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子狐の敵情視察


新年の振る舞い膳が終わる頃、ネアは左足の足首に何か得体の知れない生き物がへばりついたことを察した。


普段であれば即座に踏み潰してやるが、まだお客様が残っている席で惨事を引き起こすわけにはいかない。

ものすごく嫌々な気持ちで、そっとテーブルの下を覗き込むと、真っ白のもふもふした生き物がこちらを見ていた。


「まぁ、ちび狐さんですね!」

「ぐー」

「鳴き声が愛くるしいゆるさです!」


(こ、攻撃しなくて良かった!!)


持ち上げてみようかと手を差し出したが、子狐はぺっと、その手を払いのけた。

ネアは、その尖った感じもまた可愛くなってしまう。


「ふふ。大人ぶりたいお年頃ですね」

「ネア、誰と話しているんだい?」

「ディノ、見て下さい。ふわふわのもふもふです!」


ネアの言葉に視線を下に向けたディノは、ほとんど顔が毛並みに埋もれてしまっている子狐がご主人様の足にへばりついていることに眉を顰めた。


「ネア、剥がそうか」

「ディノ、この子は女の子ですよ」

「ネアの足に思う存分触ってる」

「無垢な子狐さんを、変態のように言ってはいけません」


しかし魔物が頑固な顔になったので、ネアは足元の子狐に直談判に入った。

このままでは変態として駆除されてしまう。


「ちび狐さん、このままだとこの魔物に回収されてしまいますよ。自力で上に上がれますか?」

「キュ!」


小さな子のように話しかけられたのが癪だったのか、子狐はネアの膝をぺしっと肉球でパンチしてからもそもそと上がって来た。

しかし子狐が膝の上にちょこんと座って感激したネアに、隣の魔物が膝枕と呟いている。


「ディノ、これは膝枕ではありませんよ」

「でも膝の上にいるだろう?」

「これはお座りですね。そして時折後ろ足で蹴っ飛ばしてくれるやんちゃ者です」

「捨ててこよう」

「ディノ………」


そこでネアは、膝の上の子狐がこちらをじっと見て何やら考え込んでいることに気付いた。

首を捻ってネアとディノを見比べているので、二人の関係性を計っているのかも知れない。


「こちらの魔物は、私の大事な魔物です。荒ぶると頑固なので、ジゼルさんのところに帰りましょうか?」

「グゥ」

「この指輪ですか?キラキラが気に入ってしまったのでしょうか。困りましたね……ディノに貰った大事なものなので、あげられないんですよ」


子狐がディノの指輪をふんふんと嗅いだのでそう言えば、今度はディノがしている方の指輪が気になったようだ。

ちらりと視線を向ける。


「そちらも、私がディノにあげたものなので駄目です。光る物が欲しいなら、ジゼルさんにお強請りしてみては如何でしょう?」

「キュー!」

「……何故でしょう。もう用済みだと言われたような気がしました。悪どい表情ですね」


そこで子狐はネアの膝の上で足を蹴り上げて飛び降りようとしたようだが、横から伸ばされた手に首筋を掴まれてぷらりと宙吊りになる。


牙を剥いて捕獲主を威嚇しようとして、子狐はぴたりと体を竦めた。

幼気な眼差しになり上目遣いで首を傾げ、甘えた声を出している。

やはり相手を見極められる頭の良い子狐だ。


「上目遣いを覚えたら、立派に女の子ですね……」

「どうやらこの精霊は、敵情視察に来たようですよ」


子狐を持ち上げたのはヒルドだった。

ネアは首を傾げたが、どうやらシーには意思疎通が出来る範囲なようだ。


「敵情視察ですか?」

「ええ。自分の敵になるかどうか、見に来たようです」

「……お肉争奪戦でしょうか?」

「いえ、ジゼル様が取られないかどうか心配になったようですね」

「ほぼ他人です。何故………」


子狐の目を覗き込むと、ふんとそっぽを向かれた。

しかしそうなると、むちむちのお尻とまだ毛足の短い尻尾がこちらに向くので、ネアは可愛さのあまり撫で回したくなる。


「ふむ。……どうやら、危ないのでネア様にはあまり近付かないように言い含められたようですね」

「キュ!」

「風評被害です。しかし、その注意から深読みしてしまうとは賢いちび狐ですね」

「相手が居たようなので、敵ではなかったと判断したようです」

「相手………?」


ネアは振り返って、背中にへばりついて、どうやらテリトリー主張をしているらしい魔物を見た。


「ディノ、大人気なく威嚇してはいけません!」

「ネアは私のものだからね」

「敵として判断してしまう基準が低過ぎます」

「キュ」

「ほら、こんなちび狐にすら、呆れた目をされているではないですか……」


ヒルドにぷらんとぶら下げられたまま、子狐は子狐なりに生温い目をしてこちらを見ている。

そんな表情をしてもなお、新しい切り口のぬいぐるみのようでやはり可愛い。


「ネアは、可愛いものにも浮気しがちだよね」

「浮気の定義とは、異性への思慕で成り立つものではないのでしょうか」

