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魔物と雛玉 2



美しくも凄惨な場に奇妙な沈黙が落ち、頭を抱えていたアルテアが最初の感想を述べた。


「………お前には、名前を付ける才能も皆無なのがわかった」

「他にも駄目なものがあるかのような言い方はやめて下さい」

「音痴だろ」

「……………私は大変に傷付きましたので、今度たくさん歌って差し上げますね」

「やめろ」


そんなことを話していたら、ネアのネーミングセンスの衝撃から立ち直ったディノが首を傾げた。

珍しくアルテアを頼るような眼差しだ。


「こういう名前の場合、祝福はどうつくのだろう?」

「お前にもわからないようなことが、俺にわかる筈もないだろ。祝福に見せかけた呪いならともかく、悪意なく付けた場合はどうなるんだ………」

「言の葉に聞いてみようか……」

「あいつにもわかるのか?」


そんなやり取りを聞いていたネアはぎりぎりと眉間の皺を深くしたが、二人の魔物はあえてこちらを見ないようにしている。


(この名前、可愛くないのだろうか………)


ネアの育った国には、古い埃は妖精になるという昔話もあるので、決して悪くないとは思うのだ。

音階的にも、角のないまあるい音だと思うのだが。


「………ほこりじゃなくて、綿埃の方が良かったですか?」

「お前はもう黙れ!」

「しかしながら、ほこりは大喜びでしたよ?いっぱい弾んで、いっぱい宝石を吐いてくれました」

「…………いっぱい?」


また新たに気になるポイントがあったのか、ディノが眉を顰めた。

何と言うか、こういう表情をすると鷹揚にしている彼よりも、ぐっと男性的な表情になる。


「ネア、普通の星鳥の雛は、一日で三個までしか宝石を生まないんだよ?」

「む………。うちのほこりは、本日既に十三個の宝石を吐いています」

「え、……………十三個」


ディノは絶句してしまい、ネアは深刻な眼差しのアルテアに腕を掴まれた。


「瓦礫や石くれだったんじゃないのか?時折、そういう不具合のある星鳥がいるぞ?」

「そんなことはありません!青い宝石や、緑の宝石、白っぽい透明なものもありましたが、みんな透明度の高い綺麗な石ばかりでしたよ」

「………おい、生み出された石が、白みがかったら大問題だと気付け」

「生き物の色彩じゃなくても、大問題なのですか?」

「貴色を生み出せる生き物なんぞ、滅多にいないんだぞ!」


そう言われてしまい、ネアは掌の上ですやすやと眠っている雛玉を見つめた。

もう少し小さくならないと質量的に飛べなさそうだが、とても可愛い生き物である。


「どうしましょう、ディノ。うちのほこりは、とても優秀ないい子です。これで老後の蓄えも…」

「ネア、まずはその鳥が安全かどうか考えようね」

「ほこりは、言うこともきちんと聞けますし、とても良い子です!」

「ネア、そもそも星鳥は人間の言葉を理解出来ない種なんだよ?だから人間が星鳥を使役する際には、鳥使い達が言葉を訳すんだ」

「しかし、ほこりは私の言葉にお返事も出来ますよ?」

「…………それ、本当に何なんだろう」

「………つーか、俺は何度その単語を聞かされるんだろうな。それと、その議論はここでやる必要があるのか?」


うんざり顔のアルテアに指摘され、ディノもあまり好ましくない場所だったことを思い出したようだ。

視線を投げてから僅かに冷やかな目をすると、床に沈んだままの白夜の魔物の背中を一瞥した。


(…………あれ、さっきまで両足がなかったような)


ふとネアは、その白夜の魔物の亡骸に、いつの間にか片足が復元されていることに気付く。

不審そうに眉を細めれば、ディノがその理由を説明してくれた。


「彼程の魔物になると、完全に壊してしまえば周囲にも大きな影響が出てしまう。だから、一度内側を壊して新しいものに練り直したんだよ。性質はさして変わらないけれど、記憶については完全に消せるからね」


(そっか。だからさっき、アルテアさんは珍しいと言ったんだ)


