勇者の馬車はぼくがひく!
もぐもぐ、もぐもぐ。
原っぱに、一匹のウサギさんがいました。
真っ白ふわふわ、まるまる太ったウサギさんです。
もぐもぐ、もぐもぐ。
ウサギさんは夢中でお口をうごかしています。
どうやらお食事中のようです。
おいしい草が生えているばしょを見つけたのかな?
ぐちゅ、めきっ、ぶちぶち、ぬちゃあ。
耳をすますと、なんだか気味のわるい音が聞こえてきました。
真っ白なウサギさんは、お口のところだけ真っ赤によごれています。
「あ……ぁ、がっ……」
今度はウサギさんの足元から、男の子のあえぎ声が聞こえてきました。
ときおり、びくんびくんと体をけいれんさせ、とってもとっても苦しそう。
それもそのはず。
男の子はウサギさんに、ないぞうをぐちゃぐちゃにむさぼり食われているのですから。
ウサギさんのお名前は『肉食ウサギ』。
生きた人間のハラワタが大好物という、こわいこわい魔物なのです。
「勇者くんっ、がんばれ、がんばれ!」
食べられている男の子を、おうえんする声が聞こえます。
しかし、それは無理な注文です。
男の子はすでに、ひんしのじゅうしょうなのですから。
間もなく肉食ウサギはおうちにかえっていきました。
お腹いっぱいになったのでしょう。
むひょうじょうなその顔は、心なしか満足そうです。
肉食ウサギと入れ替わりに、今度は一頭のひつじさんがやってきました。
真っ白なひつじさんですが、草食なので安心してください。
「勇者くん、だいじょうぶ?」
おへんじがありません。ただのしかばねのようです。
「はぁ、またしんじゃったよ……魔王討伐の旅に出てまだ一日目なのに」
ひつじさんのお名前は、チカラモチといいます。
勇者くんにつけてもらったお名前です。
「よいしょ!」
チカラモチは馬車からカンオケをひっぱり出して、勇者くんの死体を入れました。
それをひきずって、町へと戻ります。
目的地は『教会』です。
「おお神よ、この者に尊きご加護があらん事を! アーメン」
神父さんがお祈りをすると、カンオケのふたが持ち上がりました。
なんと、死んだはずの勇者くんが生き返ったではありませんか。
しかもこれは、三回目の出来事なのです。
「うっし、復活完了だ。すまねーな神父さん」
「謝らずともよいのです。勇者アヘルよ、ふたたび戦う勇気はありますか?」
「もちろんだぜ」
「よい返事です。ならばお行きなさい。そしてみごと魔王を討ち果たすのです」
こうして勇者アヘルは冒険の旅を再開するのでした。
町を出ようと大通りを歩くアヘルに、チカラモチはいいます。
「勇者くん、きみちょっと弱すぎじゃない?」
「う、うるせーな。オレだってがんばってんだぞ」
「べつにきみを責めてるわけじゃないよ。そもそも十二才の子供が勇者って、そっちの方がおかしいし」
「……まぁな。そう思うのが普通だろう。でも、それを言ったらおまえだってまだ三才だろ」
「ぼくはいいんだよ。三才でもおとなだもの」
「オレだって地球では大人だったぞ」
「えっ?」
「いや……忘れてくれ。むかしの話だ」
チカラモチは、アヘルと出会った時のことを思い返してみました──。
† † †
チカラモチから見たアヘルはまだとても幼く、この子供が勇者だと聞かされた時はおどろいたものです。
アヘルはいっしょに冒険に出てくれるおうまさんを探して牧場にやってきました。
しかし、勇者の旅はとても危険なので誰もアヘルと目を合わせません。
「なんだよ、おまえら全員弱虫か? しかたねーな、じゃあおまえに決定」
アヘルはてきとうなおうまさんのしっぽをひっぱりました。
「いやっ! わたし旅に出たくない! 魔物こわいよぉ!」
そのおうまさんは、泣き叫びました。
無理もありません。まだ一才の女の子なのですから。
「まって勇者くん!」
その時、アヘルを呼びとめる声がきこえました。
「あん? なんだよ」
「ぼくがいっしょにいくよ。だからその子を放してあげて」
「はぁ? おまえひつじじゃねーか。ひつじに馬車がひけるのか?」
そのごしつもんに、ひつじさんは首をたてにふってこたえます。
「まかせてよ。勇者くんの馬車はぼくがひく。きゃくりょくには自信があるんだ」
「ふ~ん……おまえ、名前は?」
「名前は、まだもらってないんだ。そうだ! よかったら勇者くんが名付けてくれないかい? カッコいい名前がいいな」
「ん~……じゃあチカラモチにしよう。おまえはこれからチカラモチだ」
「えっ、へんな名前……まぁいいや。これからはぼくが勇者くんのお馬さんだよ。よろしくね」
それからすぐに旅に出て、アヘルはしんでしまいました。
でもご安心。
