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通り雨の魔物と紫陽花の妖精


その日のネアは、青みがかった灰色の髪の毛をきりっとお団子にして、初めて素敵なプレゼントを着用しようとしていた。

誕生日に貰って大事にしまってあった、レインブーツとコートだ。


元々は業務用のものをお洒落になるようにオーダーメイドしてくれたという、膝上までのレインコートは、アヒルの羽のように雨を弾き、フードは滴が首元に入り込まないように顔周りの雨をぱちんと弾く仕様になっていた。

魔術師が雨の中で作業をしても濡れないだけの仕様なのだから、雨天のお出かけ程度ではびくともしない。

淡い水色は少しだけ紫陽花色がかった艶があり、その色彩の爽やかさに胸の底まで明るくなる。


ブーツはブーツで素晴らしく、グラストとゼノーシュがくれたこのレインブーツは、内側が撥水加工のある湖栗鼠の毛皮になっている。

履き心地をふわりと優しくして中には決して水を侵入させないばかりか、爪先が冷え込む肌寒い日はあたたかく、蒸し暑い日には湿気を逃してひんやりする不思議な毛皮だ。

爪先が少し白みがかった淡い水色で、ヒルドのレインコートとお揃いで発注されたので、同じ紫陽花色の艶が光の加減で現れ、くるりと回ると心が浮き立った。


「さて、紫陽花を見に行きましょう」


ネアが笑顔で突撃宣言したのは、禁足地の森の近くにある紫陽花の森だ。

魔術が潤沢な土壌なので力のある花々が競うように咲き、この時期は紫陽花が覇権を握る。

この森に咲く紫陽花は魔術の質の影響で、綺麗な瑠璃色のものだけなのだそうだ。

淡い色の紫陽花や、赤紫の紫陽花は、ローゼンガルデンの近くにまた見どころがあるのだとか。


「手は繋がないんだね」


そうしょんぼりするのはディノで、こちらは素敵な濃紺の雨傘を持っている。

ネアはレインコートで自由に動くので、本日は離れての運用となるので不満そうだ。


「でも、一緒に紫陽花を見に行くんですよ?私は、一緒に綺麗な紫陽花を見るのがとても楽しみなのですが、ディノはあんまりですか?」

「…………ずるい」

「あめあめが出てきたら嬉しいのですが、今日は踊りたい気分でしょうか」


あめあめは、恐らく他にきちんとした正式名称のある筈の雨の魔物の一種だ。

水色の長毛種の子猫のような姿をしており、尻尾は四本ある。

雨音が楽しげに弾むと現れて、雨が地面に落ちる場所を跳ね回って踊るという何とも可愛らしい魔物だ。

健やかな雨が降っている象徴とされており、子供たちがあめあめという名前で呼び出してから、今ではその名前で定着している。

ただし、触ろうとしたり捕まえようとすると、山崩れや豪雨災害を呼ぶので要注意なのだとか。


「雨潰しの魔物だね。実際には、落ちてきた雨の精を足で潰して捕食している姿なんだよ」

「夢も希望もなくなりました!」


得てして、世の中には知らない方がいい真実というものもあるのだ。

すっかり可愛い子猫姿の魔物への憧れが萎んでしまい、ネアは綺麗な紫陽花を見る為だけに紫陽花の森へ向かうことにした。



余談だが、こちらの世界の雨は淡くきらきらと光っている。

お天気雨が太陽の光を受けて煌めくように、暗い空の下でざあざあと降る雨でも、きらりきらりと輝くので何時間でも見ていられそうな美しさだ。

これは、雨そのものに祝福があるからで、魔術が潤沢な土地に降る雨はよく光る。

逆に言えば、ちっとも光らない雨が降っていたら、祝福を欠いた雨ということになるので、その場所には近付かない方がいいのだそうだ。



「………何て綺麗なんでしょう。景色の色に透明感が出て、滲むように靄が青いです」


ウィームの梅雨は、柔らかな雨音と淡い雨の滴の煌めき、そして瑞々しさを増した美しい森に縁どられていた。

黄色みがかった葉色より青緑や白緑の葉をつける木々や草花が多いので、まるで水底の世界に迷い込んだような何とも美しい色彩で風景が色合いを増し、見慣れた筈の景色ががらりと趣を変える。

