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薔薇とヤドリギ



人間には気の緩みから、生涯の汚点となる言動に及んでしまうことがある。

ネアは既に、この世界に来てから何度かそのような経験をしていた。



真っ先に挙げられるのが、元婚約者殿に恋愛指南をしたときのことだ。


当初は、元婚約者があれだけ取り乱したのは、耳に痛い率直な言葉の所為だとばかり思っていた。

しかし、その後のエーダリアの様子を見ていると、そんなことで癇癪を起こすような人物だろうかという疑問を覚えた。

恋をした魔物とネアが仲良しになっても嫉妬で嫌がらせをすることもないし、よく固まってしまうので柔軟性はないにしろ懐は深い。


そう考えていたら、ふと、あれはエーダリアなりの叱責だったのではと思い至った。

いくら当時は好意だったとは言え、繊細な問題に触り過ぎたことは否めないので、あのように気軽に口にしてはいけないのだと、厳しく叱ってくれたのだろう。


ネアはその経験を生かして、後に発覚したヒルドの趣味については、どれだけ巻き込まれても本人とは表立って会話しない方針を取ることにした。

それでも時々し損じるし、その所為で八方塞がりになりがちだが、これも世の常と粛粛と受け止めている。


次に後悔しているのは、そのヒルドに酔って働いた淑女としてあるまじき行為だ。

命の危険に晒され、それなりの罰も受けたと考えているものの、思い出そうとするだけでも壁に頭を打ち付けたくなる。


これ以上考えると死んでしまうので、本題に入る。




(ウィリアムさんに避けられている……)



ウィリアムは、このガゼットでネアを保護してくれた人物である。

ディノとは知り合いだという、死と終焉を司る白持ちの魔物だ。

頼りになるお兄さんのような不思議な柔軟さにこの短期間ですっかり心を許してしまったネアは、その所為でとんでもない失言をしてしまったのだ。



そのことが判明したのは最終日の朝で、不自然な微笑みを浮かべたウィリアムから、風竜のサラフが急遽外せない仕事が入り、お別れの挨拶も出来ぬままに異国に旅立ってしまったと聞かされた時だ。



なぜか、ウィリアムの完璧な微笑みは少し虚ろだったので、どうしたのかなと見つめるとさっと視線を逸らされてしまう。


ネアは、この対応にとても覚えがあった。

婚約破棄した頃のエーダリアに似ているのだ。



(なぜだろう。倦厭されてしまった……)



特に新しいものに執着はない方だと考えていたが、これには妙に落ち込んだ。

いい人だなと思った相手からそのような扱いを受けるのは、思っていたよりもきつい。

そして、なぜこんなことになったのだろうかと悶々と理由を考えていたら、一つだけ、思い当たる節があったのだ。



この城に来てから最初の夜、眠れずにいたネアの様子を、ウィリアムが見に来てくれたことがある。

そ時に、ネアは、迂闊なことを喋ってしまったのだ。

ディノの特殊な趣味にと向き合う気持ちがあると取れるような発言を、相手に誤解を与えないような補足なしにしていたのだ。


(つまり私は、その手の道を極める覚悟があると思われている…………)


