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56. 問題がこちら側を向いていました(本編)


「それにしても嬉しい誤算もあるものです。ハヴランの迷い子さんは、女性でした!」



ネアの嬉しそうな報告に、廊下の奥に固まって魔物を避けていた騎士達は、わぁっとなった。


「ハヴランの迷い子?!」

「エ、エーダリア様に通信を!」

「ヒルド様とグラスト様にもだ。こちらで展開する!」

「敷地内の結界を強化しておこう」

「おい、この後は誰が繋ぐんだ?!」

「………女性?!」


慌てふためく騎士達を眺めて、ネアは魔物に向かって肩を竦めてみせた。


「………ネアには、彼…あの人間が、女性に見えるのかい?」

「ええ。凛とした美女に見えます。と言うか、明らかに女性ですよ?」

「ふうん。では、取り替え子の亜種かな」

「………取り替え子、ですか?」


ネアを抱えたまま長い廊下を歩き始めたディノに、ご主人様は小さく首を振った。

ここで何かがあっても嫌なので、責任者が駆け付けるまでは現場に居たい。


「取り替えられた子供達の、性別が違うことがある。そうすると、子供達は取り替え先の性別としてしか、世界に認識されなくなるんだ」


「もしかして、ディノにもですか?」


「通常であれば、何となく気付くね。でも今回は、迷い子であることも重なっていたから、輪郭の曖昧さに気付かなかった。ネアは凄いね」


「と言うか寧ろ、私には女性にしか見えません。本人はどう認識しているのでしょう?」


「取り替え子になった時の年齢次第だね。あの容姿を見るに、元は妖精だったんじゃないかな」


「羽は見えませんが、なくなってしまうのでしょうか?」


「取り替え子にするとき、妖精は羽を切り落とすんだよ」


「……聞くだけでも痛いです。……でも、そうなるとあの方は、人間の男性だと認識されながら生きてゆくんですね。もしかして、綺麗に魔術をしまえるのもそのお陰ですか?」


「そうだと思うよ。高位の魔物と妖精は、己の保有魔術を調整出来るから」



ネアは今もあの部屋にいるラッカムを思った。

本人が女性としての意識を持っているのなら是非にお友達になってみたかったが、もたらされた嘘を思うに友好的な来訪ではないのだろう。


寂しく思っていたら、戻ってきたゼベルに詳細の確認を求められる。


「ネア様、どうしてあの騎士を迷い子だと判断されたんですか?」


「まずは容姿ですね。昨日、エーダリア様から聞いたものと特徴が一致します。それと、最初に名乗られたところでしょうか。ヴェルクレアの方は、魔術の特異性を警戒してあのような名乗り方はしませんものね。それから、鳥籠のことを知らないご様子。極め付けは、どう考えてもハヴランの中にいらっしゃったような物言いです」


「………よく、そこまで引き出せたものです。感服しました」


「いいえ、違和感に気付いたのは、みなさんと違って私とよく似ているからですよ。人間は、自分に良く似たものに敏感なものです」


ネアだってこの世界の異質だから、より自分に似た者には敏感になるのだろう。

特別な言葉がなくても、ラッカムがこの世界に不慣れなのはすぐにわかった。


髪を結んだ真っ白なリボンもこちらでは倦厭されるものであるし、伸ばした髪を編むのも魔術がある、或いは強固な魔術の恩恵を受けているという意志表明になってしまう。

ラッカムはサイドの髪の毛を三つ編みにしてから一本に縛っていたので、そのような常識を知らずに過ごしてきたのだろう。

“間違っている”として指摘を受けない限り、見逃してしまいそうな異世界のお作法はかなり多い。


(特に白に関する扱いは、かなり難儀だからなぁ……)


