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水棲馬と川竜の戦線



その日ネア達は、ブナの森の近くにある素敵なお肉料理のお弁当屋さんに行くことにした。


お弁当を森の中で食べるかもしれないので、パンツスタイルにしたところ、魔物がたいそう荒ぶってしまい、いつものような服装になってしまったのが悔しいところだ。


ネアとディノ、そして何のリベンジかと思えばドリーに言われて謝罪に来たらしく、リーエンベルク前の並木道にひそんでいたところを見付かってしまったイブリース、イブリースが出現したので急遽呼び出された使い魔でのお出かけである。


葉っぱから貰ったお弁当割引券は二名様までが有効なので、後者の二人には通常料金でお買い上げいただく所存だ。



「でもその前に、途中下車してお仕事を一つ片付けます。オーカーの川に出る、悪い馬を狩りつくしても構わないと言われたので、まずはひと儲けしますね」


本日は保母さんであるので、ネアはぴしりと指を立ててそう説明した。

良い子に頷いたのはディノだけで、イブリースはぷいっと顔を背ける。

すぐさま、ディノにじっと見られて震えていた。

アルテアは通信が入ったのか、メッセージを書いて送れるタイプのお仕事用の通信板に夢中である。

一区切りついたのか、顔を上げて不審そうな目をした。


「オーカーの川に出る馬って言ったら、水棲馬だろ。一頭でも捕り物騒ぎだぞ?」

「しかし、エーダリア様の言い方では、殲滅して構わないという口ぶりでしたよ?」

「ふん。あの外来種共め、ガゼットから入り込んできて竜の住処を荒らしているそうではないか」

「まぁ、イブリースさんは物知りですねぇ」

「こ、このくらい常識だ!」


つんつんしているし、残虐な魔物だという噂だが、しっかりと保護者がいれば案外可愛い火薬の魔物である。

栗色の髪に擬態していても可憐な感じのするポニーテール姿で、少女にも見える美少年なのがそんな言動によく似合う。


初対面の時に侵入暴言騒ぎがあったのでついきつく当たりがちだが、謝罪の品として持ち込まれたのが素敵なフルーツゼリーセットだったのでネアは好感度を上げざるを得なかった。

スプーンで食べる瑞々しいゼリーも好きだが、この表面にお砂糖をまぶしていつでもつまめるおやつゼリーも大好きなのだ。

個別包装になっているのでポケットに入れておけるし、貰った品物は果物の香りが素晴らしい高級品であった。


「なんでついて来たんだろう………」


ネアにもう近付かないようにと言い含めたのにと、ディノは不服そうだ。

家出した時の理論であれば、今日のネアのケーキは分割されてしまう。


「ディノ、仕方がありませんよ。焼肉弁当の力は偉大なのです」

「自分で行けばいいのに?」

「考えてもみて下さい。偉い魔物さんなので、一人ぼっちで屋台のお弁当屋さんに並ぶのは矜持が傷付くのでしょう。小さなやつですが、案外可愛くもあります。いそいそとアルテアさんが付いて来てくれたのも同じ理由ですね」

「おい、ふざけるな」

「あら、では別行動しますか?」


ネアが微笑んでそう言えば、なぜか選択の魔物は不自然に靴紐を直していた。

決して目線を合わせようとしない。


実は葉っぱが教えてくれた焼肉弁当のお店は、世界のどこで営業するのかわからない気紛れな移動お弁当屋さんの、食通達をも虜にしてきた幻の焼肉弁当だったのである。

お店が一か所に留まるのはひと月だけで、次にどこで営業するのかは誰にも教えてくれない気紛れ店主がやっているのだそうだ。

その上、お店との縁が出来ないと辿り着けないという幻さであり、ネアがこの割引券を見せた途端に、ゼノーシュがリーエンベルクから駆け出していってしまった騒ぎがあったくらいである。


