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水仙の薬と新種の病


「水仙に呪われている……?」


そう問い返して、ネアはカップを置いた。

本日の仕事の指示は、リーエンベルクに残っているヒルドから聞いている。


エーダリアとチームグラストは、ガレンの仕事で王都に出ているらしい。

厄介な害獣が出たそうで、その討伐の指揮を執るのだそうだ。


(雪食い鳥ではありませんように)


名前まで知ってしまった生き物が死ぬのは何だか悲しい。

とは言え最後に出会った時にも、誰かを食卓に上げたようなので、ある程度の事件性は覚悟しておくしかない。

ネアはそう思って、少しだけ切なくなる。



「水仙は、意志を持つと厄介ですからね。まさか、任務中に踏んでしまった魔術師を呪うとは思いませんでしたが」


「……意志」


話を聞くところによると、その水仙はとある貴族の屋敷の庭に群生していたらしい。

庭師によって毎年大切に手入れされていた結果魔術が凝り、意志を持つに至ったそうだ。


「特定の草花は、意志を持ち精霊の子供に成りますからね」


「魔物とは違うのでしょうか?」


「植物の魔物や妖精は、個体ではなく、その種そのものを司ることが多いんです。その代わりに精霊の子供は、各個体に生まれるんですよ」


「では踏まれた水仙の精霊の子供が、その魔術師さんを呪っているのですね」


「ええ。永らえたにせよ、その年は美しい花を咲かせられなかったと激怒しましてね」


「事故被害者だと思えば、お気の毒な気もしますね」


「ネア様、その水仙が踏まれたのは五年前です」


「………恨みが深過ぎる」



流石に五年は長いだろう。

おまけに該当の魔術師は、一年目で懲りて、その水仙を徹底的に修復する、緑の手の魔術師を手配したのにこの仕打ちだと言う。

長過ぎる呪いに妻子は離れてゆき、今年のイブメリアで幸せな家族達を見せつけられた結果、その魔術師が打ち上げで泣き崩れたのが、今回の依頼の発端なのだそうだ。



「随分と限定されたお薬のようですが、独自開発になるのでしょうか?」


水仙の薬というものは初耳だったのでそう質問すると、ヒルドは苦笑して首を振った。


「いえ、水仙はこのようなことが多いので、水仙対策の薬は古来から存在します」


「……今後、水仙には気を付けます」


「ネア様は守護があるので大丈夫ですよ」




部屋に帰ってから、ディノに水仙の呪いの話をしてみた。

他にも呪う草花はあるそうだが、水仙は魔術に恵まれている為に、とても厄介なのだそうだ。


「具体的にはどうなるのですか?」


「一般的な攻撃は、部屋中に生えてくる。食べ物や飲み物にも混入してくるから、毒物としても命を削ぎにかかるよ」


「それは、奥様やお子様が逃げ出しても不思議はありませんね」



悪意ある敵陣営の罠にかかり、古くはこの水仙の呪いで命を落とした王族も多いそうだ。

それだけ厄介な呪いであるらしい。

近年では、帝王学の一環として呪い深い草花への注意喚起も組み込まれたので、被害は減ったのだという。



「こちらに注文が来たということは、難しい薬なのですか?」


「調整が難解なのかも知れないね。材料としては蜂の魔物と、水さえあれば出来るのだから簡単なものだよ」


ほら出来たと青い小瓶を渡されて、ネアは目を丸くした。

会話をしながらであったので、五分もかかってはいない。


「ディノは凄いですね……」


「私は魔物だからね。魔物の調薬は簡単だと思うな」


「ですが、市井の薬の魔物ではなく、ガレンの魔術師さん達でも、解決がつかなかった薬なのだと思いますよ?私の魔物は凄いですね!」


椅子から立ち上がって、頑張った魔物の頭を撫でてやれば、ディノは嬉しそうに微笑みを深める。


「薬がない場合は、その水仙が生える土地に雪食い鳥を誘導して、食べさせてしまうという手もあるけどね」


「雪食い鳥は、水仙も食べるのですか?」


「整腸剤として、好んで食べるよ。彼等なら、常食しているから呪いにもかからないし。……ネア?」


興味深く頷いたネアに、自ら忌まわしい話題を振ってしまったディノは、はっとして悲しげな顔になる。


「今回は水仙の場所が貴族のお屋敷ですから、雪食い鳥は呼べなかったんでしょうね」


「………うん」


「ディノ?どうしてしょげてしまったのですか?」


「……ネアはまだ、雪食い鳥が好きだよね」


「ええ、お会いした個体に限り好きです。でも、ディノに似ているから好みなのだと気付いたので、ディノの方が優先順位は高いですよ?」


「………あれが、私に似ているのかい?」


「お相手は鳥なので、嫌ですか?外見の相似性ではなく、なんと言うか、ディノを連想させる部分があるんです。白いものを見るとディノを思い出すのと、同じような感じですね」


