(9)冬空と涙
二人が地元の駅に着いた時には22時を少し回っていた。
冬の晴れた夜空の風は頬を突き刺す。
マサルは恭子のマンションまで送るつもりだったが、アパート近くなり
「お湯でも飲んでく?」 マサルが恭子の顔を覗きこむように聞いた。
「え?う、うん!」
恭子は、袋に入れてあるイルカのぬいぐるみを両手で抱いたままうなずいた。
「マサルの家、コタツがあるから好き!」
「コタツくらい買えよ。俺んとこは、コタツしか!ないんだぜ」
なぜか自慢げなマサルに恭子は少し照れながら、勇気を出して言った。
「マサルの家に行けばコタツあるから、買わなくてもいいよ、私は!
それに…あの部屋には、マサルがいるから暖かいし…」
恭子の素直な言葉に12月の中旬だというのにマサルは暑くなり、ダウンの胸元を掴み
パタパタと扇いで体に風を送った。
アパートに入り、恭子がコタツを点け座った時、ドアがノックされた。
「ぁあ?誰だよ、いまごろ…」
マサルは水を入れようとしたヤカンを持ったまま、ドアに向って言った。
「誰?」
「あたし~~」
ドアの向こうから返ってきたのは明るい女の声。
恭子は思わずドアの方に顔を向けた。
マサルがドアを開けると 「ちょっと~、さっき来たらマサルいないし、コンビニ…」
女が靴を脱ごうと視線を下に落したとき、恭子の女性用の靴に気づき部屋の中を見た。
「あら?お客さんだった?」
その女が言うと同時に恭子は立ち上がって、イルカの入った袋とコートを掴んで下を向いたまま、「今日はありがとう。楽しかった…」 女の横で靴を履いた。
「恭子、お湯…」
マサルの言葉を遮るように恭子は、「ご、ごめんなさい。お邪魔しました」
と、女の顔も見ずに言い、
「おい!恭子~、お湯~」 マサルが引き止める間もなく恭子は出て行った。
「…私…ヤバかった?お邪魔だった?」 女は立ちすくんだまま聞いた。
「んーーー、邪魔だ…貴子、おまえ邪魔!来るなら電話してから来い」
マサルは女の額にデコピンをした。
「ごめ~ん。さっきの人かわいいね、どっかでみたことある…誰だっけ?」
「ん?…ん、俺の…好きな人…」
マサルはそう言うとヤカンに水を入れガスを点けた。
「ちょっと、ちょっとー、婚約者の前でそういう告白止めてくんない?もぉ。
あっ、追いかけなくていいの?夜道危なくない?」
貴子は少し心配そうな顔をした。
「家、近いから……走ってちゃったし…」
マサルはコタツに入って台の上に顔を伏せた。
「ふ~ん、そう。ご近所さんなんだぁ、で、彼女とはどこまでいったわけ?」
貴子がマサルの頭を突っついて聞いた。
「水族館…」
マサルはコタツの上に置いてあるパンフレットを指さした。
「……あそっ…。携帯でも掛けとけば?私のこと誤解しちゃってるかもしれないし、
振られちゃうかもよ~、なんかそういうところ鈍いのよね、マサルは!あのね、普通は
追いかけていくんだけど…鈍すぎ!!」
水族館のパンフレットを流し見している貴子は、呆れ声で言った。
貴子の言葉に不安になり、マサルはダウンのポケットに突っ込んでいた携帯を
取り出し恭子のメモリーを押した。
コールしたと同時に、マサルの部屋の中でメロディが流れ出す。
「・・・?」
「…え?私じゃないわよ?」 二人は顔を見合わせた。
「ええ?!」 コタツの死角になっているところに恭子の鞄が置いてある。
マサルが携帯を切ると恭子の鞄から聞こえていたメロディが止まった。
「ええーーー!あいつ、鞄?!」
マサルは立ち上がりダウンを手に持ち、
「貴子、悪いけど帰れ!俺、恭子探しに行くから、おまえは帰れ!」
慌ててガスを止め、貴子を急かしてアパートを出た。
************
「あーー、どうしよ…鞄忘れてきたぁ。カギもない、小銭もない、携帯もないぃぃぃ」
―――戻るにも戻れないよなぁ……マサルの…彼女…?そうだよね、
貧乏でも顔いいし…いてもおかしくないよね、彼女くらい…。
私とは別に…何もないもん……手しか繋いでないし。
「好きだ」とかも何にもない…もん。
マサルの…ばか。
マンションにも帰れず、マサルのアパートにも戻れず、彼女の存在にショックを受け、
イルカのぬいぐるみだけを抱えて俯いた。
涙が落ちた。
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