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魔術師の受難

ある日、ネアは見付けてしまった。


震える手で綺麗な蔓草模様の封筒を開くと、

明らかにそこにあってはいけないものが納められている。




「どうしよう。魔物怖い………」



よく考えれば、ネアは魔術というものをよく知らない。

誰がこの惨劇を解決してくれるだろう。


(残念ながら、エーダリア様しかいない)



婚約者でもある魔術のスペシャリストが、すぐさま思い浮かんだ。

離宮から歩けば、数分で捕獲出来る。


部屋の中にある白鳥をモチーフにした時計を確認すれば、時刻は真夜中の少し手前。

非常識なのは間違いないが、現状、まだ彼はネアの婚約者である。

あんまり会いたくないとは言え、その旨味をここで生かさないでどうするのだ。

既に厄介者と思われているので、今更の彼自身からの評価暴落は一向に気にならない。




「そう言う訳で、お邪魔しますね!」

「待て、どういう訳だ?!おい、入るな!」

「あ、あんまり騒ぐと誤解されちゃいますよ。健全かつ真っ当な理由でお邪魔してますが、エーダリア様が夜這いされてる疑惑が広まってもいけませんので、どうぞお静かに」


そう忠告した途端、エーダリアはぴたりと黙った。


やはり本質的には素直なのだろう。

分かりやすい怨嗟の表情でこちらを睨んでいる婚約者に、ネアはいそいそと近寄る。



「私の護衛達はどうした?」

「ゼノをクッキーで買収したので、問題ありません」

「問題ないのはお前だけだろう」


とうとうお前呼ばわりされるようになり、出会った頃の排他的な雰囲気が希薄になった。

邪険にはされているが距離感は近くなった気がする。


「エーダリア様、今夜はちょっと砕けた喋り方ですね。こちらの雰囲気の方が、馴れ合わない野良猫みたいで需要があると思います」

「…………要件は何だ。早く帰れ」



エーダリアは、こんな時間まで執務をしていたようだ。

とは言え、部屋着に着替えて私室の机を使っているので、個人的な調べ物かもしれない。

小難しい魔道書に地図と報告書。

ネアは、この婚約者が酷薄であると同時に働き者であることを知っている。


瑠璃紺を主体とした部屋は素晴らしく、調度品も流石離宮とは揃えが違う。



「………この部屋の色彩、ディノの瞳の色に似てますね」

「帰れ。私がお前に危害を加えない内に」


解決してもらうまで部屋に帰れない事情を思い出して、ネアは慌てて婚約者の腕を掴んだ。

魔術師にありがちな便利な移動手段で、ここから逃がすわけにはいかない。


「おい?!」

「そうでした。エーダリア様、魔術について教えて下さい」

「わかった。お前の常識のなさは不問としよう。明日にしろ」

「緊急を要するので却下です。一刻も早く、魔物に髪の毛を採取された場合の、対策と傾向を教えて下さい」


婚約者の片腕を掴んだままそう頼み込むと、彼はあからさまに動きを止めた。



「わかってくれましたか!動けなくなる程怖いですよね。私、やっぱり呪われたりするんでしょうか?」



「…………髪の毛を、採取された?」


「はい。綺麗な封筒に蒐集されていました。同じ引き出しに、私が晩餐で使ったナプキンと、手持ち無沙汰に悪戯書きを加えたメモ用紙、一昨日行方不明になった枕カバーもありました」



ぱたりと、エーダリアは自由な方の腕で手にしたままだった地図を取り落とした。

真っ青になっているので、さぞ怖い思いをしているのだろう。

一番恐ろしいのは当事者であるから、頑張って知恵を貸して欲しい。



「私、ディノはかなり特殊な気質だけれど、懐かれてはいると思って安心していたんです。嫌われていたのかと思うと、何だか悲しいですよね。でも今はとりあえず、呪いを回避…」

