73. ボラボラの祭りが訪れます(本編)
ボラボラの祭りが始まった。
始まる前からかなりの緊張感を必要とされたが、始まってからは更に高度なものを要求されている。
ネアからすれば、これはかなり難易度の高い祭りであった。
「なぜ皆さんは、少しだけ舞い踊るのでしょう?」
視線の先のボラボラの毛皮を着て擬態した人々は、時折思い出したように舞い踊る。
その度にどきりとしてネアは体を強張らせてしまう。
なんの儀式なのかわからなくて、とても心臓に悪い。
このままだと眠れなくなるので、隣に立っているヒルドに訊いてみた。
「あれは、ボラボラが獲物を捕らえた時の歓喜の舞を真似しているんですよ」
「……何故でしょう」
「あの舞が踊られるということは、その場所の獲物は狩られてしまったという事ですからね。本物のボラボラが近付かなくなるんです」
リーエンベルクのバルコニーから見ても、世界は既に毛皮人形に支配されていた。
まるで奇妙な夢を見ているような気分だ。
「ほら、アルテアさんの大好きなボラボラです」
「………やめろ」
ネアが視線で指し示せば、アルテアはげんなりとしていた。
瑠璃紺の三揃いのスーツ姿は艶麗だが、椅子に座って青ざめている姿は草臥れている。
聞くところによれば、アルテアがボラボラを得意とするという前情報には誤りがあった。
うっかり同じ属性の最高位にあたる為、ボラボラが勝手にアルテアを崇めてしまうだけなのだとか。
近付くと全てのボラボラが平伏してしまう為、困っているらしい。
どれだけ擬態していても見つけ出されてしまうそうで事態は深刻だ。
よって、今日に至ってはアルテアもリーエンベルクに避難してきていた。
「とは言え、言うことはきくのですよね?いっそボラボラ王国の王様になってしまえば」
「………お前、楽しんでるだろ」
「あまりにも未知の領域なので、まだ楽しむ余裕はありません」
「それなのに街中に出るのかよ……」
「私は既に心が折れかけてきましたが、ディノは私をこのお祭りに連れて行くと張り切ってしまっています。過去の己の無知さが悲しいです」
魔物は今、部屋の向こう側でゼノーシュと話している。
ボラボラの密集地に出てしまうとさすがに面倒なことになるので、位置関係の打ち合わせが行われているようだ。
ネアは、まだボラボラをよく知らない頃にはしゃいでしまった自分が憎くなった。
「ネア、出られるかい?」
「ディノ、私はあの毛皮を被らなくて良いのですか?」
「大丈夫だよ。その代わり私の手を離さないようにね」
「わかりました!」
そのまま魔物に連れ出されて行こうとしていると、椅子に草臥れていたアルテアがひょいと手を伸ばした。
「髪の毛を引っ張られると反撃したくなります」
髪を引かれて無理やり体を屈めさせられる。
耳元に唇を寄せられて、睦言のように囁かれた。
「騒動になる前に呼べよ」
「む。問題児のように言いましたね」
「お前、絶対に何かしでかすだろ」
「呪いをかけられました………」
ネアが渋面になり、ご主人様が捕獲されていることに気付いたディノが振り返る。
「アルテア、その手はどうしたんだい?」
「旅の注意事項だ。シルハーン、くれぐれもこいつをボラボラの群れに近付け過ぎるなよ」
「いつから君も保護者になったのだろう」
「ボラボラ関連で事故ったら、まず俺も巻き込まれるだろうが」
「勿論、その為にここに入れてるわけだからね」
「………おい」
街に出ながら、ネアはこの時のやり取りがとても引っかかっていた。
アルテアが気にかける程、ボラボラの祭りは危険なものなのだろうか。
そんな事を考えながら外に出て毛皮人形にまみれると、すぐにこの祭りが一筋縄ではいかないことに気付いた。
「………毛皮人形が大きい」
ボラボラ本体に合わせたという毛皮人形なのだが、通常の人間よりかなり大きい。
ネアは決して同世代の女性の中で低身長ではないのだが、このままでは埋もれてしまう。
「おや、確かに視界が悪そうだね」
「ディノ、今日ばかりは公共の場での持ち上げを許可します!」
「ご主人様!」
はしゃいだ魔物はさっと持ち上げてくれたので、ネアはようやく視界が開けて一安心した。
しかし、開けた視界に入るものが全て、もさもさの毛皮人形になりぞっとする。
(毛皮エリンギ………!!)
