104. 一週間の謹慎を申し付けます(本編)
カチリと時計の針が音を立てる。
リーエンベルクの時計の針が小刻みに音を立てることはないが、時間的な節目になると、ガラスベルを鳴らすような澄んだ音で、地味にカチリと鳴るので意外に重宝しているのだ。
朝食からお昼を飛ばして午後のお茶の時間になってしまったことを知り、食い道楽でもあるネアは呆然と時計を見た。
ものすごく悲しいので、一刻も早く何かを胃に放り込みたい。
まさに悪夢の弊害である。
「ネア、お前ならやると思っていたが、悪夢に入ったのか………」
そう渋い顔で言いながら部屋に入ってきたのは、エーダリアだ。
肩にファーのように銀狐を乗せており、一緒にディノと、どこか萎れた様子のアルテアが戻ってきた。
ヒルドは館内の遮蔽空間を見ているらしく、そちらの妖精達の報告を聞いてから合流するらしい。
「そちらの悪い奴に放り込まれました」
「ノ………ネイも警戒していたが、やはりそうなったか………」
「…………ネイ?」
あまり覇気のないままのアルテアが反応してしまったので、エーダリアはしれっと説明する。
「少し前からこちらの相談役を受けている魔術師だ。ボラボラの街で一緒だっただろう」
「…………おい、どっから連れて来たんだ」
「なぜに私を見るのでしょう。お庭で拾ってきたんですよ」
「妙なものを拾ってくるのはお前ぐらいしかいないだろうが。……………庭?」
「お庭で、雪蛍を踏んで動けなくなっていました」
「…………あの魔術師がか………?」
「世の中には、不思議な出来事がたくさんあるものです」
「信用出来るんだろうな…………?」
「この流れで、よくもそんな質問をしてみようという勇気がありましたね!咎竜の周りでも、それ以外のところでも、とても頼りになった素敵な仲間です!」
しかしネアがそう言えば、歓喜に打ち震えた銀狐の尻尾がぶわりと膨らんでしまったので、エーダリアが慌てて手で押さえていた。
ウィリアムが静かにそちらを見ているので、終焉の魔物は答えがわかったのかもしれない。
「すみません、家事妖精達の遮蔽空間を見ておりました」
そこでヒルドも到着したので、一同は席に着いた。
災厄ご飯こと、少しだけ災厄寄りのメニューで軽食が並べられ、ネアの目が鋭くなる。
ご主人様が空腹だと察知したのか、ディノが自分のお皿もそっとこちらに押し出してくれた。
ドライフルーツのタルトを一切れ搾取することにし、ネアは心を満たすべく、もしゃもしゃと頬張る。
そこでまず、今回、異例の悪夢が発生した原因が語られた。
ディノは随分と簡単に説明してしまったが、なかなかに衝撃的な理由だったので、部屋には何とも言えない沈黙が落ちる。
(でも、言われてみればほこりは海産物を喜んで食べていたみたいだし、大きな巻貝がいれば齧りついてしまうかも?)
つまりのところ、ネアからすれば悪夢の精霊王の危機管理の脆弱さが露見しただけの事件である。
寧ろ、巻貝姿の精霊王が、実際に貝な中身であるという大発見ではないか。
そんなことを考えながら、いつもより少なめのハムをどこで運用するか思案していた時だった。
「…………………アルテア?どうしました?」
訝しげなウィリアムの声に視線を持ち上げると、ネアの向かい側で、萎れを通り越して目が死んでしまった選択の魔物がいた。
先程、繊細なグラスで白葡萄酒をいただいてからその目になっており、念の為にパンやチーズも食べてみたようだ。
「………………ネア、これか」
「あら、これとは何でしょうか?」
「お前の報復は、味覚の操作だろう」
素敵な山羊のチーズをいただきつつ、香辛料入りのフレッシュバターも確保しながら、ネアはテーブルの上を静かに見渡したアルテアに微笑みかける。
銀狐ですら心配そうに見ているので、そろそろ報復内容を教えてあげるべきだろうか。
「一週間きっかり、口にする全てのものが激辛スープの味になる呪いです」
「うわ、えげつないな」
本人は宣言の直後にかくりと項垂れたので、代わりにウィリアムが感想を述べる。
エーダリアがどこか遠い目をして、その呪いを構築したのはダリルなんだろうなと呟いた。
やはりその手の呪いの界隈では、ダリルの作品だと判断するのが一般的なようだ。
ヒルドはアルテアの悲劇には興味がないらしく、穏やかに食事を続けるようだ。
「ちなみに味は選べましたので、ガーウィンの名物である、ちょっと意味がわからないくらいに激辛で、尚且つ山椒系の痺れも伴い、苦みまである嫌な味のものにしてあります!」