まさかのエーダリアやヒルドだけでなく、リーエンベルクの騎士達にも仕事終わりや休みの日を利用して行く者が続出し、昨日にはダリルも舎弟にしたばかりの水竜と行ってきたそうだ。

ネアの元には、そのお店との縁作りに感謝した騎士達から果物の詰め合わせが届いたくらいなので、よほど美味しかったとみえる。


「これで美味しかったら、期間中にまた行きましょうね」

「うん。でも転移じゃなくていいのかい?」

「ほら、こうして列車で行くと期待感がつのりませんか?前回ディノを迎えに行く道中が目新しくて楽しかったので、ディノにも列車の旅の良さを教えてあげたかったのです」

「ご主人様………」


嬉しそうに微笑んだ魔物を見て、イブリースは口が開いてしまっている。

ここがセットだという認識はしたのだろうが、まだ万象の魔物が脆弱な人間に懐いてしまったことが信じられないようだ。

先程から時々こうなってしまうので、アルテアは無視する方針を固めたらしい。


最近重たい病気になってしまった魔物がすっと縄を差し出したが、ネアは厳しい目で首を振った。

幸いにも、アルテアとイブリースはこちらを見ていない。


(それにしても、そんなに美味しいなら是非に営業期間を延長してくれないかしら)


ヒルドとノアが聞き出してきた情報によれば、今回の肉の仕入れ先が気に入ったそうで今月いっぱいは今の場所におり、もしかしたらもう二週間程営業を延ばすかもしれないということだった。

