58. 真冬の花火大会でした(本編)
ラッカムを連れて妖精狩りをすると伝えると、エーダリアは難しい顔になった。
代わって快く送り出してくれたのは、ダリルである。
代理妖精の立場を軽々と飛び越えて、主人が声を発する前に、いいよいいよと笑ってくれた。
条件として提示されたのは、狩り場を固定することと、
ラッカムが逃げ出さないように一定の誓約で行動に制限をかけることだ。
もっと説得に時間を要したのはディノで、
同席させるというところであらかじめ提案したのだが、そもそもラッカムと一緒に居ることに不快感があるようで、暫しぴたりと動きを止めた。
しかし抵抗するだけの理由もまだ見付けられず、延々と考え込んでしまった。
可哀想だがこういうことは今後もあるかもしれないので、成長の機会として受け止めて欲しい。
雪は夕方前に小降りになり、今は時々はらりと落ちてくるくらいだ。
ホーローのような素材のバケツと、篭にいっぱいの祝祭用の棒花火。
あたたかいが、延焼しないような服装に着替えて、いざ出陣である。
「コートは着ましたか?雪国生まれなら大丈夫でしょうが、防寒して下さいね」
「………ああ。ものすごい花火の量だな」
「はい。花火で遊びつつとは言え、目的は狩りですから!」
「狩り……」
ラッカムがまじまじと観察しているのは、到底狩り用の装束とは思えない、毛皮のコート姿のネアだ。
「ラッカムさんにはこれです!」
「……虫取り網?」
「私は狩りの女王ですので素手で失礼しますが、ラッカムさんは怪我をしてもいけませんので」
「狩りの女王?なのか………」
「あ、甘く見積もりましたね。すぐにその評価を覆してみせます!」
「………ネア、素手はやめようか。ほら手袋」
「む。……掴み具合が甘くなりそうでは」
「素手は駄目だよ。あ、ご主人様!」
すぽんと抜き去った手袋をポケットに入れてしまったネアに、ディノが慌てて取り縋る。
「花火のときは燃えそうなので、外しておきますね」
「寧ろ、火の粉から守ってくれるんだよ」
「視覚的に怖いのです」
「………ネア」
小さなランタンは、イブメリアの送り火のときに貰って来たものだ。
これを取り出すと、あの日の橇の悲劇が蘇る。
恐ろしい思い出だったが、家族のような輪の中ではしゃいだ不思議にあたたかい記憶。
子供の頃、家族でスキーに行った雪山を思い出した。
ランタンの火を薪に移し、まずはその炎の色の原始的な強さに見入る。
「さ、火を点けますよ!」
「ま、待ってくれ。どうすればいいんだ?」
あわあわとしたラッカムに、ネアは棒タイプの花火を手に持ち、腰に片手をあてた正しい教師スタイルになった。
自己申告によれば酷薄だった王である人が、生まれたての子猫のように頼りなく見える。
「花火のお作法は、火を点けてから噴き出す火花を鑑賞します。決して火を人に向けてはいけませんが、誰もいない方へなら振り回して荒ぶるのも青春のお作法です。今回は放り投げるものもあるので、まずはこれを狼煙代わりに上げましょう!」
「ネア、落ち着いて」
「投げますね」
まるで小型爆弾のような丸い花火に火をつけて、ネアは力強く空に放り投げる。
ばぁんと音がして、三人の上で淡い水色の火花がきらきらと散らばった。
柔らかな雨のような、繊細で美しい花火だ。
「わ、綺麗ですね………」
煌めく火花は星屑が降るようだ。
雪の上に落ちて消え、続け様に投げられた花火でまた光る。
雪の清浄な白さと青さに、きらきらと。
綺麗なその光を浴びて、ネアは微笑みを深めた。
ラッカムが口を開けて花火に釘付けになっているのは、こうやって遊んだことがないからだろう。
なぜか、ディノまで不思議そうに見ている。
「ディノ、こうやって花火で遊ぶのは初めてですか?」
「うん。……自力で投げるんだね。これはどうするの?」
「手で持つんですよ。ほら、ここに火を点けて下さいね。こらっ、覗き込んではいけません!」
怖々と花火の持ち手を握って、ディノが火を点けている。
