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83. 事態が急展開しました(本編)


リーエンベルクに戻れば、ネアはその足でエーダリア達に報告に上がった。

水竜の宴席では余興の時間もあったので、窓からの陽は夕闇が迫って翳り落ちている。

しかし、もう少し時間がかかるかと思っていたと言われたので、以前ボラボラの街で出会った魔術師が、ヴェンツェルと知り合いであるようだということ、その魔術師が仲介してくれて水竜の王にすんなりと会えたことを伝える。


「成程、ある程度の道筋は整えていたのか。兄上らしいが………」

「しかし、あの方の手元にそのような人物がいたでしょうか。魔物であるとなれば、記憶にありませんが」

「もー、何でもいい!早くこのこんがらがった導線を整理したい!」

「ダリル…………」


どうやらダリルは、二月にある恋人達の祝祭に向けて、追い込みの時期であるらしい。

一刻も早く事態を解決するべく、既に様々な手を打っているようだ。


「ネアちゃん、水竜の王はどうだった?」

「嫌な奴でした。お昼ご飯を出してはくれましたが、人間は通常ですと餌か奴隷なのだそうです。カルウィの王子様も、水竜を崇めてくれる使用人という認識のようですね。そして、間が悪く空気も読めません」

「なんだろう、ものすごく集めた方法が不穏な情報だけど、大体どんな奴かわかった」

「いや、と言うか、水竜の王が食事を振る舞ったのか………?」

「あちらのお食事は、とても綺麗で美味しそうなのですが、スプーンがないと食べにくいやつです」

「ネア、人外者が食事を振る舞うのは、好意や庇護の証なのだと、何度言えば……」

「好意はリズモ産です。そして、観光業には腐心しているようで、またカルウィに来られるようにどうにかすると仰っていました」

「ネア様、そのリズモはどこで狩られたのでしょう?」

「…………友人からの、好意による贈り物です」

「友人………」


ヒルドの微笑みは若干怖い母親寄りになってしまったが、更に追求しようとしたヒルドを遮って、ダリルがもう片方の報告を取り上げた。


「ネアちゃん、水竜の王がどうにかするって言ったの?」

「はい。またカルウィに来るのか尋ねられたので、国際情勢が安定していないので無理そうだと言ったのです。そうしたら、どうにかすると」

「…………それってさ、ネアちゃんにまた遊びに来て貰えるように、骨を折るってことじゃない?」

「カルウィには行っても、水竜さんはもういいです………」

「うわぁ………。でもこっちとしては、物凄く有難い情報!よく頑張りました!」

「む。褒めて貰えるのであれば、接待に甘んじた苦痛が和らぎます!」


喜んだネアだったが、ヒルドは聞き逃してくれなかった。


「ネア様、宴席で苦痛になるようなことがあったのですか?」

「失礼のないような座り方で長時間床に座るのは、腹筋が辛かったです。後は、お肉と蓮の実の辛味炒めのようなものが食べてみたかったのですが、あやつを手で食べる自信がなくて目の前にあったのに諦めました。辛かったです」

