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青雲雀と黄雲雀


ウィームにも、空高く舞い上がる春の鳥として、雲雀の姿が見られる。

太陽に向かって鳴きながら高く飛び、平地の地面に巣を作る鳥だ。

そんな雲雀であるが、ネアの育った世界と違うところも幾つかあり、こちらの世界では精霊である青雲雀と、妖精である黄雲雀との間で毎年、壮絶な抗争が起きるのだ。


実はこれ、生態がまったく同じ二種の雲雀がおり、その種族的な気質がまるで違うのが大きな要因となっている。

感情のままに荒ぶり高鳴きでテリトリーの主張をする精霊と、優雅にひらりと空高く舞い上がり鋭く鳴いて敵を追い払う妖精。

好物である蝶の魔物や、穀物を一掃せんばかりの勢いで食べ尽くす青雲雀に、必要な時にだけバランスよく食べたい黄雲雀。

結果、お互いの生活サイクルの違いが顕著になるのは否めず、生息域が丸被りなので事故になる。


更に厄介なことと言えば、この雲雀たちは魔術を使うのだ。



「…………ディノ、今あちらを歩いていた紳士がつむじ風に吹き飛ばされました」

「雲雀の争いに巻き込まれたのかな。つむじ風をぶつけ合うからね」

「何という迷惑な鳥めでしょうか」

「子育ての時期だから喧嘩も多いようだよ」

「むぅ。ちび雛の為に寛容に受け止めるしかありません」

「あまり悪さをすると捕まってしまうみたいだね。ほら、雲雀の屋台があるよ」

「…………雲雀の屋台?」


ネアが不審そうにディノの指した方を見れば、そこには何と、雲雀焼き鳥の屋台が出ていた。

塩焼きと、スパイシーなソースがあり食欲をそそるような素敵な香りがしている。

片や領土争いで人間を吹き飛ばし、そのすぐ近くで焼き鳥にもされているというすさまじい光景だ。


(そういえば、お店でも雲雀料理が始まったという看板をちらほら見たような……)


世知辛い光景であるが、世の中の旬の料理などみなそんなものなのだろう。

鱒料理なども春のメニューが出ており、ネアは少し楽しみにしていた。

実は来月の頭に、ディノとシュタルトの素敵な高原に一泊旅行に出かけるのだ。

今年からは旅行を色々と試してみようと思っているので、その試験段階としてまずは一度行ったことのあるシュタルトに出かけることにした。

今回はグラストの知人宅ではなく、高原近くにあるホテルを予約して全力で観光客気分なのである。


(でも、ノアが荷物に入り込みそうだから注意しないと!)