水の香りには雨粒に揺らされた花々の芳香や、新芽を濡らした香草の爽やかな香りが混ざり、胸いっぱいにその香りを吸い込めば、雨の精の仲間入りが出来そうな気分だ。


「そう言えば、紫陽花には結晶石があるんだよ」

「紫陽花に結晶石が出来るのですか?」

「花の上に生まれるものだ。君の好きそうな色合いの宝石だから、探してみるといい」

「そんな素敵なものがあるとは知りませんでした。紫陽花色は大好きなので、是非に欲しいです!」


何回かに一度、雨の色が灰色よりもより青い光に包まれる不思議な雨の日がある。

そんな日に紫陽花を見に行けば、花の上に乗った雨の滴が紫陽花の結晶石になるのだそうだ。

紫陽花見物がてら、そんな素敵なものを拾ってお土産に出来たら最高ではないか。


「狐さん、紫陽花の結晶石を見かけたら教えて下さいね」


そうお願いすれば、銀狐は尻尾を振り回した。

死者の国でしばらく会えずにいたので、久し振りに一緒にお出かけ出来るのは楽しい。

ネアが死者の国にいた間にディノが大量の薬を作り置きしておいてくれたので、こうして週末にはいつものようにお休みを取れているのも有難いことだった。


最初は雨なので足元が心配だったが、銀狐は過保護なエーダリアに雨避けの魔術をかけて貰い、ふわりとした毛並みを濡らさずにお散歩が出来るのだそうだ。

ネア達が地下にいる間に換毛期が終わっており、ふわふわの冬毛がなくなって少しスリムになったようだ。


今は、雨避けの魔術を悪用して、水溜りに飛び込む遊びに夢中になっている。

一度、水溜りの妖精を踏んでしまい、双方驚いたのか大騒ぎをしていた。


「狐さん、踏んでしまったのですから謝らなければなりませんよ」


そう窘められても、銀狐はぷいっと顔を背けている。

まったくもうと肩を竦めたネアの視線の先では、水溜りの妖精が荒ぶっていた。


平べったい緑色の毛皮の生き物は、じゃぶじゃぶと水溜りをかき混ぜて、頭を踏みつけた不届きものを威嚇しているようだ。

平打ちパスタに毛皮をかぶせたようなこの謎の生き物が、水溜りの妖精なのだとか。

典型的な妖精の羽はないが、短い四足でよちよちと歩くことが出来る。

お風呂に浸かっているような感じで、自分のテリトリーの水溜りの端っこに鎮座しているので、道行く人に踏まれてしまいがちな、パンの魔物カテゴリの不思議な妖精だ。


「大丈夫だよ、ネア。水溜りの精は、踏まれることに慣れているからね」

「むぅ。死んでしまったりはしないのですね?」

「極限状態まで体を薄く出来るのだそうだ。踏まれても靴底の隙間に逃げるから、死んだりはしないらしい」

「不思議な生き物の世界です………」

「でも、晴れてきて水溜りが干上がると死んでしまうんだ」

「儚い……………」


ちなみにこれは、コグリスの大好物であるらしく、時折水溜りで大暴れしているコグリスを見かけた。

立派な妖精の羽のあるコグリスは、あまりにもずぶ濡れになると飛べなくなるので、一撃で水溜りの精を捕まえられるのかどうかが勝負どころであるらしい。



暫く歩くと、森の一角がうっすらと瑠璃色にけぶる一角が見えてきた。

紫陽花の森と呼ばれる、見事な紫陽花の群生地だ。

こぼれんばかりの花がボウルのように盛り上がっており、しっとりと雨に濡れている。

奥の方の地形が少し斜面になっているので、その真ん中に踏み入れば、紫陽花の波間を歩くような贅沢な気持ちにうっとりとした。


「…………なんて幻想的なんでしょう」


ネアが感嘆の声を上げ、上から見てみたい銀狐がびゃっとジャンプしてディノの腕に抱え上げられている。

先程まで派手に水溜り遊びをしていたのでぎょっとしたが、雨避けの魔術が完璧なようでディノの服を汚したりはしていないようだ。

紫陽花の群生箇所を歩いて貰い、尻尾をふりふりしているので、銀狐も紫陽花が気に入ったらしい。


(すごい、少し前までは春の花が咲いていたところなのに………)


