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90. 傘祭りが始まります(本編)


傘祭りの当日、ウィームはとても良く晴れた。


その三日前から魔術師たちが祈祷術式を展開し気候を整えるので、程よく綺麗な白い雲を残した清々しい青空が仕上がっている。


まずは、朝一番で街の中心に大きな傘のモニュメントが建てられる。

このモニュメントは、雪の魔術と霧の魔術を組み合わせたもので、精緻で美しい傘を広げたものだ。


領民達は、朝起きて戸口や窓の隙間に青いカードが挟まっていれば、天候調整が上手くゆき傘祭りが決行になったのだと知る。

空からはひらひらと花びらが舞い散り、保管庫から配られた自分が散歩させる傘を持った領民達が会場に集まり始めるのだ。


このような場になると大抵現れる、盛り上がり過ぎて祭りの始まりより早く傘を放してしまう者を取り締まる為に、 正装の魔術師達が見回りをしていた。


騎士達は、異国から来た観光客達を観客席へ誘導する職務も行なっているようだ。

ウィームの騎士の制服は人気があるらしく、諸外国からのご婦人達が目を輝かせていた。

その姿を馬車から見て、ネアはくすりと微笑む。


「騎士さん達は大人気ですね」

「ウィームは生活水準が高く、ウィーム領の一般階級の騎士は高給取りですからね。適切な手続きを経れば国際結婚も許されておりますし、このような祭りは人気があるのですよ」

「お祭りによって違うのでしょうか?」

「ウィームでは、魔術階位の高い者達だけで管理出来てしまうものも多いですからね、このような形で、騎士達が公務で民衆と触れ合う祭りは限られております」

「となると、傘祭りは物理力の必要なお祭りなのですね……」

「喜び過ぎた傘は、客席に飛び込んだりもしますからね」

「………牛追い祭的な」

「牛追い祭?」

「こんな雰囲気を見たことがあると思ったのですが、中身はともかく概要が似ています」


ヒルドから聞いたところによると、単純に魔術で壁を作ってしまうことも出来るが、それでは観客達は臨場感を楽しめない。

よって、飛び込みの傘は騎士達が手で捕まえ、領民達は華やかな傘の散歩姿と共に、そのスリルを楽しむのである。

血の気の多いご老人が荒ぶって傘の群れに飛び込んだりするのもご愛嬌だ。


(やっぱり、牛追い祭に似ている……)


