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49. イブメリアの総仕上げをします(本編)

今回は少し長めです


夜のミサが始まった。

日中にイブメリアの祝祭を狙ったらしい騒動の一幕があったが、特に被害が出ることもなく解決されている。

偶然通りがかってくれた終焉の魔物が排除してくれたのだが、上への報告は統括の魔物が采配を振ったことになったそうだ。


本日は第一王子が訪れていたこともあり、煩わしい中央との交渉等は全て、第一王子が取り仕切ってくれた。

現場で情報統一だけしておけばさしたる問題はないと言われて、ネアは安心してミサに参加している。


送り火を連れ戻した日にはまだ調整がついていなかった懸念材料は、ネアがガゼットに落とされた一件や、信仰の魔物の失踪と連れ戻し作業の結果、教会側の困った関与というものごと無事に排除出来たようだ。



大聖堂の中に響き渡る、少年達による聖歌。


天井から下がった香炉からは細い煙が立ち昇り、壁際に並んだ幾つもの祭壇の横には聖域の中に相応しい装いの飾り木が並ぶ。

いくつもの聖人画と、ステンドグラスの聖人達にゆらめく蝋燭の炎。

ネアは、夜の大聖堂の方が好きだなと思いながら、静謐な空気に浸っていた。


イブメリアを司る魔物達もまた、こんな薄闇の中でこそ、いっそうに禍々しく美しい。

夜のミサには雪竜の王であるジゼルも参加している。

襟元にふわふわした毛皮が見えるので、あの子狐も連れてきてしまったようだ。

時折、聖域側に立ったエーダリアが、困惑の眼差しでそのあたりを見ていた。



金色の刺繍がある、薄青がかった白いローブ姿の雪竜の王は、やはり際立って艶やかだ。

そこにダリルやヒルドの高位の妖精と、中央には信仰の魔物に送り火の魔物も並ぶのだから、同じ輪に入れられた人間の司祭はさぞかし負担だろう。

エーダリアも生粋の人間だが、魔術に長けた者らしい整った容貌に元王子として培われた威厳が加わり、決して見劣りしていない。

人の良さそうな頼りなげな面差しの司祭一人が、まるで百鬼夜行に取り囲まれた被害者のように見える。

彼等が並んでいるのを見ながら、ああ、イブメリアももう終わりなのだなと寂しい気持ちになった。



詠唱が重なり、不思議で美しい音階が織り込まれてゆく。

中央で大きく手を広げたレイラが信仰らしい慈愛の微笑みを浮かべ、高らかにイブメリアの終幕を宣言する。


イブメリアは、日付が変わるまでの祝祭ではない。

こうして夜のミサが終わると同時に、祝祭も幕を下ろすのだ。


中央の位置に入れ替わり立ったグレイシアが、イブメリアの間だけかぶっていたシンプルな金色の王冠を外した。

古典的な輪の形状をしたその王冠を祭壇にごとりと置けば、大聖堂の尖塔に灯されていた送り火が彼の手の中に戻って来る。

この火を、大聖堂前の飾り木に灯せばイブメリアは終幕だ。



なぜかここで、突然に荒々しい幕引きになるイブメリアは、最後に大聖堂前の大きな飾り木を燃やすのだそうだ。

飾り木の大きさがかなりのものなので、非常に野性的な光景になる。

毎年、この最後の送り火の儀式は、子供たちには大人気だそうだ。


(そして毎年、一部の男性陣がお酒を飲んで騒ぐと………)