「どんな興味であっても、特別を切り出されるのは嫌だな」

「まさかの規制の厳しさに、自分の首を絞めただけだった!」

「ご主人様は今日も浮気をしたから、ご褒美を貰わないと」

「ディノ、日に日に悪賢くならないで下さい………。ヒルドさん、助けて下さい」

「申し訳ありません、ネア様。そちらの方面ではあまり…」

「そ、そうでした!ヒルドさんはヒルドさんのままでいて下さい!!」


危うく、より難易度の高い専門家に変態の相談をしかけてしまい、ネアは息が止まりそうになった。

しどろもどろで謝罪すると、ヒルドは少しだけ不思議そうに頷く。


そこで、吊り下げられたままの子狐がジタバタしてくれたので、ネアは無事に綱渡りの会話から解放された。



ヒルドが子狐をジゼルに返しにゆく後ろ姿を見送りながら、ネアは背中の魔物に尋ねてみる。

ご主人様はたいへん悪辣なので、このまま他の会話で洗い流してしまい、先程のご褒美発言を忘却させたい所存だ。


「見ていたら、子狐さんはあまり鳴いてもいませんでしたが、どうやって会話しているのですか?」

「念話のようなものだよ。シーと精霊だけが使える声だ」

「便利ですね!しかしながら、聞きたくない時は厄介そうです」

「確かに、どうやって遮蔽するんだろう」

「そうで…………何事でしょう?!」


ギャーと、遠くの方で物凄い声が聞こえた。

びっくりして、魔物を羽織ったまま立ち上がってしまったネアは、雪竜の王と子狐の修羅場を見ることになる。


どうやら子狐が離れた隙に、ジゼルに話しかけた妖精がいたらしい。

荒れ狂う子狐がその女性に体当たりしており、ジゼルはおろおろしていた。

攻撃を受けている妖精は、もふもふが当たっても少しも痛くないのか、弾む毛玉を手で受け止めながら朗らかに笑っていた。

その微笑みが更に火に油を注いでいるのか、怒り狂った子狐は、何やら獣的修羅場言葉でけたたましく鳴いている。

先程の怪音は、子狐の憤怒の叫び声だったようだ。



「最後の最後で惨事が……」


しかし周囲を見回しても、残っていた客人はもふもふに癒されるばかりで頬を染めて子狐を愛でていた。

どうやら荒れ狂う子狐は可愛いばかりで、決して会の評価を下げることにはならないようだ。


「あら、……抗議運動が激化しましたよ」

「あれ抗議運動なんだね……」


子狐は武力行使では足りないと判断したのか、床の上に仰向けになってお腹を出していた。

所謂ストライキだ。

かなりじっとりとした眼差しでジゼルを見ているのがこちらからもわかり、ネアは思わずディノを振り返ってしまった。


(………何だろう、ちょっと似てる……)


ヒルドが気を利かせて、ジゼルに声をかけた妖精を連れ出してくれたようで、その場にはお腹を出したままの子狐と、途方に暮れるジゼルが取り残されている。


ジゼルが体を屈めてそのお腹を撫でると、小さな尻尾がふりふりと揺れてしまう。

しかし、手を離すと慌てて正気に返り、ぷいっとそっぽを向いている。

ずっと見ていたいくらいの可愛らしさだが、あまりジゼルを見ていると魔物が荒ぶるので、ネアは後ろ髪を引かれる思いで会場を後にした。



「ディノ、何だかもうジゼルさんは大丈夫そうですね」

「………大丈夫?」

「ええ。あんな風にちび狐のお腹を撫でて微笑んでいる方が、寂しい方なものですか」

「そういうものなのかい?」

「ええ。経験者は語るので間違いありません」

「ネアも経験者なのかい?」

「私にはディノがいてくれて、ジゼルさんにはあの子狐さんなのでしょう。何だか、新年早々にいいものを見ました」

「ネア………」


魔物が恥じらってしまったので、ネアは三つ編みを持たされる羽目になった。

周囲の白い目に晒されつつ髪の毛を引っ張って帰ることになり、新年早々精神を削ってしまった。



(………でも、良いニュースもあったし)


ヒルドに教えて貰ったのだが、あの子狐は氷の精霊の一種であり、魔術が豊かな土地で健やかに育てば二百年ほどで高位精霊に変化し、人型も取れるようになるのだそうだ。

人型になると旅人を惑わす程に美しい声を持ち、それはそれは美しい乙女の容姿になるのだとか。


二百年も後となるとネアが見ることは出来ないが、いつかその日がくるのが楽しみだった。



「ご褒美は何にしようかな」

「………忘れてくれたのかと思ったのに!」

「………ご主人様は最近冷たい」

「可愛い子狐を愛でただけで、責められるのが解せません。異議申し立てをします!」

「手を伸ばしたい程の興味を他者に向けられたくないな。ほら、飛び込みにするかい?」

「ご主人様の情緒を殺さないで下さい。それと、私から要求しているみたいな言い方です!」

「頭突きもする?」

「………増えた」



愕然としたネアに、魔物は期待に満ちた目で艶麗に微笑んだ。







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