勇者は魔物にころされても、教会でお祈りしてもらえば何度でも生き返ることができますから。
それが勇者のチートスキルなのです。
† † †
「ねぇ勇者くん。ワルイーダの酒場ってしってる?」
「おう」
「じゃあ一度入ってみない?」
「いいね、ちょうど一杯やりたいところだったんだ」
「飲みに行くんじゃないよ! 仲間を探しに行くの! 未成年が何言っちゃってるんだよもう……」
そう、ワルイーダの酒場には勇者の旅をお手伝いしてくれる仲間たちがいます。
くっきょうな戦士、そうめいな魔法使いなど、みんな頼もしい仲間です。
「いらねーよ、仲間なんて」
「どうして?」
「勇者は何度でも生き返れるけど、仲間はしんだらそれっきりだ」
アヘルの言葉に、チカラモチは反論できませんでした。
仲間がしんだら誰がせきにんをとるのでしょう?
きっと、誰もせきにんをとれません。
「勇者くんの言いたいことは分かったよ」
「分かってくれたか」
「うん、勇者くんはとってもやさしいなって」
「なっ!? ちっげーよ! 仲間なんてじゃまなだけだって、オレはそう思って」
「はいはい」
「ちょ、待てよ! 勝手に行くなこの馬鹿!」
「ぼくはお馬さんだよ、鹿さんじゃない」
アヘルは仲間を守ってあげられるほど強くありません。
それが分かっているから仲間を旅に連れて行けないのです。
アヘルはさいしょから、たったひとりで魔王と戦うかくごを決めていたのです。
(でも……そっか……)
チカラモチは、こころのなかでつぶやきます。
(ぼくは勇者くんにとって、『仲間』じゃないんだ……)
チカラモチは、馬車をひくためのおうまさん。勇者の仲間ではありません。
かなしい気持ちをおさえつけて、チカラモチは馬車をひき続けるのでした。
それからの冒険は、くなんのれんぞくでした。
しんだ回数は、りょうての指では数えきれないほどです。
まよいの森を抜け、海をわたり、砂漠をこえて、迷宮に挑む。
雪山を、火山を、遺跡を、神殿を、この世界のありとあらゆる場所をめぐる旅でした。
ピンチを切り抜けるたび、アヘルは強くなりました。
くなんを乗りこえるたび、アヘルはかしこくなりました。
でんせつの剣を手に入れました。
でんせつの盾を手に入れました。
でんせつの鎧を手に入れました。
さいきょうの魔法もおぼえましたから、あとはもう魔王をたおすだけです。
そしていよいよ、魔王とのさいしゅうけっせんがはじまります。
「おまえが魔王か?」
「いかにも」
魔王城のいちばん奥深く。
そこには真っ黒なローブに身をつつんだ、ひとりの男が立っていました。
「オレの名前は勇者アヘル。覚悟しやがれ、魔王!」
「人間のくせになまいきだな。よかろう、二度と立ち直れぬよう貴様のハラワタを喰らいつくしてくれるわっ!」
「あいにくだが、それくらい何度も経験してんだよ馬鹿野郎。そんじゃあ……行くぜ!」
アヘルは剣を振るい、魔王はりょうてのつめでそれを受け止めます。
そのしょうげきで地面が落ちくぼみ、魔王はおどろきに目を見開きました。
「ほう、さすがは勇者……すさまじい力だ。では、こちらも本気をお見せしよう」
すると魔王は、全身からどす黒いやみを放ちながら、あるものへと姿を変えました。
ぎょくざの間の天井を突きやぶり、つばさで壁と柱ををなぎたおします。
お月さまに照らし出されたのは、ドラゴン。
見上げるほどに大きな黒いドラゴン。これが魔王の本当の姿なのです。
「ぐはぁっ!」
アヘルはゆうかんに戦いました。
しかし、勇気だけでは埋められないほどの力の差が、勇者と魔王にはあったのです。
剣は折れ、盾と鎧も砕け、体中キズだらけ。もう勝ち目はありません。
──その時。
「勇者くんっ、がんばれ、がんばれ!」
たおれふすアヘルを、おうえんする声が聞こえます。
しかし、それは無理な注文です。
アヘルはすでに、ひんしのじゅうしょうなのですから。
「……我が名銘されし彼の地より、我ここに誓言をなさん」
しかし、アヘルは立ち上がりました。
立ち上がりながら、なにかを唱えています。
「我は汝、その鼓動に交わりて汝を祝福するだろう」
それは、さいきょうの魔法を使うための呪文詠唱です。
「そ、その詠唱は……馬鹿な! 人間ごときが、神の聖炎を操れるわけがない!」
魔王はうろたえました。
クラウソラスを受ければ、いくら魔王でもあの世行きです。
これでアヘルの勝利は確定しました。
「……と、思っただろう? 愚か者め! その魔法は発動までに時間が掛かりすぎるのだ!」
魔王の口に、むらさき色の光が集まっていきます。
それはやみのほのおを吐き出す前兆です。
(だめだ……このままじゃ勇者くんがやられちゃう!)
