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85. 帰り道が大混乱です(本編)


和平交渉がまとまった。


詳細は知らないままだが、双方不可侵ということになり、水竜は、信仰の主としてカルウィの王子の浅慮を窘めることも含まれている。


しかしながらカルウィの第一王子が交友を持っている灰被りの魔物の動きによっては、水竜が不利益を負ってまでそれを止めることはしなくてよい。

その代わりに、有事の際にはヴェルクレアに一報をくれることとなる。


今回の場で締結書類に署名と、誓約までを済ましてしまい、また後日に締結を祝う宴席が設けられるそうだ。

諸事情によりネアの参加は必須であるので、ディノはとても嫌そうな顔をしていた。


白持ちの魔物の存在感に怯えつつも、あえて直視はしないがその尊大さを崩さない姿に、改めてアンヘルは水竜の王なのだと理解する。

昼食の際にディノの向かいだった竜は既に体調不良で運ばれており、けれどもその竜とて将軍職にある高位の竜なのだ。

手が震えてしまうようでお酒を上手く飲むことも出来ずにいたので、相当に辛かったのだろう。



「ネアも頑張ったな。無事に終わった」


ドリーに頭を撫でて貰い、ネアもようやくほっとした。


「因みに、交渉ごとが終わったからって、君とカルウィ観光をしようとしている王様がいるから、早く帰った方がいいよ」


一瞬緩んだ空気が、魔術師の言葉でまたぴしりと張り詰める。

次の瞬間、ネアは両脇の下に手を入れられ、ひょいとドリーに持ち上げられた。


「ドリーさん?!」

「ディノ、彼女を下ろさないで持っていた方がいい」

「言われなくてもそうするよ」


ネアはとても驚いたが、どうやらディノにパスする為の措置であったようだ。

しかし、魔物にネアを渡した後、ドリーは不思議そうに首を傾げている。


「ネアはいい匂いがするな」

「………入浴剤か石鹸しか思い至りませんが」

「そういうものではなく、手元に置いてずっと嗅いでいたいような香りだ。実は、会議の時から少し気になっていた」

「おや、私を不愉快にしたいのであれば、もう充分だと思うが」

「ディノがそう言うということは、魔物にはわからないのか。不思議だな」

「………もしや、リズモでしょうか」

「さすがに多かったかなぁ………」


幸い、ドリーは違和感に気付いただけで冷静なようだ。

どうもリズモの祝福が多すぎたようなので、近くにいたご新規さんを巻き込んでしまうに違いない。


(ドリーさんに何かがあったら、ヴェンツェル様が荒ぶってしまう……!)


ネアはあまりドリーに近寄らないようにして、大切な共犯者を死守する為にも奮戦した。

現在のネアには、倒した咎竜より呪いがかけられている。

ネアを守護し、愛し、そして同じ屋根の下に住む者には呪いについて伝えられなくなるので、うっかりリズモ産の好意でその咎竜の呪いに触れれば、ドリーという協力者も失ってしまう。


「ディノ、決してドリーさんを損なわないように距離感を計って下さいね」

「勿論だよ、ご主人様!」


ディノ的には嬉しい指示だったのか、喜んで従ってくれた。



「ネア、まだ陽も傾いておらぬ。カルウィを案内してやろう」

「………お気遣いは嬉しいのですが、もうお腹は一杯です」


そこに意気揚々とやって来たのはアンヘルだ。

ネアが魔物の腕の中にいるとわかると一瞬たじろいだが、気を取り直したように微笑む。


「アンヘル、契約の魔物の機嫌を損ねるから、今日はやめた方がいい」

「お前には話しかけておらぬ。何も不快にさせた訳ではあるまい」

「ネアはディノの婚約者だ。魔物が望まない外出の場合、彼女に負担がかかる」


そのドリーの一言で、アンヘルは凍りついた。

何もそこまでというくらいに表情を変えて、見開いた瞳でこちらを凝視してくる。


「…………婚約者だと?その魔物は、白持ちではないか」

「だから、暴れると困るだろう」

「白持ちの魔物が、すぐに死んでしまうような人間を伴侶にするというのか?!」

「アンヘルも気に入っているだろう」

「な?!……わたしは気に入ってなどおらぬ。これは高位の者としての寛容さでしかないわ!」


(む……………。また厄介なことを)