しゅわしゅわと煌めく火花に、綺麗な水紺の瞳を瞬かせた。
「人間はこうやって遊ぶのかい?」
「ふふ。たくさんあると楽しいですね。こっちは桜色と水色です。……ラッカムさん、付いてきて下さい!」
「あ、ああ。こう、か………?」
「はい。そして、時々はこうしてこうです!」
手にした棒花火を魔法の杖のようにくるくると振り回したネアに、ディノとラッカムが慌てる。
「ネア!」
「うわっ、待てこっちに向いているぞ?!」
「私が一番か弱いのですから、身体能力を発揮して見極めて逃げて下さいね」
「か弱い……?!」
「あ、ギズモです!ラッカムさん、これを持っていて下さい」
「え?!」
一番勢いが強い頃合いの花火をラッカムに雑に渡すと、ネアは軽くジャンプして、ふわりと舞い降りてきたギズモを鷲掴みにする。
魔物が素手は駄目だと慌てて駆け寄ってきたが、ネアは哀れなギズモを脅すので忙しかった。
豊穣の祝福を一つもぎ取り、晴れやかな顔で振り返れば、ラッカムは愕然とした顔でこちらを見ている。
ギズモはリズモの一階位下にあたる妖精で、効果が弱いものの見つけやすい亜種だ。
「こんな感じでゆくのです!そして、私には禁止されていますが、ラッカムさんは桃色の羽のギズモも捕まえておいた方がいいのでは?」
「それは色欲の妖精なんじゃないのか……」
「良縁の祝福が貰えれば、諸々美味しいかもしれませんよ?」
早くもギズモに出会えたので、ネアはやる気をヒートアップさせた。
最近の睡眠時間が削られた分のストレスを、ここで一気に解放しよう。
「ディノ、背が高いのですから大きく動けますよね」
「………それは何の信号だい?」
「ギズモの金運を呼び込む舞です!」
「ネア、だからそれは心配しなくてもいいんだよ」
「もしディノが突然無力化されても、一生養っていけるよう蓄えなくてはいけません」
「ご主人様!」
はしゃいだ魔物が頑張って花火を振り回したので、ラッカムは小さな悲鳴を上げて慌ててネアの影に避難した。
折角のお客人が消極的では勿体ないので、ネアは隠れようとしたラッカムをぐいぐいと追い出した。
ここは童心に返って遊ぶところだが、童心の頃にも節制されていた場合は、臨機応変に場の空気から学んで貰うしかない。
「ラッカムさん、あのふわふわを捕獲して下さい!」
「え、……ああ。それだな、わかった」
「そして網の中で震えているそやつに、解放の代わりに祝福を寄越すように指示するのです!」
「………く、残虐な………」
「狩りとは残酷なものですので、心を鬼にして下さい」
まだ慣れない脅迫のやり口で、ラッカムは青緑のふわふわ毛玉から祝福を取り付けた。
食楽の妖精であるので、今晩からご飯がより美味しく感じられるようになるだろう。
「………この妖精はどうするのだ?」
「解放してあげて下さいね。優しい微笑みで、こうやって逃がすんですよ」
折よくネアも妖精を一匹捕えていたので、放流の場面を見せて教える。
「慈愛に満ちた微笑で解放されると、よりいっそうに妖精が怯えることがわかった」
「後々に報復されることもありませんし、みんなとても良い子です」
「報復………」
報復についての授業も行うべく、ネアは新しく火をつけた花火が終わるまで全力で楽しんでから、自分用として確保しておいた数本の棒花火の横に置いたものを取り上げて説明した。
「このようなふわくしゃは、後々に報復されることもあるので、捕まえないようにして下さいね」
「………ふわくしゃ?…………いや、まさかとは思うが、それは雷鳥ではないのか?」
「雪のない国でも雷鳥さんはいるのですか?」
「凶悪な魔物の一例として、斃されたものの剥製を見たことがある」
「………こやつ、剥製にする余地のある大きさだったんですね」
手にしていた水色のこわこわのタオルハンカチ紛いを、もう用済みと言わんばかりにぽいっと雪の上に落とせば、隣りに立っていたディノが、困惑したようにネアの頬を指先で撫でる。
「ネア、どうして君はいつも、危険度の高い魔物ばかり狩ってしまうんだろう。おまけに雷鳥は、本来雪山にしか生息していないのに」
