バルバと棘牛
「ネア様、棘牛を購入されたのですね」
戻って来たネア達を見て、ヒルドは真っ先にそう言った。
あまり魔物を落ち込ませたくないので、自主性も伸ばしていく方向のネアは、暗号化した返答を選ぶ。
「お店の方のおすすめで、ディノが買ってきてくれました」
「………鳴いてるぞ」
「エーダリア様は、棘牛さんとやらを食べたことはありますか?」
「高級食材だからな。だが、内臓に毒を持つので、扱いが難しいと聞いているが大丈夫なのか?」
「ここはもう、アルテアさんに頼るしか………」
しかし、そんな頼りのアルテアは、棘牛をちらりと見はしたものの、さっさと普通の料理にとりかかり始めた。
会場となった森の一角は、青みがかった瑞々しい木の枝が天蓋となっており、木の幹には結晶化した森の宝石がきらきらと輝いている。
ブーゲンビリアに似た水色の花が垂れ下がり、木の根元にはラベンダーのような花が咲き乱れている。
取り寄せの魔術で立派なテーブルと椅子が設営され、調理用の道具はアルテアが用意したそうだ。
大きな翡翠の水盆には、氷が入っていて飲み物が冷やせるようになっている。
「素敵な会場ですね!」
「だが、棘牛をどうするかだな……」
「エーダリア様、せめて水槽は飾り付けとして設置します?」
「雰囲気がおかしなことになるだろう」
「水槽はあちらの木の下でよいでしょう。棘牛は、木に繋ぎますかね……」
ヒルドがディノに助言してくれた結果、近くの木に繋がれた棘牛は、ばりばりと音を立てて下草を食べている。
そして、時々ワンワンと鳴いていた。
「エーダリア様、こちらがダナエさんです」
「食べたくない性別だった」
「通訳しますと、お友達になれるということです。しかし虐めると齧られてしまうので、優しくしてあげて下さいね」
「エーダリアだ。春闇の竜には初めてお目にかかる」
(おや、…………)
ここでネアは、エーダリアがきちんとダナエに敬意を払って話していることに気付いた。
大好きな風竜に向ける憧憬とはまた違い、また立場のある者として卑屈になる程ではないが、きちんと未知で偉大なものへ向ける礼儀正しさを見せている。
そんなことであらためて、この悪食の竜が高階位の生き物なのだと実感させられた。
そんな親睦の場にはヒルドに付き添ってもらい、ネアは調理班に参入することにする。
いかに食べるだけと言えど、淑女として手伝わねば沽券に関わる範疇というものがある。
「アルテアさん、私の評判の為にお手伝いしますね」
「お前は清々しいくらいにあけすけだな」
「お魚は達人に任せるので、お野菜を切ります!」
「ネア、私はどうすればいいのかい?」
「ディノは、ご主人様の手さばきを観覧しつつ、棘牛さんが悪さをしないように見張っていて下さいね」
「わかった!」
「買った奴が捌いてこい」
「アルテアさん、素人さんに毒のあるものの調理を任せてはいけません!」
アルテアは手際が良かった。
彼が一から調理をするのを見たのは厨房での共同作業以来だが、これだけの量を作っていても鮮やかな手捌きで、とても綺麗だ。
思わず綺麗だと評してしまうのは、下拵えの動作の無駄のなさや、きっちりと計算され尽くした作業順だったりする。
「お料理中のアルテアさんは素敵ですね」
ついそう言ってしまえば、驚いたように無言で視線を上げた。
ご主人様を見張っていた魔物が、絶望の声を上げたので、ネアは慌てて爪先を踏んでやる。
すぐにサラダは仕上がってしまったし、マリネなどは予め作っておいてくれたようだ。
あっという間にスパイシーなチーズとトマトの牛煮込みが火にかけられ、サラダやマリネを食べさせながらお肉も焼き始める。
あたりに、ふわりといい香りが漂い始めた。
「あざみ玉が!」
ホイルのようなもので、大蒜とアンチョビオイルで蒸し焼きにされた緑のあざみ玉を与えられ、ネアは歓喜の足踏みをする。
シャクシャクしているが、さらりと食べられてとても美味しい。
