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書架妖精と魔物達


「あのさ、何でここに来て巻き込むわけ?」


その日、ダリルがそう口にしたのには立派な理由がある。

目の前には、厄介な心の傷に対する見解と治療を説いた学術本を読む、一人の魔物がいた。

ウィームに屋敷を構えているので以前より見知ってはいるが、ヴェルクレアの統括になってから、何かと顔を合わせている困った魔物だ。


「まさかの逸材が近くにいたんだ。それは使うだろ」

「アルテアは暇なんだね」

「ふざけるな。これ以上巻き込まれるのは御免だからな」

「だったら抵抗すればいいんじゃないの?だって、アルテアは高位の魔物じゃん」

「ウィリアムの方が、俺より階位が上だ。本気で来られると、さすがに手が出ない」

「この世界を欲しいままに出来そうな二人が、どうしてそんなところで本気を出すかな」



ダリルは半眼になって、行儀悪く書架に寄りかかり本を読んでいるアルテアを眺める。


美しい魔物だ。

あのディノとはまた違う、悪意の質の白とでもいえばいいのだろうか。

ディノは絶対性の白であり、ウィリアムは結末の白。

そして、ここまで大きなものを司りながら、全員が全員、様子がおかしいのは流石にどうだろう。


(と言うか、エーダリアって結構豪運なんだよなぁ)


ヒルド然り、グラストと彼の契約の公爵の魔物然り。

ましてやネアに至っては、彼女を押さえておけばこの国だって手に入るだろう。

魔物達はお気に入りの人間の為なら、その上司に国くらい与えてくれそうだ。



(うん。いざとなったら、ネアちゃん頼ろうっと)


そう考えると、何だか未来は明るい気がする。



「ほらほら、こっちが事故性の心の傷のやつだよ。それにしても、本気で原因わからないの?仮にも、あんた達の王様でしょ?」

「俺達は爵位持ちであれば、それぞれが王だ。余計な介入も接触もしない」

「個人的には、この問題よりもレイラを捕まえて欲しいんだけど」

「知らん。祝祭がやりたきゃ、お前達でどうにかしろよ」

「アルテアの責任もあると思うけどなぁ。ディノはネアちゃんを困らせたって言って、絶対に関わらないそうだし、ゼノーシュは別件で忙しいしね。ヒルドは優秀な狩人だけど、さすがにこの世界のどこに隠れたかわからない高位の魔物はねぇ……」


うっかり、途中から愚痴になってしまった。


これでも、その結果エーダリアの代理妖精として多忙なのだが、ダリルは仕事は短期決戦で片付けて、どんな繁忙期にも自分の時間を死守することを徹底している。

その為に、現存する全ての書は諳んじれるくらいに記憶しているし、国内の動きは常に把握している。

厄介な貴族達は、最初に籠絡してから思い思いの方向に転がせば良い。


それなのに、最近この魔物に時間を取られている。



「この研究者は何処にいる?」

「ああ、その先生は一昨年亡くなってるよ。人間の研究者じゃなくて、妖精の方を当たれば?」

「赤羽の妖精は、当分見たくない」

「みんなしてそう言うからさ、アルビクロムの舞台見て来たんだよね」


そう言うと、アルテアは静かな驚愕の眼差しをこちらに向けた。


「あの程度、そんなに大騒ぎする程?もっと激しいやつ、幾らでもあるよ。この前にね、弱味を握って更迭してやった伯爵なんかさ…」


その後、嬉々としてその個性的な趣味を教えてやれば、仮面の魔物は途中からこちらを見なくなった。


「……快楽なんぞいくらでもあるだろうが。もっと欲に潜らずに、どうしてそこまで悪化させたんだ?」

「さぁ?でも、恋愛対象が橋って、実際の行為はどうしてんだろ」

「やめろ、想像させるな」

「でもほら、人形としか恋愛出来ない変態は結構一定数がいるから、その亜種だよね」

「狂気的だな……」

「そもそもさ、もう本人に聞けばいいんじゃない?何をすれば悦びになって、ご主人様にどうして欲しいのか。ネアちゃんて結構天然だし、さらっと指示すればやってあげそうでしょ」

