表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
437/980

焼肉弁当と小さな予兆


お弁当屋さんのあるブナの森駅の仮駅舎までは、川竜のいた駅から十五分程だ。

意外に几帳面なのか次の列車の時間を見ていてくれたイブリースのお蔭で、最後に少しだけ急ぎ足で駅に戻り、スムーズに乗り換えることが出来、ネア達は無事にお弁当屋さんがある駅に到着する。


少しだけ懐かしの仮設ブナの森駅に到着し、先に買いに行った者達から教えられた通りに駅の横にある獣道を歩くが、まだ素敵なお弁当屋さんの気配はない。


「まだ匂いはしません!」

「ご機嫌だね、ネア」

「あの匂いが忘れられないのです。葉っぱさんが食べていたとき、実は少しだけ襲い掛かったら渡してくれるだろうかと考えてしまった自分がいました」

「葉っぱ?」


そう不審そうに目を細めたのはアルテアだ。

さては、どういう経緯でこのお弁当の会になったのかの説明を聞いていなかったのだなと、ネアは半眼になる。

また違う理由で何も聞かずに飛び出していったゼノーシュとは違い、このお弁当屋さんを捕獲寸前で取り逃がしたりもしていないのだから、説明の頭を聞き飛ばしてしまうくらいに純粋にお弁当に夢中なのだろうか。


「森の賢者さんの到達系だそうですよ、アルテアさん」

「まさか、また何か貢がせてないだろうな?」

「すっかり疑い深い子になりましたが、今回はご辞退しました。銀貨三枚しか持っていない葉っぱさんから、あの綺麗な銀のベルを取り上げるつもりはありません」

「銀のベル………」


森の賢者は、各個体ごとに何か一つ特別な宝を持っている。

つまりあのベルも恐らくは、夜の盃や加算の銀器のような特別なものだったのだろう。

だからなのか、アルテアは無言で眉を持ち上げた。


「永眠のベルか………」

「永眠のベルだな」


そう答えたイブリースと顔を見合わせて遠い目をしたので、ネアはずずいと近寄った。


「何か素敵なものなのであれば、借りて遊んでみましょうか?」

「絶対に、金輪際お前はそのベルに関わるなよ」

「なぜ叱られたのだ。解せぬ」

「一度鳴らせば、周囲一帯を滅ぼす死のベルだぞ?」

「……………まぁ。………ディノ、あのベルがそんなものだと知っていました?」

「永眠のベルを持つ森の賢者を見たのは初めてだったな。ウィリアムの系譜のものになるから、確かに君が持つのはやめた方がいい」

「むぐ。………しかし、そんな凄いものを持ち歩いているとなると、あの葉っぱさんも不用心ですねぇ」

「森の賢者が永眠のベルの権利を譲渡することは、絶対にないと言われている。その権利を手放すくらいであれば、自らごと奪う者を滅ぼすそうだ。だから、誰も永眠のベルだけは奪おうとはしない」


青い顔でそう言うイブリースに、ネアはあの瞬間のことを思い出した。


「一晩の宿と、オムライス的なご飯に、トマトサンドであっさり差し出してくれましたよ?」

「ネアのことを怖がっていたからじゃないかな」

「親切にした覚えしかないのに解せぬ」


とは言え、そんな物騒なものをどう使うのだろうと不思議がっていると、イブリースが続きを教えてくれた。

昔イブリースがまだ幼気な子供だった頃、張り切って森を荒らしていたら、叱りに来たウィリアムに教えられたのだそうだ。


「森の賢者が永眠のベルを鳴らすのは、何者かがその森を滅ぼす時だと言われている。この辺りのブナの森は、保護地となっているので問題ないだろうが………」

「むむぅ、念の為に、そんな品物がここにあることを、エーダリア様とも共有しておきますね。不届き者が森を荒らすといけませんし。……そして、いい匂いがしてきました!」


ふわりと、香ばしい焼肉の香りがしてきた。

歓びに弾むネアにディノが頬を染め、イブリースも少しだけ瞳を輝かせる。

濃密な初夏の森は豊かな色彩が美しいが、こうなるともう一刻も早くという気分で早足になってしまう。

更に少し歩くと、大きなブナの木の下に、可愛らしい屋台が出ていた。

もしゃもしゃの緑色の髪の毛を持つご婦人が、鼻歌を歌いながらお弁当を売っている。


「ほわ、やはり行列ですね!」

「こ、この匂いは!」

「ふふ、大喜びの魔物さんがいます」

「お、大喜びなどしてない!言いがかりをつけるな!」

「面倒な奴め」

「面倒………」


叱られたイブリースがさっとアルテアの陰に隠れようとして、鋭く一瞥されて諦めていた。



(…………通信板を見られたくないのかしら?)


