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狐と狼



その日ネアは、またしても不毛な争いが勃発している中庭を通りかかった。


「ディノ、またやってますよ……」

「もう、あれでいいのかな……」


そこには、冬毛でもわもわのお尻を振って威嚇態勢のちび狼と、尻尾を逆立てて臨戦態勢の銀狐がいる。


なぜかこの二匹はとても仲が悪く、出会う度に戦争になってしまう。

よく考えればそもそも魔物なのだから、性格的な相性があるのだろうか。



(………と言うより、完全に獣同士の戦いになってる)


何だか切なくなるので、どうか普通に仲良くして欲しい。



「ワフ………」


そして残念なことに、たいていの場合銀狐の勝利となり、ちび狼は尻尾をくるりと巻いてすごすごと森に帰ってゆくのだ。

なぜならば、銀狐は送り火の一番怖い妖精を味方につけているからだ。


反対側の廊下を通りかかったヒルドを呼びに行って、銀狐はふさふさの胸毛を見せて得意げに尻尾を立てている。

ネアは、四つ足で踏ん張ってぶるぶるしているグレイシアが不憫になった。


「ディノ、今日は手袋をやめて、あやつを湯たんぽにします」

「ネア?」


さくさくと雪を踏んで近付くと、銀狐は尻尾を振り回し、グレイシアは震えたままうな垂れている。

ネアの接近にも気付かないくらい、戦いに負けたのが悲しいようだ。


「グレイシア、ボスの湯たんぽになるお役目を差し上げます」

「ワフ?」


突然、お腹の下から片手でひょいと持ち上げられたちび狼は首を傾げている。

しかし小さな尻尾はふりふりと振られているので、ネアも微笑んだ。


「飴を買いに街に行くので、ポケットの中で湯たんぽになって下さいね」

「ワウ!」


ポケットに入れて貰えるとわかり、グレイシアは尻尾を千切れんばかりに振った。

逆に取り残された銀狐は、耳をぺたりと寝かせて目を丸くして呆然としている。


「狐さんは、………む、逃げましたね」

「あれでいいのかな………」


けばけばになった銀狐は、ネアの仕打ちをヒルドに言いつけているのか、必死にその足元で飛び回っている。

すっかり懐いてしまったと見るべきか、とうとう野生化してきたと見るべきか難しいところだ。


「ディノ、あれはもう狐でいいのでは?」

「どうしてかな、複雑な気持ちになる」

「お友達を取られた感覚ですか?」

「そうではないけど、魔物って何だろうとは考えるんだ」

「私はなぜか、あの狐さんに懐かれてしまった時点で、ヒルドさんは結婚出来ない気がしてきました」

「………では私はあまり近付かないようにしよう」


魔物が怯えてしまったので、ネア達はそそくさと街に向かう事にした。


今日着ているコートには、文庫本が入るくらいの大きなポケットがある。

灰紫色がかった黒いコートのポケットにグレイシアを入れると、ファー付きの豪奢なコートに見えなくもない。


以前にも、狐との戦いで負けて泣いていたので一度ポケットに入れたことがあり、グレイシアはこの中がとてもお気に入りだ。

しかし、心地良すぎるのか三分ほどで熟睡してしまうので、涎を垂らさないように、時々監視する必要があった。


因みに最初は荒ぶったディノも、ネアがこれは暖房器具なのだと宣言すればどうやら納得してくれたらしい。



「ネア、どのお店がいいんだい?」

「あの角から二軒目のお店なんです。冬林檎飴が、………良かった、まだ沢山あります!ゼノが好きなのでお土産に」


実はここ暫く、ネアは大好きなクッキーモンスターに会えていなかった。

グラストとゼノーシュが着手している、隣国の公爵探しなのだが、これがかなり難航しているのだ。


実は、公爵の無事は確認されている。

彼自身が、メモのような手紙を所々に残していてくれたので、安否が判明した。

どうやら相当に嫉妬深い魔物に熱愛されているようで、公爵本人もその魔物のことは満更でもないが、家に帰れないのは困ったものだと思っているらしい。

外遊のスケジュールの調整への謝罪と、早く暴走する魔物を鎮めて助けて欲しいと書かれており、両親には、これからの縁談は一切断るようにと追記されていた。


恋からの暴走事件である為、敵もかなりの必死さであるようだ。

お休みを削られたゼノーシュはかなり本気で取り組んでいたが、恋する女性の嗅覚は恐ろしく鋭いようで、いつもすんでのところで逃げられていた。


「そんな魔物だったかな……?」


相手の見当がついているのか、ディノは少し不思議そうだったが、ネアがゼノーシュの手助けを出来ないかと言っても、微笑んで首を振るばかりで頑として動こうとしなかった。


もしや友人なのだろうかと聞いてみたが、よく知らない魔物だが、捕まえた相手を抱えて逃げたい気持ちはわかるからなのだそうだ。


あまり追求して暴走しても困るので、ネアはひとまず引いたばかりである。

ゼノーシュの心労も気がかりなので、また折を見て頼んでみよう。


(というか、その連れ去られた公爵様が自力でどうにか出来ないのだろうか?)