「む。最近の戦績ですと、ふわくしゃくらいですよ?」
「雪喰い鳥と、雪狼もだろう?それに、雪竜の王と風竜の王もだね」
「あやつらは、叱って躾けただけです。多少痛めつけた個体もいますが、殺していませんよ?」
「こんなに大事にしてるのに、どうして上位から揃えていってしまうんだろう………」
新しい花火に火をつけていたラッカムが、竜の王と呟いて一瞬放心している。
しかし、すぐに気を取り直したようでネアに質問を投げかけた。
「…………ネア、君は雪喰い鳥も狩ったのか?」
「ああ、そうでしたね……」
そもそも、その雪喰い鳥絡みでラッカムは、ここに来たのだったと思い出し、ネアは丁寧に説明することにする。
「とある魔物さんが、意地悪で私を雪喰い鳥の巣に放り込んだんです。その際に、状況が悪くなるように、雪喰い鳥さんを傷付けていったので、私はその方と戦う羽目になりました」
「………一人で?」
「はい。とは言え、その魔物さんも隠れて見守っていたようですけれどね」
「大丈夫だったのか?……その、お前も試練を受けたのか?」
「いえ。その前に制圧してしまいました」
「……………制圧」
ネアも花火に火をつけ、金色と水色の火花が弾ける。
ディノが放り投げた花火の藤色に、細やかなシャンパンの泡のような金色の雨。
風に流され、雪と混ざり合って、ネアの大事な魔物の髪色のように世界を彩ってゆく。
「紫銀の美しい雪喰い鳥だっただろうか?」
「ええ、その方だと思いますよ。紫の瞳で、真っ白な風切り羽でしたか?」
「…………ああ、そうだ。彼だ」
(…………あ、)
そこでネアは、やっとわかった。
切なげに細められた瞳、どこか胸が詰まるような諦観。
この表情の解釈は万国共通だし、刹那的な感情においては、ラッカムはかなり無防備だ。
「ラッカムさんは、その雪喰い鳥さんが好きなのですね」
「………え?」
「もしかして、ここに来たのは、ラファエルさんを探しに来たのではないですか?」
「ラファエル、」
唇に乗せる音そのものすら慈しむように、ラッカムはその名前を反芻した。
ディノにはどう見えているかわからないが、ネアの目には、途方に暮れたような金髪の美女が映っている。
真っ青な目を切なげに曇らせて、花火の最後の輝きに何かを探すように。
妖精だったと納得するには充分な、とても綺麗な人だった。
「……………私は、自分を殺すかもしれない雪喰い鳥に好意を持っているのだろうか?」
「誰かに恋をしたことはありますか?」
「いや、一度もない。……考えたこともなかった」
「私にはそう見えました。でも、心はあなただけのものですから、断言は出来ません」
「私は、彼が好きなのか」
ぽつりと呟いて、頼りなげにネアを見つめる。
嫌悪感は感じなかったので、自分が本当は女性だとわかっているのかもしれない。
妖精の取り替え子は、発生した年齢によっては子供自身にも記憶が残ると聞いている。
「ディノ、ラファエルさんはもうご近所にはいないのですか?」
「さてどうだろう。狩りをする生き物だから、あまり一所にはじっとしていないんだ」
「探せるでしょうか?」
「それよりも、試練が終われば、向こうから訪れるだろう」
でもそれは、ラッカムの命を奪いに来るのだ。
エーダリアによれば、雪喰い鳥の試練をクリア出来た事例というのは、ほとんどないらしい。
自分がラファエルと結んだ誓約の何かが緩衝剤になるかと聞いてみたが、個人間の契約には手出しを出来ないのがこちらの世界の魔術のルールなのだそうだ。
あくまでも、ラッカムが自身の力でその試練の正解に辿り着き、それを雪喰い鳥が認めなければならない。
ガレンで雪喰い鳥の試練を逃れた者が一人居たそうだが、それこそが、エーダリアやグラストも参加した、例の雪喰い鳥討伐の事件になっている。
つまり、そこまでしなければ難しいものなのだということだ。
(抜け道を探そうとすれば、それは魔術の理に反するそうだし)