ヒルドの膝の上には銀狐がいる。

本日のエーダリアは窓から領民に手を振ったりもするので、邪魔にならないところへ移動されていた。

ネアの膝の上であると、ケープの刺繍に爪が引っかかるので、本日は接触禁止令が出ているからだ。


万全の備えとしての白いケープは、擬態をかけて淡い水色に見えるようにされていた。

民衆がいるときには、さすがに純白の一色は刺激が強過ぎるという判断になったのだ。


「そう言えば、ヒルドさんは傘を選べました?」

「ええ。書類仕事も落ち着きましたので、別の日に伺いましてね。ネア様は竜骨の傘にされたとか」

「恥ずかしがり屋の良い子でした。綺麗な傘なので楽しみです」

「良い傘が見つかって何よりです」


その日、ネアが髪色を擬態したのは、ディノの傘の対策だけではなかった。

万が一の引きの強さは証明済みなので警戒されたのもあり、あまり公の場で容姿を認識させない為でもある。

なので、本日のネアは淡い砂色の髪となっており、本人としても何だか新鮮だった。


「………ディノ?緊張してますか?」

「何だろう、認識阻害の術式は組んできたけれど、擬態をしたことはなかったから不思議な感じなんだ」

「成る程、飼い主の髪色が変わると認識出来なくなるペットの話をよく聞きます!」

「ペット……?」

「ネア様……」


やけに静かだと思っていたが、その違和感に慣れようとしていた模様だ。

妙なところで可愛らしくなってしまうので、ネアは微笑んで三つ編みを引っ張ってやった。


「ご主人様……」

「中身はいつものご主人様なので、安心して下さいね。ほら、もうすぐ会場に着きますよ。………そして狐さんは起きて下さい」

「あれだけ楽しみにしていた割には、馬車に乗った途端に寝ましたね……」

「ヒルドさんの膝の上が余程お気に召したようです」

「友人としては複雑な評価ですが」

「確かに………」


かくして銀狐は揺り起こされ、寝ぼけたまま外に連れ出された。

いつもは近寄り難い雰囲気のあるヒルドが、もふもふの可愛い銀狐を抱えているので、貴賓席のご婦人方がとても興奮している。

これは良いセットになりそうだ。


銀狐としてはご婦人方の歓声は堪らないらしく、尻尾の振り回し方がいつもより多めになっていた。

ヒルドから、やはりあなたはそういう性分なんですねと言われているので、その趣味の話をしたことがあるらしい。


「ネア、段差だよ」

「この先が会場になるのですね」


ディノが差し出した手を取って、周囲を見回しながら石段を登り、少し高くなったところに出る。

石造りの劇場で昔からある場所のように見えるが、本日の為に設営されたものだ。

魔術にどれだけのことが出来るのか、このような時に不思議になる。



わぁっと歓声が響いた。