前後の要素を繋ぎ合わせて考えれば、こちらの世界でも中年手前とされる年齢の公爵である。

もう良い歳の男性なのだし、恋して暴走する女性を宥めることぐらい出来るのではなかろうか。

案外、連れ回されるのが気に入ってる可能性もある。


幸い、便利な転移があるので、ゼノーシュ達も出ずっぱりではない。

食事や着替えで戻るゼノーシュの為に、冬林檎飴を部屋の受け取り箱に入れておいてあげよう。

飴ならば、仕事中でも食べられる筈だ。



「グレイシア、餌の時間ですよ!」

「………ワフ?」


すっかり寝ていた送り火を叩き起こし、買ったばかりの冬林檎飴を口に放り込んでやった。

飴を口に入れたまま寝られると大惨事なので、しっかり食べきるまでを見届ける。

この送り火の魔物は、飴が大好きなくせに口に入れた途端にがりがりと噛み砕いて食べてしまうのだ。

結果、幸せな時間は数秒で終わってしまう。


「ワフ………」

「短絡的で哀れな獣ですね。ゆっくり食べれば長い間幸せでいられるのに」

「ネア、多分もう寝てると思うよ」

「赤ちゃん狼とは言え、寝過ぎではないですか?だからこんなにむちむちのお腹なのです」

「子供だからそれくらいなんじゃないかな」

「しかし、歩いていると足が短すぎてお腹を地面に擦る勢いなのですよ?あまりの愛くるしさに、ついつい拾い上げてしまいます」

「ネア、先に飼ってる狐が拗ねるから、程々にしないといけないよ」

「むぅ。ポケットに入れられる幸福も、あと一週間くらいだと聞いています。ぎりぎりまで堪能したら、後は自立して貰えば良いでしょう」

「………あまり露骨に興味を失わないようにね」



その日はお買い物の間中グレイシアはポケットで幸せな惰眠を貪り、帰りがけに大聖堂に返還された。

ポケットの中のもふもふを堪能してリーエンベルクに戻れば、ネアはとても良い笑顔のヒルドからけばけばのままの銀狐を返却される。

毛だわしのようになったままこちらを見ないので、仕方なく丁寧にブラッシングしてやれば拗ねたまま寝たようだ。


「ディノ、これはやはり狐さんです」

「………もうこれからはそう思おう」

「寝てる間にお部屋に戻したら荒ぶりますかね?」

「………ヒルドの部屋に入れればいいんじゃないかな?」

「ヒルドさんはこれからお出かけなんですよ」

「じゃあ誰だろう」

「確かに、もう少し交友の輪を広げさせるのもアリですね」


結果、銀狐は寝ている内にエーダリアの膝の上に移設された。

もふもふで癒されますようにと言われて乗せられたエーダリアは困惑していたが、撫でている内にしっくりきたらしい。

晩餐までの時間は膝の上に乗せておいてくれたようだ。


晩餐で立ち上がった際に起きた銀狐は、またしてもけばけばになり必死に首を傾げていたらしく、エーダリアから初めて可愛いと思ったという言葉を頂戴した。


その功績が認められ、銀狐は本日の晩餐に招待されている。


綺麗なお皿に盛られた狐用の味付けの薄いメニューに、どこか呆然とした目でこちらを見ているので、さすがに床に置かれたお皿が不憫になったネアは、お皿を机の上に、狐を椅子の上に上げてやった。


「どうして私を見るんだろう?」

「食べさせて欲しいのかもしれませんよ?」


ネアがそう言えば、ディノも銀狐も首を横に振っている。

エーダリアはそこそこ乗り気だったが、銀狐はそちらにもすかさず首を振った。


「仕方がありませんね、口周りの毛がべたべたしたら、後でお風呂に入れてあげますから」


しかし、ネアのその一言で銀狐は尻尾を棒のようにぴしりと伸ばし、がつがつと食事を始める。

思わずネア達は顔を見合わせてしまった。


「もはや完全に野生化しました」

「狐のままでいいのかなぁ」

「待て、これは狐じゃないのか………?」



食事の後、銀狐は素敵な入浴剤の入った浴槽に入れて貰い幸せそうに目を細めている。

だが、ご主人様から洗ってもらう権利を決して譲りたくなかったディノに洗われてしまい、またしてももげそうなくらいに首を傾げて震えていた。


ディノはディノで、初めて獣を洗ったのか濯ぎの段階でお湯に浸けるという過ちを犯しネアに叱られたが、それ以外は割と器用にこなしていたので、良い社会勉強になったようだ。

最終的には、銀狐もよきにはからえな気分になってきたらしく、ほこほこのお風呂でうつらうつらとしていたくらいだ。

仕上げにネアにタオルで拭いて貰い、満足気に部屋に帰っていった。



「これで、ディノも銀狐さんをお風呂に入れた仲間ですね」

「………複雑な気持ちになる言葉だね」

「現在、ヒルドさんとゼベルさん、グラストさんもお風呂仲間です」

「やはり、これからは狐として生きていくつもりなのかもしれない」

「まぁ幸せそうですし、良いのかもしれません。最近、グラストさんを巡ってゼノと戦っているときがありますしね」

「…………ヒルドだけじゃないんだね」

「一番好きなのはヒルドさんのようですが、グラストさんに肩に乗せて貰えるのも楽しいようです」

「…………それが楽しくていいのかな」



翌日、ネアの部屋の前にボディソープの瓶が置かれていた。

これからはこれで洗って欲しいということのようなので、渋々受け取っておいてやる。

ディノにもこれは狐用だと話しておけば、複雑そうな顔で頷いていた。


「………それにしても、狐なのですから、身体用のものではなく、洗髪用のものを持ち込むべきでは?」

「もう獣用の洗剤でいいと思うよ」

「確かに、毛皮にいい成分が入っているのですから、本来はそれが一番ですよね」



本日の銀狐は、久し振りに良いお天気なのが幸せだったらしく、窓際でお腹を出して仰向けに寝ているのが見えた。

それを見付けて駆け寄ってきたちび狼が一生懸命に窓硝子をパンチしていたが、熟睡しているので起きる気配もない。

午後にはまたしても戦争になっていたが、数日後に大きくなってしまった送り火の魔物がリーエンベルクに入れなくなったことを知ると、銀狐はどこか寂しそうにしていた。




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