「…………顔見知りの奇行を、具体的に知りたいと思うか?」

「え、面白いじゃん」

「じゃあお前がやればいいだろう。仮にも、お前の主人の部下だ。大体、どうして俺が緩衝材にならなきゃいけないんだ」

「やなこった。何でこんな楽しい余興を、自分の手で終わらせるのさ。………魔物って、案外お人好しなのかもね」


そう笑ってひらひらと手を振ると、若干の殺意すら向けられたが、適当に流しておく。

いざとなったらネアを呼べばいいのだ。

漏れなくこの魔物の王も付いてくる。


「ほら、お友達が来たよ?」


その声にアルテアがそちらを向くと、贅沢なことに、また最高位の白持ちの魔物が立っている。


何やらくたびれた様子で、憤然たる面持ちでアルテアを見ていた。

ぱっと見、穏やかに微笑んでいるだけに見せるのが凄い。

これはやはり相当な逸材だ。


「……アルテア。よくも俺にあの妖精を送り付けましたね」

「専門家が欲しかったんだろ。この前の楽しい夜の謝礼だ。奮発してやったんだから感謝しろよ」

「お陰で、使わなくてもいい力を切り出す羽目になりましたよ。何度も言いますが、あなたと違って俺はそちらの趣味はない」

「ってことは殺したな。あの妖精の記憶によると、お前はそれなりに楽しくネアを縛ってたみたいだが?」

「その記憶は消した筈でしたが?」

「俺の魔術は、掘り起こしが得意でな」

「……あれは、講義に耐えようとした結果です。あなたこそ、あの店では、彼女が舞台を見る反応を喜んでいたでしょう」



何があったのかはさて置き、有効な弱味をこんな無防備に差し出してくる魔物に感謝する。


(それにしても、ネアちゃんてかなり危ない橋渡ってるんだね……)



「どっちも楽しく一緒に遊んだ自慢はわかったけど、あの子にあんまり無理させないでやってよ。まだ、無垢なんだろうし」



常識人としての忠告をしてやったのに、なぜか二人の魔物は呆れた目をこちらに向けた。


「いや、済ませてるだろ」

「さすがにそこまで未踏破ではないだろう」



(………あ、馬鹿なのかな)


