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48. 第一王子をお見かけします(本編)


イブメリアの朝のミサを終えて、リーエンベルクに戻って来た。

そこでネアはようやく、ずっと疑問に思っていたことを口にする。


「ディノ、第一王子様がいらっしゃると聞いていたのですが、いませんでしたね」


振り返った魔物が綺麗な目を瞠る。


「後にいたよ?」

「……はい?」


正式な訪問だと思っていたが、観衆に紛れてのお忍び的な訪れだったのだろうか。


「アルテアの隣にいたのが第一王子だ」

「………黒髪の、ぽやっとした顔の?」


アルテアの隣なので、さすがに気になった男性がいた。

一席空けての隣ではあるが、お付きの人らしい美しい女性と男性が心配そうにしていた所為で、高貴な方なのだろうなと思った記憶がある。


アルテアが、悪さをしていなければいいなと考えていたのだ。


「しかし、第一王子様は金髪に赤系統の瞳の、南の王族らしい方だと伺いました。擬態されて、どうして三列目なんかに……」


ネア達が座っていたのは二列目の座席だ。

一列目で良いのだが、あまり前に座るとレイラが死んでしまうので、破壊力の低い二列目を選択した。

その後ろであれば、三列目という貴賓席の中の中堅クラスになってしまう。

仮にも、次代の国王陛下だ。


「本人があの席を希望したそうだ。だから私は、隣に統括を置くことを条件とした」

「……なぜ、第一王子様の隣にあの困った方を設置したのです」

「アルテアは、統括だからね。この国の魔物の王であり、同時に責任者でもある」


「王様の訪れの際には、その土地の地方伯が面倒を見て差し上げる図式でしょうか。第一王子は厄介な方なのですか?」


アルテアはあくまで、魔物側の統括だ。

ディノの説明を纏めるなら、第一王子の抑えの為に、アルテアを隣に置いて対処させたというところだろう。


「優秀な人間だと思うよ。国を治める者としての才はある。人間としてどうかと言えば、よくわからないけれどね。ただ、ネアに接触されるのは嫌だから」


「………私は、国の歌乞いとは言え、ガレンエーベルハントの保護下だと伺いましたが、それでも現状はヴェルクレアの国民だからですか?」


「そういうことは心配しなくていいよ。いくらでも調整してあげるから。でも、相手は王子だし、美しいとされる人間だろう?ネアが気に入ると困るからね」


「………まさかの浮気防止」


ネアは唖然として、そうしれっと言い切った魔物を見上げた。

まさか、儀式の最中にちょいちょい甘えてきていたのは、ご主人様は自分のものだという領土主張だったのではあるまいか。


(飽きてしまったのかなって、構ってあげていたのに……)


ネアの真後ろがアルテアだったので、第一王子が座って居たのは、ディノの斜め後方だ。

あのやり取りを意図して見られていたりしたら、かなり精神的なダメージがある。



ディノが、途中でこてんと頭を肩に乗せてきたので、べしりと頭を叩いたりもしていた。

後ろの方がざわっとしたので、何て非常識な連れだろうと、怒られやしまいかと冷や冷やしたのだが。


何度か躾け、何度かあやし、そして計二回、グレイシアへの浮気を疑われている。

恐らく、可愛いワンコという評価や、それにはしゃぐ魔物の姿も見られている。



(……二度とお会いしたくない)


ずっしりと落ち込んでいたら、魔物が悲しげな顔になった。


「………ネア、浮気?」


「寧ろ、二度と第一王子様とは関わりたくありません。羞恥で倒れます」

「あの王子とは、直接接触させることはないから安心していいよ」

「………ディノ、恐喝したり、精神をいじったりしていませんか?」


おずおずと尋ねたネアに、ディノは小さく微笑んだ。

男性的な微笑の美しさは、ぞっとするくらいに艶やかになる。


「彼は、私がどういう階位の魔物だか、アルテアから聞いているからね。君に不用意に接触したり、君の行動を阻害したりしないよう忠告させた。それでもどうしてもと言われて、今回のミサでは第一王子としてではなく、あの席に座ることを許したんだ」


「……恐らく、第一王子様にとって私は今、この上なく面倒臭いやつになっていることでしょう」



物凄く警戒されてあの席配置だったのではないかと考えたが、後日、元婚約者である第一王子の実弟に聞いたところによれば、そうでもないらしい。


第一王子は、白持ちの魔物に思い入れがあり、ディノを繋留しているネアのことは評価しているらしい。

常からの希望通り、ネアがある程度の年齢で定年退職して田舎暮らしになるとしても、ヴェルクレアからは出すなと厳命されたそうだ。

もし望むなら、老後の運転資金は出してくれるそうなので、ネアは知らずのうちに安全な老後を保証されていた。


特に、政治には綺麗さっぱり興味のないネアには好意を持ってくれており、ひっそり伸び伸びと暮らし、第一王子の大好きな白持ちの魔物をキープし、時々素晴らしい薬の素を捕獲してくれれば充分だそうだ。


