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宝石紡ぎの妖精

ネアはその日、執務終わりのヒルドを質問攻めにしていた。


「クラヴィスの儀礼用のケープの宝石なのですが、ヒルドさんの髪や羽から、色を貰って育ててくれたのですよね?」



儀式に参加するにあたり、歌乞いとしてのネアの正装をという形で発注されたケープだ。


ベースとなるのは以前にディノが集めてきた品物の中にあった水竜の毛皮であり、そこに有名な刺繍妖精が、刺繍で守護の模様を描き出してくれるらしい。

草花や星、月に太陽などの複雑な柄を、同系色の糸で刺繍してゆき、豪奢なケープになるそうだ。


そのケープに使う宝石類の内、鮮やかな色を持つのものをヒルドが育ててくれたと聞いたのである。



ヒルドが宝石を育てる妖精だとは、以前からは聞いていた。


森の中のあらゆるものから、或いは湖や木漏れ陽から色を紡ぎ、宝石に育てるのだそうだ。

今回は髪と羽、つまりヒルド本人から色を紡いだと聞き、ネアはとある事件の解決に役立たないかと思い立ってしまった。



「ええ。雨の滴の表現と、菫色の花に、青い花に葉の緑でしたからね。私にある色彩でしたので、手近なものから紡いでしまいました」


「そんな素敵なことが出来るのですね。あのケープが出来上がったら、ヒルドさんとディノに守って貰っているみたいな気持ちになると思います」


やはり事件解決の突破口になりそうだ。

うきうきとそう答えれば、ヒルドは満足げな微笑を深くする。

夕暮れの薄闇に包まれた廊下で、見事な羽が薄らと光を帯びた。


「実は、リノアールにも宝石紡ぎの妖精さんがいるようなのです。その方にお願いすれば、私の髪からも色が取れるでしょうか?」


ネアの要望に、ヒルドは眉を上げた。


「ご入り用でしたら、私が紡ぎましょうか?」

「いえ、品物として欲しいだけなので、お店の妖精さんにも作れるのだろうかと、不思議になったんです」


「リノアールにいる妖精であれば、恐らく可能でしょう。ただ、髪そのものに触れさせるより、切った毛先や抜け落ちた髪の毛を持ち込む方が良いでしょうね」


育てる宝石の大きさによっては、長時間触れますからねと補足されて、ネアは少しだけ考える。

確かに、営業時間内に一人のお客に拘束されるのは嫌だろう。


髪も随分長くなったし、前髪や毛先をカットするのもいいかもしれない。

ドレスなどを着るこちらの装いでも地味になり過ぎないよう、顔周りの髪を少し調整したいのだ。



「手渡して依頼出来るものの方がいいんですね」

「ええ。無理そうだったら、いつでも私に言って下さい」

「はい。ご教示、有難うございました」


こんなに近くに職人がいるのだが、今回はディノへの贈り物である。

ヒルドに頼むのは筋違いだろう。

そうしてネアは、早速下準備に乗り出した。



リノアールへ行く時には、ゼノーシュに付いて来て貰った。


ディノには、イブメリアの贈り物を買いに行くのでと言ってお留守番を申し付け、帰ったら椅子にしてあげるという約束でどうにか置いてくることが出来た。

丁度グラストも非番であったらしく、途中まで同行して道中にある武具店に向かう。

武具の手入れの終わり時間に合わせて、帰りもここで合流する予定だ。


ゼノーシュは少し寂しげではあったが、こちらのチームはお互いの年齢と性別を考えて、休日にもべったりということはないそうだ。

たまに一緒にお出かけして、ゼノーシュが大喜びするという構図である。



(契約の魔物は歌乞いに執着すると聞くけれど、それぞれ性格も生活も違うから、当然のことだった)