明らかに目の部分の穴がないが、みんなどうやって視界を確保しているのだろう。
ここまで完成度が高いと、どこに本物が混ざっているのかわからなくて怖くなってきた。
それが、大通りにぎっしりひしめいている。
「……っ!踊り出した!!」
「これ、何の合図で始めるのかな……」
「………む。本物がわかってきました」
「ネアは凄いね」
「舞い踊りが始まると、さっと方向を変えるやつがいます」
「へぇ、成る程ね」
「………そして、やつらがものすごくこちらを見ます」
「アルテアの擬態を見抜けるぐらいだから、鼻がいいのかな」
慄いたネアが魔物にいっそうにへばりつき、ディノは少しだけ恥ずかしそうに目元を染めた。
「………ご主人様が大胆になってきた」
「ディノ、ご主人様はもうボラボラを堪能しました!」
「カフェに行かなくていいのかい?」
「やはり今日はお家で………む」
遠くでムギムギと激しい声が聞こえてきた。
ディノに乗ったままそちらの方を向けば、人垣が割れた部分に、転がってもがくボラボラが見えた。
その正面には、呆然と立ち尽くしている小さめの毛皮人形がおり、家族と思われる毛皮人形が隣で泣き崩れている。
「…………ディノ、あれはまさか」
「着ているものに隙間があったんだろうね」
「あのお子さんはもう……生涯独身なのですね」
「既に婚姻相当の契約を誰かと交わしていれば平気だよ」
「普通のご家庭では、中々難しいですよね」
恐らく隣で泣き崩れているのが子供の親だろう。
毛皮人形を纏っていても危険があるとなれば、ネアとて気を引き締めなければなるまい。
そう己を戒めていると、今度はまた離れた場所から悲鳴が上がった。
「あちらでも何か…………え?!」
そちらに顔を向けたネアは、声を失った。
大通り沿いの商店の三階から、素早い動きで窓を飛び越えて滑り降りてきたボラボラがいる。
ずんぐりむっくりとした体型からは考えられないくらい、有能な暗殺者のようなキレのある動きである。
最後にひらりと生垣を飛び越え、森の方へ吸い込まれて行った。
「…………待って下さい。今のボラボラ、お子さんを抱えていませんでした?」
「連れて行ったね」
「ディノ!追いかけたら捕まえられますか?!」
「森の手前で転移してしまったし、無理だと思うよ」
「なんと、あやつは転移まで出来るんですね」
「ボラボラの使う魔術の道は、他の種族とは共有していない特殊な道なんだ。高位の精霊であっても捕まえるのに苦労するから、こうして街中に狩りに来るんだよ。ほら、」
「…………あ、狩られましたね」
ディノに促されて視線を戻せば、先程暴れていたボラボラが、毛皮人形を着ていない二人の女性に捕獲されている。
今度は違う悲鳴を上げていたが、左側の儚げな美女の拳で黙らされた。
そのまま引きずって回収されてゆく。
「獲物を捕まえるまでは、ボラボラも注意散漫になっているからね。そこを狙う為に精霊達も、人間の街に狩りに来るみたいだよ」
ネアはもう一度、子供を連れ去られてしまったお宅の方に視線を戻す。
子供を追い掛ける為か、家族達が家から出て来たが、その全員が毛皮人形姿である。
そしておもむろに、謎の儀式を開始した。
「………あれは何をしているのでしょう?」
「魔術構築をしているね。随分と緻密だから、高位の魔術師がいるのかもしれないよ」
「見てください!小さな毛皮人形を放り投げています」
「面白いね。あれは入れ替えの魔術だ。……ふうん、最初から子供に魔術をかけてあったのかな」
「………どういうことですか?」
ディノに教えて貰ったところ、あの家族は、どうやら子供が連れ去られた場合に備えて、入れ替えの魔術というものを予めかけてあったらしい。
対象物と紐付けた品物をそれぞれ入れ替えが出来るそうで、要人の保護にも使われる。
「そんな便利なものがあるのですね!」
