お見合いと襲撃
その日、アルテアは酷く不機嫌だった。
不機嫌も何も、軒並み全ての者の顔が帆立に見えるのだから苛立ちもするだろう。
「…………お前の場合、胴体との境目がわからないせいで、ほとんど帆立だな」
「ピ?」
「どこに水槽ごと焼いて食べる馬鹿がいるんだ。だから呪われたんだぞ」
「ピッ」
しかしこの場合、面倒臭いという理由で水槽ごと市場中の帆立を買い与えてしまったアルテアも悪いと、思わず対策方法を相談してしまった書架妖精に言われた。
理不尽な弾圧や大規模な殺戮の場にこそ、祟りものは顕現し易い。
水槽ごと燃やして食べてみようと思えば、それはあまりの仕打ちと帆立も祟りたくなるだろう。
元々乱獲への憎しみを溜め込んでいたらしく、その出来事で一線を超えたようだ。
結果、帆立は祟りものになり、燃やした水槽に塩をかけて齧っている星鳥の首根っこを掴んで叱っていたアルテアに呪いをかけた。
「にしても、相手の顔が帆立に見えるのはないわね」
そうまとめたのは、仕事の完了報告に来たシシィだ。
そちらを向くと帆立頭の妖精が見えてしまうので、アルテアは視線を逸らしている。
「まったく、呪い続きだ」
「まぁ、励ましてあげる為に言うけど、私の今回のドレス凄いから。どうせ、数日で解決しちゃうんだろうし、春告げの舞踏会を楽しみにして引き篭もっているといいわ」
「で、結局どんなドレスにしたんだ?」
「淡い白と菫色に、刺繍の入ったドレスよ」
「………限りなく詳細を省いたろ」
「うふふふ。花嫁のドレスと同じことだもの。当日に見る楽しみがあるでしょ?大丈夫よ、あの子はきちんとしたお嬢さんだし、上品で可憐なドレスにしたわ。そもそも、不本意なドレスを着るような子じゃないでしょ?」
言われてみればその通りなので、特に心配はしていなかった。
ネアであれば無難に着こなすだろうし、この妖精が作るものが気に入らなかったこともない。
問題は、この帆立の呪いを解くまでにどれだけ時間がかかるかだ。
祟りものの呪いは場合によっては一生ものだが、幸いこの手の呪いを解くのは得意だった。
( 二日あれば何とかなるだろうが……)
ダリルに相談したのは、その二日でも耐え難かったからであるが、解けるだけマシだと思えと言われるばかりだった。
しかしその二日目に、よりにもよってという邪魔が現れたのだ。
「おい、数日は出れないと言った筈だぞ?」
「予定の都合がつかなかったのだから仕方あるまい。私は義理を果たしたからな」
「………義理なのか、これは?」
ヴェルクレアの王都には様々な人外者達がいる。
ウィームの充実ぶりは異常であるが、本来のその国の王都には最も潤沢な種の契約の生き物達が駐在しているのが常である。
その中の一人のシーが、死者の王に頼まれたという星鳥と火薬の魔物の縁組を、ヴェルクレアの第一王子に申し出たようだ。
当人は心から嫌がっているそうなので、ただの嫌がらせだろう。
「グレナリアからも、あまり調子に乗らせないよう、少し灸を据えた方がいいと言われているからな。一度その鳥と会わせれば、懲りて死者の王の不興を買うこともなくなるだろう」
「ウィリアムを怒らせた奴の尻拭いを、どうして俺がする必要があるんだ」
「さて、私は預かり知らぬところだが、そなたも同じように死者の王を不愉快がらせたのではないか?」
「…………合成獣の件をまだ根に持ってるのかあいつは」
「念の為に聞くが、それはいつのことだ?」
「数日前だが、どうした?」
「数日前なら、まだ腹を立てていても仕方あるまい。ところで、なぜこちらを見ないのだ?」
「…………聞くな」
その話を受けたのは、暇潰しを兼ねてである。
断る理由をつけるのも厄介であったし、どうせなら他の魔物の不快指数を上げて、憂さ晴らしでもするのも悪くない。
(なぜか最近、ルドルフに執心だしな……)
最初に引き取ってきた晩にうっかりその存在を教えてしまってから、この星鳥の寝床にはいつもルドルフの瞳の色の宝石がしまい込まれている。
そろそろ洒落にならなくなってきたので、ネアあたりに叱らせよう。
ルドルフを選ぶくらいであれば、こちらの魔物の方がヴェルクレアの魔物なのだし良いかもしれない。
星鳥は狭量な気質なので王都は多少荒れるだろうが、アルテアとしては厄介な生き物を手放せてせいせいする。
そう考えかけて顔を顰めた。
(………と言うか)
「………悪くないが、あいつは男だがな」
「ピ?」
「お前の伴侶候補だ。残念ながら同性だが、女に見えなくもないぞ。会ってみるか?」
「ピ!」
わかっているのかわかっていないのか、相手が男性だと言われても星鳥は大いに興味を示した。