エーダリアが壇上に上がり、ヒルドが並んだからだ。

ヒルドがウィームに籍を置いたのはここ最近だが、やはり見栄えが良いのでとても人気がある。

公の場用に擬態したゼノーシュや、最近は少し若返ったようだと噂のグラストの人気もあり、こうして領民の前に出ると歓声を浴びている。

歓声の後半に続いた微かなどよめきは、エーダリア達の腕輪のリボンが白いからだろう。

しかしその驚きを、領民達は嬉しそうに受け入れていた。


群衆達が手を振ったり手を上げたりするので、しゃらしゃらとビーズの腕輪が鳴る音が音楽のようだ。


(すごい、みんな大人気だわ)


実は、新年の祝いの会場で艶麗な魔物の三つ編みを引っ張って男前に歩いていたネアも特定層からの人気があるのだが、その種の信奉者たちは決して声を上げないので、本人はちっとも気付いていなかった。



まずはエーダリアから、傘祭りの始まりの儀としての宣誓が成される。

保管庫の三人の魔術師と共に詠唱される声の重なりの美しさに、ウィームの民達はうっとりと酔いしれた。

古からの法則に則り、魔術詠唱の音階はいつも美しい。

心を動かすものだからこそ、魔術が動くのだ。



「では、傘達の旅立ちを見送ろう。ウィームの空への道行きと、ウィームの空からの訪れに祝福があらんことを」


朗々とした領主の言葉に合わせて、壇上のネア達が同時に一礼し、またわぁっと歓声が上がる。

魔術で降らされた花びらも舞い散り、晴れやかな傘祭りが開催となった。


ばさりと一斉に傘が開く音がして、見渡す限りがたくさんの色に染まる。



「………壮観ですね」


そう呟いて隣の魔物に微笑みかけ、手の中でまたへなりと曲がって照れている白い傘を撫でてやる。

とても可愛いので上の方も撫でてやろうとしたら、慌てた魔物からそこは駄目だと叱られた。

人間の体に当てはめると厄介なことになる部位らしい。


(…………解せぬ)


「綺麗な魔術の導線だね。やはりウィームの魔術は質がいい」

「こういう時には顕著に見えるのでしたよね」

「うん。だからほら、あの屋根の上には妖精が集まっているだろう?」

「わ、キラキラしています!」

「陽光の妖精たちだね」

「マシュマロみたいで、ちょっと美味しそうな色合いの子達ですね」

「ネア、高位の妖精は食べられないよ……」

「失礼な!ものの例えですよ!!」



祭りの開始は順調で、ディノの手の中の件の傘も大人しくしていた。

と言うか大人し過ぎるので、魔物の気配で死んでしまったのだろうかとエーダリアが心配そうに見ているくらいだ。

持ち手に埋め込まれた見事な宝石が煌めき、漆黒のとろりとした艶のある傘地が美しい。


時折視線のようなものを感じるが、悪意や害意というよりは静かに周囲を観察しているようだった。


(……もしかして、私の傘を見てる?)