白という色彩は常用のものだ。

そんな色彩を高位の人外のものとして封じられてしまうので、人間は抜け道を色々用意している。

儀礼用や特別な晴れの日用の装いでは許されたり、使う部位や素材によっては見逃されたりするのだ。


忌避されるのは、

魔術に紐付く髪に、混じりけのない白のみの装飾品をつけること。

全身白一色の装いに身を包むこと。

白一色の装飾品を身に着けること。

そして、髪や爪などの肉体の一部を白く染めること。


まだ他にもあるような気がするが、ネアが知っている限りでもこれだけ禁止事項がある。

エーダリアやディノ達高位の魔物のように、この手の知識に長けた隣人がいなければ難しいものだ。


「あの方はどうなるのでしょうか?」

「難しいですね。他国の領主ですし、とは言えリーエンベルクに身分を詐称して潜入している」



ゼベルはそう唸ったが、どうも事態は複雑な展開を見せ始めた。


急ぎリーエンベルクに戻ったエーダリアとダリルが事の処理にあたってくれた。

ヒルドは念の為に中央とのパイプ役として現場に留まり、グラストとゼノーシュはウィーム領内の見回りに出ている。


ガレンからの報告では、ハヴランの国境域は凄惨な有様なのだとか。

新たな領主の台頭に沸いた賑わいが嘘のように、国境沿いの村々まで疫病にあえいでいるのだそうだ。

仮面の魔物を捕えたとされた城が急襲されたのを皮切りに、諸外国の暗部がいっせいに動き出したのだろうというのがダリルの見解だ。

辺境の城は落ち、周辺の村々にまで波及した死者の行列は、国の北側を腐り落とす勢いで広がっているらしい。

とは言え、大国同士の均衡を崩すのは好ましくないので、ヴェルクレアを始め、周囲の大国からは迅速な援助の要請も打診されている。



その後、特に大きな混乱もなく捕縛されたラッカムは、リーエンベルクの隔離棟に幽閉されている。


(ますます、何を考えてここに来たのか謎だわ……)


そして、事態が厄介なことになっている最大の要因は、中央に預けるにはいささか刺激的な内容を、このラッカムが語り出したということだった。



「雪喰い鳥に唆された………?」


「そうみたいだねぇ。そもそも、世間知らずにも雪喰い鳥の群れを討伐しようとしたなんて、あの男が馬鹿だったんだけどさ。どうやらその雪喰い鳥の王が、アルテアと因縁がありそうなんだよね……」


本日のダリルの装いは、冬用のレースをふんだんに使った漆黒のドレスだ。

鮮やかな鹿毛の髪に真っ青な瞳が映え、そこらの紳士であれば昏倒しそうなくらいに麗しい。

複雑に結い上げて花の形にしたサイドの髪の毛には、漆黒の宝石で編まれたレースのような髪飾りがある。


「アルテアさんは、あちこちで火種を抱えていそうですしね……」

「でもね、それだけじゃなくて、その雪喰い鳥がアルテアに報復を思い立ったのは、ネアちゃんにしでかした仕打ちへの報復も兼ねているみたいだよ?」

「………しでかされたことが多過ぎてなんとも言えませんが、雪喰い鳥絡みであれば、一つ該当する事件があります」

「……雪喰い鳥に絡む事件と切り出した段階で、普通であれば、生きているのが不思議な前置きなんだからな」

「エーダリア様、疲労には甘いものがいいそうですよ。………む」

「そう毎回、紅茶を砂糖だらけにされてたまるか!」


機敏に手で蓋をされてしまい、ネアは渋面になる。

最近逃げ方を覚え始めたので、新たな戦略を練らねばならないようだ。


「前回の定例会後に、雪喰い鳥の巣に放り込まれたんです」

「………うわぁ」

「……………え、」


のんきに紅茶を飲みながらの報告であったので、ネアは急速に温度を下げた左隣を見ないで済んだ。

誕生日の祝福の一件で語るに落ちて詳細を伝えてあるが、それでも感情的に難しいのだろう。


「私が雪喰い鳥さんと交友を深めた一件が不愉快だったようで、怖がらせようとしたのだとか。勿論、深刻な危険がないようにどこかで見守ってくれていたようですが、私は無事に雪喰い鳥に打ち勝ち、誓約で安全確立をしました。因みにアルテアさんは、事態に気付き戻って来てくれたウィリアムさんから恐ろしい制裁を受けてしまったようです」


「へえ、馬鹿だね」

「………ガレンでも、魔術師十人以上を動員して、やっと斃せる雪喰い鳥だぞ?!どうしてお前が単独で勝てるんだ…………」


呆れ顔のダリルとは対照的に、エーダリアは途端に具合が悪そうになった。

自ら紅茶に砂糖を入れている。


「アルテアさんに会うと話したら、ヒルドさんが特製の靴紐を紡いでくれたんです。そんなブーツにディノの指輪、おまけにヒルドさんの耳飾りもありましたから!」


「だとしてもだ!雪喰い鳥は、高位の魔物にすら頭を下げないような種族なんだ。形勢が不利だとしても死ぬまで戦うから厄介なんだ……」

「陰惨な脅しをかけたら、ころりと落ちましたよ?存外、心は繊細なのかもしれません」

「………ネアちゃん、参考の為にどう脅したのか教えてくれる?」

「頭頂部の髪の毛を毟って、未来永劫生えてこなくするか、翼をとびきり趣味の悪い模様に変えてやると言いました。ダリルさん的には生温いくらいですよね……?」

「うーん、そこそこにえげつない手段は取るけど、そっちの方向に容赦ない脅し方はしたことないかな」


(なんと、純粋な人たちなのだろう………!!)