執着にも種類がある。

たまたまディノが犬なだけで、関わり方や繋がり方は様々だろう。


ただ、ディノの場合は常にべったり気味なので、時々心配になってしまう。

唯一知っているアルテアも、あまり二人で遊びに行くような関係性ではなさそうだ。

お恥ずかしながらご主人様にもあまり友達が出来ないので、似た者同士なのかもしれない。


ゼノーシュに聞いてみると、階位の高い魔物は派生してからずっと独立して生活しているので、階位の低い魔物の方が複数で群れているらしい。

ゼノーシュ自身、友達というような友達はあまりいないそうだ。



「お休みの日は何をしているのですか?」

「グラストの観察してる」

「…………それはもう、一緒に行動すればいいのでは?」

「でも、他の騎士達と飲みに行ったり、親戚と会ったりもしてるし。………お墓参りにも行くし……」


最後のところでぐっと声が低くなったので、ネアは慌てて話題を変えた。

これ以上、クッキーモンスターの闇に踏み込んではいけない。


「そう言えばゼノ、グラストさんへの贈り物は差し上げるんですか?」

「うん。最近、腰が痛くなくなったら枕が合わなくなったみたいだから、枕をあげる」

「睡眠は大事なものですので、それは物凄く喜ばれるでしょうね」

「古い枕は、誰かに貰ったみたいだから、破棄する……」


またしてもクッキーモンスターが闇を覗かせてきたので、ネアは目的の店のだいぶ前から早足になった。

リノアールの宝飾品が並ぶ通りの一番奥に、いかにも一見様お断りな雰囲気を出している宝石店がある。

シックな焦げ茶で統一された店内は、照度を落とし、硝子張りのショーケースに光が当たってきらきらと美しい。


店の奥に腰かけてこちらを見上げたのは、上品な黄緑色の羽を持った老女だった。


「いらっしゃいませ」


経年でひび割れた声だが、味があって美しい。

穏やかな黒い瞳に微笑みを返して、ネアは小さく頭を下げた。


「こちらで、宝石を紡いで下さると伺ったのですが」

「ええ。花でもドレスでも、お好きな色を紡ぎますよ」


そう答えながら妖精の目は、蜂蜜色の髪に擬態したゼノーシュに釘づけになる。

擬態したところで飛び抜けて愛らしいのは変わらないので、高位であることは隠しようがない。



勧められた椅子に座り、ネアはさすがに少しだけ躊躇してから切り出した。



「実は、私の髪の色を紡いで欲しいのです」

「髪の色ですか。はい。時々そういうご要望も受けますねぇ。勿論可能ですよ」


さらりと受け止めてくれたので、拍子抜けした。

随分と猟奇的なお客だと警戒されるかと思っていたが、よくある注文のようだ。


「お渡し出来るものの方が良いと伺ったので、昨日に散髪した髪を取っておいたのですが、そういうものでも可能でしょうか?」


「ええ助かりますねぇ、お預けいただけると作業がし易いですから」



ネアは、ハンドバックから、大き目の封筒に入れた髪を取り出した。



昨晩、家事妖精に手伝って貰い、こっそり髪を切ってある。

前髪を少しすっきりとさせ、顔周りに動きのある毛束を作れば、元々、鉢周りは短くすると緩くくりんと巻く髪質なので、印象が明るくなった。


その結果出た切り落とされた髪の毛を詰め込んできたのである程度の量があるものの、必要量がわからずに全部持ってきている。



「充分ですよ。この量なら、親指の先くらいの大きさまで紡げますね」

「男性に差し上げるものなので、あまり大き過ぎない方がいいかもしれません。こちらに展示されている赤い宝石くらいの大きさでお願いしたいです」

「であれば、色彩の純度を上げて、色に深みを出しましょうか」

「まぁ、そんなことが出来るんですね」


一通りオーダーを終え、店主が見積もり書を作りに席を立つと、ゼノーシュがそっと声をかける。


「……ネア、もしかしてこれ、ディノにあげるの?」

「ええ。ディノは現在、私のブラシから、抜け毛を収集する困った癖があります。これを渡して、是非に止めてもらいたいのです」

