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指輪の手配と雪の魔物


「エーダリア様、……寝ていた方が良かったのでは?」


「…………いや、ガレンエンガディンたる者これくらい」



朝食の席では、かなり虚ろな眼差しのエーダリアがふるふるしながらスープを飲んでいる。

昨晩は夜明けまでガレンの打ち上げだったそうだが、魔術師には酒豪が多いらしい。

エーダリアとて普通に飲める範疇なので、余程のものなのだろう。

そして無礼講になるそうだ。


「ヒルドさんは、まさかお仕事ですか?」


「休息日とは言え、昨晩からの後始末はあるからな。ヒルドの休暇は今日の午後からだ」


「……それはまさか、外の大雪のことでしょうか?」



ネアが視線を向けた窓の外は、窓半ばに迫るまでを雪が埋めている。

まさかの豪雪地帯の光景に慄いたが、ウィームでは珍しくない積雪量であるそうだ。

ただ、今回は休息日なので除雪に纏わる魔物や妖精が働いていない結果、この有様であるらしい。


「珍しい高さではないが、夜明けから降ったにしては確かに多いな。ジゼルかもしれないが……」


「ジゼルさんは、とても楽しいイブメリアだったようです」


「……あの子狐を選抜した魔術師は、特別手当を出すことになった」


「素晴らしい判断でしたものね」



今朝の食卓で圧倒的に口数が少ないのは、ゼノーシュだ。

休息日の今朝は、スープと質素な黒パンしかない。

ネアとしてはそのどちらも十分に美味しいし、このような風習からくる特別なメニューが楽しいのだが、美食の魔物と呼ばれるゼノーシュにとっては、到底満足出来る量ではなさそうだ。


ほぼ無に近い状態のゼノーシュを不憫に思いつつ、ネアは目新しいスープを堪能する。


今朝は、ハーブとチキンのシンプルなスープだ。

とは言え、ジャガイモや根菜類等の沢山の野菜も入っていて、お腹はいっぱいになる。

鶏からとった黄金のスープに複雑な香草の香りが混ざり、深みのある味でとても美味しい。


ネアとしては簡単なメニューになるのだから、濃厚なスープでも良かったが、恐らくこれは飲み明けであるリーエンベルクの主人を思う、優しいスープなのだろう。



そんなことを思いながらふと、隣で難しい顔をしている魔物に眉を顰めた。



(ディノ…………?)



思えば今朝も、珍しいくらいにぐっすりと眠っていた。

疲れているのだろうかと思えば、少しだけ心配になる。


筋肉痛の騒ぎでご主人様の心を弄んだので、本日はご褒美を差し止めているだけに不安にもなった。

弱っているときにご褒美不足で病んでしまったらどうしよう。



「ディノ、考え事ですか?」

「………ネア」


どこか悄然とした様子で、魔物が振り返る。

はらりと揺れた髪に、水紺の瞳の澄明さ。


「………色が決まらない」

「む、……色?何の色を決めているのでしょう?」

「指輪」

「欲しい指輪があるのですか?」

「材料は幾つか用意したんだけれど、決められないんだ。……こういうことは初めてだよ」


しょんぼりした魔物が不憫になり、ネアは伸び上がって頭を撫でてやる。


「材料と言うことは、あらためて作るものなんですね。何と何で迷っているんですか?」


「月光とダイヤモンドダストの結晶と、霧氷の結晶、雪明りと雪薔薇の結晶かな」


「色の想像が出来ませんでした」


「昨日のものがいいんだけど、昨日は結晶化出来る要素が少なくてね」



ふうっと小さな息を吐いて、ディノは憂鬱そうだ。

滅多にないことなので、ネアはどうにかして手助けしてやりたくなるが、そもそも色選びとは個人的な感覚のものだ。


「並べて、自分の体と合わせて見ましたか?」


「自分と合わせるの?」


「ええ。肌の色や髪色など、通常は自分自身に似合うかどうかを選考基準にします。でも、ディノはどんな色でも似合ってしまいそうですね」


「……ネア、決めてくれる?」


「構いませんけど、ディノのものでしょう?私が決めてしまっていいのですか?」


「ネアが決めたものがいい」


「ふふ。じゃあ、後で見せて下さいね。私の感想も出してみます」


「ニエークが材料を足したかも知れないから、もう少し待ってくれるかい?」


「ニエークさん?………確か、今朝アルテアさんが出していたお名前ですよね?」


「うん。欲しいものがあったから依頼をしたのだけど、私は忙しかったから、アルテアに届けるように指示していたんだ」


「確かアルテアさんは、昨日はお仕事気味だったような……」



アルテアから貰ったイブメリアの貴腐葡萄酒は、まだ開けていない。

イブメリア当日に飲む機会がないのであれば、無理して開けずに、どこかでイブメリアを思い出してじっくり楽しもうと思ったのだ。

せっかくの贈り物なのだし、大事に飲みたい。


オルゴールは、持って帰ってから何度か蓋を開いて鳴らしてみた。

繊細に弾けるオルゴールの音色は、淡く透明に空気に解けてうっとりとしていまう。

オルゴールの中の庭園には時折風が吹き、ゆらりと咲き誇る真紅の薔薇は、吸い込まれそうになるくらい美しい。


(ハンカチだけじゃ申し訳なかったかな……)



