恋とセーター
成長すると、美しいと言われることが多くなった。
どうやら高貴であるらしい美しい者達から、跪いて愛を請われることも多くなる。
どこか狂気的な目でうっとりと眺められると、煩わしくなってそこから出たくなった。
(恋をしたい)
恋をしたいと思う。
それは優しくて心踊る、幸せなばかりの素敵なもの。
たった一人のかけがえのない誰かとお喋りをして、抱き締められて馬に乗せて貰ったり、髪の毛に口付けをされるもの。
「それ楽しいのかな?」
そう疑問を呈するのは、数少ない友人だ。
あまり自己主張をするような気質ではないが、知り合いの中では一番しっかりしていると思う。
「楽しいと思う」
頑固にそう言張れば、美味しくはないと思うと言われて首を傾げた。
確かに馬はあまり美味しくないし、髪の毛に口付けされてもお腹は膨れない。
「それより、新しいお菓子食べる?」
「キャラメル?」
「うん。いつも変なもの食べてるから、美味しいお菓子」
「いつも変なもの?」
また首を傾げた。
美味しいお菓子も勿論好きだし、彼とはそんな会合で再会して仲良くなったのだが、いつも食べてるものも美味しく食べているつもりだった。
歯応えがあったり、捕まえるのが大変だったりもするが、美味しく食べている。
(でも今は、恋がしたくて、恋がしたくない)
食べても食べても心がカスカスになるのは、欲しくて堪らないものが上手く手に入らないからなのかもしれない。
(…………綺麗なことは、幸せになれることじゃない?)
この前出会った男から、その美貌であればどんな相手であれ、よりどりみどりでしょうと言われたことを思い出した。
小さい頃に読んだ絵本でも、思いがけず美しい少女であった主人公が、王子に見初められたりするのだ。
それならば、そうやって上手くいく資格が自分にもある筈なのに。
そんな風に悲しくなった時に、必ず頼る人がいた。
その日も、頭にきて鈍感男が持っていた籠を蹴飛ばしていたら、偶然部屋に入ってきたのだ。
「あらあら、むしゃくしゃしてますねぇ」
そう言って頭を撫でてくれたので、自分が綺麗かどうかを尋ねてみた。
白に薄桃色と微かな水色が入る長い髪は、くるくる巻いていて、足首まである。
大きな瞳は淡い水色に金色のまだらがあって、お日様の光を浮かべた神秘的な泉のようなのだそうだ。
「それはもう綺麗ですよ。どこか幼さがある方を好まれる方達が夢に描くような、絶世の美少女のようです」
でも、上手くいかないのだ。
だとすると、何がいけないのだろう。
「恋をしたいなら、その相手になって欲しい、特定の方はいますか?」
優しくそう尋ねられ、首を傾げた。
好きなだけなら沢山いるのだけれど、たった一人となると難しい。
そのどれも、思い描いた理想の王子様ではなかった。
(…………彼も違った)
幼い頃からずっと側にいたその男は、思い描いた理想の王子様のような美貌を兼ね備えていた。
幼い初恋はすぐに破れてしまったが、その次に好きになった相手だ。
保護者のような立ち位置だが、かなりいい加減で、あちこちをたらい回しにされたり、邪険にされたりもした、頭にくるやつである。
そんな彼から、先日唐突に伴侶候補を決めるように言い渡された。
王都まで連れていかれ位の高そうな青年に会わされたり、あちこち連れまわされたりして胸が苦しくなってしまう。
(恋はしたいのに……)
でも、それでは駄目なのだ。
欲しくない恋をお膳立てされるのではなく、欲しいと思った恋を手に入れるのが、したい恋なのだ。
しょんぼりとして項垂れていると、またふわりと頭を撫でられた。
「恋をしないと、死んでしまうような事情がありますか?例えば、そんな呪いがかかってるとか、種族的な生態だとか、お金持ちの伴侶を捕まえないと路頭に迷ってしまうとか」
ふるふると首を振る。
それはどれも当てはまらない。
心細くていつもしてくれるお話をせがむと、彼女は優しく微笑みかけてくれた。
「とても寒い雪山にいたとしますね」
柔らかな声に耳を傾けて真っ直ぐに見上げる。
何度聞いても、彼女のこの話は大好きだ。
かつて、同じ悲しさや同じ不快感を抱えたひとの、優しくて狡い言葉は胸を暖かくする。
