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クッキーと白いケーキ



僕が公爵だと、グラストにばれた。



きっと、ネアと仲良くなった僕は、誰かと親密に関われることに安心していたのだと思う。

ネアは、クッキーをくれるし頭を撫でてくれるし、そんな人は今、ネアしかいなかった。

ようやく、ネアが増えただけのところだ。



だから、グラストをそこに加える為に、僕は日々頑張っていたのに。



「ゼノーシュ、………俺などでいいのですか?」


部屋に帰ると、グラストはそんなことを僕に言った。

覚悟を決めて、心から真摯にという風に。



(ディノはいつも、こんな気持ちになるのかな)



こんな事を言うくらいだから、やっぱり、グラストは僕を好きじゃないんだろうか?

そう思うと怖くなって、ネアが、可愛いとなんでも許せると言うから、さっきは、ネアが教えてくれた僕の可愛さを主張してみた。


でも、僕の大好きなグラストは、こんな風にまた、僕のことを突き放そうとする。

一度は頷いて安心させておいて、こんなにも僕を不安にする。


ここから去るのは嫌だった。

まだ、グラストに頭を撫でて貰ってないし、

あの白いケーキも食べていない。


それに、僕がいなくなったら、きっとグラストはまた、墓地で一人で泣くのだろう。

それが一番嫌なのだ。



こんな時、ネアならどんな助言をくれるだろう?


本当は今すぐ教えて貰いに行きたいけれど、今のグラストを一人にしたくない。

きっとまた、相応しくないとか、手に負えないとか困ったことを考え始めるに違いないではないか。


一度決めると迷わないところはネアと違うけれど、決めるまでは可哀想なくらいに自虐的に悩む。

それが僕のグラストの困ったところだ。


(と言うか、ネアはそもそも決めてないんだよなぁ)


ネアがディノと契約しているのは、一度起こってしまった事象を大人の対応で暫定的に受け止めているからなのだそうだ。


より、理想的で効率的な解決策を探し、最終的にはみんなが無理なく幸せになれるようにしたいらしい。

大人の対応と言うよりも、ネアは少しだけ問題を後回しにしがちだ。

しっかりしてる部分が多いから際立たないだけで、実際にはだいぶ危なっかしい。



(ディノも、毎日こんな風に不安になって、それでも毎日ネアを捕まえようとしている)


おいたわしい。



「しかし、公爵か。俺の寿命は保つかな……」


グラストがぼそぼそと呟いた。



大丈夫だよ、グラスト。

僕だってその件では対抗策を練ってある。

ディノとネアの関係を聞いて、王に契約者の命を削らないやり方を教えて貰ったんだ。


最初はディノも鬱陶しそうだったけれど、煉瓦の魔物の情報と引き換えに取引している内にディノとも仲良しになったし、あの魔物にネアが壊されずに済んだので、なかなかに良い取引きだったと思う。



(でも、魔術から命を補填するのは、とても難しい)



人間の寿命を延ばすには、幾つかの方法がある。


一つは簡単で、人間を魔物の伴侶にしてこちらの寿命に紐付けてしまうこと。

でもこれは、魔物との深い接触に人間が耐えられるかどうかが焦点になる。

初夜に伴侶を殺してしまった魔物の悲恋は、世界各地に逸話として残されている。


有名なものだと、教会の主である鹿角の聖女も、伴侶に選んだ弟子を殺してしまい、泣き崩れて灰になって死んでしまうのだ。

彼女の亡くなった場所は今でも、白い百合の群生地になっているし、あの子は、僕の隣の領地の公爵だった。



もう一つの、人間の寿命を延ばす方法は、僕達の魔力を人間の魂の養分に錬成し直して、人体の他の部分に影響を与えないようにして注ぎ続けることだ。



けれども、これはとても難しい。



まず、養分に錬成し直すことがかなり厄介で、公爵位でなければそもそも無理な技術だろう。

体や心に影響が出ないような部位を選ぶのも難しいし、何よりも、適量を守るのが特に難しかった。



僕達の魔力、はそもそもが甚大なものだ。

街一つを一晩で滅ぼすのは容易なくらいなのだけれど、その代わりに細やかな調整が難しい。

人間が僅かに振るう魔術の質とも中身が違うので、削った寿命の分だけ補填してゆくには、かなりの緻密な計算が必要だった。

精霊や妖精の魔術の方が、余程人間に近いくらいで、時々悔しくなる。



僕は初日、適量を誤った結果、グラストを少しだけ若返らせてしまった。



関節痛がなくなったと喜んでいたのでそのままにしたが、失敗すればグラストを青年にしてしまうところだった。

あんまり若くなると、グラストの良さは消えてしまうので、とても危ない。



でも、だからとにかく、グラストは寿命の心配なんてしなくていいのに。



「僕も寿命、削らないようにしたよ?」


「っ!……それは、ディノ殿にご教授いただいたんですか?」


「そう。だから、グラストは心配しなくていいの」


「しかしそれは、……他の歌乞い達に対して、何やら申し訳ないですなぁ……」



僕は呆然とした。

そうだった。グラストはこういう考え方をするんだ。


(もしかしたら、本当に捨てられてしまうかもしれない?)


そう考えて戦慄した。


グラストはとても魅力的な人間だから、他の魔物がすぐに目を付けるだろう。

もし、その中に、グラストの娘くらいの年齢の、少女の容姿を持つ魔物がいたら。



きっとグラストはとても喜んで、その魔物の頭を撫でるのだろう。

あの白いケーキを作ってあげて、あの子にしたみたみたいに、洋服をいっぱい買ってあげるに違いない。



(……………それだけは、絶対に嫌だ)



“こんなに綺麗で可愛らしいなんて、全能ですね!”



そのとき、僕はふと、ネアの賞賛を思い出した。

ネアはもうどちらの僕も同じように扱ってくれるけれど、最初はあちらの姿の時だけ、クッキーをくれたのだ。

であれば、今もその姿でいるべきだったのかもしれない。


ふわりと空気を攪拌し、魔力を転換させると、擬態していた術式を解き、服装を組み替えた。



「…………ゼノーシュ?」



掠れた問いかけに、こくりと頷く。

グラストは見慣れない顔でこちらを見ていた。

驚きと、焦りと、……よくネアの瞳の中に映る、慈しみにも似た小さな喜びと。



「これがね、僕の本当の姿…………成長したから」



身長差が作れたので、上目遣いにじっと見上げる。

気持ちが入り過ぎて、少しだけ涙目になった。



「………僕の事、嫌い?」



グラストは、ものすごい勢いで首を左右に振ってくれた。

そしてその日の夕方には、缶入りのクッキーを僕に買ってきてくれた。



クッキーは全部食べてしまったけれど、その缶は、僕の宝物になった。

でも、憧れの白いケーキを食べるという夢は、まだ叶っていない。





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