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74. ボラボラの街で過ごします(本編)



ネア達が連れて行かれたのは、ボラボラの街であった。

大きな木の幹をくり抜いた家々が連なった、絵本の中のような街だ。

中央をくり抜かれても木としては問題ないのか、大木は枯れることなく見事な枝葉を茂らせており、雪のヴェールをかけているその光景は何とも可愛らしい。


家々の窓辺には鉢植えの花が見えたり、手作りのような風見鶏やブランコも見える。

ネアは、ボラボラという生き物が完全にわからなくなった。


「ムホッ!ムッホー!!」

「ムホッ!」


「やっと下ろすのか」

「……この可愛らしい街を案内してくれるのでしょうか」

「案内されて嬉しいのか?」

「早めに帰らせて欲しいですね」


ざっと地面に下ろされて、アルテアはいつもの優雅な微笑みを困惑に曇らせた。

何で自分はここにいるのだろうという半ば呆然とした表情だったので、ネアは少し不憫になった。

このような場面には対応力がなさそうなのは、アルテアの守備範囲からはいささか外れているからに違いない。


「おい、離れるなよ」

「離れませんよ。囲まれてます」


二人が下ろされたのは、ボラボラの街の広場の中央だった。

綺麗に除雪されており、周囲にはこれまた手作りの花壇があり花の名前を書いた看板のようなものが立てられている。

簡易道具小屋におさめられた除雪道具の横にある張り紙は、除雪の当番表だろうか。


そろそろ自分の足で立ちたかったが、アルテアに言われた通りまだ離れない方がいいだろう。


「アルテアさん、ボラボラは随分と文化的な生活をしているのですね」

「かもな」

「そして、同族を認識出来ないと聞いていたのですがここでは違うようです。やはり、ボラボラの街だからでしょうか?」

「興味ないな」

「領民の生活ですから、興味を持って下さい」

「やめろ」


その時、ネアはボラボラ達の向こう側に一人の男性がいることに気付いた。

そこそこ離れているが、漆黒のロングコート姿で、いささか困惑したようにボラボラの街を歩いている。


「アルテアさん、向こうにどなたか居ます」

「………気付いているが、正直それどころじゃない」

「あら、何か献上されていますね」

「……手作りの、……何だこれ」

「ポーチです。アップリケがついているので、とても可愛いですよ」

「欲しいならやるぞ」

「取り敢えず受け取って下さいね。ボラボラを刺激しないで下さい」

「そこまで馬鹿じゃないが、刺激したくない理由がなくても刺激したくないのは何でなんだ」

「ボラボラミステリーですね」



続いて、ボラボラの長老のような個体が進み出て来た。

数居るボラボラの中でも見事な銀色の毛並みで、キノコ姿でも神々しい。

そちらの対応はアルテアに任せて、ネアはうっかり目が合ってしまった通りの向こう側の男性に会釈した。


(………あれ、あの人って)


最初は少し離れていたのでわからなかったが、こちらに気付いて近付いてくると、ゼノーシュと訪れたスイーツ会で出会った魔物であることがわかった。

成る程、魔物なのでボラボラ達はいない者としてスルーしているようだ。


(となると、あまりお近付きにならない方が良かった!)