ネアはディノと半分こにし、季節のものなので嬉しいのか、珍しくヒルドは一人で一個食べている。
エーダリアも一個貰い、ダナエの前にはいつの間にか三個も並んでいた。
「お料理に入っていたかもしれないのですが、こういうものだと見ながらいただくのは初めてです!」
「新鮮だからこれでいいんだ。収穫してから一晩経つと、アク抜きしないと食べられなくなる」
お料理説明を聞きながら、ネアは忙しいアルテアの為に、ホイルを一つ開封してやった。
ネアが食べやすくホイルを剥いたところで、アルテアが器用に料理の合間でつまんで食べている。
ネアはその合間に魔物に食事をさせ、じっと水槽を見ていたダナエに、鮫は生で食べない方がいいと声をかける。
熟した方のあざみ玉は、皮を剥いてから角切りにして少量の塩を振りお米と一緒に炊くようだ。
さつまいもご飯のようになるのだろうかと、ネアはわくわくして待つことにする。
合宿の炊き出し鍋のようになっているのは、ダナエを考慮したのだろう。
「渡りをする竜は、どこで時期を測るのだ?」
「匂いだよ。季節が変わると、いい匂いだった筈の森や川が落ち着かない感じになるんだ。もっといい匂いだったのになと思って、いい匂いが残っているものを追いかけて行くと、渡りになってる」
「と言うことは、季節を違えた土地は苦痛なのですか?」
「一番お気に入りの飲み物と、時々飲みたいものの違いみたいな感じだね。苦痛ではないけれど、やっぱり系譜の土地からは長く離れてはいられない」
「成る程、そういうものなのですか。そうなると確かに、長く系譜の土地から離れるのは難しいでしょうね」
なぜかヒルドはとても良い微笑みになり、エーダリアが呆れた目をしている。
その隙に、火力や浸透の魔術を調整したらしく、思っていた五分の一程の時間で詰め物をした鳥の丸焼きが七個も焼きあがった。
一羽を切り分けて美味しくいただくネア達に対し、ダナエは丸ごとぱくぱくと齧ってゆき、口周りをべたべたにしながら幸せそうな溜め息を吐いていた。
ぱくりと幸せそうで綺麗な一口で食べるゼノーシュとは違い、あちこち汚して食べる子供のような食べ方なのだが、美貌が勝つのか汚らしい感じにはならないのが凄い。
(もしかしたら、竜さんだから、狐さんが口周りをべたべたにしていても可愛いのと同じ法則かしら……)
「ダナエさんの好物というものはあるのですか?」
気になってそんな質問をしたネアに、エーダリアとヒルドがぎくりと体を揺らした。
魚の塩釜焼きを作っているアルテアが、信じられないものを見る目をこちらに向ける。
ヒルドが開けてくれた葡萄酒をグラスに入れ、みんなに回しながら、ネアはそこまで過敏にならなくてもと眉を寄せる。
「好きな子かな。だから、いつもみんないなくなる」
「ふむ。何とも悲しい理由ですね」
「…………ネアは、その愛着とは違うのかな」
「シルハーン?……ネアは、可愛い小さな子供だから、大事にする」
「恋とは違うものなのかい?」
「子供にはそういう気持ちを向けない。それに、恋をしたら食べたくなるから困る……」
「そうか。…………君の向ける愛情のそれは、食欲を伴うかどうかでだいぶ違うのだね」
「だから、心配しなくていいよと言ったのです!ディノの質問で少し傷付いてしまったではないですか!」
「でも、君が食べられたら困るだろう?」
「ネアは、可愛いから成長したら食べたくなるかもしれない。成長しないで欲しい」
「良かったな。成長期を過ぎると、魔術可動域は増えようがないんだろ」
「おのれ、苛めっ子だらけです!」
怒ったネアは、持てる渾身の力を使ってアルテアのお皿の鶏肉を冷ましてやる。
本来なら凍りつくところだが、ネアでは冷ますのが精一杯なのだ。
「………ふぅ。たいへんな大仕事を終えました。くたくたなので、雨の花の蒸し物を取ってください」
「ネア、頑張ったね」
「お前の渾身の一撃でも、表面しか冷めてないぞ?」