「アルテアは食事には拘るからな。いい選択だと思うぞ」
「ネア、そんな呪いを持ってたんだね………」
「悪い奴用の武器として、ダリルさん作の心を抉る呪いの類は豊富に取り揃えております」
「……………後からもう一つ足したのは何なんだ………」
「一週間きっかり、皆から笑われてしまうような、珍妙な服飾嗜好になる呪いです」
「…………………やめろ」
「そして、反省度合が足りないようであれば、期間を延ばす所存です」
ごすりと音がしたのでパンから顔を上げれば、アルテアが見事にテーブルに沈んでいた。
とても心が傷付いているようなので、是非に反省を深めて欲しい。
しかしながらネアは残虐な人間なのだ。
ここでもう一押しとして、残酷な現実を伝えておこう。
「因みに後者の呪いは欲求にも繋がりますので。駄目だとわかっていても、みんなに笑われるような恰好がしたくて堪らなくなります。ご用心下さい」
「…………………そうか」
囁く程の声で反応があったので、ネアは最後の最後でまた駄目押しをしておいた。
「以前この呪いにかかった妖精さんは、自慢の長い髪を切り落として坊主頭になってしまったそうですので、髪の毛を失わないようにご注意下さいね」
「へぇ、アルテアの新しい髪型も見てみたいですね」
「…………………」
とうとうウィリアムの言葉にも反応がなくなったので、死んでしまったようだ。
無事に断罪を終えたネアは、お皿の端に避けて取っておいたお気に入りのハムに専念する。
ネアなりにディノの負傷で心を損なったので、たくさん栄養補給しておこう。
(アルテアさんが、激辛料理が嫌いだと聞いておいて良かったわ)
以前の定例会で、アルテア自身がそう話していたのだ。
適度に辛い料理は好きだが、旨味も感じられなくなるような激辛料理は大嫌いなのだそうだ。
それを執念深く覚えていたので、こうして素敵な呪いを選択出来ている。
「…………それと、アルテアは暫くリーエンベルクの裏側に留まることになった。これから半月の間、無償労働で借りを返すのだそうだ」
少し不憫そうに切り出したエーダリアに、ネアは隣の魔物の表情を窺う。
先程二人で出て行ったので、何か話すのだろうなと思っていたのだが、この件だろうか。
ネアの視線に気付いた魔物がこちらを向き、ふわりと艶麗に微笑む。
「ネアは、この前の無償労働の権利を喜んでいただろう?ずっとこの中に置いておくと邪魔だから、影絵からアルテアの屋敷に繋げさせて、半月の間は通いで仕事をして貰うことにしたよ」
「その権利は、エーダリア様達も使えるのですか?」
「うん。前に君はダリルにその権利を譲渡していたし、彼等も使えた方が喜ぶかなと思ったんだけど、これでいいかい?」
「ディノ、素敵なお仕置き方法です!」
「これでいいみたいだね、良かった」
「エーダリア、実は提案があるんだが」
そこで品よく食事を終えたウィリアムが、一つ提案を挟んだ。
ぱっとそちらを向いたエーダリアの表情がどこか幼くなるので、やはり完全に懐いたのだろう。
そこは先人たる立場を誇示するべく関係性を上げたので、もはやネアはこの程度では動揺などしない。
「俺の方でも少し手をかけたいことがあるんだ。場合によっては数日、こちらに滞在しても構わないか?」
「そんなことか!この通り現在のリーエンベルクは部屋が随分と空いているし、好きなだけ使ってくれ」
「懐きましたね……」
「やれやれ、ウィリアム様の仕事の邪魔をしないといいのですが」
どこか嬉しそうなエーダリアに、ネアとヒルドはこっそり言葉を交わす。
ヒルドに危機感のようなものがないのは、教え子が完全に術式に目が眩んでいるのがわかるからだ。
基本、魔物との距離感は上手に取れるエーダリアなのだが、鳥籠の魔術を教えてくれたウィリアムへの好感度はとても高くなってしまったらしい。
しかし、代わりに銀狐の尻尾は嫉妬のあまりにけばけばになっている。
「ヒルド、私とてそこまで浅はかではないぞ?」
「ではなぜ、術式をメモする用の手帳を取り出したのでしょう?」
「……………い、いや、これは条件反射でだな……」
「ウィリアム様、この通りですので、強請られても無理にご教授いただかなくて結構ですからね」
「はは、構わないよ。滞在させて貰うんだ。エーダリアの時間が空けば話ぐらい幾らでもしよう」
「お手数をおかけします。もし喋り続けるようでしたら、黙れと言われれば正気に戻りますので」
「そうなんだな。いざというときには言ってみよう」