「お前、仮にも水竜の王に謁見しておいて、感想は主にそこなのか………」


エーダリアは肩を落としていたが、ひとまず良い成果であるということでまとまり、ネア達は本日の業務を終了とさせて貰った。

部屋を出ようとしていると、扉の所でヒルドに呼び止められる。


「ネア様、今夜はゆっくり休まれて下さいね」

「ヒルドさん?」

「いえ、今朝お見かけした時に顔色があまり良くないように見えたのですが、カルウィへの遠征がご不安でしたか?」

「ご心配して下さって有難うございます。大丈夫ですよ。それより、皆さんの方が心配なのでどうかあまり無理をしないで下さいね」


部屋を出ると、ネアは窓に映った自分の顔を不思議な思いで見つめる。

確かにあまり寝てはいないが、頭はすっきりとしているし、特に顔面に変化もない。

水竜の王に苛立ってしまったのは、あんまりな話題をぽんぽんと重ねてゆくからだ。

ちょうど塞いだばかりの傷に、ずしりと衝撃をあてられているような気分になった。


それにあの水竜がネアに触れても、扇情的な目を向けても、何の反応もないディノを都度思い知らされる羽目にもなった。



「ネア、食事は摂っているのかい?」


しかしヒルドだけでなく、魔物も疑問を抱いているようで、部屋を出るなりそう質問される。


「はい。きちんと食べていますよ。カルウィでも食べていたでしょう?それに、リーエンベルクでもいつも通りいただいています」


ここ数日、別々に食事を摂っていたのでディノは知らないのだ。

とは言えネアは熱量補給をおろそかにするつもりもないので、きちんと食事はしていた。

目の下に隈が出来る体質でもないし、気持ちが張りつめている時は睡眠時間が少なくても動ける性質である。

ただ、隙あらば狩りで動いていることが多かったので、運動量が増えているだけではなかろうか。

今の内に備蓄したいと思ってしまって、少し根を詰め過ぎているのかもしれない。


「リズモはどこで狩ってきたんだい?」

「…………狐さんがくれたのです」

「そう」

「わっ!………ディノ?!」


小さく頷いてから、ディノは唐突にネアを抱き上げた。

驚いて抗議してもそのまま運ぶと決めてしまったようで、もはやこちらを見ない。

持ち上げが急だったので手に持っていたケープがくしゃくしゃになっており、ネアはその心労からも微妙な顔になってしまう。


廊下は、家事妖精の姿もなく静まり返っていた。

窓の外の雪が影を落とし、はらはらと廊下の壁にその影を積もらせる。

ウィームは陽が落ちるのが早い。

外の雪灯りが青白く、そして清廉な光を放っており美しい。


「寝てなかったのかい?」


穏やかにも思える静かな声。

ざわりと心が動いたが、ネアはまた微笑みを浮かべる。

久し振りにこんなに近くで見上げるディノは感情の読めない目をしており、けれどもなぜか、少し落ち込んでいるような気がした。


「心配させてしまってごめんなさい。実は、こっそり狩りをしていました。少し備蓄を増やしておこうと思って張り切ってしまったのです。今夜からはきちんと寝ますので、もう大丈夫ですよ」

「まるで、あの宴席の場から帰ろうとした時のようだね」

「…………ディノ?」

「君の今の微笑み方は、アンヘルに向けたものとさして変わりない」

「………そんなつもりはないのですが、そう見えていますか?」

「……………そうだね。…………ネア、あの魔術師がお気に入りかい?」


急に論点が変わり、ネアは目を瞬いた。


「魔術師さん、………でしょうか?」

「新しく一番に気に入ってしまったのかな…………」

「特に言及するような深みはありませんが、もしあの方に注意した方が良ければ、気を付けます」

「私より、…………いや、今はとにかく、少し眠ろうか」


ものすごく気になるところで言葉を引っ込められて、ネアは渋面になった。

さすがに、この流れですやすやと眠れる程、ネアは鈍感ではない。

部屋に運び込まれたちょうどのところで、ディノはネアをそのまま寝台に下した。

このまま寝かしつける勢いだが、異国の床の上で食事をしてきた帰りなので、まず着替えて落ち着きたいところだ。


慌ててケープをハンガーにかけに行けば、難しい顔をした魔物にすぐ寝台の上に連れ戻された。

あの水竜に触れられた手も洗いたいし、まずは刺繍の多いカルウィの文化に添ったこの仕事着を着替えたい。


それを訴えてからようやく、手を洗うことと着替えることだけ許可された。

浴室の前で見張られる形で、何とか落ち着ける部屋着に移行した。


(本当は、お風呂入りたいのに……)


