68. 大晦日は恐怖の宴でした(本編)
とうとう今年も最後の一日となった。
ネアは、諸事情により既に昨日から生存値を削られ過ぎており、エーダリアから目が死んでいるとお墨付きをいただいている。
本来なら女性の華やぐべき恋愛周りの事件で、こうも心が死にかけているのが切ない。
ネアには向かないかもしれないが、もっと心が弾むようなものが恋たるべきではないのだろうか。
是非、新年と共に生まれ変わりたい。
心身ともに強くならなければ、専門事業には参入出来ないだろう。
「ネア、疲れてる?」
「ゼノは、いいことでもありましたか?」
「僕のペンが壊れたら、グラストがペンをくれたんだ」
「まぁ、それは嬉しくなってしまいますね」
「だから、来年はきっといいことがあるよ!」
「ふふ。ゼノもグラストさんも、どんどん仲良しになってゆきますね。まるでもうご家族のようです」
ネアの言葉に、ゼノーシュは堪えきれず小さく弾んで喜びを表した。
愛くるしさのあまり、ネアも貰い弾みしてしまいたくなる。
「グラストにも教えてくる!」
ご機嫌になったゼノーシュは、グラストにネアの評価を伝えに走っていった。
駆け寄ってきたゼノーシュの髪を自然に撫でるグラストを見て、ネアは少し驚いてしまう。
それぞれの仕事を受けるようになれば、ゼノーシュ達とは別行動の時間も多く、いつの間に二人がこんなに仲良くなっていたのかと、はっとすることが多くなった。
その度に何だか嬉しくなってしまう。
二人を見ていたら、ネアも何だか元気になってきた。
「気負いなく、お祝い膳に邁進出来そうです!」
「いや、既に邁進してるだろう。その取り皿は何なんだ」
「エーダリア様はお皿の上が見事に偏っていますね、鶏を少し減らしては如何でしょう」
「寧ろ、全種類盛り上げたお前に言われたくない」
リーエンベルクは、夕暮れと同時に年越しのお祝い膳が振舞われ、ホームパーティのような様相になった。
いつもの会食堂ではなく、ゆっくりと寛げる大部屋を一つ開けて、食事をしながら談笑したり、のんびりとお茶やお酒を楽しみながら年越しまでの時間を過ごせるように工夫されている。
(でも少し寂しいかな。会食堂の大きな窓からお庭を見たかったけれど…)
まだ春や夏のウィームを知らないが、ネアはすっかりウィームの雪景色の虜になってしまっている。
どこかにお伽話のような雪景色が見えないと、寂しくなってしまう病にかかったようだ。
因みに、ウィーム王室の嗜みとして、大晦日は純白の花をこれでもかと活けて、淡いシャンパン色の魔術の火を灯した蝋燭の灯りで過ごす。
窓辺には柊が吊るされており、王宮らしく見事な金糸織りのリボンで束ねられていた。
あちこちに花が活けてあるのに、ただのむせ返るような花の香りにならないのは、上手く果実の香りがブレンドされているからだろう。
ウィームの家事妖精の中には、一流の調香師がいるようだ。
雪結晶の白い床石に、瑠璃色と葡萄色の織り柄の絨毯を敷き、水灰色とミントグリーンの壁に艶消しの金の装飾。
天井いっぱいに彫り込まれた森の木々と花々の彫刻は、部屋の中に森の空が閉じ込められたようだ。
そこに数々の淡い菫色と水色の宝石が煌めき、やはりここもお伽話の部屋であった。
(……なんて綺麗なのかしら!)
