さくらんぼとヴァーベナ
その日は、飲み会というよりは復帰祝いの様相であった。
テーブルの上にはネアの好きなものがたくさん並び、ネアの席には杏の果実水が予め用意されている。
「わ、こちらのお酒は!」
「貴腐葡萄酒だそうだ。好きなのか?」
「はい!この銘柄のように、もったりしない甘口のものが大好きなのです。これは、エーダリア様が用意してくれたのですか?」
「ああ。好きだと聞いたので、地下から持ってきた」
「有難うございます!」
ほくほくとして席に座ると、向かいの席のヒルドがその貴腐葡萄酒を開けてくれた。
エーダリアは赤葡萄酒や蒸留酒を好むので、葡萄酒の好みは白寄りのヒルドが一番ネアに近い。
意外な組み合わせで挑むのがゼノーシュで、かなり強い蒸留酒にたくさん食べるのだ。
グラストはエールが多く、意外にあまり食べない。
(ディノは強いお酒をゆっくり飲むし、アルテアさんは食事に合わせて飲むのも好き)
あれだけ休むように言ったのだが、今夜はアルテアも参加していた。
ダリルはデートにより不参加とされていたが、ここに居るほとんどの者が、ディノを避けていると考えている。
ネアからも、あの事故はダリルの所為ではないと口添えしたのだが、魔物はご立腹のようだ。
「あいつは間に合わなさそうだな。では」
「……何故仕切るのがアルテアさんなのでしょう」
「ほら、これは食べるのか?」
「チーズ!こちらに寄せます」
抜かりなくアルテアは、今日の市場で買ってきたチーズでネアのお小言を防いだ。
なぜかエーダリアが頷いているので、何かを学ぼうとしているのかも知れない。
「これが唐揚げです」
「僕、この衣好き」
紹介する前に口に入れていたゼノーシュが、檸檬風味のものを指差す。
飲み会用にスパイシーなものも用意していたので、エーダリアはそちらが気に入ったようだ。
あまり肉食ではないヒルドも、一つ食べてから何個か自分の取り皿に確保していた。
暫くは唐揚げトークであれやこれやと会話が進み、唐揚げはあっという間に完売した。
「ネア殿は料理も上手なのですね」
「家庭料理の範疇ですよ。ケーキを作れるグラストさんの方が凄いと思います。私は繊細な計量が苦手なので、お菓子系はあまり得意ではなくて」
「いや、素人調理で恥ずかしい限りです」
「グラストのケーキは美味しいよ」
「ふふ。ゼノがこれだけ言うなら、グラストさんのケーキは世界一ですね」
何度も頷いたゼノーシュに、グラストが微かに目元を柔らかくした。
我が子を見るような眼差しに、ネアは二人が順調に距離を狭めていることを知って嬉しくなる。
「ネア様、その後体調は如何ですか?」
そう尋ねたのはヒルドだ。
仕事の際にもかなり心配していたので、酒席に参加することを気にかけていた。
「ええ。今日一日動いていても元気でしたので、やはり副作用や後遺症のようなものもないようです」
「であれば良かった。もし、あの雪食い鳥を再度捕獲したい場合は、ゼノーシュが協力してくれるそうですので、仰って下さいね」
「僕、すぐに見付けるよ!」
「まぁ、頼もしいですね。ゼノも、心配をかけてしまって御免なさい。砂漠の月、とても嬉しかったです」
ネアが自力で雪食い鳥の試練を破り記憶を取り戻したその夜、ゼノーシュは念の為にと、砂漠の月という結晶石を採りに行ってくれていたのだ。
雪食い鳥を酔わせて意思を奪う劇薬で、以前に雪食い鳥討伐に出たグラストが知っていたのだと言う。
ゼノーシュが全力で挑んだ結果、図らずも幻とされていた砂漠の月まで手に入り、リーエンベルクは少し沸いている。
雪食い鳥による被害はそれなりのものなので、対策薬を温存出来るのはとても有り難いのだそうだ。
ネアには不必要になってしまったが、前線に出る同僚を多く持つグラストにとても褒められて、ゼノーシュはご機嫌だ。
「ヒルドさんは、何を飲んでいるんですか?」
