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真夜中の施策



真夜中に目が覚めた。

気配を辿れば、王宮の門の外に魔物の気配が幾つかある。

伯爵位かと考えて、特に危機感は抱かなかった。


この領主館にいる妖精でも、充分に対処出来る範囲だろう。

人間が持ち得る最高位の魔物として、伯爵位は一般的な階位ですらある。


だが、その時にふと、以前にネアが話していたことを思い出した。

誰かを守る為に切り出す力は幸せなものだと、そんな風に彼女は話していて、それはどのようなものだろうかと考えていたことを思い出したのだ。


視線を横に移せば、同じ寝台の上に行儀よく眠っているネアの姿がある。

時々寝惚けると暴れるが、そうでないときの彼女は人形のように滾々と眠る。

その顔が彼女の髪の毛で覆われてしまっているのは、寝入りばなに色々手を出したところ、髪の毛で覆われてしまったからだ。

まさか、そのまま姿勢を変えずに眠っているとは思わなかった。


手を伸ばして、髪の毛を掻き分けてやり気持ちよさそうに眠っている顔を剥き出しにする。

指先を少しだけ頬に添えておくと、その温度に歓びが募るのは、こんなに近く、こんな風に当たり前のように傍に居るのが、たった一つだけ欲したものだからだろう。


彼女の言うように、それでなければならないものがあるとしたら、

それはネア自身に他ならなかった。

この世界のことはもう充分に知っている。

その他のものでは駄目なのだ。


(…………ネアが話していたように、何かを守ってみようか)



だから、そんな気紛れをおこしてみる。

妖精が応対すれば、苦戦はするだろうし、怪我を負うこともあるだろう。

とは言え戦線を崩さない程度であれば、本来こちらが手を出すようなものではない。

でも、もしそれが幸福なものなら、試してみようかと思ったのだ。


少しだけ思案して、こちらで招き入れても、外の伯爵位に気付かれない階位の番犬を選択する。

ガゼットの一件があってから、守りのある場所であってもネアから目を離すのが嫌になっていた。


あの時、微かな動揺の気配を感じて振り返ってみれば、もうネアの姿はどこにもなかった。

彼女自身が失われたわけではないことは最初からわかっていたし、指輪で繋いだ様々なものから、すぐに隣りに下り立つことも可能だった。


もしもその行為が彼女を損なうようなものでなければ、国が滅びようがどうしようが、すぐさま取り戻しに行っただろう。


あんな風にこの手から失われる時間があるなど、到底耐えられない。

もう二度とあんな思いはしたくない。


(ネアが知っている者の方がいいだろうな)


