137. 死者の国で騙されます(本編)
夕方近くになると、ぐっすり眠っていたディノが目を醒ました。
もぞもぞ動いてネアの方に頭を寄せてくるので、寝台から離れて病院の付添スタイルでいたネアはぎょっとする。
寝台の隣に椅子を置いて座っているネアと、寝台に寝ているディノの間には大きな断崖があるのだ。
「なりません!寝台から頭が落ちてしまいますよ!」
その場合傷付いている目の方を下にして落ちるので、ぶわっと冷や汗をかいた。
慌てて両手で頭を支えられたディノは、寝ぼけたような悲しげな目でご主人様を見上げる。
「……………ネアが外にいる」
「疲れたお父さんが帰ってきたので、場所の交代をしたのです」
「え…………」
一緒に寝ていたのがウィリアムだと気付くと、ディノは困惑したように目を丸くした。
お散歩だと騙されて動物病院に連れて行かれた犬のような、どこか傷付いた色を浮かべる。
「それにしても、やっぱり随分と疲れていたんですね。ディノが食べ物をたくさん持ってきてくれて備蓄には事欠きませんので、今日はゆっくりと横になっていていいですよ」
「ネアが外に逃げてる……」
「逃げたのではなく、横から見守る姿勢に移行したのです。………もしかしてディノも、ここ数日、あんまり寝ていなかったんじゃないでしょうか?」
寝台の端っこから飛び出さないように頭を押さえたネアの手を下敷きにして枕にしながら、魔物はまだ眠いのか目をしぱしぱさせている。
やっと安心している感じがすごくしたので、ネアは好きなだけごろごろさせてやりたくなった。
幸いにも、隣のウィリアムはまだぐっすり眠っているようだ。
ぐりぐりと頭を擦り付け暫くネアの手のひら枕を堪能してから、ディノがぽつぽつと話し出した。
「君が居なくなった後、話すのが疲れるようになったんだ」
「…………あんまり話したくなくなってしまったんですか?」
「そうなのかな。………リーエンベルクに戻ったら、普通に話せたけれど、いつもの世界が薄まったような気がして、居心地が悪かった」
「薄まったような?」
「色や、音がね。………影絵の中のように少し曖昧で、ぼんやりしていた」
「まぁ。…………リーエンベルクでは、一人でいたんですか?」
「ゼノーシュが、どうしてなのかずっと隣にいたよ。ノアベルトも膝の上に乗ってたかな。私達は本来、食事を欠いたぐらいでは疲弊しないのだけど、食べないと君が怒るって言われて、あれこれ食べさせられた」
「やっぱりゼノが頼もしかったです!戻ったら、お菓子を沢山献上しなければ………。ゼノもノアも、ディノのことを心配して傍にいてくれたんですね」
「……………そうなのかい?」
「素敵なお友達なのだという証拠ですよ」
「…………友達。そう言えば、ゼノーシュやノアベルトが近くにいると、少しほっとした」
確かめるように呟いて、ディノは不思議そうに眼差しを揺らす。
まだきちんと飲みこめてはいないかもしれないが、こうして大事な友達なのだと、実地で理解してゆける機会になったのだと思えば、今回のことにも得るものはある筈だ。
「………部屋がとても静かで、君のいなくなった世界を見たときの悪夢を思い出した」
「私が、もっと早くカードが繋がることに気付いていれば良かったですね」
「でも、その頃の君は、どんな怖い思いをしていただろう。…………守護が揺れて、息が止まるかと思った。その時は境界ごと死者の国なんて壊してしまおうと思ったけれど、まだ守護や、私の持たせた魂の欠片の繋がりが残っていたから、君が無事なのはわかって我慢したんだ」
「ふふ。なかなかに逞しかったでしょう?とは言え、墓犬さんが助けてくれたお蔭なので、ウィリアムさんの守護のお蔭でもありますね」
そう考えれば、ウィリアムには何度も助けられているのだ。
結界を壊されて心臓が止まりそうだったり、さり気ない言葉で心を抉られたり、蜘蛛をお勧めされて心が軋んだりもしたが、無事に地上に戻った際には、何かお礼をきちんとしておかなければ。