「高位の魔物の崩壊は、国一つを滅ぼしかねない。ここは峡湾の恩恵を受けた豊かな国だから、失われるとヴェルクレアにも影響が及ぶだろう」


ネアが窓から見た限り大地は灰色だったが、峡湾に住む妖精達は特別な鉱石を生むので、この国はとても資源に恵まれているのだそうだ。

ともかく、練り直しされた白夜の魔物が完全に目を醒ます前に、さっさとここから離れようということになった。

なんともう、既に意識は戻りつつあるとのことだった。


あれだけの血が流れた中に居ても染み一つない純白の装いの魔物に抱きかかえられたまま、転移でこの国を後にする。



そうして戻ってきたのは、ディノを探しに出る前にアルテアを呼んだ、リーエンベルクの空き部屋だった。


証跡が残っていたとかで、逆に辿る形でここに落ち着いたようだ。

自分達の部屋に戻らなかったのは、まだ飼うことを許したわけではない雛玉がいるからだろうか。

床に降ろしてもらう際に、先程まで立っていた場所を考えて慌てて靴裏を見てみたが、幸い汚れたりはしていないのでほっとした。



「あ、ほこりが目を醒ましました!」

「………お前、本当にその名前でいいのか?」

「黙り給え」


転移で空気が変わったことに気付いたのか、雛玉がぱちりと目を開いた。

まん丸の黒目なので、こうして見ていると本当にぬいぐるみのようだ。

アルテアは一周回って心配そうになってしまったが、ネアはやっとディノに雛玉のいい子ぶりを紹介出来るので、その失礼な問いかけは一蹴しておいた。


「ほこり、これが私の魔物です。ここで良い雛であることを伝えて、己の居場所を勝ち取るのですよ!」


目を覚ました雛玉は最初ふるふると震えていたが、名付け親にそう励まされてぶるりと毛を逆立てて奮い立つ。

ディノを見上げたままゲフンと宝石を吐くと、短い足でそっと押し出した。


「ピ………」

「ほこり、何て賢い子でしょう!ほら、ディノ。ちゃんとディノの色の宝石を出しましたよ」

「うん、………すごく白いね」


今度こそ見るからに白い宝石を生んだ星鳥に、ディノはいっそうの困惑を深めたようだ。

褒められた雛玉は、ネアの手の上で誇らしげに胸を張る。

幼くとも既に、自分の仕事に自信を持っているようだ。



しかし次の瞬間、ほこりを悲劇が襲った。



「………アルテアさん?!」


アルテアが無言で雛玉を鷲掴みにすると、魔術でばたんと開けた窓から、外に向けて力一杯外放り投げたのだ。


「な、何てことをするんですかっ!!ほ、ほこり!!」


取り乱して暴れたネアを抱え込んで拘束しつつ、アルテアは、先ほどの白い宝石を指でつまんだまま固まっているディノに一つ頷く。


「これでいいだろ。得体の知れないものは、忘れるに限る」

「……これは、虹雪の結晶石みたいだね。雪の魔物ですら滅多に作れないものだよ」

「ディノ!ほこりを救出してきて下さい!!この極悪非道な魔物は、私が滅ぼします!!」

「残念だが、今日はこれ以上踏まれるつもりはないからな。大人しく……っつ?!」

「ふっ、残念なのはアルテアさんです!私は石頭なので、観念して下さい」


飛び上がって顎に頭突きされたアルテアが悶絶している隙に、ネアは第二打に向けて首をそらして助走をつける。

しかし、その特大の頭突きをお見舞いする前に、背後から魔物に拘束されてしまった。


「ディノ!おのれ、アルテアさんの味方をする気ですか?!」

「………ネア、目の前で浮気されるのは、さすがに困ったことだね」

「………浮気ではなく、頭突きです」

「それは、私だけにしてくれるものだっただろう?」

「…………まさかのここで」


つい先程、白夜の魔物の城でディノに対してはどんな行いをしようと問題ない的なことを言ったばかりだが、その舌の根も乾かぬうちに、ネアはとても遠くに行きたい気分になった。