「………呪いではないだろう」

「じゃあ何ですか、おまじない?」

「寧ろ、どうしてお前は呪いだと思ったんだ?」


「私のいた世界では、相手の持ち物や体の一部を使い、呪い殺す魔術がとても有名だったので」


「どんな野蛮な国に住んでいたんだ。…………世界?」



あ、しまった。

ネアは鉄壁の微笑みに切り替えると、掴んだ腕にぐっと力を込めた。


「エーダリア様、これどうしましょう?私は怖がりなので、不安要素を残したまま就寝出来ません。寝台の下から爪でカリカリ床を引っ掻く真っ黒な目の怪物が現れたりしたら、どうやって撃退すればいいですか?」


「どうしてお前の想像はいやに具体的なんだ………」


「因みに眼球全てが黒一色で、虚ろな表情をした子供の姿です」

「こんな真夜中にやめないか!」

「特定の悪意があると見せかけて、実は見境なく呪い殺すので誰にも止められないんですよ」

「何故にそんな怪物と関わることがあったんだ!」

「………流行り物でしたし」


「流行り物?」



そこまで眉間の陰影を深くしなくてもと思うくらいに嫌な顔をしてから、

エーダリアは静かな溜息を吐いた。

どっと疲れたように見える。



ネアは、当たり障りなく微笑んだまま少しだけ、

こんな真夜中に誰かと話していることの不思議さを思う。

恐怖に駆られたのは勿論だが、誰かと関わり合えるという高揚もあったかもしれない。


(これが自分に好意的な相手だったりして、尚且つ、そんな人が当たり前のように周りにいる人もいるのだなぁ……)


知らないことを羨む器用さはなかったが、想像がつくようになれば羨ましくなる。

転職先の新しい魔物は、何気ないお喋りが楽しい相手にしようか。



「あの魔物はどうしたんだ?」

「今夜はいないようです。時々、ふらりといなくなりますよ」

「行き先を訊かないのか?」

「ディノは、私より高齢の自立した男性です。彼には彼の自由さが必要だし、それは私など関係のないところですから」


「………確かに、今のお前に制御など出来るものではないな。本来、お前が強い歌乞いであれば、お前のものだったのだが」


惜しいと思われている口調だった。

この世界の価値観には、かなり根強く強さと美しさが蔓延っている。

ネアには無茶なその要素が、出来ればあまり影響しない土地に移住したい。


「ごめんなさい、ディノを引き留められる資質がないと不安にさせてしまいますね。でも、彼が飽きる前に、エーダリア様が捕まえてしまえばいいんです」


「そうだな、どうしても気になるなら件の品物は全て焼き捨てろ。それで終わりだ。さぁ、部屋に戻れ」

「なんか上司が冷たい!」

「仮にもし、お前が部下としてこの部屋にいるのであれば、私はお前を裁く資格があるな」


お得意の下々を見下す冷やかな眼差しを当てられ、

ネアはおや?と首を捻る。


「エーダリア様、もしや、私を婚約者としてこの部屋に入れてくれたんですか?」

「それ以外のどこに、お前の暴挙を許せるだけの理由がある」

「でも婚約者という肩書きは、お仕事ではなくてあなた個人の心に紐付くものです。不本意なものでしょう?だからそれは、対外的な免罪符にしかならないと思っていました」



「そう思い至ることが出来るなら、私には、出来る限り個人的に関わるな。だから、女は不愉快なのだ」


(…………あらあら)


窓の外では夜半過ぎから強まった風に、庭木が揺れている。

この部屋は中庭に面していて、カーテンは開いたままだ。


(グラストさんが、エーダリア様は窓のある部屋を好むと嘆いていたっけ)


そんな我が儘すら許されない王子時代を経て、小さな自由を満喫しているのだろうと。




「いつかきっと、あなたの分かりにくいトゲトゲの心を温めてくれて、あなたの心に適う誰かが、あなたの隣に寄り添う人になりますように」




呪文のように小さく囁けば、エーダリアはぽかんとした表情でこちらを見ていた。



「……………なんだそれは」


「こんな生意気な物言いが許される、婚約者という肩書きのある今だけ限定発行の、私のせいいっぱいの祈願です。いらない心配でしょうが、現在私はディノの庇護も受けているらしいので、もしかしたら予想外の恩恵があるかもしれません」