帆立にしか見えない、はしゃぐ星鳥を摘み上げて転移すると、ヴェンツェルが示した座標に容赦なく入り込む。
そもそもの階位が違うので、居城への侵入は容易かった。
突然自分の城に入り込まれて驚いたのだろう。
がたっと椅子を揺らして振り返った漆黒のドレスケープ姿の魔物がいる。
「ア、アルテア?!」
ぎょっとしたような声と服装で当たりをつけてそちらを向いた。
今気づいたことだが、頭部が帆立に見えるということは、相手の表情が見えないということだ。
服装や声を把握していない場合は個人を特定出来ない上に、表情の変化が見えないのでかなりに難儀しそうだ。
これは、なかなかに厄介な弊害でもある。
「ウィリアムから、お前がこの鳥の伴侶に立候補したがってると聞いてな」
「し、したがってない!ウィリアムが勝手に言い出したことなのだ。と言うか、まさかその手に持っているのがそうなのか?……と、鳥ではないか!まさか本当にただの鳥だとは、僕も思ってなかったぞ?!」
「………だそうだ。気に入ったか?」
「ピ………」
掴んだ手にぶら下げられた星鳥からは、気乗りのしない鳴き声が返ってきた。
これでもかなり好みはうるさいようで、気に入らない世話係も受け付けない高慢さなのだ。
「残念だったな。こいつのお眼鏡には叶わなかったようだ」
「………アルテア、本気で言っているのか?」
唐突な訪問での動揺が去れば、火薬の魔物は己の調子を取り戻すべく、愚かにも声に嘲笑を滲ませた。
手で掴んだ部分から、星鳥がむっとしているのがわかったので、一応窘めておく。
「おい、あいつは食うなよ。あれでも国益には適っているんだ。不用意に殺すと、お前の育ての親の住む国が無くなるからな」
「ピッ?」
「何で突然理解力が下がるんだよ………」
空々しくとぼけた星鳥は、体を膨らませて手の拘束から逃れると、ぼとりと床に落ちた。
「…………星鳥か。確かに白いがまだ幼鳥ではないか。だいたい、こんな鳥を伴侶にするなど、悪ふざけにも程が…」
イヴリースとは、あまり個人的に会いたいと思ったこともないので接触をせずにきた。
この魔物が敬服するのは終焉と万象だけだと聞いているが、ともかく不注意なのはよく分かった。
得体の知れない生き物を無闇に足蹴にしようとした結果、爪先を失う魔物とはいかにも愚かである。
途切れた言葉に押し殺した悲鳴が重なり、目の前では悶絶する帆立頭の魔物と、魔物の足を貪る帆立の姿があった。
帆立の呪いのせいで、あんまりな絵面にうんざりする。
「それ以上は食うなよ。軽傷以上の損害を与えたら、あいつにどやされるからな」
「ピ」
「しかも不味いのかよ!」
「ピギ………」
齧り取った爪先の味が気に食わなかったのか、星鳥は口直しに近くにあった机を食べ始めた。
実用一辺倒のものなのでさしたる感慨はないが、それでも王都の騎士の一年分の稼ぎくらいはする代物だ。
「な、何なんだこの鳥は…………!!」
星鳥が食べ散らかした欠片を集めて修復を早めつつ、火薬の魔物はようやく慎重さという美徳に目覚めたのか、充分な距離を置いてから手元に愛用の長銃を取り寄せてしっかりと握り締めている。
爪先の修復など一瞬だろうに、あまりにも想定外の攻撃だったからか、対応にぶれがでているようだ。
「お前、…………さては案外柔軟性がない奴だな」
「………まさか、悪食の魔物なのか?僕の固有結界に阻害されないのはどうしてなんだ……」
「因みに忘れてるといけないから言っておくが、固有結界を無効化出来るのは自分より階位が上の魔物だけだ。お前より階位が高いらしいぞ」
「………この鳥が?」
「ピ?」
じろりと振り返ったらしい星鳥に、火薬の魔物は慌ててまた距離を置いた。
懲りない馬鹿なのか、案外素直なのかどちらかなのだろう。
「ま、婿入りしないで済んで良かったな。階位が低いなら、尚更断る余地もなかったことだしな」
「………この鳥の方が階位が上?」
「悪夢の精霊王もつまみにしてきたくらいだから、あながち公爵位程度はあるかもしれないぞ」
「…………悪夢の精霊王を?」
まだ若い魔物はすっかり怯えてしまったので、さすがに飽きてきた。
この場にこれ以上留まっても愉快なことは何もないだろう。
「おい、帰るぞ。さっさと食い終われよ」
「ピ」
「反抗的なのは何でなんだ。こいつが気に入ったのか?」
「ピ」
「気に入らないならいいだろ。ほら、何を見て………」
帆立の呪いのせいで気付かなかったが、どうやら先程から星鳥は火薬の魔物の銀色の長銃を見ているようだ。
イヴリースも視線に気付いていたのか、そろりと背中の方に銃を隠そうとしている。
「………その銃はそいつの核だからな。さすがにやめておけ」
