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13. 知りたくない現実に直面しました(本編)



アルテアが去った後、ネアはディノに軟禁された。

とは言え、全員集合でお部屋ご飯なだけなので、あまりの暴虐ぶりに抗議するということもなく、伸び伸びと晩餐をいただいている。


唯一人、解せないという顔で椅子になっているのは、ディノだけだ。

こちらの魔物としては二人きりのつもりだったようだが、周囲の表情を読んだネアが、ご迷惑をおかけしたので説明責任があるのだととすかさず言ってしまい、渋々受け入れたようだ。


(ご迷惑をおかけしたので、事情聴取には素直に応じなければ!)


元王子に膝を折らせるなど言語道断だ。

何とか罪を軽くしたいと考えた人間は、頑張って事情聴取に応じた。


粛々と、小道に入り込んでしまった経緯や、アルテアのテリトリーだという森の中で見たものについて、情報を共有すれば、人型の畳み込まれたものの説明の際には、エーダリアとヒルドが顔を見合わせて表情を曇らせている。

やはり、相当に厄介なものなのだなと感じ、ネアはあらためて背筋が寒くなった。


アルテアは、この国では初めて観測された公爵の魔物であるらしい。

同じ爵位でも以前にも観測情報があったゼノーシュとは違い、拙い情報一つでも、貴重な資料になるそうだ。


とは言えそれは人間の観測情報であるので、魔物達の間ではそうではないのだろう。

知人だというディノから聞き出そうと、誰も思わないのは何故だろう。



「ネア、髪の毛は引っ張らないのかい?」

「椅子にもなっているので、一つずつにしましょうね」

「………スープに夢中で、いい加減な返事していないかい?」

「だって、山羊のチーズとキノコのスープなのですよ!ディノは飲みましたか?」

「………ううん」

「その姿勢だと、飲み難くありませんか?」

「いいよ。今は椅子でいる」


膝の上にネアを座らせて両手で拘束しているので、ディノの両手は塞がっている。

首筋に顔を埋められると、スープを食しにくいではないか。

人体の解放を請求しかけ、ネアは、どこか頑なな魔物の様子に気付いた。



(やはり、心配させてしまったのだろうか……………)


あの後、ディノは一度もネアから手を離してない。

時折彼が見せる不器用な執着心を、今回のことで悪化させてしまったのだろうかと思えば不憫になってしまい、どうしても椅子はならぬとも言えないのだ。


(この魔物は、どうにも、心の動かし方のバランスが悪そうなのだわ)


過ぎる不安定さは、本人にも負担だろう。

一体どんなトラウマがあるのか謎だが、大切な魔物が疲弊するのは不本意でもある。


「ほら、ディノ。口を開けて下さい」


あまりにも警戒しているので可哀想になり、大きめのスプーンに零さない程度を掬い、介護な気持ちで飲ませてみると、素直に従ったディノは、なぜか喋らなくなった。

耳が少し赤い。


「…………ところで、ネア様はどのような歌を歌われるのですか?」


ヒルドが無難に会話を再開し、ついでに新しいパン籠をこちらに回してくれる。

今夜は給仕妖精がいないので、面倒見がいい誰かが適切にテーブルを回していた。

ネアも手伝いたいのだが、拘束椅子なので可動域がとても狭い。


「特別な歌は歌えないと思います。音楽に纏わる学院にはいたのですが、実技ではなく経営の勉強をしておりましたので、専門的な勉強はしてません。グラストさんは、どんな歌でゼノの心を蕩したのですか?」

