜騎士、妖精騎士、精霊騎士などがあり、実に様々な団体に分かれている。


命令系統などを固めるまでは非常に面倒だったと聞けば確かにそんな感じがするが、各騎士団ごとにお互いの得意分野を伸ばし、上手く連携し合うことを美徳としている。

ある程度の摩擦や競争などもあるだろうが、敗戦国としての団結もあるのだろうとヒルドは話していた。


「人間は込み入った組織を作るね。王都の騎士団の組織の方がまだわかりやすいだろう」

「統一戦争の時に、ウィーム王宮に仕えた騎士団は全員亡くなってしまったそうです。それでも、能力のある方々が残ったのは、ある意味この制度のお蔭なのかも知れませんね」


戦況が悪化すると同時に王家から号令が下り、王家直属の騎士達以外の騎士は、泣く泣く騎士服を脱いで戦った。

それは、最前線の肌感を得ていた王族達が、敗戦後の人材の確保を見据えた策であり、国民達の中に紛れるようにして終戦の日を迎え、身を潜めて国家の再建を誓った街付きの騎士達もいる。

リーエンベルク第三席の騎士、リーナの伴侶候補のご実家も、ウィーム陥落の日の夜の内に騎士という銘を隠して血の滲む思いでウィーム復興に備えた一族なのだそうだ。


ウィームの王宮付きの騎士達は他国の筆頭魔術師並みに魔術に長けたことが災いし、一騎残しても危ういとされ、王族と合わせて生き残った全員が処刑された。

その朝のことを覚えているというノアが、それは凄惨な光景だったとだけ口にするのだから、魔物の目から見ても悲惨な光景だったのだろう。

そんな光景を唇を噛んで眺め、後のウィーム領を堅牢にした騎士達が、今日この会場にも来ている。


(エーダリア様がみんなに大事にされるのも、何だか時々白い魔物が出没していてもみんながおおらかなのも、きっとそのお陰なのだわ)


密やかに潤沢に。

そうして長らえてきたのが、魔術と人外者に恵まれたウィームなのである。



「ほら、あちらではしゃいでいるのはきっと、古くからいらっしゃる方なのでしょう。昔語りが止まりませんが、そんな姿が嬉しいですね」

「どうして、顔を青く塗ったのかな……」

「領土愛ですねぇ」

「領土愛………」


白髪混じりのご老人達は、老いてなお鍛え抜かれた肢体から、かつては戦闘に従事する者だったのだと知れる。

顔を青く塗りご機嫌で屋台の葡萄酒を飲んでいるので、終焉の手がかかっているとされる老齢による白髪も輝いて見えた。


「む。……お一人の方の白髪が、何だか色味が違いますね」

「あれは魔物だね。筋まだらの白持ちで公爵ではないが、高位の者だ」


ネアが気付いたのは、肩を組んで騒いでいる彼等の一人の、白髪具合が違うからだった。

上手く言えないが、色の抜けた白髪と、白という色を得た白髪は違う。

そんな感じがする。


筋状に少しだけ白くなっているくらいなので、ディノ曰くそこまで高位ではないらしい。


「………しかし、白いのです。やはり、ウィームは人材の宝庫でした」

「恐らく森の系譜の魔物だろうが、あの魔物もまた終焉の気配がする。あまり余命は長くなさそうだから、一緒にいる人間達と同じように生きるのかもしれないね」

「………それは、ご自身の意思で?」

「いや、寿命だろう。仲が良さそうだから、幸せなことかも知れないね」


ネアが驚いたのは、ディノがそんなことを言うとは思っていなかったからだ。

ここで人間達に囲まれていることで、儚い者達の時間配分について、この魔物も考えたのだろうか。


「私達も、ずっとあんな風に仲良しでいましょうね」

「………うん。顔は…」

「大丈夫ですよ。青く塗りません」


フェイスペイントもやる必要があるのだろうかと考えてしまった魔物に、ネアは慌てて首を振った。


「そして、そろそろ席に行きましょう!見逃したら勿体無いですからね」

「ドーナツはいいのかい?」

「むぐ。………試合が終わってから買うのです」

「わかったよ」


本当は観戦席で揚げたてドーナツを食べる予定だったが、遅刻しそうなので慌てて入口でチケットを切ってもらい、観客席に入った。

すり鉢状の野外劇場は、臨時闘技場のようになっており、観劇の時などに設置されるお洒落な天鵞絨のクッションの代わりに、盛り上がりを演出する為なのか騎士服仕様のクッションに変わっている。