しかし、そこまではディノの許容範囲ではないようだ。


「もういいね。さぁ、寝ようか」

「ディノ、先程の会話を途中にされたままでは眠れません。………いや、なぜ溜息を吐かれたのだ!」


「ネア、」


言葉を発しようとして黙り込み、ネアを逃さないように寝台に腰かけた魔物は、途方に暮れたような頼りない目をした。

久し振りに見る感情の窺える眼差しに、ネアは微かに驚く。


「………今夜は疲れただろう?ゆっくり寝た方がいい」

「………あまり、話したくはありませんか?」



そう尋ねたその時、ディノはふっと瞳を揺らした。

何かを確信したような眼差しには微かな安堵と、そして深い苦悩が揺れたような気がする。

その時に魔物が何を思ったのかを知るのは、随分後のことだったけれど。



「…………ディノ?!」


その次の瞬間、ネアはぎょっとして慌てて魔物の頬に手をあてた。

ほろりと溢れた涙を、慌てて指で拭う。


「ど、どうしてまた泣いてしまったのでしょう?………何か、私の言葉で嫌なことがありましたか?」

「……………もう、恰好良くなくていい」

「言葉の使用理由が行方不明です!」


(そして、寧ろ泣きたいポジションは私のものだった筈なのに、どうしてこんなことに?!)


ぼさりと魔物の頭が肩に落ちてきた。

そのままぎゅうぎゅうと抱き締められて、ネアは昏迷の渦に放り込まれる。

けれども、その染み入る体温を感じれば、不本意にもネアも泣きたくなってきた。


(ああ、…………いつものディノだ)


これは見知らぬ他人行儀な魔物ではなく、良く知る困った可愛らしい魔物だ。


「……………ディノ?」

「…………特別な日じゃなくてもいいから、今日婚約する…………」

「……………はい?」


ひどく悲しげな声で物凄い爆弾を落とされて、ネアは一瞬真顔になった。

涙が首筋に落ちるのでものすごく可哀想な感じではあるが、ここは心を鬼にして事情聴取しなければ埒が明かないと踏み、数日の間触れていなかった三つ編みをぐいっと引っ張って魔物の顔を上げさせる。


綺麗な涙で水紺色の瞳を濡らした魔物は綺麗だった。

その艶麗さに一度言葉を失いかけ、慌てて我に返る。


「…………ご主人様」

「ディノ、今のは何でしょうか?特別な日というのは何ですか?」

「…………人間は、つまらない求婚をした男性は切り捨てるのだろう?」

「また、ものすごく特定の事例を持ち出しましたね。…………前回の婚約者の定義云々といい、どこから調べてきてしまったのでしょう?」

「プールで、人間の女性達が話していたよ」

「……………お手本にしてはいけないところな気がしてなりません。そこから何を学んで、どうしようとしていたのか、詳しく教えて下さい」

「ご主人様………………」


しょぼくれた魔物は、ご主人様を勝手に膝の上に引っ張り上げ、また小さな声で軽くなっていると呟いている。

それも悲しみの引き金であるようなので、どうやら今の魔物は二重に悲しいようだ。


「求婚に特別な日を選べないような男は、お断りだと話していた。人間の女性の価値観は例外なくそうであり、そんな稚拙なことを理解出来ないような相手は、必ず断られるそうだよ」

「そこを許せないのは特定の方達だけです。勿論、せっかく求婚して下さるのであれば、素敵な演出をしてくれると嬉しいという理想は誰しも持ちますが、だからといって断る程……………いや、………うーん、断る方もいるかもしれませんが、」


説明しながら、どちらの常識が大多数なのだろうと、ネアは迷路に入ってしまった。

やっぱりと呟いた魔物が震えているので、ネアは頭を抱えたくなる。


「ただ、それは初めて求婚をする場合によります!ディノの会話の流れからすると、一度婚約解消して、私にもそれを適応しようとしましたね?」


その言葉にディノは、ほんの少しだけ複雑そうに微笑んだ。

ネアはそんな表情に何かを感じたのだけれど、確かなものを掴みとる前にその表情はほろりと消えてしまう。


(ほんとうに、それだけなのだろうか………)


