表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/980

9. 婚約者を慰めたら婚約破棄されました 1(本編)



ネアがリーエンベルクで生活するようになってから、ひと月が経った。



ディノが集めてきた図録の品物達も全て振り分けが終わり、武具や薬などの一部のものがヴェルクレアに残されることと決まった。

持ち込まれた日にはまだ動いていた毛皮は、これから訪れる冬に備え、ネアのコートに仕立てられるそうだ。

可動域の低いネアの身を守る為にも必要だろうと、エーダリアが判断してくれたので、今は仕立てに出されているらしい。


(いらないと思ったけれど、一番抵抗力が弱いのが私なのは確かなのだから、身を守るという意味で大切に使わせていただこう)



そんな動きはありつつも、毎日は拍子抜けするくらいに穏やかであった。


薬を作ったり、薬や魔物の知識を提供しては、ディノの教育と二人の親睦に努める穏やかな日々。

一般的に契約の魔物との繋がりを深めるこの期間を、汽水期間と呼ぶのだそうだ。

余命の観測頻度が高く、出来ることと出来ないことを明確に数値化する。


(でも、私の場合は観測に時間をかけていたと言うよりも……)



時折、魔術師らしい怜悧な眼差しで、部下に指示を下しているエーダリアを見かけた。

グラストと真剣に意見を交わし、ゼノーシュの知識で補填をする彼等が、何かの準備に並々ならぬ手間をかけているのは何となくわかった。

それは恐らく、ネアという国の歌乞いを働かせる為のレールの確認作業なのだろう。



なので、そんな様子を目にする度に、ネアは少しずつ憂鬱さを増した。



グリムドールの鎖を探す任務は、今までの薬作りとは違う。

あれば幸いの品物ではなく、他の歌乞い達と奪い合い、国の成果としなければならない品物を得る為の仕事なのだ。


深く立ち入り過ぎてから、自分は他所に失礼するとは安易に言えるものではないので、本格的に任務開始となるまでが、自分の身の振り方を定める最終期限だと感じていた。



(始まってしまったら、次はこの仕事が終わるまで、私はここから離れられない)





仲間のようになりつつある人達への責任や、見知らぬ観客達からの重圧を背負い、ここにいる困った魔物への思い入れを日々積み重ねながら、ネアは、全ての任務を終えても尚、踏み止まれるだろうか。


それに、必要とされる覚悟はそれだけでは済まない。

脅威があり、その為の備えとするべきものを探さねばならないのだから、周囲に迷惑をかけず、定められた期間の中で任務を全うしなければならないのだ。



そんなことをつらつら考えていたせいか、契約した魔物への応対が雑になっていたらしい。

視線を感じて顔を上げれば、ディノが探るような目でこちらを見ている。



「ネア、私のこと嫌いになった?」

「ごめんなさい、今日はあんまり構ってあげてませんでしたね。寂しくなってしまいましたか?」

「少し、……………疲れているね」



ディノは、嫌われたわけではないらしいと理解すると、悲し気な表情は和らいだが、今度は、心配そうに手を伸ばして、ネアの頬にそっと触れる。


触れた指先はひんやりとしていて、思わず息を吐くくらいに気持ちよかった。

清涼な魔物の温度が肌に染み込めば、庇護を受けるということは、こういう心地良さを生むらしいと知ってしまった人間は、また少しだけ落ち着かない気持ちになる。


「最近、エーダリア様達が色々とご手配されているでしょう?さっきお話したときも、それとなく私がどれだけ働けるか、確認しておいででした。……だからね、覚悟を決めなければと思ったんです」



その言葉に静かに頷いたディノは、ネアの話を聞くのが好きだ。

甘える時の暴走ぶりが嘘のように、ネアの話に耳を傾けて、的確に絡まりを解くディノは頼もしい。

こんな時のディノには、人間の信仰の対象ともなる存在に相応しい英知と経験を感じる。


だからネアは、転職に纏わる問題以外では、様々な疑問や不安をディノと共有していた。



「ネアは何も心配しなくていいのに」

「そうですよね。皆さんがそう整えてくれているのに、それでも迷う自分が情けないのです。自分の欲を殺せない弱さが申し訳ない。ただでさえ、エーダリア様を失望させてしまっているでしょう?私が婚約者であることで、あの方にご負担もかけている」


一度言葉を切って、苦い微笑みを浮かべた。


「こんなに公正な方だと、知らなければ良かった。そうすれば、あなた達のことなど知らないと無関心でいられたのに」

「……………君は、彼等のことが嫌い?」

「いいえ。良い隣人だと思っています。ほとんど他人だと切り捨てられないくらいに、もう、あの方達を知ってしまいました。だからこそ私は、重たいものを背負うあの方達が重いと考えてしまう、身勝手な人間なのですよ」


率直な言葉の醜さにも、ディノは頷いて受け入れてくれた。

頬に添えていた指先を翻して、ネアの頭を撫でる。


「君は、律儀なんだね。もう君は、ここが嫌ならどこにだって行けるのに」


息が止まりそうなくらいに優しく微笑まれて、ネアはまた怖くなる。


(本当に?こんな特別な魔物を手に入れてしまって、私は、いつかディノを本当に手放せるのだろうか?)



「そうでしょうか?」



この会話はもうここまでだと、笑って茶化すように瞳を煌かせる。

ここから逃げ出すかどうか迷っているのに、これ以上ディノに慰めてもらうのはさすがに我が儘だ。

ディノも空気を読んで承知してくれたようで、気分を変えてあらためて椅子になりたいと申し出てくれたので、考える余地もなく光の速さで却下しながら、ネアは優しい魔物の頭を撫で返した。



「そう言えば彼は、まだ君の婚約者だったんだね」



聞き取れないくらいに低く、呟かれた言葉は耳に届かなかったのだ。





その日の夜、ネアは、寝入り端のところをゼノーシュに叩き起こされた。

容赦なく自分の領域に入り込まれたところよりも、初めて見るような少し焦った表情に目を瞬けば、ゼノーシュはそんなネアの手をぐいっと引っ張るではないか。


青年姿でも破壊力満点の寝間着姿なので、寝起きの状態で見るには、随分と心臓に悪い。

青年姿でも愛くるしいのは、少しばかりずるいと言えよう。



「ごめん、ネア。僕の主が困ってるから、少し手伝ってくれる?」

「ゼノ、グラストさんに何かありましたか?!」

「グラストは困ってるだけ。エーダリアは、ディノに壊されちゃいそうだけど」

「えええええ?!」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