部屋を見回すだけで幸せな気持ちになりながら、取り皿の上のお料理に舌鼓を打つ。
お皿の上には、鴨の燻製と、マスタードグリーンのサラダに、豚肉のコンフィのトマトソース。
ネアの大好きな酪農家肝入りの、チーズや乳製品のお料理のテーブル。
ヒルドが中央から持ち帰ってきた海の幸も上乗せされ、烏賊墨のリゾットや生牡蠣などもある。
(この世界に来てから幾つかの国や土地を見たけれど、ウィームのお料理は素晴らしいな)
そのどれもが、決して足りない量ではなく、かといって無駄になるような量でもない。
そういう意味でも安心して食事を摂れるというのは、とても心穏やかになる。
「来年は、エーダリア様に彼女が出来ますように」
「な、何だ唐突に!」
慌てて反応したものの嬉しそうなのは何故だろう。
「ちょっとご機嫌なのは、お目当さんがいるのですか?!」
「いや、お前がようやく私に女性を勧めたからな」
「エーダリア様的には不服かも知れませんが、私に同性のお友達が出来る最後の希望なのです。女性の恋人さんも良いものですよ?」
「なぜ同性を基本形態として語るんだ……」
「初恋の方がダリルさんで、それにディノを…」
「ほら、お前の好きな海老のタルタルだ」
「エーダリア様は、会話の逸らし方がお上手です。さすが元王子様ですね!」
「なぜいつも、お前にその才を使う羽目になるのだろうな……」
大晦日は無礼講でもあるからか、エーダリアは面倒見よく自分の皿から、ネアにタルタルを取り分けている。
親密さと言うよりも、不都合な会話を中断させる為の賄賂なので、ネアも大人しく付き合ってやる。
しかし、過敏な魔物が少し離れた位置で凍りついていた。
「ご主人様、浮気……」
「いえ、これは賄賂です。政治的な駆け引きの一環ですので、気にしてはいけません」
「ネア、海老……」
「ディノ、私の取り皿はもう賄賂でいっぱいですよ?」
「酷い………積み立て…」
「物理的に無理なのはやめて下さいね。その代わり、この葉っぱを差し上げます」
「ご主人様!」
ネアは取り過ぎて持て余した葉物を魔物のお皿に移し替え、美味しかった海老に集中する。
料理のシェアが発生したお陰で、魔物のご機嫌も直ったようだ。
「ところで、こちらの大晦日には、怪物が出るのですか?」
食事が少し落ち着いたところで、ネアはその部分を掘り下げることにした。
事前説明では、境界が曖昧になり易いからこその危険性しか知らされていない。
「ええ、境界が曖昧になると、そのようなものは這い出して来ますよ」
特に感慨もなくそう肯定したヒルドに、ネアはぴくりと顔を引攣らせた。
「怪物という区分ですが、そんなに珍しくはないのでしょうか?」
「一括りに怪物と称するのは、見目がおぞましいからです。魔物や妖精に精霊、様々な種類のものがおりますので、珍しいものもいるかもしれませんね。最後まで起きている者が、最もおぞましい怪物に出会うことが出来るんですよ」
「………最後の一言で、幸福感が絶滅しそうなのですが、こちらの世界の大晦日はそんなまさかの勢いで、サバイバルな感じなのでしょうか」
「ネア様は初めてでしたね。リーエンベルクでは拘留の魔術をかけていますので、怪物や怨霊達に連れ去られても、新年になれば元の場所に戻れますから」
「ちっとも心が安らがない補足です」
さっと真顔になったネアに、ヒルドはくすりと微笑んだ。
「魔術が手厚くない場所では、連れ去られると二度と戻れないのでご注意下さいね。それと、やはり視覚的にお辛いようでしたら、眠ってしまうか、酩酊するのが一番です」
「意識がないと、怪物には出会わないのでしょうか?」
「と言うより、触れられても記憶に残りませんので。困ったことに、魔術による睡眠や意識の閉鎖をかけると、その中にも忍び込んできますので、ご注意下さいね」