「実は良質な毛糸なのかもしれませんが、こわこわしたセーターしかありません」
この話が大好きなので、ふんふんと頷いて目を輝かせる。
何度同じ話をせがんだかわからないけれど、彼女はいつも優しい声で丁寧に話してくれる。
大好きな絵本を何度も読んで貰った時と同じように。
「そのセーターを気に入って着る人と、どんなものでも大事にできる人、あんまり好きじゃないと思いながら着ている内に気に入る人、凍え死んでしまうので、仕方なく着る人がいます」
窓の外はしとしとと雨が降っていた。
雨はじゃぶじゃぶやって遊んでいたら、あの保護者に叱られたので何だか苦手だ。
その後で、浴室に放り込まれて泡まみれにされた。
「更に最も愚かな、凍え死んでしまうとしても、ちくちくするセーターなど着たくないという頑固者、そして最も選択肢の多い、実はセーターなんて着なくても寒くない人がいます」
頭を撫でる手に、さりさりと髪の毛が鳴る音。
雨の音に、どこかでコツコツと廊下を踏む音。
「あなたは、最後に出てきた一番自由な存在です。自由であることが即ち幸福ではありませんが、持ち時間は一番長いのですよ」
そう言って微笑んでくれる彼女は、最後までセーターを着なかった頑固者なのだという。
では、自分も着なくてもいいのかなと呟けば、こつんと額に額を突き合わされた。
「勘違いしてはいけませんよ?愛したくても愛せないというのは、とても惨めで寂しいことなのです」
でも、もしそうなってしまったら?
そう考えて眉を下げると、優しく頭を撫でてくれる。
「でも、そんな風にしか生きられないことも確かにあり、そんな風にしか生きられない場合に、とっても助かる心の非常食があるんですよ」
(あったかい。ほかほかして、幸せなきもち)
膝の上に抱っこして貰って、何度もこの話をせがむのは、この最後の下りを何度でも聞きたいからだ。
「その非常食とは、欲している愛とはちょっと種類違いになる、家族のような存在や、友人だったりします。ペットを慈しんだり、趣味を心を動かす動力にする方もいますね」
趣味って何だろうと考えたけれど、今でもあまりよくわからなかった。
食べることなら大好きなので、そういうものかもしれない。
「それはきっと、あなたが欲しいのが葡萄酒なら、水やお茶くらいに違うものではあります。完全に満たされる訳ではありませんが、それでも、心の命を繋いでくれるたいへんに有難いもの」
(…………ここから!)
一番大好きなのは、ここからだ。
「あなたには、そういう存在がちゃんといますよ。私も、あなたが生まれた時から知っているここの人たちも。そして、あなたの後見人の方も。それは、あなたが葡萄酒を飲めなくて苦しくても、走って戻ってきて飲むことの出来る水です。その水は、私たちが生きている限りは失われることがないので、あなたは、決して喉が渇いて倒れてしまうことはありませんからね」
上手く恋が出来なくても、何にも飲めない訳ではないのだ。
それは、無くさない限りはずっと手元にある、最初の装備のようなもの。
それがある限り、乾かずに、凍えずに生きてゆける。
(………むしゃくしゃしなくなった)
いつの間にか、心の中には一人じゃないという優しい安堵と、きらきらとした期待が増えていた。
自分は死ぬ程手持ちがない訳ではないし、じっくり選んでもいいくらいに持ち時間のある恵まれた存在だ。
願ったり、選んだり出来る余裕があることは、望む成果を出せないと感じる者にとって、どれだけの救いだろうか。
(だから、ネアは、すごい頑固者だったんだ)
そのことは、呆れるようなものではなくて。
同じ悩みを抱えた知り合いに、最悪のところから逆転勝利した猛者がいるような、そんな誇らしさを感じた。
最初の装備も全部無くして、持ち時間もなくて、それでもちくちくするセーターを着なかったネア。
今は、とっても大事なセーターを持っているネア。
「その話、今も聞くの?」
「時々、例が変わる」
お菓子を食べている友人にそう聞かれて、同じ話だけれど色んな種類があるのだと、誇らしげに教えてやった。
「セーターじゃないの?」
「うん。あれるぎの話もある」
「あれるぎ?」