ヒルドが飲んでいるエメラルドのようなお酒に、ネアは興味津々になった。
鮮やかな緑の薬用シロップのようで、しかしミントのような爽やかな香りがした。
「オーレンという、薬木の酒ですよ。飲んでみますか?」
「………強いでしょうか」
「それ程は。ただ、癖があるので好まない人も多いですね」
「一口貰ってもいいですか?」
問いかけた時点でグラスを差し出されていたので、ヒルドのグラスから一口貰うことにする。
アルコールの強さを警戒しつつ薄く口に含めば、少し苦味のあるハーブティーなような味わいだ。
漢方茶のようだと思えば、嫌な苦味ではない。
「私は結構好きです。また新しいものを知ってしまいました」
「おや、であれば今度お分けしますね」
「ネア!僕のも飲む?」
「ゼノが飲んでいるのは、………コル?」
ゼノーシュの隣にある瓶には、暖炉の上に悪魔が座っている絵柄のラベルがあった。
瓶の中身は水のような無色透明の液体だが、かなり危険な飲み物な気がする。
「ネア、それはやめて」
「おい、コルは俺でも瓶ごとはいかないぞ」
「僕、二本くらいは飲むよ」
「……ゼノーシュは酒豪だったのですね」
ネアの言葉にゼノーシュはぽっと頬を染めて、なぜか嬉しそうにしている。
酒豪の評価は嬉しかったのだろう。
しかし、ネア的にはそうなると疑問がある。
「………夜の盃では、一体何を飲んだのですか?」
「コルの同じ樽で作るお酒だよ。コッツっていうお酒。お砂糖を入れて飲むんだけど、あの盃だとお砂糖も入ってた」
「む……」
「ネア、興味を持たないように」
お砂糖のくだりで興味を持ってしまったネアを、慌ててディノが制する。
しかし、夜の盃の話題はまだ終わらなかった。
一番厄介を引き起こしそうなアルテアが、きらりと赤紫の瞳を煌めかせたのである。
「おいおい、リーエンベルクには夜の盃があるのか!」
「ネアが貰って来たんだ」
「あれは森の秘宝だろ。俺が採りに行ったときも、森の賢者達が隠し持って逃げたくらいだ」
「その森の賢者さんが、震えながら私に献上したものです」
「お前、森の賢者に何をしたんだ……」
「何もしてません。強いて言えば、目の前で私のリズモ狩りを見ていたくらいで……」
「ん?どうした?」
ネアが渋面になったので、アルテアは嫌そうな顔になった。
ネアもネアで、厄介な記憶を取り戻してしまったのでかなり嫌そうな顔になる。
「……実は、ダリルさんの迷路の向こう側で、リズモ狩りをしてしまいました」
鋭く振り向いたディノが、慌てて頬に触れてくる。
「ご主人様、まさか祝福を貰ってないよね?」
「ええと、……祝福を貰うという記憶はあったのですが、……赤い羽が駄目だという記憶がなくなってまして……」
「すぐに毒消しをしよう」
「ディノ、落ち着いて下さい。さすがにここでは大丈夫なのでは…」
「ご安心下さい、ディノ様。決して発動させませんよ」
ものすごくいい笑顔でヒルドが一つ頷き、エーダリアとアルテアが同じような呆れ顔になるまでを、ネアは遠い目で見つめた。
一応は良縁の祝福であるので、本当は上手く活用する手もあるのではないだろうか。
(まぁ、ラッカムさんとの交流すら許されなかったしな……)
ここが王宮という特殊な環境下であり、隣には契約の魔物、そして同僚のゼノーシュにも特殊な事情がある。
ネアとしては、ある程度の諦めはもうついていたが、やはり切なくもある。
「しかし、財運も増えましたよ!」
「ネア、まだそれに拘っていたんだね。どうしてそんなに心配してしまうのかな」
「人生に備えは大事なものです。それに、運要素で何か良いものを得るのは楽しいんですよ」
「……ご主人様」
「あ、それと畑の賢者とやらを倒しました!」
「え………」
続くネアの報告に、魔物達は黙り込み、エーダリアは咽せ込んだ。
正面なので、さっとお皿をどかしつつ、ネアは上司をひと睨みしてみせる。
周囲を見回せば、グラストもどこか遠い目をしてエールを飲んでいた。
