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ギョームの魔物と不眠の処方


最近、あまり魔物が寝ていないようだ。

そんな風に思うことが何度かあった。

夜中にふと喉がかさかさになって水を飲もうと立ち上がれば、横にもならずに起きていて、驚いたようにこちらを見たりする。


この前はネアの寝台の隅に腰かけたまま何か作業でもしていたのか、目を醒ましたネアが訝しげに見ると、視線を僅かにこちらに向けて宥めるように薄く微笑むばかり。

しばらくそうしていてから、やっとこちらに向き直った。


随分と厄介な作業をしていたようだが、こちらには語るつもりはないようだ。

指輪の一件の時のような不安は感じないが、魔物が微かに摩耗しているのが気になっていた。

時折、勝手に寝台に上がり込んでぐっすり眠っているので、そういうときは叱らずに放っておくことにした。

ネアとて、縋ってくるものを蹴散らす程に冷酷ではない。

なので、寝返りを打つ際に蹴り落としてしまった今朝は、あくまでも事故だったと言わせて貰おう。



「ディノ、これからお仕事ですが、疲れてしまっているなら寝ていてもいいですよ?リーエンベルクの中からは出ませんし、不安なようであれば狐さんを布袋にでも放り込んで持っていますから」

「大丈夫、一緒に行くよ。だから、狐は部屋に置いて行こうか」

「あんまり無理をしないで下さいね。朝食のときも静かだったので心配です……」

「一緒に居る……」


引き離されそうだと思ってしまったのか、しょんぼりした魔物に三つ編みを持たされてしまい、ネアはやや達観した思いでそのまま出勤した。

一連の騒動が僅かながらに沈静化したらしく、ここ数日では一番落ち着いた様子のエーダリアがその姿にびくりと肩を揺らす。

ネアとしては、この光景にまだ慣れないのが不憫になってきた。


「………ネア、すまないが、今日はいつもとは違う仕事を頼みたい」

「いつもとは違うお仕事ですか?」

「ああそうだ。……いや、そんな目をしなくてもカルウィの件はもう仕舞いだ。今度の宴席にはヒルドが出るそうだから、心配しなくていい」

「む。ヒルドさんが出ることになったのですね。ご負担ではありませんか?」

「いや、ドリーがその方がいいだろうと話したのだそうだ。あまり何度もお前の手を借りると、逆に先方の要求が過度になって動き難くなる可能性があると言ってな。ヒルドであれば、竜の扱いには慣れているからな……」

「…………と言うかヒルドさんは、最も古い竜を絶滅させた一族の方ですものね………」


それはもしや、ネアやディノが来なくてほっとしていたら、もっと恐ろしいものがやって来たという構図になるのではないだろうか。

ほんの少しだけ、前回倒れてしまった将軍が心配になったが、もう会わないのであれば心配する義理もないだろう。


「なので、本日はギョームの魔物を探して貰いたい」


すんなりと腑に落ちなかった依頼に、ネアは首を傾げた。


「ギョームの魔物さんですか?どちらに捜索に出れば良いのでしょう?」

「…………この中だ」

「リーエンベルクの中に生息しているのですか?」

「いや、………騎士の一人が、精製して服用する前に逃がしてしまってな」

「待ってください、どんな風に使用されるものなのですか?」

「ギョームの魔物は、とある呪い避けの薬の材料になる。その薬を自分で作ろうとして持ち込んでいたらしい。王宮内の住人が持ち込むと、魔物避けの結界を弾いてしまうからな」


(もしや、ゆゆしき事態なのだろうか?)