週末を待ってご機嫌で出掛けるネア達にその話を聞き、お肉大好きっ子であるイブリースもついて来てしまったという流れであった。


「水棲馬ぐらい、撃ち殺せばいいではないか」

「出来る限り無傷で滅ぼせば、より高値で売れるのです。敵を滅ぼした上に一攫千金、己が賢くなったようでとても心が弾みますよ?」

「ふん。そんなことなどせずとも、金などいくらでも…」

「まぁ、ではそんな富豪さんが、遣り繰りを頑張る庶民に今日の焼肉弁当を奢ってくれるのですね!」

「え………」

「ネア、食事を与えられるのは駄目なんだよ?」

「庶民は財力を誇示する富豪が憎いのです!既にゼリーも貰っていますし、問題ないのでは?」

「あのゼリーはリーエンベルクの名義で貰っただろう?どうしてもイブリースに負担をさせたければ、貨幣の状態のものを貰うといい」

「むぅ。それでは富豪にたかる感じが台無しなので、火薬の魔物さんは失点一のまま放置しますね」

「失点………」


早くも失点をつけられてしまったイブリースは、困惑してアルテアの方を見たが、アルテアは引き続き通信板で何かやり取りをしているらしく無視を決め込んでいる。

少し熱の入ったやり取りを感じ、ネアは使い魔がどんな副業をしているのだろうと不安になった。


因みに今日は、四人なので二等車両席の座席をくるりと反転させ、四席を向い合せにして座っている。

妙に足の長い生き物がいるのでいささか狭いが、ディノの向かいに配置されたイブリース程には居心地が悪くもないだろう。

ご主人様の隣に座るか向かいに座るかでかなり悩んだ挙句、魔物は渋々と接着面が多いと言う隣を選んでいた。

現在、ネアの向かいにはアルテアが座っている。


「ほら、あの小さな教会が素敵なのです」

「木造なんだね」

「岩山の上ですから、立地上あの建築方法なのかもしれませんね。それとほら、ここの湖には白鳥さんがいます!」

「ネアがまた鳥に浮気する……」

「鳥類は恋愛対象ではありません……」


ごとごとと揺れる列車で、ディノは、教えて貰った景観のいい箇所ごとにネアにへばりついて窓の外を見ていた。

列車は初めてではないそうだが個室の一等車両にしか乗ったことがないらしく、横を通る車内販売などで不思議そうな顔をしている。


「あれは何だろう?」

「列車販売限定のラムネ菓子のようですよ。食べてみますか?」

「うん…………」


錠剤のように油紙で小分け包装されたラムネ菓子は、紙包みから透けて見える色とりどりのラムネがとても可愛い。

ミシン目でビリビリと切り取るタイプの包みが四個シート状に四角く繋がっていて、真ん中にお洒落な列車のイラストが印刷されている。


「はい、こうして食べるのですよ」

「………欠けたね」


ぴりりとひと包装千切ってやれば、ディノはなぜか悲しい顔をしている。

列車のイラストが欠けたのが悲しいのだろうが、そのあたりご主人様は余念がない。


「こちらは食べる用ですので、まず食べて下さいね。こちらは保管用ですので、自分の好きな時に食べて下さいね」

「ご主人様!」


保管用を買ってあげないと、ご主人様から貰ったものをしまい込む系の魔物はしょげてしまうのだ。


「あれも、列車だからやるのかな」

「むぐ!ごすっと頭が肩の上に降ってきましたが、これは列車に限らずよくある親しい者同士の甘え方ですね」


通路を挟んで反対側で、老齢のご夫婦のご主人が奥さんの方にもたれかかって眠っているのを見て真似をしたりと、それなりに楽しんでいるようだ。



「ディノ、次の駅で降りるので忘れ物がないようにして下さいね」

「縄で縛るかい?」

「………縛らなくてもディノを忘れていったりしないので、安心して下さい」

「おい、今度は何を覚えさせたんだ」

「家出した魔物が逃げ出さないように、腰を縄でくくって捕獲していた日があったのです。しかし、この魔物はすっかり喜んでしまいまして、毎晩強請られる始末……」

「……………どんどん拗らせていくな」


さすがのアルテアもその症状には驚愕したようで、一瞬、ペンを取り落しそうになっている。

イブリースなどはもう怯えを含んだ目でこちらを見るので、ネアはそんな眼差しには気付かなかったふりをした。


やがて降車駅に着き、ネア達は並んで列車を降りると、兎耳の係員に切符を渡して、川沿いの町らしい涼やかな青色の駅舎を抜ける。

この駅舎は石造りで、屋根には綺麗な緑色の瓦を使っていて少し変わった建築様式だ。

ネアが振り返って瓦を見ていると、アルテアがヴェルリアの方の建築様式だと教えてくれた。


王都のある中央を外れた港町では、船乗りたちが自分の家を船から見付けられるようにと、色鮮やかな瓦で各戸の差別化を図るのだとか。

嵐の多い海辺の町なのに瓦屋根なのは、嵐の精霊は光物が好きなので、綺麗な瓦屋根のお家は壊さないからなのだそうだ。



「ふむ。ここでは川魚のお店が多いようですね」


駅からは長閑な田舎の坂道だ。