確かに発端はリズモだが、貰い事故な気持ちになるのでもう放って置いて欲しい。

ネアのうんざり感を察してくれたのか、我慢の限界が来たのか、小さく息を吐いた魔物が踵を返した。


「………………ディノ?」

「ネアの仕事だから、損なわないよう気を付けていたけれどね、さすがにこのままここにいると、水竜を減らしてしまいそうだから帰ろうか」

「そういうことなら帰りましょう。ドリーさん、どうやらもう帰った方が良さそうです」

「わかった。先に戻っていて構わない」

「いえ、ドリーさんを一人置いては帰れないので、魔術師さんがきっと丸く収めてくれる筈です!」

「期待されると頑張っちゃうのは何でだろう………」



ひやりと空気が冴えた。

視界の端で、長い髪とぞっとするくらいに淡い水色の瞳が揺れる。


「公爵位の魔物の一人で揺らぐ程、我ら水竜は脆弱ではない」


ひたりと落ちた低い声で、アンヘルの静かな怒りがよくわかった。

すっかり忘れそうではあったが、彼は本来残虐な王なのだ。

ディノの言葉は、その矜持に触れてしまったらしい。


あちゃーと呟く声が聞こえ、魔術師が頭を抱えていた。

他の水竜達は、慄いたように王の様子を窺っている。

ネアはふと、自分を抱えている魔物がひどく酷薄な微笑みを深めたことに気付いた。


(こ、これはあまり良くない兆候……!)


あれこれと守護を受けているネアには支障もないが、相当に不愉快なのだとさすがにわかる。

そろりと視線を戻した先で、魔術師が無言で頷いてくれた。

彼も場の危うさを感じたのか、どうにか均してくれるようだ。



「…………アンヘル、忘れていると思うけれど、まずはネアを怒らせない方がいい。この子は咎竜の王を狩れるし、割と気が短く残虐だ」

「…………人間の中では良いものとは言え、所詮は人間ではないか。魔術可動域も異様に低い」


(………おのれ、倒せない竜なのが憎い!)


仕事の現場でなければ、ネアが確実に蹴り倒した一言を発してくれてアンヘルに、魔術師はやれやれと肩を竦めた。


「君達は力に拘るんだよね。そういう意味であれば、公爵位の魔物の守護を二人分、王族相当が一人分、それから竜狩りのシーの庇護も受けている。もう一つ付け足すなら、彼女の契約の魔物は公爵位では足りないから、君はとても危うい相手を怒らせたんだよ?」


しんと、沈黙が落ちた。

魔術師は決して大きな声は出さなかったが、誰もが沈黙を保っていたのと、この宮殿の構造上とてもよく響いた。


キン、と硬質な音がする。

ディノの足元で水の中で砂糖が崩れるように、何枚かのタイルが砂になっている。

誰かの喉がひゅうっと鳴る音が聞こえた。

後方では既に体勢を崩していた一人が、災厄を畏れるかのように頭を抱えて蹲って震えている。


「公爵位以上だと?」


よろりと後退したアンヘルだったが、今日ばかりは王の背中を支える者もいない。

敵意を向けられたことを良しとしなかった魔物の精神圧に押されて、皆床に膝を突いてしまっているからだ。


「アンヘル、水竜はあまり外に出ない。知らなかったことは仕方ないが、一族の者達の為にも、あまり深淵のものの怒りを買わない方がいい」

「………深淵のもの、だと?それがなぜ、人間などと……」

「アンヘル、下がろう」


その背を支えたのはドリーだった。

すぐにアンヘルの前に立って精神圧を遮ると、丁寧にディノに頭を下げる。

その後ろで、思いがけない相手に庇われて、驚いたように口を開けたアンヘルが見えた。


「ディノ、同じ竜として謝罪する。魔物の伴侶に手を出すのは重罪だ。不快にさせてすまなかった」

「ドリー、君は仲間思いだね。けれど、最近はこの子を脅かす竜のなんと多いことだろう。一種減ったところで何か不都合があるかな」

「水竜は清廉が故に、あまり下界には下りない。だが、得た知識を疎かにする種でもない。同じ過ちは繰り返さないだろう」



それは、時間にすれば僅かなものだったのかもしれない。

だが、とても長く感じた。

魔物に持ち上げられたまま、ネアはぴくりと動きそうになる指先を握り込み、ディノの長い睫毛を見つめる。


身を切るほどに鮮やかな瞳に浮かぶ冷ややかな怒りは、どこか触れて滅んでも構わないと感じさせる退廃的な美しさだ。

水紺の中にゆらりと揺れた菫色の虹彩が、まるで温度のない焔のよう。


(そう言えば、ディノは最近、私を試す為にこういう顔をしなくなった)


