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ドリスの実のお菓子と牛乳の敵



「アルテアさんが、お友達を連れて来たいようです」

「お断りしましょうか。私からお話ししますか?」


ネアが頑張って伝えたものの、ヒルドはとても優しい笑顔で一瞬で切り捨てた。

困ったネアは首を傾げ、では会場を変えたらどうだろうかと思案する。


何しろ、今回飲み会で、アルテアはネアの大好きな貴腐葡萄酒を持ってくる予定なのだ。

以前食事に行った時にお店で出たもので、ネアはすっかり気に入ってしまっていた。


(それに、お友達の方がもっといいものを持ってくるし……)


「確かにこちらに入っていただくのは無用心ですよね。ディノ、どこか場所の工夫は出来ますか?」

「ほら、断られるよと言っただろう?どうして今日はこんなに必死なのかな」

「………アルテアさんのご友人が、素敵なお菓子を持っているのです」



少しだけ甘えてみせて魔物の袖を引っ張ると、ディノは目元を染めてご主人様を窘めた。


「ネア、お菓子なら買ってあげるのに」

「ところが、そうそう手に入らないものなのです!」

「では、どこでそんなものを覚えて来たのかな?」

「トンメルの宴で出たお菓子なんですよ。ディノにも買ってきてあげたかったのですが、お値段が現実的ではなくて。まさかのそれを、お友達の方は持ってきてくれるのです!」


はしゃいだネアに、魔物はヒルドと顔を見合わせた。


「どんなものなのですか?」


そう尋ねられて、ネアは得意げに胸を張る。


「ドリスの実にお砂糖をコーティングしたもので…」

「ドリスの実ですか………!」


ヒルドが驚いたので、ネアは目を瞠った。

この妖精がこんな風に驚くのは珍しいので、どうやらドリスの実は珍しいものに違いない。


「ドリスの実は珍しいものなのですか?」

「ええ。力になってくれるような隣人を得られる、とても希少な祝福の実ですよ」

「む!トンメルの宴で、一人一つという空気の中でこっそり三つ食べました!」

「………ドリスの実があるとなると、エーダリア様に食べさせたいですね」

「今回のお客様の件とは別で、探してきましょうか?」

「いえ、ドリスの実は、高位の精霊にしか収穫出来ない実なんです」

「成る程、だからゼノが美味しいもの禁止法だと怒っていたのですね……」



そのお菓子は、小さな硝子玉のような形をしていて、口に入れるとしゃりりとした砂糖の衣が溶けて、その後に中の瑞々しい木の実がぷちんと弾ける。

木の実の味は、少し酸味のある杏のジャムのような上品なものだ。

しかし、食べた後に心がほこほこするという謎仕様により、美味しさが何倍増しかになる。



(あの素敵に丸いものを、もう一度食べたい!!)



かくして、ドリスの実のお陰でお客様の来場が許された。

特別仕様の来客用の棟に会場を設け、エーダリアの安全の為にヒルドも参加することになった。


訪れたアルテアは、濃灰色に水色の毛艶のあるスリーピースに、同色の帽子と真っ白な杖を持っている。

中の真っ白なシャツの清廉さが、なぜだか艶やかだった。


「よ、今夜は特設会場か」

「ここをどこだと思っているんですか。共有ホールではないんですよ」

「ドリスの実で籠絡された奴が言えたことか?」

「………むぐ。………あ、お久し振りです」


ネアが声をかけたのは、木通の魔物こと、謎の高位の精霊である。

背が高く少し肩や胸ががっしりしているので、魔物達よりは竜に近い体躯だ。

精霊はしなやかで線が細い者が多いと聞いていたが、彼はどうやら違うらしい。

一体何の精霊なのだろうと、不思議に思った。


この前アクス商会で会った時と同じ、どこか懐かしい雰囲気のカーキ色のコートを着ている。

癖のある黒髪に、オリーブグリーンと瑠璃色の猫のような瞳。


「ええと、」

「ジーンだ。この前、アイザックのところで会っただろう?」

「ジーンさん、」

「ああ。今日は押しかけてすまない」

「いえ。わ!お土産ですね、有難うございます!」


ジーンは、あれだけ名前のやり取りをしておきながら忘れたネアに、そこはかとなく悲しげな空気を出してはいたが、綺麗な青い紙袋に入っていたお土産を渡してくれた。


本当ならこれをこのまま持ち去りたいくらいだが、今回はエーダリアにドリスの実を食べさせるというミッションもあるので、みんなで仲良く分け合わねばなるまい。

毎年、冬の始めにしか収穫出来ないものなので、これが最後のものだと聞いている。


(ドリスの実の為にも、どうにかしてジーンさんと仲良くなれないものか……)