「…………そこまで行くと、止められるかなぁ」

「止めなければいけない案件だと思っています」


ネアが両手を握って宣言すると、ゼノーシュは少し不安そうにした後に小さく頷いてくれた。



戻ってきた店主の妖精と、包装にまつわる追加の要項を話し合い、宝石を入れるケースは、月光の結晶石のものにした。

オーロラの結晶もあるそうだが、さすがにそれは予算オーバーだ。

白に近い色彩で幾つかサンプルを出してもらったが、月光が最もディノの色彩に近かった。

艶消しの白の一角獣の骨も綺麗だったが、やはり骨というところがネックになった。

白に拘らなければ、雨だれの結晶など、思わず自分買いしてしまいそうな美しさだ。



「ではその日に引き取りに伺いますね」

「午前中までには、お受け取り出来るようにしておきますよ」


手付金を渡して領収書と見積書を貰い立ち上がると、宝石紡ぎの妖精は店の入り口まで送ってくれた。

年輪のような皺が美しい顔を綻ばせて、頷いてくれる。


「それでは、どうぞ宜しくお願いいたします」

「はい。最高のものに仕上げさせていただきますよ。楽しみにしていて下さいね」


暗めの照明で宝石の展示を際立たせていた店内から出ると、リノアールの中が随分と明るく感じた。



「宝石を育てていただくのは、とても大変なのですね。ヒルドさんからケープ用の宝石を沢山貰ってしまったのですが、金額に換算したらとんでもないことになるのでは……」


今回ネアが支払ったのは、歌乞いとしての半月分の給金に相当する。

見積もりの段階から感じていた不安を思わず口にすると、ゼノーシュが小さく首を傾げた。

お客だろうかと通路側まで出てきた店員の一人が、その仕草を見て思わず口元を手で覆ってしまう。

殺人的な可愛らしさなので、彼女の気持ちは良くわかる。


「本人が好きでやってるみたいだから、気にしないでいいと思うよ。それに、ヒルドはシーだから、宝石を育てるのも早いみたいだし」


「………そうか、個人の処理能力の差というものもありましたか」

「それ以前に、ものすごく喜んで作ってそうだしね」

「成程、ヒルドさんは宝石作りがお好きなのですね」


ネアの結論に、なぜかゼノーシュはどうだろうという表情になったが、ディノもその宝石作りに参戦した際のことを思い出して、ネアは得心した。


ケープに使う宝石をヒルドが育ててくれたことを報告したら、あの魔物は、数時間で山ほどの白い宝石や見事な真珠を抱えて戻ってきたのだ。

無駄に競争心が掻き立てられたというよりも、途中で楽しくなってしまったらしく、本人も作り過ぎたという表情だった。


巣作りにも長けているぐらいなのだから、物作りそのものが好きなのかもしれない。

そう思っていたが、案外宝石を育てる作業は楽しいのだろうか。



(どんな宝石になるのかしら)



まだ見ぬ宝石を思う。

決して安い買い物ではなかったが、ここまで重要なお役目を持つ宝石なのだから気にするまい。

封筒に抜け毛を溜めこむくらいなら、宝石の方がきっと喜んでくれるだろう。

もし、抜け毛の蒐集が習性に近いものであったとしても、出来上がった宝石を盾にしてやめさせるしかない。


(………もう少し、もう少しの辛抱だから)


収集されていることを知ってからは、抜け毛を放置しないようにかなり用心している。

それでも、共用しているブラシを見て残念そうにしている魔物を見ると、何とも言えない気持ちになった。

そんな厳戒態勢の中でも着々と増やされているので、あれは一体どこから拾い集めてくるのかと恐怖しかない。



(イブメリアが早く来ますように)



祈るような気持ちで、そう思った。




「さて、お付き合いいただいたので、ゼノの好きなクッキーを買って帰りましょう。お強請りして下さいね!」


「……食べる」


ほんわりと微笑みを深めたクッキーモンスターを従え、ネアはリノアールの菓子売り場を急襲した。








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