半月ほど前まで、ここは可憐な春の花が咲き乱れる素敵なピクニックポイントであった。

お花見が出来なかったので、ここでお昼ご飯を食べたら素敵だろうなと考えていたら、いつの間にか紫陽花の森になってるのだから、やはりこの世界は不思議で面白い。

でも、こんなものが見られるのだと思えば、何て贅沢で色とりどりの世界だろう。


感動のあまりじっと立ち尽くしていれば、隣に並んだ魔物が微笑むのがわかった。


「気に入ったかい?」

「はい。今日は、雨の中一緒に来てくれて有難うございます。紫陽花は大好きなお花なので、嬉しいです!」

「紫陽花の魔物もいるが、あまり人前に姿を現すことはないんだ」

「どんな魔物さんなのですか?」

「髪の短い少女の姿の魔物だよ。静かな場所を好む魔物で、夜明けに紫陽花の群生地を覗くと、花影に眠っているのを見られたりするそうだ」

「まぁ、繊細で綺麗な魔物さんなのでしょうね」

「私は見たことがないけれど、王都の城では、ヒルドを探しに来たことがあるそうだね」

「そんな素敵なお話があるのですか?」

「君が死者の国にいた頃に、ちらりと話に出ていた」


庭園で足を痛めている紫陽花の魔物を、偶然通りかかったヒルドが助けてやったことがあるらしい。

紫陽花の魔物は自分を助けてくれたシーに恋をして、ヒルドを探しに王都を訪れたのだそうだ。

しかし、紫陽花の魔物の訪れを知った王妃が冷たく追い払ってしまい、二人は再会することが出来なかったのだとか。


「むぅ。せっかく王都まで頑張って来たのですから、会わせて差し上げればいいのに………」

「その後で、ウィームでの休暇中に再会したそうだよ。求婚されたので断ったそうだ」

「何だか絵面で勝手に想像してしまうとお似合いそうですが、上手くいかないものですねぇ」


紫陽花の魔物など素敵ではないかとがっかりしたネアは、ディノの腕の中の銀狐がわざとらしく目を逸らしたことに気付いた。


「…………さては、お知り合いの女性ですね?」


ネアの追及に銀狐は一生懸命に顔を背けて視線を合わせないようにしているが、そもそもがディノの腕の中にいるので限界がある。

とても後ろめたい目をしているので、何かよからぬ事件があったに違いない。


「ところでネア、そこの花の上に、結晶石があるようだよ?」

「なぬ!」

「ほら、右側の花の上を見てごらん」

「わ!………暗めの紫陽花色で、内側がぼんやりと水色に光っています!!」


紫陽花の結晶石は採取した者にしか保管出来ないそうなので、魔物が代わりに取ってくれると台無しになってしまう。

ディノに教えて貰ってその結晶石を掌に載せると、ひんやりとした雨の温度と香りがした。

氷砂糖のように少し不透明な部分もある鈍い色合いが上品な結晶石で、ぼうっと光るのが素晴らしい。


「害などがなければ、持って帰りたいです」

「晴れた日に耳をあてると、雨音が聞こえるそうだ。後は、…………好ましくない相手の家の敷地内に埋めておくと、相手の興味が失せるそうだよ」


それは少しどうだろうという文言が出てきたので、ネアは顔を曇らせる。

ディノと銀狐も少し困ったように、紫陽花の結晶石を見下ろしていた。


「…………切れては困る縁が多いので、少し不安になってきました」

「悪いものはとくに感じないけれど、誘導石というものもあるからね」

「誘導石、ですか?」

「様々な要素を呼び寄せる石を、贈ったり持たせたりすると、その石の要素に引き摺られてしまうらしい。呪いでも使われるが、導きや改善にも使われる」

「となると、目立ったものがなくても、持ち合わせている要素的には少し心配なところがありますね」


少しだけ考えて、ネアはその結晶石をそうっと花の上に戻しておいた。

大きな障りはなくとも、何かあってからでは困るので、ここは物欲には我慢していただこう。