確か謎の魔物は公爵の疑いありで、尚且つ人間嫌いだった筈だ。

現在ボラボラに囲まれてしまっているアルテアに、これ以上の負荷を与えたくはない。


「アルテアさん、あちらの方が近付いてきます。魔物さんのようですが………」

「いや、あれは擬態した魔術師だな」

「………む。人間なのですか?」

「ああ。気配的にな」

「良かった。一安心です!」


噂は噂だったようで、胸を撫で下ろしていると、ボラボラの取り巻きの向こうから困惑したような声がかかった。


「君達もボラボラ狩りかい?」


特に人間嫌いの気配はなかったが、ネアはアルテアの袖を引いて対応を任せてみた。


「悪いが、今取り込んでる」

「すみません。ボラボラからの供物に夢中のようです。こちらは狩りではなく、ボラボラに連れて来られてしまいました」

「ありゃ、迷い子なのかな?」


そう言って、男性は容赦なくボラボラ達を踏み越えてこちらに歩み寄ってきた。

どかされたボラボラが無反応なので、魔物への擬態はかなり完璧なようだ。


「わお、何でこんな事になってるんだい?」


隣まで来ると、流石にアルテアの前の貢物に気付いたのか驚いている。

スイーツ会の時の鋭い眼差しが嘘のように、朗らかな御仁だ。


年齢不詳のさっぱりした造作だが、薄い容貌なりに端正さはある。

ぼさっとした長い髪を一本結びにしており、そのせいでヨレヨレの印象を受けるが、どうやらコートはとても良い仕立てのものである。

ある意味、魔術師というもののイメージに相応しい得体の知れなさだ。


「もしかして、もてなされてる?」

「もてなされているようです」

「………おい、これいつまで続くんだ?」

「通訳がいれば良いのですが」


そこでようやく、アルテアは新参者の男をきちんと見た。

あからさまにげんなりしたまま、さり気なくネアを反対側に遠ざける。


「あれ、その子に悪さはしないよ?」

「こんなところに居る奴だ。どうだかな」

「ここに来たのは、ボラボラが欲しかったんだよ。友達の精霊にあげたくてね」

「……まさかのお鍋の材料探しでした」


相変わらず、ボラボラ達はアルテアの前に貢ぎ物を積み上げており、すごいことにその全てが手芸品なのだ。


「通訳が欲しいなら、ボラボラの子供達に頼めばいいんじゃないかな」

「……む。子供ボラボラがいるのですか?」

「ううん。ボラボラが攫ってきた子供達だよ。ああ、案外上手く共存しているから、心配しなくていい」


ネアの表情が曇ったのを察したのか、魔術師はふわりと微笑んで安心させてくれた。

よく気付く人だ。


「よし、呼んできてあげよう!」


笑顔で走ってゆく男性を見送りながら、ネアとアルテアは顔を見合わせた。


「あいつ、使えそうだな」

「途中からそう思ってるのがわかりました。悪い顔をしてます」

「見てみろよこれを」

「手芸品の山ですね。そして、花束のターンに入りました」

「………お前の魔物はまだ来ないのか」

「いや、この貢ぎ物のお邪魔をしたくなくて。手作りのものは時間と真心がかかっていますので、無下にしたくありません」

「さっさと呼べ。……ん?いや、ここはまだ固有結界の中だな………」

「アルテアさんが肩を落とすのは珍しいですね」


この可愛らしい街並みを見てもわかるように、ボラボラとはとても丁寧に物作りをしている生き物だ。

何だかその真心を大切にしてあげたくなってきてしまった。


暫くすると、先程の男性が戻ってきた。


「お、黒コートが戻ってきたぞ」


男性は、たいそう不審そうな顔をした少年を連れている。