「お前は、お人好しだという評価で己の身を守りたいのか?」


「そんな訳がありません。私は、そこまであなたに依存しませんよ。どれだけ疑心暗鬼なんでしょう」


「では、何の為にあんな言葉を切り出したんだ」


「うーん、そう言われると気分でしょうか。…………私は元々、とても自由に暮らしていました。あなたのように自由さを取り上げられず、一人でいれば自分以外の責任を負うこともない。それはとても身勝手で気楽な生き方ですが、やはり孤独でないと言えば嘘になります。だから、……そうですね、あなたはそっちに向かってしまわないように、誰かと幸せになるような暗示をかけました」



「…………どうして?」


「エーダリア様が、呪いに動揺した私と、思いがけず面倒見よくお喋りしてくれたからでしょうね。それが嬉しかったから、少し気持ちがはしゃいだんです」


「まさか、私に好意を持ったのか?」


「一過性のお節介を、勝手に好意に進化させないで下さい!今の今だって、このままエーダリア様が私の呪い問題を解決してくれなければ、おのれ、呪いよエーダリア様に飛んでいってしまえ!と考えること間違いないですし」



ぴしゃりと言い切れば、不可解にもエーダリアはショックを受けた顔になる。

下々には好かれたくないけれど、好きでもいて欲しいなんて、非常に面倒な人間だ。



「お前は、私を憎んでいるのか?」



やはり面倒臭い。

ネアは、掴んでいた手を離して深々と項垂れた。

これは捕獲だったのだが、おかしな方向に勘違いされても煩わしい。



「私の立場で、憎む程に熱烈な個人的な興味を、あなたにどう持てと」



「…………興味がない」


「あ、上司としては、交渉に応じてくれますし、努力されている姿も知っているので尊敬はしていますよ?労働環境が悪くなれば、暴れる可能性はありますがご容赦下さい」



あまり遠くに追いやり過ぎても安心してしまうので、上司としての責任は褒めて伸ばしておいた。

とは言えエーダリアはあまりにも個としての存在が強すぎる。

このまま彼の下で働いていたいかと言えば、そうでもない。



「そうか。お前にとって、私は組織なんだな」



ぽつりと、エーダリアが呟く。


そのどこか静かな諦観の言葉の後、

人間としては充分に美しい顔に、どこか嗜虐的な微笑をゆっくりと浮かべる。



「…………それでも、こうして私を頼っ」


「今夜ここに来たのは、他に“深夜でも対応可能”、“魔術の知識が豊富”、そして“魔物ではなく人間側に立って考えられる”そんな条件を揃えていたのが、エーダリア様だけだったからです。そこに、何だか甘酸っぱい、好意になるかもしれない気持ち的な輩は、未来永劫砂粒一つ程も混ざらないので、どうか安心して下さいませ。個人的には、異性としてはまったくナシです!!!」



ふふんという擬音が付きそうな微笑みで、謎に取り巻きに入れられそうになったネアは、

やや食い気味に強めの否定をかぶせた。


この手のやり取りには既視感がある。

あれだ。ディノとのやり取りにどこか似ているのだ。

しっかりしつけないと、後々に面倒になる。




「だから、呪い避けの方法だけ教えて下さい。……って、どうして寝ようとしてるんですか?!私を無視して寝室に引き籠ろうとしないで下さい!!何で泣きそうなんですか!泣きたいのこっちですからね!!!」



その夜は、これがあれば魔術師など無用であったか!と、ネアに魔道書を持ち去られそうになったエーダリアが最終的に折れ、呪い避けの高価な術符をありったけ巻き上げられた。


翌朝、主人の目線が一向に斜め下から持ちあがらないことを憂えたグラストにより、

“あの白持ちの魔物に、つれなくされましたか?”と尋ねられたエーダリアは、

丸一日部屋に立て籠もった。



結果的に警備も結界もズタボロになったその日、

ネアは意気揚々と外出して転職活動に勤しんだのだが、それはまた別のお話。


ちなみにこの夜から、ディノはネアへの貢物捜索に出ています

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