そう虎視眈々と思考を巡らせていると、いつのまにか酒席が賑わい出していた。



本日の座席配置は、ネアの左側にジーン、右隣りにディノが座っている。

ジーンの向かいにエーダリア、ネアの正面にヒルド、アルテアの順番で、お客様はネアと同じくドリスの実目当てのリーエンベルク勢に囲まれた模様だ。


グラストとゼノーシュ、銀狐達は、本日はグラストの屋敷に行っている。

お泊りに行くくらい仲良くなったのだと喜んでいたが、銀狐はどうもアルテアを避けているらしい。

前回、不用意に近付いてしまったので、これ以上仲良くなるのを避けているようだ。


(ディノに聞いたら、何だか拗れてそうだったしなぁ……)


アルテアとノアは、あまり仲がよろしくないようなのだ。

元々はあまり悪くもない程度の関係性のところで、ノアの人間嫌いで荒んでいた時期に意見の相違があり、徹底的にぶつかったことがあったのだとか。

表立って嫌い合う様相ではないが、出会えばぶつかるという関係性になってしまっているようだ。


(もはや殆ど狐なのだし、大丈夫だと思うけど……)


ノアは、本人が心配するよりも遥かに狐化しているので、そんな姿を見ればアルテアとて好き嫌いという次元ではなくなると、ネアは考えている。


しかしながら、避難の副産物としてグラスト達と仲良くなるのなら、それはそれでいい気がした。



「そう言えば、ジーンさんは何の精霊さんなのですか?秘密なのでしょうか」


当たり障りのない会話が一周したところで、ネアは、彼が木通の魔物時代の勧誘話を暴露しないと判断し、安心して話しかけた。

どうやらこの精霊は、空気の読める常識人のようだ。


(何だろう、ウィリアムさんとドリーさんを足して割った感じ)


そうなるとかなり好きな要素満載なので、ネアはますます好意的になる。

周囲がとても特殊な様相になっているので、常識人枠としても是非に押さえておきたい。


「…………因果だ」

「因果………!とても大がかりで素敵なのですが、なぜか今の私が聞くと、罪悪感に胸が苦しくなります」

「……………因果」


ネアがそう己の人生を振り返っている隣りで、エーダリアが呆然と繰り返している。

顔色の白さを見るに、因果の精霊とは随分に高位のものなのだろう。

概念系の魔物が高位であるように、精霊にもそのような区分があるのかも知れない。


「おや、因果の精霊となりますと、各国の王侯将相からも引く手あまたでしょう。アクス商会の層の厚さはさすがですね」

「いや、あまり私は歓迎されない方の因果だ。一般的に人間が歓迎するのは、成果を司る弟の方だろう」

「因果の成果を司る精霊は、因果の王だと聞いております。そうなりますと、あなたは王族なのですね」


ヒルドとジーンの会話でますますエーダリアの顔色が悪くなったが、自己反省から立ち直ったネアには、木通どころか王族だったらしい精霊よりもどのタイミングでドリスの実の箱を開くのかの方が重要だった。


(お菓子なので食事の後だろうから、もう少し後になってからかな。先に競合を潰してしまおうかしら)