その少年の姿が見えた途端、最前列にいた一匹のボラボラが慌てたように波打った。



「ほーら、通訳だよ!」

「………母さん、何してんだよ……」


連れて来られたのは、長い髪の毛をポニーテールにした可愛らしい少年だった。

小綺麗な服を着ており、少女とも見紛うくらいに睫毛が長い。

成長すればさぞかし美青年になるだろう。


彼はネアとアルテアを一瞥し微かに怯んでから、最前列で波打っているボラボラの隣にさっと並んだ。

途端に、そのボラボラの波打ちが静まる。



「……あんた達はなに?何しに来たんだよ」


少年の語尾が揺れたのは、アルテアを正面から見てしまったからのようだ。

ぞっとしたように顔色を悪くしたので、高位の魔物だとわかる知識があるのか。


「ここにいらっしゃるボラボラさん達に運ばれて来ました。私の同行者を崇めたいようなのです」

「は?……意味わかんない」

「どうやら、同じ属性の高位だったみたいですよ。わかりますか?」

「馬鹿にすんなよな!それくらいわかるし!」


そこで少年の顔色がまた悪くなったので、ネアは自分を抱えたままのアルテアを覗き込んだ。


「アルテアさんが邪悪なのは仕方ありませんが、幼気な子供を脅してはいけません。ましてや、我々はこれから彼を通訳として雇いたいのです」

「雇うつもりなのか?」

「未成年に無償で仕事をさせるだなんて、卑劣の極みですよ。ここは良い大人であって下さいね」

「よりにもよって、俺によく言ったな」

「事を荒立てずに帰りましょう!」


物凄い嫌そうな顔でアルテアが黙ったので、ネアは微笑んで少年に視線を戻した。


「さて、面倒臭い魔物は黙らせました!」

「おい………」

「我々にも生活があるので、このもてなしは大変に有難いとは言え解放して貰いたいのですが、その旨を通訳して貰えませんか?」

「………あんた、歩けないの?それともお貴族様か何か?いいコート着てるもんな」


しかし一度損なわれた好感度は容易く復活しないのか、少年は刺々しいままだった。

アルテアに抱きかかえられたままのネアが気になるのだろう。


「ボラボラさん達にとって、私は転がって泣き叫びたいくらいに嫌な人間のようなのです。非常に好感度の高い同行者と一体化していないと、大惨事になります」


ネアが素直にそう答えれば、少年は何故かはっとしたように気まずい顔をした。


「………あんたの年でボラボラが反応するってことは、魔術可動域が低いんだな。……ここにいて大丈夫なのかよ?」

「まぁ、心配してくれるのですか?」

「魔術可動域が四十以下の奴らは、大抵すぐに死んじまうからな……」

「四十………?」


表情を無くしたネアの代わりに、アルテアが周囲を見回してくれた。

神が動いたので、ボラボラ達がまた平伏す。


「確かにふざけた魔術貯蓄量の土地だ。抵抗値が弱い人間なら、すぐに死ぬだろうな」

「………四十」

「おい、正気に戻れよ魔術可動域六」

「おのれ!精神攻撃とみなして、ウィリアムさんに言いつけます」

「やめろって。……安心しろ、こいつは抵抗値が高いから死にはしない。これは面倒避けだ」


アルテアに話しかけられた少年はびくりとしたが、隣のボラボラがさっと寄り添えば安心したように息を吐いた。


「………死なないなら、……いいけど。で?帰りたいわけ?」

「少年、」


そこで、暫く黙って流れを静観していた魔術師が口を挟んだ。

飄々とした穏やかな声に、ネアはふと記憶の淵が揺れる。


(こんな風に話した人が誰かいたような……)