「食べ物が体質的に合わなくて、病気になることだって」
「それ悲しいよね。僕も、固くて苦すぎるものはあんまり得意じゃないんだ」
「土とか?」
「スープの底の方にある香りづけの香草の枝とか、焦げてるものとかかなぁ」
「ネアは、ボラボラと竜で話してくれた」
「そっか、竜はボラボラでかぶれるからだね」
「だから、お腹が空いててボラボラしかなくても、ボラボラを食べたくても食べれないんだよ」
「ボラボラって、美味しいのかなぁ」
「精霊はお鍋にして食べるよ。美味しかった」
「食べたんだね」
「この前一匹落ちてたから」
ネアが話してくれた竜とボラボラの話はもっと簡単だ。
腹ペコで何か食べないと死んでしまいそうな竜の前に、食べるとかぶれて痒くて大変なことになるボラボラしか食料がなかったら。
(実はまだ、他の食べ物を探せるくらいの余裕がある竜が、一番自由なんだって)
つまりそれは、強いられて選ぶ他の誰かとは違い、切羽詰まっている訳ではないのだからゆっくり探していいのだというだけのことなのだけれど。
それでも、腹ペコだという前提を無視して語られる一番狡い最後の竜だと思えば、追い詰められていた心が、何だか笑顔になる。
「今はね、やっと見つけたセーターの難点の話をする」
「ずっとセーターなんだね」
「ネアは多分、ちくちくするセーターで嫌な思いをしたことがあるんだと思う」
「確かに、ネアはもふもふが好きみたい」
「…………あいつとおんなじ」
「もふもふが好きなの?」
「もふもふじゃないと、邪魔だって」
「それで嫌になっちゃった?」
それは、とある舞踏会でのことだった。
あの日は、大人になって初めて、ドレスを着てみた日のことだ。
用があるという後見人が舞踏会に寄るということで、雑にコートクロークに預けられて頭に来たのだ。
絵本の王子様がドレスを着た村娘に心を奪われたみたいに、驚かせてやろうと考えた。
ドレスくらい、その辺にいる誰かのものを着ればいいので、適当に捕まえてドレスを借りることにした。
しかし、借り物のドレスで会場に入った途端、部屋はしんと静まり返ってしまった。
呆然とこちらを見ているので何か変かなと首を傾げていたら、ものすごい勢いで何人かが駆け寄ってきて、跪いて愛を請う言葉を連ね出した。
でも肝心の後見人は、バルコニーのあたりからうんざりしたような顔をしてこちらをちらりと見ただけだ。
悔しくなってそちらに向かおうとしたが、踊ってくれとまとわりつく大勢の参加者達を掻き分けて進む羽目になった。
「大人になった!」
月明かりのけぶるバルコニーには、赤い薔薇が咲き乱れていて、甘い香りがした。
真っ黒な燕尾服と夜の暗さに、燻らせる煙草の煙がたなびく。
息を切らしてそう告げたその時、彼はこちらを見ていかにも面倒臭そうに顔をしかめたのだ。
それはもう嫌そうに、美しい顔を歪めてしっしっと手を振る。
「その姿だと、お前の唯一の取り柄の愛嬌も無しだな。人型の生き物を飼う趣味はない。大人になったんだったら、さっさと自分でどっかに行け」
愕然とした。
そんな風に邪険にされるとは思ってもみなくて、信じていたものが瓦解するような気がした。
心細くて怖くて、どうしたらいいのかわからなくて、悲しくなった。
「それで、どうしたの?」
「体当たりして、ステッキを食べた」
「怒られなかった?」
「怒られて頭を叩かれて、籠に詰められて持って帰られた」
「でも、持って帰ってくれたんだね」
「頭を叩かれて、鳥の姿に戻ったからかな?」
「その舞踏会って、カーの舞踏会かなぁ?主催者の魔物が食べられちゃったやつ」
「うん。ドレスを借りるから中身を食べた」
「シュプリの魔物、また死んじゃったんだね……」
「あの魔物は、シュプリの魔物だったの?」
「うん。でも、すぐにまた生まれるから大丈夫だと思う。僕、シュプリ大好き」
「シュプリの瓶は美味しい」
「じゃあ、瓶を食べる時に中身が邪魔だったら、今度から僕にくれる?」
「うん、いいよ」
あの日、何で主催者の女主人のドレスを着ているのか尋ねられ、ドレスを着たかったので中身は食べたと言うと、アルテアは物凄い顔をしていた。