(お食事とかでもいいけれど、時間を使わせてしまったことで疲弊させているみたいだから、ゼノに教えて貰って安眠枕でもプレゼントしようかな……)
或いは、この世界にもきっとあるに違いない、素敵なマッサージのサービスがある疲労や凝りを改善するような専門店を手配してもいい。
そんなことを考えながら、魔物の体温を手の上に感じている。
「君と話せるようになって、カードの文字だけははっきりと光って見えたけれど、もし、君がもう二度と返事をくれなかったらと思うと怖かった」
寝起きの甘えたモード全開中の魔物は、そんな風に呟いたところだった。
話しながら少しずつ覚醒していっているようだが、まだ少し目元が眠たげだ。
「お返事がいつもすごく早かったのは、怖がらせてしまったからだったんですね………」
「このまま世界が薄まっていったら、また………音がしなくなって、味がどうでも良くなって、嬉しかったり、困ったりもしないあの場所に戻るのかなと考えていたんだ。だから、カードのやり取りには全部返事をして、君に逃げられないようにする必要があったんだよ」
「…………もしかして、必ず返信しないと、愛想を尽かされると思ったんですか?」
「怖がっている君を一人にしたら、君は、役に立たないと私を見限るかも知れない」
「…………だから、ここまで?」
思ってもいなかった理由に驚いてしまったネアのその質問に、魔物は淡く微笑んだ。
困ったように悲しげに、まるで、叱られるのを覚悟した子供のように。
「よくわからないんだ。ネアからの返事がないと悲しくなるし、君の言葉が寂しそうだと苦しくなる。……死者の国に君に嫌われないように入るには対価が必要で、でも対価を支払って身を損なうと、君にまた謹慎させられるかもしれない。………どうすればいいかわからなかったから、君に言われた通り待っていたんだ」
ふうっと小さな息を吐いて目を伏せた横顔に、寂しそうな睫毛の影が落ちた。
それが片方しかないことに、ネアは胸が苦しくなる。
「……………でも、我慢出来なくなった。だから、どうせ答えがわからないなら、一番嫌なことを解決しようと思ってね」
「一番嫌なこと?」
「君がずっと怖がっているのが、一番嫌だった」
得意げにでもなく、頑固にでもなく、魔物はしょんぼりとそう言った、
くたりとうな垂れた頭を、ネアはそっと撫でてやる。
この魔物は、本当にどうすればいいのかわからなかったのだと伝わって、不憫で愛おしい。
(むぅ。こんな風にしょぼくれないように、緊急時の対応一覧表でも作ってあげようかしら……)
「………ネア!」
撫でられてよほど嬉しかったのか、ぱっと顔を輝かせて起き上がる姿は、颯爽と駆けつけてくれた凛々しい魔物とは大違いではないか。
どうやら、ネアの方が落ち着いてきたので、今度は、自分のしてしまったことにネアがどう反応するのか不安になったらしい。
でも、こういう風にあれこれ不安になるのは甘えている証拠なので、甘えられるくらいに安心してくれて良かったとネアは思う。
ふと、ディノがネアに対して感じた不調のサインは、こういう部分が見えなかったからなのだと理解した。
「ディノが感じていた方の嫌なことは解決しましたか?」
「うん。君がもう一人じゃないしね。それに、元気になったし。君もこれで、もう逃げられないし」
「素敵な言葉が最後で台無しですね。ご主人様は野生動物ではないので、目を離しても逃げません」
「今日からは、ウィリアムとも浮気できないからね」
「言い方!」
「個別包装じゃなかった…………」
「私も、ウィリアムさんにご負担がかかるので、せめて個別包装をと提案したんですが、こちらではそういうものが手に入らなかったんですよ。死者の国には寝具は売ってないのだそうです」
「ウィリアムが地上から持ってくれば良かったんじゃないかな?」
「む…………」
一瞬確かにその通りという気持ちになりかけて、ネアは首を振った。
あの疲れようは、間違いなく職場からの直行直帰の様相である。