旅行として出かけるのは初めてなので、少しうきうきして旅行用の鞄を開いてみたところ、じっとりとした目をした銀狐が中に鎮座していたのは昨晩のことだ。

確かにみんなのいる場所で旅行で一泊二日で出掛ける旨を伝えているので耳にしてはいるだろうが、鞄に入れて連れてゆくつもりはない。

何しろ、ペット同伴可能のホテルではないのだ。


ネアとしてはもう一度あの滑り台をやってもいいのだが、春からはトロッコ列車も動いているらしく楽しみである。

雪山を眺めながら春の花の咲く高原を歩くのは、何とも心安らぐ時間になるだろう。

考えながら歩いているとわくわくしてしまったので、雲雀についての興味はあっさり世代交代する。



「ネア、お昼はあのお店でいいのかい?」

「ええ。町はずれの運河を眺めながら、お外のテラス席でお昼をいただけるんですよ」


ネアが本日目をつけて足を運んだのは、運河沿いに出来た新しいお店だ。

元々は鉛筆魔術のお店があったのだが、店主が老齢になり魔術が度々暴走したので、家族が説得して引退させたらしい。

今はお孫さんが王都から戻ってきて、ウィームっ子の口に合うようにヴェルリア風の海鮮を料理してくれるカフェレストランになっていた。

奥さんが緑の魔術師だそうで、お店には素敵な春の花々が溢れている。


「ディノ、あのライラックのお席に座りたいです。向こうの通りから来るご夫婦もあのお店に入りそうですので、早足で滑り込みますよ!」

「わかった!」


店は既に盛況で、空いているテラス席は水仙の席と、ライラックの席である。

水仙と言えば仕事で水仙の呪いについて耳にしているので、何となく遠巻きにするようになってしまった。

それに、花盛りのライラックの木陰で食べるランチは、さぞかし美味しいだろう。


「ここはね、食べられるお花の乗った檸檬タルトが美味しいんですよ」


目論み通りライラックの席を確保したネアが、そう魔物に教えてやる。

お花見の日の夜をここで食べたという、ゼノーシュからの情報だった。

その噂の檸檬タルトは、可憐な春の花にメレンゲの呪いをかけて、見た目はそのままでメレンゲの焼き菓子にしてしまうという美味しい魔術を利用したケーキだ。

淡い檸檬色のタルトの上に、メレンゲにされた小花が咲いている。


「私は、帆立にしますね」

「海老のラビオリ……………」


帆立をバターソースで鉄板焼きしたものを選んだネアは、少しだけほこりと、帆立の呪いにかかったことのある使い魔を思う。

ディノは、お隣の席の老人の頼んでいるラビオリに一目惚れしたようだ。

これもまた嬉しい成長で、こうして自分の目で見て何かを食べたいという主張をきちんとするようになってきたので、ネアは微笑ましく思っていた。

その代り、外食慣れしたアルテアやウィリアムとは違い、メニューだけで選ぶのは苦手である。


このお店で出されるパンは、物流の盛んなヴェルリアで流行っている紅茶のパンだ。

良質な茶葉と小麦を使って四角く枕くらいのサイズで焼き、量り売りするというところが港町らしい文化である。


船乗り達は、このパンを四角く切ってお家のおかずの残り物を詰め、油紙で押し包んでぎゅっと紐で縛ったずしりと重いサンドイッチを仕事に持ってゆくのだそうだ。

そのサンドイッチもテイクアウトで売られており、こちらでは物珍しさから買ってゆくウィームの民がいる。

所謂お惣菜パンで、卵サラダや、ジャガイモとチーズというように、食べる場所によって味が違うのが楽しい。


「わ、パンがもちもちで、みっしりと詰まった食べ応えのあるパンですね」

「ウィームのものとはだいぶ違うね。ヴェルリアは、少し前までは固いパンが多かったけれど、今はこの種のものが流行っているのかな」

「魚介系のお料理には、このパンの紅茶のさっぱり感が合います!」

「カルウィの港町は貝が有名なんだけれど、やはり独特なパンの文化があるよ」

「まぁ、どんなパンがあるのですか?」

「ライ麦と酸味のある酵母を使ったパンが主流なんだ。魔術の質がこちらほど良くはないから、保存しやすいものでもあるらしい」


そんなお喋りをしながら食事をしていると、きゃあきゃあと騒ぎながらこちらのテーブルを見ている女性達がいた。

戻り時の妖精の事件の直後なので少しヒヤリとしたが、テーブルに置かれた檸檬タルトを見て大はしゃぎしているだけで、ディノの擬態は完璧なようだ。


そんな風にほっとしていると、手を伸ばしたディノに指の背で頬を撫でられた。


「…………心配になってしまったのかな?大丈夫だよ」

「でも、隠されていても見えてしまう方というのも少なくはないのですよね?」

「そうだね。だとしても、私達の階位を見付けてしまう者はとても少ないし、あのような事態になることは稀だ。君が気に病むようなことではない」

「私が不安になるのは、ディノがこういうお出かけが嫌になってしまったらと思うからなのです」


ネアの言葉に、魔物は水紺の瞳を瞠って驚いたように動きを止めた。

そしてすぐに、酷く嬉しそうに微笑むと、なぜか少し視線を彷徨わせて、もじもじし出す。


「……………どうしたのでしょう?」

「ネアが心配してる。可愛い…………」

「ご主人様の心配をそうやって楽しんではいけませんよ。煩わしくなってしまったりしたら可哀想だと、これでも今日のお出かけは少し悩んだのです」

「ネアと一緒に出掛けられるのに、どうして私が煩わしいだなんて思うんだい?」

「……………プールも嫌になっていませんか?」

「……………息継ぎが出来ない」

「あらあら、しょんぼりの方向はそこなのですね」


まだ上手く泳げないことに悄然とした魔物に、ネアはほっとした。

せっかくこうして日常の中に楽しみや目標を見付けたのだから、その喜びを失わないで貰いたかったのだ。


「でも、ダリルが教育を始めた水竜が、高位の魔物と高位の精霊は、魔術を手放すと泳げないと話していたようだよ」

「む。そうなのですか?」

「やはり、水の魔術との親和性の問題であるそうだ。水は元々、捕縛や吸収の属性も持っているから、魔術を多く内包したものが魔術の力を借りずに水に入ると、内側に取り込もうとする働きが大きいらしい」