微かな疑問が揺れたが、それは決して不快なものではなかった。

寧ろ、この魔物は、自分には言えずに他にも何かを悩んでいるのではないだろうかという、説明出来ないような懸念が残る。

でも今はまず、目先の問題から解決してしまおう。

ネアは、決してこの手の問題に長けてはいないのだ。


「ネアは、嫌だったら白紙に戻してしまうつもりだったんだろう?」

「そんなことでは白紙に戻しませんよ?ですが、今はもう婚約もしていませんが」

「…………婚約する」

「もしかして、指輪を回収したのもその為ですか?」

「うん………。渡し方にも工夫が必要なそうだから。違う理由だと思ったのかい?」

「寧ろ、契約破棄だとしか思いませんでした」


ネアの答えを聞いた途端、ディノは、はっとしたように目を瞠る。

まだ眦に残っていた涙が零れ、きらきらと輝いた。

どこか尻尾の下がった犬のように見えていた表情が、男性的な痛まし気な色を帯びる。

おもむろに額に口付けられて、ネアはまだ手の中にある三つ編みを握りしめた。

ネアの頬に手をあてて、ディノは宥めるように深く微笑んだ。

覗き込むように下から視線を合わせられて、背筋に微かな震えが走る。


「私の気持ちが変わる筈もないと言っただろう?どうして確認しなかったんだい?」

「…………婚約を取り止め、指輪を回収されて、話しかけているのに部屋を出てゆきました。最近はほとんどこちらにも戻ってきませんでしたし、…………確認するまでもないのだと思っていたんです」

「そうか。だから君は閉じていたのか。君はそうやって自分を閉ざしてしまうんだね」

「閉じて……?」

「こちらに来たばかりの頃と同じ目をしていたよ。穏やかで綺麗だけれど、極端なくらいに閉じていた」

「自分では、ただ普通にしていようと思っていただけなのですが…………」

「ごめんね、ネア。怖い思いをさせてしまったね」


(…………狡い)


こういう時ばかり、この魔物はこういう優しく包み込むような言い方をするのだ。

老獪な魔物らしく抜け目なく、ネアの脆弱な心を駄目にする。

頭に来てばすばすとその胸を拳で叩けば、また額に口付けされる。

よしよしと頭を撫でられて、小さく唸った。


「それで眠れなかったのかい?」

「それ……………で、かどうかは認識していませんでしたが、今後ディノがいなくなった後のことを考えて、狩りをして獲物を備蓄していたのです」

「ごめんね、不安にさせたね」

「…………むぐ。………それで眠れなかったのだと思います」


渋々自身の損傷と向き合いそう認めれば、僅かに満足げな目をされて、また睨みつける。

決してネアより体温が高いわけではないのだが、ディノの膝の上は温かかった。


「君も前に言っただろう。だからネアも、怖いならいつだって私を呼んでいいんだよ」


ディノの声は撫でるように優しい。

そのしたたかさに流されそうになってから、これは加害者なのだと思い出した。

反撃する言葉を思いつけないまま、またぼすぼすと魔物の胸を叩く。


「また怖くなってしまったかい?」

「おのれ、ディノは加害者です!」

「そうだね。今回のことは私の失策だ。すぐに気付いてあげられなくてごめんね。いくらでも叩いていいよ」

「……まさか、ご褒美に換算してませんよね?」

「どうだろう。凄く可愛いけれど」


さっと手を引いたネアに、魔物は柔らかな苦笑を浮かべた。

排他的な美貌でそうされるととても素敵な表情だが、若干解せない。



「今日はずっと傍にいるから、ゆっくり眠ること」

「…………そう言えば、どうしてたくさん外出していたのですか?」


ふと尋ねたネアに、魔物はあからさまにぎくりとした。

そろりと目線を泳がせたので、ネアはかなり不穏な表情になる。


「私が将来の不安に苛まれて徹夜で狩りをしているとき、ディノは夜遊びしていたのでしょうか?」


低い声でそう責め立てれば、ディノは捥げそうなくらいに必死に首を振った。


「そうではないよ。外出していたのは、傍にいると、…………触りたくなるからかな。あの日は飛び込みもして欲しかったし……」

「まさかの返答に困る回答でした………」

「あまり傍にいる男性は恰好良くないんだろう?」

「格好よくなりたかったのですか?」

「………ネアが、私を格好良くないと言ったんだよ?」

「個性を大事にして下さい。私は今までのディノがいいです」

「少し会えないくらいではなくても、飽きたりしないかい?」

「確実にプールにいたお嬢さん達からの受け売りですが、今迄の程度で運用し、今迄のように傍にいて欲しいです」

「今迄通りにするよ!」


少しはしゃいだ微笑みを見せた魔物に、ここで余計なご褒美を削ぎ落としておけば良かったとちらりと思ったが、何だかもうそのくらい構わないような気がして頷いた。


「はい。ディノがずっと傍にいてくれる方が、何倍も嬉しいです」

「……………可愛い」


またくたりと頭を倒して、ディノはネアの肩口に顔を埋めた。

何だか気持ちもほこほこしてきたので、ネアはその頭頂部を撫でてやる。


(なんと厄介な生き物だろう!)