「ネア、私には最近してくれないのに、どうしてアルテアなんだろう」

「おい、その問答は後でやれよ。くれぐれも俺を巻き込むな」

「おや、楽しそうだねアルテア?」

「シルハーン、悪いが俺にはその趣味はない」

「二人とも離して下さい!!ほこりを拾いにゆかねばなりません!!」



部屋はカオスの様相を見せたが、その混乱は、嬉しそうな小さな声にぴたりと収まった。


「ピ!」


ぎょっとしたようにアルテアが目を瞠り、ネアは安堵の微笑みを浮かべる。


「ほこり!自分で戻ってこれたのですね」

「星鳥に転移なんて出来たかな……」


ネアとディノが、それぞれの思いで見ている先であるアルテアの頭の上には、ぽふんと転移で帰宅した雛玉の姿がある。

弾んでご機嫌で鳴いているので、怖くはなかったようだ。


「もしやこれは、勝利の舞でしょうか?」

「と言うより、楽しかったみたいだね。ほら、髪の毛を咥えて引っ張っているのは、もう一度やって欲しいからじゃないかな」

「なんと!さすが男の子ですね、やんちゃものでした」

「それにしても、アルテアに懐くなんて危険回避能力はなさそうだね」

「最初は怖がっていましたよ?ディノの言う通りなら、さっきの投げて貰う遊びで心を許したのかも知れませんね」

「懐いたなら、アルテアに任せてみようかな」

「私の宝石………ではなく、可愛いほこりを養子に出したりなどしません!!」

「ご主人様…………」


本性剥き出しで反論してしまったネアに魔物は怯えていたが、ようやく頭の上に雛玉を乗せてしまった衝撃から立ち直ったアルテアが深い溜息を吐くと、ディノは唇の端で薄く微笑む。