各騎士団の旗が立ち並び、観客席では魔法仕掛けの花吹雪を飛ばせる小さな箱を売り歩いていた。

席に着くまでにネアもひと箱購入し、淡い檸檬色の花びらを振りまく準備をする。

既に行われた試合のものか、舞台となる土床にはたくさんの花びらが落ちていた。


「やはり、足場は踏み固めた土の方が騎士さん達は戦い易いのでしょうか」

「そういうものなのかな。これは、王都で行う、剣闘士達の見世物とは違うのかい?」

「攻撃を受けても血生臭くなく、代わりにくしゃみが止まらない仕様です。使う武器に工夫があるのですが、ご愛用の武器と同じものを使えるよう、特別な擬似魔術をかけるそうですよ」


あまりにも観覧希望者が多過ぎて、この剣技は観客交代制だ。

一試合ごとに観客を入れ替えるが、早く出てゆけばお気に入りの騎士の退出路の横を通るので、すぐ隣から応援や励ましが出来るという心憎い演出により、観客達は素早く行動する。

最前列で観戦していた乙女達が、試合が終わるなり物凄い形相で駆け出してゆくのはその為だ。

騎士達に憧れる子供達とのデッドヒートになるので、かなり激しい競争になる。


(どうしよう。どきどきしてきた!)


ややあって、大観衆の声援を受けてグラストが登場した。

トーナメント第一戦目の最後の試合に登場するので、凄い盛り上がりだ。

審判席の横にある小さなスペースには、試合を終えたらしいリーエンベルクの騎士達が詰めかけている。

負けてしまった騎士もいるのか、ハンカチで口元を押さえてぐずぐずと鼻をすすっていた。


ネアが小さな黄色い箱についている紐を引っ張ると、ぱんという控えめな破裂音がして、入場する騎士の頭の上で花びらが舞う。

舞い散る花吹雪は騎士にはつかないように工夫されており、試合の邪魔にはならないようだ。

リーエンベルクの騎士の色である水色の花びらが多い中、ネアが意識したゼノーシュ色の花びらはとても映えた。

遠くに見える関係者席で、厳しい顔のクッキーモンスターがドーナツを頬張りながら頷くのが見えるので、そちらのお客も満足してくれたようだ。


座席には余裕があるのだが、ディノにぴっちりへばり付かれた状態で、ネアは目を凝らした。


「お相手の方は、ガーウィンとの国境沿いを受け持つ騎士さんのようですね。初めて見る方ですが、何だか凛々しくて勇ましいです」


相手の騎士は、グラストと同じくらいに背が高いが、若干体つきは細いようだ。

短髪の黒髪で端正な顔立ちをしている。

まだ若いのか、落ち着いている眼差しのせいで若く見える年配者なのかという、年齢不詳の男性だ。


「…………浮気する」

「あら、私はグラストさんを応援するので、あの騎士さんには浮気しませんよ?」

「勇ましいって言葉は、初めて聞いたような気がするよ」

「まぁ、日常表現なので気にしては駄目ですよ?」

「ご主人様………」


初登場の表現かどうかは不確かだったが、ネアはさらりと流して気にさせないように努めた。

こんなものでも過剰反応してしまったら、これからが思いやられてならない。


(やはり、務める土地によって装備が違うのだわ……)