そんな気がしたが、当の白い傘が無反応なので勘違いだろうか。



やがて、街中に響いていたざわめきが落ち着き、しんとした頃、広げた傘達がふわりと軽くなる。

温度のない風がごうっと吹けば、後はもう傘を手のひらから空に放つように、軽やかに上空に投げるだけだ。



「さぁ、楽しんで来てくださいね」


ネアも真っ白な傘をふわりと空に放った。

竜骨の傘は見事な上昇を見せ、青空に映える美しさに観客席の方から歓声が上がる。

白の希少性は誰もが知っており、今年の目玉の一つでもあった。


ネアの白い傘は威武堂々と、エーダリアの葡萄酒色の傘は艶やかで上品に、ヒルドが選んだ青い傘は見事に滑らかで、ディノの漆黒の傘も無事に青空を切り裂くように飛んだ。


壇上の反対側でゼノーシュやグラスト達の傘の旅立ちも見え、ネアは綺麗な青空に飛んで行く沢山の傘に魅入ってしまう。


(なんて不思議で、なんて綺麗なのかしら)


やはりこの世界の祝祭は美しい。

前の世界では見たことのない彩りで、世界を明るく明るく色付ける。



「傘が暴走したぞ!」

「イアンが刺された!」

「よし、囲め囲め!!」


「………む」


ほんわりと楽しんでいたら、不穏な叫びが上がり、またわぁっと歓声が上がった。

派手に何かが転がる音に、うぉぉぉと雄叫びが混ざる。

あちら側の観客席は、大変に荒ぶっておられるようだ。


「ヒルドさん、なぜ皆さん大喜びなのでしょう?」

「これが傘祭りの醍醐味とされますからね。少々危険な目に遭うことを、男性は勲章とするようです」

「牛追い祭………」


遠くの方で、緑色の大きな傘が客席に飛び込んでぎゅんぎゅんと回っている。

観客達は大盛り上がりでやいのやいのと傘と戯れており、慌てて騎士達が持ち手を掴んで空に戻していたが、傘はご機嫌で今度は家壁に激突していた。

へしゃげているが気にしないようで、今度は街灯の飾りに引っかかって回転しており、それを見ていたご老人がなぜか街灯によじ登り出したので、ネアはさっと目を逸らした。



「………ディノが放した傘は大丈夫ですか?」

「ネアが放した傘が見張ってるみたいだね」

「なぬ………」


目を凝らせば、空の上の方で規定の区画を外れようとする漆黒の傘を、純白の傘が何度か体当たりで引き戻していた。


「…………あの子達は大丈夫でしょうか?」

「ネアの傘の方が魔術階位が高い。ああして監視してくれるなら、問題は起こさないだろう」

「白い傘はとても良い子でした!」

「と言うか、ネアに懐いたから張り切ってるみたいだね………」

「傘が懐くというのも不思議な感覚です……」


そこでふとネアは、ヒルドの肩に上手に乗った銀狐が、ふわりと寄って来た子供用の小さな黄色の傘の柄をがじがじと噛んでいることに気付いた。


「………狐さん」


遠い目になったネアに、ディノが教えてくれた。


「さっきから、浮かんでいる傘に片っ端からじゃれているんだ。楽しいみたいだよ」

「だからヒルドさんの微笑みが、いつもの何倍増しかで整い過ぎてしまっているのでは……」


傘の柄を噛んだ銀狐は、ヒルドにぴしりとお尻を叩かれてしょぼくれていた。

しかし懲りずに、また次の傘にジャンプして飛びかかってしまう。

もはや条件反射なのだろう。

傘達も、銀狐の存在に気付いてからかいに来ているようだ。

小さな戦闘が勃発している。



「噛まれた傘さんが可哀想に、塗装が剥げて白い傘骨が見えてしまっています。……むぐっ?!」


ネアがぽつりとそう呟いた途端、ディノが素早く手を伸ばした。

いきなり抱き寄せられたネアは仰天したが、すぐ隣で傘を掴まれたヒルドも驚いたように振り返る。


「ディノ様?」

「ヒルド、傘骨が白い。これは擬態されているようだね。あまり良くないものだから、ここで壊すかい?」

「……白、ですか。傘祭りの壇上ではあまりよろしくありませんね。無効化出来たりはしますか?」

「かなり複雑な偽装だから、少し折った方がいいだろう」

「………ディノ?」


冷ややかな声の魔物を見上げれば、安心させるように微笑まれた。


「困った傘が紛れ込んでいたんだ。ノアベルトのお手柄だけど、本人はあちらではしゃいでいて気付いていないね」

「……とうとう、皆さんの肩を飛び渡って、グラストさんの方まで行ってしまいましたね」


どうやら、子供用の傘を銀狐が噛んで、塗装が剥げたのが良かったらしい。

しかし当の本人はそれに気付かず、向こうで赤い傘にからかわれてムキになって跳ね回っている。