すぐさま籠に詰め込まれ、元の姿に戻ってしまったことで脱ぎ散らかされたドレスを残して会場を去ることとなったのだ。
後で、とんでもない騒ぎになったと叱られたが、シュプリの魔物だったとは思わなかった。
「それで、嫌いになっちゃった?」
「ううん。好きなのは顔だけだった」
「そっか、いまいちだったんだね」
「うん。何だか違った」
舞踏会の夜に自分をうんざりと突き放したアルテアは、憧れていた妖精の王子のように跪いて優しくしてはくれなかった。
ネアのいうところの、最高級のセーターだと思って着たら、ちくちくしたセーターだったのだ。
それが、あの夜はすごく悲しかった。
「でも、まだ顔は好き」
「だから、絵を飾ってるの?」
「あれは妖精の王子様。でもそっくりだから、アルテアの顔にしてもらった」
「そっか。絵なら喋らないしね」
「うん。見るだけで幸せ。それに、今はもう伴侶がいるし」
「凄い伴侶だよね。どうして気に入ったの?」
「ぴかぴか光るし、大きくて丸いのが好き。光り方が優しいんだよ。それに、昼間でもきらきら光る」
「ほこりは、光るものが好きなんだね」
「硬いものも好き。柱とか、床とか」
「でも、伴侶はシャンデリアにしたの?」
「うん。世界で一番綺麗で優しい」
「大好きなんだね。いい伴侶がいて、良かったね」
「うん」
ゼノーシュにも祝福して貰って、笑顔になる。
こうして新居に呼べるのは、ゼノーシュくらいだった。
大人になって伴侶が出来ると、あんまり誰かに会いたいとか思わなくなったのだ。
この部屋に入れるとなると、伴侶が取られるかもしれないのでもっと嫌な気分になる。
でも、ゼノーシュはグラストが大好きだし、こちらが空腹で危なくなるとすぐに帰ってくれるから安心だ。
「もう、ネアには会わないの?」
「会って、食べちゃうと困るから。お腹空いてると大変だからごめんねって手紙を書いたら、成長に旅立ちはつきものだって言ってくれた」
「ネアは美味しそうなんだね」
「…………うん」
「名付け親でも、食べちゃうのかなぁ」
「いなくなったら困るから食べるのは我慢できるかもだけど、魔物と違って齧ったら大変だから」
「お母さんも大変なんだね」
「ネアは、お母さんって感じよりも………うーん」
少し説明が難しかった。
ネアは、葡萄酒がないときは飲みに戻れる水で、大好きな人間だけれど、お母さんという感じではなくて、やっぱり名付け親という感じだった。
母親程踏み込まないけれど、とても大事な人なのだ。
「何となくわかる気がする。ネアが全部まとめて引き受けるのって、ディノだけだものね」
「うん。そういうところよく似てるの」
「名付け親だから似たのかな?」
「ネアに似てるなら、嬉しいな」
元の世界で、最初の装備を無くして一人ぼっちになったネアは、ペットも飼わなかったそうだ。
愛情の幅がとても狭くてその狭さが怖いので、どんなに可愛くても自活出来ないペットは飼えなかったと教えてくれた。
“ちくちくのセーターが着れなくて、ペットすらも飼えない汎用性の低い私が、なぜかディノだけは大丈夫だったのです。きっと、ほこりにとっては、そのシャンデリアだったのですね”
手紙にそう書いてくれたネアに、何度も読みながら頷いた。
自分が思い描いた妖精の王子様とは全然違うけれど、なぜかこのシャンデリアはしっくりきたのだ。
欲しいと思える恋で、狭すぎる愛情の幅がかちりと嵌る相手だった。
誰かを愛したいと切望してきた自分が、やっと愛せる相手だった。
「私は、自分の持っている愛情の幅がこんなにも狭いとは思っていませんでした」
ネアがそう話してくれたのは、ほこりが、エーダリアに失恋した時のことだ。
優しくて綺麗で王子様でもあるエーダリアだったけれど、恋をしてはいけない人だっただけではなくて、彼を大事にし過ぎる人達が多いところが苦手だった。
浮気者ではなくて、独り占め出来る相手がいいのだ。
「この方は駄目でも次こそは。その次くらいは。或いは、来年くらいにはさすがに。そんな風に楽観視していた頃から、最後の方でちくちくするセーターを着て歯を食いしばってみた時まで、私はいつか、その他のみんなのように普通になれると信じていたのです」