「……その条件下で熟睡するとなると、かなりの難易度ですね。最悪のタイミングで目が覚めてしまう方もいそうです」
「ですので、年越しは酩酊を誘うエシュカルを飲み、新年まで親しい者達と飲み明かすんですよ」
「最後の一人にならない為にでしょうか?」
「好んで最後の一人になりたがる者もおりますけれどね。無謀な挑戦をしたせいで、心臓発作で命を落とす者も多いので、どうぞ真似しないで下さい」
「ご安心下さい。最後の一人になるくらいなら、謝礼を弾んでその無謀な挑戦者を雇います!」
「おや、ネア様から謝礼をいただけるのでしたら、私が引き受けましょうか?」
「そんな!ヒルドさんが酷い目に遭うのは我慢出来ませんので、どこかのお馬鹿さんに任せましょう」
「一つお伝えし忘れておりました。その、 最後の一人というのは、その場に集った者達の中の最後であって、ウィーム全体ではありませんよ?」
「…………最悪の展開だ」
つまり、このメンバーの中の誰かが、最もおぞましい怪物に出会ってしまうのだ。
「昨年は誰が出会ってしまったのでしょうか?」
「確か昨年は、ダリルだった筈ですが、あれは心臓が強いですからね。今年は恋人と過ごすようです」
「おのれ……なぜ今年は一緒にいてくれないのだ!それと、最後に一人にならず、複数残った場合はどうなるのでしょう?」
「その場合は、残った者全ての目の前に現れます。こちらが一般的ですね」
「……………やはり、それまでに酔い潰れます」
(この状態から、都合よく年またぎで爆睡出来るとは思えない……)
よろよろとその場を離れ、エーダリアと話していたディノに、ごつりとぶつかる。
ディノは嬉しそうに振り返ったが、ネアの顔色の悪さに眉を顰めた。
「ネア、どうしたんだい?」
「最後の一人になりたくありません」
「ほとんどの魔物を狩ってしまうのに、怪物は苦手なのかな?」
「見た目が怖いものが全て苦手です」
「おや、それでは私から離れないようにしないと」
「ディノの側にいると見ないのですか?」
「うーん、見えるとは思うけれど守ってあげられるからね」
「……………私の需要には事足りませんでした」
「ご主人様…………」
「見えなくさせる事が出来る方はいないのでしょうか?視覚に入れば、きっと今後うっかり思い出されたりして、確実にトラウマになるやつです」
「………見えなく出来るとすればアルテアだろうね。ただ、今日は仕事をしている筈だ」
「今までで一番アルテアさんに会いたいです!アルテアさんに会いたくて仕方がありません」
「ネア、浮気は禁止だよ」
「何て世知辛い世の中なのでしょう。積み立ての件がなければ、今後、死ぬ迄のアルテアさんの大晦日を、全て予約したいくらいです」
「ご主人様、浮気………」
しょんぼりした魔物をぺいっと捨て置き、ネアは部屋の中をうろうろとした。
時計を見る限り、まだまだ日付の変更線までは時間がある。
この隙に誰が寝てしまったりしたら、絶対に許さない。
「今日ばかりは、私より先に寝たり泥酔する人を決して許しません!」
「ネア、怪物は苦手?」
「ゼノは得意なのですか?」
「僕が最後まで起きていてあげるから大丈夫だよ」
「ぐっ、ゼノだけに辛い思いをさせるなら、一緒に泥酔しましょう。…………グラストさん、後ろ……」
一瞬、手にした小皿を取り落としそうになってから、ネアは自分でも不思議な冷静さで、そっと隣のテーブルにお皿を置いた。
ネアの指摘で振り返ったグラストは、目を見張って苦笑すると、足元に這い出してきた黒い髪の毛の塊のような生き物を魔術で排除する。
驚くでもなくさも自然な様子に、ネアはこれが通常仕様なのだと理解してしまった。
つまり、これくらいは珍しくないのだろう。