プールでの少女達のお喋りを真に受けて、求婚を特別な日に再設定するべく奮闘していたのであれば、実害さえなければ可愛らしい限りだ。



(でも、…………)



だが、そう思おうとしても、やはり傷付いてしまった分の恨みがふつふつと込み上げてもくる。

責める気にはなれないくらいに誤解だとわかって嬉しいが、悲しみに損傷した部分は何だか腑に落ちないのも確かなのだ。


(けれど、あの日のディノはとても不安定だったのだし、私が気遣ってあげるべきだったのだろうか……)


プールで耳にした見知らぬ人間達の言葉に振り回されてしまうくらい焦っていたのだとすれば、この魔物も被害者なのだろうか。

自分可愛さに門を閉めず、傷付く可能性も背負って確認してやるべきだったのかもしれない。

いやしかしと、ネアなりに百面相していれば、頬を指先でなぞられた。



「良かった。いつものネアに戻ったね」

「む。…………私は、そんなに何かが違いましたか?」

「言っただろう。他の誰かに向けるのと同じ微笑みだったんだ。あんな目に遭うくらいなら、ずっと傍に居れば良かった」

「まるで私が加害者のようです!ご主人様はとても傷付きましたので、たくさん甘やかして下さい」

「わかった。何でもしてあげるよ。何をして欲しい?言ってご覧」


問いかける声は甘く、頬に血が昇りそうになるくらいだ。

けれど、その何かは考えるまでもなくさらりと唇から零れ落ちた。


「……………では、指輪を返して下さい」


小さく息を飲んだ魔物が、また満足げに微笑む。


唇にふわりと一つ口付けを落して、柔らかな声でそうだねと囁いた。

そうして指先に魔法のように、あの指輪を取り出してくれる。

まだネアの手に戻ってきた訳ではないが、その指輪が視界に入るだけで無性に安心した。



「そうだね。この指輪は、もう外さないようにしよう。君は私の婚約者だから」

「………前倒し婚約です」

「ご主人様…………」


窓の外では雪が降っている。

はらはらと降り積もるその白さを見ながら、ふと、今夜のことは忘れないだろうなと考えた。

こんな何でもない風景だけれど、きっと忘れないだろう。

でなければ、この指輪がこんなに綺麗に見える筈もない。


「………ずっと傍にいてくれますか?」

「ずっと傍にいるよ。約束する」

「……………では、外のお庭に隠した獲物を見ても荒ぶりませんか?」

「え、…………何を狩ってきたのかな?」


途端に慄いたような目になった魔物に、ネアはずいっと手を差し出した。


「まずは指輪です!」


手のひらを差し出したネアに、ディノは苦笑し、その手を取ってひっくり返すと、魔物の指輪を嵌め直してくれた。



「ほら、これで君は私のものだ。特別な日でなくてごめんね、ネア」


とてもしょんぼりとして後半の言葉を出すのだから、本気で婚約破棄を恐れての行動だったのだろう。



指を動かせば魔物の指輪がきらきらと光る。

その淡い虹色の煌めきにふと、こうしてこの指輪を望んで嵌めたのは初めてだと気付く。

欲しいと思って指に収まった指輪は、大事に思ってきた今までの中で一番綺麗に見えた。


ネアが堪らず微笑みを零せば、ディノもとても嬉しそうに微笑んだ。



「………ところで、何を狩ってきたんだい?」

「恐らく、妖精さんです……」




少しサイズが大きいので外に出していた獲物を見た途端、ディノは一昨日の夜の銀狐と同じ目をした。

かなり動揺しながら、二度とご主人様を一人にしないと何度も呟いていたので、ネアは結果として魔物を懲らしめることが出来たようだ。






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