ウィリアムとネアは、元々友人だったわけではないのだから、そんな情報だけ与えられたら、慄いてしまうのは避けようがないだろう。

ましてや、ネアはその後、公共の場でも何度かご褒美をあげているので、その姿をしっかりと目撃されているかもしれない。


ご褒美を欲しがるのはディノなのだが、傍から見ていると、こんなに綺麗な魔物を椅子にしている様などはかなりの事案ととらえられかねない。



「ネア、どうしたんだい?」

「ウィリアムさんに嫌われてしまったかもしれません。落ち込んでいます」

「………浮気」

「浮気的な好意ではなく、面倒見のいい親戚のお兄さんに嫌われたような悲しみです」

「いつの間にか身内になってる……」

「どうしましょう。せっかくディノを良く知る方とお知り合いになったのに」

「私の?」


そう言えばディノが不思議そうにしたので、補填しておいた。


「相棒のご家族がいたら、是非に好かれたいと思うでしょう?例えは悪いですが、花嫁の父親には好かれたいと思うあれです」

「花嫁!」


うっかり魔物を喜ばせてしまった。

例え話なので、変態の魔物をお嫁さんに貰う予定はない。

ましてや、ネアは女性だ。

もし誰かと結婚する機会があるのなら、花嫁の座は死守したい。


「ディノ、もしや花婿ではなく、花嫁になりたいと思うのですか?その合わせ技が発生すると、さすがに私もお手上げです」

「いや、そういう欲求はないよ」


少し慌てて否定してくれたので安堵したネアは、契約の魔物の膝の上に深く抱え直され、ふと、拘束椅子が最近精度を高めていることに気付いた。

座り易くなるので体にフィットして嬉しいと思う程、この乗り物との一体感を望むのはどうだろう。

あくまでも、変態へのご褒美は不本意だと周囲がわかる程度には浅く腰掛けたい。


「ところで、我々はまだこのお城にいて良いのでしょうか?」


今朝、ウィリアムは鳥籠の解除を宣言した。

昨日の夜の大戦でこの終焉は収束し、死者の行進も少しずつ散り散りになってゆくのだそうだ。


最後の夜が明ければ、ここは再生に向かう土地となるので、そろそろ王城にその任を得た誰かがやって来ても、不思議ではない。



「ここは反対側だし、この城自体、人間の訪れはもう少し先だろう」

「反対側?立地的にでしょうか?」

「同じ空間だけれど、私達が使っている場所は人間の入れる場所ではないんだよ。ここは、うつし世の裏側だ。同じ部屋に人間が入り込んでも、私達と出会う事はない人ならざる者の領域」