「ディノ、どこにも行かないで下さい」
「ご主人様!」
慌てて戻ってきてべったりになったネアに、魔物はご機嫌になった。
「そして、私の周りに奴等が現れたら駆除して下さいね」
「ご褒美……」
「ご褒美なんていくらでも差し上げます!」
「わかった!部屋に戻るかい?」
「いいえ。食事が途中ですし、デザートもまだなのです。それに、せっかくの大晦日は皆さんと過ごしたいので、ディノがエスコートして下さい」
「ネア、可愛い……」
言いながらちょっと涙目でふるふるしているのは、部屋の窓の向こうに、触手のようなものがいっぱいついた確実に心を抉る形状の怪物が現れたからだ。
ネアは目の焦点をぼかして認識を拒絶すると、さっと顔を背けた。
なんという事だろう、これはホラー映画だとしても、かなりえげつない部類の生き物達だ。
「そして、こんな堅牢な場所にも居るのは何故なのだ」
「これは魔術の揺らぎからくる残響だからね。だから、触れられても質感はないくらいだよ。壁の向こう側いっぱいに押し寄せているから、魔術が揺らぐ度にこうして欠片が見えてしまうんだ」
「…………いっぱいに押し寄せているんですね」
心を損傷したネアは、それから暫くの間、防護服代わりに魔物を羽織ったまま飲食した。
そして、ディノに部屋から取り寄せて貰った夜の盃を常備薬のように握りしめている。
(せっかくのお祝い膳なので、ぎりぎりまで美味しく堪能して、最後のラインから泥酔しよう……)
恐らく節目になるのは二十三時前後であろう。
それまでには泥酔するとなると、三十分くらい前からグローヴァーをがぶ飲みすればいいに違いない。
とても美味しかったエシュカルも混ぜて、確実に昏倒を狙いたい。
「私はこの恐怖を、毎年乗り越えなければいけないんですね……」
「ずっと一緒にいるから大丈夫だよ」
「ディノ、約束ですよ。私が死ぬまで大晦日は傍に居て下さい」
「………うん」
かなり身も蓋もないような理由なのだが、ネアの懇願に魔物は頬を染めてほわりと微笑んだ。
あまりにも嬉しそうにもじもじするので、ネアは何だか申し訳なくなる。
何やら不安が大きいご入門の誘いだが、年に一度の怪物に攫われる危険を回避出来るのであれば、人生的には勝ち組の分類に滑り込めるかもしれない。
(ん?年に、………一度なのだろうか)
「…………ディノ、ふと気になったのですが、境界が揺らぐのは夏至祭もでしたよね?」
「そうだね。夏至祭は、もう少し向こう側の影響力が強い。人間達もここまでのんびりは出来ないから、儀式の後は結界に籠ることが多い筈だよ。後は、ネアのお気に入りのボラボラの祭りも少し似ているかな。ボラボラも、こうやって忍び寄ってきて子供達を攫ってゆく生き物だからね」
未だボラボラの正体はわからないが、子供を攫う生き物であるのは確定なようだ。
毛皮人形が舞い踊るのは、ボラボラを鎮める為な気がしてきた。
「夏至祭もずっと側にいて下さい。そして、ボラボラは子供が標的であれば、安心して愛でますね」
「ネア、君は魔術可動域が低いから、ボラボラにとっては獲物になると思うよ」
「ではその日は、ボラボラと親しいアルテアさんを予約します!」
「ご主人様、浮気………」
「許して下さいディノ、ご主人様とて怪物には勝てません」
「酷い、可愛い…………」
窓にどろりとした生き物がばぁんとぶつかったので、ネアは涙目で魔物に抱き着く。
ちょうど浮気宣言のところだったので魔物は不本意そうに恥じらっていたが、ネアはそれどころではなく、必死に頭をフル回転させていた。
(どうしよう、窓の方を向いていたくもないけれど、窓に背中を向けたくもない!そして部屋の隅にも何だか変な影があるし、部屋の中央は大きな花瓶で視界が遮られて、敵の接近に気付けない!)
