竜の化石と紫陽花の火
その日、ネア達は珍しい仕事を請け負った。
ネアの心を晴れ晴れとさせる、純粋な狩りのお仕事である。
「いつかこんな日が来ると思いました!その火の精霊めを狩り尽くしてきますね!!」
「ネア、落ち着いて」
魔物に宥められつつも大はしゃぎのネアの足元では、雛玉が垂直に跳ねている。
野暮用とかでその雛玉を預けて行ったアルテアは、どこか遠い国で何か悪さをしているようだ。
「…………ゼノーシュ、大丈夫ですか?」
大はしゃぎのネアとほこりを見て心配になったのだろう、ヒルドが思わず問いかけてしまったのは、一緒に出向くゼノーシュだ。
グラストは、跳ねるほこりを愛でているだけなので、クッキーモンスターの良識に賭けたらしい。
「大丈夫だよ、ヒルド。美味しいお昼ご飯を食べてから、紫陽花の火を持った火の精霊を狩ってきて、僕達とほこりは夜には帰ってくるね」
「ピ!」
「……俺に確認すればいいだろう」
「グラスト、いざという時に、あなたにこの全員をまとめられますか?」
きりっと答えたゼノーシュの隣でグラストが困ったような顔をしたが、ヒルドは素っ気ない。
確かに、グラストではほこりを捕まえるのが精一杯なので、ゼノーシュに聞くのが正解だ。
本日のグラストは、騎士らしい服装ではあるものの、防具などは着けておらず少しだけ休日の服装に近い。
ゼノーシュの希望で素敵なレストランにも入るので、あまり物々しくない恰好にしたのだろう。
「ヒルドさん、その火の精霊さんは最低でもどれくらい欲しいですか?頑張って揃えます!」
すっかり心配される側に回されたネアは、慌てて仕事が出来るところを見せようとヒルドに話しかけた。
おやっと振り返って微笑んだヒルドは、まるで家族のように指の背で頬を撫でてくれる。
「十匹もいれば充分ですよ。死者の国から戻ってまだ数日ですのに、泊まりの仕事で申し訳ない」
「ふふ。こう見えても頑丈なのです。あの週はのんびりお仕事をさせて貰えましたし、週末ものんびりと過ごしたので、元気一杯ですよ。それに、狩りと聞いて黙ってはいられません」
「私もご一緒出来れば良かったのですが……」
「でも、復活祭に向けてお忙しいのでしょう?今回は、グラストさんとゼノと協力して頑張って来ますね」
今回の仕事は、低階位だがとても珍しい火の精霊の一種を狩ることだ。
生き物の亡骸に集まる火の精霊で、葬送の火という特殊な火を宿す。
季節によってその精霊が宿す火は色が違い、この季節には紫陽花の火を宿すのだそうだ。
ゼノーシュの働きで、既にウィームの北西部の平原にある、竜の化石の周辺に出現するとわかっているので、泊りがけで狩りに行くことになった。
とは言え、泊まりで挑むのはネアとディノだけなので、グラストとゼノーシュは、不確定要素が多くあまり外泊が好ましくないほこりを連れて今夜のうちにリーエンベルクに戻ってくる。
ネアとディノが泊りがけになるのは、その平原で夜明けにしか咲かないという、雨季の露草の毒を持って帰る為だった。
露草の毒は禁書を書く際に良いインクになるそうで、これは珍しいダリルからの依頼だった。
(通り雨の魔物さんを随分と警戒してたから、上手く泊りがけの仕事を貰って来たのかしら……)
珍しい仕事が重なったとあればそのあたりが疑わしいが、ネアとしては得意分野の仕事なので申し分がない素敵な依頼だ。
「ほこり、はしゃぎ過ぎて迷子にならないよう、竜の化石から離れてはいけませんよ」
「ピ!」
「そして、ヒルドさんと約束したように、竜の化石で食べていいのは尻尾まで。そして、火の精霊さんは持ち帰るので食べてはいけません」
「……ピ」
「その代わりに、仕事の前に素敵なお昼ご飯をご馳走しますからね」
「ピ!」
可愛い雛玉だが、既にネアには持ち上げられないサイズなので、グラストがよいしょと抱え上げた。