どこの世界にあっても、火は不思議な興奮作用があるのか、キャンプファイヤーのようで楽しいのかもしれない。



中央の通路を通って送り火の魔物が火を運んでゆく。

ネア達の横を通るとき、少しだけ寂しそうにグレイシアがこちらを見た。

最後のお役目に向けて頑張るように微笑みかければ、赤いかがり火の瞳が微かに細められる。


「………ディノ」


ネアが小さく窘めたのは、ディノがさっとご主人様の視界を遮ったからだ。

急に目隠しをするのは誘拐犯の仕打ちなので、怖いから止めて欲しい。



ややあって手を離してくれた時にはもう、一団は外に出てしまっていた。


「私の目の前で、他の魔物と視線を交わさないで欲しいな」

「それを全面的に禁じると、多用する日常的な意思疎通手段を奪われてしまいます」

「外で送り火の儀式を見たいかい?」

「エーダリア様から、くれぐれも火の側に行かないでくれと言われています。ここから見ましょう」

「エーダリアも学んできているね」

「ディノ、今夜は椅子なし!」

「そんな、ご主人様!」



今夜、無事にイブメリアを終わらせる為に、エーダリアはネアに燃え上がる飾り木への接近を禁じた。

ネアとしては、そんなことを心配せずとも、外の有様は物凄いことになっている気がしてならない。



「……まるで焼き討ちに遭っているような光景ですね」

「どうして人間はこれをやろうと思ったんだろうね……」

「イブメリアの送り火が始まった頃は、この風習はなかったのですか?」

「当初は、聖木を燃やしていただけだよ。小さな木片で、染料と術符と一緒に燃やして赤い煙をたたせたんだ」

「……どこかの誰かさんが、もっと派手にしたくなったんでしょうか」

「建物や人が燃えないように、大規模な術式を組むから面倒だよね」

「時として、人間の欲求は、危険と隣り合わせになるのです」


ステンドグラス越しに、真っ赤な炎が煌々と燃えているのが見える。

これだけ緻密なステンドグラス越しでこの明るさなのだから、外はかなりの激しさだろう。

そんなことを考えていたら、ぱたぱたと蜂蜜色の髪の美しい魔物が貴賓席まで走り込んで来た。

外での送り火が始まっているので、席はまばらに空いている。


「ゼノ?送り火はいいのですか?」

「グラストが燃えたら困るから」

「………そんなに激しいとは」


「ヒルドが、送り火がはしゃぎ過ぎてるって叱ってたよ。ネアが中にいるから、中からも楽しんで貰おうと頑張ってるみたい?」


「……うわぁ」


ネアは思わず項垂れたが、グラストが苦笑して首を振ってくれた。

微かに髪の毛が乱れているが、まさか火の粉が飛んだりしたのだろうか。


「ネア殿、大丈夫ですよ。ヒルドに一喝されて大人しくなりましたから」

「まさかの晴れ舞台で叱咤されるなんて、不憫な子ですね」

「ほら、送り火は愚かな魔物だろう?」

「ディノ、他人の失態をそんな風に笑ってはいけませんよ」


ステンドグラス越しの炎に、忙しなく行き来する人影が映るが、まさかあれは延焼騒ぎではないと信じたい。

きっと、送り火にはしゃいだ誰かだろう。

そう信じながら見守っていると、ゼノーシュに袖を引かれた。


「ネア、橇には行かないの?」


「ソリ……。ソリ遊びをするんですか?」


「そう。送り火の火を貰ってきて、消さずに滑れると、次のイブメリアまで、家族みんなで幸せに暮らせるらしいよ」


その言葉にネアは、ぱっと振り向いた。

なんと素晴らしい謳い文句だろう。

家内安全的な効用があるのなら、是非にやっておかなければいけない。

こちらの世界の民俗信仰は、かなり本気の効果を持つものばかりだ。


「やります!」

「じゃあ、火を貰ってくる?」

「ソリはどこで手に入れればいいですか?」

「ディノが用意してくれると思うよ」


抜け目なくそう話を振ったゼノーシュに、ネアは慌てて飛びついた。


「ディノ、ソリが必要です!家内安全祈願をしましょう!!」

「………ネア、可愛い」


ぴょんと飛びついたせいで、ディノは頬を染めて恥じらった。

照れる魔物の向こう側で、何だかやる気満々のゼノーシュが見えた。

グラストの手を引いて、火を貰いに行こうとしている。

腑に落ちて、ネアはくすりと微笑む。


(ゼノは、グラストさんとの家内安全を祈願したいのかな)