エーダリアとヒルドには食べさせるとしても、アルテアには必要がない気がする。

早々に戦線離脱させるには、以前ゼノーシュを潰したお酒などどうだろう。

頭数を減らせば取り分が増えるので、ネアとしては慎重に作戦を練りたいところである。


「確か、ネアが高位の精霊に会うのは初めてだよね」

「……………はい?」

「ネア、あの箱しか見えてなさそうだね」

「むぐ。………ディノ、私はそんな意地汚くはありませんよ」

「困ったご主人様だね」


抗議したものの微笑んで頭を撫でられてしまったので、ネアがドリスの実のお菓子を狙っているのが公にされてしまう。

ご主人様的には許し難い行為であるので、ディノの分は取り上げて食べてしまおうと心に誓った。


「私も、万象に出会うのは初めてだ」

「そうだったかな。五百年程前のヴェルリアでの内戦の時に、内陸側の革命軍にいたのは君だろう?」


話しかけたジーンに、ディノはそう微笑んだ。

ネアに切り出される微笑みとは違い、何というかとても整っている。


「………あの場所にいたのか?」

「国王軍の方にね。他にも何度か、同じ土地に居たことはあると思うよ」

「因果が歪むのは珍しい。私より高位の者がいるのだろうと思っていたが、あなただったのか……」

「あー、シルハーンが悪戯に人間のフリをしてた時代だな。ウィリアムが鳥籠をかけ損ねた時だろ?」

「先にあの王家に入り込んでいたのは、アルテアだけどね」

「………アルテアも居たのか?」

「国を引っ掻き回すのにな。だが、俺はお前が参入する前にあの国を出ている。一氏族の終焉を見てみたいと入れ違いで入ったのが、シルハーンだ」


人間が聞いている分にはあまりいい話ではないが、ネアはどうしてディノが一氏族の終焉を見てみたいと思ったのか不思議に思った。


「ディノ、どうしてそういうものを見てみたいと思ったのですか?」


そう尋ねてみると、魔物は不思議な目をして淡く微笑んだ。

どこか遠い過去を懐かしむような頼りなげな眼差しに、ぎゅっと手を握ってやりたくなる。


「………友人にね、何かを守りたいと思えたら心が動くと言われたから、失われるものの傍に居てみようかなと思ったんだ」

「頑張ってみたのですね」

「…………あんまり良くわからなかったけれどね」

「それは悲しかったですね。でも、頑張ってみようと思わせてくれたお友達がいて良かったです」


そう言って三つ編みを引っ張ってやれば、魔物は微かに微笑みを深めた。

本当は頭を撫でてやりたいところだが、さすがにジーンもいるのでやめてあげよう。


「うん。わからないということは、あまりいい気分じゃなかったよ。だから、とても疲れた」


その時のことを思い出したのか、ディノはしょんぼりとグラスに視線を落とした。

それはきっと、ネアにとっての、ちくちくのセーターであり、ディノにとっての苦しみを緩和する為の試行錯誤の一つだったのだろう。

ネアはふと、隣りのジーンが片手を僅かに持ち上げてから、困惑したように下げたことに気付いて、密かに瞠目した。


(………こ、これは。最近ディノがみせる、うっかり狐さんを撫でてやりかけているときの動きと同じ!)


どうせウィリアムあたりに唆されたのだろうと話して笑っているアルテアと違い、この精霊はディノの話を聞いて不憫に思ったようだ。

なかなかに、そんな懐の深い人材は転がっていないので、ネアの精霊捕獲意欲はいっそうに倍増した。


(頼れそうな常識人枠で、尚且つ高位の方なら頑丈そうだし、ここでみんなの輪にも入れて、どうやらとても優しい方の模様。そして何よりも、ドリスの実のお菓子を手に入れられる人材!!)


欲深い人間からそんな風に目をつけられたとも知らず、ジーンは呑気にエーダリアと何かを話している。

夏周りの精霊ではなかったが、どうやらこの会を機に、エーダリアは高位の精霊の見識を深めるようだ。

魔術師の本領を発揮してしまい、ものすごくぐいぐいと攻められたジーンが慄いていたが、小さく溜息を吐いたヒルドが言葉を挟み、前のめりになるエーダリアを窘めていた。


(くっ、………エーダリア様が攻めているせいで、付け入る隙がない!)