「ただ、あの魔術を組める人間は滅多にいないんだよ。それに相互間魔術だから、子供の方も相当な魔術可動域がないと」
「なぜ私に適応されないのかわかりました。あ、戻って来たようです!良かった!!」
放り投げていた毛皮人形がふわりと緑色の輝きを纏い、人間の子供に転じた。
咽び泣く毛皮人形達に抱き締められているのは、遠目で見ても大変に可愛らしい女の子だ。
抱き合って再会を祝う者達を制し、他の者達が慌てて子供に毛皮人形を着せている。
そして、背後から忍び寄っていたボラボラを、家族の毛皮人形が魔術で切り捨てた。
「………あちらのご家族は心配なさそうですね」
「やはり、ウィームは魔術が潤沢だね」
「寧ろ、最初の誘拐騒動がなぜ起きたのか不思議なくらいです」
その後も、様々なボラボラと遭遇した。
どうやらボラボラはとても身体能力が高いようだ。
しかし見た目は毛皮キノコなので、脳内が大変混乱する。
(………情報量が多過ぎて、心が疲れてきた)
あまりにも規格外の生き物に出会っていまい、心がざわざわしてならない。
何だか夢にもこの光景が出て来そうだ。
やはり魔物に言って引き返して貰おうと思っていると、ふと、体の半身に強い視線を感じた。
「…………む」
「………ムホ」
真横に立ったボラボラが、小さく鳴いた。
結界に阻まれるのか、透明な壁があるかのように虚空をバンバンと叩いている。
しかし、ネアと目があった途端、どこにあるかわからない目でこちらを凝視しながら、明らかに審議する気配を帯びた。
そして、おもむろに膝をたわめた。
「見るのです!」
どきりとしたネアは、咄嗟にさっと片手を上げて魔物の指輪を見せつけた。
その途端、ボラボラは姿勢を正し怒りの声を上げる。
「……ムフゥ………」
「愚かなボラボラです!」
すごすごと立ち去ってゆくボラボラに、ネアは冷ややかな勝利の微笑みを浮かべる。
内心かなり動揺していたが、何とか助かったようだ。
「ネア、ボラボラと意思疎通が出来るんだね……」
「あやつ、地面に転がる気満々でした。大騒ぎして私の心を折ろうだなんて、絶対に許しません。………む」
ふと気付くと、また新たなボラボラがこちらを観察している。
そして、すっと地面に横になろうとした。
「これを見なさい!転がるだけ無駄ですよ!」
「ムフフゥ……」
「愚か者め、立ち去りなさい」
「ネア、……こっちにもいるよ」
「………なぜ並ぶのだ。もしや、一匹ごとに繰り返さなければならないのでしょうか」
(そして、もしやボラボラ的に私の評価はかなり低いのでは……)
並んでいるボラボラは皆、先程のボラボラと同じような空気を身に纏っている。
明らかに好意的な気配ではないので、ボラボラという種族の嗜好として、ネアは好みではなさそうだ。
「……ディノ、このやり取りを続けたら心が折れてしまうので、リーエンベルクに帰りたいです」
「アルテアを呼んで叱って貰うかい?」
「大混乱になるのでやめましょう」
そこでネアは、大きく手を振った。
遠くに先程の精霊美女二人組を見付けたのだ。
いつの間にか手ぶらになっているので、先程の獲物は置いて来たようだ。
「こちらに沢山おります!」
ネアがボラボラの行列を指差している姿を確認出来たようで、美女二人組はとても良い笑顔で力強く頷いてくれた。
まだ並んでいるボラボラの先頭に指輪を見せつけつつ、ネアは残虐な微笑みを浮かべる。
「ネアが、誰かに狩りを譲るなんて初めて見たな」
「ディノ、ボラボラを採っても私には食べられません」
「ボラボラを見ながらお茶をするのは良かったのかい?」
「あの様子を見ていると、ずっとボラボラめの相手をする羽目になりそうですものね」
「可哀想に。でも、ネアには私がいるから大丈夫だよ」
「寧ろ、今日一番で心を抉られました……」
「ご主人様………」