そんなことを考えていたら、じっとこちらを見ているエーダリアに気付いた。

この顔色の悪さは、二日酔いという感じではなくて、もっと深刻な感情の機微によるものだ。


「エーダリア様?」

「………まさか、だから大雪なのか?」

「大雪の理由が何かわかるのですか?」

「ニエークは、雪の魔物の名前だ」

「………む」


ネアはまだ悩んでいる魔物に視線を戻し、眉を顰める。

これはまさか、無理な仕事を振られた魔物によるストレスの雪なのだろうか。


(確か以前、尊大な魔物だって言っていたような……)


ディノは、ダイヤモンドダストを見に行った時に、雪の魔物は尊大な男だと話していた。

そんな魔物が、無理に突貫作業を押し付けられればどうだろう。


かなりのストレスではなかろうか。


そして、まだ働かされているような発言もあった。



「エーダリア様、雪はまだ止んでいないんですよね?」


「ああ。先程一度止んだのだが、今はまた降っているな」



二人で窓の外を見れば、先程までは窓の半分近くだった積雪量がほぼ半分まできている。

リーエンベルクですらこうなのだから、市井の家々は大丈夫だろうか。


祝祭日の翌日で寝過ごしている家族など、気付いたら家の崩壊の危機など考えるだけで恐ろしい。


「エーダリア様、雪食いを要請しましょうか?」


「……いや、ジゼルに伝令を出してくれ。少し言葉を選ぼう。あの子狐は、雪の精霊だからな」


支配階層らしい狡猾さでグラストにそう指示を出しながらも、エーダリアの窓の外を見る目は慄いている。

ネアは慌てて、拳を握って宣言した。


「任せて下さい。早急に指輪選びを進めますね」

「ああ。休息日なのに悪いな」

「いえ。うちの魔物がすみません」

「いや、前にも言ったが天災のようなものだからな」



遅めの朝食を終えてから、ネアは自室でディノの指輪選びに付き合った。

指輪選びとは言え、まだ結晶石の段階なのである程度薄く削り出したものも添えてある。

雪の魔物は良く出来た魔物であるようだ。



「少し増えたかな」


「これは何でしょう?」


ネアが指差したのは、青みのある乳白色の半透明の結晶石に、淡い金色と奥に滲むような真紅、白みがかった青緑に瑠璃色。


「イブメリアの大聖堂に降った雪を、宝石として紡いだみたいだね」


「宝石紡ぎは、魔物さんでも出来るのでしょうか?」


「自分の司るものであれば」


「そうなんですね。………とても綺麗です」



それは、まるでイブメリアそのものを宝石に閉じ込めたような煌めきだった。

乳白色の奥に色があるので、これだけ色味を持っていても派手さはなく上品である。


「イブメリアの朝のようです!」


飾り木や赤い木の実達に、リーエンベルクを思わせる深い青と雪の色。

プレゼントの話をしながら朝食を摂った、あの物語のような穏やかな朝の色。



「では、これが相応しいかもしれない」


「相応しい?」


「ネアは、これがイブメリアのように感じるんだろう?」


「ええ。でも私の所感です。雪明りと雪薔薇もとても綺麗ですよね。藍色がかった白に薄っすら薔薇色の煌めきもあって」


「イブメリアの記念にしたいから」



そう呟いたディノは、はっとする程無垢な目をしていた。

その無防備さに胸を突かれて、ネアは嬉しくなる。

そんなことを考えるということは、この魔物にとっての今年のイブメリアは、とても楽しかったのだろう。

一緒に過ごしたネアとしては、そんな風に幸福さを示す魔物が可愛くて堪らない。



「デザインは決まったのですか?」


「石を目立たせたいけれど、象徴のものも入れようかな」


「象徴?」



ふわりと微笑みを深めて、ディノは手を伸ばしてネアの髪を撫でた。

淡く研ぎ澄まされた、男性的な美貌の微笑み。


「柊と羽だよ」

「私の印章と同じですね」

「ネアから貰った石だからね」

「…………あ!」



そこでネアはようやく得心した。

ディノは、あのネアの髪から色を紡いだ宝石を、指輪に仕立てようとしているのだ。


「指輪にしてくれるんですね!」

「うん。ネアと同じにしようと思って」

「ふふ。私の指輪もディノの色と同じ白い指輪ですし、同じような色合いで素敵ですね」

「うん」


魔物の選択の粋さに心打たれていたので、ネアはその後すっかり雪の魔物の不憫さを失念した。

しかし、思っていたより早く決着が着いたので、雪はすぐに降り止んだそうだ。

雪の魔物も無茶振りが終わって安堵したのだろう。



翌日には仕上がった指輪は、羽根模様を繊細に刻んだ本体に、柊の葉が宝石を育んでいるようなデザインで、優美で美しいものだった。


加工の手配をかけた店を使わずに、各分野の最高峰である魔物を酷使したようで、リノアールの店では、宝石の加工代わりに宝石のケースを指輪ケースに仕立て直す作業を依頼したそうだ。



指輪を大事に扱うディノを見る度にネアの気持ちも上がるので、良い贈り物をしたと思う。



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