エーダリアにも厳しく言い含められたが、雪喰い鳥の試練は魔術の理の一つで、踏みこんではいけない魔術の膨大なルールの中でその流れを断ち切るとき、どんな副作用が出るかは誰にもわからない。
茨の魔物の呪いを知恵で切り抜けた魔術師が、呪いが解けた瞬間に灰になって崩れてしまった話はあまりにも有名だった。
ディノでさえ、祝福や呪いは丁寧に対処している感がある。
それ自体、最初に最も強い誓約を結んだディノが最優先されるからこそ、可能である方策なのだ。
守るべきもの、戦うべきとき、抗わざるを得ない瞬間。
自分の生涯に割り当てて、その優先順位を考えなければいけないと、ダリルにも釘を刺された。
抜け道を探ることで不確定要素を背負う道は潰された以上、もしこの事態を食い止めたいのであればラファエルを殺すしかないのであれば、
(私には、どちらか一人は選べない)
そして、どちらか一人しか残れないのが、雪喰い鳥の試練であった。
己が投げかけた試練が破れるとき、その雪喰い鳥は死ぬと言われている。
それは象徴的な表現なのかもしれないが、政治的なものに立ち入らないネアは、その詳細を知りたいとは思わない。
確かめてしまって、確実に失われると知るのは嫌だった。
「…………ネア、これは何だ?随分と大きいな」
ネアがディノと話している隙に、徐々に夢中になってきたものか、花火を入れた防火籠を覗き込んでいたラッカムが、西瓜くらいの大きさの花火玉を取り上げた。
「祝祭用の打ち上げ花火の試作品です。大きさを計る為だけのものらしく、単色で地味なのだそうです」
「ネア、まさかそれ、自分で点火しようとしていないよね?」
「ディノ、私はそこまで無謀ではありませんよ。こんなに素敵に有能な魔物がいるのですから、どうにかなりそうだと考えて貰ってきたのです」
「………上げてみる?」
「はい!ラッカムさん、大きいのを打ち上げるので、上を見ていて下さいね」
ネアがラッカムから受け取った花火をいそいそと渡され、魔物は、魔物らしい年長者の微笑みを深くする。
男性的で謎めいていて、何もかもを見透かしたような綺麗な目。
ラッカム側の事情が自分の不利益にならない形で落ち着いたので、ようやくディノも心が凪いだのだろう。
ふわりと気球のように浮かび上がった花火玉に、マッチを擦るような音がして、仄かな檸檬色の魔術の火が灯る。
ぱちぱちと火花が散っている花火玉は、ぐんぐんと高度を上げて持ち上げられ、頭上高くで、どおんと弾けた。
「わぁっ!」
「う……わ………」
大きな真円の花火は、それはそれは見事な色彩だった。
この世界の花火の通常色である白銀から、円の外側に向かうにつれ、淡い水色、濃い青、そして金色になってゆく。
「嬉しい誤情報です。地味どころか、沢山色があって綺麗!」
「……ご主人様」
はしゃいだネアに飛びつかれたディノが頬を染め、ラッカムは子供のように声を上げて頭上を見上げている。
花火に照らされて雪に落ちる影は色を変え、一瞬だけ世界は違う色になった。
「…………あ、ギズモ」
しかし、時計で言うところの九時ぐらいのポジションで、唐突な大玉の花火に巻き込まれたギズモが、じゅっという音を立てて焦げ落ちるのが見えた。
「焦げたな………」
「消し炭になりましたね」
顔を見合わせて、堪えきれなかったのか、ラッカムの唇の端が小さく緩む。
犠牲となったギズモには可哀想だが、くすりと笑ってしまうような見事なタイミングだった。
「あんなところに居るからだ!」
「ええ、まったくです!」
「………え、なんで突然仲良し………」
「ほらほら、不貞腐れないで下さいね。ディノのお蔭で綺麗な花火が見えて、とても嬉しいです」
「ご主人様!」
きらきらと煌めいた花火の雨や、飛び散る雪片に真っ白な森に、色付き始めた大きな満月。
今この瞬間からでさえ、これが過去になっていって、いつかこの時のことを思い出したときに、ここで笑っていたことが残ればいい。
不器用な笑い方に、子供のように輝いた瞳。