恐らく、ゼノーシュ自身も行く予定があったので声をかけてくれたのだろう。

教えて貰って良かった。


「ネア、着替える?魔術で雪まみれにならないようにも出来るけど…」

「自力で挑みます!着替えてきてもいいですか?」

「では、一度リーエンベルクに戻ってから、どこかの雪山に行こうか」

「はい!ディノ、我儘に付き合ってくれて有難う」

「……可愛い」


ソリ遊びなど子供の頃以来だ。

ついつい嬉しくなってしまってにこにこしてしまい、ディノを喜ばせてしまう。

そうこうしているうちに、送り火を貰ってきたゼノーシュが戻ってきた。


「ネア、貰って来たよ。可哀想だから、他のみんなにも声はかけてきた」

「エーダリア様達ですか?」

「うん。ダリルはドレスが汚れるから嫌だって」

「幅広く勧誘しましたね!」



送り火の火種は、小さなランタンに入っていた。

送り火を欲しい人には、このランタンも無償で与えられるらしい。

こういう時に太っ腹の領主は、領民の人気が高い。

エーダリアは、水晶製のランタンに年号を刻み、毎年違う花の彫刻を入れることで付加価値も出している。

このランタンを毎年収集しているコレクターもいるのだそうだ。

おまけに配布の中に一つだけ、金の彩色がされるものがあり、これに当る人は大層喜ぶ。

硝子にエングレーヴィングという彫刻を施す作業は、元の世界でも価値ある技術だったが、こちらの彫刻は魔術を使って更に精緻なものを施してくる。

精巧な硝子彫刻に金の彩色を重ねて瑪瑙で磨く硝子製品は、ウィームの特産の一つだ。



「可愛いですね、今年の花は椿でしょうか」


ほくほくとしてランタンを一つ受け取り、ディノに、道中で火が消えないように暫しの間だけ魔術をかけて貰う。


最後に大聖堂の中を見回せば、いつの間にか沢山あった飾り木は消えていた。

魔術仕掛けなのか撤収が早くて少し寂しい。




ソリで滑るのはアルバンの山になった。

少し厄介な魔物や妖精もいるので、競合が少ないのが利点だ。

街から近い傾斜のほとんどは、ソリ渋滞が起こるそうなので初心者には危ないらしい。

勿論、転移可能な距離なので、アルバンにも数組の挑戦者がいたが、お互いに距離を取って邪魔にならない範囲なので特に問題はない。


「さて、直線で滑るだけでいいんですか?」


腰に手を当ててネアが男前に傾斜を見下ろせば、なぜか魔物は目元を染めてさっと視線を逸らした。


「ソリで送り火など、子供の頃以来だな……」

「あの時、エーダリア様は転びましたけれどね」

「……ヒルドの言葉で嫌な記憶が蘇った」


後から合流したエーダリア達は、祝祭のお役目を終えて、どこかほっとした表情をしている。

公的な役目は終えて、この後は朝までの塔の打ち上げ等もあるそうだが、一滑りだけ参加してゆくのだと言う。

お目付役として状況を確認していくのかなと思っていたネアは、かなり真剣に滑る姿勢を見せた元婚約者に微笑みを噛み殺した。


(私やゼノ以上に張り切ってる……)


何だか、微笑ましく可愛らしい。

ヒルドがこっそり教えてくれたことによると、エーダリアがソリの儀式をやったのは、子供の頃に一度だけなのだそうだ。

あまりにも羨ましそうにしているので、ヒルドがこっそり王宮から連れ出して遊ばせてやったらしい。

まだ憧れは終わっていないようだ。



「真っ直ぐだよ。木の枝や岩もあるから、ネアは前に座っちゃ駄目だからね」

「ゼノ、ものすごく玄人な格好ですね。可愛いです」


耳当て付きの毛糸の帽子をかぶり、ゴーグルのようなものを装着したクッキーモンスターの破壊力に、ネアは頬を緩ませた。


「僕が前に座るから!」


ただ、魔術でどうこうするのではなくて、物理的に防ごうとする装備なので、少し不安にもなる。


(そして、木の枝や………岩?)