「あやつは強いのですか?」
「畑は、場所によって森よりも念が込み入るからね。畑の賢者は、とても強いよ」
「しかし、対アルテアさん用に準備したあのブーツでくしゃりといきました」
「待て、俺用にってなんだよ……」
アルテアがわざとらしく天井を仰ぎ、ああ、あの靴紐のブーツですねとヒルドが微笑みを深めた。
「あの靴紐は、死の舞踏の織り紐ですからね」
「……ヒルド、私にも死の舞踏は紡がなかっただろう」
「エーダリア様は、無力な女性とは違いますからね」
「ネアのどこが無力なんだ」
斜め向かいの席でアルテアも物欲しそうな顔をしたので、それは余程のものなのだろう。
ネアは微かに首を傾げて、隣の魔物に教えを請う。
ディノはちょうど、見たこともない小瓶の酒を飲んでいるところであった。
濃赤の瓶に藍色の無記名のラベルがあり、淡い菫色の酒だ。
「剣を使うシーは死の舞踏を紡ぎ、弓を使うシーは、死の唱歌を紡ぐんだ。どちらも、死を補う最強度の防壁になる」
「死の舞踏は王の靴紐に、死の唱歌は、よく王族の妃の婚儀のヴェールに使われてるぞ」
魔物達の解説でシーにしか紡げないものと知り、ネアは驚いた。
ましてや王族が纏うようなものを、気軽に与えられたのだと知って、少し恐縮してしまう。
「そんなに素敵なものなのですね。ヒルドさん、有難うございます」
「いえ、万事抜かりなくしておきたいですからね。向こう側でも役に立って良かったです」
向かいのエーダリアがかなり恨めしげだったので、ネアは一拍考える。
よくして貰っているとは言え、やはりヒルドはエーダリアの領域という意識はあるので、エーダリアが大好きな先生が取られたと思ってしまったら可哀想だ。
「エーダリア様、そんな目で見なくても、ヒルドさんはエーダリア様の最愛の方だとわかっています!」
「ネア、やめろ……」
「あら、照れなくても良いのでは?それとも男性の方にとって、恩師というのはこそばゆいものなのでしょうか」
「………あ、ああ。そうだなそっちか」
「……誤解をされたということは、もしかして、エーダリア様の本命はヒルドさんなのですか?」
「ち、違う!!」
「ネア様、エーダリア様の恋のお相手は、私ではなくダリルですから」
「ヒルド!自分だけ助かろうとしているな!……ほら、もうネアは聞いてないではないか!」
「ネア、これも食べる?」
「ゼノ、これは何ですか?」
「雲の妖精が収穫してくる、星屑の蜜だよ」
「いただきます。…………シャーベットみたいで、とっても美味しいですね!」
ゼノーシュが教えてくれた新メニューは、冬の最盛期にだけ採れるものらしい。
ここ数日で収穫が始まったとあり、ネアが食べるのは初めてだ。
特に冷やしているわけではないのだが、冷んやりとしており、口に入れるとほろりと甘く崩れる。
どうやら自分が唐揚げを食べ過ぎていると反省したゼノーシュが、自分用のデザートを分けてくれたらしいが、そんなところがまた可愛くて堪らない。
薦められるままに二個目を食べようとしていたときに、こつこつと窓が鳴った。
「お、来たな。間に合ったのか」
「やれやれ、律儀なものだね」
ディノがちらりとエーダリアを見ると、エーダリアも頷いた。
ぴょんと椅子の上で弾んだゼノーシュが、どこか嬉しそうにする。
ひょいと窓から顔を出したのはウィリアムだった。
「良かった。ネアは元気になったみたいだな」
「ウィリアムさん!」
「おい、ウィリアム何で窓から……」
「ふ、風竜?!」
振り返っていたエーダリアが椅子から騒々しく立ち上がり、ぱっと窓の方へ駆け寄ってゆく。
アルテアも驚くくらいにあまりにも子供っぽいはしゃぎ方に、ヒルドが額に手を当てて溜息を吐いた。
ネアと目が合ったウィリアムが微笑んだので、以前、エーダリアに風竜を見せてやりたいと話していたことを覚えていてくれたらしい。