「くっ、お茶を冷ますよりも難しいとは!」
「その能力に意味あるのか?」
鶏肉を冷ますことも出来ないくせにいっぱしの口を聞いたネアを嘲笑うように、アルテアはぞんざいに頭を撫でてゆく。
その光景を見たダナエがさっと手を上げたが、べたべたの手で頭に触るのはご遠慮いただいた。
「いいお天気ですが、風が涼しくていいバルバ日和ですねぇ」
「天気が悪いと、向かない?」
「あら、雨でお料理が大変なことになりますよね?」
「結界をかければいいんじゃないかな」
「選民どもめ!」
「ご主人様…………」
結界を張れない人間を荒ぶらせた魔物は、隣にいたダナエからそっとジャガイモ料理をお裾分けされていた。
ディノは複雑そうだが、ネアとしては仲良しになれそうで少しほんわりする。
(でも、どれだけ仲良しになっても、この二人を野放しにしたら大変なことになりそうだ)
そう思うくらい、あの市場での光景は衝撃的だった。
また棘牛を買ってこられたら、大騒ぎではないか。
「そしてアルテアさん、あやつ等はどうしましょう?」
「このまま無視したいところだが、あの棘牛はまだら毛皮だからな」
「美味しいのですか?」
「最高級もいいところだ。滅多に市場には出回らないから買い付けたんだろうが、守護結界が硬いから捌くのが難しかったんだな」
「でも、お肉屋さんが困ってしまうくらいなのでしょうか?」
「あれを捌けるのは、竜か魔物ぐらいだぞ」
ちらりとこちらを見たアルテアは、少しだけ意地悪な顔になった。
「魔術可動域は、七百程度だな」
「な、ななひゃく!!!」
その残酷な数字に心が砕け散ったネアがよろりとなり、支えてくれた魔物はどこか嬉しそうにする。
「ご主人様が頼ってくれた……」
「牛にすら勝てない嫌な世の中なのです。もはや、ディノがいないと生きていけません」
「ネアは蜂にも勝てないから、どこにも行ってはいけないよ」
「…………蜂さんにも」
「棘牛は猛獣扱いだ。普通の牛なら、可動域も二百程度だからな」
「エーダリア様は何て無神経なのでしょう………」
「なっ?!私はあくまでも、普通の…」
「エーダリア様、黙られた方が宜しいかと」
「ヒルド……………」
牛問題に大変傷付いたネアにお鍋の番をさせて、アルテアは棘牛を連れてふいっと姿を消した。
ネアは命の恵みに感謝しつつ、美味しい牛肉の訪れを待つばかりだ。
鮫については、帰り際にダナエが生きがいいままで食べたいということで、水槽でお待ちいただくこととなる。
(確かに竜の姿になれば、小さなものだったわ……)
今の姿で踊り食いをされたら大惨事だが、家くらいのサイズの竜の姿になれば、ちび鮫くらいフライドポテトのような感覚なのだろう。
「まだご飯も残ってる!」
ここで、ゼノーシュが合流した。
上手く日程調整が出来ればと話していたグラストは、部下の失恋慰労会がありやはり来られないそうで、そのこともあり少し早めに仕事が終わったらしい。
まだ煮込みも炊き込みご飯も残っているので、嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。
「ゼノ!煮込みとご飯は、もうすぐ出来上がりますよ。こちらに塩釜焼きのお魚も残ってますし、雨の花の蒸し物が、さっぱりしたオレンジのソースで素敵なんです」
「僕、雨の花大好き。………あ、やっぱり、ダナエだったんだ」
「ゼノーシュ」
「まぁ、…………お知り合いなのですか?」
「前にネアと行ったお菓子のパーティの前の会で、会ったことがあるんだよ。名前は知らなかったけど、テーブルごと食べちゃったからびっくりしたんだ」
「そうだったんですね」
友達ではないがお互い顔は知っているとのことで、ダナエという名前の春闇の竜とお菓子会で見かけた姿が一致して、ゼノーシュはすっきりしたようだ。
ダナエの方は、元々名前を知っていたようだ。
食いしん坊の世界は案外狭いらしい。
「ご飯、いい匂いがしてるね」