転移で帰路を大幅に短縮したので、ご主人様を抱えたままディノが部屋に入っていくと、窓際の椅子にアルテアがそのままの姿勢で残っていた。
同じくまだ部屋に居たのか、ゼノーシュが振り返る。
両手にお菓子を持っているので、おやつタイムだったのだろうか。
「あれ、ネアもう帰ってきたの?」
「ゼノ。……ボラボラは手に負えません」
「ネアなら狩れると思ったのに」
「今日は私より、精霊のお嬢さん方が活躍していました」
「精霊はお鍋にするんだよね」
「…………ボラボラ鍋」
ディノに床に下ろして貰い、ネアは強張った体から力を抜く。
ボラボラに指輪を見せるだけの戦いだったが、すっかり疲れてしまった。
「なんだ?怖かったのか?」
椅子から仰け反るようにして体を捻り、アルテアがにやりと笑う。
「ボラボラ界では、私は転がって暴れたい程嫌な相手のようです」
「…………おい、まさかやられたのか?」
「ディノの指輪を見せて阻止しました。しかし、査定の行列を作られたので我慢ならなくなりました」
「よく考えたら、あいつらの獲物の選定基準は何なんだ?」
「私に訊かれてもわかりませんよ。……アルテアさん、糸が出てますがお洒落ですか?」
「ん?………糸?」
「ええ。どこかほつれたのでしょうか。ほら、こやつです」
屈んだネアが床から拾い上げたキラキラと光る細い糸を見た途端、アルテアの目の色が変わった。
「馬鹿っ、早く手を離せ!!」
「え………?」
その瞬間、手にしていた細い糸がびぃんと張り詰める。
体が持って行かれそうなくらいの衝撃に、慌てて手を離そうとしたが間に合わなかったのか、どすりと尻餅をついた。
「痛………え、雪の上?!」
「願いの輪だな」
「………アルテアさん」
瞬きをする間も無かった筈なのに、周囲の景色が一変していた。
ネアは、アルテアと共に見慣れない森の中に転がっており、手の中にはまだ先程の糸がある。
覆い被さるようにアルテアが背中に手を回しているので、咄嗟に庇ってくれたのだろうか。
「その糸は、召喚の願いを紡いだものだ。糸をかける相手を明確に特定出来ないと派生しないから、俺も見るのは初めてだが……」
よろりと立ち上がったアルテアは、ネアの手から糸を取り上げる。
その糸の先はアルテアの足首に結びかかっており、その輪も引き千切った。
細く強靭そうな糸は、その手の中で青い炎を上げてぼうっと燃え上がり崩れる。
「……つまり、アルテアさんを釣り上げようとした誰かさんがいて、私はその釣り糸にひっかけられて道連れにされてしまったのですね?」
「念の為に言うが、触ったのはお前の自己責任だからな」
「貰い事故ですので、大変に遺憾です。ディノに救援要請を出しますね」
そこでネアは指輪に呼びかけたのだが、魔物が駆け付けてくる気配はなかった。
森は雪深く、はらはらと降る雪が音を吸い込みしんとしている。
お出掛け直後でコートを着たままであったのが幸いだが、そうでなければ凍えてしまっていただろう。
(ディノのくれた首飾りを着けておけば良かったな)
後悔しても遅いが、今日はディノと一緒に居たので重装備ではなかったのだ。
コートもラムネルのものだが、何とかブーツは死の舞踏の靴紐である。
「来てくれません……」
ネアがしょんぼりすると、雑に頭を撫でられた。
これだけ失踪が警戒されて手も打って貰っているのに、毎回どこかへ連れ出されてしまうのはもはや呪いなのだろうか。
(首飾りも着けてきていなかったし……)
「あいつが捕捉出来ないとなると、ここは余程特殊な魔術の道だな……」
嫌そうに顔を顰めて、アルテアがネアの手首を掴む。
拘束されるのは好きではないが、これは保護措置だとわかるので大人しくされるがままになった。
(何だろう。………今の言葉に聞き覚えが……)
首を傾げて小さく唸ったネアは、その理由に思い至り半眼になった。
