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春の夜と夜鷺の宴




その日の夜、ネアは記憶を失ったディノと初めての狩りに出かけた。


柔らかな春の夜闇は黒く鮮やかで、馨しい花々の香りにつつまれる。

雪解け水に潤わされた土と緑の香りに、芽吹いたばかりの若葉の匂い。

開いたばかりの蕾には祝福が宿り、夜の向こう側でぽわりと淡く光っては消えてゆく。


「ディノ、この甘い香りは何でしょう?」

「春葡萄かな。ほら、あの木の上にたくさん実っているだろう?」

「薔薇水晶で出来ているみたいで、なんて可愛いんでしょう。ふわっと光っています!」

「春葡萄は、気性の荒い獣を宥める効果もあるそうだよ」

「む。………念の為に少し収穫したいですが、枝が上過ぎて届きません」

「取ってあげようか?」


微笑んだ魔物が手を貸してくれたが、まさかの枝ごと容赦なく落とすという荒業だったので、ネアはごめんなさいという気持ちになった。

先日までのディノとは違うのだ。

あまり森を破壊しないように、丁寧に指示しなければならない。


ぼさりと地面に落とされてしまった枝から、春葡萄を収穫すると、ネアは新規で購入された腕輪の金庫にしまう。

首飾りは獲物用ではないので、足首に隠しているものの代用の新しい腕輪である。

この代用品を買うために少し痛い出費になると苦々しく思っていたところ、携帯金庫を買いに行くとネアが話したところでディノがどこからか仕入れてきてくれたものだ。

前回は真珠であったが、今回は華奢な金の鎖に乳白色の宝石がついていてこちらも可愛い。


「…………枝さん」


大きく落とされた枝には、ぽわぽわした春の妖精達が集まって来て悲しげに見ていた。

不憫になってその枝をつるりと撫でると、ネアの手の横で、切り落とされた枝口に頬擦りをした水色の生き物がほろりと涙を落している。

親指サイズのアライグマのような生き物で、たくさんの芽がついていた枝を惜しむその悲しみように胸が痛んだ。


「ディノ、枝は元に戻してあげることは出来ないでしょうか?この子達がすっかり落ち込んでしまいました」

「新緑の妖精達だね。元の位置に戻せばいいのかい?」

「出来てしまうのですか?」

「このくらいの修復であればね。貸してごらん、元通りにしてあげるよ」

「………わ!ディノは凄いですね。枝が元通りになりました」


ディノに渡された枝はぽふんと元の位置に転移させられ、切断面がぺかりと光ったかと思えば瞬きの間ににはもう、元の位置に綺麗に生えていた。

ネアも嬉しくて弾んでしまったが、もっと喜んだのは新緑の妖精達で、元通りになった枝を見上げて大はしゃぎで駆けずり回っている。

足の間をすり抜けられると踏み潰してしまいそうなので、早く木の上に戻って欲しい。


「あの子達も大喜びです!…………ディノ?」

「…………弾んでる」


どうやら魔物は、自分の腕に掴まって喜びの弾みをしたご主人様に動揺してしまったようだ。

目元を染めてはわはわした後、意を決したように視線を逸らされた。

唐突にぷいっとそっぽを向かれてしまったネアは、首を傾げることになる。


「まぁ、ディノは弾んでしまう私は嫌いですか?」

「……………好きだけど、あまり見ていると危ないから」

「なぜに危険物指定されたのだ………」



春になった森には、ネアの知らないものがたくさんあった。

既に緑を多くしている枝の一角には、尻尾の丸い栗鼠のような生き物達が見事なお城を作っていたり、ネアが連れて帰りたくなるような拳大の淡いピンク色の兎が木の枝に一列に並んでひっかかったまま眠っていたりする。