「いくらでも捨ててきて構わないけれど、この子が悲しむから傷付けはしないようにね」

「………お前が捨ててこい。俺はこれ以上関わらないぞ」

「でも、アルテアに懐いたそうだよ。ほら」


ディノが言うように、アルテアにわしっと掴まれて頭から降ろされたほこりは、遊んで貰えるようだと目を輝かせている。


そんな幼気な生き物を物凄く嫌そうに見ていたアルテアが、ふっと眉を顰めた。


「…………なんでこいつは焦げ臭いんだ?」

「む。………可愛いやつなので、燻したり焼いたりはしていませんよ?」

「ふうん、確かに火の魔術の気配が残っているね」

「ほこりは、火の使い手なのですか?」

「そういう感じではないから、火の魔術の側にいたんだと思うよ」


不思議そうにしていたディノがふと、手を伸ばすとアルテアに掴まれたままの雛玉を、指先でそっと撫でた。

庇護欲が湧いたのかとネアは期待したが、どうやらそうではなく、何かを確認したようだ。


「…………成る程、これは困ったね」

「………浴室はどこだ?」

「あちらですよ。………もしかして、アルテアさんにお外に放り出されて、ほこりが凍えているのですか?!」

「どういうことか説明してやるから、お前は終わるまで黙ってろ」

「直前にあんな悪さをしたアルテアさんに、黙って見ていられる筈があるでしょうか」

「……………でも、こいつは気に入ったんだろ」

「己も損なう反論ですね」



アルテアは客間の浴室に入ると、雛玉を化粧台の上に乗せた。

首を傾げているほこりに期待に満ちた目で見られながら、ジャケットを脱いでどこかに仕舞うと、シャツの袖を丁寧に折り返して捲り上げる。

ざあっとお湯を出しており、こちらで簡易浴槽にするようだ。



「………ディノ」

「大丈夫だから見ていてご覧。魔術洗浄は、君には出来ないからね」

「魔術洗浄?」


そうしている間に、アルテアはどこからか取り出したポンプ式の洗浄剤を手に取り、雛玉を洗面台に溜めたお湯に浸けると、ごしごしと洗い出した。


「ピ!ピ!」

「暴れるな。頭から沈めるぞ」

「ピ!」


濡れるのは不満なのか、丸い目をさらに丸くして、じたばたしているほこりが泡に包まれると、お湯はあっという間に黒くなってゆく。


「…………なんと」


ネアが呆然と見守っている中、雛玉は見る間に白くなっていった。

アルテアが二度洗いに入る頃には、輝かんばかりの純白のふわふわになり、先程までの黒さは微塵もない。

その代りに、洗面台の水は墨汁を溶いたように真っ黒になった。


「もしや、ほこりは汚れていたのですか?」

「と言うより、煤けていたんだろう。火の魔術の気配があったから、卵が流れ星となって落ちてくるときのことかもしれないね」

「煤けていた…………」


雑に掴んで振られて水切りされた雛玉は、魔術で水気を飛ばされて素晴らしく白い生き物に仕上がった。


本人も驚いたらしく、色が変わってしまった己の体をじっと見ている。

自身の変化に困ってしまったのか、どすんとお尻から化粧台の上に座り込み、ネアに助けを請うような目を向けた。


「ほこり、あなたは汚れていただけで、本当は白い子だったようです。……でもそうなると、ほこりという名前は改名せざるを得ませんね」

「ピ………」


自分の名前が気に入っているらしい雛玉は、首を振って改名への反対を示した。


「白いふわふわなので、可愛い名前や綺麗な名前など、選びたい放題ですよ?」

「ピ」

「その名前が気に入ってしまったのですね」

「ピ!」


(白い埃ってあまりないし、白くてこのもわもわとなると、もはや埃ではなくカビ……)


ネアがなんとも言えない気持ちで振り返れば、ディノはアルテアと何やら魔術で音を閉ざして会話していたようだ。

ネアの目線に気付いてこちらに視線を戻す。


「ネア、これは星鳥だけれど、特別変異の個体かもしれない」

「白い子は階位が高いかもしれないとか、そういう単純なことではないのですか?」

「星鳥には、元々そこまでの魔術階位を受け入れる耐性がないんだ。蟻が高位魔術を使えないのと同じだよ」

「…………なぜでしょう、貶された気持ちになりました」

「ご主人様…………」


魔術可動域の分野では、蟻は決して他人ではないネアが険しい表情になり、魔物がおろおろとする。

その反対側で溜息を一つ吐き、アルテアは水の跳ねた大理石の化粧台の上で転がる遊びに目覚めた雛玉を指でつついた。

構って貰えたからか、ほこりは大喜びしている。


「元々白を持つ、雪や氷の系譜ではなくここまで白いとはな」

「ほこり…………」

「いや、名前は変えてやれよ」

「私の名付けの才能があり過ぎたばかりに、このままでいいという本人の意思が強固なのです」

「絶対に意味がわかってないだけだろ」

「ほこり、あなたの名前は、家具の隙間とかに溜まる繊維系のもふもふした灰色っぽいやつです。私の生まれた国では、ほこりが経年で妖精になるという逸話があったんですよ」

「ピ!!」

「どうするんだよ、大喜びだぞ」


(…………おや)