アルテアのその動きの不自然さに、ネアは内心首を捻る。

誰にも内緒の通信であれば、後で一人でやればいいのだ。

それなのに、視線を気にしてまでここで通信を続けるのは何故だろう。


(よほど急ぎの要件なのか、イブリースさんだけ警戒してるのかしら?)


しかし、急ぎで手が離せないのであれば、ネアの召喚を跳ね除ければいいだけだ。

ディノが家出したときも、仕事があるとさっさと帰ってしまっていたのだから。


素敵な焼肉の香りにうっとりしながらなので緊張感はないが、ネアは初めて出会った時のアルテアのことを思い出す。

ぞっとするような歪な空間と、怖いお伽話の罠の底のような微笑みの美しくて邪悪な魔物を。



予感というものは充溢だ。

それは時々、溢れ落ちてから、ああやはりという静かな頷きをもたらす。



その時にネアが感じたのは、今、アルテアが動かし触れている何かを起点にして、当たり前のように落ち着いていたものがひび割れるかもしれないという予感であった。



(でも、なるようにしかならないのだわ)



ネアは怖さを押し殺してから少しだけ意識して口角を上げると、その予感を笑い飛ばした。

ここにいるのはすっかり馴染んだように思えても厄介で稀有な生き物だし、所詮ネアの程度の存在には手が届く範囲も限られている。

事が起こる前から心を毛羽立たせていても仕方がないし、本当に嵐が来るとわかってからその対策を考えよう。



(しかし、エーダリア様と、企みの専門家ダリルさんには相談しておこう……)


そう考えて思考を着地させると、やっと心が凪いだので、気を取り直してお弁当に専念する。




「………どうしてこの場所なのかなと思ったのですが、近くに村もあるのですね」

「王都や大きな都市でなくても構わないのだね」

「ご店主の嗜好かもしれませんが、かえってこのくらいの場所の方が混乱を避けられるかもしれませんよ?ここですら、この行列なのですから」


よく見れば、屋台のある大きな木の向こうには小さな村があるようだ。

森と一緒に暮らす森の民がいると聞いていたので、その村なのだろう。

そして、赤い屋根付きの可動式屋台に並んでいるのは人間だけではなく、竜や妖精達もいた。

一人の青年がこちらを振り返ってぎくりとした後で頭を下げたのは、リーエンベルクの騎士の一人だからだ。

よくゼベルと見回りをしている青年なので、ネアもよく覚えている。


「………あの生き物はどうやって持って帰るのだろう」


ディノが首を傾げているのは、小さな毛玉たちだ。

一列に並んで、一匹につき一枚の硬貨を頭の上に乗せている。

余程遠くから来たのか旅道具を背中にしょった竜に、魔物らしい二人連れの男性。

五人で来ている妖精の女性達はこちらを見て目を輝かせると、ひそひそとお喋りをしている。

じゅるりと涎を垂らして前だけ見ている狼に、魔物らしい羊の角のある上品な男性、その後ろにはあからさまに不審だがお弁当への熱意がとても伝わる服装の、マスクに帽子姿のお忍び妖精もいる。