「それにしても、お前が高位精霊と未接触だったのは意外だな」

「人の形をしている方は初めてです。そして、こんなに感じのいい方が、アルテアさんのお友達なのがびっくりです」

「こいつは精霊だ。踏み込むと、意外に面倒臭い男だぞ」

「む。さり気なくお友達を落しにかかりましたね」

「いや、精霊だからな」


あまりにもキッパリと言われてしまい、ネアはディノの方を確認してみた。


「精霊が感情的なのは確かだよ。でも、ドリーも火竜だとは思えない気質だし、色々あるんじゃないかな」

「おい、自分で落とし穴をでかくしてるぞ」

「大丈夫だよ、アルテア。ネアが名前を憶えていないときは、あまり興味がない時だからね」

「へぇ、そうなのか。こいつらしいな」


今度はディノから邪魔をされ、ネアは渋面になった。

初回遭遇の木通の魔物という印象が強すぎて名前が上書きされなかっただけだし、今はとても繋いでおきたいという素敵な人材に格上げされている。

ジーンから倦厭されるような発言は、是非に控えていただきたい。


「お名前は、つい失念してしまっただけです!そう言えば、アルテアさん、最近お気に入りのお酒があるのですが、このお酒の名前はわかりますか?」

「名前もわからずに飲んでいるのか?」

「ゼノの飲んでいたものなのです。誰かに勧めたりするときに名前がわかると嬉しいのですが、アルテアさんなら分かるでしょうか?」


アルテアから使いたいと言われて準備していた夜の盃を取り出すと、ネアは唇の上で含む程の囁きで盃に命じる。

こぽりと湧き上がったお酒をそのまま盃ごと手渡せば、アルテアは玄人らしくまずは香りを嗅いだ。

透明に澄んだ液体は冷気を纏い、かすかに盃の縁を白く曇らせる。

取り寄せた飲み物を最良の状態で飲ませてくれるのが、この夜の盃の良いところなのだ。


「香りとしては、少し甘いな」


摘みたての葡萄の香り。

そう教えてくれたのはゼノーシュで、ネアは一度も飲んだことがない。

お酒に強い者らしく、躊躇なく、くっと一息に飲み干したアルテアを見ながら、残虐な策士は胸の内で密かに微笑んだ。


「そして、とても強いそうです」


しれっと一言足したネアに、飲み終えたアルテアが頭を抱えるまでが綺麗な一連の流れになった。


「…………お前、…………コルヘムだな」

「成程、そういう名前のお酒でしたか!覚えておきますね」

「くそ、………わざとやりやがったな」


苦しげに顔を歪めてこちらを睨んだアルテアは淫靡ですらあったが、ネアはその表情には心を動かされなかった。

最後の言葉になりそうなので、神妙な表情で小さく手を振っておく。


「もうお別れのようで、残念です」


ごつりといい音がして、アルテアがテーブルに沈んだ。


「ふむ。死んでしまいましたので、アルテアさんの分のお菓子は私がいただきますね!」

「お前、明らかにそれ狙いで沈めたな」

「エーダリア様、これは不幸な事故ですよ?」

「用心せずに飲まれたアルテア様が悪いかと」

「ヒルド…………」

「ネア、私の分をあげたのに」

「それは最初から頭数に入っています!」

「ご主人様…………」


そこでネアの強欲さに慣れていないジーンが、不思議そうに首を傾げた。

癖のある黒髪は綺麗な瞳によく馴染んでいたが、擬態ではなかろうかと思わないでもない。

精霊も高位になると白を持つと聞いているのだが、ジーンにはまるで白いところがないからだ。


(でも、もしかしたらアイザックさんのような感じなのかも……)


「ネアは、ドリスの実が好きなのか?」

「はい。前にいただいたことがあって、このお菓子は大好きです!」

「そうか。今回はもう季節的に最後になってしまうが、また来年の収穫が始まったら持って来よう」

「………いいんですか?」

「ああ。手に入るものだからな」

「今日、ジーンさんが来てくれて本当に良かったです!」


大喜びのネアに、なぜかジーンは視線を彷徨わせて口籠った。

微かに頬が赤いので、照れているようだ。

歓びのあまり椅子の上で二回ほど弾んでしまったご主人様は、早々に魔物の手によって拘束される。


「ネア、そんなに欲しいなら幾らでも持ってきてあげるから」

「ディノがやろうとすると、正規ルートではないので、どこかに被害が出そうな気がするのです」


予測が当たったらしく、魔物は表情の伺えない微笑みを浮かべて誤魔化した。

ちょうど鶏肉料理に取り掛かって戦線離脱していたエーダリアも会話に戻り、どこか達観したような静かな眼差しでネアを見つめる。


「お前、まさか前回に食べたドリスの実の効力を、そのままこの縁に繋げたのではないか?」

「………そうなると、今回食べた分で、また美味しいものとの縁が繋がるのですか?!」

「ま、待て。立ち上がる程に喜ぶところなのか?」

「エーダリア様、食事は生きる為の心の糧ですよ!!」



満面の笑みのネアに反して、エーダリアは酔い潰れてもいないのに、一度テーブルに突っ伏している。


折しもそこで、ネアに会いに家事妖精がやって来た。

アルバンの山からの定期便が厨房に届いたのだ。

伝言を受け取り、ネアは一時退出のタイミングを図る業務に移行する。



(ドリスの実のお菓子を食べてからにしよう)