予想外にもダリルまで怯えた様子を見せたので、ネアはこの世界の生き物達の心根の綺麗さに感動する。

他にも、地味に嫌な災いをたくさん考えていたのだが、口に出さなくて良かったのかもしれない。

やはり、こういうところで異世界的な価値観の違いが出てくるのだ。


或いは、男性と女性の違いもあるのだろうか。

何しろここには、ネア以外の女性がいない。


「鳥達にとって翼は己の誇り、魂の形だそうだ。お前は、無自覚に恐ろしい脅し方をしたな……」

「そうなのですね!覚えておいて、今後は翼を重点的に攻めます」

「なんで戦う前提なの、ネアちゃん」


そんなことを話していたら、隣りに座った魔物にぎゅうぎゅう腕を押し付けられた。

最近は髪の毛を持ってあげないせいか、こうして側面を押し付けてくる手法を編み出されている。


「……つまりだ。雪喰い鳥の試練を与えられること自体は珍しい話ではないが、そこにお前の為にという厄介な文言をつけられたのが問題なんだ」

「そうそう。責任を問われることはないけどね、雪喰い鳥にそんな風に言わしめるなんて、一体どんな人間だろうっていう余計な好奇心を煽るからね」

「…………これはもう、ラッカムさんの記憶をばっさりと」

「ネアちゃん、容赦なくなってきたね……」


しかし、ラッカムの記憶を消すわけにもいかない理由さえあるのだという。

現在ラッカムは、雪喰い鳥の試練の真っ最中である。

つまりその合否が出るまで、ラッカムは契約という形の魔術に守られているのだそうだ。


「それはつまり、ラファエルさんをどうにかすればいいのでしょうか」

「ネア、やっぱりあの雪喰い鳥は殺そう」

「ディノ、そもそもの原因を作ったのはアルテアさんですからね」

「では、アルテアが戻ったら、彼に雪喰い鳥を捕獲させようか」

「………とても嫌な予感がするのですが、アルテアさんは今どこにいるのでしょう?」



恐る恐る尋ねたネアに、ディノは事もなげに教えてくれた。

淡く微笑んだ美しさの酷薄さに、ネアはがくりと肩を落とす。


「ハヴランの鳥籠の中にいる。つまり彼等は、アルテアをとても不愉快にしたわけだからね」


何となくも何も、はっきりとわかってしまった事実がある。

恐らく、ハヴランの中に死者の行列を呼び込むようなことをしでかしたのは、アルテアなのだろう。

ものすごく嫌そうな顔になってしまったネアの向いで、エーダリアは既に遠い目をしている。


「なにそれ。どんなことしてるのか、すごく興味ある!」

「不思議です。ダリルさんの反応に救われました……」

「物事は前向きに観察した方が面白いでしょ?」

「………確かにそうですね」

「やめろ、そこで意気投合だけは絶対にしないでくれ……」


ちらりと横目で見た魔物が随分と殺伐とした表情をしていたので、ネアは手を伸ばして三つ編みを引っ張った。

まだ心の読み合わせが上手くいっていなかった頃のように、不穏な荒ぶり方をされては堪らない。


「………ご主人様?」


唐突なご褒美にびっくりしながらも、嬉しそうに口元を綻ばせたディノに、ネアは微笑む。


「この問題が解決するまで、ディノは私の傍を離れてはいけませんよ!」


目を離せば、間違いなく暴走しかねない条件が整っているのでそう言えば、視界の隅でエーダリアがほっとしたように、ダリルが呆れたように苦笑するのがわかった。

しかし、魔物の方はなぜか、小さく息を呑むと盛大に照れてしまった。

ぱっと体を離され激しく恥らわれた挙句、ネアの手の中にある三つ編みを嬉しそうに眺めている。


「ディノ……?」

「ネア、狡い。可愛い………」

「………………解せぬ」



ひとまず、雪喰い鳥を殺しに行かないだけ良しとするしかなさそうだ。





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