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ガゼットの大鷲城


ガゼットの王城は、大鷲城と呼ばれていた。

かつてここが大国の一領土である只のガゼットであった頃は、国境線の要所として栄えた土地である。

高台にそびえる尖塔が、木に止まった大鷲に似ているからそう名付けられたそうだ。



南方からの香辛料の中継地として、また、続く北方の大国ヴェルクレアからの品物の経由地として、森と川に恵まれたこの土地は栄えた。


国境の検問で収益を得て、珍しい品物が国内で最も新鮮な状態で手に入る。

また、中央からの目も届きにくい国の最端。

結果、不相応な自由と財力を手にしたガゼットは、地方の独立運動に便乗する形で独立した。


先の独立戦争で最も被害の少なかった土地が、ここガゼットである。

しかし、苛烈を極めた独立戦争で疲弊した周辺諸国の目は、唯一豊かさを保持したガゼットにすぐに向けられる。


そして、侵攻が始まった。



「元々は、転がり落ちてきた王座を手に入れた領主だ。また国境伯として情勢の見極めにも長けた人間だったのだろう。この城の王は、早々に亡命してしまったそうだよ」


「……だから、こんなに綺麗なお城が空っぽで残っているのですね」


「ここは高台だからね、侵攻の手が届くまでに少し時間がかかったそうだ。その前に、暗殺に倒れた王子が竜を呼び、その虐殺が死者の行進を呼び、城は人間の手が届かない場所になった」


「王子様は逃げなかったのですか?」


「親と違い、民衆思いの良い統治者だったそうだ。統治への熱意から他国への親善に出ていて、有事に駆け付けるのが遅れたのが災いしたんだね。それに、妻の裏切りで殺されているから、あまり運にも恵まれていなかったのかな」



ネアは、竜を呼んだ王子について想いを馳せる。

王への失望、侵略国の一つの出だという妻の裏切りへの悲嘆。


倒れる時に願い叶ったことを、彼は知れているのだろうか。

決してその心が救われることはないだろうが、その憎しみがどうか成就していればいい。



「悲しい顛末ですね」


「残酷だと思うかい?けれど、人間の行いは、こういうものの積み重ねだ」


「こうして、国が死んでゆくのを見るのは初めてです」


「ネアは人間だから、嫌なものかもしれないね。でも、今は見ておくといい」



その夜、ディノは最後の大きな戦いをネアに見せた。

この戦乱の記憶が手に負えないものとして残らないようにと、経緯を説明してくれながら、遠くで燃える戦場を共に見ている。


こうすれば、戦場の光景の記憶は、今ここでディノと二人で見たこの夜の記憶に書き換えられるから。



遠くで赤い光がまた弾ける。

その下でどれだけの命が失われてゆくのだろう。

それとも、もはやその粛清の下に命は残っていないのだろうか。



「火薬にも、魔物さんはいるのですか?」


「いるよ。ヴェルクレアの王都に五人の歌乞いと住んでいる筈だ」


「ヴェルクレアに?」


「南の王が、かの国を統一したのは、火薬の魔物を押さえたからだ。だから、魔物に妖精、竜にまで愛された北の王族も敵わなかった。あの戦いでは多くのものが死んだ。人間とは、ほんとうに愉快でしたたかなものだね」


魔物の夜明けの色の瞳にも、今夜は赤が揺らめく。

炎の色を映して色を変えると、見慣れた魔物の美貌すらも禍々しく見せてしまう。



「あなたの大切なものが、失われたこともあるの?」



そう尋ねたのは、この夜だったからこそだろう。



他のどんな夜、どんなところでも、ネアが尋ねなかった言葉で、ついそう尋ねていた。



「さて、どうだろう。あったような気もするが、元より今程に大切なものはなかった。そうなると、君を失う訳にはいかないな」



ざわりと風が揺れ、ネアの灰青の髪を後ろに靡かせる。

羽織った純白のケープが音を立て、赤さを映す宝石達がちかちかと輝く。



ひとつしかないもの。



(そうか、これはまたそういうものか)



ずっと昔、ネアの手から喪われた一つしかないもの。

それと同じ、そして全く違う、一つしかないものだ。



「ディノ、私を呼び落としてくれて有難う」



そう口にすると、斜め前に立っていた魔物にかなり激しく振り向かれた。

困惑したように無防備に目を瞠り、その驚きをほわりと崩して目元を染めて微笑む。


「………楓に勝った」


「え、楓?」


問い返したけれど、微笑んだまま首を振られる。

首を傾げたネアは、また風に煽られて、遠くの空の赤さに目を細めた。



「………ディノ、私は、これからも特別なことはしないでしょう。私が欲しい幸せは、誰もが持っているような日常の幸せです」



慈しむ者がいて、ご飯を美味しく食べて、豊かに眠る。

働いて、買い物をして、移りゆく季節の色を丁寧に楽しむ。

そんなものだけ。

でも、それこそが最たる強欲だからこそ。



「国を守りたいとも思わないし、国を壊したいとも思いません」


ここに来て、見慣れない悲劇の一端を見てしまった。

だからこそ、身に馴染みのない恐れに触れれば、失いたくない未来があるからこそ、恐ろしいのだと知った。



「でも、あの私の大切なあの巣ばかりは、絶対に失いたくないのです。……だから、そう思う強欲さを貫くとき、もしどこかで私があなたを失いそうになったら、それをきちんと止めて下さいね。一つしか選べない場面がきたら、私は私の魔物を選びます」



「わかったよ、ご主人様」



ぱっと微笑みを深めた魔物は、とても美しい。

こんなたいそうなものを、自分の手で守っていいのかと思うと、ネアは息が止まりそうになる。



(………大事にしよう。最後までずっと)



誇らしい気持ちでそう決意していたら、魔物がそっと爪先を寄せてきたことに気付いた。



「………ディノ?」


「踏んでもいいよ」


「そして私はずっと、この懊悩と戦うのでしょうか………」


「懊悩?爪先の気分じゃないなら、体当たりでもいいけど」


「ここは、お城の屋根の上です。窓から下りて歩けるくらいのところですが、体当たりをすれば下まで落下しかねません」


「危なくなったら、擬態を解くから大丈夫だよ」


「未来の誰かの為に、お城周りの国土が重点的に死んでいるという悲劇を引き起こさないであげて下さい」


「……ご褒美は」


「ここではなく、お部屋で色々としてあげますから、もう少し待っていて下さいね」



厳しくそう言い含めると、なぜかディノは頬を染めた。



「ネアって、時々言葉選びが破壊的だよね」


「……破壊的?」






『明日には籠を開けるよ』


そう話していた、ウィリアムの寂しげな眼差しを思い出した。

彼は、一体どれだけこんな風に燃える空を見てきたのだろう。


あの魔物が次に従事するのが、穏やかな終わりであればいい。

心からそう思った。







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