チカラモチは、馬車のかげに隠れてふるえていました。
(だからさいしょに言ったんだ。勇者には仲間が必要だって)
それでも、この場に仲間はひとりもいません。
いるのはチカラモチ、ただ一頭。
(そうか……いま勇者くんを助けられるのは、ぼくだけだ)
そう思ったしゅんかん、チカラモチはふるえが止まっていました。
(ずっと馬車をひくだけだった。さいしょからさいごまで、ずっと)
旅の思い出が、チカラモチの頭の中によみがえります。
(いつも守ってもらうばかりだった)
毎朝ブラッシングしてもらったこと。
(いっしょに戦いたいって、何度も思った)
砂漠で水を分けてもらったこと。雪山で体を寄せて温め合ったこと。
(仲間になりたいって、ずっとずっと思ってた)
まよいの森でまいごになって、ふたりで協力して木の実をとったこと。
乗った船が幽霊船で、おばけと友達になったこと。
遺跡のトラップに引っかかって、ころがってくる岩から全力でにげたこと。
(いまが……その時なんだ!)
チカラモチは走りました。
アヘルの前にとびだして、その体を盾にするために。
「馬鹿! チカラモチ、おまえ何やってんだ!」
「いいから! ぼくがほのおを受け止めているうちに魔王をやっつけて!」
そしてついに、魔王の口からやみのほのおが吐き出されました。
「ああぁぁああぁぁーーーっ!!」
「チカラモチ! くそぉっ! 幽陰を裁つ不敗の剣よ、聖断を以て我が前に正義を示せ……『クラウソラス』!!」
ふりおろされた光の剣によって、魔王はだんまつまの叫びを上げる間もなくしょうめつしました。
勇者は魔王をたおしたのです。
しかし……そのだいしょうは、あまりにも大きいものでした。
「チカラモチ! しっかりしろ!」
「や……やったね、勇者くん。これ、で……これで、ぼく……」
「しゃべるな! いま回復してやるから。『ヒール』!」
アヘルは回復魔法を唱えました。しかしMPが足りません。
「くっ、こんな時にMP切れ……ちくしょう……ちくしょう! なんでおまえ、あんな無茶しやがったんだよ」
「勇者くんを、助けたかったんだ……ねぇ、勇者くん」
「ん、なんだよ」
「ぼくは勇者の『仲間』に、なれた……かな?」
チカラモチの目は、アヘルのことを見ていません。
もうなにも見えていないのでしょう。
「おまえ、そんなことのために……この馬鹿野郎が」
「あ、あはは……ぼくはお馬さんだよ、鹿さんじゃな……、……」
チカラモチは一度ぎゅっと苦しそうに目をつむり、そのままぐったりと力を抜いて。
やがて……動かなくなりました。
† † †
──数日後。
ひとりの少年が、町の小さな教会をおとずれました。
「お久しぶりです、神父さん」
「これはこれはアヘル殿。お久しぶりというほど間は空いてませんけどね」
「はは、そうでしたっけ? ……また、あいつに挨拶していってもいいですか?」
「……えぇ、どうぞ。今日もいつもの場所でお眠りになっていますよ」
「ありがとうございます。ではこれで」
アヘルは四つ葉のクローバーがたっぷり入ったかごを手に、墓地のほうへと足をはこびます。
四つ葉のクローバーは、チカラモチが大好きだった草です。
「また来たぜ……チカラモチ」
墓地のすみっこにある大木の前で、アヘルはしずかに語りかけます。
「本当によく眠ってやがるぜ。……なぁ……起きてくれよチカラモチ。頼むから……」
唇をかみ、握ったこぶしをふるわせ、アヘルは叫びます。
「起きろってんだよ、このサボり野郎!」
ゴンッ。
「いった! あぁもう痛いな、なにするんだよアヘルぅ」
「仕事サボってんじゃねーよ、墓石に落ち葉が積もってんじゃねーか!」
