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咎竜の王と狐の部屋


とある夜に、一人でネアがアルバンの山で狩ってきた蛇妖精がある。

と言うか、ネアの所感では蛇妖精であった。


しかし、翌朝ディノに連行されてその証拠物証を提出させられれば、ネアは無言になってしまった男達に囲まれてしまう。

たっぷり無言になられてから、頭を抱えたダリルが何故かアルテアを呼ぶと言い、エーダリアはジゼルに通信をかけるとふらつきながら部屋の隅に歩いて行った。


「ネア様、他にこのことを知っている者はおりますか?」


やけに深刻な表情のヒルドにそう聞かれ、ネアは素直に銀狐が知っていると答えた。


「わかりました。その狐もここに呼びましょう」


しかし狐は、ヒルドが探しに行っても中々現れなかった為に、ネアが森に入り何度か呼びかけると物凄い勢いで走って飛んできた。

余程焦って走って来てくれたのか、頭に葉っぱや枝をつけたまま心配そうに見上げるので、ネアはそっと抱き上げながら告白する。


「狐さんのリズモのお陰で、ディノと話せて誤解が解けました」


そう言うと、銀狐は尻尾を振り回してお祝いしてくれた。


「狐さんがいなければ、私はくしゃくしゃだったかも知れません。こんな私でも、お友達でいてくれますか?」


その問いかけに、目を丸くした狐の尻尾は千切れんばかりに振り回された。

正直、言い出したネアも、尻尾がそのまま千切れてしまうのではないかと心配になったくらいだ。


「ネア、浮気……」

「ディノは現在、私を甘やかしてくれなければいけない期間ですね」

「他の狐を連れて来てあげようか?」

「この子でなければ嫌です。勿論、狐さんにも私生活がありますので、一概にここに居てとは言えませんが」


ネアが少ししょんぼりすれば、銀狐は激しく首を横に振っていた。

首から下げた免罪符がキラキラと光る。


そんなやり取りをしながら部屋に戻ると、華やかな訪問着のアルテアがまた自前の椅子に座っていた。

帽子とステッキまでは見慣れているが、真っ白なマフラーを首にかけて宝石のブローチをつけた淡い灰色の毛皮のコート姿の今日は、見慣れないくらいの凄艶な美貌である。


アルテアを認めた途端、狐は少しだけ尻尾をけばだたせた。

以前ディノが泣いてしまった時の出会いでもそうだったが、あまり得意ではないらしい。



「お前、今度は何をしでかしたんだ。……ネア?」


物凄く嫌そうに喋りかけたところで、アルテアは眉を顰めてこちらに向かってきた。


「お前、少し痩せたな?」

「む。少し痩せたと言われますが、特に自分では意識していません」

「頬のラインが変わってるぞ」

「怖っ!」

「おい、心配してやったんだろうが!」


更に覗き込まれそうになり、何だか見慣れない豪奢さで照れたネアは、防壁代わりに手に持っていた銀狐を持ち上げて盾にした。


「狐さんの手厚い友情により、今日もとても元気です」

「ネアは、私が傍にいなかったから不安になってしまったんだよね?」

「ディノ、そこで狐さんと張り合わないで下さいね。ほら、狐さんも呆れた目をしています」

「ネア、その狐からまずは手を離そうか」


床に置いたら蹴飛ばしそうな冷ややかさであるので、ネアは首を傾げて一つの策を講じた。


「傍にいない魔物のことは諦めてしまおうとした私に、ディノの指輪を取り戻すようにと諌めてくれたのは狐さんなのですよ?」

「え………」


ディノはその事実に声を失い、銀狐は厳しく頷いた。


「いや待てよ、それ狐じゃないのか?」


眉を顰めたアルテアに、驚いたようなヒルドの声が重なる。


「ネア様、何かあったのですね?」