とは言え、まさか竜に騎乗して登場するとは、何とも華やかだ。
しかもそれをさらりと嫌味なく流してしまうのが、ウィリアムという魔物の良さだった。
「シルハーン、遅れました」
「うん。来なくても良かったけどね」
「こらっ!ディノ、どうしていつもそうなのですか。私は、ウィリアムさんが来てくれて嬉しいです」
「……それが嬉しくない」
「あらあら、焼きもちですか?」
「ご主人様……」
ぽいっと膝上に投げ込まれた三つ編みを引っ張ってやれば、ディノは少しだけ頬を染めた。
ウィリアムは更に心得たもので、ディノの隣に座って上手くネアとの距離を程よく保った。
相変わらずの危機管理具合に、ネアはふむと心得る。
いつかこのような場面があれば真似しよう。
乗り物登場した風竜が去ったのか、エーダリアが歓喜の笑みを隠しきれないまま戻ってくる。
その風竜がサラフではなかったようなので、ネアは特に動かずにいた。
あまり興味を示すと、魔物が荒ぶりかねない。
戻りつつ気になったのか、エーダリアは一度テーブルを囲む魔物達をなんとも言えない目で見つめた。
「……相変わらず、物凄い絵になるな」
「……そうですね」
こっそり囁き合うエーダリアとグラストだが、そちらの二人もかなりの豪運であることをどうか自覚してほしいとネアは思う。
それぞれのパートナーを客観的に見てみるべきだ。
「ネア、思い出してくれたようで安心した」
「その節はご心配をおかけしました。ウィリアムさんのお仕事は、もう落ち着いたのですか?」
「ああ、ハヴランは。とは言え、年末は暫く詰め込みだな」
「居てくれると嬉しいですが、今夜もあまり無理しないで下さいね」
そのとき、ふわりと香ったバーベナの香りに、ネアは小さく息を飲む。
あの夜の石鹸の香りとバーベナの香りがふと蘇り、柔らかな懐かしさに包まれる。
(ノアにも、こんな風に笑い合える場所があるかしら)
こういう形の幸福を知れば、あの塩の魔物だって考えを改めるだろう。
確かにここにあるものはいつか形を崩すかもしれないが、それでも何もなかった頃に戻るわけではないのだと。
(だから、それだけでも幸せなんだって)
「さくらんぼ!」
ゼノーシュの嬉しそうな声に意識を引き戻された。
ウィリアムが籠で出したのは、道中にヴェルリアの港で購入したというさくらんぼだった。
籠いっぱいに入っており、瑞々しい赤い実がとても美しい。
ところどころに緑の葉が見える様が、とても新鮮なのだと示している。
売り物だったのだから、あえてその視覚効果を狙って葉を残したのだろうか。
「ネアのお見舞いに。沢山あるから、パイにも出来るかな」
「私の大好物を覚えていてくれたんですね!たくさんあるので、このままでもいただきます」
さくらんぼが好きなのか、意気込んだゼノーシュがさっとお皿を取り出してくれたので、その硝子の深皿にさくらんぼを乗せれば、何だか可愛らしい酒席になる。
「そう言えば、口の中でさくらんぼの茎を結べると、口付けが上手いのだそうだ」
いい感じにお酒が入ってきた頃、ぽつりとエーダリアがそんな話をした。
途端にその隣のアルテアが、良い玩具を見つけたように微笑みを深める。
夜の盃を使ってさんざん飲んでおり、襟元を広げて何やら扇情的な様子なのだが、残念ながら正面の席はディノなので、特に効果はない。
「エーダリア様、どちらでそういうお話をされてきたのですか?」
ヒルドの微笑みが少し氷点下寄りだったので、エーダリアはさっと目を逸らした。
「ガレンの魔術師達から聞いたのだ。酒席で披露すると人気になると言っていたぞ」
「……成る程、彼等もエーダリア様の行く末を気にされているのですね」
「……ヒルド、私はどういう心配されているんだ………?」
エーダリアの言葉を聞いてからもごもごしていたゼノーシュが、ぺっと茎を出して眉を顰めた。
上手く結べなかったらしい。
「美味しくない……」
(か、可愛い!)