「一休みしてただけですぅー! いまからやるところだったんですぅー!」
「けっ、口の減らねー野郎だ。そんなことなら腹も減らねーよな?」
「減ってる減ってる! お腹めっちゃ減ってるよ」
かごからクローバーをぜんぶうばいとると、チカラモチはそれをおいしそうに食べます。
「はぁ……おまえが勇者だって言っても誰も信じねーだろうな」
「いいよ別に。自分でも信じられないんだから。ぼくなんかが勇者だなんて」
魔王との戦いのあと。
チカラモチのなきがらは教会へとはこばれました。
命をかけてアヘルを守ったチカラモチを、みんなが勇者とたたえて弔いました。
するとどうでしょう。
チカラモチはまばゆい光を放ち、生き返ったではありませんか。
そうです。信じられないことに、チカラモチは勇者だったのです。
魔王のやみのほのおを受けて死んだチカラモチは、勇者だったお陰で生き返ることができたのです。
それからチカラモチは、教会で働くことになりました。
「ま、オレは出会った時から気付いてたけどな。おまえが勇者だって」
「うっそだぁ」
「うそじゃねーって。おまえあの時、自分から勇者の旅に同行するって言い出したじゃん。ビビって誰も動けなかったのに」
「あれはほら、きみが無理やり女の子をひっぱっていきそうだったから」
「あぁ、あれはわざとだ。あの時オレが探してたのは、一番勇気のあるやつだからな」
「……ぼくを試したの?」
「そう睨むなって。お陰でオレはおまえと会えた。もう一人の勇者であるおまえにな」
アヘルが魔王討伐の旅にチカラモチを同行させたのは、チカラモチが勇者だったからです。
チカラモチは勇者なので、まんがいち旅の途中でしんでしまっても生き返れます。
「旅の途中、オレがおまえを一度も仲間と言わなかったのは、仲間と思ってなかったからじゃねーんだ」
「そうなの?」
「あぁ、おまえがオレと同じ勇者だったから、どっちが『勇者の仲間』なのか分からなかった……それだけなんだ」
「どういうこと?」
「オレにとって勇者の仲間っていうのは、勇者のお供とかオマケとか、そういうニュアンスがあるんだよ」
「……そっか、それを聞いて安心したよ。ねぇ、アヘルはこれからどうするの?」
そのごしつもんに、アヘルは首をたてにふってこたえます。
「魔王が倒れた今でも、世界中に魔物の残党がいる。だからオレはそいつらを」
「倒しに行くんだね」
「いんや、助けに行くんだ」
アヘルの言葉に、チカラモチは首をかしげます。
「魔物たちの中には、改心して人間の役に立ちたいと思うようになったヤツがいっぱいいるんだ。でも、そういうヤツらのほとんどが殺されちまう。人間は相変わらず魔物を憎んでるし、魔物側から見たら裏切り者だからな」
「……かなしいお話だね」
「だろ? だからオレは……せめてオレだけは、あいつらを許してやりたい。そんでいつか、魔物と人間が共存できる世界を作りたいんだ」
「魔物に数えきれないほどころされたきみが言うなら、いつかきっと世界は変わるよ。でもやっぱり、ぼくがさいしょに思った通りだった」
チカラモチの言葉に、アヘルは首をかしげます。
「アヘルはとってもやさしいなって」
「なっ!? ちっげーよ! 魔王倒してやることなくなったから、暇つぶしにまた世界を旅してみようと思っただけで」
「はいはい。さて、お墓の掃除でもしようかな」
「ちょ、待てよ! 勝手に行くなこの馬鹿!」
「ぼくはお馬さんだよ、鹿さんじゃない」
旅の途中で何度もくりかえしたやり取りに、二人は思わず笑いました。
「ほんとーに今さらだけど、一つ言っていいか?」
「うん、なに?」
「やっぱおまえ、どう見てもひつじだよ」
「ですよねー」
おしまい