それどころか、しょうもなく緩んだ様子ばかり。

けれどそれは、どれだけこの魔物が穏やかに過ごしていたかということでもある。


「………ネア?」


我慢出来ずにごつりと頭をぶつければ、魔物は目を瞬いた。


「帰りましょうか」

「…………そうだね」


体の向きを変えるのに合わせて、真珠色の三つ編みが揺れた。

背後のドリーに頷いてみせれば、肩から力を抜くのがわかる。

残って何かをアンヘルに話しかけていたドリーを、ネアに笑顔を向けた魔術師が上手く捕獲して一緒に連れ帰ってきてくれるようだ。

これで憂うこともない。


(良かった。ドリーさんが強いとは言え、水竜の宮殿に一人で置いてゆきたくはないもの)



さわさわと、見事な睡蓮の花が揺れる。

行きとは違い人気のない宮殿前の広場を歩いていると、誰かが走って追いかけてきた。


ディノが振り返りもしないのでネアが三つ編みを引っ張ってやり、やっと追いついた男性が深々と頭を下げる。

短い白混じりの髪に、アンヘルと同じ色の瞳をした男性だ。


「万象の王、申し訳なかった。神格化された父は、ほとんどこの国を出た事がない。あなたのことや、歌乞いと魔物の関係を知らないのです」

「ラグメイア、であるなら学ばせるといい。君はよく外に出ているだろう」

「お慈悲に感謝を。そうします。父のことは僕にお任せ下さい。そして、あなたの歌乞いにも謝罪を」


あえて直接ネアに言葉をかけなかったのだろう。

ネアはディノの肩に手をかけて振り返ると、ラグメイアと呼ばれた竜にぺこりと頭を下げた。


「奥様に、あらためて私からのお礼を伝えておいて下さい。頼もしい占いを有難うございました。お喋り出来て嬉しかったですと」

「………妻も喜ぶでしょう」


ほんの少し目の表情を和らげて、水竜の王子は去っていった。

入れ違いで合流した魔術師とドリーとも、何か短く言葉を交わしている。

様子を見ている限り、とても頼れそうな王子だ。



やがてまたあの門が見えてきて、通り過ぎていった。


「やあ、何とか生きて帰れるねぇ」

「そのような惨事にはならなかったと思う」

「いや、結構怒ってたから危なかったよ」


そう会話をしている魔術師とドリーに、ネアは小さく首を傾げた。

やっと水竜の門もくぐったので、周囲の目を気にせずに我慢していたことが出来る。


「ディノ、」


ずっと可哀想だったのでよしよしと魔物の頭を撫でてやると、魔物は驚いたように綺麗な水紺の瞳を瞠った。


「怖かったのですよね、大丈夫ですよ」

「ネア………」

「早くウィームに帰りましょう。ザハのメランジェを奢ってあげましょうか?それとも、お部屋でお茶会にでもしますか?」

「………部屋に帰ろうか」


ふと視線を感じて体を捻ると、少し驚いたようにこちらを見ている魔術師がいた。


「………怒ってたんだよね?」

「いいえ、あの水竜めは私の大事な魔物を傷付けたのです。でなければ、私もさすがにその場で止めますよ」

「もしかして、単なる怒りじゃなかったから、わざと止めなかったの?」

「ええ。あれは傷付けられた上での正当な反応でした。なので止めませんでしたし、理解力の低い相手を叱る時には、あえて怖い目に遭わせるのも手です。世間知らずならば尚更、怒られる経験は必要ですからね」

「あれ、もしかしてドリーもわかってた?」


気が抜けた顔でそう尋ねた魔術師に、ドリーも頷いた。


「アンヘルは、人間の契約者を持つ者にとって一番辛いことを言った。あれは、俺も少し嫌だった」


(…………こんなに強張ってしまって、可哀想に)


