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茹で肉の魔物と付け合せ妖精



ウィームにはとある伝統料理がある。

ブイヨンで柔らかく煮込んだ上等な牛肉をどすんと配置し、そこに様々なソースを付け合せていただく宮廷料理だ。

伝統的な宮廷料理なので、ネアも既に何度かお目にかかったが、正直相当な量が各自に与えられる。


更に残念なことに、玉ねぎとほうれん草の塩味のソースと、サワークリームと林檎と玉ねぎの甘めのソースが一般的で、旅半ばで味にも飽きて力尽きる者が多い、高級料理だ。


故に、力尽きる者達は皆、様々な思いと共に高価なお肉に別れを告げる。

あまりにも無念の思いが凝り過ぎて、茹で肉の魔物は生まれたらしい。




「茹で肉の魔物ですか……」



初めて見る魔物に、ネアは興味津々になる。

ディノが一緒だと浮気疑惑でおちおち観察も出来ないが、今日は自由に見てつつける。


ひゅっとフォークの先を向けられると、小粒のジャガイモ大の生き物が、ふしゃーと声を荒げた。



「……………こやつは、私に戦いを挑むつもりでしょうか」


ネアがそう冷笑するのは、お皿の前に立ち塞がっている茹で肉の魔物が、小さな体の毛を逆立てて必死にこちらを威嚇しているからだ。


「小さいからと言って侮らない方がいい。これは、それなりに厄介な魔物だから」

「厄介なのですか?」


そう説明してくれたウィリアムに、ネアは訝しげに首を傾げる。

確実に信じていない顔なので、ウィリアムは苦笑して説明を続けた。


「噛み付いた相手の肉を喰らう魔物だよ。おまけに触れた時に腐食液を出すから、時々人間の子供は食べられてしまう。余程、込み入った感情から生まれたんだろう」

「付け合わせの妖精が近くにいれば、まだ大人しいんだがな」

「……付け合わせの妖精とは……」



小さな魔物を気にせずに食事を進めているアルテアは、綺麗な瞳をちかりと光らせて微笑む。


本日の装いは黒にも見える深い葡萄酒色のスリーピースで、クラヴァットの巻き方を少し工夫して抜け感を出している。

シャツは上着を脱いだ袖口から見えるボタンの配置などからかなり手の込んだ作りの高級品のようだが、光沢のない綿素材で光の加減で薄く色味を変えた白のストライプが見える生地だ。


夜会などでも充分に着こなせる天鵞絨のスリーピースが、このシャツとの組み合わせでぐっとカジュアルになるのだから、相変わらずの洒落者である。

なお、髪色はそのままだと大騒ぎになるので勿論黒髪に擬態しており、ウィリアムも先日と同じ栗色に変えていた。



「その魔物を下僕とする妖精だ。緑色の草みたいな何の価値もない妖精だが、茹で肉の魔物にだけは有効ときている」


ネアはその説明を最後まで聞き、二人の魔物が止めるより前に、片手で茹で肉の魔物をぺいっと床に捨てた。


この茹で肉を残すつもりはないので、肉の手前で威嚇する小動物はとても邪魔である。

それ以外の感想はないと結論付けたのだ。


毛並みがタワシのようであることも興味をなくした一因である。

撫でる用途すらないではないか。



「食事中のテーブルに四つ足で上がるとは、何て無作法者でしょう」


手を上げて、店員に幾つかの調味料を注文すると、店員は皿の上の料理を見て、少し笑って頷いた。


「……ネア、手は大丈夫か?」

「ええ、問題ありません。私がこのような毛玉に負ける筈もないのです」

「………毛玉」


そう呟いたウィリアムが覗いたテーブルの下では、茶色い毛玉が小刻みに震えている。

牙と毒で人間達を脅かしていた魔物は今、理由のない暴力にとても怯えていた。


登場してからひと唸りするまでが、この魔物の定型だ。

誰も定番の挨拶を遮ることはなかったので、噛み付いてもいないのに強打されるとは思わなかったのだろう。


そうこうしている内に、店員が頼まれた調味料を持ってきてくれた。


「唐辛子と、それは何だ?」

「お魚を発酵させて作った、塩辛い調味料ですよ。このお肉は、ソースの味がもったりするから飽きるんです。辛味にこれを足すと、いつまでも食べれる素敵な味に変わりますよ」