グラストの相手の騎士が持つのは、見事な槍だ。

青い透明な硝子のような素材のもので、先端の形が少し特殊になっている。

精巧なレプリカだが、色や形だけでなく重さや癖まで擬似魔術で写し取られたものなので、実際にもこのような武器を使うのだろう。


対するグラストが振るうのは、重そうな長剣だ。

どこか素朴にさえ見える一般的な長剣だが、グラストの家に代々伝わる武具の一つらしい。

一度、両騎士共胸に手を当てて領主席のエーダリアに礼をすると、試合開始の合図だ。

リーエンベルクの騎士達と、相手方の騎士の仲間だと思われる観客席の男性達がわぁっと声を上げた。


「始め!」


剣技の進行と審判をするのは、各地から集められたウィームの魔術師達だ。

不利有利がないように、あえて戦う騎士達とは関係のない土地のフリーランスの者が選ばれるらしい。

実はこの審判たちにも人気投票による功労賞が用意されているので、騎士と同じぐらいに頑張って進行してくれる仕組みだ。

審判には事前講習などがあり少し面倒ではあるが、ここで公平かつ気の利いた魔術師だと評価されると、今後個人的な仕事などの依頼が増えるらしい。

中には、お嫁さん募集中の魔術師もいるようだ。



「ほわ!あの槍には、何かきらきらしたものが発生しました」

「星の加護だね。珍しい祝福を持っているようだ」

「綺麗な槍ですねぇ」


ネアはこういうものを見るのは初めてだったが、優美な槍の使い手にすっかり目を奪われてしまった。

強さを競い合うよりも舞踊のような動き方をする騎士だ。

観客席の前列からご婦人方の歓声が上がっているので、人気の騎士に違いない。


ガキンと、硬質な音がした。


突き出された槍を受け止めたグラストの剣技もまた、軽やかで剣舞のようだ。

重たそうな剣を軽々と振るい、楽しそうな微笑みを浮かべている。

ふわりと翻った騎士のケープの美しさに、ほうっと観客席から声が漏れ、ネアも拳を握る。


(他の領土なら、領主付きの騎士団長なんて、こんな風に最初から戦ったりはしないのだろうな)


騎士達自身も胸を躍らせて挑むのは、そんな風に単純なトーナメント戦であるからだった。

敗者復活戦もあり、ある程度運だけで左右されないようになっているし、優勝すれば実質ウィーム一の騎士の称号を得られるのが素敵なのだ。

領民達の基礎能力が高いお蔭で、リーエンベルクの筆頭騎士が一番強くなくてはならないという風潮もなく、グラストも昨年はゼベルに負けて二位になってしまったのだとか。


「むむ!」


見事な打ち合いの後に、グラストの剣がしゅわりと金色の光を帯びた。

はっとしたように間合いを開けた相手騎士が、こちらも槍に見合った低い体勢からの構えを取る。


次の瞬間、会場には眩しい光が弾け、まるで映画のワンシーンのようにお互いの得意技をぶつけ合った二人の騎士の立ち位置が交差する。

固唾をのんで見守った観客達の先で、一拍置いてから、槍を持つ方の騎士が少しだけ体勢を崩した。


「くしゅん」


悔しそうに苦笑すると、槍の騎士は控えめなくしゃみをひとつする。

わぁっと、また会場が湧いた。


「勝者、グラスト!」


今度の歓声には、女性達の華やかな声も混ざり、また花びらが舞い散る。

くしゃみをしたのが恥ずかしかったのか、グラストと握手をしている騎士は照れたように顔をくしゃくしゃにしていた。

そうすると途端に少年のように見えるので、そんな騎士の新しい一面にまた歓声を上げるご婦人達がいる。

双方騎士として強いのは勿論だが、硬派で華がある感じが際立ち、いい試合を見たという感じがした。

思わず手に汗握ってしまっていたネアは、握り拳だった手のひらを開いて拍手に切り替えた。


「ディノ、グラストさんの勝利です!」

「不思議な剣だね。様々な系譜の守護や祝福がかけられているようだ」

「先祖代々、知り合った色々な方々から祝福や守護をどんどん増やされている剣のようですよ。何となくですが、一族のお人柄がわかる品物ですよね」


対外用の青年姿の魔物に擬態しているせいで、関係者席で思わず弾んでしまったゼノーシュもまたご婦人方の視線を集めていた。

グラストとの関係が良好になり仕草に可愛さが増した分、最近は人気が高まっているらしい。


「何だか、こうしてグラストさんの活躍を見ると誇らしいですね。……あら、どうしました?」

「ご主人様………」

「むぅ。すっかり怯えてしまいましたね」


この試合の後には小休憩を挟むのでネア達はゆっくり退席出来るのだが、会場からお目当ての騎士が見えなくなった途端にスカートを持ち上げて駆け出したご婦人方が怖かったらしく、魔物はすっかり怯えてしまった。

騎士団長に憧れる男の子達との場所取り合戦なので、退出路は今頃物凄い有様だろう。


「ディノ、本当はグラストさんにお声掛けしたかったのですが、お相手の騎士さんも人気があるようですし、退出路に出向くと踏み潰されそうなのでこのまま会場を出ましょうか」