手のひらサイズのふわふわではなくなった代わりに、良い円形クッションのような新しい癒しの境地を開拓している。
(座ってないと抱っこ出来ないのは、寂しいな)
重さとしては大きめ中型犬くらいなのだが、円形なので持ち上げ方が難しく、ネアの腕力では落としそうなのだ。
成長が喜ばしい反面、寂しくもある。
「では、ヒルドさん行って来ますね」
「どうぞお気を付けて」
心配そうに微笑んだヒルドに、ネアは新しい戦闘靴を見せて微笑み返した。
ディノが頼んでおいてくれた、春夏用のブーツが届いたのである。
柔らかな革のシェルホワイトのブーツは、白地に青灰色の艶のある素晴らしいものだった。
ぱきりとした白ではなく、どこか感傷的で良い風合いのくすんだ白なのと、肌に吸い付くような柔らかな曲線が素晴らしい。
風と氷の魔術がかけられており、真夏に履いても蒸れないどころか、ひんやりと涼しい冷房機能付きだ。
靴紐を通す穴の周りには、月光周りの虹を紡いだ糸でのアーヘムの祝福刺繍がある。
きらきらとした透明な糸なのでぱっと見では何も見えないが、光の加減で虹色に煌めくので、角度によっては素晴らしい刺繍が浮かび上がる仕様なのだ。
ブーツの色については様々な案が出されたそうだが、ディノはとにかくネアに、自分の持ち色を纏わせたいらしい。
そしてそんなブーツは今、柔らかな草原を踏んでいた。
「ここが、ツベルトの草原なのですね」
ネア達が到着したのは、見渡す限りの平原だった。
牧歌的な景色がどこまでも広がり、心がほんわりと暖かくなるような素朴で美しい自然が目にも優しい。
「僕、ここの料理大好きなんだよ」
ゼノーシュが、ほわほわと口元を綻ばせるのも無理はない。
ここツベルトの草原には、毒舌な鶏や鴨、そしてここにしか生息しない草原牛に草原山羊がいる。
ほんのりとミントのような香りを持つこの牧草地は、穏やかさと不変の祝福をかけられたとても稀有な土地だ。
かつて、平穏を司る精霊が住んでいた恩恵なのだとか。
「ピ!」
「まぁ、ほこりはもう何か食べてしまったのですか?」
じたばたしてグラストに地面に下ろして貰ったほこりは、さっそくその有名な牧草を食べている。
特に心は動かないが、まずくもないという顔で頷いた。
「ほこり、牧草よりも向こうにあるお店で出してくれる山羊のチーズが美味しいよ」
「ピ!」
ほくほくした顔でほこりを誘うのは、素敵なランチに邁進してゆくゼノーシュだ。
視界が可愛いものだらけになったネアは、何とも幸せな気持ちになる。
「ネア殿、いきなりの昼食からで申し訳ない」
「いえ、狩りの前に体力をつけるのは理に適ってます。それに、ここに来るのは初めてなので、ゼノお勧めの昼食をとても楽しみにしていました」
「この牧草地で育ったものは、どれも後味が爽やかなんだよ。濃厚なのに後味がさっぱりするから、いくらでも食べられるんだ」
食べ物に関しては饒舌になるクッキーモンスターが教えてくれて、ネアは笑顔で頷いた。
隣にいる魔物の腕を引っ張って、駆け出しそうな勢いのゼノーシュとほこりの後を追いかける。
ほこりは焦って弾むとそのまま転がりそうなので、慌ててグラストが抱き上げた。
そうして四人と一匹が入ったのは、ツベルトの平原にある小さな村のレストランだ。
宿泊施設も兼ねており、ネアとディノは本日ここに泊まることになる。
「わ、とても素敵なところですね」
小麦色の壁と大きなオリーブの木が特徴的なその建物は、平屋建ての貴族の館のような外観で、中に入ると床には青色のテラコッタタイルが敷き詰められて、何とも異国風だ。
所謂、オーベルジュスタイルのお宿で、人の良さそうなご夫婦がオーナーである。
「ここは、プールもあるんですね」
「まぁ、贅沢ですねぇ」
グラストが言うように、中庭にはまだ季節的に早いものの、プールもある。
中央に噴水のある素敵なプールだが、今はお客がいないのでむくむくしたカワウソのような生き物がのんびりとプールサイドで寝そべっていた。