その時、ディノがネアの頭に手をふわりと乗せた。

振り返って眉を持ち上げれば、魔物らしく淡く微笑んでみせる。

ネアと体を入れ替えて洗面台の正面に立つと、真っ白な星鳥を見下ろすようにする。

少し緊張した面持ちの雛玉がふるりと体を揺すると、ディノは宥めるように手を上げた。


「もう宝石は出さなくていいよ」

「ピ」


柔らかな優しい声に安心したのか、じっと無垢な瞳で見上げる様は憧憬にも似ている。

ネアはふと、足を捥がれた白夜の魔物も、同じような真摯な眼差しでディノを見上げていたことを思い出した。


「ほこり、……君に名前をくれたこの子はね、とても魔術可動域が少ないんだ」

「ピ………」


ネアはさっと渋面になったが、ここは魔物の王様からの大事な話のようなので、大人しく黙る。

アルテアは、お前もその名前でいいのかと低く呟いているようだ。


「だから、名付けの魔術を結んでしまうと、困ったことになるかもしれない。その負荷をなくす為に、一度縁を切るよ」

「……………ピィ」

「ディノ!」

「大丈夫だよ、ネア。魔術的な繋がりを切るだけで、他のものは残しておくから。君は、この星鳥が欲しいんだろう?」

「そんなやり方が出来るのですか?」

「少し調整してあげるから、待っておいで」


ディノの提案に、雛玉は少し項垂れたようだ。

真っ白になってしまったほこりの頭を撫でてやりたくて、ネアは自分の指先を握り込んだ。


「いいかい、ほこり。今から名付けの魔術を切って、名前の音と響きだけを残そう。その代わりに…」


ひょいと手のひらに雛玉を乗せたディノは、ふわふわの雛玉に唇を寄せて何かを囁いた。

項垂れていたほこりがぶわりと膨らみ、輝きを失っていた瞳がきらきらと輝く。

魔物の王の手の上だということも忘れて小さく弾んだからには、よほど嬉しいことだったのだろう。

そしてその途端、淡い金色の光がしゅわりと弾けた。


顔を離してからもう一度微笑んで、ディノはふわふわの雛玉を化粧台の上に戻した。

心配そうに見守っているネアの方を見ると、もう一度ネアの頭を撫でる。


「少し、この星鳥の引き受け先の交渉で外すよ。すぐに戻るから、アルテアと一緒にこの鳥と遊んでおいで」

「………もう、名付けの魔術とやらは切れてしまったのですか?」

「たった今ね。でも、名前はほこりのままだし、この子はきちんと、君がくれた名前だってわかっているよ」

「……………ほこり」


優しい言葉に安堵して名前を呼ぶと、転がるように短い脚でててっと歩いてきて、ネアの差し出した手の上にぼふんと乗っかった。

幸せそうに体を摺り寄せる姿に頬を緩めて顔を上げれば、魔物はその交渉とやらの為に姿を消した後だった。


「………これはもう、飼っていいという展開なのでは」

「どうだろうな、問題が無くなったわけじゃないだろ」

「しかし、ディノが何やら妙案を思いついた様子ではないですか!」

「まぁ、俺には関係のない話だが」

「ピ!」

「ほら、ほこりが怒ってますよ。お風呂まで入れてあげたのですから、アルテアさんはもはや家族のようなものです」

「………何で突然家族なんだよ」


アルテアは嫌そうにしていたが、洗面台の隅に残っていた洗剤の泡を踏み潰しに邁進していたほこりは気付かなかったようだ。

無事に泡を踏み潰したものの、そのまま滑って洗面台の中につるりと転がり落ちてゆく。


「ほこり!」

「馬鹿なのか………」


再びアルテアに掴み上げられ、転落の衝撃で目を丸くしたほこりは、助けてくれたアルテアの為に美しい赤紫の宝石を一つ献上した。

アルテアは、まんざらでもなさそうな顔でそれを受け取っていたので、上手く買収されたのかもしれない。



ややあって、ディノがどこからか帰ってきた。



ほこりは洗面台が気に入ったのか、蛇口から水が出されたら一巻の終わりという場所に陣取ってすやすやと眠っており、ディノの戻りを鋭敏に察して目を開いた。


「ディノ、どうなるのですか?」

「大丈夫、上手くいったよ。とてもいいものがあって良かった」

「………いいもの?」

「うん。ネアのお蔭だね」


そう言ったディノがひらりと取り出したものを見た瞬間、そろそろ帰りたそうにしていたアルテアがぎくりとする。

ディノの綺麗な指先に挟まれているのは、ネアが先程アルテアを呼ぶ為に使ったチケットと同じものだ。


「む、それはアルテアさんの無償お助け券ですね」

「そう。これを使おうと思ってね」

「待て、シルハーン!何でお前が持ってるんだ?!」

「そう言えば、前回の咎竜騒ぎの際にご迷惑をおかけしたお詫びとして、その一枚はダリルさんに差し上げた筈だったのですが」

「………おい、お前のそれも聞き捨てならないぞ」

「ダリルと交渉してね、戻して貰ったんだよ」


ピリリと良い音がした。

チケットを切って、ディノは嫣然と微笑む。

そこには魔物らしい残忍さの影も確かにあって、ネアは、ディノがアルテアに対して少し怒っていたことを思い出して首を傾げる。


「アルテア、君にこの星鳥の後見人兼、守護者になって貰おう」

「……………は?」

「決して傷付けたり不利益を与えてはならないし、保護者として、この星鳥の幸福の為に尽力すること。リーエンベルクでは、好きな時にほこりを預かってくれるそうだよ。ただし、君の守るべき子供を預かる訳だから、リーエンベルク側では都度、預かり料を取るそうだ。詳しくはダリルと交渉するといい」