「あざみ玉の炊き込みご飯なんですよ。私は初めて食べます」
「わぁ、僕これ大好き」
「…………アルテアはまだかな」
「ふふ、さてはダナエさん、美味しいご飯で懐いてしまいましたね」
ネアにそう言われてダナエは少し困った顔をしたが、しばらく考えてからこくりと頷いた。
「食べ物の力は偉大ですね!」
「もう一枚のカードは、アルテアに渡そうと思う」
「…………ものすごい偉大でした」
そこで何か思うところがあったのか、エーダリアがネアの方をじっと見る。
「エーダリア様?」
「竜の媚薬があっても、料理の腕には負けるのだな」
「………そんなことを言うと、エーダリア様のお食事に激辛香辛料をかけますよ!」
「おや、ネア様。お仕置きでしたら、鶏肉禁止にした方が効果がありますよ」
「ヒルド…………」
「ネア、お仕置きを他の誰かにするなんて……」
「むぅ、それなら報復であればいいですか?」
「報復なら構わないよ」
「…………言葉の魔力ですね」
さあっと風が吹いて、転移でどこか外に出ていたのか、銀色のお盆にお肉を乗せたアルテアが戻ってきた。
魔物らしい妖艶な美貌で銀盆に山盛りの生肉を乗せているので、何も知らない誰かが見たら恐怖のあまりに悲鳴を上げそうな姿だ。
「ふむ。とても特殊な趣味の方が見たら、堪らない感じの絵になってますね」
「いやお前、言ってる意味がわからないからな?」
「そして今度は牛のお肉が入りました!ご飯もとてもいい匂いがしてきましたよ」
「魔術で時間を指定してあるから、あとは蒸らすだけだな」
「僕、出来たらよそるよ!」
「ゼノからこんな笑顔を引き出すなんて、アルテアさんのお料理は罪深いですね……」
「お前は弾むしな」
「そしてダナエさんは、あのメッセージカードをアルテアさんと分け合いたいくらいに、懐いてしまいました」
「やめろ………」
その場合は確実に餌係にされるので、ほこりで手一杯だとアルテアは顔をしかめていた。
炊き込みご飯が出来上がり、張り切ったゼノーシュが配膳に回る。
ネアは煮込みをよそる係になって、残った煮込みはワゴンに乗せてお鍋ごとダナエとゼノーシュの間に配置しておいた。
牛肉のタルタルも出され、ネアは容易く弾まされてしまう。
「タルタルが!」
「ずるい、ネアがまた弾んでる………」
「ほら、ディノも食べてください。なんて美味しいんでしょう!」
はしゃぎ過ぎたご主人様にスプーンで牛肉のタルタルを食べさせられてしまった魔物は、目元を染めてくしゃくしゃになってしまった。
「ふっ、私も罪深いですね」
「お前が食わせたのは生肉だろ。色気も情緒もないからな」
「あら、使い魔さんにもやってあげましょうか?」
「は?」
ネアとしては料理しっ放しで手が塞がっているアルテアの為に言ったのだが、選択の魔物はそのまま固まってしまった。
「ネアが浮気する……」
「ディノ、その言葉が定型文になり過ぎて、最近それで会話を省略してませんか……?」
「スプーンで食べさせてもいいのは、婚約者だけだよ?」
「しかし、介護や育児の現場のような、手助けの意味でのこの動作でもありますよ?」
「介護………?」
「今のアルテアさんのように、両手が塞がっていて、あまり食べれていないのが心配な時とかですね」
「介護…………」
思わずそう言ってアルテアの方を見てしまったディノに、アルテアは顰めっ面になっていた。
「そうか、お前は骨つき肉の香草焼きはいらないんだな?」
「骨つき肉様!」
最高級な棘牛肉のグリルなど崇め奉るしかないので、ネアはぺっとプライドを投げ捨て、アルテアに笑顔を振りまいた。
午後の風は柔らかさを増し、残忍な生き物達の饗宴が終わると、特設会場の森には安らかな静寂が落ちた。
のんびりと交わされるお喋りに、自家製レモネードの入ったグラスの氷が触れ合う音、誰かの飲みかけの白ワインのグラスには木の上に咲き誇った水色の花が映り込んでいる。