一心に頭を撫でていると、少しだけ緊張が剥がれたのか眼差しが和らいだ。


アンヘルが人間などすぐに死んでしまうと口にした瞬間、ディノはネアを抱えた手を強張らせた。

そのまま、まるで逃げられないようにするかの如くしっかりと拘束されて、ネアはこの魔物がとても怯えていたことに気付いたのだ。



ネアは一度も、ディノが先に死んでしまうという怖さを感じたことはない。

だが、ディノが自分の元から去ってしまうと考えたとき、それは、それだけだとしてもとても怖いものだった。



「ですので、ディノは最後に少し荒ぶってしまいましたが、今回のお仕事は及第点です。よく頑張りましたね」

「ご主人様………」


やっといつものように悄然とすることが出来てきたらしく、ディノはまた深く息を吐いた。

しょぼくれることが出来れば一安心である。

ネアは、ようやく表情の戻った魔物に微笑みかけた。


「そして、あちらの王様は私の中で、本日はマイナス七百点です」


その言葉に反応したのは魔術師だ。


「待って、それ何点満点?」

「百点満点ですよ。積立で、現在マイナス千八百六十点です」

「積立ってことは、さては前回から計算してたんだね……」

「これでも、人間そのものへの暴言は十点刻みだったのですが、最後に私の大事な魔物を傷付けたので、マイナス百点です!」

「アンヘル、暴言だけでもかなり積立したなぁ……」


表通りから賑やかな声の聞こえるカルウィの路地裏を少し歩き、転移でウィームの外れに降りた。

アンヘルのドーム型の屋根の寺院や、色鮮やかな布や銀製品の並ぶバザールから一転、穏やかな雪景色にほっとする。



「ネアは、あまり竜が好きではないのか?」


ふと、隣りを歩いていたドリーがそんなことを尋ねた。

少し寂しそうだったので慌てて首を振ってみせる。


「いえ、これでも竜は割と好きですよ。アンヘルさんが特別に苦手なのです」

「人間を害する竜だから?」

「それが習性であれば、特に感慨はありません。こちらには、人間を食べてしまう生き物が沢山いますしね。ただ、食料だけでなく奴隷にもして、信仰を受けながらも嘲笑う姿勢が嫌いです。あの方は、昨年はどんな風に人間を翻弄して食べたのかを、悪意ですらなく自慢として楽しげに語ってくるような方なのです。やはり、個人的には空気の読めない嫌な奴という評価でしょうか」

「…………悪意の上でなら、いいのか?」

「悪意として向けられる刃であれば、それもまたその有り様の特性なのかなと思えるのです。アルテアさんとか、少し前までそんな感じでしたしね」

「統括の魔物か………」


そこで今度は魔術師が首を傾げた。


「でもさ、アンヘルのあれも一種の有り様じゃないかな。それでも、アンヘルは嫌?」

「苦手な部分と均衡する形で、魅力も感じればまた違うのでしょうが、私はどこも好きなところがありませんでした。でも、これはあくまで私個人の感覚ですからね?人間は心がさして広くないので、時折このような形で理由はともあれどうしても生理的に嫌という方に出会うのです!ですので、魔術師さんとアンヘルさんの友情を否定したりはしません」