「ピ」
「あの生き物は首輪をしているので、こちらで飼われている子なのでしょう。食べてはいけませんよ」
「ピギ」
ほこりは食べられなくてがっかりしていたが、むちむちとした肢体を羨望の眼差しで見つめられたカワウソもどきは、よからぬ視線だと感じたのかそそくさと逃げて行ってしまった。
捕食者の眼差しには敏感なのだろう。
「こちらにどうぞ」
ネア達が案内されたのは、テラス席のようなところだ。
簡単な生垣で外の草原がよく見える中庭に面していて、草原を渡ってくる風を感じられるが、急な雨天でも屋根があるので安心だ。
使い込まれた風合いの素晴らしい木の椅子と、手作りらしい精緻さが目を惹くパッチワークのクッションに心が和む。
「あのね、香草と鴨のサラダと、鶏肉のトマトソースグラタン、山羊のチーズの包み焼きは絶対」
「まぁ、メニューを聞いているだけでお腹が空きそうです。ゼノのおすすめは全部食べたいですね!」
「………釜焼きパン」
「ふふ、ディノはジャガイモを生地に練りこんだ山羊のチーズのパンですね」
「ピ!」
「ほこりは、…………丸鶏のグリルでいいのか?」
グラストが一瞬顔を引攣らせたのは、ほこりも鳥の一種だからである。
しかし、ほこりはご機嫌でメニューの一箇所を短い羽で叩いていた。
全く届いていないが、意思は伝わったようだ。
「ピ!」
「中に詰め物があるみたいなので、丸ごと美味しいやつのようです。ほこりは、いいものを選びましたね」
「ピ!」
「ほこり、こっちの牛の煮込みも美味しいよ」
「ピギャ!」
最初の料理が出てくるまで、ほこりは子供用の椅子を出してもらい、待ちきれないのかその上でずっと弾んでいた。
ネアは子供用の椅子でお尻が入るのか心配だったが、なんとか詰め込むことが出来たようだ。
宿の人はほこりの生態がとても気になったようで、飲み物を持ちながらひたりと感嘆の視線を向けている。
決して、美味しそうに丸々と太った鳥だと思っているのではないと信じたい。
「ほわ!」
やがて前菜とサラダが出てくると、ネアは感動で小さく声を上げてしまった。
前菜は、たっぷりのハムやチーズが素朴に並んでおり、トマト煮込みの茄子とズッキーニの冷製や、キッシュのようなものも添えてある。
サラダには鴨の燻製が薄くスライスして乗せられており、クリームドレッシングと細かく刻んだドライトマトがアクセントのようだ。
(幸せだわ)
景観のいいところで、家族のような人達と美味しいものを食べられること以上の幸せがあるだろうか。
ましてや向かいの席は、サラダを頬張ってうっとりしている可愛いゼノーシュなのだ。
「………これは美味しいね」
「ドレッシングが気に入ったみたいですね」
「うん。こういう味は初めて食べた」
ディノも、スパイシーなクリームサウザンドレッシングがいたくお気に召したようだ。
そこに、釜で焼きあがったばかりのパンが出され、ほこほこの丸パンの中に、山羊のチーズだけではなくオレンジピールと蜂蜜が入っていると知ったネアは悶絶した。
ジャガイモを生地に練りこんであるので、かりっとした表面のところも香ばしくて美味しい。
「ピ」
ほこりはそのパンを食べるなり、厳しい声を上げる。
「十個追加だね」
ゼノーシュがきちんと言いたいことを聞き取ってくれるので、何とも有難い。
銀狐に対してもそうだが、ゼノーシュは面倒見がいいのだ。
(グラストさんは、ゼノとほこりの口周りを拭いてあげたりしつつ、バランス良く食べるタイプ)
決して大食いではないが、気持ちよくぱくりと食べる姿は見ていて気持ちのいい食事風景だ。
ふと隣を見ると、ディノはこちらのパンも気に入ってしまったのか、嬉しそうに丁寧に食べていた。
こうして喜んでいる姿を見ると、ネアも幸せな気持ちになるし、食事が口に合ったとなると明日の朝食も楽しみだ。