視界の奥を何かが横切ったので目で追えば、夜渡り鹿とおぼしき影が走ってゆくところだった。

見事な角には椿のような花が満開に咲いており、何とも幻想的だ。


「リズモ達は水辺にいることが多いのです。もうすぐ狩り場に着きますからね。…………む」


お気に入りの狩り場にディノを案内しようとしていたネアは、編みかけの毛糸の靴下のような生き物がぶーんと飛んでいる場面に遭遇した。

緑青色に白い部分が混じっており、色としては抜群に綺麗だが、何しろ得体が知れない。

ネアは少しだけ考えたが、何やら向こう側の茂みが気になるらしいディノが余所見をしている内にと、えいっと飛び上がって球技の要領でその謎の生き物をはたき落した。


「ネア?」


不穏な気配を感じたのか、突然ジャンプしたご主人様にディノが振り返る。


「靴下めを狩りました」

「……………森編みの精霊だね」

「精霊さんだったのですね。はたき落したらお亡くなりになりましたが、高く売れたら嬉しいです」

「もしかして、素手で触ったのかい?」


ネアの告白に魔物は焦ってしまい、ネアは大慌てのディノに掌のチェックを受けた。

ネアの手がどこも欠けていないことを確認して、ディノは安堵したように深い息を吐く。

その間ネアは、足元に落ちた獲物が風で飛ばされないよう、爪先で軽く踏んで押さえていた。


「………ネア、これは高階位の生き物だし、厄介な森の毒を持っているんだ。素手で触ってはいけないよ?」

「毒を持っているとなると、他の獲物が悪くなりますか?」

「死んでしまっているから、切らない限りは大丈夫だと思うよ」

「売れないなら捨て置いて森に還すのもありですが、アクス商会で買い取ってくれるでしょうか?」

「アイザックあたりにこれを見せたら、個室に案内されるだろうね」

「では、金庫にぽいします」


ここでネアが再び森編みの精霊を指でつまんでしまったので、慌てた魔物が再度指先確認をする羽目になる。

見たことがないものが狩れてすっかりご機嫌になったネアは、過保護な魔物からぺっと手を取り戻して駆け出すと、少し先の木の影にほわりと飛んでいた毛玉を鷲掴みにした。


「ディノ、リズモです!!」

「ネア!素手はやめようか!」


慌てて走ってきた魔物にひしっと抱き締められつつ、ネアは恐怖に泣き叫んでいるリズモから無事に祝福を捥ぎ取った。


「…………良縁の祝福でした。これはあまりいらないのですが」

「ネア、赤い羽根の妖精も狩らないようにね。それから、素手で狩りをすると危ないから、手袋を用意してあげるよ。………何で、無傷なんだろう……」

「ディノの指輪があるからだと思いますよ。………ディノ、夜渡り鹿があの奥にいます。美味しいと知ったので、一匹………」

「ネア、夜渡り鹿は人間を籠絡する為に、狡猾な魔術を編める生き物だ。欲しいなら取ってあげるから、自分では狩らないようにね」

「以前倒したやつは、祟りものになっていたのでブーツを投げつけたら死んでしまったのですが、美味しいお肉を損なうことなく捕まえられますか?」


ご主人様が祟りものと化した夜渡り鹿を狩ったと聞いて、ディノは何とも言えない目をした。

これだけ老獪な魔物が、まずは手袋を用意するべきか、ネアを窘めるべきか、明らかに混乱している様子である。


「………どうだろう。食用に欲しいのであれば、市場に行った方がいいんじゃないかな」

「ふむ。確かにその通りですね。見た目が愛くるしいですし、捌くのは心が痛みます。今夜は夜渡り鹿はやめましょう」

「………そうか、だからアルテアが警戒していたのか」

「ディノ?ほら、もうすぐ湖に着きますよ。ほわ!リズモがたくさんいます!!」

「うん。近くで夜鷺が宴を開いているらしい。夜鷺は獰猛で狩人を殺すから、安心して集まっているのだろう。でも、こういう夜は魔物や妖精が集まってくるから注意するんだよ。…………ネア?!」