「…………待て、全然わからないぞ」

「ほこり、彼は君の我が儘を叶えるくらいの度量はあるから、たくさん甘えるといい」

「ピ!!」

「ネアは宝石が好きだそうだから、来た時には彼女にたくさんあげておくれ」

「ピ!」



嬉しそうに弾んだほこりに微笑みかけたディノと目が合って、ネアも微笑んで頷いた。

ほこりの安全が確保され、程々に会えて、尚且つ宝石も手に入る素晴らしい解決策ではないか。

若干アルテアの目が死んでいるが、これはもう、身から出た錆ということで諦めて貰うしかない。



「ほこり、恰好いいお父さんで良かったですね」

「ピ!!」

「………お父さん?」

「アルテアさん、ほこりを宜しくお願いしますね」

「やめろ…………」



その夜、憔悴したアルテアは、ほこりをリーエンベルクに預けて帰っていった。

とても珍しい個体ということもあり、仕事を終えて帰ってきたエーダリアにも大好評で、今晩はすっかり仲良くなったエーダリアの部屋に泊まるらしい。

新たなもふもふの出現に取り乱した銀狐は絨毯に爪を立ててしまい、ヒルドに叱られていた。



「アルテアのことだからね、どこかで都合のいい魔術を調達してきて、後見人の座は捨ててしまうかもしれないけれど」


部屋に戻ってから、ディノがそう教えてくれた。


「でも、一度結んでしまった守護の痕跡まで消し去るのは難しい。何しろ、今回は彼が差し出したものからの契約だし、あの星鳥は随分な高魔術階位の生き物だ。だから、どうなるにせよ、ほこりの安全は保障されるから安心していいよ」

「ディノは、どうしてほこりを、あえてアルテアさんに預けたのですか?」


ネアは、それが少し不思議だった。

交渉に応じてくれたダリルの反応や、エーダリア達の対応を見ている限り、単純にこのリーエンベルクで引き取っても支障はなかったように感じるので、この魔物はあえてアルテアを使ったのだろう。


「もしや、白夜の魔物さんの件でのお仕置き……?」

「それに由縁して、ふと思ったんだ。彼は時々、他の魔物に危うい囁き方をするからね。前にネアが話していたように、庇護するようなものを得れば、少し慎重になるかも知れない」

「ふふ。そう言いながらも、そう上手くいくとは思っていないお顔ですね。でも、そこまで考えてくれて有難うございました」

「………ネア?」

「だって今回のことは、私が危ない目に遭わないように解決してくれたのでしょう?白夜の魔物さんの件も、ほこりの件も」


以前のディノだったら、アルテアがそうしたように、ほこりを窓から捨ててしまったかもしれない。

でも今日は、きちんと考えて遠ざけつつも側に置いてくれようと工夫してくれた。

アルテアの後見人には少し不安が残るが、ネアはそれがとても嬉しかったのだ。


なので褒めてあげよう。

そう思って微笑むと、魔物はなぜか少しだけもじもじする。


「じゃあ、ご褒美を貰ってもいいのかな」

「………… 因みに何をご所望ですか?」

「そうだね、………体当たり、…………飛び込みにしようかな」

「最後の最後で台無しにする感じが、私の大事な魔物という感じがします」

「ご主人様…………」





とても怖い魔物の話をしよう。

震えるほどに美しく、身を切るほどに凄艶な魔物だ。


足元を濡らす血だまりの中で、その、美貌の高貴なけだものを見ている。

それは、かつてのルドルフが最後に見た光景で、今のルドルフが最初に目にしたものでもある。


作り変えられるその一瞬、ある意味自分の前身にとっては今際の際に見たその美貌を、ルドルフの魂は忘れられずに網膜に焼き付けたようだ。

そしておぼろげな最初の意識の端で、同じ美しい生き物がそこに居るのを感じていた。



「ルドルフ様、その魔物が誰だったのかわからないのですか?」


そう尋ねたのは、従者にしたばかりのフィヨルドの妖精だ。

とても美しく賢く、いずれは食べてしまおうと考えている。


「…………おそらく、あの方は我等の王だろう。しかし、謎めいた言葉も脳裏に残っているのだ」

「謎めいた言葉………?」

「………ほこり、と何度も繰り返しな………」

「…………埃ですか?」


フィヨルドの妖精は困惑していたが、恐らくそれは王の手を煩わせた魔物への、塵芥を指す罵倒の一つだったのだろう。

決して感情を荒げない万象の王をそんな風に動かしたのかと思えば、ルドルフは、不思議と面映ゆいような何とも言えない気分になった。













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