「念の為に言うと、アンヘルは友達じゃないかな。……というか、友達って感じじゃなかった」


清々しいまでに我が儘な感想を述べたネアに、魔術師はふと、噛み締めるようにそう呟く。


「……もしかして、お友達だと認識して貰えていなかったのですか?」

「ちょっと!何で真っ先にその疑いがかかるのかな?!……違うよ。友達って、こういうのじゃなかったんだなって、最近思ったんだ」


声音がどこか誇らしげな一言でもあったで、ネアは微笑んで頷くに留めた。

この様子だと、本当の友達めいたものが出来たのだろう。

それがわかったのか、ドリーもどこか微笑ましげにしている。


「さて、俺はヴェルリアに戻ろう。ネア、同行してくれて助かった」

「私は、今回はほとんど食べていただけでした」

「あの咎竜の遺骸が役立った。ネアのお陰だ」

「む。狩人としての評価は有難くお受けします!」



ばさりと翼を広げて飛んで行くドリーを見て、ネアは目を輝かせる。

ドリーは竜らしく、空中で竜姿のまま転移することが多いらしい。

実は、ネアは竜という生き物には結構な憧れがあったのだが、異世界に来た後に出会い、好きになった竜という枠はドリーが埋めてくれた。

妖精と竜の枠が埋まったので、そろそろ次の精霊に移行したいところである。



「そう言えば、腕輪も金庫なんだね」


ドリーに手を振っていた時に目が留まったのか、今更、魔術師にそんなことを言われた。

今回、ネアが咎竜をしまっていたのは腕輪の金庫なのだ。


「はい。今回の為に新調したのです。元々持っているものは私物や宝物用なので、嫌だけど持つしかない獲物枠の金庫を作って貰いました」


細い金色のチェーンについた真珠が金庫になっている。

咎竜の持ち運びで悩んでいたところ、ディノが気を利かせてくれたのだ。


「もしかして、他にもあるの?」

「もう一匹、不埒な竜めが入っています」

「君はその内、竜種を滅ぼすんじゃないかなぁ……」

「滅ぼしませんよ!それと、獲物を狩るのは堅実に生きる為です。お金は大事ですから」

「その所為で怪我とかしないようにね。咎竜だって、呪い持ちで危ない生き物なんだからさ」

「背に腹は変えられないこともありますが、咎竜で懲りたので気を付けますね」

「竜種なら自宅で正規ルートを通すより、アクス商会にでも持ち込んだ方が高値がつくよ?」

「………なぬ」

「そちらさんは国家だからね。民間の方が高値がつきやすい商品も多い」

「貴重な情報を有難うございました」

「もう一つ情報を提供するけど、君の魔物がとても大変な状況になってる」

「…………あ、しまった」



すっかり傷心のディノを忘れて、お喋りに興じていたネアは慌てて魔物のケアに戻った。

早々にリーエンベルクに帰ってあげると話していたのを、すっかり忘れてしまっていたのだ。

視線を戻せば、ずっしりと項垂れた姿に慄くしかない。


「ごめんなさい、ディノ。途中から無言で俯いていたのは、さては抗議活動だったのですね」

「………ネアは、すぐに他のものに夢中になってしまうんだね」

「今のはお仕事上がりの、諸感想と情報交換です。ディノとするお喋りとは違いますよ?」


そもそも、魔物はネアを抱えているという最大接点を保有しているのだが、それは得票にあたらないのだろうか。


「では、お詫びにグヤーシュを作ってあげます。それで許してくれますか?」

「………グヤーシュ」


魔物はころりと表情を変えた。

まだ若干拗ねてはいるが、犬ならば尻尾が揺れてしまっている状態だ。

ある意味純粋さを利用する悪い方策だが、ここは狡い手管に転がされて欲しい。


ディノと会話している途中で魔術師が退出したことには気付いていたが、彼もなんやかんやと良い方向に向かっているようでほっとした。



(……………あれ?)



その時ネアは、とても重要なことに気付いた。

突然ご主人様にがっしりと肩を掴まれた魔物が、驚いたようにこちらを見る。



「ディノ、あの魔術師さんは何者なのですか?!」

「ネア…………?」



たった今彼は、ネアと咎竜の呪いについて会話をしたのだ。

その会話によって損なわれることなく、ただ自然に話して、特段変化もなく去って行った。


(そんな、どうして?!)


彼がネアの見込んでいる人物であった場合、本来はネアはその話題については喋れなくなった筈なのだ。


あの後散々調べたところ、伝達の禁止を成す呪いは、喋れなくなり、頷いたり首を振ったり出来なくなり、書いたり置いたり、とにかくその禁止された界隈のものにおいて、一切の反応が封じられる筈なのだから。



(となると、あの魔術師さんは、私を守護せず、愛さず、同じ屋根の下にもいない人物………?!)




「どうしましょう。魔術師さんは知らない人でした!」



こうして大きな謎を一つ残し、二回目のカルウィ出張は幕を閉じた。






アンヘルのディノに対する認識がすっきりしない理由は、後日談で説明回が入ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] やーっぱりこれ竜の媚薬もう食べてるじゃん絶対あの赤いやつそうだよ
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