確かに、斜面を見下ろせば、コースを外れるとそれなりに険しい。

しかし真ん中の綺麗な雪の部分を真っ直ぐに滑り降りれば、そんな危険はないように思えた。

少し先にあるなだらかな部分でソリは止まるだろう。

いくら斜面とは言え、山の下まで滑り降りるつもりはない。


「ネア、くれぐれも転がり落ちるなよ?はぐれたらヒルドを呼べ」


「そんなに愚かではありません。でも、救護班でヒルドさんが居てくれるのは心強いですね」



ソリに参加するのは、ネアとディノ、ゼノーシュとグラスト、そしてエーダリアだ。

ヒルドはソリには乗らず、エーダリアのお目付役兼、もし誰かが怪我をしたときの為の救護班となっている。


(この距離程度で救護班が居るってことは、余程エーダリア様が下手なのかしら)


初回の挑戦時には転げ落ちたそうなので、ヒルドは今でも警戒しているのかも知れない。



「ディノ様がいるので安心でしょうが、ネア様、万が一ソリから落ちたら私を呼んで下さいね」


「……はい」


とても強く念押しされて、ネアは少し不安になってくる。

この短距離のどこにそんな危険があるのだろう。

もしや、この世界のソリは劇的に滑り難いのだろうか。

かなり頑丈そうだし、ソリの底面についた刃はまだ綺麗だ。


「僕が先に行く!」

「ゼノーシュ、出発を揃えた方が、ヒルドが楽だと思いますよ?」

「僕、グラストのこと落とさないから大丈夫」


ゼノーシュのチームは、二人乗りのソリの前にゼノーシュが座り、それを後ろからホールドする形でグラストが座るらしい。

因みに全チームが使用するソリは、犬ゾリにでも使いそうなしっかりした木の箱橇だ。

ますます、振り落とされる危険など低いとしか思えない。



「ディノ、照れてないで滑る準備をしますよ!」

「………わかった」


送り火を持って滑るのは、イブメリア終了後の日付が変わるまで。

そろそろ準備をして滑り始めたい。


ネアが着替えたのは、動きやすい乗馬服だ。

こちらの世界のご婦人は、ドレスやワンピース姿が一般的であるので、このような体のラインを出す服装は珍しいそうだ。

なので、魔物は恥じらってしまっているらしい。

とは言えネアは、雪遊びに巻き込みそうな、ばさばさした服で挑むつもりはないので、我慢して貰うしかない。


乗馬服として作ってもらったものは、伸縮性のある毛織のズボンが毛皮で裏打ちされたものと、特殊な毛糸で編まれた柔らかなセーターだ。

そのどちらも、雨の中でも支障がないくらいに魔術の撥水加工がある。

以前靴虫に攫われたことのある雪靴は、靴底がしっかりとしていてやはり安定感がある。

ショートコートは謎の毛皮製で、手袋は靴と同じ竜革の丈夫で柔らかなもの。


(竜の区分がよくわからないなぁ……)


ジゼルやサラフを見てから、高級皮革で有名な竜革に複雑な感情を抱くようになってきたのだが、竜側からしてみても、単純に獣としての竜の区分もあるようなので、問題ないのだそうだ。

サラフが竜革の装備を使っていたときには、何とも言えない気分になってしまった。


「ネア、しっかり掴まっていてね」

「はい。これくらいなら落ちませんよ。………ディノは大丈夫ですか?」

「さすがに橇は初めてだけど、心配しないで平気だよ」


後ろから回した手をがっちり捕まえられて、ネアは特に遠慮もせずにディノの背中にべったり顔を寄せる。

魔物の長い髪がどこかに引っかからないか心配だったので、ディノの体ごとしっかり押さえ込んで固定した。

しっかり抱きつくと、一度びくりと体を揺らされる。


「送り火を落さないように頑張りましょうね!」

「…………ネア、ずるい」

「なぜその返答になったのか不思議です」



送り火のランタンをソリの照明台に引っ掛けて、大きな木ソリは、斜面のところまで魔術で押し出す。

ジェットコースターの始まりのようでわくわくしながら待っていると、ゆっくりと斜面と並行になってゆき滑り出した。

謎に助走までつけたゼノーシュのチームが先行し、ほぼ同時にエーダリアが出ている。

ネア達は最後尾だ。


(あ、月が出てきた)


先程まではらはらと降っていた雪も止んで、雲の間から大きな満月が見えている。

明るい月明かりに照らされて、雪山は幻想的なくらいに青白く染まった。


「わぁ………!!」


重たい木橇が雪の上を滑るざあっという音、耳のすぐ横を通り過ぎてゆく冬の空気の匂い。

そこに松の香りに似た送り火の香りと、ふくよかな森の匂いが入り混じる。

頼もしい魔物にくっついているので不安もなく、ネアは声を上げてソリの勢いを楽しんだ。


(……………ん?)