「ヒルド…………」
話をしている最中に、外は激しい雷雨になっていた。
貴重な最後の雪が溶けてしまうのではと心配になったネアは、降り注ぐ雨が濡らしているのが夏草の茂った地面であることに気付く。
明らかにリーエンベルクの庭とは違う大地なので、誰かの悪夢が展開されているのだろう。
「ディノ、お外がいつの間にか夏になっています」
「おや、これは階位のある者が見る悪夢だね。小さな精霊や妖精のものにしては、整合性がとれている」
「……………ヒルド、家事妖精は遮蔽地に揃っていたか?」
「ええ。他の者も、時間点呼に欠けた者はおりませんでした。ディノ様の申請の後で外部侵入者があった気配もありませんし、妙ですね」
少しざわついたリーエンベルク勢だったが、そこはディノが原因をすぐに突き止めてくれた。
「安心していい、これは亡霊の悪夢だよ。中央棟に出る、青いドレスの亡霊のようだ」
「首無しの寵姫か…………。確かにあの亡霊の現れる一角は、完全遮蔽地の境目にあるな」
「亡霊はあわいの者だからね。ある程度遮蔽していても、悪夢の側に流れてしまうこともある」
「あの方は確か、ウィームで処刑されたのだ。悪夢を抱えていても不思議はないかもしれない」
完全遮蔽地とは、エーダリアが展開している鳥籠の魔術の内側で、元々リーエンベルクが悪夢の遮蔽として持っている空間のことである。
この部屋もそうだが、鳥籠と二重の運用になるので、その区画では誰もが気を抜いていられる素敵な場所だ。
その代わり、悪夢が荒れてしまった現在、鳥籠の魔術は少しだけ壁を薄くしてあった。
ここまで波のある悪夢を頑なに弾くとかえってひび割れが出てしまうそうで、淡く浸透する悪夢は害のない程度の景色の変化をもたらすのだとか。
ネアの場合、害のない程度の視覚的攻撃性となると確実に蜘蛛を見るに違いないので、その区画には決して近付かないようにしている。
「あの首のないご婦人が処刑された亡霊さんだとすると、リーエンベルクで悪さはしないのですか?」
そう首を傾げたネアに、ヒルドが説明してくれた。
「あの方は、ウィームの内戦時に革命軍に囚われて処刑されました。故に、亡霊になって安全なリーエンベルクに戻り、自分の子が継いだこの王宮を微力ながらに守護していると言われています」
「ウィームにも内戦があったのですね………」
「ネア様もご存知の、カインに落ち延びた王が治めた時代ですね。あの頃は国も魔術も豊か過ぎましたから、多過ぎる王族同士でも諍いが絶えなかったようですよ。その結果最後に起きたのが、軍部の蜂起に始まる革命だったと伝えられています」
当時のウィーム軍には、かなり手練れの魔術師達が揃っていたのだそうだ。
基本的に魔術の貴賤は血筋に左右されることが多い。
王族の庶子達も多く在席した軍の力は強く、一時はそちらに国を占拠されかねない状況が続いた。
しかし、結果として国を平定させたのは、それまで表舞台に出てこなかった当時の第三王子と第四王子であると言われている。
これもまたウィーム国民にありがちな理由だが、趣味人として音楽や芸術に身を投じていた王子達は、美しいウィームの景色を荒らすような騒動に堪忍袋の緒が切れたらしい。
積極的に政治に関わらなかったものの、彼等は容易く国を丸めるくらいの力を持っていた。
よって血の気の多い者達が整理され、ウィームは現在の優美でマイペースな風土の基盤を作ったのだそうだ。
「その王子様のどちらかが、王様になられたのですか?」
「いや、彼等は王になることを望まなかった。あの青いドレスの亡霊である、エリーシャ妃の息子がいてな、その異母弟を気に入って聡明な王に育てたと言われている」
「まぁ要するに、自分達が心穏やかに生きてゆけるよう、国を治める仕事を押し付けたのでしょう」
「………なぜでしょう。趣味人ですが能力的には最強なお兄さん達のお守りをする、苦労人な王子様が想像されました」
「その想像で間違ってないな。残された記録に記されている王の話もそんなものばかりだ」
「やはり、人間は素直に生きるのが幸せですね」
「お前がそう確信するのであれば、私はこの話をするべきではなかった気がする……」
しんみりしたエーダリアがグラスを置き、何となく報告会もお開きな空気が出てきたので、ネアは隣でのほほんとしている魔物に視線を戻した。
アルテアの処分は終わったが、こちらの駄目な魔物のお仕置きが残っているのだ。