「ヒルドさん。…………実は、ディノが暫し指輪を回収してしまったので、契約破棄かなと悩んでいた時期がありまして」


うっかり自損事故から尻尾を掴ませてしまい、上手く誤魔化そうとしたネアは、背筋が凍るような微笑みを向けられてあっさり語るに落ちる。


「なぜ、私に相談をして下さらなかったのですか?そんなに私は頼りないでしょうか?」

「ごめんなさい……」

「もしや、その状態で外に出たりはされておりませんよね?」

「……ヒルドさんの耳飾りは着けていました」

「それであればまだ許容範囲ですが、少しゆっくりお話を伺う必要がありそうですね」

「……ヒルド。ネア、そもそも何故そんなことになったのだ。あの話し合いは着地したんじゃなかったのか?」

「エーダリア様、……実は、」


そこでネアは、魔物と擦れ違ってしまった事情を説明せざるを得なくなった。

今回の案件は特に羞恥ではないらしく、ディノはけろりとしている。

話を聞く内に、部屋には何とも生温い空気が満ちた。



「ネアちゃん、今度、初期講座みたいなやつやっておいてあげるから」

「ダリルさん……!」

「でも、後でネアちゃんにも個別でお説教。何で誰にも相談しないの!」

「ごめんなさい………」

「それとディノ、格好いいと思われる方がいいか、大好きだと思われる方がいいかは別物だからね」

「もしかして、その二つは違うのかい?」

「現在両立してないなら、新しい要素を増やそうとすると、今のネアちゃんが好きでいてくれるディノらしさが消えるかもしれないってこと」

「成る程。だったらこのままでいいかな」


ダリルは素早かった。

この場で応急措置をして貰い、ネアは魔物がまだ格好良いと言って貰う為に何かをするつもりだったと知り震撼する。

やはりその道の達人はよく気付くものだ。

ダリルのお説教には不安しかないが、次なるディノの迷走を阻止して貰えて本当に良かった。


「…………で、何で俺は呼ばれたんだ?最初にも言ったが、一時間が上限だぞ」

「すまない、そうだったな。本題に入ろう」


脱線してしまった結果、途中でディノの恋愛指南話に飽きたアルテアが残り時間に苦言を呈した。

慌ててエーダリアが話題を戻す。


「実はネアがこれを狩ってきてしまってな」


そう言うエーダリアに、床の上に置かれた蛇妖精の上にかけられた布を取ったのはヒルドだ。

その途端、アルテアの表情が一変する。


「成る程、だから俺も呼ばれたんだな」


そう言う声に振り返れば、なぜかウィリアムまでもが現れている。

アルテアを呼んだダリルが頷いていたので、この三人は連絡先交換でもしているのだろうか。


「ウィリアムさん!」

「すまない、さっきからいたんだが、手紙を書いていたから部屋の奥にいたんだ」


言われてみれば、エーダリアの執務室の奥にある書記机には使った跡がある。

ぽんと頭に手を乗せてくれたが、目が少し怒っているので、ネアはウィリアムにも後で叱られる予感がした。


「………おい、これ王だろ」

「だよねぇ、王なんだね」

「やはり王でしたか………」

「私は、この種を初めて見た……」


こそこそと話をされて、ネアは眉を顰める。



「こやつは、蛇妖精さんではないのですか?」


ほぼ全員が同時に振り向いた。

ぎくりとしたネアは、隣の魔物を見上げて教えを請うことにした。


「ネア、これは咎竜だよ」

「竜………?羽が妖精さんのようです」

「咎竜は他の竜と少し容貌が違うからね。でも、獣の四肢があるし、角もあるだろう?」

「四肢が………ありますか?」


それは初耳であったので、ネアは蛇妖精の亡骸に近寄り観察してみる。

ヒルドが教えてくれて、子馬ほどの体躯に見合わない人差し指くらいの四肢があることが判明した。


(これ、竜というよりは、東洋の龍のような形状なのかな)