だがしかし、はしゃいだ気持ちも当初予測していたゴール地点を過ぎると不安に変わる。

一瞬止まらなくなったのかと思ったが、先発組も止まっている様子はないので、停止地点はまだ先なのかも知れない。

だがこの先には確か、ちょっとした断崖と森がなかっただろうか。


「………………まさか」


音を立てて背後に過ぎ去ってゆく景色の中で、ネアはやけに重装備だったゼノーシュや、まるで初陣を控えた青年のように高揚していたエーダリアを思い出した。

良く考えれば、ソリ遊びの救護班に、最高位のシーを準備するのもおかしな話だ。


(まさか?!)


ガツッと硬い音がしてソリが一瞬宙に浮かんだ。

座席の位置には綿を詰めたクッションのようなものが打ち付けられているので、体には特に影響はないが、刹那の無重力状態に心拍数が跳ね上がる。


舞い散る雪片がやけに綺麗だった。


(まさかこれ、麓まで一直線に滑るつもり?!)


このスピードとコースから推測するに、そのまさかとしか思えない。

ネアは慌ててディノに確認しようとしたのだが、早速林間コースに入ってしまったので慌てて口を噤んだ。

自分の心臓も心配だし、ディノの注意力を散漫にしたくない。

そんなことを思って我慢していたのに、こともあろうに運転手はちらりと背後を振り返った。


「ネア、楽しい?怖くないかい?」

「ま、前!前を向いて運転?して下さい!!」

「魔術で道を敷いているから大丈夫だよ。それより、舌を噛まないようにね」


話している最中にも、大きな木と茂みの間のかなり狭いところを、全速力で滑り抜ける。

それからも胃が下がるような恐怖のコースが、しばらく続いた。


「………っっ!!!」


びゅんびゅんと森の中をすり抜けてゆくソリには、もはやほのぼのとした楽しさはなく、ネアは必死にディノの背中にへばりつく。

絶叫系のアトラクションは好きだが、林間コースのソリは好きではないことが判明した。

何度かどう考えても茂みの中を突っ切っているが、幸い顔がなくなったりはしていない。

ディノも平然としているので、ソリ全体に結界的な外壁があるのならいいのだが。



それからどれぐらい滑っただろうか。

実際にはさほど長くないのだろうが、息を詰めて乗っていたネアには無限にも感じられる時間が過ぎると、ソリは開けた雪原に到着する。

よろよろとソリから立ち上がったネアは、三半規管が攻撃を受けたらしくふらついてしまったところを魔物に回収された。

なぜなのか、そんなに風圧に晒されたわけでもない目がしぱしぱする。



「…………お、終わり?」

「うん。着いたよ。大丈夫かい、ご主人様?」

「夢に見て魘されそうですが、ディノのお蔭で、無事に生還出来ました」

「おっと、危ないからこっちにおいで」



仲間達は生きているだろうかと見回せば、エーダリアなどはいい運動をしたと言わんばかりに伸びをしているし、ゼノーシュもグラストも普通に元気だ。

誰のソリも欠けておらず、手や足を失った人もいないので、ネアは一安心した。


「どうしたネア?怖かったのか?」

「…………エーダリア様は、ものすごくいい笑顔ですね。まさか麓まで滑り降りる危険な遊びだとは思っていませんでした」

「願掛けの規則を聞かなかったのか?麓まで、死なずに滑り降りるのが条件なんだ」

「その言葉で聞いていたら、果たして挑戦したかどうか怪しいところですね……」



そこでようやく思い出して、ディノの腕の隙間からソリの方を窺えば、まだ明るい炎を灯したランタンが見えた。

かなり激しく揺れてはいるが、炎が消える気配はない。

これだけの危険を冒して、火が消えてしまっていたら泣けるどころではないので、ネアは、その炎を見て心からほっとした。