その後で出てきたグラタンは新鮮なチーズと、鶏肉とトマトソースの合わせが素晴らしく、山羊のチーズの包み焼きは、薄いナンのような生地の中にピリッと辛いソースと山羊のチーズ、そしてたくさんの野菜が入っている。
ネアはそこでお腹がいっぱいになってしまったが、ほこりが頼んだ丸鶏も、あまりにもいい匂いがして一口だけ味見させて貰った。
「…………後はもう寝たいというくらいに、幸せなお食事でした」
「プリンも美味しかったでしょ?」
「ゼノのお気に入りだと聞いて期待していたんですが、実際に食べたら私もすっかり大好きになってしまいました!」
「ピ!」
「ほこりは、竜の化石が控えてるから食べ過ぎない方がいいんじゃないかな」
「………ピ」
どうやらまだ食べると主張したらしい雛玉は、ゼノーシュにそう諭されて項垂れている。
大興奮で食べていたので、素材のままで食べる派のほこりにも、ここのお料理は美味しかったようだ。
爽やかな風が牧草地をわたってゆく。
ざあっと風に揺れる緑色の牧草は、ところどころに黄色い小さな花を咲かせた野の花が混じっていた。
プラタナスに似た大きな木が茂っている一角には、小さな泉もあるようだ。
遠くの方に茶色の生き物がのんびりと牧草を食んでいるのが見えるが、牛だろうか。
青い空を、ふわりとした綿菓子のような雲が流れてゆく。
昼食を終えて狩りを始めることにしたネア達が向かったのは、ゼノーシュが今朝の段階で探し出してくれた絶好の出現ポイントだ。
問題の妖精が集まるという竜の化石は、小高い丘の上にあった。
「これは、壮観ですね」
グラストがそう呟くのも尤もだ。
丘の上には、立ったまま亡くなったという見事な竜の化石があった。
その真下に入ることも出来て、骨組みだけ残った建物の中に入るようで何とも不思議な感覚になる。
「すごいですねぇ。大きな竜さんだったようです!」
「ピィ」
ほこりも、どこを食べていいのか困惑したようにそびえ立つ化石を見上げている。
ネアは足元にも化石が転がっていることに気付き、ほこりを手招きした。
「ほこり、立っているものを齧ると崩れてきてしまうかもしれませんので、周囲に落ちて散らばっている化石をいただいた方が安全かも知れないですね」
「ピ」
「ここは竜の墓場だったようだね」
そう教えてくれたのはディノだ。
「ディノ、竜さんは死に場所というものを決められているのですか?」
「種族によっては、そういう場所を持つこともある。ここにある化石を見るに、草原の竜のものだったのだろう。大きくて温厚だが、翼のない種類だよ」
「恐竜のようですねぇ」
「きょうりゅう?」
「ええ。私のいた世界には、遥か太古の昔にそのような生き物がいたそうです。絶滅してしまったので見たことはありませんが、やはりこのように化石が残っていました」
「君の世界にも、かつては竜がいたのかい?」
「こちらの世界で言う、人型を持たない竜さんに近いですね。魔術などはなく獣のような位置づけの生き物ですが、形状が似ています」
「だから竜が好きなのかな?」
「私が憧れてしまうのは、人型の竜さんの方です。そちらの存在は、私の生まれた世界ではお伽噺の中の生き物でしたから」
「…………憧れてしまうのか」
「あら、小さなお子さんが騎士さんに憧れるような感覚ですよ?」
これから仕事になるので、ネアは魔物が荒ぶらないように三つ編みを引っ張ってやることにした。
ご主人様自ら三つ編みを掴むと、目元をほんのり染めて嬉しそうな顔になるので、こうやってどうにか懐柔してゆこう。
しかし、そう思ってほくそ笑んだ時、奥にある大きな足の骨の化石の向こう側がぽわりと光る。
「む!あやつはまさか!」
「ひどい………」
ぺっと三つ編みを放り出して駆け出したネアに、悲しげな魔物の声が聞こえたが今はそれどころではないのだ。
薄暗い骨の下を通り抜け、ぽわぽわと舞っていた葉っぱのようなものを捕獲する。
「キュ?!」