「そして八枚羽だから、まず間違いなく咎竜の王だね」

「俺ですら咎竜は滅多に見ないぞ……」

「そうですか?俺は結構見ますけどね」

「そ。だからウィリアムも呼んだわけ。これってやっぱり王だよね?」

「この見た目だからなぁ……」


少し不安になってきたネアは、もう一度助言を請おうとディノの三つ編みを引っ張る。


「ディノ、咎竜とはどんな竜なのでしょうか」


こちらを見た魔物の目は優しくてどきりとする。

自分の不在でご主人様が心を痛めたことがとても堪えたらしく、今日は朝からこういう目で微笑むことが多かった。

心臓に悪いのでやめて欲しい。


「言葉の通り、咎より生まれそれを司る竜だ。戦場や処刑場でも見かけるが、最も多く現れるのは死者の行進の後だね」

「だからこそ、ウィリアムさんなのですね」

「でも、咎竜の王はあまり人間の前には姿を現さないんだよ。他の竜の子供や、精霊を餌にする竜なんだ」



首を傾げて、あの夜の赤い満月を思い出した。


(…………あ、)


ふと、余計なことまで思い出しかけてひそやかに沈める。



「……私のことは人間だと認識していましたよ。失礼なことばかり言う嫌な竜でした」

「お前、人間の身で咎竜に遭遇して、その感想になるのはどうかと思うぞ」

「アルテアさんに引かれると不愉快なのは何故でしょう」

「いや、今回は誰だって引くからな」

「む。狐さんは同情してくれて、こやつの亡骸を踏んづけてくれましたよ」

「ネア、ちょっといいか。まさか、咎竜に何かされたのか?」


慌てたウィリアムが割って入り、ネアは、咎竜の暴言の数々を言いつけることにした。


「最初から失礼な悪口しかありませんでしたが、手足を食べて子供を産ませると脅されました」


その途端、執務室には沈黙が落ちた。



「………ネア様、よく頑張りましたね」


最初に口を開いたのはヒルドだ。

とても冴え冴えとした微笑みで褒めて貰い、ネアはほっとする。

正当防衛が認められた瞬間である。



「もう死んでいるのが残念だね」

「おい、その殺気をしまえ!」

「シルハーン、本人がきちんと報復したのでもう大丈夫ですよ」

「そもそも、咎竜という種はまだ必要なのかな」

「シルハーン、種族ごと連帯責任にするのはやめて下さいね。俺の仕事が限界です……」


魔物が荒ぶってしまったので、ネアは慌てて腕を引いて窘めた。

その為には銀狐を床に下ろすしかなく、少し心配したが、銀狐は賢明にもヒルドの横にとことこと歩いて避難してくれる。


「ディノ、会ったこともない他の咎竜さんを虐めないであげて下さいね」

「ネアは咎竜が好きかい?」

「こやつを滅ぼしたのでもう充分です。お友達のお仕事を増やしてはいけませんよ」

「いない分には構わないだろう」

「ディノ、また私を置いてお出かけですか?」

「………ここにいる」


魔物は比較的早めに改心してくれたので、ネアは安心して微笑んだ。

とは言え暴走しないように、手を繋いでおいて拘束する。

魔物が目元を染めて恥じらっているが、この際気にしないようにしよう。


「だが、とは言えどうしてネアが咎竜の王を倒せたのだろう」


まだ顔色が戻らないエーダリアがそう呟き、しゃがみ込んで遺体検分をしていたウィリアムが立ち上がる。


「逆鱗は粉々ですね。ネア、この竜を踏んだのか?」

「はい。角を掴んで背中に飛び蹴りはしました」

「それが致命傷だな。余程、真剣に戦ったみたいだ」

「煽られて激怒してしまいましたし、こやつも反撃してきました!」

「ん?一撃じゃないのに勝てたのか?」

「いい汗をかくくらいには戦いましたよ?」


またしてもぞっとしたように全員にこちらを見られて、ネアは眉を顰める。

なぜそんな顔で見られてしまうのだろう。


「何もされなかったのか?」

「エーダリア様?」

「仮にも竜の王だ。どうして無事で済むんだ?」