幸い、ウィームの内部にアルテアの気配があったので、何の前触れもなく強引に手繰り寄せる。



「………何の用だ?」


唐突に部屋に呼び落とされたアルテアは、手に万年筆を持ったままなので、書き物の途中だったのだろうか。

嫌そうな顔をしているが、案の定取り乱すこともない。

強引に肩を引かれた段階で気配を絶つ周到さは、やはり公爵位の中でも高階位の者にしか出来ないことだ。


「少しの間だけ、番犬を頼むよ。レイラの時の二の舞は嫌だからね」

「出かけるのか?」

「いや、門の外に少し興味が湧いたからね」


口にした言葉に意表を突かれたように、アルテアが目を見開いた。


「お前が出るのか?……伯爵位で?現在のリーエンベルクの兵力なら、問題ない範疇だろう。曰くでもあるのか?」

「特に何もないよ。ただ、試してみるだけだからね」

「………試すねぇ」

「この子を起こさないようにね」


シーツに残された温もりが名残惜しくなったが、そう言い残して部屋を出た。


明かりを落した王宮の回廊は暗くひんやりとしている。

王宮というものの性質上完全に明かりを落すことはないが、高位の魔術に守られたこのリーエンベルクは、その他の王宮に比べて格段に暗い方だろう。

照度を落すぐらいでは警備をおろそかにしないという自信があるからこそ、この暗さなのだ。



「あれっ?珍しいね。ネアちゃんが何か言ってくれた?」


建物の外に出ると、雪を這わせた噴水の彫刻の上に、銀の弓矢をつがえた妖精が座っていた。

どうしていつもドレス姿なのかはよくわからないけれど、人間の文化圏で派生した妖精の中では、最も高位なものの一人だと聞いている。

実際、伯爵位の魔物と対等にやり合えるくらいには、この妖精は魔術にも長けているのだ。



「そうではないのだけれど、少し試してみようと思って」

「へぇ、よっぽどえげつない術式か何か?」

「守るということを、かな」


そう答えると、妖精は体をのけぞらせて歯を見せて笑った。

鏃の先だけは、門の外に向けられたまま揺らがないのだから、弓の腕も相当なものなのだろう。



「あの青い髪の魔物の後ろに、魔術師がいるのがわかる?あいつは喋れる状態で残してよ。どんな理由でここを襲撃したのか知りたいからさ。ないとは思うけど、ネアちゃん目当てってこともあるしね」

「ただ喋れればいいのかい?」

「そ。こちらの知りたいことに対して、喋れればいい」

「ではそうしよう」


魔術の道から姿を現して、なぜか高圧的な表情を浮かべていた彼等の前に出ると、先頭に立った青い髪の魔物の表情が呆れるくらいに虚ろになった。


崩れ落ちてから雪の積もった地面に平伏するように這いつくばっている魔物を見ながら、何だか当初の目的とは違う流れになってしまったなと眉を顰める。

戦って排除するということを試すのであれば、擬態してくれば良かっただろうか。


逃げることもせずにただ呆けたように立ち尽くしている他の魔物達や魔術師を見て、どうしたものかなと困っていたら、ダリルが意気揚々とこちらに歩いてきた。


「精神圧だけで駄目だったかぁ。もう面倒臭くなっちゃったでしょ。後はこちらでやるから大丈夫だよ。こんなに簡単に虫を捕まえられるなんて、すごく助かったよ」

「奥の魔物は生きているかな」

「ありゃ、精神圧だけで死ぬの?繊細だなぁ。まぁでも、珍しく殺気めいたもの出したものね。いい実験にはなったんじゃない?威圧し過ぎるとあの階位は死んじゃうんだってさ」

「実験ね……」


王宮の中に入ると、中央の玄関ホールに立っていたエーダリアが頭を下げた。

この時間でも魔術師としての正装でいることから、ダリルの後方支援をするつもりだったのだろう。


「お力添えいただき、大変助かりました」

「一人は死んでしまったけど、残りはあの妖精が持って帰ってくると思うよ。したいことがあったのだけれど、思っていたのとは違ったかな」

「顔見知りの魔物だったのですか?」

「もっと戦ったりするのかと思ったんだよ」


そう言えば、エーダリアは困惑を強くした。

別に彼に理解してもらう必要はないので、特に返事も待たずに部屋に戻ることにする。

そう言えば、彼はネアがいないときは随分と堅苦しい話し方をするなと、ぼんやり考えた。


来た時と同じ薄暗い回廊を歩く。


ネアはまだ眠っているだろう。

ひっそりとこの出来事を噛み締めるにはさしたる喜びはないのだが、彼女が危機に瀕していたわけでもないのだから、当然のことなのかもしれなかった。



「アルテア、何をしてるんだろう?」


しかし、部屋に帰ると、アルテアは、どうやら余計なことをしていたらしい。

見た通りならばネアを起こそうとしていたし、いつの間にか巣が平面になっている。


「…………いや、……その巣とやらを片付けたのは善意だ。まさかお前の寝台だとは思わないだろう!洗濯物を放置して積み上げているのかと思ったんだ」

「君に任せたのは番犬だけで、模様替えは頼んでいなかった筈だけど」

「事前に断りなく呼び落とされた分、これで双方痛み分けでいいだろ」

「君と私が?」

「なんでそこで、意味が分からないって顔をするんだよ……」


うんざりと顔をしかめたアルテアに眉を顰めていたら、唐突にネアが起き上がった。

あまりにも垂直に起き上ったので、ひやりとする。

この起き方をする場合は寝惚けていることが多く、手当たり次第に狩りをしてしまうと、ネアは私ではなくてアルテアを捕獲しかねない。


「ネア?」


慌てて側に行って肩に手をかけると、思っていたよりはっきりとした眼差しに出会った。

寝惚けているというよりは、目が覚めてしまったというところだろう。


「ディノ、……どこかにお出かけしていたのですか?」


こちらを見上げる瞳には、微かな不安があって今更ながらにはっとした。


ガゼットで再会したときのネアは、泣き出しそうになっていた。

強くこの体にしがみついて、ひと時も離れようとしなかった。


(…………ああ、そうか)