「………いいのかい?要素を剥がしてあげようか?」

「剥がせるものなのですか?」

「内側の光は消えてしまうかもしれないけれど、属性を均せばいいだけだからね」

「………いえ、せっかく綺麗なのですから、このまま光らせてあげましょう。こんなに綺麗なものをじっくり見れただけでも大満足です」


すると、ぴょこんと紫陽花の間から顔を出したもわもわした生き物が、ぱくりとその結晶石を食べてしまう。


「…………ディノ、変な生き物が現れました」

「おや、紫陽花の妖精だね」

「紫陽花の妖精さんなのに、紫陽花の結晶石を食べてしまうんですか?」

「紫陽花の花も食べる筈だよ」

「共喰いなのでは………。不思議な形状ですね。カビ…………胞子をつけたクッションのようなやつです」


とても吸水性が高そうなので、ネアは雨には向かないのではないだろうかと困惑してしまう。

すぐに水を吸ってべしゃべしゃになってしまいそうだ。


「それは幼体だから、もう少し大きくなると中から小鳥の姿の妖精が出てくるんだ」

「小鳥さんになるのですね!ふむ。もっとたくさん食べて、素敵な小鳥さんに育つのですよ!」


うっかりはしゃいでしまったネアのせいで、銀狐がじっとりとした目を向けてくる。

狐と小鳥ではあまりにも系統が違うので、どうか荒ぶらないで欲しいのだが、小動物はみなライバルであるらしい。

ほこりにも以前は嫉妬していたが、お互いの立ち位置が明確になると荒ぶらなくなった。


試しに、もわもわの紫陽花妖精の方に指先を伸ばしてみると、シャーという唸り声が聞こえ、銀狐がけばけばになっている。

くすりと笑ってから、ネアはその手を戻して銀狐の頭を撫でてやった。

さっと自ら頭を差し出し、尻尾をふりふりさせてうっとりと目を細める姿は、塩の魔物とは思えない愛くるしさだ。


「…………ずるい、ネアが浮気する」

「はいはい、ディノも撫でてあげますね。雨で濡れないように、少し体をかがめて下さい」

「ご主人様!」

「なにゆえ、爪先も差し出したのでしょう?」

「…………踏むかい?」

「雨の日にやると靴が汚れてしまうので、また今度にしましょうね」


穏やかに窘められた魔物は少しだけしゅんとしたが、次回の予告があったので大人しく身を引いてくれた。

体を寄せたことで、魔物の傘の中に入ると少しだけ視界が暗くなる。

どこか親密な距離感と不思議な気恥かしさに、ネアは密かに狼狽した。


「………そして狐さん、私の方に飛び移ろうとしてはいけません」


レインコートだとつるつるしているし、暴れたら落としてしまいそうで怖いではないか。


「むぅ、前足で叩いても駄目ですよ。気軽に抱っこするには大きいですし、まず間違いなく本能のままに途中で暴れますよね?」


べしべしと前足で攻撃されたが、ネアは厳しく首を振った。

いかにしなやかな狐姿とは言え、森の中で雨の日に取り落されてしまったら、足を捻ったりしてしまうかもしれない。

怪我でもしたら大変だ。


「ほら、我儘はいけないよ」


ディノにもそう言われ、銀狐の尻尾はまたしてもけばけばになった。

そもそも、魔物なのだからディノに抱っこされているのではなく、自分の足で歩いてはどうだろうかと思わないでもなかったが、きっと狐のまま本能に任せて遊ぶのが楽しいのだろう。

周囲はとても心配していたが、ノアは狐の姿でいるのが随分と気に入っているようだ。



「……………え?」


その時、不意にディノがネアの腕を引いた。

レインコートが濡れているので慌ててしまったが、素早く腕の中に抱き込まれた仕草に不安を覚えたので、大人しくそのままになる。

見事な連携でディノの肩の上に移動した銀狐は、尻尾をぴしりと立てて厳戒態勢に入った。



(…………何か、危ない生き物でも来たのだろうか)