「お前にも苦手なものがあったのだな」
「エーダリア様が鈍感なだけです!」
「ヒルドやグラストはどうなるんだ」
「ヒルドさんは妖精さんですし、グラストさんは前線で戦う騎士の方です」
「私も前線には出るぞ?」
「エーダリア様は、どろどろ怪物が大丈夫だとわかったので、遭遇したらエーダリア様に振り分けますね」
「ヒルドに任せればいいだろう。喜んで世話をする筈だ」
「勿論喜んでお世話させていただきますが、エーダリア様の独立心を養うにも良い機会かもしれませんね」
「ヒルド……………」
わいわいしている中央を見ながら、グラストの隣の椅子を陣取ったゼノーシュが可愛らしく首を傾げる。
ぱすぱすと隣の椅子を手で叩いて呼ばれたので、ネアは防護服の魔物を引き摺ったままそちらに向かった。
「ネア、怖いなら早く夜の盃を使ってしまったら?」
「………そうなのですが、私は強欲なので、こうして皆さんと過ごせる時間も惜しいのです。こやつらの出現は、日付の変更線を目がけて盛り上がってゆくんですよね?」
「うん。だから、今も怖いってことはこれからはもっと怖いよ?」
「…………これ、一般の方達はどうやって過ごしてるのでしょう?」
「一般的にはね……、………僕はあまりわからないや」
何かを答えようとしたゼノーシュが、背後を見上げてぴたりと黙る。
訝しげに首を傾げたネアに、にっこり微笑んで首を振った。
何か不審だぞと勘付いて振り返ろうとしたネアは、壁の方を見てぎくりと固まった。
壁と壁の装飾の陰影の部分に、何か非常に不穏なものが覗いている。
「ネア………?」
「ごめんなさい、ディノ。せっかく初めて一緒に過ごす大晦日なのですが、私は早々に戦線離脱します。また明日お会いしましょうね」
魔物の腕の中に逃げ込んでから、夜の盃を唇に当てて小さく囁く。
当初は二度と飲むまいと誓った巨人のお酒であるが、こんなに心強い味方になるとは思わなかった。
美しい盃にふわりと湧き出たお酒を飲み干せば、少しだけ心が緩んだ。
舐めただけで荒ぶる程であるので、一杯飲み干せばある程度の自意識は霧散するだろう。
しかしながら、本日は酒浸りなのがとても心苦しいが背に腹は変えられない。
そこまで考えてふと、とても嫌なことを思い出した。
「…………そう言えば私、泥酔して寝てしまったことってなかったような気がするのですが……」
「そう言えば、ネアの場合は眠らなかったね……」
魔物が同意したので視線を上げれば、青い顔をしたエーダリアと目が合った。
以前荒ぶった際に、ディノとヒルドを倒しているので、咄嗟に最悪の事態を想定したようだ。
「エーダリア様、本年はお世話になりました。また年明けに、あらためてご挨拶させていただきますね」
丁寧に頭を下げて挨拶を済ませると、ネアは特定の中毒患者のように二杯目を呷る。
念には念を入れて意識を消しておかなければ、あの壁の影から這い出してきている蜘蛛の怪物の記憶を消すのは難しいだろう。
「ま、待てっ、ネアお前のそれは駄目だ!ヒルド、酔い覚ましの薬はないのか?!」
「エーダリア様、グローヴァーに酔い覚ましは効きませんよ」
ぼんやりと滲んだ意識の向こう側で、必死にヒルドに訴えているエーダリアの姿が見えたが、目が合ったヒルドが微笑んで首を振ってくれたので、ネアは有難く無視させていただき、ディノの腕の中にすっぽりと収まった。
戦線離脱出来るという安心感に、口元が緩んで微笑みの形になる。
来年にはどんな試練が待ち受けているにせよ、この魔物が傍に居てくれれば安心だと、心の底から運命に感謝した。
(今年は、色々なことがあったなぁ………)
この世界に落とされたのは秋の入り口の頃だ。
度重なるイブメリアの延期で時間的にはもう少し長くなっているが、まだ半年も経ってはいない。
当初は生き延びる為の方策を練っていたネアが、こんなに暖かな場所に居つくとは思いもしなかった。
見上げた視線の先で、微笑む美しい魔物に息が止まりそうになる。
リズモの祝福は確かに効果があったのだろう。
今年のネアの一番の収穫は、この大事な魔物を手に入れたことである。
「ディノに出会えた今年も、もう終わりですね」
「まだまだこれからずっとだよ、ご主人様」
「ふふ。こんなに素晴らしい人達に囲まれて、何だか私は果報者ですね」
頬にそっと触れた口付けの温度を最後に、ネアの意識は途切れた。
翌年の目覚めは決して安全なものではなかったが、ひとまず蜘蛛の怪物を回避出来ただけでも重畳としよう。