観客席からも微笑ましく見守られており、既に一定層のファンを得ているようだ。


「傘骨を折るとなると、飛べなくなりますか…」

「このまま放すのはやめた方がいいよ。恐らくこれを作ったのは高位の魔物だ」

「致し方ありません。少し防御結界を…」


檀上から動くので、どうしても不測の事態であることは周囲にわかってしまう。

少し残念そうにヒルドが移動しようとしていた時だった。


「おや?」

「あ、」


ものすごい勢いで急降下してきた漆黒の傘が、ディノの持っている黄色の傘に飛び降りてきた。

ばりんと音が聞こえ、観客席からまたわぁっと歓声が上がる。

傘同士の喧嘩は珍しくなく、こうして暴れん坊が他の傘を破壊することもあるので、さして問題にはならない。

後には、無残に大穴を開けられた黄色い傘が、ディノの手の中で痙攣しているばかりだ。


「見事に折りましたね」

「素敵に無効化して、空に戻ってゆきました」

「ネアの選んだ、白い傘に命じられたみたいだね」

「む。何という有能な子でしょう!指揮官の才能があります!」


喜んだネアに手を振られて、白い傘はまたへなりと曲がって照れていた。

隣にいる漆黒の傘は心なしか項垂れているが、こうして使われてしまうところを見ると、どうやら力関係が固定されたようだ。

こちらの危険が去ったと判断したのか、漆黒の傘は白い傘に引き連れられ、まるで見回りのような周回に出た。


「ほら、壊れた傘が昇華されるよ」

「わ………綺麗ですね」


ディノが持っていた傘はぱりぱりと崩れてゆき、淡い光の粒になって空に昇ってゆく。

傘祭りでは、こうして傘同士の喧嘩で壊れた傘も、きちんと昇華されるのだ。


遠くの方でわっと声が上がるので見てみれば、白い傘が漆黒の傘を振り回してぐるんぐるんと回っている。

振り回されて放り出された漆黒の傘は看板に当り、へろへろになってまた浮き上がっていた。

逃げようとしても素早く近付かれて柄をひっかけられてしまうので、どんどん漆黒の傘は項垂れていっている気がする。


「少しでも反抗的な素振りを見せると、ああして矯正しているようですね」

「心強いですが、……元が武器だと思えば、いささか哀れでもありますね」

「ネアの傘、何の竜の骨だったんだろう……」

「種類によって仕上がりが違うのでしょうか?」

「白を纏えるくらいだから白持ちだったんだろうけれど、あの感じだと光竜か、風竜かな」

「光竜?!」

「エーダリア様……」


とても気になるところだけ聞こえてしまったらしく、エーダリアが慌ててこちら側に戻って来る。

ついでに狐も連れてきてくれたので、ヒルドはわしっとその背中を掴んで自分の肩に戻していた。

銀狐の目が泳いでいるので、はしゃぎ過ぎたという反省はしているようだ。


「邪魔にはならないから構わないぞ?」

「エーダリア様、初回で甘やかしますとつけあがりますので」

「ヒルド、お前はこの狐も躾けるつもりなのだな……」

「獣性を押さえようと尽力しているのですから、本人には感謝して欲しいところですね」

「………やはり、狐ではないのだな。それと、光竜の話をしていなかったか?」

「あの白い傘が、光竜の骨を使っている可能性があるそうですよ。もしくは風竜だとか」

「…………こ、光竜?あそこまで自我を持たれてしまうと、保存は難しそうだが…」

「エーダリア様、まったく、傘祭りに何を仰っているんでしょうね」


ヒルドと会話しつつ叱られているエーダリアを見ながら、ネアは尻尾を下げて反省モードになっている銀狐の方に、こっそり漂ってきた傘を押し出してやった。

明るい花柄の傘にこづかれ、銀狐はまた目を輝かせる。

前足で一生懸命にじゃれている様子を見ると、何だか微笑ましくなった。


「ディノ、見て下さい。向こうの傘は渦になってたくさん舞い上がっていますよ」

「上昇気流に乗るのかな」

「あんな風に空に昇っていくんですね。………あら、黒い傘さんが今度は逆さ吊りにされています」

「また叱られているね」

「ふふ、でもお仕置きするのはある程度の愛情があるからですので、面倒を見ているということは、白い傘さんはあの傘を気に入っているのではないかと思います」

「………そういうものなんだね。ネアが時々叩いてくるのもそうかい?」

「ええ。……………え?」


そこでネアはおざなりに頷いてしまい、さっと青くなった。

怖々と隣の魔物を見上げれば、得心気味に頷いている。


(こ、これはまさか…………)