寝具を購入する余裕など、なかったに違いない。
「仕事で疲れたお父さんに、そんな大きな買い物をする余裕などなかった筈です!」
「ずるい。いつの間にか家族になってる…………」
「家族のように面倒を見てくれたということですよ。お父さんでもないのに、臨時お父さん役を買って出てくれたウィリアムさんには、後できちんとお礼をしなければですね」
「……臨時の父親だと、個別包装はなしでもいいのかい?」
「ふふ、さては思考が迷路に入りましたね。個別包装なしで運用したのは、災害時だからです!雪山で、みんなで同じお布団に包まるあれですね」
「…………雪山で、どうして同じ布団に包まるのだろう?」
「おのれ、種族差により寒さの乗り越え方の相違が!」
ネアが、一生懸命雪山で遭難する人間の状況を説明していると、ゆらりと視界の片隅が揺れて、どこか疲れた顔のウィリアムがもそりと起き上がった。
「…………ネア、あと一回でも俺のことをお父さんと言ったら、お仕置きだな」
「なぬ?!起きるなり荒ぶっていますが、見た目のことではありませんよ!それくらい懐深く守ってくれたという、一級表現です!ウィリアムさんの見た目は、若々しくて綺麗な男性です!!」
「………ネア、それは追い打ちだからな」
「解せぬ…………」
どうやら少し前から起きていたらしいウィリアムの暗い声に振り返って、慌てて弁解したネアだったが、ウィリアムの表情は虚ろになるばかりだ。
困り果てたネアがディノに視線で助けを求めると、魔物はふわりと艶やかに微笑んでくれた。
「ウィリアム、死者の国では寝具が買えないそうだね?」
「………住処に代用出来るようなものは、全て住居と繋がっていますからね。家を得ずに彷徨う者がいないよう、規則を明確にさせているんですよ」
「でも君は違うだろう?寝具くらい、片手の一振りで取り寄せられるだろうに」
「俺はこれでも、死者の国の理を自分だけ侵すような振る舞いは避けてるので」
(む、珍しい。ウィリアムさんが押されてる………)
こんな話し合いをしているが、二人の魔物は同じ寝台にお行儀よく半身を起こした状態で議論している。
お昼寝から覚めた魔物が二人でお喋りしているのだと思えば、その光景がいやにシュールで可愛らしい。
話し始めで一瞬、ウィリアムはディノの髪の毛に隠された半面に目を止め、思わしげに瞳を揺らした。
「それと、魔物の卵をこの家にそのままにしておいたのは、なぜだろう?」
そんなディノの言葉が聞こえてきて、ネアは眉を顰めた。
聞きようによっては不穏な言葉だが、ほこりが生まれた石ころのようなものだろうか。
あまり良くない予感と、もし可愛いものが孵るのなら是非に見たいという期待でごちゃ混ぜになる。
「…………魔物さんの、卵があるのですか?」
不安と期待に揺れる瞳でそう問いかければ、なぜかウィリアムは露骨にぎくりとした。
そんな姿に、ネアの中の不安が一つ度合いを上げる。
「シルハーン、彼女はその手の話題は苦手でしょう」
「それを理解している君が、あの地下室をそのままにしておいたのは、なぜなんだろうね」
「……………地下室」
ネアのその声は、地の底から響くような低いものだった。
すかさずディノが頭を撫でてくれたが、ネアは真顔のままじっとウィリアムを見つめる。
「ウィリアムさん、罪が重くなる前に自白して下さい」
「いや、…………あまりいい話ではないからな。ネアには言わない方がいいと思ったんだ」
「おや、言い訳が始まりました………」
渋い顔をしたネアに気圧されたのか、終焉の魔物はとある罪の告白を始める。
「この家の地下にある絵は、かつてこの屋敷が地上にあった頃に、魔物が生まれた場所なのだと思う」
「………それと、地下室の繋がりは何なのでしょう?」
「ネア、この死者の国に住む魔物は、こちらに特化した固有種だが、元はどれも地上にいた魔物がこちらで変化したものなんだ」
「ふむ。と言うことは、死者の国にいるどなたかが、この家で生まれたということでしょうか?」