「それは知りませんでした。でも、そうなると危なくはないでしょうか?」

「…………でも、アルテアとウィリアムは泳げるみたいだからね」

「…………あの二人はその辺り器用そうですね。きっとノアは泳げないと思いますよ?」

「泳げるようになる…………」


水のその性質が、湖の底や海の底に秘宝が眠っている確率が高い理由でもあるのだそうだ。

同じように、深い森にもアイテムや術式を取り込む性質があり、森にも多くの失われた魔術遺産が隠されていると言われている。


「そして、エメルさんはやっと迷路から出して貰えたのですね」

「昨日、ドリーが様子を見に来たらしい」


その一言は、ネアの微笑みを奪うには充分なものであった。


「…………ドリーさんが、ウィームに来たのですか?」


いつもは少し顔を出してくれたりもしたし、事前にこちらに来るよというような通達があった。

おまけに今は、あの高額なカードをネアと分け合ったままなのだから、一言くれてもいいではないか。

これはもう、薔薇の祝祭の一件から明らかに避けられていると思わざるを得ない。


「ディノのせいで、ドリーさんに避けられている気がします!」

「でも、ドリーは飼えないから諦めようか」

「おのれ、そういう問題ではないのです!好意を持つ知人から、避けたいなどと思われたくはないのだと分かって下さい!」

「…………好意」

「ディノだって、エーダリア様やヒルドさんに勘違いで敬遠されたら嫌でしょう?」

「ネアがいればいい」

「むぅ……………」


ここでご主人様が荒ぶるかもしれないと察知した魔物は、巧妙に話題をすり替えることにしたようだ。

ネアが自分のお皿の檸檬タルトがいつの間にか消え失せている問題に愕然としていると、微笑んでお茶のお代わりを貰ってくれる。

口の中に味が残っているのだから、レモンタルトは知らぬ間に食べてしまったらしい。


「そう言えば、クロアランはムール貝が美味しいそうだよ」

「なんと!素朴なお料理のムール貝は大好物です。こちらでも、お鍋でローズマリーと白葡萄酒で蒸しただけのような素朴なやつはいますか?」

「あるんじゃないかな。ヴェルリアにもそういう料理があるしね」

「ヴェルリアでは、どんなものがお鍋に入っているのでしょう?」

「赤貝の魔物だね。蝸牛に似た小さな貝で、緑色のものを置いておくと海藻と間違えて寄ってきてしまうから、あっという間に収穫されてしまうんだ」

「悲しい気持ちになりました」


その赤貝の魔物も、酒蒸しにされて美味しくいただかれてしまうのだそうだ。

何となく初夏のあたりに外で食べたら美味しそうだなと思って、ネアはムール貝の美味しいクロアランの地名が記憶に引っかかる。


「クロアランという国は、確か仮面の魔物さんの被害が出た国だったような……」

「王族が一人仮面を付け替えられてしまったところだね。良い国だよ。ヴェルリア程ではないが国政は安定しているところだ」

「そう言えば、仮面の魔物さんの問題はふわっと消えていますが、その後、他国の動きなどは大丈夫なのですか?」


そう尋ねたネアに、ディノは小さく微笑みを深めた。


「どの国にも託宣や予言を司る巫女はいるからね。一定期間毎にその力を借りている筈だ。そろそろどの国も、グリムドールの鎖がなくなったことくらいは知り得ている筈だよ」

「…………なくなった?」

「そう。少し前だったかな、入手経路などを追われないようにと、エーダリアに頼まれてあの鎖の気配を消してしまったからね。予言や託宣は魔術の階位によって見えるものが変わるんだ。私よりも下の階位の者が探しても、なくなったとしかわからないようにしてある」

「エーダリア様も手堅いですね!あれ以降、アルテアさんもあまり追われるような悪さをしていないといいのですが………」

「最近はスールという国でだいぶ遊んでいるようだから、そろそろあれの周囲も荒れそうだ。暫くは安易に呼ばない方がいいかもしれない。災いがついてきてしまうと困るからね」


困った使い魔の気質を思って呟いた言葉だったが、思いがけない返事が帰って来たネアは目を丸くする。

これでも結構頻繁に呼び出してしまっている気がしてならないが、そんな中でも悪さをしていたようだ。


「乗り込んで来たり、呼び出したりしていたのに、そんな悪さをしていたのですね?これはもう、使い魔としてがっちり管理した方が世の為という気もしますが、恐らくそうするとアルテアさんらしさが死んでしまうので放し飼いにするしかありません」