「……先程ディノから、ボラボラの持っている魔術の道が特殊なものだと聞いたのですが」
「…………それか」
アルテアの頭ががくりと落ちた。
この反応はまず間違いがなさそうだ。
何しろ、ボラボラは平伏してしまうくらいにアルテアを崇めているのだ。
「おのれ、ボラボラに耐え兼ねて帰って来た直後でこの仕打ちです。何というとばっちりでしょう!」
「いや待て、俺の所為なのか?」
「思えば出かける前にアルテアさんに呪いをかけられました。あの時から、何か嫌な予感がしていたのです!」
「心配してやったんだろ!」
「呼ばれてしまったということは、ここにはボラボラが沢山いるのでしょうか?」
「………最悪だな」
何とか己を立ち直らせたのか、ボラボラの群れに対する危機感が効いたのか、アルテアはようやくしゃんとすると、ネアをひょいと片手で抱き上げた。
「………むぅ」
「諦めろ。この森ではぐれたらボラボラに泣き喚かれ放題だぞ」
「それはとても嫌ですので、この状態で耐え忍ぶしかありません」
「そこまで嫌なのかよ」
少し不愉快そうにされたので、ネアは小さく溜息を吐く。
この魔物は己の今迄の行いを忘れてしまったのだろうか。
「アルテアさんが嫌いなのではなく、過去の仕打ちが私を本能的に警戒させるのです。危険物を身に纏うとき、人間はそれなりの覚悟をしなければなりません」
明け透けな告白に、アルテアはわざとらしく悲しげな顔をしたが、先程のような不愉快さは消えていた。
大仰に自由な方の片手を広げて見せると、彼らしい悪意のしたたるような仄暗い美貌が際立つ。
本日は帽子もステッキも持ってないが、それでもどこか劇的な余韻があり不穏さは消えない。
「ったく、まだ馴染まないのか。春告げの舞踏会までには慣れろよ?」
「………舞踏会?」
「…………まさかとは思うが、覚えていないのか?」
雪深い森の中で、二人は愕然とした面持ちで見つめ合った。
「舞踏会とはどういうことでしょう?」
「大晦日に契約を交わしたのを忘れたのか?」
「………泥酔者に記憶を求めても虚しいばかりですよ」
「おい、なんで目を逸らしてるんだ」
「私は社交の場はあまり…」
そこでネアは、アルテアに人差し指を唇にあてられた。
ヒヤリとして口を噤めば、周囲の茂みの中からボラボラ達が姿を現した。
(……ものすごい数だ)
怖くなって体を硬くすると、アルテアがしっかりと抱き抱えてくれた。
予想外の面倒見の良さに少し意外な気持ちになる。
次の瞬間、押し寄せていたボラボラ達が一斉に地面に崩れ落ちて平伏した。
ぎょっとして体を揺らしたのはネアだけでなく、アルテアもぎくりとしている。
何度か手を上げて崇めてから平伏する流れを繰り返すと、無言のままのボラボラ達はざっと押し寄せてきてアルテアごとネアまでも持ち上げてしまった。
悲鳴を飲み込んだネアを、アルテアは巧みにボラボラの手が触れないように抱えてくれているが、彼が無抵抗で抱え上げられたことにびっくりした。
ほとんど胴上げの状態に近いが、そのままどこかに運ぶようだ。
「……な、なぜ抵抗しないのですか?」
アルテアが無言なので思わずそう問いかけてしまうと、若干目が死んでいる仮面の魔物は、そっと耳打ちして計画を教えてくれた。
「ボラボラの魔術の道の中だとどうしようもないからな。とりあえず、このまま外に出るぞ」
「……このまま」
呆然としてネアは下を見下ろした。
ボラボラの頭頂部しか見えないので、毛皮の絨毯が流れてゆくように見える。
(これ、どうなるのかしら………)
ネアを抱えたアルテアはかなりぐったりしているが、手を離されてしまうとネアは間違いなくボラボラ達に捨てられるだろう。
何しろ、転がって暴れたい程に気に食わない人間なのだ。
しかし、果たして解放されるまでアルテアの精神が保ってくれるだろうか。
ネアは大きな不安を抱えたまま、ボラボラ達に運ばれていった。