もういない誰かを悼むときに、その光景が幸せであればいい。
(きっと、あなたはいなくなる)
胸が潰れるような思いで、その予感に蓋をした。
(いなくなるものの眼差しや気配を、私は見たことがあるから、そう思う)
何度も何度も、記憶の澱の底で蘇る穏やかな眼差し。
ガゼットでウィリアムと話していて、それは終焉というものの気配なのだと教えて貰った。
(一番覚えているのは、あの雨の夜だ。帰ろうとした私に、彼が声をかけた時)
もし、あの雨の夜に彼と踊っていたら。
声をかけてきた彼と話をして、不恰好な作り物でもいい、少しでも笑い合えたら。
その小さな思い出だけで、この心に永劫に残る棘は消えたのだろうか。
或いは、その思い出こそが永遠に消えない傷となって、きらきらと残り続けたのだろうか。
雪の中で、新しく点火した花火の、金色の火花に見入っているラッカムを見ていた。
くるくると回し、視界に残る火花の残照で遊んでいる。
(…………ほんとうに、ラッカムさんは、ジーク・バレットにそっくり)
違うのは、性別と装った仮面の色くらいだ。
古く高貴な血に縛られ、それを余すことなく享受しているようで、その檻の中でどこにもいけないところ。
淡々とそれを飲み込み、でも時折はっとするぐらいに疲れた目をするところ。
美しくて残虐で、けれども崖っぷちを歩くようにアンバランスに生きているところ。
(それは果敢に無茶をするような歩き方ではなくて、自分の足元の悪さに困惑しながら、そういうものだから仕方ないと諦めているようなところ)
その姿は美しいけれど、確かに彼等の行く先には破滅が見えている。
(ここまで感傷的になるのだから、…………私は本当に、ジークが好きだったんだな)
この世界に来て、機能不全だった心のどこかが息を吹き返したのだろうか。
もしくは、困ったものを愛する力が鍛えられたのかもしれない。
わかっていた筈なのに、知っていたのに、やっと正しく理解出来たような気がする。
(やっと、大切なものが出来たから)
だから、こうして知ることが出来る。
貯め込んでいた記憶を処理して、心を育ててゆくことが出来る。
(心が育ったから、私はラッカムさんの選択が理解出来たのかな?)
“私は、彼が好きなのか”
そう呟く前からきっと、ラッカムはもう答えを決めている。
誰もが読み切れなかったその奇妙な言動の全ては、心を奪われてしまったものを生かしたいという欲求からくる、最後の旅だったのだろう。
もしかしたら、本人にも理解出来ないような心の動きだったのかもしれない。
「ラッカムさん、あなたの心を知らないのに、安易に逃げてしまえだなんて言ってごめんなさい。あなたはもう、逃げないということを選んでいたんですね」
ネアがそう言うと、淡い火花の向こう側で青い目の綺麗な女性が困った顔で微笑む。
「いや、私自身もわかってはいなかったのだろう。ただ、君に会っておかなければいけないと考えてここに来たんだ。馬鹿な話だが、帰り道のことはまるで考えていなかった。生き残る為に足掻いている筈なのに、なぜ私は、もう一度あの雪喰い鳥に会うと確信しているのだろうと、ずっと不思議だった」
目の奥に残った花火の鮮やかな軌跡と、穏やかな声の響き。
「あなたは、私に会うためにリーエンベルクに来たのですか?」
「そうだ。最初は、お前を盾に取れば雪食い鳥を出し抜けるかと思っていた。だが、会ってみたら別にそうしたいとも思わなくなっていて……よくわからなくなったんだ」
「と言うことは、本当に無自覚だったのですね」
「私は、自分が恋をするとは思ってもいなかった」
嬉しそうに淡く微笑むラッカムを、ただ見ていた。
終焉の中に花開く恋があることは、良く知っていたから。
「ラッカムさん、この妖精をどうぞ」
「………良縁、か」
「はい。本気を出して大量に狩るので、積み立てて下さいね」
ネアが胸を張ってそう言えば、間違いなくラッカムは狼狽えている。
その日、ネアは限界を超えた魔物に持ち帰られるまで、二十八の妖精を乱獲した。