両サイドに立派な木が並んでいる並木道で、木々の根元には細やかな黄色の花が咲いていた。

さらさらと水が流れる音が聞こえるので、すでに近くを川が流れているのだろう。


「食べるかい?」

「少し気になりますが、本日は素敵焼肉弁当の日!お馬さんを殲滅して、さくさくお弁当屋さんを目指します」



エーダリアから聞いたのは、このオーカーの川に、最近水棲馬が住みついて困っているという話だった。


ネアであれば半日くらいで殲滅出来るだろうとういうことで、本日でなくともいいと言われていたが、ちょうど近くに来ているのだし今日やってしまうことにした。

休日の今日に片付けてしまえば、週明けがお休みになる。

平日は街が空いているので、代休になるのであれば上手に利用出来そうだ。


なだらかな坂道を下って川沿いの土手に出れば、森林地帯を横切るような形で立派な川が流れていた。

葦の茂みには水鳥もいて平和そうに見えるのだが、ここに水流を辿るようにして侵入してきた外来種の妖精が住みついている筈なのだ。


「竜さんはいませんね」

「君が狩りをするなら避難命令を出しておくと、エーダリアが話していただろう?」

「避難命令だなんて、大袈裟ではないですか?」

「お前なら大虐殺をしかねないからな」

「むぅ、失礼な使い魔です!」

「一人じゃ不安だからと、俺を呼び出したのはお前だろうが」

「正確には、使い魔さんのせいで初回の押しかけが発生してしまった火薬の魔物さんなので、責任を取って最後まで面倒をみて下さいとお願いしたのですけれどね」


元々この川には川竜がおり、大雨時の氾濫を避ける代わりに人々が川魚を乱獲しないという契約を結んでいる。

透明感のある苔色で優しい水色の瞳をした、水草を食べる穏やかな川竜は、人間だけではなく竜をも食べる水棲馬にほとほと困り果てているそうだ。

川竜の一匹と、この近隣の町を治める地元の名士が、ガレンに駆除依頼を出したのだ。


「川竜さんは、人型にはならないのですよね?」

「ネアの好きな毛皮もないよ」

「でも、鱗が宝石のようで綺麗で、とても優しい竜さんだそうです」

「毛がなくても、君は好きになってしまいそうなのかい?」

「個人的な好感度はまだ未知数ですが、周辺の人間達と上手く共存しているところに、馬さんが悪さをしているのは許せません。赤ちゃん竜を襲うなど、言語道断。一網打尽にしてくれる」


完全に悪役の声と眼差しで呟けば、イブリースがどうやって魔術可動域の低いお前が駆除するんだと苦笑気味に呟いているのが聞こえた。

悪口ではなく疑問形の言葉であったので、決して荒ぶらずに実力を示して黙らせよう。



「ディノ、水棲馬さんとはどのような生態なのでしょうか」

「青色の鱗のある馬だよ」

「………さては、それ以上知りませんね?」

「あまり下位のものは知らないんだ」

「ふむ。弱い生き物であれば殲滅しやすそうです」

「水棲馬は下位妖精だが、水辺で魔術を増やす。川の周りで駆除をするなら、能力そのものは高階位の妖精に近いぞ。生き物の内臓を好むから胴体周りに用心しろよ?」

「むむ、使い魔さんの方が優秀でした」

「ご主人様……………」


情報量の差で使い魔に負けてしまい、ディノはぺそりと項垂れるとよろよろとネアの隣を歩いている。

川の近くは石が落ちていたりして危ないので、ネアは転ばないか心配になった。

何かよからぬ騒ぎを引き起こしそうだという理由で、イブリースは決して参戦してはならないと誓わされており、こちらはこちらで不服そうに川を見渡していた。


「………あそこにいるぞ」


ややあって、そう教えてくれたのはイブリースだ。

火薬の魔物は銃器を扱うので目がいいのだというが、確かに川沿いの柳の木陰に見事な馬が佇んでいる。

見事な鞍をつけており、澄んだ目をこちらに向けていた。


「ディノ、少しだけ離れていて下さいね。まずは最初の獲物を滅ぼしてきます」

「私がやってあげるから、危ないことは………ネア?!」


素早く駆け寄ったネアが手綱を取ったのは、鬣を短く整えた立派な馬だった。

一瞬普通の馬のように見えたが、ヒルドに教えられていたように首には鱗が残っている。

ネアが育った世界の水棲馬の伝承とは違い、こちらの世界の水棲馬は邪悪さ五倍増しくらいの生き物だ。


(獲物が来たと思って、既に涎を垂らしてる……)


そんなこともあり、ネアは背中に乗ると見せかけて油断させ、容赦なくブーツで蹴り倒した。


「てりゃ!」


どぉんと横倒しになった途端、普通の馬に擬態していた水棲馬は、鬣と尻尾が触手の恐ろしい生き物に戻って暴れ出した。

その全てに牙だらけの口があり、背中に乗った者を食べてしまうのだという。

顔にある口の部分もぱかりと裂け、首までが大きな口になってネアに襲いかかろうとする。

首の根元までが口だとなると、この生き物にとっての首とはどの部分にあたるのだろうと不思議なばかりだが、ネアは冷静に胴体部分に飛び乗り、一度弾んで水棲馬を滅ぼすことに成功した。