魔物の注意喚起もそこそこに、ネアは我慢出来なくなってディノを剥ぎ取って捨てると、春の訪れにいい心持ちでふわふわと飛んでいたリズモ達を乱獲した。

辺りは一気に凄惨な様相を帯びたが、ディノが厄介な生き物達の興味を惹かないようにと、慌てて空間を遮蔽してくれる。

とても怯えた目でリズモを蹂躙してゆくネアを見ているが、やはり狩りの姿にはときめいてしまうのか、微かに頬が赤い。

どうやら残虐なご主人様に惹かれてしまうのも、この魔物の生来の気質のようだ。


「十五の収穫です!財運が四個もありました!」

「三匹を腕輪に仕舞っていたのはどうしてだい?」

「生け捕りにして祝福を得られる機会そのものを売りとばすのですよ。冬場には、ムグリスで荒稼ぎしました」

「…………ネア」


すっかり慄いてしまった魔物に、ネアは充足した微笑みを浮かべてばすんと勝利の体当たりをする。

思っていたよりも早く成果を上げたので、幸せな気分になってきたところだ。

リズモに夢中でせっかくの春の夜の景色を見ていなかったが、目線を上げれば満月に少し欠ける大きな月を映した夜の湖は格別だ。

春の風にはどこかで咲いているらしい桜の花びらが混じり、はらりはらりと優雅に舞い散る。


ふと、ネアはディノと行く筈だったお花見のことを思い出した。

階位の高い魔物として状態保存をかけられたゼノーシュからも、系譜が違うのであまり長くは固定出来ないと聞いている。

ネア達のことを心配して自分達のお花見を延期しようとしてくれたが、こちらは大丈夫なので楽しんできて下さいと伝えておいた。

明日はいい天気になるそうなので、きっと満開の桜の下で食べるお弁当は美味しいだろう。

本来であれば、ネアとディノがその翌日にピクニックに行く予定であった。



「ほら、少し疲れただろう?あまり無理をせずに今夜は帰るかい?」

「ふふ、このくらいで疲れていたら狩りの女王ではありませんよ。湖に映る月の光がとても綺麗なので、思わず見惚れてしまっていました。………ディノの髪の毛も月光できらきらとしていて、とても綺麗ですね」


ネアが少し黙ってしまったからか、労しげに頬を撫でたディノが、視線を湖の方に戻して微笑む。

そっと後ろから腕の中に囚われて、春の夜の森について教えてくれた。


「こんな夜には、春宵の魔物が月明かりの下で森の乙女達と踊っていることがある。彼は乙女達を殺し合わせたりと厄介な魔物だから、春の夜に森の中で舞踏会を見かけたら近付いてはいけないよ?」

「そんな風に出現する魔物さんなのですね。ディノに教えて貰わなかったら、綺麗だなと近付いてしまいそうでした。気を付けますね」

「それと、夜鷺が宴をする場所にも近付かないように。あちらの、ナナカマドの茂みの向こうにオークの木が見えるだろう?その木の奥で酒盛りをしているからね」

「夜鷺さんが宴をしてくれているお陰でリズモがたくさんいたようなので、宴の邪魔はしないと誓います」

「夜の光や、春の呼気を求めて、この森の住人ではない生き物達もやって来る。満月の夜よりは随分いいけれど、やはり危ないのも確かだよ」


どこからか風に乗って遠い喧騒が聞こえた。

月光にけぶる湖の奥からは楽しげな音楽が聞こえ、けれどもどこかそら恐ろしい異質さも滲む。

ここにあるのは決して人間の領域ではなく、人外者達の饗宴なのだろう。


「ディノ、春闇の竜さんを知っていますか?」

「霞のようなあわいの者達だね。春の夜や木の影に揺蕩う者達で、美しいばかりで無害だけれど、彼等がいないと春の夜や陰りは美しくならないと言われている。とても高位だが、実体化することは稀だから、あまり人間に危害を加えることもないよ。ただし、春闇に魅入られると絶望して衰弱死してしまうそうだから、あまりじっと見ない方がいい」

「むぅ、衰弱死させてしまうのは悪い奴なのでは……」

「その美しさに絶望するのだそうだ。春闇の竜は己を愛する者が多くてね。同族では番うそうだけれど、他の種族を愛することは滅多にない」

「…………しっかり実体化していて、人間だけではなく、妖精さんや魔物さんを食べてしまう方がいるそうなのですが」


ネアの言葉に、ディノはああと頷いた。


「ダナエのことだろうか。白を持つ、春闇の禍子だね。春闇に向けられる畏怖や恐れから生まれたと言われているけれど、彼は随分と古い生き物だから定かではない。私は見たことがないけれど、先代の白夜が随分と手こずらされていたようだ」

「ということは、強い竜さんなのですね………」

「畏怖から生まれた者だからね。………ネア、もしかしてその竜を飼いたいのかな?」

「む。……竜を飼ってはいけない代わりに、ディノがずっと傍にいてくれるのですよね?」

「そうだよ。だから君は、あまり余所見をしてはいけないよ」

「…………心がひやりとしました。浮気はしませんので、自由を取り上げないで下さいね」

「……………そうだね。こんな風に森を歩くだけでも喜ぶのなら、君にはたくさんのものを見せてあげたいな」


ぽつりと、ディノはその言葉を口にした。

出会ったばかりの頃、ディノがよく言っていた言葉だ。

やはり同じようなことを言ってくれるのだと思えば、何だか幸せな気持ちになる。


「…………ディノ、私はディノがそう言ってくれるのがとても大好きなんです。大事に大事にしてくれているようで嬉しくなるので、私もこの魔物をずっと大事にしようと思ってしまいます。ディノがそう言う言葉をくれたから、私はディノのことを安心して大好きになれたのかもしれません。…………ディノ?」