その話を聞いていて、ネアは恐竜が好きな男の子のイメージを持ってしまった。


(あれだ。強くて格好いいって感じだろうか)


つまりのところ、ネアは第一王子にとって害のない恐竜使いなのだ。

評価の正当性が腑に落ちたので、ネアはそれ以降第一王子への興味を失った。

相当な切れ者と聞いていたので警戒していたが、こちらとしても、上手く害のない雲の上に居てくれれば頼もしい。



自室ではなく、リーエンベルクの大きな飾り木が見える部屋に落ち着いた。

王宮の正面に位置する部屋で、その中の幾つかは自由に使えるようになっている。

御客人を滞在させるという用途としては開放しない王宮であるので、リーエンベルクは何やら使いたい放題だ。


転移というものが一般化した現在、道楽以外での貴族達の外泊はあまりない。

その上、事実上血族とは縁を切っているエーダリアの状態、あまりにも高階位の魔物がいるところ、現在所属している塔でも彼が長であること。

様々な要因が重なった結果、リーエンベルクには招かざるお客が居座るということは起こらないのだ。


このあたり、ネアは、元婚約者殿は運が強いと思っている。




「やはり、統括の魔物さんは、その国の為政者の方に会われるんですね」


「会わないことも多いよ。今回は、アルテアの気質だね。彼は、人間と関わるのを楽しむし、人間側も、アルテアが仮面の魔物だと知った上で上手く付き合う道を探っている」


「……そう言えば、アルテアさんは本来、国家として頭の痛い問題の元凶でしたものね」


ひとまず、ヴェルクレアとしては着地したようだが、

諸外国的には仮面の魔物の問題はどうなっているのだろう?


この国だけ落ち着いてしまっても、今度は、仮面の魔物の被害はヴェルクレアの陰謀だとか疑念を呼びかねない。

国同士のお付き合いは厄介なものだ。



(イブメリアが終わったら、私はどんな仕事をするんだろう)



勿論、基本は薬の魔物の歌乞いとして運用していくものの、調剤の為だけに働くのが国が司る歌乞いではない。

グリムドールの鎖の探索のような、特別な任務が追って言い渡される筈だ。

リーエンベルクの大きな飾り木を見上げながら、そんなことを考えた。



(また次のイブメリアも、幸せにみんなで迎えられますように)



そう願うのは我儘ではない筈だけれど、イブメリア一つでこれだけ大騒ぎしたのだから、今後も厄介な祝祭などがないとは言い切れない。

最も厄介なのは、死者の日か夏至祭か。

年越しも何人か行方不明者が出ると言うし、この世界はまだまだ未知数である。


「次は、誕生日かなぁ……」


つい、危惧よりも楽しみを優先させてしまってそう呟くと、ディノが隙を突いて背後から拘束してきた。

魔物を背負う重さを警戒したが、体重はかけてこず包まれただけだ。


「ネア、何か欲しいものはあるかい?」

「厨房と言う名の戸建てをもらってしまったので、もうお祝いしてくれるだけで充分です」

「…………ご主人様が冷たい」

「それは、冷たいに分類されてしまうんですね………」


(何か欲しいものなんてあるかな……?)


よく考えれば、初めて一緒に過ごす誕生日だ。

どうせ貰うなら、記念になるようなものが欲しい。

しかし、装飾品をあまり身に纏う習慣がないネアにとって、身に着けるものは、ディノの指輪とヒルドの耳飾りでもう定員オーバーである。

最近、厨房の鍵を首から下げるという斬新なお洒落にも手を出したので、これで打ち止めにしたい。

洋服は充分に足りているし、コートに至っては知らない間に勝手に増えるシステムだ。

気のせいでなければ、靴も勝手に増えているような気がしてならない。


置物の類は何だかフィンベリアやオルゴールと増えてしまったし、武具の必要もない気がする。

この世界のことはまだあまり知らないので、旅行にでも連れて行って貰おうかなぁと考え始めた。

きっと見たことのない色々な場所があるだろう。



「欲しいものが満たされ過ぎていて、思いつきません。お休みの日を使って、どこかに旅行にでも……」

「馬車を気に入っていたようだけど、欲しいかい?」

「………馬車は管理が面倒そうなので、いりません」

「うーん、何だろう。装飾品なんて、どれだけあっても構わないと思うけれど?」


珍しく真剣に考え込んでいるので、ネアはぴんときた。


「さては、品物がいいのですね。装飾品は、ディノの指輪がありますよ。守護にもなっていると聞いたので外したくありません。そうなると、首から鍵を下げている以上、あんまり沢山は身に着けられないので」