「………うん。進路に立つと、殺されてしまうんだね」

「恐らく通路に一番乗りし、声をかけやすい位置を押さえたいのでしょうね。あの妖精さんは、何ともお気の毒な位置にいたとしか言えません」


ディノが見てしまった惨劇はネアも目撃していたのだが、真っ先に駆けだした黄色いドレスのご婦人の進行方向に、運悪くもそもそと歩いているペンギン型餅鳥妖精がいたのだ。

誰の目にも移動の邪魔になる位置とタイミングでまずいなとは思ったのだが、案の定ご婦人の繊手でばしんと横殴りにされ、どこか遠いところへ吹き飛んでいってしまった。

見えなくなってしまったので、生死の程は明らかではない。

この二つ前の試合では、やはり同じような事情で、我先にと駆け出した少年達に踏み潰された靴屋のご店主がいたそうなので、試合観戦も命がけだ。



しかし、その騒ぎですっかり怯えてしまった魔物を、更に落ち込ませる事件がその後勃発した。



その後、ネアとディノは会場周りとリーエンベルク周辺の見回りの仕事が二時間程あり、屋台であれこれ買って祝祭のお昼を楽しんだ後に、もう二時間程、騎士達の代わりに見回り業務を代行した。

剣試合では無事にグラストが優勝したとゼノーシュから報せも入り、安心して本日の仕事を終えれば、祝祭の日はいい感じに進行してゆく。

試合の時にはエーダリアの襟巻代わりになりつつ護衛をしていた銀狐も合流して、美味しい揚げたてドーナツを堪能しながら見に行った午後の人形劇でのことだ。



人形劇は、子供たちが主な観客である。

将来の伴侶候補を探る乙女達がその背後に陣取り、人形劇の雰囲気を楽しめるくらいの更に外周に一般のお客が集まる。

領主席には引き続きエーダリアが座り、その護衛をするヒルドの隣で、本日は気が抜けないゼノーシュも心配そうに舞台を見ていた。



「…………人形………劇?」


ネアが首を傾げたのは、使われる人形が通常の成人男性の二倍程の大きさのものだったからだ。

操作する担当騎士の魔術で動くので、人形だとわかっていても不思議な迫力がある。

最初はぽかんとして大きな人形たちを見上げていたが、こういうものだと理解すると楽しくなってきた。

木や布、硝子や石、花などで作られた人形はどれも個性的で、どんなデザインの人形が出てくるかを見ているだけでとても楽しい。

各配役ごとに設定は文字でしか残されていないので、前年の担当者の人形を参考にしつつ、自分で作って動かすのだとか。



「どこかに、乙女な騎士が一人いますね」


通常であればくすりと笑われてしまうお姫様役の騎士は、今年はかなりの手練れが用意されたようだ。

声色も違和感がなく、お花と綺麗な布で作られたお姫様人形は、小さな女の子達が頬を染める程の出来栄えであった。

更に言えば、無名の騎士三と、無名の愉快な酒場のお客その二の人形使いが異様に上手い。


「魔術の配置や指示が、こんな風に明確に現れてしまうものだとは思わなかった」


感心して見入ってしまっているディノの膝の上で、銀狐も興奮に身を震わせて見守っている。

ある意味とても残酷なのは、イマイチな人形の登場場面になると、子供たちが露骨につまらなさそうな顔をすることだ。

子供と同じような眼差しで見守っているネアの隣のこの魔物達や、観客席にいるその他の人外者達も同じように一喜一憂する。

騎士達がどうしてあんなに必死に練習をするのか、ネアは少しだけわかった気がした。


(こんな白けた目で見られたら心が折れてしまう………)


そして、その観客の素直な反応を最も顕著に引き出したのが、完全に脇役だった筈の主人公の騎士団長の飼い犬のミルキーだった。

愛くるしい牧羊犬の子犬であちこちでドジをして騎士の足を引っ張る役なのだが、誰が担当しているのか、まず、子犬人形がすさまじく愛らしい。

動物の毛皮を使って本物の様に作られているし、手足の可動性までかなり精巧なものになっていた。

子犬の鳴き声も素晴らしいし、細やかな動きはまるで生きている子犬を見ているかのようだ。

子犬が動く度に子供たちの目はきらきらと輝き、子犬が悪さをすれば会場には笑い声が溢れている。



「もはや、主人公も祟りものの悪役も、完全に霞みましたね………」


そう言えば、魔物も銀狐もこくりと頷く。


ネアが見ていて不憫だなと思うのは、今回の人形劇ではお姫様役や、主人公と祟りものなど、この子犬さえいなければという優秀な演じ手が多かったことだ。

きっと随分と練習したのだろうと、素人目にもわかる。

それなのに、子犬人形の全てが飛び抜けて素晴らしいせいで、観客の注意がそちらに向いてしまうのだ。

最後に美味しいところを全部もっていく緑毛玉の演技はみんなが首を傾げるくらいにお粗末だが、通りすがりに道案内をしてくれる町民まで中々に上手いのにと、何とも勿体ない。