ネア達もいそいそと列に加わり、十分程で念願のお弁当を手にすることが出来た。

お弁当屋さんのご婦人によれば、ネアの持っていた割引券は開店初日にだけ配ったレアものであるらしい。

そして嬉しい驚きながら、本日のお弁当は塩味とソース味の二種類があった。

濃厚な香草塩だれと、通常メニューのピリ辛香味ソース味だ。

先に買い上げた騎士から教えて貰い、ネアは悩み抜いたあげく、両方買うことにした。

魔物と分け合うのではなく、お互い二個ずつ買ってどちらかは保存に回して明日のお昼にでもしようという魂胆なのだ。


「大丈夫かい?うちのお弁当は大きいけれど」


お弁当屋さんの店主は、肝っ玉母さん系のようだ。

朗らかな笑顔でからからと笑い、働き者の立派な手でお弁当を包んでくれた。

期待値が上がるあまりに弾みたおしのネアに、魔物が一生懸命に肩を押さえてくる。


「お気遣い有難うございます。この容量を目視した限り、美味し過ぎる予感なので二個食べれる計算です!」

「お前なら食えるだろうな」

「そう言うアルテアさんだって、二種類買っているではないですか!食いしん坊め!」

「状態保持をかければ、後から食えるだろ」

「そうだ。お前だって、その、………いくらでもそう出来るではないか」


イブリースがそろりと見上げたのは、おっかなびっくりお弁当を持っているディノだ。

買い溜めが出来ない層の者達も真剣に並んでいるので、状態保持魔術の特権をあえて公言しなかったのにと、ネアは半眼になってそんな火薬の魔物を見返す。

どうしてそんな目で見られるのかわからなくてイブリースは狼狽えているが、並んでいるお客達のじっとりとした視線を感じて欲しいところだ。


(まったくもう、みんなだってそうしたいのに、出来ずにいるのだから……)



きっと、状態保持の魔術が使えずに頑張って通っている者達にも、持ち帰れるものなら沢山買いたかった者もいる。

心臓の強そうなアルテアあたりはともかく、ネアまで巻き込まれるのはたいへん遺憾である。

美味しい食べ物が絡むと、恨みの感情はとても深くなるものだ。




そして四人は、せっかくだからということでブナの森の一画に特設会場を設置し、お弁当をいただくことにした。

ここはウィームよりも暖かい土地なので、初夏の今日の気温はそこそこだが、そこは魔物達の不思議技術でどうにでも快適に調整されてしまう。

ウィームの初夏はまだ春の気温に近いが、少し離れたブナの森は七月という時期に相応しい気候で、日陰と日向の気温差があった。

ウィーム中央では薄手の長袖でも困りはしないが、そろそろ他の土地へのお出かけは半袖でもいいのかなと思い始める。

半袖に魔物がどう反応するのかが、少しだけ心配だ。



「葉っぱさんにも会ってゆきたいところですが、もっと心に優しい仲間達と来たときに訪問することにします」


森の中に分け入ると、ネアはこの森に住まう葉っぱに挨拶をするべきかどうか悩んだ。

エーダリアも葉っぱ状態の森の賢者に会いたいとごねたので、行事として森に遊びに行くのは秋となった。

お弁当を買いに行った時には隠密行動だったそうだが、正式にエーダリアをブナの森に入れる為には、あれこれと書類手続きが必要だったのだ。

保護森林を守るための必要手続きだが、かなり面倒臭いのだとか。

隠れて遊びに行って迷惑をかけると嫌なので、変に無理をするよりもその手続き待ちとなった。

そもそも、お手紙交換用に教えて貰った住所だけでは位置まではわからないので、ゼノーシュが一緒でないと探すのも難しいだろう。



「この辺りでいいかい?」

「ええ。とても豊かな森らしさがあって、素敵なところですね」


森の綺麗なところをお借りして椅子とテーブルを取り寄せると、その上には既に氷と檸檬の入ったクリスタルの水差しも乗っていた。

最高位の魔物と第三席の魔物に囲まれたイブリースは少しだけ遠慮気味にしていたが、三個も買ったらしいお弁当の魔力に打ち負かされてしまい、さっそく食べる準備に入っている。

こちらの魔物は、三個をすぐに食べるようなので食いしん坊確定である。



「さて、二個くらい食べれますが、美味しく楽しむ為に一個ずつ食べる予定です。ディノはどちらから食べますか?」

「白い方かな……」

「塩だれですね。では私は、葉っぱさんの食べていたソース味から挑みます!」


ネアの塩だれと、ディノのソース味のものはすみやかに状態保持魔術をかけてしまわれた。

お昼過ぎには売り切れてしまうこともあるので、お弁当泥棒が出たら大変ではないか。


ぱかりと開けたお弁当は、彩りも豊かな焼肉弁当であった。

赤と緑の野菜が鮮やかなキッシュに、酢漬け野菜、そして、ジャガイモとトマトとひき肉の煮込みのようなもの。

本命は後回しにするタイプのネアは、まず他のおかずからいただいたが、酢漬け野菜とトマト煮込みがきりりと冷えていてその差がまた堪らない。


(そして、念願のお肉部分!)