「一匹目を滅ぼしました。綺麗な状態ですので、高値になりそうです!」

「ご主人様……」


斃した水棲馬の上で跳ねているネアを、ディノはさっと持ち上げると困ったように抱え込んだ。

この人間は獰猛過ぎるので、目を離すとすぐに一人で戦ってしまうのだ。


「おのれ、狩りの時間なので拘束してはなりません」

「ネア、水棲馬はとても足が早いんだ。危ないから、私に任せてくれるかい?」

「むぅ。少し頑固な気配を感じるので、複雑です」

「君はもう一頭滅ぼしただろう?残りのものは、私が駆除してあげるよ。皮が高く売れるから、傷付けないようにしたいんだよね?」

「はい。素敵な撥水道具の材料になるそうで、一匹分をエーダリア様に差し上げ、残りは売り払う予定なのです。こやつのつけている鞍も高く売れそうですね」


ネアが強欲な眼差しを向けたのは、滅ぼした馬が装着していた銀の鞍だ。


「それは稀に見付かる、水棲馬の魔術の鞍だ。その鞍を手に入れると、水の系譜の魔術に恵まれるというが、お前には無理だろうな」

「まぁ、私とて六という魔術可動域は持っているのですよ?」

「最低でも二百はないと使うことも出来ないぞ。魔術師向けの道具だな」

「おのれ、そんな不愉快な品物はエーダリア様のお土産にするしかありません!」

「ん?売り捌くんじゃないのか?」

「珍しい魔術絡みのものは、ひとまずエーダリア様を経由させるのです。この前の土熊さんでも大喜びでしたから」


その途端に振り向いたのは、アルテアとイブリースだ。

白シャツに黒のジレ姿のアルテアと、貴族のお坊ちゃんスタイルのイブリースが一緒にいると、育ちのいい貴族の兄弟にも見える。


「………おい、まさか土熊を狩ったのか?」

「正確には踏み滅ぼしました。短足毛皮のくせに穴掘り名人という、不思議なやつです」

「……………土熊は、お前の百倍の可動域がある。足が残ってるだけでも不思議なんだぞ?」

「ひゃくばい。……………何の感慨もなかった土熊めに、殺意が湧きました。また出会ったら踏み滅ぼします」


さすがに大きな馬は金庫にしまうのにも場所を取り過ぎるということで、ネアが斃した馬は、本日の狩り用にリーエンベルクで指定された一画に転移で移動して貰うことになった。

魔物の腕から地面に解放して貰ったネアは、鞍だけは引っぺがして腕輪の金庫に入れる。

ざぁっと広がった温度のない風に目を瞠れば、ディノがこちらを振り向いて淡く微笑んでくれた。


「もしかして、もう?」

「全部で九頭だね。群れがあるので長がいるかと思ったけれど、ここにはいないようだ」

「む。水棲馬さんの群れには長がいるのですか?」

「確か、群れを率いる長がいる筈だよ」


ここでディノが不本意そうにアルテアを見たので、したり顔の使い魔が説明を引き取った。


「この規模の群れなら必ず居るだろうな。お前の膝に乗るくらいの、小さな馬だ。大きな群れの仲間達を囮にして、無害な素振りを見せて獲物に近寄るらしい。小さい水棲馬を見たら、絶対に近付くなよ?」


その説明を聞いたネアは、こてんと首を傾げて記憶を辿る。

そんなサイズの生き物に心当たりがあるのはなぜだろう。


「狐さんくらいの大きさの水棲馬さんであれば、前回の列車の旅の際に、この辺りを走行中に窓から車内に入り込んできて他のお客に悪さをしていたところを、踏み滅ぼしております。車掌さんに引き取られてゆきましたが、同じようなものでしょうか?」