ダリルは思い切り妖艶な、かつ冷やかな侮蔑の微笑みを浮かべた。


「悪いけど、あの二人の共寝は、本当に兄妹みたいな雑魚寝だからね。って言うか、ネアちゃんの寝台への入場許可は、犬を寝台に上げるのと同じ感覚だからね?」



びしりと指を突き付けてそう言ってやると、魔物達の顔色が面白いくらいに変わる。



「………は?おい、あいつ等がいつから一緒に寝てると思ってるんだ……。散々自慢されてきたぞ?」

「いや、あの段階にあってまだだなんて……」

「犬だから。おわかり?寝台に犬を入れてあげているだけだから!」


驚愕からより深い同情の眼差しへと変換されてゆく二人の顔を見ながら、ダリルは少しだけ思案する。

出会ってからの期間を考えれば、あの白い魔物は上手く浸食していると思うのがダリルの評価だ。

恐らく、ディノはある程度計算して丁寧に彼女を攻略している。

あまりにも不慣れな一面が混在するので、周囲には無自覚だと思われているけれど。


「………おいおい、……………可哀想な奴だな」

「待ってくれ、………じゃあ、そんな子を、俺は……」


最終的に、一人は同情に、一人は蒼白に落ち着いた。

頭を抱えたのは縛った方だけど、もう一人も少し反省した方がいい。


「それにしても、未経験にしては達観してないか?」

「いや、君達の王様が犬扱いなだけだと思うよ。余所ではきちんと恋愛経験積んでるでしょ」

「待ってくれ。寧ろその方が、俺達的にはまずい」

「こっち来てからじゃなくてね。あの子、愛し子だし」

「ああ、それなら。……ん、いいのか?」


そう呟きながら、ウィリアムはふと何かを思い出したように一度頷いた。

こういう動作には勘が働く。



「さては、お相手を知ってるねぇ」

「……どうだろうな」

「言えよ。そろそろ、こっちにも旨みのある情報を落とせ」

「俺との個人的な話を、ここで共有するつもりはないな。それに、何で彼女の個人情報があなたの旨味になるんですか」


これは的確な切り返しだったらしく、アルテアは自分でも今気付いたといった風に黙り込んだ。

ウィリアムの眼差しが、かなり不審そうなものになる。


「よしわかった!ウィリアムが、ネアちゃんを、いけない方向で縛ったことをディノに言おう!」

「…………やめていただきたい」


項垂れた魔物に、これだから詰めが甘いのだと内心溜息を吐く。

高位だったからこそ甘く生きてきたのだろうと思うには、彼等の司るものは不穏だ。

きっと厄介でけったいな道を歩んできた筈なのに、どうしてこんな風に手薄いのだろう。


「それで?」

「同じ傷を持つあなたが、なんでそんなに偉そうなんですかね…」

「ウィリアム君、あと十秒しか待てない!」


わざとらしく秒数を数え上げると、大仰に溜息を吐かれた。

こういう時に底の読めるエーダリア様と違って、実はさほど困っていないんじゃないかと思わせるところが凄い。


「死の匂いがしたので、その話をしただけですよ。彼女が話したのは、愛した男性を自分で殺してしまったという言葉だけです」

「…………え、びっくりなんだけど。ネアちゃんって、濃い人生歩んでるね」

「手を下したかどうかはさておき、相手の死の残響もあったので、間違いないでしょうね。でも、特に濃密に引き摺る気配もないから、既に噛み砕いた事案なんだろう。………アルテア?」


(ふうん、面白い)


そう思う。

ここで、特に拘りのなさそうなウィリアムに対し、アルテアの方が考え込むなんて。

この魔物は案外複雑な奴なのかもしれないと、ダリルはほくそ笑む。



「愛しているから殺したのか?」

「いや、愛していたけど殺さざるを得なかったって風でしたね」

「………まぁ、だったらあり得るのか」


そう低く呟かれた声に、ウィリアムと顔を見合わせる。

馬鹿だね、と唇の動きで伝えれば、ウィリアムもなぜか複雑そうな顔になった。


だからもう一度心の中で、馬鹿なんだなと呟く。


心がそちらを向いているから、気にかけ、気になるのだと。

諦観して、或いは面倒臭がって誰とも深く関わってこなかったからこそ、こんなところで容易く心に入れてしまうのだと、この老獪な魔物達はまだ気付いていない。


(早く、気付いた方が身の為だよ?)


執着は、その歩みの足をいとも容易く縺れさせる。


彼等は聡明だ。柔軟性もある。

だからこそ、気に入っているのだということを、上辺だけのわかったふりではなくて、心の底から受け入れておかないと、後々に拗れてややこしくなる。


好意は積算なのだ。

早めに小分けにして受け取っておかなければ、厄介なものに変換されるのだと、恐らく知らないのだろう。




(…………ずっと昔)



『あんたは綺麗ね!驚いたわ、絶世の美女じゃない!』


そう笑った、短い髪の不思議な女。

こちらを女だと勘違いして、ドレスばかり着せてきた困った女。


出会った時にはもう、彼女は一児の母親だった。

伯爵家の娘で、女の身でありながら異端の魔術書の再編をしていた、稀有な人間。

こちらの髪は丁寧に編み込むくせに、自分の髪の毛は鋏で適当に切っていたような女。

わかった風にお気に入りの人間だと考えていて、気付いた時にはもう、その女は死んでいた。


大往生だと誰もが話していた。

けれども人間の寿命は、妖精にとってはあまりにも短い。


もっと早く知り、小分けに飲み干していれば、大したことのない感情だったのだと思う。

恋情も憎しみも、掻き分けて歩いてゆける程に、妖精も魔物もしたたかだ。

気付かないまま、受け取り箱に山のように積もった思いを突き付けられない限り、この胸が破れることはない。


そして一度破れたものは、二度と元通りにはならないのに。



「馬鹿だね二人とも。早々に決済しておかないと、手に負えなくなるよ?」



今気付かなければ、恐らく次に悟るのは彼女が死んだ後だ。

でももし、面倒な方へ心が転がり、それを自覚したらどうなるのだろう。

この今のただの過分な好意が、見返りを求めるような切実なものに変わったら。


それは、何も恋ばかりだとは限らない。

恋ではなくても命を差し出し、運命を変える執着というものは少なくはない。



(……でも何だか、ネアちゃんって、ものすごく上手く捌きそうだなぁ)



微笑み一つで丁寧に頭を下げ、いらないものは颯爽と廃棄しそうだ。

あの子は案外、自分にとって必要なものの切り分けが冷徹なくらいにはっきりしている。

我儘だと自分で言う。贅沢なのだと。


でも、最も相応しい言葉を選ぶなら、彼女は“知っている”のだ。


突き付けられ、心があれ程までに無垢なままに、それでもこの世の底辺の一部を知っている。

恋を悟り、恋を殺したことがあるからこそ、彼女は自分の心の捌き方を知っている。



(……………殺したことがあったからなのかな)



それはきっと、人間ならではの老獪さ。

だから彼女はいつも、魔物達を稚く扱いあやして微笑むのだろう。



そう考えながら煩い魔物達を眺め、ダリルは、一つ欠伸をした。












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