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煉瓦の魔物と雨垂れの酒




俺は、煉瓦の魔物だ。

土を焼き煉瓦を作る。

または、出来上がった煉瓦を土に還す。


何と無様な魔物だと思う者もいるだろう。

だが、俺が魔物として成ったのは、人間の恐怖と欲望からであった。


曰く、戦乱に於いて、煉瓦を崩すということは国取りに効果がある。

曰く、国を富ませるにあたり、民草の建築を統べるこの力は、ある意味贅沢な魔術であった。



「煉瓦、好き………」



ある日、街外れの離宮の外壁のところで、おかしな人間に出会った。

座り込んで、俺が生成した渾身の煉瓦に手を当てて、幸せそうに呟いている。


この煉瓦は特別製だ。



魔術の効果の高い、淡い砂色の鉱石を砕いて焼いているので、人間の技術と本来の材料では作れる筈のない煉瓦である。


「すべすべで、マットなのに透明感が少しあって、こんな煉瓦の家が欲しい」


馬鹿な女だ。

魔物が集め、魔物が作った特別な建材なのだから、この煉瓦が、庶民の手に届くことは決してない。

けれど、率直な欲望を示されることは、魔物としての喜びに触れた。



「一つぐらいなら、作ってやるぞ」



声をかけると、飛び上がってこちらを窺い見る。

青みがかった灰の髪をした、目を惹く程ではないが綺麗な少女だ。

そこでふと、この人間の容姿は、随分と俺達魔物好みであることに気付く。これでは、周囲の魔物が放っておかないだろう。


人間の考える美醜とは少しの配列を変えて、魔物の好む美というものがある。

それは、人間の目には、せいぜい品のいいという程度の、目立たないくらいの端正な容貌であるらしい。

俺の歌乞いも、味のあるいい容貌をした老人であるが、人間でその顔形を美しいと評する者は少ない。



狡猾に誘導すれば、最初は恐る恐るとではあったが、少女は肩の力を抜いてお喋りに興じるようになった。


話題は常に、建築と建材と内装の話で、驚くべきことに彼女は、俺でも知らないような特殊な技術に通じていた。

高価な布を使ったドレスを見るに、裕福な商家の娘なのかもしれない。



(面白い)



これは歌乞いではないだろうし、契約者は他にいるのだが、色恋は別だ。


これもまた誤解されがちではあるが、魔物は人間を伴侶に選ばない訳ではない。

単純に、魔力の希薄な人間の肉体は、魔物の伴侶として適さないだけだ。

こちらに現れる魔物の多くも、消費するのは歌乞いだけで充分だと、それ以上に人間に関わる者は少ない。



だが、見付けてしまえば。



どうせ人間は、魔物の欲には応えない残酷な生き物なので、一過性の関係であれば戯れも悪くない。

それで死んだとしても、見知らぬ人間でしかないのだから。



魔物は元々、誘惑と策謀に長けている。

器用に周到に手を回せば、彼女はわかりやすく好意的になる。

魔物だということは隠しようもないので、無邪気に安価な品物を強請れば、親近感を持たせることも出来た。

奉仕を繋がりとして正当化するのは、人間独自の価値観であるし、何とも容易いものだと小さく笑う。



「綺麗な赤い髪ですね。冬の夕暮れみたい」



家人の目があるとかで、彼女に会うのは夜になった。


言葉の甘さに潜む鋭い観察眼に、ふと、何か大切なものを見落としているような感覚に囚われる。

見た目通りの女ではないのかもしれないと思うと、なぜか奇妙な執着心が疼いた。



奇妙な高揚を持て余しながら、彼女に贈られたリボンを手に取る。


真夜中の職人は、魔物を得た主人がもう戻ることのない、下層の人間の生活の音が絶えない雑多な街だ。

どうしてだか今夜は、この懐かしい通りを歩きたくなった。



初めてこの街に降り立ち、分厚い手を傷だらけにして煉瓦を作る男に、手を貸してやろうと思った日のことを考える。


魔物を得た最初の給金で、あの男が飲ませてくれた酒は美味かった。

雨漏りのする小さな家で、どんな煉瓦を作るか懇々と話し合ったのは、愉快だった、遠い日々。

あの頃の主人は、今夜の彼女と同じ目をしていた。



ああそうか、あの人間はかつての主人に似ているのだと気付いた。

だからだろうか、こんな風に胸が痛むのは。



その時、コツと、石畳が鳴った。



「………っ、」


空気そのものが凝り固められてしまったような、喉が詰まる重苦しさ。

背筋を伝うのは、冷や汗だろうか。


魔物である自分が?




「やぁ、いい月夜だね」



背後の暗闇で誰かが嗤った。

視線の端で何とか認めたその男は、月光を凝り固めた万華鏡の白。


「羨ましいことだ。私もまだ、ネアから贈り物を貰ったことはないんだよ?」



月と同じ色の悪意が、優しく微笑んだ。


「さて、君をどうしよう?」







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