「おい、何で生きて帰ってきたんだ………」

「アルテアさん、言い方が失礼ですよ!ヒルドさんのくれた靴紐のブーツの威力ではないのでしょうか?」

「いえ、死の舞踏とは言え、さすがに咎竜の王となると……」

「では、それに付加されたウィリアムさんの守護でしょうか」

「俺の守護で補填すれば確かに致命傷にはなるだろうが、交戦するとなると難しいな。シルハーンの指輪かも知れないが」

「……その時、ディノの指輪はしていませんでした」


がこんと音がしてぎょっとすれば、ヒルドが書簡筒を取り落とした音のようだ。

もの凄い顔でこちらを見ているので、ネアは冷や汗をかきそうになる。


「ネア様、」

「は、はい!」

「ディノ様の指輪がない時に、その咎竜を狩りに行かれたのですか?どこまででしょう?」

「………アルバンのお山に……」



ここでネアが物凄く叱られる場面が挟まれ、反省したもののすっかり怯えたネアは、ディノの持ち上げに甘んじて心の傷を癒す。

このような事故が起きた場合の相談体系を考えてくることが宿題にされてしまった。



「ヒルド、今回のことは私の責任だ。あまりこの子を責めないであげてくれないか」

「確かにディノ様の落ち度ですが、ネア様の判断も愚かですね。お二人とも反省するように」


叱られた二人が消沈し、とことこと戻ってきた銀狐が不憫そうに見上げる。

ディノがさり気なくその狐を踏もうとしたので、ネアは頭突きで叱りつけた。

嬉しそうにしているので逆効果だったようだ。



「これ、どうすんの?切り売りする?それとも政治利用する……?」


(………ん?)


その時にふと、ネアはダリルの眼差しに目を瞠った。

何かを見極め、観察するような目でこちらを一瞥した書架妖精はさり気なく視線を逸らす。

けれどそれは、一瞬のことであった。



ダリルの質問に、エーダリアは首を振る。


「さすがに私一人では判断が出来ない相手だな。ジゼルにも問い合わせたが、そもそも咎竜は他の竜族にとっても外敵であり、あまりどのような種なのかわかっていないそうだ……」


(………そう言えば、)


ネアはふと、とある特徴を思い出した。


「そう言えば、こやつの瞳孔は縦長でした。水竜さんと同じように、古い種の竜なのでしょうか?」

「そうだよ。でも、特に水竜の子供をよく狙うから種族的には古くからの仇敵同士………」


説明しかけたダリルが黙り、エーダリアとヒルドが顔を見合わせる。


「どうやら、用途が決まりましたね」

「ネアちゃんほんとお手柄!これで念押しに、かっちり条約も結んじゃおう!!」

「ご心配をおかけしてしまった分、この狩りが役立つようで良かったです!」

「ま、待て、せめて角の片方ぐらいはこちらに残して…」

「そこの馬鹿王子、魔術師としての悪い癖!」

「では、鱗ぐらい構わないだろう?!」

「エーダリア様………」



よくわからないが、どうやら上手く使ってくれるようだ。

向こうでエーダリアが叱られているが、一件落着したようなのでネアが一息吐いていると、おもむろにウィリアムに手に触れられた。


「ウィリアムさん?」

「いや、特に守護が増えたわけでもないし、どうして倒せたのか不思議なんだ」

「……弱っていたんでしょうか?」

「ネアに求婚したのも不思議だな」

「求婚……」

「ネアが聞いた台詞は、有名な咎竜の花嫁探しの一節だからな。咎竜は、花嫁候補の心を壊してから肉体的にも動けなくして巣に連れ帰り、子供を産ませるんだ」

「滅ぼして良かったです………」


あまりにも陰惨な嫁取りに、ネアはディノにへばりついた。

それを知ってから今更怖くなったが、どうして獲物を狩ったあらましを聞いたディノが動揺したのかもわかってしまった。

聞けば、階位的にはジゼルやサラフと同じだと言う。


(本当に、どうして倒せたのか謎だ……)