店にこの調味料があると他の料理で知ったので、ネアはこの肉料理を頼んだのだった。

余分な味付けがない分、即席でエスニック化するのでとても素晴らしい。


茹で肉の魔物の処遇よりも、アルテアは新しい味覚に興味があるらしい。

店員が持ってきた調味料を粉末唐辛子と合わせ、肉をつけて食べているネアをじっと見ている。



「……食べたいなら、ご自身で作って下さい」


ひょいとネアの小皿にアルテアの肉をつけられて、自分の皿は誰にも渡さない主義のネアは眉を顰めた。


「美味いな。もう一味足せそうだが」

「すり下ろした大蒜があると良いです。あまりにも別のお料理になるので、さすがにお店では頼めませんが」

「……俺もやってみようかな」


ウィリアムも興味を持ち、こちらは正しく自分の小皿に新規ソースを作成している。

つけて食べた後にぱっと目を瞠ったので、美味しかったようだ。



「この調味料はいいな。辛味だと、サラムの祖国には色々と調味料があるし」

「ウィリアムさん!私はスパイスに貪欲です。美味しいものがあったら教えて下さい。お給金を注ぎ込みます」

「今度幾つか持って来ようか」

「神様!」

「……お前、俺とウィリアムの扱い方が違くないか?」

「人望という言葉をご存知でしょうか」

「唱歌で魔物を殺せる歌乞いに言われたくない」

「懐かしいようであれば、アルテアさんにだけご披露して差し上げましょう」

「やめろ」



話しながらネアは、ウィリアムが出会ったばかりのつけダレを、他の料理にも汎用していることに気付いた。

気に入るとハマるタイプのようだが、あの魚には素敵な香草ソースがあるので是非そちらを使って欲しい。


「そう言えば、ディノには好きな食べ物などはあるのでしょうか?」

「シルハーンに?」

「あいつは、拘りなんてないだろ」

「ほうら、アルテアさんですよ!」

「やめろ!茹で肉の魔物をこっちに転がすな!」


ネアの爪先でそちらに追いやられた茹で肉の魔物は、縋り付いたのが高位の魔物の足だと気付いて昏倒した。


「うーん、汁っぽいものが好きかもしれないな。グヤーシュとかシチューとか、あまり冒険はしてなかった筈だ」

「まぁ。だから旅先でもグヤーシュ大好きっ子なんですね」

「シルハーンが好き嫌いでも?」

「いいえ。ただ、何でも私を優先して分け与えようとするので、本当の好物があれば取らないでいてあげようと思いまして」

「優先させるのが嬉しいんだろう。甘えてあげた方がいいんじゃないか?」

「………その場合、どう甘えたら嬉しいのでしょう?傍若無人にはなれますが、甘え方は難しいです」

「変態に正しい甘え方はあるのか?」

「アルテアさんもご経験者ですものね」

「俺のは工夫の範疇だ。本物と一緒にするな」

「ウィリアムさん、………この方は、少しばかり必死過ぎませんか?」

「そうだな。……アルテア、もしかして思ってたより深刻に踏み込んでいるんですか?」

「ウィリアム……」



今夜は、先日の心の傷をまだ癒しきれていない者達の定例会だった。

かつて死地を共にした三人は、定期的に万象の魔物の運用方法を模索する会を開催することを決定している。

多分、アルビクロムで失ったものに相応しい成果を得るまでは、当分続きそうだ。



とは言え、あまりディノに留守番ばかりを強いると毛布妖怪になってしまうので、そこは、ウィリアムが上手く調整をかけてくれた。



「そう言えば、今回の定例会の開催理由はどのようなものなのでしょう?」

「これだ。持って帰ってシルハーンに頼んでみるといい」

「む。これは何ですか………?」

「魔術仕掛けの天体鏡だよ。魔術がないと見れないものだから、また普通の風景とは違う。星屑の雨が降るから、傘を忘れないように」

「そんな素敵なお道具があるのですね!有難うございます、ウィリアムさん」


この定例会は、表向き、ディノへのお土産や、サプライズを持ち帰る為の作戦会議と銘打たれていた。

その効用として、一般的な楽しみを与えて心を健やかにし、厄介な趣味から引き離していこうという趣旨である。



多分。



実際のところはよく分からない。