「有り体に言えば、花売りだな」
「……………花売りさん」
凶悪な眼差しになったネアに、終焉の魔物は慌てて詳細の説明を始めた。
死者の国の魔物は、かつてこの国の景色や町並みを切り取った土地に元々住んでいた魔物が、こちらで変化したものである。
墓犬は教会や墓地から、ファービットこと掃除婦は、大勢の人々が行き交う港町の路地裏に住む、死体を食べる手の平サイズの葬儀屋魔物が原種だ。
そして花売りは、このネアの屋敷がある区画で生まれた祟り物が元となっているのらしい。
「他は借りているだけの景色で現存している土地だが、この街は、実際にはもう地上にはないところなんだ。大火で焼けてしまったが、前は綺麗な街だったから、ここに以前の姿を写し取っておいてある」
無言で目を丸くしたネアに、ウィリアムは先を続けた。
「花売りは、大火の街で死んだ生き物たちの怨嗟の澱から生まれた祟り物なんだ。何を元にして姿を整えたのか知らなかったが、どうやらこの家の地下にあった絵から生まれたみたいだな」
「………ディノ」
脳が詳細の理解を拒んだので、ネアは頼もしい魔物の方をぎりぎりと振り返った。
「凝った澱が、この家の地下で孵ったのだろう。とは言え、死者の国に写し取られた景色は失われた街とは別のものだから、今はもう害はない筈だよ。ただ、魔物が生まれた土地はやはり特殊だから、かつて独特な場となっていた頃の記憶を引き摺っているんだろう。君は迷い子だからね。世界のずれから滲むその気配に敏感に気付いて、怖いと感じたのだろうね」
「………本物のホラーでした。それも、ちょっと高尚めの設定の、解決までが面倒なタイプのやつです」
「…………ネア?」
「つ、つまりそれを知っていた上で、ウィリアムさんはあの地下の絵を初めて見たようなふりをしていたのですか?」
世界の矛盾を知ったばかりの子供のような目で見つめると、ウィリアムはさっと片手を上げて弁解した。
浮気を問い詰められた男性のような目をしているが、ネアの怒りはもっと深刻である。
「い、いや、元の花売りは幼い人間の子供の姿をしているんだ。それなのに、地下の絵は死者の国で独自に変化した後の花売りの姿をしていただろう?俺としても、少し驚いたんだ」
弁解しながら、ウィリアムがまたしてもぎくりとしたのは、ネアの顔色ががくんと悪くなったからに違いない。
「ネア?…………どうした?」
「…………ウィリアムさんの説明だとつまり、あの地下室の絵は、死者の国で変化したということになりますよね」
「うーん、そうとも言えないな。どうしてあの絵に変化したのかは俺にもわからないから、地上にあった頃から成長する絵として描かれた可能性も……うわっ?!ネア?!」
大真面目に推理を述べたウィリアムは、その途中でばすばすと、ネアに枕で叩かれた。
ディノの膝に乗り上げるようにして襲いかかったネアは、慌てて腕を捕まえられて拘束されたが、ひと暴れせずに鎮められる筈もなく、低く唸り声を上げる。
あまりにもホラーに鈍感な終焉の魔物に、ネアは我慢の限界を超えてしまったのだ。
「そ、そうか。すごく嫌だったんだな。すまなかった!」
「よ、よくも私を丸め込んで、ホラー物件に一人お留守番にさせましたね!ゆるすまじ!!」
「ネア?!落ち着こうか!」
「私は今日、何もない筈の廊下で、あの扉の前で二度もべしゃりと転んだのです!!!心臓発作で死んでいたらどうしてくれるのでしょう?!ゆるすまじです!!!」
両手を拘束されたネアは、ごすりと頭突きでウィリアムを襲撃した。
顎下に頭突きされて小さく呻いたウィリアムの手が緩んだところで、ネアはどこか慌てた様子のディノに再捕獲される。
「ネア、ずるい……ウィリアムばっかり」
「おのれ、これはご褒美ではありません!正当な抗議活動です!!」
「頭突きまでしてる………」
「私のウィリアムさんへの、全面的な信頼を返して下さい!!よりにもよって、ホラー的展開では命取りになりかねない嘘など、断固として抗議します!!」