少し悲しげで不満そうなクッキーモンスターの破壊力に、ネアは仰け反りそうになった。
やはり可愛らしさでこの生き物に勝る者はいない。
しかし、その反応にディノが虚ろな目をしたので、ネアは慌ててエーダリアに会話を振った。
「 エーダリア様は出来るのですか?」
「……結ぶだけなら出来るはずだ」
謎にやる気にしてしまったらしく、エーダリアがいそいそと取り掛かる中、アルテアが見事な結び目を披露した。
「簡単だったぞ?」
「アルテアさんが上手でも驚きませんね」
「何で逆に引いてるんだよ」
「ネア、出来た」
「まぁ、ディノもやってみたんですね。綺麗な固結びです。上手ですね!」
「ご主人様!」
次々と成功者が出たことで、エーダリアは躍起になっていたが、やはり時間がかかるのか四苦八苦している。
それを見ながら、寧ろそのくらいの方が女性受けはいいのではないかとネアは思う。
(元王子様でガレンの長で、ウィーム領主なのだから、それくらいの方が隙があって可愛らしいと思うけどな)
「意外に疲れますね……」
付き合いよく試したのか、ウィリアムがそう苦笑している。
その手元を見て、アルテアが小さく呻いた。
「何で二度結んだんだ……」
「いや、一度じゃ芸がないと思って」
「……芸がない」
「いや、シルハーンはそれくらいの方が、ネアは好きだと思いますよ」
「ネア……?」
ディノが訝しげに目を細めた。
唇に挟んださくらんぼの茎を指でつまみ、ネアは仕事を終えた職人の眼差しで微笑む。
隣のヒルドが小さく息を飲むのがわかった。
「リボン結びです!」
「え、ご主人様………それ、結んだんだよね」
「はい。少し歪ですかね?」
首を傾げてそう自己採点すると、魔物は呆然としたままふるふると首を振った。
「………お前、それ殆ど変態の域だぞ?」
「アルテアさんの負け惜しみには屈しません」
「人間は器用なんだな……」
「いやウィリアム、多分ネアだけだろ」
「ネア、僕にも教えて!」
「ゼノ、こればかりは自己習得の分野かと……」
「他にも出来る?」
「がんじがらめで固形にするのと、輪っかにも出来ますよ」
「……ネア、それはどこで学んだんだい?まさかノアベルトに…」
「ディノ?子供の頃に、流行ったんですよ。私は一人で地道に研鑽を積む方なので、いつの間にか上手くなりました」
「うん、自力ならいいや」
ディノは何やら納得して微笑んでいたが、正面のアルテアは余計に駄目だろと呟いている。
負け犬の遠吠えなので、ネアはふっと冷ややかな微笑みを向けてやった。
途端にアルテアの眼差しが鋭くなる。
「……よし、すぐに抜いてやる」
「アルテア、大人気ないですよ」
肩を竦めたウィリアムにいなされる統括の魔物を見ながら、エーダリアが慄いたように小さく呟く。
「……妙なことになってきたな」
「エーダリア様が発端ですよ」
「決して乗らないお前も揺るぎないな」
「特定の相手にだけ披露すればいいものですので」
「……なぜだろう。お前が一番嫌だ」
「エーダリア様は、参加した上で結ぶことも出来ずに早々に諦めておられましたが」
「ぐっ……」
わいわいと楽しそうにしてる仲間たちを見回し、ネアはさくらんぼを取りながら微笑みを深めた。
(いいな、こういう会をまたやりたいな)
この部屋いっぱいに、ネアの大事な人たちがいると思えば、ふくよかな気持ちになる。
「ネア、それ何結び?」
「む。………無意識でした。何結びですかね」
「ご主人様………」
それ以来ディノは、さくらんぼを見るとしょんぼりするようになった。
ネアは少しだけ、栞の魔物の祝福の効果を謳歌し過ぎてしまったらしい。