他の同族は、生まれてすぐに伴侶を見付けているらしい。
そう知って悲しくて蹲っていたら、その話をしてくれたのだ。
愛したくて堪らないのに、誰も好きじゃないなんて。
そう思って泣きたくなっていたら、抱っこして頭を撫でてくれた。
「私はね、我儘で薄情な人間です。愛したいと思うばかりでしたが、様々な要因が絡んで、どれだけそう願っても愛することは出来ませんでした。そんな私ですら、思いがけないたった一つを遅ればせながら見付けられたので、持ち時間の長く、とびきり可愛い勝ち組なほこりは、じっくり探せばいいんですよ。幸いにも、ほこりには、最初の装備があります。寂しい時には私達がいますからね」
だから、たった一人の適合者しかいない、たった一種類の愛情しか持っていないネアは、母親という感じではなかった。
その代わりに、大好きな名付け親で、たった一人の同じ領域の先人なのだ。
寧ろ母親と言うならば、育児放棄気味だったとは言え、アルテアの方かもしれない。
「ゼノーシュ、ネアにこの手紙を渡してくれる?」
「いいよ。でも、この前もこっちに来たのに、アルテアに任せなかったんだね」
「アルテアの悪口書くと、破かれて捨てられちゃうから」
「悪い奴だね」
「悪い奴なんだよ」
手紙には、今の伴侶はとても素敵だけれど、一緒に食事をしたり、お喋りを出来る相手ではないという愚痴を延々と書いてある。
その代り浮気はしない、ぴかぴかの素敵な伴侶だった。
ネアにまた抱っこして頭を撫でて欲しいけれど、まず間違いなく齧ってしまうので大変だ。
最近、帆立はしっかり焼く方が好きで、実は悪夢の精霊がまた少しだけ齧りたい。
毎週のように貢物を持って訪れる白夜の魔物は、白くて綺麗だけど性格があんまり好きじゃない。
でも、面倒臭い信奉者を排除してくれるし、いつも美味しそうなものを届けてくれるから、下僕として侍らせている。
リーエンベルクのみんなを苛める悪い奴がいたら、食べてあげるから教えてね。
そんなことを、延々と書いた。
文通には、アイザックから買った専用のカード型金庫を同封しているので、部屋の隅にどんどん溜まっていく宝石を沢山同封すると、ネアからは珍しい獲物やこの近くにはない石や煉瓦、出かけた先で見付けた珍しい食べ物なんかがどっさり入って返ってくる。
以前に嬉しかったのは、死者の国のお土産の真っ白なキャンバスだった。
これは、危ないのでディノがネアの代わりに持って帰ってきてくれたもので、初恋の人が持って来てくれたからだけではなく、変わった魔術がたっぷり染みていてとても美味しかった。
長い髪は、小腹が空いた時に短く切って食べてしまった。
ドレスも動き辛いので、あの後は着ていない。
そうすると性別のままに見えるので、アルテアは最近困った噂を立てられているようだ。
決まった相手がいるのにアルテアの伴侶だと思われているのは釈然としなかったが、少し困ってるようなのでいい気味だと思う。
シャンデリアには保護者力がないということで、引き続き後見人の仕事をしないと怒られるらしく、月に一度手紙を書くことを義務付けられている。
あったことや、食べたいものをたくさん書いて送るが、その食べ物を持って来てくれるかどうかは気分次第だ。
時々遊びに来てくれるとやっぱり見た目は好きなので、アルテアが後見人のままなのはいいことだ。
鳥の姿の方で寝ていると、頭を撫でてくれることもある。
でも、気に入らない奴を脅す為に連れ出すのはやめて欲しいと思う。
変な趣味だという噂を助長しない為にであるらしいが、鳥の姿で連れ回されるのは疲れるのだ。
「ピ」
「お前、やっぱりこっちの姿の方が落ち着くな」
「………ピギ」
ほこりはこの趣味の方が変だと思うので、ネアへの手紙で、最近のアルテアは、人型の生き物には興味が無いのかもしれないと相談しておいた。
ネアからの返事には、あんなに魅力的な男性なのに、勿体無い方ですねと書かれていたので、深く頷く。
もし拗らせるようであれば、ゼベルに相談に乗ってもらうといいと教えてくれたので、アルテアにその手紙を見せてあげた。
すると、暫く口をきいてくれなくなったが、ちょっと落ち込んでいたみたいなので、本人も悩んでいるのかもしれない。