「エーダリア様、その魔物は悪いやつなのですか?」

「……………いや。害はないのだが、人間にとってはあまり好ましい見た目でもない」

「しかし、呪い避けの素敵なやつなのですよね?」

「毛髪に関する呪いを避けるので、一部ではとても重宝されるな」

「寧ろ、毛髪に関する呪いを授ける、陰険な相手が誰なのかを知りたいです…………」


聞いたところによれば、裸鼠に似た肌色栗鼠という精霊がおり、その精霊に冬場に出会うと毛髪を失う呪いをかけられてしまうのだそうだ。

また、高位の髪喰いを駆除する際にも同じような呪いが飛び交う。

その結果、そのような事件が起きた場合に備えて、ギョームの魔物はとても大切な資源なのだ。

髪の毛を失いたくない騎士達にとっては命綱であるので、一概に取り扱うなとも言えない。

翌日の任務に備えて呪い避けを作るのは仕事の一環であるし、エーダリアもそれを禁じてはいなかった。

だが、今回は捕まえてきたギョームの魔物の生きが良すぎたのである。


「ディノ、ギョームの魔物さんとはどんな魔物でしょうか?」

「ネアの好きな、毛がいっぱいある魔物だよ」

「まぁ、獣形ですか?」

「…………違うような気がするけど、丸いかな」


その時ネアは、もっと詳細に聞いておけば良かったと後から後悔する羽目になるとは思っていなかった。

或いは、どのような経緯で派生した魔物であるか、せめて知っておくべきだったのだ。



捜索が始まると、ネアは割と所在なく廊下などを彷徨うことになってしまう。

何しろギョームの魔物には目立った生息域もなく、好むような環境もなく、また、特に餌などを食べるわけでもないからだ。

日々ごろごろしているだけの魔物だそうなので、どこを転がっているのか目視で発見してくるしかない。

ディノにも聞いてみたのだが、一度リーエンベルクの結界を正式に通り抜けてしまった脆弱な生き物は、この王宮の備品扱いのような措置が成されてしまい、精査して拾い上げるのがとても厄介なのだそうだ。