「そう言えば、ゼノから貰った亡霊に寄生する種を使いました。それも影響していますか?」

「特にアレルギーがあるとは思えないな」

「アレルギー………」


ネアはぽかんとしたが、確かに竜はボラボラにかぶれるそうなので、苦手なものもあるのだろう。


「お前、またろくでもない武器を持ってたんじゃないのか?」

「むぅ、あらぬ疑いです。ブーツと種以外は、素手で戦っていましたよ」

「いや、その方が頭おかしいぞ」

「ディノ、アルテアさんに暴言を吐かれました」

「ネア、可哀想に。叱っておくよ」

「いやいや、どう考えてもおかしいだろ。竜の媚薬や竜の毒なしに、どう斃すんだよ」

「竜の媚薬とはなんでしょう?」


初めて聞く単語に首を捻ると、ディノがすぐに教えてくれた。


「竜の媚薬は、亡霊のみが辿り着ける特殊な魔術特異点にのみ実る結晶だよ。それを服用した者は、竜種を酔わせ、竜種から損なわれないという特性を終生持つ。竜の毒は、精霊の王族だけが精製する毒だ。こちらは、一雫で竜を殺すが、斃れる竜が瘴気を纏うのであまり好まれないかな」


世の中にはすごいアイテムがあるようだが、そんな大層なものは持っていないので、アルテアに向けて首を振る。


「私はそのどちらも持っていませんでした。……アルテアさん、疑惑の目が不愉快です!」

「お前の場合、信用ならないからな」

「異議申し立てをします!」

「にしても、求婚で良かったな。咎竜は呪いを司る竜だ。襲撃だったら確実に呪い殺されてるぞ」

「求婚でも手足を食べられてしまうのなら、さして変わりがないのでは………」

「それと、俺はそろそろ時間だ。……おい領主、咎竜の王の件は答えが出たならそっちで捌けよ。念の為にこちらでも咎竜を見かけたら動向は見ておいてやる」

「ああ。手間を取らせて申し訳ない。例の白持ちの件は、あらためて調整させてくれ」

「私用を済ませてくるまで、一週間待て。因みに、灰被りを見付けたのは俺じゃない」

「違うのか。………承知した」


持ち込んだ椅子を綺麗に消すと、アルテアは机に立て掛けてあったステッキを取り上げた。


「お前はもう騒ぎを起こすなよ?」

「アルテアさんに言われたくないです。でも、ご迷惑をおかけしました。どうか、これからも不意のボラボラには気を付けて下さいね」

「………やめろ」


あれだけ着飾る私用が気になりつつ、退出するアルテアを見送っていると、ウィリアムがかなり嫌そうな顔で窓の外を見た。


「…………また内戦か」

「ウィリアムさん、お仕事ですか?」

「みたいだな。今日は少しゆっくり出来ると思ってたんだが。……シルハーン、俺も失礼しますが、ネアにあまり無茶をさせないようにして下さいね。不用意な外出は控えて下さい」