「ネア、すまなかったから落ち着いてくれ」
「むがふ!」
捕獲されたことでいっそうに怒り狂ったネアに困り果てた魔物達は、機転を利かせたディノが、残っていたマロンクリームのおまんじゅうを口に突っ込むことで何とか鎮圧に成功した。
もすもすとおまんじゅうを頬張りながら鋭い目で睨んでいるネアに、ウィリアムは深々と頭を下げる。
「すまなかった。地下室の絵は、すぐに撤去するよ」
「………………撤去出来たのですね」
「……………すまない」
「むぐぅ」
とても真摯な謝罪の言葉に、ネアは大人として怒りを鎮めることにした。
もうディノもいるので怖くないし、残りの生活を速やかに快適にして貰う方が先決だ。
決して、頬張るおまんじゅうの美味しさに懐柔された訳ではない。
ディノの膝の上に抱えられておまんじゅうを食べているネアの頭を撫でながら、反省した面持ちのウィリアムが爆弾を落としたのは次の瞬間だった。
「そうか。だから廊下に絵を出してあったんだな。あの扉の封印を開けてあったから、シルハーンが来たのがわかったんだ」
「…………ほえ」
間抜けな声を上げて、ネアはディノを見上げる。
頼もしい筈の万象の魔物は、困惑したような目をしていた。
「………ウィリアム、私はその絵には触れていないよ?」
「ん?でも、扉も開いていましたし、絵は全部、廊下に裏向きになって立てかけてありましたよ?」
「…………ネアの話していた、グエンとかいう魔術師かな」
「いや、一応は俺のかけた封印ですからね。一介の魔術師には………」
「それなら、どうして……………ネア?!」
あまりの恐怖におまんじゅうを頬張ったままその場で号泣したネアは、その後、一人でトイレにも行けなくなった。
お風呂タイムには、目隠しをしたディノに浴室に居て貰い、寝るときにはディノに乗り上げるようにして眠ることになる。
件の絵は、ディノとウィリアムが確認してみたところ、真っ白なキャンバスになっており、絵の中が空っぽになっていたそうだ。
全ての絵が空になっていたので、家の中に高位の魔物の密度が高くなり過ぎたので、絵から逃げ出した可能性が高いらしい。
とは言え、死者の王の封印を破れるだけの強者であることが判明したので、ネアはそんなことを微笑んで説明されても心は晴れなかった。
「むぐるる……」
「ネア、唸らないで」
「ネア、唸らなくても、この廊下にはもう何もいないぞ?」
「自分の身は、自分で守るしかない世知辛いご時世なのです!」
「ガウ」
「右側にディノ、左側に墓犬さんがいてくれるので、万が一のときにウィリアムさんを盾にして逃げてみせます……」
「参ったな、俺より墓犬を信頼するようになったか……」
「上司に苛められてしまった一般人の為に、護衛を強化してくれた素敵な墓犬さんの株は、上昇するばかりですね」
「ガウ!」
交代の時間に戻ってきた墓犬に、ウィリアムに地下室の件で苛められたことを愚痴ったところ、墓犬はどこか厳しい顔つきで、ウィリアムがこの家にやって来た後も居残るようになった。
渋い顔でじっと見つめられてウィリアムが目を逸らしていたので、何とも素敵な頼もしさだ。
ディノから、死者の国の墓犬には特に性別などないが、地上にいる墓犬は全て雌だと教えて貰い、この力関係に何となく得心する。
ベースが雌だからなのか、ディノも墓犬にべったりのネアには荒ぶらない。
「むぎゃ!」
「ネア、それは影だよ。悪いものではないから安心していい」
「ガウ」
「おのれ、介助なしで廊下が歩けなくなったこの身が憎いです……」
「あと三日だけ我慢してくれ………」
このままだと、ネアの心の傷が悪化して祟りものになる危険を感じたのだろう。
廊下を歩くときには威嚇の為に唸るようになってしまった人間の為に、すっかり慄いてしまった終焉の魔物は、三日後に死者の門をこっそり開いてくれるそうだ。
予定より十一日も早く地上に戻れそうなので、ネアは今から心待ちにしている。