また、子犬役ということもあり、老若男女、人間から人外者まで、楽しく拝見出来る役柄なのもいけなかったようだ。



天候や魔術の発動などの演出も素晴らしい人形劇が終わり、ネアがまず思ったのはこんな感想だ。


「子犬さんが可愛かったです」


また厳めしい顔で、魔物と銀狐がこくりと頷く。

最後のどんでん返しで緑毛玉がお姫様と結ばれる場面ですら、座ってふりふりと尻尾を振っている子犬の愛くるしさに視線を奪われがちだったのだ。


なお、最後のカーテンコールの際に驚いたのは、お姫様役の騎士が思っていたより筋骨隆々とした男らしい騎士だったのと、子犬役がゼベルだったことだ。

最大の拍手を贈られて頭を下げるゼベルに、隣に並んだ主人公の騎士団長役の騎士は目が死んでいる。

今年の主人公は街付きの騎士からの大抜擢だったようで、かなり頑張って練習したに違いない。

同じく祟りもの役だったシュタルトの騎士も、どこか悟りを開いたような静かな目をしていた。



「ゼベルさんが相手だと、空気の操作まで出来るだけあって強敵ですねぇ」

「尻尾の動きが上手いのは、狼が好きだからかな」

「は!そう言う意味でも、かなりの適役だったようです。それと、あの台詞棒読みの毛玉役が、先程の槍の騎士さんだったのが意外でした。グラストさんに至っては、笑うだけで登場が終わる酒屋のおかみさん役でしたしね」

「揚げ鶏の役は誰だったんだろう……」


ディノが気にしているのは、配役を増やす為に無理矢理設定されたに違いない揚げ鶏の人形だ。

美味しくこんがりと揚げられた鶏肉が、不安に怯える町人達に、お前達も祟りものに食べられてしまえばいいと毒づくシーンである。

そんな揚げ鶏はすぐに食べられてしまい、それを笑った南瓜も割れてしまうシュールな場面だ。


「南瓜さん役のお人形の隣で挨拶されていましたよ。背の高い金髪の騎士さんで、街付きの騎士さんだった筈です。騎馬試合で三位だったと、子供たちが話していました」

「剣技はグラストが優勝したようだけれど、騎馬は誰が優勝したんだい?」

「ヴェルリアとの国境域の担当の騎士さんだそうです。リーエンベルクは、ゼベルさんもリーナさんも、失格扱いでしたから……」


どうして騎馬に応募したものか、それぞれに狼の加護と竜の血のせいで馬を怯えさせてしまい、振り落とされて失格という残念な終わり方をして肩を落としていた。

昨年の優勝者が参加しなかった剣技試合では、二位に槍の騎士が敗者復活戦から勝ち上がり、三位はウィームの竜騎士と、シュタルトの妖精の騎士が引き分けで入ったそうだ。

三位のメダルをすぱんと半分に割ってしまった竜騎士に、妖精の騎士は頭を抱えていたらしい。



そんなことを話しながら歩いていると、不意に魔物が震え上がった。

この慄きようは午前中にも見たぞとネアが視線を巡らせると、魔物は不審な一団に視線が釘付けになっている。

同じ方向を見ている銀狐も、しっかり尻尾が下がってしまっていた。


「………あれは何だろう」

「追っかけですね。人形劇は三回公演なので、お気に入りの騎士さんを追い回す一団です」


舞台を変えて次の公演場所に移動する騎士達を、謎に少しだけ身を隠しながら追いかける集団があった。

素敵なドレスを着た乙女達が、まるで手練れの諜報員のように追いかけているのである。

怖くなってしまったのか、銀狐もディノの足に這い上がるようにして抱っこを強請っていた。

すぐさま持ち上げて貰い、魔物達は身を寄せ合って震えている。


「あ、パンの魔物さんが殺されました」

「逃げ遅れたようだね…………」

「人気者も大変ですね…………」


進路上を横断していて踏み潰されたパンの魔物に、うっかり振り返って現場を見てしまった騎士の一人が真っ青になっている。

ご婦人方はきゃあっと歓声を上げて手を振ってるが、手を振りかえす騎士の笑顔はどこか虚ろだ。



「騎士にだけはならないようにしよう……」



新しい知見を得た万象の魔物は、そう呟いてネアにへばり付いた。

震えながら銀狐も頷いているが、こちらはこちらで既に厄介な追っかけがいそうな気がする。

騎士達は、安息日でゆっくり休めるといいなと思いつつ、ネアはその一団を見送った。







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