「普通にこのお城に滞在しているつもりでしたが、……違ったのですね」

「うん。例えば、ネアの目にはこの部屋はまだ綺麗に映るだろう?」

「はい。寂しいところですが、小綺麗なお部屋です」


ここは、かつての玉座の間だったそうだ。

城の中心にあり、とても天井が高い。

漆喰壁の天井画は神々と王の邂逅だろうか。

壁にぐるりと残された国旗や、この城を治めた領主と王の肖像画も、さして損傷なく残っている。


「実際にはもう少し損傷しているかな。魔術の要素が強い土地は、うつし世のその土地に重ねて、魔術的な影絵を持っていることが多い。今居るのは、その影絵の方なんだ」

「そんな裏技が……」

「そう。だからね、もし誰も居ない聖堂や、誰も居ない城で誰かの気配を感じたら、鏡や水面に映してみるといい。反対側の世界が見えるかもしれないからね」

「わ、やってみ…」

「不用意にやると、そちら側に引きずり込まれるから、私がいる時にね」

「絶対に一人ではやりません……」

「大丈夫だよ。ネアは魔術可動域が低いから、そもそも一人じゃ見えないだろうし」

「無駄に傷付いただけだった!」


ただでさえ悩んでいるのに、また才能の欠如を貶められたので、椅子を解除するべくご主人様は暴れた。

しかし、はしゃいでいるのかと勘違いした魔物が喜んでしまい、数分後にはぐったりと疲れただけで敗退する羽目になる。



「……何か楽しそうですね」

「ウィリアムさん!」


その時だった。

ひょいとその部屋を覗き込んだ人影に、ネアは、つい声が弾んでしまう。

助けて欲しい。

いや、何でもいいから前言撤回させて欲しい。


「分けてはあげないよ」

「いや、私を分けたら死んでしまいます」

「分けて欲しいですが、彼女が困ってしまうので止めておきましょう」


分割するつもりかと悲痛な目で見たら、終焉の魔物は悪戯っぽく微笑んでくれた。

この表情を向けてくれるのであれば、完全に嫌われたわけではないかもしれない。


だが、ディノが同席しているこの場だけの顔という可能性もある。


「……………まぁ。ディノが、いつものディノに戻りました」

「うん。もう擬態している必要もなくなったからね」


膝に乗せられたディノの髪の毛の色が変わったので振り返り、綺麗に白くなった魔物を見て、また視線をウィリアムに戻す。


「この国の終焉は終わりだ。数日もすれば、再生の魔物や、家屋や土壌の妖精達が来て、国土の修復が始まる」

「では、ウィリアムさんももう行ってしまうのですか?」

「シルハーンが居るうちは、まだここに居るよ。それに、まだ君と話さなければいけないこともあるし」

「話さなければいけないこと?」


最後通告だろうかと悲しくなったネアに対し、ウィリアムはまず、ディノの方を見た。


「ウィリアム?」

「シルハーン、彼女と俺は、貴方に健やかでいてもらう為の同盟を組んだんですよ」

「……花嫁の父親のような?」

「……花婿の友人として、かな」

「花婿……?」


困惑度を深めたネアに、ウィリアムは気を取り直して柔らかな微笑みを深めてくれた。


「まぁ、そういう訳なので、シルハーン、彼女の名前を呼んでも?」

「君は律儀だね」

「貴方の大切な迷い子ですから、ある程度は慎重にもなりますよ。それに、名前を呼ぶと情が移りそうでしたから」

「………それは、よく動物に言う台詞なのですよ」


拾って来た動物の話のようで、ネアは遠い目になる。

とは言え、見捨てられていなかったと判明したので、心はかなり明るい。


「ネア、許可が出たよ。これから、俺に連絡が取れるような手段を幾つか置いてゆくから覚えてくれるか?」

「……連絡手段ですか?」

「そう。この先困った時に、まずは何よりもシルハーンを頼るのはさて置き、彼への秘密の贈り物の時には、彼の好みを調べる相談に乗るから」


この魔物はやはり諸々の管理能力が高い。


「ものすごく助かります!ウィリアムさん、ご好意に甘えてしまいますが、どうぞ宜しくお願いします」


(やっと、やっと普通の人が現れた!)


グラストという素晴らしい人材もいるのだが、何しろ彼は忙しい。

また、ディノの相談をするには真っ当過ぎて、変態の相談に付き合わせてしまうことが申し訳なくて出来なくなる。

おまけに二人になると、物陰からゼノーシュが見ていて落ち着かないという問題もあった。

ゼノーシュ自身もとても頼りになるのだが、あの愛くるしい容貌の魔物に変態の話をするとなると、やはり稚い雰囲気にやはり心が痛む。


という事でネアは、頼りになる大人の男性か女性を募集していたのだった。



「一番いいのは、俺の守護を得たものを持たせることだけど、司るものがものだし危ないからな。薔薇かヤドリギを蝋燭の火で燃やして、呼び出してくれ」

「狼煙でしょうか…」


水分の多い草木が、蝋燭の火でそう容易く燃えてくれるだろうかと首を傾げていると、魔術的な儀式のような扱いになるので問題ないと教えてくれる。


「俺の名前を呼んで燃やせば、声の通る道になる。ただ、鳥籠の中で出れない時には、火の色が黒く変わるから、そういう時は暫く時間を置いてくれ」

「降霊術のようですね。そんな手段があるなんて、初めて知りました」

「魔物の呼び方は色々あるよ」


驚いたネアに、ディノがそう教えてくれる。


「歌乞いもその一つの儀式だ。でも、もっと特定して呼ぶなら、その魔物個別の手法がある。例えばほら、アルテアは夢を媒介にするだろう?」

「あの夢そのものが、アルテアさんへの呼びかけになっていたんですね」

「アルテアは、夢の中で悪さしている時も多いからな」


ウィリアムは、悪い遊びをしている弟を見るような目で笑う。


「以前お二人で居るところを見たことがあるのですが、仲良しなのでしょうか?」

「アルテアと?……年に一度くらいなら、飲みに行くこともあるかな。彼が蹂躙した道では、死者の行進が発生することもあるから、確かに顔を合わせることは多いんだ」

「ウィリアムは、アルテアより少し若いが、殆ど同時期に派生したからね。交差することも多かった筈だよ」

「同級生のようなものなのですね」

「階位はウィリアムが上だけどね」

「……アルテアさんより高位」

「階位はともかく、派生したての頃に俺をあちこち連れ回してくれたのはアルテアだったから、やはり年長者という感覚ですね」

「おや、だから敬語なのかい?」

「うーん、何でしょうね。アルテアにあまり馴れ馴れしくすると、これ幸いと、厄介ごとに巻き込まれそうな気もしますしね……」



確か、アルテアは第三席ではなかっただろうか。

ネアは少し気が遠くなりかけたが、よく考えれば付き合いがあるなら、同じ程度に高位なものであるのが普通だろう。



何はともあれ、ネアは、最高のコンシェルジュを手に入れた。



しかし後日、さっそく助言が必要になってその手法を実行したところ、あっさり黒い炎に変わるではないか。

ディノから、アルテアがどこぞの王室で革命騒ぎを起こしたからだと聞き、ネアは仮面の魔物への評価を、また一つ下げたのだった。




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