「…………そのくらいなら、いいのかな」


「ものすごく複雑そうですね、ごめんなさい」



仕上げて貰った薬を丁寧にしまいながら、ネアはきちんと謝った。

嫌悪感というものはそれぞれあるので、この場合、本人が嫌であれば可哀想だ。



少し難しい顔をしながら、ディノはもそもそとネアの隣に座り直す。

仕事の時はきちんとするように躾けたので、業務終わりと思ってこちらに来たのだろう。


「いけませんよ。早く終わり過ぎているので、私はまた別の仕事をしに行きます」


「………酷い」


「これは、社会で生きてゆく為の大切な感覚です。人間はあまり楽をしてはいけないのです」


「ネアには私がいるのに」


「私は、大事な魔物がいるからこそ、社会で上手く恥なく、丁寧にやってゆきたいです。面白くなくても、少し我慢して下さいね」


「私がいるから?」


「ええ。ディノに甘え過ぎて怠惰になると、私は駄目な人間になってしまいます。ディノに嫌われないよう、きちんとしていたいのです」


「ご主人様!」


そう答えれば、不思議そうにしていた魔物がぱっと顔を輝かせた。

ぎゅうぎゅうと拘束されて喜びを表現されたので、ネアはこれは致し方ないと、もう一度頭を撫でてやる。


「次は何の仕事をするんだい?」

「これだけ時間が空いたので、生薬の材料狩りに行きます」

「森に行くの?」

「ええ。ディノと歩くのは楽しいですしね」

「ご主人様…………!」


喜んだ魔物を引き連れて、ヒルドに薬を届けてから、ネアは、リーエンベルクの隣にある禁足地の森に入った。



イブメリアが明けて、森の色彩は少し変わり始めていた。

秋から冬の入り口の森にはよく見られた淡い黄色の花が減り、より深い色彩の花や実が増えている。

これは魔術の地表回路による変化だそうで、皮肉にもイブメリアの後の方が、イブメリアで重宝される赤い木の実が増えるのだそうだ。


真っ白な森の中に鮮やかな色彩が散らばり、絵本のようで楽しい。

途中で見かけた大木には、大きな鳥の巣のような枝葉の丸い塊があり、ネアはぽかんと見上げる。



「ディノ、あれはもしや、ヤドリギですか?」

「うん。ヤドリギだよ」

「金色!」


この世界のヤドリギは、どんな植物なのだろう。

以前の世界のように、祝祭に向けて家に飾ったりするのだろうか。


「ヤドリギは、見つけても不用意に近付いてはいけないよ」

「こちらのヤドリギは、採取してはいけないのですか?」

「うん。齧られるからね」

「………肉食?」


やはり、見知らぬ世界の生き物は摩訶不思議である。

不思議さを募らせながら森を歩いていると、もこりと雪が盛り上がる。


「ていっ!」

「ネア……」


ネアが手刀で仕留めたのは、枯葉に似た悪霊の一種だ。

特に目立たない生き物だが、取り憑いた生き物から覇気を奪う。

その効果が逆算され、精神薬として重用されている。


「ディノ、高価なやつを狩りました!」

「ネア、素手で戦うのはやめようね……」


どこからか取り出した布で、手刀にした方の手を丁寧に拭われ、ネアの獲物はディノが保管してくれることになった。

効果が効果なので、採取や保管の際での接触方法が難しい生き物なのだそうだ。


しかし、その後もネアは素手で数匹の薬の元を狩り獲った。

背後でわたわたしている魔物は、今回も心配なあまりの吊り橋効果で、狩りの女王であるネアに頬を染めている。

仕事の邪魔にならないので良い傾向だ。



獲物達を持って貰いながらふと、ネアは少し先の茂みの向こうに、見慣れぬ生き物が居ることに気付いた。


「…………!!」


無言で息を飲んだご主人様に、魔物が顔を上げる。


「ネア?」


「………ディノ、あちらに居る生き物は何ですか?」


「ん?………ああ、雪雲だね」

「ゆきくも?」

「そう。ああやって、木の根元を掘って、枯葉や木の実を食べるんだよ」



ネアの視線の先、大きな木の根元には、成猫サイズの真っ白な生き物がいる。

あれだけ真っ白なのだから、高位の生き物なのだろうが、何しろ造形がいけない。


(ちび白熊!!)