「好きなら食べたらいい」

「でも、デザートなので皆さんが食べる時に開けた方がいいのではないでしょうか?」


そわそわしているネアにジーンがそう提案してくれ、見回したところ他の全員も頷いてくれた。


ネアは特に厳密な食事のルールを持っていないので、デザートの後でもう一度塩辛い料理に戻るのも自由なのだ。

よって、先にドリスの実のお菓子を手に入れてしまうことにする。



「………たくさん入っていました」



箱を開けたネアは、思わずそう呟いてしまう。

綺麗にお菓子用のトレイに並んだドリスの実のお菓子は、なんと二段になっており、ざっと見てもかなりの数がある。


「………アルテアさんを殺さなくても良かったかもしれません」

「やっぱり意図的だったではないか……」

「しかし、ディノの分を取らなくてもよくなりました。一緒に食べましょうね」


危うく搾取されそうだったが分け前に与れることになった魔物は、好きならあげるよと鷹揚に微笑むことで株を上げた。



結果、ネアは五個も食べてしまい、ゼノーシュやグラストの分も確保出来た。

死んでいるアルテアの横にもそっと一個奉納しておき、罪悪感を投げ捨てることが出来たのでほっとする。


お菓子のお礼にと夜の盃を沢山使わせてもてなしたのが良かったのか、ネアは、会の中盤でジーンから友達になって欲しいと言われた。

接待が成功しただけなので、ディノも特に深刻な嫌がり方はしなかったし、その頃になると死んでいたアルテアも生き返ったので安心する。


さらりとディノとも仲良くしてくれるように頼むと、ネアは隙を見てさっと立ち上がった。



「……帰ってしまうのか?」


友達になったばかりのジーンに聞かれて、微笑んで首を振る。


「いえ、厨房に新鮮な牛乳が届いたので、さっといって美味しく飲んでからまた戻ってきます」

「牛乳も好きなんだな」

「乳製品は全部大好きです。ジーンさんはお好きですか?」

「私は、あまり好んで食べたり飲んだりすることはないな。なぜか、体が重くなるんだ」

「まぁ、乳製品信者の敵ですね。でも、分け前が減らないという利点もあるので敵も歓迎します」

「敵…………」



心なしか項垂れたジーンを残し、ネアは部屋を出た。

単独行動に敏感な魔物がついてきてしまったので転移で時間短縮して貰い、素晴らしい牛乳を堪能して戻ってくると、なぜか会場はとても荒ぶっていた。


火の粉を避けて生き残っていたヒルドに教えて貰うと、アルテアがジーンに強い酒を飲ませようとして一計を案じたところ、返り討ちにあって潰されたようだ。

尚且つ、自ら貰い事故という形で間違った杯からお酒をいただいてしまったエーダリアも撃沈し、ヒルドとジーンが残されたのだとか。


「………二度目の死亡が確認されたアルテアさんは、………大丈夫でしょうか?」


一度目の死亡よりも遥かにテーブルと一体化しているので、本当にお亡くなりになってやしまいかと、ネアはそっと前髪を持ち上げて顔を見てみた。


とても厄介な魔物だが、苦しげに眠っている顔はただ美しい。

妙なことに感心していれば、拗ねた魔物に勝手に椅子になられてしまう。

厳しく叱ると喜んでしまったので、ジーンにこっそり変態の叱り方を知っているか尋ねてみたが、青い顔をして首を振られてしまった。



(でも、収穫の多い会だった!)


美味しいお菓子と、来年分のお菓子と、ディノを気にかけてくれる優しさと、アルテアを躱す力のある、常識人の友人を手に入れたのだ。


しかし、翌日に戦利品のお菓子を渡しつつネア的精霊の感想を口にしたところ、なぜかゼノーシュに必死に首を振られてしまった。


「ジーンさんは、優しくて穏やかな常識人でした」

「ネア、因果の精霊の兄弟喧嘩を見たことがあるけど、もの凄かったよ?」

「…………あのジーンさんが?」

「うん。だから油断しちゃ駄目だと思う。恋されたりしないように気を付けてね」

「はい。お友達申請しかいただいてませんので大丈夫だと思います」

「大丈夫かなぁ………」



あの穏やかそうなジーンが荒れ狂うなら、少し見てみたい気がしなくもない。

恋をされた相手には可哀想な話だが、せめて度量の大きな女性に出会えるようにと願っておこう。



そう思って頷いたネアに、ゼノーシュは難しい顔をした。














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