微笑みかけてそう話してやれば、魔物は久し振りにくしゃりとなってよろめいていた。

片手で顔を覆ってしまっているので、少し大きめのダメージが入ったらしい。


「…………どうしよう、可愛い」

「…………ディノ、ところで少し前から気になっていたのですが、あちらの木の影で梟の魔物さんが震えています」

「さっき追い払ったつもりだったのだけれど、付いて来てしまったのかな……」

「良かった、気付いていたのですね」


大きな木の影からこちらを見ているのは、一度見たことのある梟の魔物よりは随分小さい梟のようで、ネアの背丈より少し大きい程度のサイズである。

ディノを見ては打ち震えているので、魔物の王様との遭遇にはしゃいでしまっているようだ。

舞い上がって震える度に、かさかさと音がする。

今回の梟は焼け焦げた新聞のような柄なので、春の夜に相応しくないそこそこ狂気的な光景であった。


「排除して来よう」

「ディノに憧れて付いてきてしまっただけのようですし、悪さはしていません。離れているように命令するだけでいいと思うのです」

「君は嫌じゃないかい?」

「ええ。近くにいると、かさかさ音がしてびくりとなるだけですから」

「では、向こうの森に捨てて来ようかな……。ネア、少し離れるけれど守護はかけてあるから逃げないようにね」

「むぅ。ご主人様は野生ではないので、手を離したからといって森に帰ってしまったりはしないですよ?大人しく待っていますね」


しかしネアは、その言葉をすぐさま撤回する羽目になった。

ディノが梟の魔物の説得に入ってすぐに、湖の中から見たこともない奇妙な生き物がざばりと這い上がってきたのである。



「………………竜でしょうか?」


その生き物は、ふさふさの白い鬣を持つ大柄な牡鹿の姿に、竜の頭と大きな鷲の翼を持つ生き物だ。

体には毛皮の隙間から白緑色の鱗が見える。

毛皮と角の淡い白緑と翼の裏側の檸檬色が際立ち、何とも春らしい色彩で美しい。

ネアが綺麗だなと見惚れていると、その生き物は翡翠色の瞳に明らかな敵意を浮かべて、鋭い牙の並んだ口を大きく開いた。

視界の端に見えた足先には、蹄ではなくネコ科の猛獣のような見事な爪がある。


「む。初対面で早々に荒ぶるとは、困った生き物ですね」


牙を剝いて威嚇した上に飛びかかろうと翼を大きく広げたので、ネアは仕方なく応戦することにした。

咎竜の件があるのであまり猶予を持たせず、呪われたりする前に斃してしまおうという魂胆である。

喋る前に喋れなくしてしまおうと考える残忍な人間に出会ってしまったとも知らず、その生き物は翡翠色の瞳にどこか嗜虐的な光を浮かべた。


「ていっ!」


来るべき日の決戦の為に、ネアは回し蹴りに磨きをかけている。

なぜかヒルドが熱心に指導してくれるので、足の角度もばっちりなのである。

目の前の脆弱そうな人間があまりにも凶悪なブーツを履いていることなど知らず、謎の生き物は一撃で昏倒した。

因みにこのブーツには、反撃しようとした敵が嚙み付けないという邪悪な呪いまでかかっている。

ダリルが強化してくれたのだ。


どすんという音がしたせいか、梟の追い出しに苦戦していた魔物が慌てて振り返る。


「…………ネア?」

「ディノ、梟さんが片手であろう部分を差し出しています。最後に握手して欲しいのでは?」

「………この梟は、なんで出て行かないんだろう」

「時々、あまりにも熱い憧れは恐怖や常識さえも払拭してしまいますからね。叱られるよりも、嫌われる方が嫌がるかもしれませんよ?」

「それを試してみよう………」


万象の魔物を困惑させるぐらい、木の影の梟のファン心は止まらないようだ。

しかし、ディノに握手をして貰えると、喜びのあまりに心が爆発してしまったのか、こわこわの紙屑のように丸まってしまってあっという間に風に飛ばされていった。

あまりにしつこいと嫌いになると脅す間もなく、ディノはどこか呆然とした様子で梟が飛ばされて行った方向を見ている。


「…………終わったよ。もうこちらに来ても大丈夫だからね」


そう安全を保証してくれたディノが悲しげな目で項垂れたので、ネアは倒した獲物を掴むと引き摺ってそちらまで歩み寄った。

図体の割には軽いので、これも不思議である。


「あらあら、なぜか落ち込んでしまいましたね」

「よくわからない行動をされると気持ち悪い」

「あれは、ファン心理というものです。まだ私物を盗んだりするほどの悪いものには変化していないようなので、あのくらいであれば可愛らしいところだと思いますよ。不安になってしまうようであれば、劇場の演者さん達の対処法を学ぶといいかもしれませんね」