何とも素晴らしい香りのお弁当を、使い捨てだという木のフォークでぱくりといただく。

お肉は一口サイズになっており、フォーク一本でも食べやすい。

アルテアは白葡萄酒と合わせるようで、ネアと同じソース味のお弁当を広げていた。



そして、全員が暫く黙り込んだ。

黙々と心の赴くままに食べ進め、ようやく喋る余裕が出来たのはある程度お弁当を堪能してからだ。


「ディノ、もう一度並びたいですね……。買い過ぎたら怒られるでしょうか?であれば、また明日来たいです」

「…………美味しいね」

「このソースは、唐辛子だけじゃないな、……ハジカミか?古酒も使ってるな…………」

「…………まだ店に商品は残っていた筈だな。あと、五個は食べられるぞ!」



一言ずつ感想を言った後、森の賢者の財政も圧迫するだけある素晴らしい味に、ネア達は暫く無言になった。

ほんとうに美味しい焼肉弁当は、言葉を奪うものである。


素晴らしい早さで完食したイブリースがすぐに追加購入に出かけたが、竜の団体様のお客が入ってしまったらしく、完売御礼の札を見て半べそで帰ってきた。

三個も食べたくせに、ゆっくりと味わいながら食べているネア達を羨望の眼差しで見つめるのはやめて欲しい。

ちょうど、ソース味にも興味を示したディノの為に、一口交換をしていたネアはなるべくそちらを見ないようにした。

強欲な人間には、交換する一口を持たない者に差し上げる優しさなどないのだ。


「く、くそっ。お前達はまだ食べているのか!」

「美味しいものを食べる時間はゆっくり、満ち足りた時間を過ごすべきなのです。早食い選手からの苦情は受け付けておりません」

「ひ、一口だけ……」

「イブリース?」

「我が君、申し訳ありません………」


その後、ことさらゆっくり食事を進めたアルテアのせいで、火薬の魔物はぼろぼろになって一足先に王都へ戻っていった。

恐らく今日の仕事は気もそぞろだろうなと思って見送り、ネアは空っぽになったお弁当の箱を閉じる。

男性でもお腹いっぱいになるサイズのお弁当だが、あまりの美味しさにペロリと食べてしまった。


「アルテアさんの、ソース解析能力に賭けます」

「何であの風味なのか、幾つかわからないものがあった。再現は難しいだろうな」

「むぐぅ。こうなったら、営業中に地道に通うしか………」

「食べ過ぎるなよ。中毒になるぞ」

「もしかして、そういうものが入っているのですか?」

「いや、中毒性を持つものが入っている訳じゃないだろうが、美食の守護を受けた者には得てしてそういう魅了の性質があることが多い。あの店主も、その手の加護や祝福を受けた者だろう」

「では、節度を持って買い占めます」

「………おい」




翌日のお弁当の行列では、ネアに誘われてやって来たウィリアムと、二度目の買い出しに来たアルテアにイブリースが、何とも言えない顔で対面していた。

イブリースはドリーを連れてきたようで、ドリーはヴェンツェルの分も買って帰るようだ。

ネアの後ろには、小さながま口のお財布を首から下げた銀狐もリードをつけて並んでおり、リードを握っているのがゼノーシュで隣にグラストもいるので、かなり濃い顔ぶれとなる。



因みに、あるだけの商品を買い占めようとしていたイブリースは、ウィリアムとドリーの双方から叱られて小さくなっていた。

涙目で五個のお弁当を持って震えていた火薬の魔物は、またおいでと店主に声をかけられて頬を染めて頷いていたので、もしかしたら恋なのかもしれない。

しかし残念ながら、店主のご婦人は、食い意地の張ったお嬢さんだねぇと笑っていたので、女の子だと思われているようだ。

ネア的には、ゼノーシュの方が可愛いのだが、過去にこの愛くるしい魔物から全力の追跡を受けたことがあるらしいお弁当屋さんは、見聞の魔物が近付くと少しだけそわそわする。