いきなり残虐な人間に掴まってしまった火の精は震え上がっていたが、後ろから追いかけてきた魔物を見た途端更なる恐怖に失神したようだ。
「ネア、素手で掴んで熱くなかったのかい?」
「ええ。ヒルドさんから、ぽわりと浮かんでいる葉っぱの部分を掴めば熱くないと教えて貰いました。預かってきた収納箱を出しますね」
「貸してごらん、入れてあげるよ」
「むぅ、逃がしたら承知しませんよ」
「ご主人様………」
ネアが早速一匹目を捕獲した火の精は、一枚の緑の葉がぽわりと浮かんでいるような生き物だった。
葉っぱの上、火の精的には背中にあたる部分の上に、ランプのように小さな火を乗せている。
教えて貰った通り、今は紫陽花色の綺麗な火を燃やしているようだ。
この火はうっかり触ってしまっても火傷をする程ではないが、指先がその色に染まってしまうので要注意だ。
葉っぱ部分が子供の手のひらくらいとそこそこ大きいので、その本体のところを掴めばいいのである。
「入りました!」
捕獲箱は、エーダリアから事前に渡されていた磨り硝子のような無色半透明の小さな箱だ。
金庫の魔術の要領で中は広くなっており、中には餌になる草花や新鮮な水も入っているので、人道的に獲物を閉じ込めておくことが出来る。
こうして捕えた火の精は、背中の火だけを上手に魔術で譲渡して貰い、葉っぱだけになった火の精は野生にリリースするのだそうだ。
羊毛の刈り取りのようなものなので、背中の火はまたすぐに元に戻るのだとか。
「ネア、僕も捕まえたよ」
「ゼノもさすがですね!そちらの火の精さんは、少し赤紫がかっている紫陽花色なのですね」
「グラストが見付けてくれた」
「ふふ、さすが、ゼノの大好きなグラストさんです」
「うん!」
そんなグラストは、ゼノがこちらに火の精を見せに来てくれた間、地面に落ちた化石をぼりぼりと食べているほこりを見張っているようだ。
ぼすんぼすんと弾みながら、ほこりは固い化石をクッキーのように貪っている。
ビジュアル的には愛くるしいが、実際にあれを噛み砕いていると思うと壮絶な光景だ。
「は!あちらにも現れました!!」
「ネア、転ばないようにね」
「てりゃ!」
手厚い魔物の手で、事前にこの周囲の危険は排除してあった。
ネアが攫われたり落ちたり、ほこりが脱走しないようにある程度の距離を結界で囲んであるらしい。
お椀状に上が空いている結界なので、火の精霊はぽわりと飛んで来れるのだ。
「………まぁ、火の精霊さんは、葉っぱの種類も色々あるのですね。今度の葉っぱは細長いです」
「個体差なのかな?」
「となると、自分の趣味で好きな形を選べたら楽しそうですね」
「自分で…………」
「擬態と似たようなものなのでは?」
ネアの不用意な発言のせいで、自分の体の形を選択制に出来るという構想に、ディノは考え込んでしまったようだ。
悩んで手が止まってしまった魔物の代わりに、ネアは二匹目の火の精霊を箱の中に放り込む。
大雑把な人間のせいで、葉っぱの長い個体の火の精霊は、葉っぱの先が少しへしゃげてしまったようだ。
申し訳なく思いながらも、お尻の部分がきちんと中に入るように少し箱を振ったところ、先住者から苦情の声が上がる。
「むぅ。………箱に入れる作業に向いていないようです。この作業はディノを任命しますので、お願いしてもいいですか?」
「構わないよ。ネア、指先は大丈夫かい?」
「今のところ、染まってしまったりはしていないようです」
その後、ネアは火の精霊を順調に捕まえてゆき、箱の中は火の精霊でいっぱいになった。
合流したゼノーシュ達と捕まえた数を合わせてみると、なんと三十匹程もいるようだ。
乱獲しても申し訳ないので、ヒルドに連絡を取り、もう充分なのか多くあった方が助かるのかを尋ねてみたところ、火の精霊はもう捕まえなくてもいいそうだ。
「この辺りには、リズモはいないのでしょうか?」