「ほら、ご主人様」

「……む、やぶさかではありません」


支えて貰っていてもふらふらしていたので、ディノが両手を差し出した。

ネアも自分の手を差し出すと、嬉しそうに微笑んだ魔物にひょいと抱きかかえられる。

膝ががくがくとしていたので、自力で雪の上に立たずに済んでほっとした。

自分達が滑り降りてきた方角を見上げれば、見事なくらいに壮大な雪山である。


(あんな温かいクリスマス的な行事が、なんで最後は全力で荒ぶるのだろう……)


困憊したネアがこてんと頭を預けたので、ディノは嬉しそうにもじもじする。

エーダリアとグラストは滑り降りたタイムの話をしており、全員が無事にゴールした一報を受けて合流したヒルドは、ゼノーシュがいかに岩場を華麗にカーブしたのかを聞かされている。

一度、心配そうにこちらを見たヒルドと目が合ったので、苦笑してみせた。



ふと、まるで家族のようだと思って、ネアはまだ強張った頬を動かして微笑みを深める。

雪原の中でまあるく輝く送り火のランタンは、手で触れられそうなくらいにあたたかな光だ。

誰のものも消えていないのだから、次のイブメリアまでのリーエンベルクはきっと大丈夫だろう。



「ディノは楽しかったですか?」

「ネアが可愛いから、楽しかったよ。初めてこういう橇に乗ったな」

「ふふ。私は今夜、ディノがソリの運転上手だと知りました。頼もしかったです!」

「ご主人様!」


はしゃいだ魔物にまたしても髪の毛を持たされそうになった時、向こうで話していたゼノーシュが駆け寄ってきた。

外気温に影響されない筈の魔物だが、頬が薔薇色になっており可愛らしさを振り切っている。


「ネア、ヒルド達がホットワイン飲んで帰ろうって!」

「まぁ、いいですね!ゼノ達も一緒に行けますか?」

「うん。僕のお薦めの店に行くの!」


小さく垂直跳びしたゼノーシュの可愛さにくらくらしていると、ヒルドが心配そうに目を細める。


「ネア様、乗り物酔いはしていませんか?」

「ええ、あまりの速度に驚いただけですから、大丈夫です」

「あの程度で情けないな」

「エーダリア様、もしや風竜さんに会いたくはないのですか?」

「……そ、そうだな。女性だから、確かに怖かっただろう」


みんなでわいわいしながら、ソリを魔術的などこかの空間に放り込んで片付け、消えずに残っていた送り火の炎はこれまた魔術で空に返す。

ランタンを開けて術式を編んだ呼気を吹きかければ、送り火の炎はふわりと夜空に浮かび上がった。

良く見れば、遠くに幾つもの炎が空を漂っているのが見える。

今晩に空を飛ぶ者達は、前方にかなりの注意が必要そうだ。



「いいですね、こういうの」


ディノがとても綺麗に微笑んだので、ネアは手を伸ばしてその髪を撫でてやった。

ふつりと、胸の奥に奇妙な熱が籠る。

この美しい生き物を、もっともっと大事にして、とびきり甘やかしてやりたいような。

そんな不思議な欲を覚えて、ネアは僅かに目を瞠った。


「………ネア?」

「イブメリアは不思議な日ですね。大切なものを、いっそう慈しみたくなる」

「……………頭突きする?」

「なぜそうなった」



ホットワインを飲みながら聞いた話では、このソリの儀式では毎年死者が出るらしい。

大聖堂での飾り木を燃やす大騒ぎと合わせて、十人程度の犠牲で済めばいい方なのだとか。

非常に荒ぶる行事であることが判明したので、ネアは、来年は辞退しようと思う。


この年のソリ行事は、夕暮れまでに随分雪が降ってしまったので、近年稀にみる被害者を出したそうだ。






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