ご主人様の視線を浴びて、魔物は嬉しそうに微笑みを深めている。
「ネア、部屋に帰るかい?」
「ディノ、お話があります」
「話?………ああ、君を悪夢の中に預けてしまったことの説明だね?」
「その少し前の出来事ですね。そちらにいる激辛大好きな魔物さんが、ディノに悪さをした時のことです」
穏やかに微笑んでそう切り出すと、ディノは不思議そうに首を傾げた。
どうやらまだ、ネアが何を聴取しようとしているのか理解していないようだ。
何か不穏な気配を察知したのか、エーダリアと銀狐が顔を見合わせている。
「ディノ、アルテアさんに攻撃されるのがわかっていましたね?」
「………避けられなかったんだ、怖がらせてごめんね」
「わかっていましたね?」
「…………避けられなかった」
「ではこうしましょう。次の返答で嘘を吐いたら、絶交です」
「…………絶交?」
「交際を断絶することです。さて、アルテアさんから攻撃されるのが、わかっていましたね?」
「……………わかってた」
「避けられましたね?」
「避けられ………た」
「ふむ。では、なぜ私をこの不届き者に預けたのでしょう?悪夢の停滞期とやらに預ける為ですか?」
「………うん。悪夢に干渉している者の中で、もう一つの方が厄介だったからね」
「そのもう一つとやらは、どうなったのでしょう?」
「君の雪靴を盗みに来たジーンは、アイザックが回収していってくれたよ」
「…………雪靴を、………ジーンさんが?」
さすがにネアも、この事実には震え上がった。
理由があんまり過ぎるのが恐ろしい。
「ええと、悪夢に干渉していた理由が、雪靴窃盗の為だったのですか?」
「いいや、それはアルテアが君に悪さをするように手助けする為だそうだ。アルテアは危ないのだと君に理解して欲しかったらしい」
「…………ジーンだったか」
手助けとやらに気付いていなかったらしいアルテアは、そこでがくりと肩を落としている。
まだディノから犯人を聞いていなかったのか、なまじ相手が友人だったのもショックなようだ。
ましてやジーンは、アルテアに気付かせずに介入していたのだ。
せっかくもそりと顔を上げたばかりなのに、またテーブルに突っ伏している。
しかしネアも、かなりのダメージを負ってしまった。
「………………余計なお世話という言葉を、是非に献上したい所存です」
「私もすっかり油断してしまったが、ウィームを離れたというのも、嘘だったようだ。アイザックが上手く彼の心を調整してくれたから、もう大丈夫だよ。鉄格子付きの家も手放させるそうだ」
「鉄格子…………?」
虚ろな目になったネアに、その話の詳細を聞いていたらしいエーダリアが教えてくれた。
その説明を聞いて、ネアは以前の会話で、エーダリアが彼なりの配慮で伏せてくれていた部分があったことを知る羽目になる。
「お前が逃げないようにだろう。ちなみに、外鍵付きで、動物すら近付けないよう、百年耐久の排他結界もあるそうだ」
「……………怖っ!」
「良かった。ネアは嫌がると思うよと伝えたのだけど、最初はあの精霊を気に入っていたようだったから心配だったんだ」
「気に入っていられた時間は短いものでした。もう永久にお会いしたくないので、前に言っていた弟さんに、一刻も早くウィームに来て欲しいですね」
「弟の方も、精霊らしい精霊だけれどね」
「それなら関わらないようにします。ディノ、怖い精霊さんを追い払ってくれて有難うございました」
「うん」
今回は褒められて終わりではないので、頷いたディノは待てを命じられた犬のように緊張している。
「さて、ディノが私の元を離れていた理由はそれで終わりですね?」
「………そうだね」
「では、ここで昨日の記憶を辿ってみて下さい。………ディノ、私は危ないことは禁止だと言って、ディノはわかったと言いましたよね?」
「おや、危ないことはしてないよ?」
「喉を切り裂かれることが危ないことではないのなら、私も試してみましょうか?」
「…………ご主人様」
ふるふるとしながら必死に首を振っている魔物に、ネアはにっこりと微笑みかけた。
「では、お仕置きですね。頼りになったところも沢山ありますが、一番大事な約束を破ってしまったので、合格基準値を下回る結果となりました」
「お仕置き………」
「む、なぜそこで頬を染めてしまうのでしょう?私のお仕置きは怖いですよ!」
「お仕置きなら、我慢しよう」
ネアはそこでまた微笑みを浮かべた。
どこか期待に満ちた目をしたディノが、その陰惨さに気付いてぎくりと微笑みを強張らせる。