「うん…………」


しょんぼりした魔物を撫でてやろうとして、ネアは己の手をじっと見た。

よくわからない生き物を触ったので、汚くはないだろうか。

伸ばした手を引込められてしまったディノが、不思議そうな顔をする。


「……………ネア?」

「変な生き物を触ったので、汚れていないか心配になりました。ディノの髪の毛が汚れたら一大事です」

「リズモなら、さっき見たけれど汚れたりはしないと思うよ」

「鹿さんみたいな、翼と鱗のある謎の生き物です」

「……………え」


絶句した魔物に、ネアは引き摺ってきたその生き物を見せようと、もう片方の手で獲物を引っ張った。

どうやら足元にある茂みに引っかかってしまっていたので、ディノからは見えなかったようだ。

がさっとかなり強引な音がして、ずるりと謎の生き物が引っ張り出される。



「……………ネア」

「湖の中から上がってきました。こちらを見るなりとても荒ぶっていましたので、ブーツで攻撃してしまいました。死んだかどうかは定かではありません」


そう説明したご主人様に、魔物は見るからにしゅんとしてしまう。

少しだけふるふるしているので、もしかしたらとても怯えているのかもしれない。


「ごめんなさい、ディノ。残虐過ぎて怖くなってしまいましたか?しかしながら、狩りとは本来残虐な行いなのです!善意から手加減して、うっかり呪われたら一大事ですので、先手を打って倒してしまいました」

「…………ネア、これが夜鷺だよ」

「む。…………こやつが夜鷺」

「多分、夜鷺の王族だと思う。まだ息はあるようだから、群れに返して来ようか」



ディノの説明によれば、夜鷺は群れで生活する生き物であり、夜鷺が死ぬということは夜が荒れるという印になってしまうので、とても不吉なのだそうだ。

夜鷺の死体からはとても醜悪な凝りの竜などが生まれるそうなので、殺さないで良かったのだそうだ。

しかし、獲物を手放すのは少し悔しいネアは、馬の尻尾のような長い毛がふさりとしていた尻尾部分をばっさり刈り取ってやり、今後狩りの女王を襲ってはならないという戒めとした。



宴の最中にふらりと遊びに出た王様を探していた夜鷺達は、突然現れた魔物の王と、自分たちの王を引き摺って歩いてきた人間にひどく狼狽していた。

逆恨みされても怖いので、ディノがさらりと威嚇しつつ、夜鷺の王様自身の不手際により、人間にお仕置きをされてしまったことを伝えてくれたのだが、王様を引き摺って登場したネアを見た瞬間から、他の夜鷺達は団子状に固まって震えていたので心配はなさそうだ。


敵意はないことを示す為に微笑んで近付いたのだが、やはり怖がらせてしまったようだ。

夜鷺の王を代わりに持って行くと申し出てくれたのに、狩人の責任として最後まで運ぶと言い張ったご主人様の所為で、魔物もとても疲れたようである。



「さ、今夜も良い運動をしたので、帰ったら打ち上げにしましょうね」

「……………アルテアが話していた意味が、よくわかった」

「でも今日は、そこまで問題は起こしていませんよ?」

「…………これでなのかい?」

「ふふ。竜も雪食い鳥も狩っていませんしね」

「ネア…………」


森からの帰り道、ネアは久し振りに森の賢者を発見した。

夜の盃はとても重宝しているので、小走りに駆け寄ってお礼を言おうとしたところ、震え上がったどんぐりは、さっと平伏して謎のスプーンを献上してくれた。

献上品なので有難く頂戴し、労ってからその場を後にする。



「最後の最後まで、良い収穫がありました!」

「ご主人様…………」



ディノも震え上がっていたので、ご主人様を崇める為の良い躾にもなったようだ。








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[一言] 笑うという行動は本来攻撃的なものでうんたらかんたら まーた王狩ってるよ
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