あまりの愛くるしさに、ネアはぶるりと身慄いした。

ちょっと太り気味なくらいの白熊の子供みたいな生き物は、飛びついて転がしたい可愛らしさだ。


「か、可愛いです!あやつのもふもふ具合は神がっています!可愛いの極み!」


興奮気味にばしばしとディノの腕を叩けば、目元を染めた魔物は嬉しそうにもじもじする。

しかし、木の根元でぽっちゃりした体を屈め、両手で無心に雪を掘っている生き物に視線を向けると、困惑したように首を傾げた。


「ネア、でもあれは……」

「掘り方が!」


その時ちょうど、白熊な生き物は体型的な弱点を克服するべく、ぺたりと雪の上にお尻を落として掘削に取り組むことにしたようだ。


基本丸い形なので、短い後ろ足はぴょこりと左右に開いて浮いている。

可愛さに悶絶したネアは、思わず魔物の背中を両手で軽く掘ってしまった。


感動のあまり、短い両手でさくさくと雪を掘っている子白熊の真似をしたくなったのである。

因みに、ディノの背後にいるのは、子白熊を驚かさないようにする為の保護色の盾だ。



「………何それ、可愛い」



「………しまった」



頬を染めた魔物が、うっとりと微笑みを深めた。

幸福に頬を染めて恥じらうので、一見、目にした者が倒れそうなくらいに艶麗で色めいている。


しかし、ネアはその表情にさっと青ざめた。


「ご主人様……」


「ディノ、……これは、あの生き物を初めて見て、つい昂ぶってしまった結果です。因果関係が必須になりますので、そう何度も発生しません」


「じゃあ、あれを常備する?脱皮まではネアの嫌いな形じゃないし」


「……脱皮?」



不穏な言葉に目を瞠って、滲むような水紺の瞳を見上げた。

背中に張り付いたまま見上げる慣れない角度なので、長い睫毛の影や、微かに開いた薔薇色の唇の形にどきりとする。



「そう。あれは、虫だからね。幼体の頃はああして生き易い形をしているけれど、成長すると脱皮するんだ。それに、光の反射で白く見えるけど、実際には水色だからね」


「……私の嫌いな形状ということは、まさか……」


「うん。蜘蛛だよ」


「………私の、あやつに向ける好意は死にました」


「え、ご主人様………」



その一言は甚大な効果をもたらした。

さっと真顔になり背を向けたネアに、取り残された魔物は悲しい顔になる。

とても悲しい声が聞こえたが、ネアは決して振り返らなかった。





「お前、契約の魔物に何をしたんだ?」


後日、恐れ慄いたエーダリアにそう問いかけられ、廊下で魔物をあしらっていたネアは、眉を顰めて振り返る。


「何をとは、何でしょう?」

「今の要求は何だ………?」

「背中を両手で掻き毟って欲しいようですね」


その返答に、鳶色の瞳を瞠り呆然とした顔で、エーダリアは後ずさる。


「もっといかがわしい意味かと思ったが、よりお前がわからなくなった。お前達は、普段何をしてるんだ……」


「最初の勘違いは大変遺憾なので、ヒルドさんに言いつけます」


「………え」



声を失った元婚約者殿は黙殺し、ネアはご褒美を待っている魔物に厳しい眼差しを向ける。


「ディノ、今日はこれから言葉の授業を行います!公の場で、使ってはいけない言葉を学んで下さい」


「…………もう一度後ろからして欲しい」


「今後、他人がいる場所でそのお願い文句を選択した場合、ご主人様は二時間強、口を利かなくなりますよ!」


「そんな、ご主人様!」



この一件以来、ネアは白熊があまり好きではなくなった。

何度も調教したのだが、背中掘りがよほど気に入ってしまったのか、ディノがこのご褒美を再三欲しがるようになったからだ。


トラウマの扉を開くアイテムが増えたことに、とても悲しい思いを噛み締めている。




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