「鍵は他の持ち方を考えようか。首飾りの方が、私のものだという感じがするし」


そう呟いて微笑んだ凄艶さに、ネアはひやりとする。

所有欲くらいであれば、もはやご主人様は諦めて差し上げる所存だが、どうか危険な世界への扉を開くのだけは止めて欲しい。


「……………ディノ、縄を使う方向には走らないで下さいね」

「………縄が欲しいの?」

「いいえ。欲しくありません!縄がお好きなのは、アルテアさんです!!」

「アルテアには誕生日の贈り物をするつもりはないから、どうでもいいな」

「アルテアさんの誕生日はあるのですか?」

「私より後から派生しているから、生まれた日ということであれば知っているよ」


愉快そうではない返答だったので、ネアは慌てて話題を変えた。

一時間とはいえ部外者を交えてのボランティアに協力してくれたので、もうストレスをかけたくない。


「ディノの誕生日には何が欲しいですか?」

「ネアかな」

「おっと、ご主人様の自主性を殺してかかる戦法ですね。しかし、それを受け入れると私の手持ちは無くなってしまうので、他のものにして下さい」

「…………ご主人様が冷たい」


あまりにも恐ろしい提案をされて、ネアは震えた。

冷静に躾けてみたが、魔物がしょぼくれたので、背後に手を伸ばして頭を撫でてやる。

ご主人様の所有権がそちらに移れば、日々のご褒美の歯止めがかからなくなりそうで怖い。

と言うか、ご主人様が収監されてしまったら、ディノが荒ぶったときには誰が止めるのだ。


「拗ねないで下さい。私の精神を封じない方向で、何かありませんか?」

「…………ネアがいい」

「そもそも、現状でも私はディノ専用ですよ?」

「全部?」

「…………私の中では、ディノは最優先か準優先です。これはほぼ全部といってもいいのではないでしょうか?」

「二番目の時があるんだね」

「私が私を最優先することを封じられたら、流石にご主人様も反乱を起こします」



ひょいと持ち上げられ、運ばれた先で勝手に椅子になられてしまった。

まだ、外出用のケープを脱いでいなくて嵩張るので、勝手に脱がし始める。

時々、こうして甲斐甲斐しくすることで満足する面倒を見たいのであろう日があるので、今日も素直に任せてみた。

よきにはからえの心境である。


「………そしてディノ、いくら外部からは見えない仕掛けの窓とは言え、私は自室の外をアンダードレスでうろうろする趣味はありません。ドレスは脱がさないで下さいね」


返事がないので振り返ると、悪戯が見つかった犬のような固まり方をしていた。

ご主人様は玉ねぎではないので、最後まで剥いてみたくなっても止めて欲しい。

世間体というものがあるのだ。


(そして、ドレス姿でコートの魔物を椅子にしていると、視覚的難易度が……)


「ディノもコートを脱ぎましょう。ほら、一度立つので手を離して下さい」


お腹の辺りで拘束具となっていた片手を外して、膝の上からずり下りる。

立たせてやってから、コートを脱ぐのを手伝ってボタンに手をかけた。


「…………自分で脱ぐよ」


「なぜにここは恥じらうのでしょう」


魔物が慌てて逃げていったので、ネアは遠い目になった。

羞恥に頬を染めた魔物は悩ましくて綺麗だが、これでは確実にネアが加害者の構図だ。

そして逃げてゆくのは構わないが、ご主人様のドレスの背中のリボンを結び直して欲しい。



片手を彷徨わせたまま取り残されたネアは、暫くして男前に座り直すと、持ち込んだ焼き菓子を貪り始めた。

イブメリア用の高価な発泡酒もあるのだが、栓を抜く作業は魔物に任せたいので早く帰って来て欲しい。

背中が少しスースーするが、もとより背中が大きく開いたドレスにも慣れたところなのでデザインだと思えば支障はないし、こちらのドレスは縫製がしっかりしているので、上のリボンがほどけた程度では脱げ落ちないのだ。



窓の外は、ひらひらと大きな雪片が降り続けている。

風は止んだようで、ただ静かに降り続ける雪と、その向こう側に見える立派な飾り木の灯りを際立たせる雪曇りの薄暗さにうっとりと見惚れる。

ふと、飾り木の下に美しい妖精を見たような気がしたが、瞬きをすると、もうどこにもいなかった。




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