「……何だよ」

「そちらの魔物は、べらぼうに高位だよ。おまけにかなり残忍な性質の魔物だ。あまり突っかかると、君のお母さんが厄介ごとに巻き込まれる。配慮した方がいいよ」

「…………わかってるし」

「そうか。なら余計な心配だったね」


叱るでもなく、穏やかに微笑んだ魔術師に少しもじもじしてからこちらに視線を戻した少年は、一度ネアの方を見てから隣のボラボラに何かを囁いた。

途端にそのボラボラが飛び上がり、長老と鳴き交わし始める。


ざわつき始めたボラボラ達に囲まれているのは、あまり良い気分ではなく、ネアは不本意ながらアルテアに体を寄せた。


その混乱の中、魔術師の男が話しかけて来た。


「お嬢さんは歌乞いかい?もの凄い魔物だね」

「いえ、私…」

「それがわかるなら、ちょっかいをかけるなよ?」

「あれ?僕さっきから警戒されてる?」

「こいつを見過ぎだからな。やらんぞ」

「私は…」


反論しようとしたネアは、ちらりとこちらを見たアルテアの眼差しに言葉を飲み込んだ。

やけに鋭い眼差しだったので空気を読んだのだ。


「あはは。高位の魔物の歌乞いを奪ったりはしないよ。ちょっと心配かなと思ったけど、上手くやってそうだしね」


両手を上げて無抵抗を示しつつ、魔術師はへらりと笑う。

軟弱なようだが、色々と謎めいた人間であることは確かなので、ネアは少しだけ気を引き締めた。

それに気付いたのか、悲しげにこちらを向かれる。


「ありゃ、君にも警戒されちゃったか。君に悪さなんてしないよ?」

「いえ、条件反射のようなものなので、気になさらないで下さい。とは言え見ず知らずの方ですので、あまり近寄らないで下さいね」

「結構がっつり冷たい対応だね!」

「通りすがりの方、通訳さんを紹介してくれて有難うございました。以上です」

「あれ、何で早くも別れの挨拶?!」


ネアが視線を前に戻したのは、この胡散臭い魔術師を避けようとしただけではない。

どうやらボラボラの審議が終わったらしく、再び長老ボラボラが進み出て来たからだ。


「ムホッ、ムホムホ!」

「大変申し訳ありませんでした。お怒りを鎮め、お帰り下さいってさ」


「………思ったより長く話しているんですね」

「出口はどこだ?ここはまだ固有結界の中だろ?」



「ムホムホムホッ!」

「出口まで案内させるってさ。……俺が案内するよ。母さんも付いて来ちゃうけど」

「アルテアさん、取り敢えず貢ぎ物は持って帰って下さいね」

「………これを?」

「これは善意です。この場を丸く収める為にとりあえず持って帰って下さい」

「くそ。……今日は厄日だな」

「それと、」

「おい、まだ何かあるのか……」

「腕、疲れていませんか?重かったら一度下ろして下さいね」


さすがに長時間だったのでそう言えば、アルテアはなぜか目を瞠った。

ディノの場合は、いつまでもご主人様を抱えていたいという喜びが伴うが、今回のアルテアの持ち上げは完全に厚意なので、ネアはずっとハラハラしていたのだ。


「………心配するな。そこまで脆弱じゃない」

「なら良いのですが」

「そうだよ。下されたら、あんた死んじゃうぞ?」

「む。これでも頑丈さには自信があるのですが」

「魔術可動域六なんだろ?俺の十分の一じゃん」

「じゅ?!…………心が重症です」


その後、長老からのお詫びの言葉が少しあり、決して今回のことで街を祟らないという約束をした上でネア達は帰路についた。

その際、王様はとてもプライベートを大事にしているので、今後は見かけても崇めて煩わせてはいけないという事も合わせて伝えることに成功し、漸くアルテアの目にも光が戻った。


例の胡散臭い魔術師はまだここに残るようなので、ネアは別れられてほっとする。

別れ際にまたじっと見られ、何だかとても居心地が悪かったのだ。

別れの挨拶なのかネアの頭に手を伸ばそうとして、アルテアに威嚇されていたし、朗らかで気も回る男だが、得体が知れないという印象が少し強まった。


とは言えこの流れでここにいるボラボラを狩らないように言えば、また不可解な軽薄さで笑って頷いてくれる。


「この子のお母さんをお鍋にしたら許しません。何となくですが長老もやめて下さい」

「あはは。さすがにこの流れでそれはしないよ。大丈夫大丈夫」

「寧ろ、違う集落のボラボラを狩って下さい」

「ねぇ、ボラボラに違う集落ってあるのかな?みんなこんな感じ?」

「………なぜ私に訊くのだ。ここにいる、ボラボラの神なら知っているかもしれませんよ」

「おい、いい加減俺にその称号を押し付けるのやめろ」

「わかりますよ。世の中には、受け入れたくない事実もありますものね」


念の為、少年にもこっそり耳打ちして、あの魔術師には気を付けるように言い含めてある。

お母さんがお鍋にされたら大変だ。


(そう言えば、今日は純白のリボンじゃないんだ……)