「…………君は、そういうのは嫌がらないんだね」


この種の会話は何度かあったが、都度、ディノは不思議になるらしい。

これは多分、ディノがこれまでに接してきた人間達は、そういう問題を軽視出来ないような立場の高位の人間だったからではないかと、最近のネアは考えている。


「それはつまり、獲物を殺す猛獣は悪い奴なので、檻に閉じ込めてしまうということですからね。魔物さんには、人間にはどれだけ都合が悪かろうと、その魔物さんの司るものや気質がありますから。ただし、自分に関わる物事はがんがん矯正してゆく方針ですので、ウィームに悪さをしたら許しません!」

「あれでもこの国の統括だから、基本的にこの国の人間には大きな災いは及ぼさない筈だよ」

「そして、スールで悪さをしたのですね?」

「どうだろう、スールの問題に関してはあの第一王子も噛んでいそうな気がするけれど」

「まぁ、そうなのですか?」

「この国の第四王子と何か暗躍しているようだと、ノアベルトが話していたから」

「む!好きに暴れて構わないという気分になりました」

「スールはエメラルドの産地だから、今度何かで揃えてあげよう」


そう言う魔物は、既に国家の危機という問題からは離れてしまっている。

嬉しそうに計画を立てているようなので、ネアは念の為に指摘しておいた。

今でも充分に装飾品は足りているので、余分なもので出費をしてはならない。


「ディノ、エメラルドの強い緑色は綺麗だと思いますが、残念ながら私にはあまり似合いませんよ?」

「でもほら、置物とか色々あるだろう?」

「大きさが…………」


いっそうに無駄遣い感を深めてしまい、ネアは慌てて魔物の購入欲の方向性を変えた。


「置物も、ディノに買って貰ったものがたくさんあって、素敵なものが増えすぎると、初めて買ってもらったフィンベリアが飾れなくなってしまいます。それに、戦闘靴も作ってくれていると聞きましたし……」


魔物がとても張り切ってしまったので、ネアの戦闘靴は本人の手をすっかり離れてしまった。

戦闘靴預金が残ったのかと少し浮かれたところ、今回の戻り時事件があったのでお礼の品に消えている。

世の中の経済は、こうして運命的に回されてしまうところもあるようだ。


因みに、戻り時事件のご協力謝礼品はこのようになった。


エーダリアには、夜鷺の尻尾の毛束を三分の一と、素敵な術式の稀覯本を。

この種の稀覯本は三冊の保有があり、問題を起こした時の賄賂用にストックしておいたものだ。

ヒルドには、春葡萄を二房と、失せもの探しの結晶石を五粒、そして春の欠片とミモザのお酒を。

ダリルには、夜鷺の尻尾の三分の一と、春の霞と鈴蘭の妖精のお酒を。

ゼノーシュには、リノアールの贈答用の高級クッキーを五箱と、折良く南方に引っ越しした梟の魔物が送ってきた南国の果実とお菓子を山盛りで。

そしてノアは、約束通りボール遊びに長時間付き合い、これからの季節用に、虫避けの結晶石が付いたお洒落な細めの首輪を買ってやった。

これで草むらに飛び込んでも、厄介な虫に刺されることはないだろう。



(……………ん?)


ここでネアは、重大な問題に気付いてしまった。



「ディノ、……………ノアというか狐さんなのですが、獣用の予防接種は受けなくて大丈夫ですか?」


こちらの世界にも、ペット枠の獣用の予防接種が決められている。

狂犬病注射によく似たもので、舞踏の精の呪い避けの予防接種があるのだ。

舞踏の精の呪いにかかった獣は、邪魔するものを全力で薙ぎ倒しながら踊り去ってゆくという悲しい症状を発症してしまう。

魔力のある犬などは大惨事になるので、ペットを飼っている者には義務付けられているものだ。



「………え」


そんな、思わぬ疑問にぶつかってしまい、魔物は絶句した。


「ノアの時は勿論大丈夫なのでしょうが、狐さんのときに呪われてしまったら………」

「どうなるんだろう。踊るのかな?」



そしてその夜、予防接種を受けるかどうか聞かれた銀狐は、けばけばになって逃げていってしまった。

しかしながら、ヒルドが受けておいた方がいいだろうと判断したので、近い内にお尻に注射されてしまいそうだ。








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[一言] どんどんノアがただのキツネになってしまう…可愛い
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