少しだけわかった気がする。

今夜、こうして自分らしくない選択をした理由はきっと、その時の喜びを覚えているからだ。

こうして側に居ることが当たり前の日常として馴染み直すと、その時の感情が再び恋しくなってしまったのだろう。

瞳に涙を浮かべてこちらに走ってきて、花が咲くように微笑んだネアはとても可愛かった。

だから、ネアにまた安心していて欲しかったのだ。



「外に、あまり良くない魔物がいたからね」


そう答えれば、ネアはまた、鳩羽色の綺麗な瞳を瞬かせる。


「その魔物さんはどうしたのですか?ディノが退治してくれたのですか」

「偶然一人は死んでしまったけれど、後は動けなくなっていたから、ダリルに任せてきたよ」


そう口にしてから少し焦った。

ネアは、魔物を壊すことにあまり肯定的ではない。

小さな妖精や魔物は差別なく狩っていたりもするので、人型のものを殺すのが駄目なのだろうか。

今回の魔物はその人型であったので、少し不安になった。


「………壊したことを怒るかい?」

「ダリルさんもいたということは、襲撃のようなものだったのでしょうか」

「そのようだね。捕まえた魔術師から、色々聞き出すみたいだ」

「であれば、その魔物さんを壊してしまったことについては不問とします。害意ある襲撃の相手ですから、過剰防衛でない限りは怒りません」


そこで、手招きされたので隣りに座ると、ネアは体を伸び上がらせて頭を撫でてくれる。

特に何もしていないのに急にご褒美を渡されて、ひどく驚いた。


「………ネア?」

「きっと、エーダリア様達はとても心強かったでしょう。ディノがとても良いことをしたので、ご褒美です。夜中に働いてくれましたので、明日の朝は朝寝坊しても構いませんよ?」

「………いいこと?」

「ええ。前にも話した通り、ここはとても小さな、私の大事な世界です。私の世界を助けてくれて有難う、ディノ。でも、怪我はしていませんか?」


もっと撫でてほしくて頭を掌に擦り付けると、ネアは微笑んで両手で撫でてくれた。


「立っていただけだから、怪我はしていないよ」

「良かったです!怪我をしてでも仲間を助けなくてはいけない場面もありますが、私は出来ればディノに怪我をして欲しくありませんので、どうか無茶だけはしないで下さいね」


また撫でられて幸福な気持ちになった。

そうか、こんなことでもいいのかと、得心して不思議に思う。

こんなことでも君は微笑んでくれるのか。


「万事解決したようだし、俺は帰るぞ」

「アルテア、巣を元通りにしておくように」

「はぁ?!元の形状なんざ、覚えていないぞ?」

「等価値の取引は出来ないよ。元通りにね」

「……………ディノ、アルテアさんがお部屋にいると、おちおち寝てもいられません。真夜中ですので、早々に追い出して下さい」

「わかった!」


すぐさまアルテアを追い出し、毛布をめくってくれたネアの隣に滑り込む。

ネア曰くこれはお泊り会なので、あまり触ると怒るだろうし、近付き過ぎないようにした。

もう少し近くてもいいと考えながら、せめて髪の毛はそちら側に流すことにする。


「ディノ、髪の毛を私の下に敷いてしまいそうです。引っ張られると痛いですし、危ないですよ」

「敷いて欲しい」

「………また新しい手法を取り入れましたね」

「巣がなくなったから、また明日もお泊り会だね」

「…………先程は、逃がしてあげてしまいましたが、私の大事な魔物の生活環境を脅かしたとして、次に会った時には報復しておきます」


暫く話していたが、やがてネアが眠ってしまったのでそろりと体を起こした。

覆いかぶさるようにして頬に手をあててみたが、寝惚ける気配はない。

やはり、本人が最終形態と言うだけあり、常日頃から発動するわけではないようだ。


少しがっかりしたので、そのままネアの肩口に顔を埋めた。

甘い果実と花の香りは、二人で使っている入浴剤のもの。

重みを感じたのか、なぜかネアは落石がと呟いている。



ぴったりと体が寄り添うと心から幸せな気持ちになって、目を閉じた。






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