その後、お店が移転してしまった際には多くの者達が崩れ落ちて号泣したという伝説の焼肉弁当は、世界中を彷徨い中毒患者を量産している店主が何者なのかは謎だとされていた。


アルテアにすら、詳しい種族すらわからないと言わしめたこの素敵なお弁当屋さんだが、美味しいお弁当が失われないようにと、常連客達はこっそりお弁当屋さんに守護をかけていたようなので、案外そんな風にして最強にミステリアスなお弁当屋さんになったのかも知れなかった。



「僕ね、あのお弁当屋さんが竜なのを知ってるんだ」


お弁当屋さんが違う土地に引っ越してしまった後、ネアにこっそりそう教えてくれたのはゼノーシュだ。

夏至祭の夜の見回りの際に、グラストと一緒に滑り落ちた森竜の巣に、あのお弁当屋さんがいたらしい。


「巻き込まれて輪になってみんなで一緒に踊った時に、前に一度だけ匂いを嗅いだお弁当と同じ匂いがしたし、食べただけの匂いって感じじゃなかったから、この竜が料理人だって思ったんだけど、逃げられちゃった」

「そう言えば、ゼノは、随分前にもあのお弁当を食べ逃したことがあるんでしたね」

「うん。あの時は噂を聞いて探しに行ったのに、お店が見付からなかったんだよ」


見聞の魔物にも見付けられなかった不思議なお弁当屋さんは、そのお弁当を食べた誰かから、そのお弁当を食べさせてあげたいと思って貰わないと見付けられない不思議な店だ。

そんなお店の地図が描かれた割引チケットをネアが持ち帰ってお勧めしたので、あの日のゼノーシュはリーエンベルクから駆け出して行ったのである。


「だから、縁をくれた森の賢者にはお礼をするね」

「ふふ。私も今度、葉っぱさんに暑中見舞いを出すので、是非にご一緒に発送しましょう」

「うん!夏至祭の夜には捕まえられなかったけど、今回は食べれ…………僕、反省してる」



会話の途中で、ゼノーシュは珍しく項垂れた。

実はその夏至祭の夜は、クッキーモンスターにとっては大失態の夜という位置づけになっているらしい。

項垂れるクッキーモンスターのあまりの可愛らしさに、ネアはさっと個別包装のクッキーを献上しておいた。

クッキーはすぐに回収されたが、ゼノーシュはまだしゅんとしたままだ。


「あら、グラストさんは可愛いと思ってたみたいですよ?」

「でも、連れ回しちゃった」


あの夏至祭の夜に、お弁当屋さんとおぼしき竜と偶然踊ったゼノーシュは、正体に気付かれたと悟って逃げ出した竜を探し回り、一晩中グラストを道連れにして早足見回りを強行したそうだ。

グラストからすれば、自分に近付いた妖精達を滅ぼしつつ、見回りだと称して必死にお弁当屋さんを探すゼノーシュはとても可愛かったらしい。

お陰で広範囲の見回りが出来たと笑っていた。

しかしそれは、体力に自信がある騎士団長だからこそ笑って言えることで、徹夜の大捜索に付き合わせてしまったゼノーシュは、あの日以来少し落ち込んでいる。


「しかし、逃げ出したということは、お弁当屋さんの正体は秘密なのですね」

「竜はね、一般的に料理が下手だって言われているんだ。だからじゃないかな」

「むぅ。では、私もこのことは秘密にしますね」

「次はどこにお店を開くのかなぁ………」

「一度縁を作ったので、次はもう探せるのですか?」

「うん!」



(でも、どうしてお弁当屋さんになったのかしら?)


ふと、料理が下手だと言われる竜が、伝説のお弁当屋さんになるまでのことを考えた。

陽気で暖かな人柄のあのお弁当屋さんを思い出せば、ものすごいドラマがありそうで気になってしまう。

どうしてそういう選択をしたのか聞いてみたい気もしたが、秘密であることにも何か意味があるのかもしれない。

お弁当が美味しいだけで充分なので、秘密は秘密のまま残しておこうと思う。



そしてネアも、お弁当屋さんがこの先もずっと元気に営業していてくれて、また美味しいお弁当が食べられますようにと、魔術可動域六なりに祈っておいた。











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