「いえ、俺は……子守唄ですかね」

「揺りかごが木から落ちる歌」


ゼノーシュが得意げに教えてくれたが、その内容はどうだろう。


「凄惨な歌ですね……」

「昔からある古い子守唄だ。揺りかごを木の枝にかけて、風の妖精が揺らしてあやすんだ。母親が居眠りをしてしまい、梟がその膝に揺りかごを落として起こしてやる」

「……エーダリア様が、久し振りに長文を喋りました!」

「ネア様、ここはエーダリア様を立てて、感心した風に頷いて差し上げて下さい」

「わかりました。円滑に回してみせますね」

「………お前達、聞こえているからな?!」


すっかり腫れ物になってしまったエーダリアを受け流しつつ、ネアは、ちらりとゼノーシュとグラストの様子を窺う。


爵位がばれる事件があったばかりだが、可愛さを武器にゼノーシュが善戦しており、今までより上手く寄り添えている気がする。

まだ堅苦しさは抜けていないが、きっと少しずつ緩んでゆくだろう。


「ネア様は儀式としての歌乞いを行っていないので、歌乞いとしての能力観測はされていませんね」

「魔術の保有値観測はしましたが、違うのでしょうか?」

「それと、歌乞い独自の歌唱の力は別物なんですよ。エーダリア様は説明を省いたようですね」

「魔物を得た歌乞いに、おいそれと歌乞いをさせる訳にはいかないだろう。ましてや、」


言葉を切ったエーダリアは、視線でディノを指し示す。

議題に上げられたディノは、無害そうに微笑んだ。


「では、ディノ様に結界を置いていただいて、この場で観測してみては?」

「どうして君達に、ネアを切り分けなければいけないんだろう?」

「ネア様の能力を正しく知る為ですね。あなたを呼び寄せたくらいに特殊な歌ですから、把握し、能力に応じて我々も守りを固めなければ」


彼等の話を聞きながら、ネアはパンを握りしめたまま死んだ目になっている。

不憫になったのか、ゼノーシュがテーブルの向こうから、パン籠をこちらに押し出してくれた。


(ここで歌えというのは、どんな嫌がらせなのだ……………)


残念ながら、社交的ではない人間なので、人前で臆面なく歌う趣味は持ち合わせていない。

ましてや、評価をされつつ歌わなければいけないのだ。


しかし、ヒルドの交渉はかなり巧みだった。

最終的には、“本人に自覚がないまま、他所で歌われてはまずいでしょう”の一言が決定打になり、本人不在のまま死刑が決定してしまう。


「ディノ、是非にやめて下さい。そんな公開の辱めを受けたら、私は引き篭もりになります」

「でもネアは、目を離すと、すぐに浮気するし………」


魔物の目が裏切り者の光を帯びたので、ネアは苦渋の決断で、最後のカードを切ることにした。

時に人間は、失うものがあっても決断しなければいけない事があるのだった。



「では、お仕事なしで、お願いごとを一つ受け付けますよ?」

「………なんでも?」

「人権侵害と、人様に危害を加えないものなら何でも」

「おい、自分を安売りし過ぎだろう…」


エーダリアが何かを呟いていたようだが、所詮は敵の言葉だ。

有能な悪の参謀であるヒルドの方は、怖くて見れない。



「じゃあ、巣をネアのところの隣に移そうかな」



その提案に、ネアは思わず天井を仰いだ。

一人の時間も楽しく大切にしているネアにとっては、由々しき事態ではあるのだが、この魔物が世間知らずな分、もっと危険な要求の可能性もあった。


(それに巣の移動だけなら何とか。どっちにしろ、時々不法侵入されてるし、もういいのかな……………)


これは名誉の引き分けとして、涙をのんで立ち向かおう。



「それで手を打ちましょう」

「では、歌乞い用の結界を錬成するのは止めよう」

「…………仕方ありませんね。ネア様が最初に交渉を始めた段階で、諦めていましたが」


その夜は、ヒルドが引き下がってくれた為、ネアは心の平安を取り戻すことが出来た。

その代わりに、後ほど、ディノの巣の受け入れをしなくてはなるまい。



「………巣って何なんですかね」


グラストが呟いているのが聞こえたが、ネアは聞こえなかったことにした。


因みに巣とは、ディノの寝台のことで、叱られて拗ねた日に支給品であるネアの毛布を盗むことから始めた魔物は、魔物生で初めて毛布にはまっている。

ネアが、お気に入りのカシミアのような手触りの毛編み毛布をお揃いで購入してみたところ、後日ディノの寝台がその毛布だらけの鳥の巣のようになっていたばかりか、巨大な鳥の巣のような魔物の巣が出現した。


毛布を使う分量が尋常ではないのだが、本人は気に入っているらしい。



(あれを寝室のどこに設置しよう……)


ネアの寝台は、離宮仕様なのでふざけた大きさではあるが、半分こしてあの巣を受け入れる広さは流石にない。

おかしな間取りになってしまうが、部屋のどこかにディノの寝台を運び込むしかないだろうし、力仕事は魔物に任せよう。





余談ではあるが、後日、ネアの歌乞いとしての値は観測された。



秋の終わりのとても天気のいい日で、誰もいないと思っていた廊下をご機嫌で歩いていたときに盗聴されたのである。

前日に歌乞いの教本楽譜を与えられていたので、教えて貰った歌を無意識に選んで口ずさんでいたらしい。




「お前、…………」



廊下でばったりと遭遇したエーダリアが、怖くなるくらいに青い顔をしていたので、ネアは安易に歌乞いの歌を口ずさんだことを責められるのだと思って覚悟した。

けれども、エーダリアが続けたのは、ネアの心を砕き割る、残酷な評価だった。





「………どうしてそんな音痴なんだ?」




手にした本をばさりと落としたネアは、暫く動けなくなった。







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