「ピ?」
「何でも首を傾げりゃ許す訳じゃないからな?」
「ピ?」
「お前の育ての親のところに連れて行ってやるから我慢しろ」
「ピ?」
「伴侶以外には薄情と言われる種だけあるな。食い気の方が強いのか………。じゃあ、帰りにまた貝を買ってやる。ただし、帆立はもうなしだ」
「ピッ!」
それでどうにか懐柔出来たらしく、星鳥は向きを変えてこちらに歩いてきた。
一瞬待とうとも思ったが、あまりにも歩幅が短いので掴み上げに行く。
重いというよりは、手に持つには邪魔な大きさになってきた。
「それと、」
「な、何だ?!」
帰り際に振り返れば、長銃を抱き締めて声を荒げたイヴリースに片方の眉を持ち上げる。
「あんまり、ウィリアムに目をつけられるなよ。この程度の報復なんぞ、軽い方だぞ?」
「…………僕はただ、ウィームの歌乞いに…」
イヴリースは反論しかけて、ぴたりと止まった。
言ってはまずい言葉というものを思い出したらしく、こちらも、帆立に見えるままであっても、失言に凍りつく様は見えるのだなとおかしなことに感心してしまう。
「ほお、ウィームの歌乞いに興味があるのか?」
「な、ない…………」
「俺はもうお前に飽きてきたから予め言っておくが、ウィームの歌乞いの契約の魔物は、シルハーンだからな」
「……………え?!」
「因みに、その歌乞いはこいつの名付け親だ。下手すると不味くても食われるぞ」
「ピッ!」
「…………名付け親」
「あいつは俺のお気に入りでもあるな。多少国が荒れてもお前を排除しようとは思わせてくれるなよ?最近は苛立つことが多くてな。気が乗らない暇潰しにも、手を出してみようと思わなくもない」
イヴリースが黙ったので、とは言えこの階位の魔物が言われっぱなしなのは妙だなと思えば、どうやら名付け親の害敵を排除するべく、掴み上げられたまま暴れている星鳥を慄きながら見ているようだ。
(………確かに、得体の知れないものの方が恐ろしいか)
ある程度高位の魔物は皆、己が司るものの王だ。
故に魔物は高慢でもあるし、他の種族のように系譜の年長者を一概に敬うこともない。
その矜持から、階位や力の差が歴然であっても牙を剥くのも然り。
だが、己の理解を超えた奇妙なものというものは、その種のしたたかさすら軽々と踏み越えて、これだけの生き物の思考すら容易く混乱させてしまう。
星鳥と言うものは宝石を生むので珍重されはするが、魔物で言うところの爵位持ちにも満たない魔術可動域の生き物だ。
美しく育つのは庇護者を得るという保身の為であり、即ち、本来は自分の身を守ることも出来ないくらい脆弱な生き物なのである。
そこらにいる雪鼠よりか弱い筈の生き物に捕食されたのだから、確かにイヴリースとて怯えもするだろう。
「イヴリース?」
「………歌乞いには、決して危害を加えない!だから、早くその鳥を連れ帰ってくれ!!」
「だそうだ。ほら、落ち着け」
「ピ!」
「この階位を食われると、後継者を育てるのが厄介なんだよ。諦めろ。さっきも言ったように、これでも国防の要だからな。……ただ、イヴリースがヴェルクレアとの契約を破棄したら、すぐにでも食っていいぞ」
「ピッ!」
「…………絶対に破棄しない」
火薬の魔物のこの上ない国への執着を得られたのだから、不本意にも良い仕事をしてしまったようだ。
後日、ヴェンツェルからも、イヴリースが随分と聞き分けが良くなったと聞かされ、そりゃそうだろうなと思う。
どんな死に方でも構わないのだとしても、星鳥の餌になるのは嫌だろう。
しかしその後、星鳥の伴侶候補は、同性と無機物だということがわかった。
同性の理想の方が嫌な予感しかしなかったので、自身の城を手放すことで何とか身の安全を確保したが、よりにもよって自分の城だったせいで、縁としては切れない位置に居座られたことにもなる。
イブリースから話を聞いて興味を惹かれたそうで、白夜の魔物がちょっかいをかけて返り討ちに遭い、以降より信奉者になるという事件を経て、星鳥の守りは盤石なものになったのだと思う。
そんな特異な生き物を見てみたいと思った者は、ルドルフが排除しているようなので面倒を見る機会が減ってきたのが幸いだ。
元は選択の城であった場所に白夜が日参するという訳のわからない現象となってはいるが、悪名高い星鳥を損なおうとする者はいなくなった。
春告げの舞踏会では、…………ある意味想定内ともいうべき騒動に巻き込まれた。
異端のものが及ぼす影響の強さと言う意味では、ネアもあの星鳥と同じなのかも知れない。
来年の舞踏会のときには、どんなドレスを仕立てるのか、必ず自分の目で確かめようと思う。