そう思い目を凝らしたネアを抱えるようにして、ディノは転移に入ったようだ。

転移の合間に、ちらりと木立の向こうに人影が見える。



やはり転移で姿を現したものか、ふわりと服裾を翻して、誰かが紫陽花の森に下り立つところだった。


雨の情景に漆黒が鮮やかな神父服に、白みがかった青い髪。

恐らく眼鏡であろう、装飾品の縁がきらりと光る。

その何者かもこちらに気付いたのか、顔を上げようとしたところで視界が暗転した。



「………うわぁ、びっくりした。あれって通り雨だよね?」

「やれやれ、ウィームに姿を現すとは思わなかった」

「アルテアが統括をしているのにねぇ」


ネア達が転移したのは、どうやらリーエンベルクの渡り廊下のようだ。

外を歩いてきたのでまだ濡れていることを考慮してか、いきなり屋内に入るのは遠慮してくれたようだ。


ネアはぱちぱちと目を瞬いて、ディノと、いつの間にか姿を変えたノアに挟まれたまま、渡り廊下から周囲を見回した。

いきなりのことだったので、現在地に馴染むまで少し時間がかかったのだ。


「大丈夫だったかい、ネア?いきなりでびっくりさせたね」

「………先程の、神父服の方を警戒されたのですか?」

「うん。あれは、通り雨の魔物なんだ。アルテアとあまり良い関係ではないから、アルテアに縁のある君が関わると良くないかもしれないから」

「そういうことだったのですね。そんな方が近くにいるのなら、今日はもうお外に出るのはやめましょうね」

「せっかくの休日だからと、外に出るのを楽しみにしていたのにいいのかい?」

「いえ、平穏が一番ですし、肝心な紫陽花はしっかり見れましたから!」



せっかくの紫陽花散歩が中断されたのは残念だが、ある程度は堪能出来た後だったので、ネアはこれで満足することにした。

あまり会わない方がいい魔物がウィームにいるのなら、出歩くのはやめた方がいいだろう。


「でも、ディノが誰かを避けるのは珍しいですね」

「………通り雨はね、少し変わっているから」

「もはや、何に於いて変わっていると言うべきか、若干迷子ではありますけれどね」


ネアがそう言うのは、目の前にいるのが変態嗜好の魔物に、今は元の姿に戻ったとは言え、普段は狐になってボールを追いかけている魔物だからだ。


遠い目で眉を顰めたネアに、ノアが説明してくれる。


「通り雨の魔物ことラジーはね、とにかく悲観的なんだよ。悲観的で、攻撃的?」

「…………避ける方針に大賛成です」

「案外偏屈さが面白くもあるけど、ネアには向かないかなぁ」

「私も上手く対処出来ない方面の方だという気がします。アルテアさんにお任せしましょう」

「アルテアとは、過去に二回ぐらい殺し合いをしてるんだよね。でもまぁ、アルテアの方が高位だから大丈夫だとは思うけど、どうしてウィームに来たのかな………」

「……………雨降らしがウィームに来ているのかもしれないね」


そう呟いたディノに、ノアが、ああと嫌そうに同意する。

二人の魔物は、なぜか不信感を込めてネアをじっと見下ろした。


「む。なぜにこちらを見るのだ」

「ネア、雪食い鳥に似てる生き物を見たら、絶対に関わったり、狩ったりしないようにね。雨降らしを溺愛しているラジーが、怒って怒鳴り込んでくると思う」

「雨降らしさんは、翼のある人型の生き物なのですね?」

「大きいからといって、狩ってはいけないよ。雨降らしの群れが去るまでは、ウィームでの狩りは禁止にしよう」

「ディノ?!」


死者の国の鬱屈が溜まっていたので、ネアは明日にでも狩りをしようと思っていた。

それなのに、なんという仕打ちだろう。

愕然とした眼差しで見上げるご主人様が可哀想になったのか、ディノはすぐに代替案を出してくれる。


「その代りに、どこか遠方で行きたい場所に連れていってあげるよ。或いは、少し離れた土地の仕事を貰おうか」

「…………割と真剣に警戒しているので、大人しく従いますね。もう騒ぎは懲りたのです」

「じゃあさ、明日は僕とボール遊びしようよ!」

「…………ノアは、どんどんそちら側に行ってしまいますね」

「…………やっぱり、出かけよう」


自分でも怖くなったのか、ノアは真摯にそう頷き、ネアとディノも重々しく同意する。

このままではいつか人型に戻れなくなりそうなので、選択肢がある時には人型で行動して欲しい。



けれど、その日は時間も中途半端だったので、結局リーエンベルクでボール遊びをしてやる一日となった。

エーダリアの用意した新型おもちゃにはしゃぐ狐を眺めながら、ネアは少しだけ心の中で考える。



(雨降らし…………かぁ)



背中に翼のある人型の生き物に憧れる気持ちは、やはりそう簡単にはなくならないようだ。

信仰というものの深さに呆れつつ、ネアはその生き物の姿を脳裏に思い描く。

ラファエルもそうだったが、天使のような生き物には、やはり本能的な憧れを持ってしまうようだ。



実際には、そう遠くない内に遭遇することになるのだが、翌週のネアは、雨降らしを警戒した魔物の提言を受けたエーダリアから、遠方での任務を申し付けられることになった。



幸いにも、ネア達が一泊二日でウィームを離れている内に、通り雨の魔物は姿を消したようだ。











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