「全部集めることは出来ると思うよ」

「………そうなると、蜂の魔物達も来ますね」

「そうなるね。庭を管理する魔物は多いから。屋内だけなら、蜂は来ないけれど……」

「ギョームの魔物さんは、あまり外は好まないのですか?」

「雨は好きだと聞いているけれど、風にあたるのを好まないそうだよ。転がるかららしい」

「転がる程に丸い、毛だらけの生き物なのですね」


ここでネアは、冬籠りの魔物の最盛期の姿を想像していた。

決して、大晦日の怪物の系譜のものを想定してはいなかったのだ。



リーエンベルク本棟には、ギョームの魔物はいないようだった。

騎士達の宿舎である棟に近い、外客の受け入れや、備蓄庫等がある棟に入ってみると、普段は見かけない家事妖精に出会う。

槍のようなものを持っているので慄いたが、どうやら害虫や害獣などを駆除する武闘派家事妖精のようだ。

これはもしやと思い呼び止める。


「エーダリア様のご指示でギョームの魔物を探しているのですが、見かけませんでしたか?」


そう尋ねてみると、案の定身振り手振りであちらの方に居たと教えてくれた。

薬にするには生け捕りが基本なのだが、危うく家事妖精に槍で狩られてしまうところだったようだ。


「ディノ、向こうの方にいるみたいですよ」

「……………全然気配がしないけれど、生きてるのかな」

「もしや、もう狩られてしまったのでしょうか?」


心配になったので少し歩調を早め、ネア達は家事妖精が指差した方向を目指し廊下を曲がった。

その途端、ネアは何か黒っぽいものに躓いて転びそうになる。


「…………っ、何かが!…………………ディノ」


自分が躓いたものを目視した途端、ご主人様は両手を差し出して持ち上げて欲しい要求を発動した。

ディノが素早く持ち上げてくれたからいいものの、そうでなければ躓いてきた不届き者を確かめようとした、毛の塊にまとわりつかれていたところである。


ごろりごろりと転がりながら低く鳴いているのは、言わば黒い髪の毛の塊であった。

久し振りに魔物という名称に相応しい邪悪な生き物を見たので、ネアはさっとディノの肩に顔を埋める。

ご主人様の大胆な行為にディノが強張るのがわかったが、そっと頭を撫でられたので怖がっているのをわかってくれたのだろう。


「ディノ、今回に限り、捕獲と提出をお任せします。私はここには居ません」

「毛が多いのに、ネアは苦手なんだね」

「毛皮的な毛と、毛髪的な毛では受ける印象が桁違いです。よって、私はこの生き物と触れ合いたくありません」

「わかった。執務室に放り込んでおけばいいのかな?」

「エーダリア様の心臓が止まってしまうかもしれないので、袋か何かに入れて放り込んでおいて欲しいです」

「ではそうしようか。………ああ、少しじっとしておいで。靴に絡んだ毛も取ってあげるから」

「…………!!!」


優しさから成された言葉であったが、自分がどういう状況にあるのかを察してしまったネアは倒れそうになった。

靴に絡んだ毛とやらは、抜け落ちたのだろうか。

もし分離型の魔物であった場合は、一刻も早く毟り取って欲しい。


「もういいよ」


割とすぐに声がかかり、ネアはそろりと顔を上げる。

廊下にいた髪の毛の塊は消え失せており、怖々と見てみた靴先も綺麗になっていた。

一人で対処していたら間違いなく泣いてしまっていたので、ネアは魔物の三つ編みを引っ張ってやり手厚く労うことにする。


「ディノがいてくれなかったら、私の心は死ぬところでした。命の恩人です!」

「…………そんなに嫌いだったのかい?」

「鋼と蜘蛛と足の多い生き物に、ギョームの魔物めを追加しました。私の出会いたくない生き物上位に躍り出たので、見かけたら遠くにやって下さい」

「わかった。あそこまで魔術保有量が低い生き物だと思わなかったから、取り零すこともあるかもしれない。ネアが一人で見付けてしまったら、すぐに呼ぶんだよ」

「…………もう、一人で行動しません」


ディノの説明によると、触れてみてわかったことから、本来は草食の穏やかな魔物であるようだ。

たまたまネアが激しくぶつかったので、攻撃だと思い荒れ狂い揺れていたのである。

しかしながらボールにみっしり長い黒髪が生えたような姿であるのと、ネアは目視で確認せずに済んだものの、大きな目が四つもあるらしい。

ますますホラーな様相であるので、是非に二度と出会いたくない。


そう思っていたところだが、運命はネアに甘くはなかったようだ。



「…………また、いる」


さすがに放り込んだだけだと申し訳ないので、エーダリアに報告に行った後のことだった。


ウィーム領主の執務室の前という非常に厄介な場所に、件の毛玉が転がっていた。

無言でディノにへばりついたネアに代わり、魔物は素早く二匹目を回収してくれる。


「先程の個体から株分かれしたもののようだね。増えやすいのかな?」

「何て有難くない特性なのだ!」

「これだけ脆弱なのに絶滅しないのは、増えやすいからなのかも知れないね」

「もう二度と、リーエンベルクの中で逃がさないようにしていただきたい!!」

「ネア、ほら落ち着いて。興奮すると、この魔物も鳴き出すみたいだから」

「………ぐっ、嫌な生き物め!」



毛髪を失う呪いを恐れていた騎士達は、結果五匹に増えたギョームの魔物にとても喜んだ。

生きのいい大きな株が増えたので、良い薬になるそうだ。



だが、その結果ネアはだいぶ精神をやられてしまったので、その日一日はディノの手を離せなかった。

ご主人様にがっちり手を握られて捕獲され続けた魔物も夜前には弱ってしまい、大胆過ぎると呟きながらくしゃくしゃになっている。

その夜はぐっすり眠れたみたいなので、ディノとしては睡眠促進剤にはなったようだ。



どこに増えているかわからないという恐怖に怯える心はそう簡単に宥められず、もう捕りつくしたから安心だと言われてはいたが、暫くの間ネアは曲がり角が怖かった。



因みに、ギョームの魔物という名称は、ギョームさんという方にとても良く似た魔物だったからなのだとか。

その時代に流行したギョームさん風になれる鬘が廃棄され、そこから派生した魔物だそうだ。

こんな生き物のせいで後世まで名前が語り継がれてしまった、旧大陸の宰相を不憫に思いつつ、ネアは今日も曲がり角は覗いてから曲がるようにしている。










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