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11. 庭で迷子になった結果、男性をお持ち帰りしました(本編)




その日は朝から霧雨が降っていた。

秋の森の色彩が、霞みがかった見慣れない色に染まり、庭先の花々が雫を纏う。

真っ赤なリディアナの実がたわわに実り、重たい枝を下げているその横を抜け、ネアは傘から雨を払った。


そして、いきなり変化した周囲の景色に目を丸くした。



「………迷子?」


いや、まさかこの歳で迷子はないと思いたい。

そんな失態を犯してしまったら、これからどうディノの教育にあたればいいのだ。


どこか遠くで教会の鐘の音が聞こえたので周囲を見回したが、教会その物の姿は見えないようだ。

けれども、こんな風に鐘を響かせる聖堂なんて、リーエンベルクの近くにはなかった筈だと思えば、少しだけぞっとしてしまう。


秋の森は色彩美しく静謐だが、奇妙なことに他の生き物の姿は見当たらなかった。

見回してみたが、風に揺れる木々の動きが揺らぐくらい。

ここは、どこだろう。


振り返ってみても、もうどこにもリーエンベルクの姿はない。



「…………あ、」


途方に暮れかけたネアは、ふと思い出した。

最近あまり近付かないようにして差し上げている元婚約者殿が、今朝方、何やらバタついていなかっただろうか。

近隣で魔術汚染による被害が出たとかで、山狩りをすると話していたような気がする。



(でも、庭に出ただけだったのに…………?)


もしこれで万が一にでも何事かに巻き込まれていたら、とても理不尽ではないかと、ネアはますます渋面になった。

遭難準備はしていないぞと思いつつ、ディノから貰った指輪をじっと見つめる。


(とは言え、この指輪があれば、大丈夫なのだろうか…………?)


左手の指におさまった乳白色の指輪は、変わらぬ清廉な煌めきだ。

ディノがどんな装着設定をしたものか、この指輪が見えるのはディノとネアだけなのだが、今日もしっかりと指に収まってくれている。


この指輪があれば、ある程度の困難には対応してくれるだろうかと考え、少しだけ胸を撫で下ろした。


しかしながら、ホラーというものに対しては非常に抵抗力がないので、そのような展開になった場合、まず、冷静な対応が出来ないだろう。

怖い映画の宣伝などの際には、いつも目を閉じて耳を塞いでいたのだが、この手法は、現状適応し難いと言わざるを得ない。



「ディノ、私は遭難中です。救助に来て下さい」


無線のような効果はないだろうが、ついつい指輪にこそっと話しかけてしまう。

何かがおかしいと気付いてから一時間近く経っているので、これはいよいよ、遭難準備段階といってもいいはずだ。


「…………っっ?!」


唐突に、足元を何かが駆け抜けていったので、遭難者仲間だろうかと考えたネアは、目で追い掛けた。

転げるように走っていったのは、子犬サイズの奇妙な生き物で、ネアは、目を凝らした途端にうっと声を詰まらせた。


鸚鵡の頭を持った、燕尾服姿の小人のようなものが、てけてけと走ってゆく。

どう考えても、ネアの生まれ育った世界の人知では、計り知れない生き物だ。



(よし、出会わなかったことにしよう)


人間と同じ姿の魔物には免疫があるが、このような感情の動きすら把握出来ない顔面は無理だ。

また、鳥を飼ったこともないので、鳴き声や仕草から会話することも出来ない。

振り返ったらどうしようとはらはらしていたが、幸いにも、鸚鵡頭はものすごい速さで駆け抜けていってしまった。


(それにしても、庭に出ただけでワンダーワールドに迷い込むなんて、何て運の悪い)


やけに薄暗い場所に出てしまい、その場に留まるのも怖かったので、ひとまずは前進してみながら、ネアは、こんな目に遭うのは日頃の行いのせいだろうかと昨晩の行動を振り返ってみる。


周囲の風景が変わらないので、そろそろ暇になってきたのだ。



(昨日の夜、ディノの髪の毛を三つ編みにしてあげなかったからかな…)