「………水棲馬の領土意識は広い。ここら辺で拾ったなら、そいつが長だろ」

「むぅ。だから一撃では滅びなかったのですね。ちびこいくせに、頑丈な奴めとなかなかに感心していたのです」


すすっと動くものがあるので目を向ければ、なぜかイブリースが無言で距離を置こうとしているようだ。

素晴らしき狩りの女王を崇めるのであれば、見上げた心遣いである。

褒めてつかわすところだが、撫でるとディノがまた家出するかもしれないので、よしよしと頷きかけてやった。


「ネア、列車の中でも危ないことをしていたんだね………」

「あらあら、しょんぼりしないで下さいね。踏んだだけですので、さしたる危険はありませんでしたよ。寧ろ、その前に現れた変態の方が嫌な感じでした」

「ネア、不愉快なものがいたのなら、どうして私に言わないんだろう?すぐにでも壊してきてあげるよ」

「牛頭の変態こと、轢死の精霊さんは既にお亡くなりになっています。膝の上に座るか、齧られるかの二択を迫る嫌なやつでしたので、容赦なく駆逐しました」

「え………」


魔物達がとても動揺したので、ネアはやはり流しの変態は気持ち悪いのだろうなと考えた。


「皆さんが青ざめる気持ちはわかります。私も、初対面の牛頭な変態には、戦慄するばかりでした」

「いや、殺しておいてその台詞はおかしいだろ。それに轢死の精霊は、凝りの竜に匹敵する祟りものだぞ?」

「…………む」


ネアは眉を顰めた直後に、ご主人様を抱き締めてその無事に感謝するディノにもみくちゃにされた。

守護があるので損なわれはしないということだが、そんな厄介な生き物にネアが遭遇していたと知ったのが怖かったようだ。

仏頂面でそんな魔物を撫でてやりながら、ネアは列車というものの安全面について物申したくなる。

仮にも公共交通手段であるのだし、この国はもう少し安全改革に乗り出すべきだ。


「ディノ、お馬さん駆除は終わってしまったのでしょうか」

「もう終わっているから安心していい。その食べ物を買いに行くかい?」

「若干不完全燃焼ですが、致し方ありません。焼肉弁当を手に入れれば、心が澄み渡るでしょう」

「もう、一頭狩っただろうが」

「殲滅という響きで想定したほどの爽快感は得られませんでした。一匹ぽっちです」


アルテアの影に入りがちになってしまったイブリースが、ぽそっと呟く。


「水棲馬は一匹扱いなのか…………」

「普通のお馬さんであれば一頭と数えて差し上げるのですが、何となくそんな感じですね」


ふと、もぞもぞする茂みを見て、ネアは目を光らせた。

川岸から見る光景を楽しむフリをしつつ、まずは、また地面に下ろしてもらってから魔物を巧みに誘導する。

無用心に近付いてきた獲物に気を良くしたのか、茂みの中から鋭い爪の手を持ち上げたのは、初めて見るような尻尾生物だ。

明らかな攻撃の姿勢を見せたところで、がさっと茂みごと蹴り上げてしまう。


「ギュッ?!」

「ふっ、愚か者め」

「………ご主人様がまた勝手に狩りをしてる」

「ディノ、この尻尾めは何者でしょう?」


ネアが視線で示したのは、まだら猫の尻尾のような細長い毛皮の生き物だ。

牙だらけの口と大きな鉤爪のついた手はあるが、足はない。


「弓矢の妖精の一種だよ」

「………弓矢感が皆無ですが」

「生き物の命を奪った弓矢が、そのまま放置されて育つ生き物だ。毛皮の多さで階位が決まるから、ここまで毛だらけだととても長生きしているだろうね」

「弓矢…………」


ネアは尻尾を複雑な気持ちで見下ろす。

育つのは構わないが、弓矢としての生き様を見失い過ぎなのが許せない。

せめて、矢羽か鏃くらいは残しておくべきだ。


「それは俺が買い取ってやる」

「む。アルテアさんが謎に前のめりです」

「水棲馬を狙ってここに来たんだろうが、既にかなり殺してるぞ。ここまで育った弓矢の妖精は、いい毛皮になるからな」

「選択基準が、とてもアルテアさんと言う感じですね」

「確かに、百人単位で殺している妖精は、毛皮になっても丈夫だというからね」

「百人単位………。駆除して良かったという気持ちでいっぱいです」


アルテアの場合は金銭取引ではなく、厨房のある屋敷に素敵な家具を贈って貰うということで取引成立とした。

しかし、こうも容易く家具と引き換えになる尻尾妖精がどれだけ高価な獲物だったのか、ネアは少しだけ気になった。

その大物を手放してしまうと、アルテア達が尻尾妖精を回収している時に叩き落とした、ぺらぺらした安物のリボンのような生き物しかない。


(これと、水棲馬だけだと寂しいかな……)