「ネア、そもそもリズモは稀少な生き物なんだよ」
「しかしディノ、私は頻繁に遭遇しますよ?」
「珍しい場所に居合わせるのか、呼び寄せてしまうのか、どちらだろうね」
「ネア、この草原には平穏の妖精がいるよ」
「ゼノ、その妖精さんはどんな素敵な効果があるのですか?」
「よくわからないけど、祝福を貰うと穏やかな気持ちになるみたい?」
「癒し効果のある妖精さんなのですね!」
「その祝福を貰い過ぎると、何もする気にならなくなるんだって」
「服用し過ぎると無気力になってしまう、恐ろしい妖精さんでした…………」
そこでネアは、ディノに腕を引かれておやっと振り返った。
ディノはどこか複雑そうな目をして、ほこりの横顔をじっと見ている。
グラストも同じ状態になっており、ネアとゼノーシュは顔を見合わせて首を傾げた。
「ディノ?」
「…………何を食べたんだろう」
「え……………」
そう言われてあらためてほこりの口元を見ると、何かの羽のようなものが少しだけ覗いている。
きらきら光る緑色の羽は、むぐむぐと飲みこまれてゆき、すぐに見えなくなってしまった。
不安になってでっぷりとした雛玉の足元を見れば、可愛らしい篭バックのようなものが落ちているではないか。
「ま、まさか人間を………」
「…………いえ、人型ではなかったんですが、化石の根元に咲いている花を摘みにきたらしい、イタチの妖精を………。俺も見てはいたんですが、止めるのが間に合いませんでした」
どこか呆然とした様子のグラストがそう肩を落せば、すかさずゼノーシュが飛んでいって、その手を握ってあげている。
「グラスト、大丈夫だよ。ほこりは何でも食べちゃうから」
「……………花篭が痛ましいな」
「ピ?」
グラストの言葉に、ほこりは食べ残しがあると言われたのかと勘違いしたらしく、地面に落ちている花篭に気付きそれもぱくりと食べてしまった。
グラストの証言によれば、ほこりと同じくらいのサイズの妖精が、花摘みに夢中でほこりの前に姿を見せてしまったのだそうだ。
ほこりは躊躇なく頭からぱくりといただいてしまい、グラストがあっと思った時にはもう妖精は半分になっていた。
そう聞かされたネア達は、ゼノーシュの明るい声に救われることになる。
「ほこりは何でも食べちゃうから、気にしない方がいいと思うよ。前にダリルのところで、図書館のお客さんを食べちゃったんだって」
全員が、それはまさかウィームの領民なのではと不安になったものの、安心させようとしてくれたゼノーシュの言葉に乗っからせて貰うことにして、沈痛な面持ちで頷いておいた。
当のほこりは、ようやく満腹になったのか、けぷっと青い宝石を吐き出してご満悦だ。
落ち込んでいる様子のグラストが不憫だったので、ネアはその宝石はグラストにあげることにして、眠たくなったほこりはディノに持っていて貰うことにした。
「ほこり、ディノに抱っこして貰いましょうね」
「ピ?!」
しかし、初恋の人の腕はあまりにもハードルが高いらしく、ほこりは目を真ん丸にして竦み上がってしまった。
何しろ、ディノがほこりを持ち上げるのは滅多にないことだ。
すっかり乙女な感じで恥じらってしまったほこりは、短い足で散々逃げ回った挙句、結局ディノが取り寄せてくれた乳母車のようなものに安置され、すやすやと眠っている。
円形の雛玉が入った乳母車を押しているのはグラストなので、何ともシュールな絵になった。
「嫌われたのかな………」
乳母車を押すことも拒絶された魔物は少し複雑そうであったが、ネアは微笑んでその背中をさすってあげた。
「初恋の相手に寝顔を見られたくないという、複雑な思春期心ですよ。ほこりも、大きくなりましたねぇ」
その後は、素敵な牧場の直営店でお土産を買うゼノーシュに付き合い、ネアはその近くの草原でまた少しだけ狩りをした。
謎めいた細長い毛皮の蛇のようなものを何匹か捕獲したので、エーダリアに自慢しようと思う。