ものすごくいけない同意をしてしまった気がして、ネアは己の愚かさに気が遠くなった。

最近は、愛情とは云々という思考に入り込んでくれていたので、ご褒美関連が少し手薄になっていたところだ。

少しずつ普通のお作法に移行中であり、いい調子だと思い始めていたところだったのに。


「し、しかしディノ。常時、お仕置きをしているというのはあまり良くない兆候です。度が過ぎると、愛情も失われてしまいますから」

「愛情が失われると、お仕置きもしてくれなくなる?」

「そうですね。なので、一番は叱られないことなんですよ?」

「そうか、して貰えなくなったら駄目なんだね」

「……………さては、調査基準として、常時運用する気ですね?!」

「うん。今日はまだ叩いて貰ってないかな……」

「ディノの場合はご褒美になってしまうので、その運用はやめましょう!」

「人間は、愛情の確認も重視するんじゃなかったのかい?」

「それは、順当に言葉で確認して欲しいですね。………なぜ落ち込むのだ」

「最近、ネアが冷たい」

「……………お仕置きして貰えなくて冷たいと感じるのは、相当に末期のやつですね」

「少し叩いてみる?」

「公の場で、私の評判を殺しにかかるのはやめて下さい」



さあっと風が吹いて、傘たちがばたばたと音を立てて揺らいだ。

早めに昇華してゆく傘の細やかな煌めきがところどころに見え、色鮮やかな景色を更に際立たせた。

昇り下手な子供傘を大きな傘たちが押し上げたり、マイペースに商店を窓から覗き込む傘もいる。

本気で散歩を楽しむ傘は、ひっそり個人行動しているのが面白い。


しかしそんな中にも、さっと畳まって物陰に滑り込むような悪い傘もおり、そういう傘は魔術師達に厳しく引っ張り出されていた。



「銀狐さん、ほらさっき遊んでくれた赤い傘が昇華されますよ」


ネアが指差して教えてやると、銀狐は寂しくなってしまったのかぺたりと耳を寝かせた。

悲しみを堪える為かヒルドの肩で爪を立ててしまい、また叱られている。


「ふと思ったのですが、ノアはあの姿になると邪念のようなものが払拭されて、とても素直で可愛い子になる気がします」

「確かに相性がいいみたいだね。でも何だろう、時々見ていると不安になる」

「………確かに元の素材とあまりにもかけ離れてしまう瞬間がありますしね」

「でも、ああいう姿を見ているとノアベルトと変わらなくてほっとするよ」

「…………ヒルドさんの眼差しは、とても冷やかになりましたけどね」


ちょうどグラストの方に駆けていった銀狐は、柵の上を歩くようにして貴賓席のご婦人に甘えに行っていた。

狐姿を利用して豊満な胸元に遠慮なく顔を埋めているので、ネアはその光景を見てしまいずっしりと疲れていそうなヒルドの背中に手を添えたくなる。

頭を沢山撫でて貰い、何人ものご婦人方の柔らかな胸に抱き締められて、銀狐はとても幸せそうだ。

確かにディノの言う通り、傘に齧り付いて遊んでいる時よりは、ノアが本体だという感じがする。


「ヒルドさん、あれが謂うところの個性なので、あまり悩まないようにして下さいね」

「であれば、本来の姿で堂々と出会って関係を深めてから触れるべきだと思いますがね」

「…………確かに、中身を考えると痴漢めいて感じなくもないような……」

「待て、お前達は誰の話をしているんだ?!」


胡乱気なエーダリアの目線の先で銀狐は女性達の腕の中を堪能していたが、檀上寄りに女性達が近付いてきてしまうことに腹を立てたゼノーシュに強引に回収されていた。

銀狐を撫でに来たついでを装って、グラストに声をかけている女性がいた模様だ。


「そろそろ、昼食休憩に入るぞ」

「特別会場でのお昼休憩と聞いていたやつですね!」

「全ての傘が上がりきるまで、午後の儀式からも数時間はかかるからな」

「…………意外に運動量のある子達でした」


確かに会場の後方には屋台村のような仮設テントがあり、また観客の装いも椅子にお弁当持参という長期戦覚悟のものがあったので、ずっと不思議に思っていたのだ。

どうやら傘達が満足いくまで好きにさせるので、陽が落ちるぎりぎりまでこの調子で続くらしい。

傘を放してから、人間は人間で適度に楽しむのだと考えていたネアは驚いてしまった。


「我々はここで一度、隣にある待機会場に入ります。昼食を摂り、また午後からの顔見せとなるので出来る限り体を休めて下さいね」

「お昼ご飯のメニューが気になります」

「僕知ってるよ!ネアの好きなローストビーフもあるって」

「ゼノ!今日一番の素敵な報せです!」


朗報をもたらしたゼノーシュに大喜びのネアに、階段を下りながらエーダリアが諦め顔になる。


「お前のローストビーフへの信仰は揺るぎないな」

「甘いですねエーダリア様、私はお食事に関しては多神教です!」

「お前、………油断しているとその内にムグリスのような体型になるぞ」

「ムグリス…………」

「だいたい、朝にもパンを五個も食べてきただろう……」

「……エーダリア様は乙女心を大変に傷付けたので、いずれ生え際が薄くなるような呪いをかけておきます」

「なっ?!」

「今のはエーダリア様が悪いですよ。きちんとネア様に謝罪して下さい」

「…………生え際」




こうして傘祭りは、ひとまず昼休憩に入った。





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