以前、高額査定の葉っぱがありとても驚いたので、捕まえてみたら実はすごい獲物だったという事象に欲が出てしまった。

なのでネアは現在、珍しい獲物に飢えているのである。



「あの、ネア様………?」



その時、木陰から控えめな声がかけられた。

振り向けば、大型犬くらいの大きさの、竜としては小さな蒲公英色の竜がいる。


とてとてと歩いてくると、擬態はしていても飛び抜けた美貌の魔物達に怯えたのか、ぴっと首を竦めた。


「まぁ、可愛らしい竜さんですね!」

「ロムナといいます。あのっ!水棲馬を退治してくれたんですか?」

「ええ。私は一匹ぽっちですが、こちらの魔物が残りを全部退治してくれましたよ」

「じゃあ、また水遊びが出来るの?」

「まぁ、厄介者がいて水遊び禁止にされていたのですか?」

「お父さんと、村長さんが駄目だって………」


慣れない敬語に疲れてしまったのか、ロムナはくすんと鼻を鳴らして項垂れた。

見た目は少しファンタジー寄りの大きな蜥蜴なのだが、甘い少女の声なせいか非常に愛くるしい。


「私から無責任にもういいよとは言えませんが、水棲馬めはもういません。そのことを、お父様と村長さんに話してみるといいでしょう」

「わぁ!有難うございます!!」


ぽてぽてと駆け出していった蒲公英竜の後ろ姿のむちむち感に悶えていると、奥の木陰から小さな人間の男の子が飛び出してきて、竜の横に並んだ。


「ロムナ!今日来る狩人は、普通の女の子に見えても、ものすごく邪悪で恐ろしいって注意されてたのに!」

「優しかったもん!きっともう、水遊び出来るんだわ!」

「お転婆竜!ちゃんと、村長さんの言うことを聞かないと危ないんだぞ!」



走り去って行く子供達の後ろ姿を見ながら、ネアはぎりぎりと眉を寄せた。


「………邪悪?」

「的を射た忠告だな」

「邪悪とは、使い魔さんのような悪いやつようの言葉です。私は獰猛かもしれませんが、邪悪ではありませんよ!そう思いませんか、ディノ?」

「ご主人様は、邪悪じゃない………」


邪悪な人間に返答を強要された魔物は、ふるふるしながら頷いて保証してくれた。

なぜかいっそうに青ざめたイブリースは、完全にアルテアの後ろに隠れている。


「………ところで、鞄のベルトにかけてるのは何だ?」

「む………こやつは、ぺらぺらリボン生物です」


ネアは、先程のぺらぺらリボンを斜めがけした鞄の外側にある、水筒などを装着する用のベルトに引っ掛けていた。

この鞄は、前回の列車の旅で使ったもので、いかにも列車の旅!という感じがした、冒険に出る魔法使いの仕事鞄のような作りでとても気に入っている。


「ご主人様………」

「ディノ、なぜに涙目なのでしょう?」

「これは、カワセミだよ」

「カワセミとは、あの青と青緑の小柄な鳥さんでは?」

「これがカワセミだよ。正確にはカワセミの魔物だ。とても獰猛で、同じ魔物を食べる悪食の魔物だ」

「……ぺらぺらと飛ぶだけのこやつが、どんなちびこい魔物を食べるのでしょう?」


こてんと首を傾げれば、ディノとアルテアは顔を見合わせたようだ。

イブリースはさっと目を逸らした。