デザートは果物の甘みが素晴らしいジェラートだったので、満腹のお腹にも優しくネアは三種類も食べてしまった。
途中で帰る筈だったエーダリアは、帰ってから二倍仕事をすると言い張って、ダナエとのお喋りに興じている。
やや天然な傾向にある竜とは言え、長命高位の生き物に相応しい叡智があり、エーダリアはすっかり会話に夢中になっていた。
お目付け役で残ってくれたヒルドも、最初は呆れ顔ではあったが、楽しそうな主人に途中からは温かな目で微笑んでいる。
「四日後には夏至祭か、早いものだな」
「夏至祭の前の夜には、もう渡りをしないと」
「ダナエさんは、次にはどこに行くのですか?」
「いい匂いがするのは、あっちの方かな」
「おや、そうなりますと、ヴェルリアを挟んで、海を渡るのですか」
「海を渡ると食べ物には困らないよ」
「お魚さんを食べるのですか?」
「海竜や、波の妖精が美味しい」
「海竜さん………」
「でも、ここは楽しいからもっと春が長ければ良かったな」
「寂しいですけれど、お友達なのでいつでもメッセージを下さいね」
「うん」
ほわほわとした微笑みを浮かべ、ダナエはこくりと頷く。
ソフトクリームを食べるのは、こちらを発つ明後日にするそうだ。
今日のようにあれこれ食べるとたくさん眠るそうで、明日は丸一日春闇になって寝ているらしい。
魔術が潤沢で居心地のいいというこの森の一角をエーダリアから貸して貰えるので、素敵な睡眠を約束されたダナエは嬉しそうにしていた。
「ネア、夏至祭は気を付けてね」
「ダナエさんも心配になるくらい、怖いものなのですか?」
「子供は、妖精や精霊に攫われてしまうことも多い」
「子供…………」
「ネア様には私の庇護を与えておりますので、問題ないでしょう」
「シーの庇護があれば安心だ」
生真面目に頷いたダナエに、ネアはやっと息を吹き返したばかりの魔物に夏至祭の注意点を教えて貰う。
「前に、大晦日より厄介だよと話しただろう?境界が揺らぐ夜だから、人を食べたり、侵食する生き物達がたくさん出てくるんだ」
「…………ほわ」
「ほとんどのものは夜明けと共に消え失せるけれど、一部の者達は地上に残って、夏の終わりまでこちらで悪さをする」
「それと、くれぐれも夏至祭に妖精に口付けるなよ?婚姻が成立するぞ」
「アルテアさんの中で、私は痴女の通り魔か何かなのでしょうか。ほいほいと妖精さんに口付けたりはしませんよ!」
「魔物の血を取り込むこと、魔物から装飾品を貰うこともですね」
「ヒルドさん、私は魔物さんを食べたりもしません……」
「いえ、あなたがというより、ディノ様以外の魔物にうっかりと誑かされませんよう」
「そういうことなら気を付けます!しかし、そんな様子ならばあちこちで事件が起こりそうですね」
「毎年、危険事項を記した手引書を配布しているのだがな………」
エーダリアはもう悟りを開いてしまったのか、遠い目で空を眺めていた。
毎年夏至祭が地獄絵図になるので、その二日前と翌日は安息日になるらしい。
不安で顔を曇らせたネアに、ゼノーシュが一ついいことを教えてくれた。
「花輪がいっぱい飾られて綺麗だよ。エルダーフラワーの蜜をかけたプティングを食べるの」
「プティング!」
「でも、精霊とダンスを踊ると精霊の住処に連れて行かれちゃうからね」
「なぬ……………」
眉を下げて周囲を見回したネアに、一同は難しい顔になった。
しかし、ネアには当日公務があるので、観衆の前で少女達とダンスを踊らねばならない。
ディノは側にいてくれるが、果たしてそれで防げる範疇だろうか。
「騒ぎを起こすなよ?俺は尻拭いに来れないぞ?」
「アルテアさんは、まるでお父さんのようですね」
「やめろ…………」
エーダリアは勿論のこと、ダンスの時には一緒にいてくれるヒルドにも他に仕事はあるし、アルテアもその日は統括の魔物としての挨拶回りが各地であるのだそうだ。
優しい風の吹く森の緑の天蓋を見上げて、ネアは夏至祭が無事に終わりますようにとこっそり願いをかけた。