ゼノーシュの話していた言葉を思い出して後ろ姿を見てみたが、髪の毛を縛っているのは黒いリボンだった。

やはり、噂というものはある程度いい加減なものなのだろう。

大きく手を振りながら、またねと去ってゆく魔術師にネアは無難にさようならと返しておいた。



「そう言えば、あなたのお名前は何というのですか?」

「知らない奴には名乗らない」

「そうですよね、失礼しました。私は…」


帰り道、少年とお喋りをしようとしたネアは、すぐさまアルテアに邪魔される。

口を塞がれ怒ろうとしたが、また厳しい顔をされて大人しく黙った。


「……あんた、危なっかしいな」

「面目ありません」


少年にも注意されてネアは落ち込む。

魔術が力を振るう世界なのだ。

ここにいる少年は無害そうに見えてもここはボラボラの領域なので、迂闊に名乗るのは得策ではない。


「で、何?何か俺に訊こうとしたでしょ?」


蒲公英のような黄色い花が咲き乱れる小道を歩いている。

雪をかいた煉瓦の道には、野花が隙間から顔を出していて踏まないように歩く度に少年のポニーテールが弾む。


どこか南方の生まれなのだろう。

ウィームでは見慣れない肌の色に、鮮やかな緑の瞳。

下町で育った少年という感じがした。


「あなたは、……攫われて来たのですよね?」


その緑の瞳が揺れ、形の良い唇がきゅっと引き結ばれる。


「俺は、ここから出ないよ」

「ええ。そちらのボラボラさんをとても大切にされてますものね。普通に暮らしているようなので、意外だったのです」


ボラボラが子供を攫うのは、理想の恋人に育て上げる為だと聞いている。

だが、この少年はボラボラを母親と呼んでいるのだ。


「………俺はさ、戦災孤児だから。ここに来て良かったんだよ。………母さんはいつも優しいし、……ここはみんな優しい。残ってる奴等はみんなそう思ってる」


その言葉は幸福そうで、けれども自らの言葉が孕んだ矛盾にも気付いている苦さもあった。


「残らなかった方々は、食べられてしまったのですね」

「………仕方がないだろ。あいつら、家に帰りたいって毎日泣くんだ。そうしてると生きられないって言っても泣き止まなかったんだから」


ネアは小さく息を吐いて、淡く微笑んだ。


「それは当然のことですね。帰りたい家がある子供達にとって、ここは恐ろしく理不尽な場所でしょう。あなたがたまたま幸運だっただけなのですから」


ぱっとこちらを見た少年は、やけに暗い目をしている。

けれど、ネアはちっとも怖くなかった。


「さすが、貴族様だな。俺が幸運?何で?ボラボラに殺されないで生き延びたから?今なら助けてやれるから?」

「ええ。幸運です。あなたと同じ境遇の子供達が全て、ボラボラに拾われて幸福になるわけではありませんし、ボラボラに拾われたことで幸福になる者が全てでもないでしょう」


しかし、ネアがそう答えれば虚を突かれたような顔をした。


「あんた、………俺が幸せだと思うの?」

「ずっとここに居たくて、お隣のボラボラさんはお母様なのでしょう?それが幸福でなくて何なのでしょう。因みに私は貴族ではなく一般人です。家族を亡くして長らく一人でいましたが、あなたと同じように不思議なものに出会って、今は幸せに暮らしていますよ」


「…………あんたも、孤児だったの?」


頼りなげな子供らしい声に、ネアは微笑んだ。

ボラボラの育て方がいいのか、とても純粋な子供なのが可愛らしい。


「天涯孤独でした。でも今はもう一人ではないので、あなたとお揃いですね」

「………俺に、ここから逃げろって言わないんだね」

「幸福の形はそれぞれです。お世話になった通訳さんがここで幸せに暮らしているのかどうか確かめたかっただけなのですが、不安にさせてしまってごめんなさい」


そう謝ったネアに、少年はぱっと頬を赤くして首を振った。

その途端、少年の横を歩くボラボラの気配が冷ややかになった気がして、ネアはひやりとした。

少年も気付いたのか、母さんは過保護だなと言いながらボラボラの体に細い手を回している。

微笑ましい母子の絵だが、ネアは目に映ったものにぎくりとした。


「………あの、ボラボラさんが枝分かれしましたが」

「ん?……あ、これ時々増えるんだ」

「増える………」

「この方法なのか……」


いつものことなのか、少年は、にょきにょきとお母さんボラボラから生えてきた、ちびエリンギをぶちっと引き千切ると、ぽいっと道端に捨てた。

千切り取られたちびエリンギは、既にボラボラとして自立しているのか、ちょこちょこと歩き去ってゆく。


「そ。母さんが喜んでるとき、こうやって増えるんだよ」

「………成る程、この方法なら一安心です」


恋のお相手として攫われる以上、繁殖としての用途もあるのかと心配だったが、最後の懸念もなくなりネアは晴れやかな気分になった。

逆に、アルテアはボラボラの増え方が相当にショックだったのか目が死んでいる。



そのまま少し歩くと、可愛らしい木の扉が見えてきた。

少年は少し名残惜しそうに、尖ってはいるが子供らしい膨れた表情を見せてくれる。


「ほら、ここから出れるよ」

「案内してくれて有難うございました。どうぞ、お母さんを大事にしてあげて下さいね」


鮮やかな緑の瞳がほんの少し、大人びた切なさを帯びてネアを見返す。

丁寧な縫製のシャツは、もしやボラボラのお手製だろうか。


「………ずっとは居られないんだ。俺が大人になったら、母さんは俺のこと認識出来なくなっちゃうから」

「では、独り立ちしたと思えば良いのです。生涯愛情に恵まれず、一欠片でもいいからとそれを欲する方もいる中、限られた時間でも素敵なお母さんと暮らせることは素晴らしいことですよ」