「ディノには、一週間謹慎処分を申し付けます!」
「謹慎………?」
「はい。とは言え事後処理や引き継ぎもあるので、明日の朝からにしますが、アルテアさんと一緒に、こちらで大人しく反省していて下さいね」
「………君はどうするんだい?」
「私とは別行動です。謹慎なので、己と向き合って反省する時間ですから」
「ネア、君の側にいないと危ないよ」
「そこに訴えようとしても無駄ですよ。……なんと、これから一週間の間、私には素晴らしい保護者がついてくれるのです!」
「え、…………」
呆然とする魔物に、ネアはさっと交代要員を指し示した。
「ウィリアムさんです!」
くしゃりと色をなくした魔物に、ウィリアムは朗らかな微笑みで頷いてみせた。
「と言うことですので、シルハーンは、きちんと謹慎して下さいね」
「ウィリアム………?」
「おい、ウィリアム、………お前は忙しくて無理だろうが」
アルテアの指摘に、ウィリアムは鷹揚に微笑む。
その点についても既に解決済みなのだ。
「幸いネアには有給があるそうなので、ここを離れる必要があれば、その間は休みを取らせて俺の仕事に同行させることにしたんですよ」
「…………は?」
「…………ネア?」
呆然とこちらを見た二人の魔物に、ネアはふんすと胸を張る。
後ろの方でエーダリア達が呆然としているのがわかったが、これは立派な躾けなのだ。
やはりお互いの感覚の違いもあるようだし、この辺りできちんとしなければ、先が思いやられるではないか。
大事な魔物に、これからも気軽に重症になられては困るのだ。
(なので、特別に嫌がりそうなお仕置きとする!)
怖いお母さんが悪い子を物置きに閉じ込める、お仕置きのスタンダードなあれである。
とは言えいい大人なので、このような形の謹慎処分とした。
お向かいの終焉の魔物と視線を交わしてから厳めしい顔で頷いてみせれば、隣の魔物がぐらりと体を揺らして崩れ落ちる。
「と言う訳でエーダリア様、今回の件が落ち着いたところで、外に出るようであれば有給を取らせて下さい。ウィリアムさんにお仕事が入らない限りは、こちらに控えていますから」
「わ、わかったが、なぜ自慢げにこちらを見るんだ?」
「ウィリアムさんのお仕事に同行させていただくのが羨ましくても、これは私だけの特権です!」
「いや、特には…………、だがそうか、あの独特の術式をその場で見られるのか…」
「エーダリア様?」
「ヒルド、考えただけだからな」
「その際にはうちの魔物を置いてゆきますので、毎日きちんと働かせて下さい」
「あ、ああ…………。ん、私が命じるのか?!」
「こちらを離れる際には、指示は出してゆきますよ。ディノ、私がいない間でもここできちんといい子に働けるかで、謹慎を果たしたかどうかの評価とします!」
「ご主人様、何でもするから留守番は嫌だ」
「成る程、私との約束はそんな風に言えてしまうくらいに、ディノにとってはどうでもいいものだったのですね………」
「ご主人様………」
おろおろした魔物は救いを求めて周囲を見回したが、エーダリアと銀狐はさっと目を逸らし、ウィリアムとヒルドは穏やかな微笑みを崩さないままだ。
アルテアは既にくしゃくしゃになっているので、あまり頼りにならない。
じわっと涙目になった魔物が哀れになったが、テーブルに置いた手をウィリアムに引っ張られて正気に戻った。
危うく、駄目な飼い主になってしまうところである。
「シルハーン、俺もひとまずは悪夢が去るまではここにいますから、食事の時はネアに会えますよ」
「…………ネア、ここに居ても、部屋は別なのかい?」
「そうですよ。ただ、ディノはあまり適応能力がなさそうなので、私が客間に泊まりますね」
「ひどい…………」
「謹慎ですからね。ほら、シルハーン、きちんと謹慎しないとネアが許してくれませんよ?」
「引き継ぎなんてしない……」
「あら、ディノはさっそく減点ですか?」
「ご主人様………!」
結局、謹慎開始となる当日の朝までは、ディノは一緒にいることを許された。
本当のところ、あんな大怪我をしたばかりなので一人で寝かせられなかったからなのだが、その真意に気付いたウィリアムから、ネアは甘いなぁと笑われてしまった。
歯磨きをしていてもこの世の終わりのような様子でへばりつく魔物が可哀想ではあったが、夜明け前に寝苦しくなって寝台から蹴落としたのは仕方あるまい。
そして、市場に売られてゆく子牛のような目で部屋に残され、ディノは謹慎処分に入った。