「………群れで襲って、人型の魔物を食べるんだよ。男爵の魔物が食べられたのを見た事がある。………どうやって獲ったんだい?」

「アルテアさんの横にぺらぺらと飛んでいたので、手刀ではたき落としました。可愛い水色と、白っぽい桃色でとても色鮮やかですよね」

「そうか。アルテアを狙っていたようだね」

「まぁ、食べられてしまったかもしれないのですか?」

「食べられる訳がないだろうが」

「危険から守って差し上げたご主人様にお礼をして下さいね」

「ずるい。守って貰ってる………」

「むぅ。こちらの魔物が荒ぶってしまいました………」


ちなみにぺらぺらリボンは他にもいたのだが、叩き落とした時に千切れてしまったり、灰になってしまったりもしたので、綺麗に収穫出来たのがこの二匹だけだったのだ。

そのことを知ると、イブリースはその後、自衛の為に短銃をポケットに隠し持つようになった。

火薬の魔物は狩らないと説明したが、ならず者に怯えた少女のように涙目で首を振られてしまう。


「こ、こっちに手を振り下ろしたら、撃つからな!」

「あざとい可愛さを追求しているのでしょうか。確かに周囲にはいなかった感じの魔物さんですね」

「おい、それは性格云々じゃなく、本気で怯えてるぞ………」

「なぜなのだ」

「ネア、カワセミの皮はね、火薬の魔物の銃弾を防ぐと言われているんだよ。戦場では、カワセミの皮を防弾服にするそうだ」

「それをお前は、よりにもよって手刀で灰にしたからだな」

「迷信だと思いますよ。このぺらぺら風情に銃弾なんか防げるものですか」

「………試してみるか?」

「売り物を傷つける企みですね!許すまじ!」


ネアが賢く回避すれば、アルテアは肩をすくめて煙草に火をつけていた。

ついでに、背後に隠れたイブリースを邪険に引き剥がしている。


「ネア、もう充分な獲物を狩っただろう?お弁当を買いに行こうか」

「狩りについてはまだ不完全燃焼ですが、お弁当が売り切れると困るので、先を急ぎましょう」


全然狩りという感じがしなかったが、ネアは魔物達に急かされて駅舎に戻ることになった。


道中、並木道の向こうに広がる森の向こう側で、歓喜の儀式のようなものをやっている竜達を見かけた。

歌乞い様と契約の魔物様に感謝だとやっているので、ネア達の尽力によって自由を取り戻した川竜であるらしい。


「ほら、ディノ。我々に捧げる儀式ですよ」

「何でお互いを投げ合うのかな?」

「色々な文化があるのですね………」


川竜達は、格闘技のように手近な相手を投げ飛ばしつつ祈りを捧げる。

ぽてぽてと横を歩いてゆくネア達が通り過ぎる前に儀式は終わり、今度は川に泳ぎに行くぞと盛り上がっていた。


「仕事とは言え、善行を積みましたね」

「………川竜は、不思議な生き物だったね」

「格闘家の稽古風景を見たようです」



川竜は、子供が蒲公英色で大人になるにつれ、青緑から苔色になってゆくらしい。

色とりどりの竜達が川に向けて駆けてゆく後ろ姿を見送り、ネア達は駅に戻った。





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