彼等が、実はただ単純に食事会を楽しんでいるだけなのか、本当にあの夜が三人を死地を共に越えた同志にしてくれたのか。



でもどこかで、ネアは、この二人が大切な魔物を案じてくれる輪になればいいと考えている。


今のリーエンベルクにあるのは、有体に言えばネアの輪だ。

だからいつか、ディノの側で魔物のその事情や事件に関わることがあった時に、彼等と繋がりを持っていることが何かの救いになればいい。



(そして、この困った魔物を歯止めする為の解決策を、誰か早く見つけて欲しい……)



「ネア、今日はどのリボンでもいいよ」

「それは言い直すと、髪の毛を結んで欲しいのですね?」

「三つ編みにしたいかい?」

「はいはい、三つ編みですね。それと、巣の中からそれをご所望と言うことは、引っ張り出す儀式も必要なのでしょうか……」

「最近のネアは、寝台に入れてくれなくなったし」

「ディノが戦闘行為をおねだりするからです。あれは最終形態なのでむやみに望んではいけないと言ったのに」

「最近、ウィリアム達と仲良しだしね」

「ウィリアムさんは今や、私の戦友でもあるので、ああいう方が、ディノの友達でいてくれると嬉しいです」

「……戦友。……アルテアもかい?」

「昨晩は、不適切な発言をされたので、アルテアさんの帽子の中に、茹で肉の魔物を放り込んでおきました。頭髪を毟られれば良いのです」

「アルテアが、君に何かを言ったのかい?」


ご主人様は甘やかされるのもやぶさかではないので、伸ばされた手に捕まえられてやり、巣にいる魔物の腕の中に収まる。

傍目から見れば、毛布妖怪に捕食されたようだろう。


しかし、お酒の席での暴言を告げ口するのも可哀想なので、ネアは微笑んで首を振った。


「アルテアさんが失言されるのは、もはや定型ですね。でもそのような気質の魔物さんですし、私はしっかり報復出来る大人ですので、特に感じるところはありません」

「悪いご主人様だね。秘密は良くないよ」

「ちゃっかりと椅子になってる魔物も悪い魔物ではないでしょうか?」

「………ご主人様」



朝の淡い光の中でしょんぼりした魔物が綺麗だったので、ネアはふと、息を詰めた。

睫毛の影も見えそうな距離で目を伏せると、くしゃくしゃになった真珠色の髪に散らばる虹の光沢が深くなる。


こうして時々、目を奪われるから心臓に悪い。

ぼうっとしている間に、渡すはずのないものまで手渡してしまいそうになるから。



「……アルテアさんは、ムグリスが私に似ていると言うのです」

「………ムグリス?」

「あのふくふくの、丸い妖精が私に似ていると。淑女に向けていい言葉ではないので、ウエストを掴ませて、きちんと括れていることを認識させてやりました。そして報復です!」

「……ネア、確認させるのはやめようか」

「本当は、あの茹で肉の魔物は、お土産に持って帰って来て、ディノにも見せてあげようと思っていたのですよ。しかし、報復に使ってしまいました………」

「………茹で肉の魔物は、見なくてもいいかな。それと、ムグリスに似ていると思ったのは、色合いが似ているからではないのかい?」

「あら。ウィリアムさんが、ディノは茹で肉の魔物なんて見たことがないだろうと仰っていたのですが、会ったことがありましたか?」

「ずっと会わなくてもいいかなと思ってるよ。それと、もう二度とアルテアに腰を掴ませないようにね」

「私の腰が括れていたことに驚きを隠せなかったのか、頭を抱えていました。不当な評価を覆せて、少し晴れやかな気持ちです。……ディノ?…………っ!!」


おもむろに腰を掴まれて、驚いたネアはその両手を叩き落としてしまった。

あまりの反応に、ディノは綺麗な目を瞠って、呆然とこちらを見ている。


「ディノ、ごめんなさい。条件反射で排除してしまいました」

「何それ、可愛い」

「………しまった、ご褒美だった」



ネアはがっくりと肩を落とした。

次の定例会が早くも待ち遠しいので、早めに日程を確定して貰おう。







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