最近のディノは、三つ編みを覚えた。

昼間は手で持つときにもリード感が増して良いのだが、洗いたての夜はどうだろうと考え、本人の希望を却下してしまったのは、あの綺麗な髪が傷んでしまったら、ご主人様失格だと思ったからだ。


(或いは、妖精さんを少しだけ尾行したのがまずかっただろうか)


妖精さんこと、ヒルドという名前の第一王子の傍仕えは、最近よく王宮に姿を見せている。

初回以降接点を持てずにいたが、あまりにも理想の妖精なので、建物内部で遭遇すると、ついつい物陰からじっと眺めてしまっていた。

時々、偶然見かけてもう少し見ていたいあまりに、用もない方向に一緒に歩いてしまう。



(他には、…………)



そうして、己の罪について考えながら歩いていると、不意に視界が開けた。

急に明度が変わったので驚いて顔を上げれば、木々が途切れ、鈴蘭のような白い花が一面に咲いている。



そしてそこには、奇妙な光景が広がっていた。


不自然に森が開けた土地の中央には、繊細な彫刻のある二脚の豪奢な椅子があり、見知らぬ人が腰かけている。

向い合う椅子の内の一脚は空いていて、その空席が妙な不安感を煽った。



「…………次のお客か」


片方の椅子には、一人の男性が座っている。

ディノの声とはまた違う、低くて甘い美しい声は、ディノがどこか無機物的な美しさであるのに対し、どこか、馴染みやすい温度があるのだが、老獪で上品なけだものという印象であった。

おまけにその足元には、とてつもなく奇妙なものが積み重なっているではないか。



(足元のものは、人間の着ぐるみ………?いや、……着衣のままの、皮?)


百近くはあるだろう。

無造作に洗濯物のように畳まれ、ラベルがつけられている。

加えてその周囲には、壊れた馬車や、苔むした手押し車、錆付いた傘など様々なものが転がっていた。


しかし、ネアが声を失ったまま立ち尽くしてしまったのは、別の理由だった。



「槿さん!!!」



耳下までの真っ白な髪に、紫がかった赤い瞳。

ぞくりとする程の美貌だが、口元の悪戯っぽい微笑みがどこか親しげに見せる。

けれど、妙に見る者を不安にさせる油断ならない気配を持つ男。


「どうしてここにいるのですか!無事だったのですね!!」

「は?……おいっ、………ぐっ!!」


懐かしい姿に全力で駆け寄ったネアは、その体にばすんと抱きついた。

勢い余って、椅子がぐらぐらと揺れる。

逃がすまいと渾身の力で飛び込んだので、胸に頭突きを受けた形になった男が声を詰まらせた。


「待て!何の悪ふざけだ!!」


頭を掴まれ引きはがされそうになって、ネアはへにゃりと眉を下げる。


「お別れの挨拶に来てくれたのに、私のことはもう忘れてしまったのですか?」

「待て、何の事だかわからない。……っ、泣くな!………………何なんだお前は」


その時のことだ。

しゃりんと、氷が砕けるような音と共に、空間がひび割れた。



「……………おや、」


目を瞬けば、そこはもう見慣れた離宮の庭である。

雨は上がっており、陽光は、お昼時の明るさになっていた。

視界がやけに翳るのは、何人かの男性に囲まれているからのようだ。



「良かった、ネア。魔術の道に入り込むなんて、不用意なご主人様だね」


どうやら、ディノが遭難先から連れ戻してくれたらしい。

虹色の光を揺らす髪を靡かせて、ネアが立ち上がれるように手が差し出される。

エーダリアや、グラスト。ゼノーシュにヒルドの姿もあった。

遭難時間にもよるが、強張った表情を見るに、随分な迷惑をかけてしまっていたのだろう。

そう考えると申し訳なさでいっぱいになったが、見知った場所に戻れたことが単純に嬉しい。



「ところで、ネア。…………それは何だろう?」

「……………ん?」



もしやと思いディノの視線を辿ってみると、ネアの腕の中には、椅子ごと抱え込まれて、頭を抱えてしまった男性がいる。


どうやら、一緒に持ち帰ってきてしまったらしい。



「浮気?」



こちらにも事情があるのだが、その震える程に美しい微笑を向けられて、ネアは、体当たりでもするしかないのかなと肩を落としたのだった。













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