「言われるまでもなく、もう離れないよ」

「良かった。安心して仕事に戻れます。ネア、君もくれぐれも一人で出掛けないように。次にやったら俺も怒るぞ」

「………はい。ディノと一緒にいます」


こちらからも穏やかに叱られ、ネアは素直に反省した。

こんな珍しいという竜の王が行きがかり上襲ってくるくらいなら、アルバンの山とて安全ではないのだろう。

ネアからも足を運んでくれたお礼を言い、ウィリアムも帰っていった。



「ともあれ、落ち着いたな」


エーダリアは鱗欲しい問題が解決したのか、久し振りに良い笑顔をしている。

ネアが狩ってきた咎竜は、水竜との交渉の手札になるそうで、交戦で欠けたことにして、片角と鱗の数枚はこちらで貰うのだそうだ。


「何だか、ウィリアムさんとアルテアさんにもご足労いただいてしまって、申し訳なかったです……」

「ああ、いいのいいの。勿論意見が欲しかったから呼んだんだけどさ、あの二人を内輪にしておく為に、こうやって随時情報を共有しておくのも目的だから」

「そうなのですか?」

「そ。子育てに関わった父親と、関わってない父親じゃ、責任感が違うでしょ?」

「ダリルさんは賢いですね……」

「ネア、くれぐれも真似するなよ」


ふとヒルドの視線を追えば、何やら冷ややかに見つめ合うディノと銀狐がいる。

そこでエーダリアへの要求を一つ思い出し、ネアは視線をそちらに戻した。


「エーダリア様、水竜さんとの交渉の賞与のお話ですが……」

「ああ。決まったか?」


水竜との交渉が思いの外良い功績を上げたので、その仕事での特別手当が貰えるということになっていた。

ディノとの契約がなくなった場合に備えて、当初はお金か、リーエンベルクの居住許可を貰うつもりで保留していたのだが、諸々あり考えを改めた。


「森に面した客間を一つ貸して下さい。私の棟の入り口側に、小さなお部屋があると思うのです」


ネアの提案に、ヒルドが首を捻る。


「確かにそのような部屋がありますが、それくらいでしたらご自由に使っていただいても構いませんよ。元より、あちらの棟はお好きに使っていただくつもりですし」


「狐さんに貸して上げたいのです」


おもむろにそう言えば、ディノが固まり、エーダリア達も眉を寄せた。

なぜかヒルドだけは頷いてくれ、それが良いかもしれませんねと微笑んでいる。


「ネア、浮気……」

「浮気ではありませんよ。狐さんの生息域が森であることは承知の上ですが、その上で冬くらいぬくぬくとさせてあげたいのです。言わば、動物保護でしょうか!」

「動物保護…………?」

「ディノは、保護活動をしたことはありますか?」

「ない……かな」

「動物保護ですので、浮気ではありません。とは言え野生動物というよりは、大切なお友達のような存在ですが!」

「浮気………」

「ディノへの今回の件の慰謝料は、私に助言をくれた狐さんを労うことで譲歩することとします」

「ひどい………」


くしゃくしゃになった魔物に持ち上げられたまま、ネアは全身の毛をけばけばにしている狐に話しかけた。

青紫色の目をまん丸にして、信じられないような顔でこちらを見ている。


「狐さん、いつも夜どこで寝ているのか心配だったので、私がそのお部屋を借りられたら、そこを臨時拠点というか別宅にしませんか?」


そこでちらりとエーダリアを見る。

とは言え王宮内に他者を入れる行為なので、却下されてしまう可能性もあるとわかっていた。


「ヒルドもなぜかその狐は気に入ってるから別に構わないが、……それは狐なのか?」

「エーダリア様、こんなに見事に狐ではありませんか」

「だが、………その、頷いているぞ?」

「賢い狐さんなのです!」

「あ、ああ。ならいいが……」

「勿論お部屋には、勝手にリーエンベルク内をうろつかないように結界をあてて構いませんし、悪さをしないような誓約もきちんとさせます」

「では、そちらの誓約は、ディノ様に手伝っていただき、私が監修しましょう」

「ヒルドさん、有難うございます!……狐さん?」


全身をけばだたせて、たわしのようになった狐が、尻尾を振り回しながらぶるぶる震えていた。


「おやおや、喜んでいるようですね」

「あ、倒れたよ……。ネアちゃんもとうとう狐までたらしてきたかー」

「む。最初の保護活動には、ゼノもいましたよ?」

「ネア、その狐が失神してるがいいのか?」

「そんな姿も愛くるしいです!」

「…………浮気」



かくして、ネアの住む西棟には銀狐専用部屋が設けられた。

ヒルドの好意で隔絶空間にするという特殊魔術が敷かれ、謂うところの飛び地扱いとして、規約を守った運用をする限り銀狐の領地扱いにされている。


部屋内における遮蔽がしっかりしているので、その中で何をしていても自由なのだそうだ。

ただし、リーエンベルクの建物内部に向かう部屋扉においては、ディノが結界を手がけて尋常ではないくらいの堅牢な内からは開けられない鍵がかけられた。

事実上、庭を出て禁足地の森からの経由でないと外には行けない仕組みだ。

その代わりリーエンベルク内の通信が使えますからねとヒルドが言っていたので、エーダリアはとても不思議そうな顔をしていた。



ネアとディノ以外に唯一その部屋への扉を開けられる設定としたヒルド曰く、銀狐は長椅子がお気に入りで、夜はそこで晩酌しながら読書をしているそうだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] …これあの時の赤い雪菓子が竜の媚薬だったりしないよね? 食べた直後に襲ってきたわけだし… あるいは水竜が惚れたのがリズモの影響ではないとすればもっと前に…?
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