「………わかってるし」

「ふふ。愚問でしたね。……それと、本当に報酬のようなものは要らないのですか?こんなに助けていただいたので心苦しいのですが」

「いらねぇよ。あんたの連れ、母さん達にとって神様みたいなもんなんだろ。報酬なんか貰ったら怒られちまう」

「まぁ、神様で良かったですね?」

「…………やめろ」


ぐったりとしたアルテアと共に扉をくぐるまで、少年とそのお母さんボラボラは見送ってくれた。

木戸をくぐったところでようやく安堵の息を吐いたアルテアが、何とも言えない目で自分を見ていることに気付いて、ネアは首を傾げる。



「意外だな。あの子供に、ボラボラの狩りをやめさせろとは言わないんだな?」

「言いませんよ。ボラボラがお子さんを攫うのは生態ですし、そこまでのことをあの少年一人に変革させるのは気の毒です。……それに、顔の見えない被害者の方の為に荒ぶる程、私は善人ではありません」

「助けを求められたら手を貸したのか?」

「そうですね、自分を損なわない範囲では」


きっぱりと答えたネアに、アルテアは少しだけ無防備な目をする。


「そこでも線引きがあるのか?」

「ええ。私が一番大事にしているのはディノなので、自分の手に負えないことをして帰れなくなったら可哀想ですから」


ちょうどそこで、その魔物が姿を現した。

木戸をくぐった段階で、ネアはすぐに指輪に呼びかけていたのだ。


「ネア!」


かなり慌てたのか、髪の毛が少し乱れていて、ネアは大事な魔物用の微笑みを切り出す。


「ディノ、迎えに来てくれて有難うございます。アルテアさんが守ってくれましたよ!」

「釣り糸に触るなんて、悪いご主人様だね。アルテアなんて放っておけばよかったのに」


アルテアがご主人様を持ち上げていたことが不快なのか、魔物はネアを取り返しつつ非難する。


「あの糸が釣り糸だとは知りませんでした。これからは気を付けます」

「もう、ずっと首飾りを着けていて欲しい」

「今回ばかりは、私もちょっとそう思いました。でも、アルテアさんが珍しく頼もしかったのです!」

「浮気………」


ネアが早速三つ編みを持たされて遠い目になっていると、アルテアも何だか嫌そうな顔をした。

やはり、友人の変態嗜好を見せつけられるのは辛いのだろう。


「それにしても、悲しいものを見ました」


ネアが溜め息を吐けば、魔物はおろおろする。


「ネア、可哀想に」

「あの子供なら大丈夫だろ。納得してたんじゃなかったのかよ」

「いえ、ボラボラの方ですよ?」

「は?」

「考えて下さい。ボラボラは恋のお相手として子供を攫うのです。それなのに、あの子にとって、ボラボラはお母さんなのですよ?」

「………お前、それ以上は隣を配慮しろよ?」

「それに、ボラボラは同性婚なのです。……つまり、あのボラボラさんは本来、お母さんではなくお父さんなのでは……」

「………うわ、マジか」


なぜかぐったりしてしまったアルテアを見ていると、ディノに頬に口付けられた。

心配させてしまったに違いないので、落ち着くまで好きにさせてやろう。


「アルテア、まだここにいるのかい?」

「お前の歌乞いを保護してたのは誰だと思ってるんだ」

「さてと、ネア。アルテアは帰るそうだから、私達も帰ろうか」


ばっさりと切り捨てたディノに、アルテアは魔物らしい老獪な微笑みを浮かべる。


「そう言えば、出先でこいつに妙に興味を示していた魔術師がいたぞ?」

「ネア?詳しく聞かせてくれるかい?」

「……アルテアさん、面倒臭くなる言い方をしましたね」



穏やかに微笑んではいるが、確実に荒ぶっている魔物の姿を確認して、今度はネアの瞳から光が消える番となった。

目が全く笑っていないので、ものすごく凄艶な微笑みになっている。

これはとても説得に長引くやつだと、すぐさま危険信号が灯った。



ボラボラの祭りの日は、ネアに最後の最後まで苦難を強いるようだ。

ご主人様は、疲れたのでもう早く部屋に帰って寝たいというのが本音である。


来年はボラボラに関わるまいと心に誓った。












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